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1-9

 三部会とは古帝国が建国から九百年目に民からの請願を受けて、当時の政権ユーグ朝のフィリップ四世が開設した議会であり、枢密院の下に置かれる皇帝の補弼機関である。


 元は皇帝が新しい軍費課税を承認させるため、民からの願いだという大義名分を借りて成立させた議会は徐々に有り様を変容させていき、幼帝が擁立されたり新帝の政治基盤が不安定であったりした際、徐々に権威が及ぶ範囲を増大させていって今日に至る。


 現在の三部会は第一身分たる貴族、第二身分として優遇される聖職者、そして第三身分の平民が集って意見を摺り合わせ、帝権にある程度の制限をかけながら、三身分の意見を取り纏める議場として機能していた。


 とはいえ、議会の開会と閉会を宣言する権利は議会ではなく、皇帝に帰するため、そこまで強い組織という訳ではないのだが。


 それはさておくとして、当初は課税の是非を問うだけの場であった議会なれど、現在は広範にわたって議論を行う場となっており、様々な議題が持ち上げられる。


 買い占め人の非難から凶作などによって困窮している領地への救済、そして戦争への介入などがここ三十年で最も多い議題であったものの、今日の三部会はつり上げの場と化していた。


 リモージュ地方にて起こった大規模な平民の蜂起、その原因を探ると同時に、監督不行き届きの咎を如何にして領主であったアキテーヌ侯爵に償わせるかを議論する場であった。


 反乱の理由は長年に渡る苛烈な課税と、冷夏によって著しく収穫量と品質を落とした麦の徴収をアキテーヌ侯爵は強引に行おうとし、そこに自分達が食べる分の麦にさえ困窮する状態の平民相手ならば、良い商売ができるだろうと侯爵に賄賂を渡して乗り込んで来た大商人への不満に依る。


 蜂起を決めた平民達の激発に、同じく粗食を長く強いられることとなった現地の鎮護軍が何割か合流。一時は激しい撃ち合いとなり双方に激しい被害を出すこととなったが、業を煮やしたアキテーヌ侯爵が〝砲兵〟を持ち込んだことで反乱勢力は粉砕されて解散となった。


 まぁ、言っては何だがここまでは良くある話である。


 領地への課税権は領主が当然のように握っており、そこに最高で何割までという縛りはない。不文律として最高で六公四民、そこに聖教会への十分の一税を加えた七公三民というのが上限値として貴族達は認識していたが、大抵の領邦では民の機嫌を考えてすり切り一杯の限界を試すような課税はしない。


 優しい領主の元では四公六民、一般的であれば五公五民といったところであろう。


 しかし、アキテーヌ侯爵は二回り年下の妻を娶ってから、彼女に貢ぐため税率を一割引き上げて実質的な八公二民体勢敷き、別邸や庭園を新造する都度に賦役や臨時徴税を行っていたこともあり不満は増大、そこで冷夏による不作下における強制徴税が反乱の引き金となった。


 普段であれば領地の統治に問題があっても貴族は少し怒られるくらいで済むのだが、三部会が、特にブルジョワ層が貴族にも迫る金を握って力を増した今の三部会ではそうもいかぬ。


 リモージュへの課税が適正であったか否かを問うのが今後の古帝国運営において重要であろうと槍玉に挙げられ、被告という形でアキテーヌ侯爵は議場に引っ立てられた。


 議会は公聴人を招き入れつつ弁護する者、非難する者が交互に壇上へ立って議論を繰り広げているが、それは半ば水を掛け合うようなもので建設的とは言えぬ有様を呈する。


 今回も貴族の強権を守るべくなぁなぁな意見が皇帝に上げられて、枢密院から構いなしの一言が下るのであろう。そんな冷めた空気が満ちた議場に一人の青年が立った瞬間、凪のようだった諦観の臭う雰囲気が一変した。


「発言者、アルトワアラスのマクシミリアン」


 促されて壇上へ現れた青年は、今までの半ば感情に任せてわめき立てるように議論を白熱させていた発言者とは雰囲気が違った。


 丁寧に櫛を通した栗毛と実直そうな雰囲気を醸し出す表情、そして新しく仕立てられたであろう立派な装束を纏った姿には発言をする前から何故か説得感があったのだ。


 それは彼が強固な意志によって立っているからだ。今日のために毎日休まず話術を組み立て、証言を集め、同時に物証を収集して切り札も手札に納めている。


 そういった、確実に勝てる弁証を組み立てた人間のみが放てる、一種の覇気とでも言うべきものを纏った彼は徒手空拳のまま語りはじめる。


 他の弁論者と違って、一々覚書を見なければ発言もできないような未熟者ではないと無言で示すかのように。


「自分は告発する。アキテーヌ侯爵の罪を」


 前のめりになって黒い色眼鏡を輝かせながら、講演台の両脇を満身の力で握る彼の声は嫌に議場に響き渡る。


「彼の罪の名は無能。統治者として著しく理性にも知性にも欠けた人物であること」


 説得力を持つ声と話し方。彼はそれを無意識に知っていた。故に知識の深さだけでは成り立たない弁護士という職を全うし、臨時判事として取り立てられ、議員にまで選ばれるに至ったのだ。


 マクシミリアンはただの善人ではない。自らの言葉に力を持たせ、人を動かすことができる善人なのだ。


「まず、反乱前にリモージュの平民が摂っていた平均的な食事、それは一日に粥一杯とチーズを十六分の一かけ、そしてビール二杯。これは他領の平均的な食事が日に黒パンを三個、チーズを四分の一かけ、腸詰めを一本から二本と数種の副菜、そしてビール三杯に葡萄酒一杯を摂っていたのと比べると五分の一未満の水準である」


 今までの登壇者が貧しい食事や厳しい生活と一言で済ませていたことをマクシミリアンは正確な聞き込みと統計により、説得力のある言葉に昇華させていた。


 彼が集めた情報はリモージュ地方の生活水準が怖ろしく低いことを明示すると同時、平民が餓えきった時には木の皮を剥いで食わねばならないほど困窮しており、そこまで民を苦労させる時点でアキテーヌ侯爵に為政者としての能力が備わっていないことを誰もが理解し易いように示した。


「更に侯爵が新たに作った庭園は反乱前の十年間で五つ、別邸を三つ、これらは全て賦役という形で課税されており建材も納入業者から無償で仕入れていた。購入した妻への贈り物である宝石類は首飾り十七本に指輪が二四個、それから髪飾りが一二個。これらには最低でも大粒の翠玉や紅玉が遇われており、金額の中央値は八千リーブル(約9000万円)を下るものはない」


 大いに覚えがあったのだろう。侯爵は次々と並べられていく放蕩と誹られても過言ではない金の使い道に顔色を悪くしていった。


「更には妻に毎年四千リーブルの年金を与えていたことなどを加味すると、彼の擁護側が指摘した六公四民であったという証言から著しい乖離が見られ、実質的には九公一民というあってはならない水準にあったと言える」


 ざわつく議場。特に貴族が座る席のそれが平民のそれより大きかったのは、いやそこまでやっていたのかという驚きが大きかったからだろう。平民席は義憤によってむしろ静まり返っており、ギラギラとした瞳はさっさとコイツを吊せといわんばかり。


「これらのことを勘案するにアキテーヌ侯爵は搾取者と言わざるを得ず、貴族の責務を全うするどころか権利を濫用し、陛下の赤子から必要以上の富を吸い上げて蕩尽した大罪人であると告発せざるを得ない」


「い、異議あ……」


「更に!!」


 これは拙いと言葉を止めようとした擁護側の声を上塗りする大声を上げ、彼は演説台が軋むほど強く拳を握った。


「アキテーヌ侯爵が国庫に納めていた額は収奪した税額の二割に満たず! 自身と妻が政府より受け取っていた年金を加味すると一割を大きく割り込む! これは最早国家に対する反逆と言わざるを得ない!!」


 彼は反乱の罪だけではなく、国家に対する罪にまで議論を拡大させてアキテーヌ侯爵をつるし上げようとしていたのだ。その調査は伝手を使って国庫を預かっている財務官僚達にまで伸びており、詳細な数字を銅貨一枚に至るまで把握していた。


 ここまで緻密な情報を集めて理詰めで攻められたならば、アキテーヌ侯爵の有罪は確定かと議場はざわめく。良くて改易、最悪は断頭台送りもあるだろうなと憐れむような侮蔑するような瞳が注がれる中で――国家反逆罪には極刑以外の贖罪はない――そろそろ止まるだろうと思われていた弁舌は更に続いた。


「私が集めた情報によると、同じような状況にある領地が更に五つあり、これほどではないが近しい領地が二十を超える」


 ここでマクシミリアンは一種のルールを破った。


 議題を悪戯に拡大させてはならない、という不文律を破って告発の対象を拡大するようなことをチラつかせたのだ。


 これに俄に場は沸騰し、貴族席は大いに慌て、更に平民席は殺気に溢れた。


「発言者! 慎みを持った発言を……」


「自分はそれを弁えています議長。故にここで個別に〝誰か〟を言うつもりはありません」


 貴族側から、いや今のは脅しだ、ヤツを引き摺り降ろせという言葉が上がり、平民側からは規則を完全に破った訳ではない、ちゃんと喋らせるんだ! という擁護が涌く。


「しかし、アキテーヌ侯爵と類似の事案を鑑みるに、今日の課税制度は公平とは言えません。貴族に年金が支給されている状況は、国庫に貴族が納めた租税が右から左に流れていると言っても過言ではない、と新たな問題提起を健全な税制のために訴えたかっただけのことです」


「今回の議題とは無関係……」


「否!! 此度の三部会開催は〝税制健全化〟を主体として陛下が御触れを出した物! 自分の発言は小議題に過ぎないアキテーヌ侯爵の断罪を本来の議題に復帰させたに過ぎません!!」


 皇帝の名と三部会が開催されている目的を持ち出されると、貴族から選出されている議長も思わず口を噤む他なかった。マクシミリアンのそれは半ば屁理屈に近いものではあったが、議論はあくまで活発に行うべしと開催の訓示を行った皇帝の言葉を引用されれば、無理に黙らせると〝皇帝の意に背いた〟という誹りを受けかねなかったからだ。


「故に自分は、ここに年金制度の改革を唱えると同時に、第一身分、及び第二身分への課税を提議する!!」


 それは流石にと罵声が次々と飛びだしたが、言いたいことは言ったとばかりにマクシミリアンは懐から時計を取り出すと時間をたしかめ、きっちり自分に許された発言時間一杯の論説を行ったとして退去の許可を願った。


 議長は、こいつ火を付けるだけ火を付けて帰るつもりかと思ったが、他の発言者が控えていることを考えれば退かせない訳にもいかない。


 堂々と退場した彼は舞台袖で小さく息を吐いた。


「美事な演説だったな、マクシミリアン」


「レオンか」


 パチパチと小さな拍手を贈る男がいた。艶やかに波打つ黒髪と、男だてらに口紅を引いた嫌に赤い口が目立つ美男だ。歳の頃はマクシミリアンと同じくらいであろうか。そして、服装からして富裕層の第三身分であることが窺えた。


「顔色を悪くしている奴が多いことの何と見物か」


「今のはただの揺さぶりだよ。自分の提議が今回の三部会で真面に扱われることはないだろけども……」


「論壇に火を付け、世論を動かす拍車としては十分に過ぎる」


 くつくつと紅い唇を歪めて笑う美男の名はレオン・アントワーヌ・ジュスト。従軍経験も持つ若きエリートであり、帝都に上ってからマクシミリアンにできた第一の協力者だ。


「直に貴族共は気付くだろうな。黒眼鏡に隠された君の赤い目に睨まれれば、死の天使が終わりを告げに来ることを」


「そして、それが君だと言いたいのかなレオン」


「告死の天使か、悪くないな」


 冗談めかして言う盟友に唇の端をあげるだけの笑いを返し、暗い舞台袖を見通すため眼鏡を外して赤い目を晒したマクシミリアンは言う。


「そう遠くない内に告発を何件かやろう。そうすれば君は見過ごせない発言者として誰もが認めるようになる。派閥が大きく変わるぞ」


「派閥で留めるつもりはないよ、レオン」


「ああ、そうだな、帝国を動かす……いや、潰すつもりの男がそれで止まられては困る」


 ギロリと赤い目がレオンを睨んだ。下手なことを誰に聞かれているかも分からない場所で口にするなと。


 しかし、この騒ぎの中では次の擁護側発言者の言葉さえ掻き消されているのだから、舞台袖でコソコソしている我々の言葉など誰にも届きはしないさと黒髪の男は嗤う。


「言葉は届いてこそ意味がある。故に、染み渡ってしまった君の言葉は大いに意味があるんだよマクシミリアン」


「そうかい。そうであることを願うよ。だけど、自分の決まり文句を人前で言ってくれるなよ」


 平民席に戻るべく歩き出したマクシミリアンは、近頃の政府に不満を持っている貴族や官僚に向けて送った檄文の末尾に添えた言葉を内心で唱える。


 ともあれフランツェルスは廃太子とされるべきである。


 憧れのガンメルゼフィーアを穢した罪は重い。暗い報復の決意によって突き動かされる議員が〝革命家〟と呼ばれるようになるまで、あと二年…………。

クソ重い男が動き出す。

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― 新着の感想 ―
あーこれ初恋は実らないな 理想家が夢想を拗らせて無茶苦茶にした挙句に途中退場する展開にだわ
お嬢様はサバサバしてるけど周りの人達は脳焼かれてグツグツになってる…ある意味悪役令嬢ムーブはしてるね…
この黒眼鏡.....! 初恋拗らせて革命しやがった......www
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