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花火  作者: ばっさー
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2.戒厳令の下で

7月16日、午前6時。東京の街は一夜にして様変わりしていた。赤い花火の衝撃から一晩が過ぎ、朝焼けがビル群に反射する中、武装した警察が主要な交差点を封鎖していた。迷彩服に身を包んだ機動隊員が自動小銃を手に立ち並び、市民の移動を制限。渋谷駅前の広場にはバリケードが築かれ、拡声器から繰り返されるアナウンスが響いていた。「政府の指示により、戒厳令が発令されました。不要不急の外出は控えてください」だが、その声は虚しく響くだけだった。

通信網が途絶えたままの街では、不安と怒りが渦巻いていた。

首相官邸では、佐藤和彦が閣僚たちを前に再び指示を飛ばしていた。会議室の空気は前夜よりも重く、疲れ切った顔が並んでいた。佐藤は一睡もせず、目の下に濃い隈を作っていたが、その表情は依然として冷徹だった。「通信網の復旧はいつになる?」彼の質問に、総務大臣が恐る恐る答えた。「最短で48時間...いや、72時間はかかるかと。攻撃の規模が想定外で.....」佐藤は苛立たしげに手を振った。「言い訳はいい。国民が騒ぎ出す前に秩序を取り戻せ。」彼の頭の中では、昨夜の花火が繰り返し再生されていた。あの赤い光が、政府の弱点を露呈させた。経済再建を掲げて5年間突き進んできたが、その裏で国民の不満は積もり積もっていた。

若者層の失業率30%、医療費の自己負担増、そして大企業への優遇政策。佐藤はそれらを「必要な犠牲」と割り切ってきたが、今、その犠牲が反乱となって牙を剥いてきた。「まぼろしの民」と名乗る連中は、どこまで本気なのか?彼は内心で歯噛みした。

佐藤は側近の山田に目を向けた。40歳の補佐官だ。「情報が漏れてる。閣僚を洗え。特に外務大臣の藤井だ。あいつ、最近妙に静かすぎる。」山田は小さく頷き、メモを取るふりをした。しかし、彼のポケットには小さな赤いピンが隠されていた。それは、かつて田中が内閣府の同僚に配った「正義の火」のシンボルで、山田が何らかの形で彼女と繋がっている可能性を示していた。彼は佐藤の命令に従いつつ、心の中で迷いを抱えていた。

その頃、東京の地下アジトでは、田中が次の計画を仲間たちに伝えていた。薄暗い部屋には、無線機のノイズとパソコンのファンの音が響いていた。壁の地図には赤いピンが増え、新たな地点がマークされていた。Kがタブレットを手に報告した。「政府は戒厳令を出したけど、ネットの闇層はまだ生きてる。声明は50万アクセスを超えたよ。」田中は頷き、静かに言った。「いいね。政府は民衆を抑え込もうとするだろう。でも、それで終わりじゃない。私たちの声は届く」

ハナが無線機から顔を上げた。「次のメッセージ、どうする?そろそろ具体的な要求を出した方がいいんじゃない?」田中は一瞬考え込み、地図に目をやった。「まだだ。まずは民衆に目を覚まさせる。政府がどれだけ腐ってるか、気づかせなきゃ」彼女の声には、個人的な怒りが滲んでいた。5年前、彼女は内閣府で機密文書を盗み、佐藤の汚職を暴こうとした。だが、上司だった藤井に裏切られ、告発は握り潰された。その日、7月15日、彼女は家族を失い、追われる身となった。昨夜の赤い花火は、彼女の復讐の第一歩だった。

Kが好奇心から尋ねた。「次の花火は何色にするの?」田中は一瞬黙り、やがて呟いた。「青だよ。希望の色だ」その言葉に、Kは目を輝かせたが、ハナは眉をひそめた。「希望って...大丈夫なの?政府の反撃が怖いよ」田中は小さく笑った。「怖くてもやる。それが私たちの戦いだ」

街では、戒厳令の下で市民の不満が爆発し始めていた。通信が途絶えたまま、情報は口コミで広がり、「まぼろしの民」を支持する声が聞こえ始めた。

新宿の路地裏では、若者たちが壁にスプレーで「民意の執行者」と書きなぐっていた。闇のネットワークを通じて、ある匿名投稿が拡散されていた。「花火は7月15日に上がった。あの日を忘れるな」それは田中の過去を知る者からのメッセージだったが、佐藤にはその意味がまだ分からなかった。

官邸に戻ると、佐藤は新たな報告を受けていた。

防衛大臣が汗を拭いながら言った。「電磁パルスの出どころは特定できません。ただ、花火が上がった場所は隅田川沿い。そこから半径10キロが影響を受けたようです」佐藤は眉をひそめた。

「隅田川...花火の名所だな。皮肉な話だ」彼は一瞬、5年前に内閣府を去った田中の顔を思い出した。あの女が関わっている可能性を、彼はまだ完全に否定できなかった。

その夜、山田は佐藤の命令通り、藤井の動向を探り始めた。60歳の外務大臣は、閣議でもほとんど発言せず、ただ静かに座っているだけだった。だが、彼のデスクには、赤いピンと同じデザインのペンが置かれていた。山田はそれを見つめ、一瞬息を呑んだ。藤井は5年前、田中を裏切った男だった。そして今、彼の中で何かが動き始めていた。

赤い花火が残した混乱は、戒厳令によって抑え込まれるどころか、さらに大きな波紋を広げていた。田中の警告は届き、民衆の怒りは燃え上がりつつあった。そして、次の青い花火が何をもたらすのか、誰もまだ知らなかった。

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