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知らなければよかった

作者: 中村雨歩

 僕は目立たず何の変哲も無い小六の少年だった。名前は青木正太。皆からは正太と呼ばれていた。何の変哲も無いどころか、運動神経に関しては、平均より遥かに劣る自称文学少年だった。小学生で運動音痴は絶望的にモテない。


 そんな自分とは全く違うタイプだが、不思議と気の合う友達がいた。名前は小坂泰道。サッカーが得意で学校のクラブ活動だけでなく、少年サッカーチームでゴールキーパーを務めるようなスポーツ少年だった。いわゆる、モテるタイプの男子だ。


 そして、僕にはとても好きな娘がいた。阿藤由美子。運動神経が抜群に良いとか勉強がすごくできるという訳ではないが、よく笑う明るい綺麗な娘だった。その娘と仲の良かった桐島亜紀も元気で可愛い女の子だった。


 阿藤のことは、小学五年生の時の学芸会で劇をやった時から好きだった。劇のストーリーは仲良し三人組の小学生がいて、その内の一人が宇宙人から超人的な力を授けられ、どんどん傲慢な性格になり、仲の良かった三人の関係が壊れるというお話しだ。僕と阿藤は、三人の内の二人の凡人の役だった。


 僕が言う「僕たちは二人になっても、ずっと仲良しでいようね」という台詞に応えて、彼女が「うん!」と言って、二人は手を繋いで舞台袖に捌けるというシーンがあるのだが、この手を繋ぐという演出は本番で急遽追加されたものだった。勇気を出して、ドキドキしながら阿藤の手を握った。小学五年生にして、僕は恋に落ちた。


 月日が流れ、六年生になり、春が過ぎ、夏が終わり、秋になった頃。家庭科の授業で僕と小坂と阿藤と桐島とその他二名と同じグループになった。小躍りしたいくらい嬉しかった。毎週の家庭科が楽しみだった。そして、調理実習で「フルーツサンド」を作ることになり、それぞれの担当の材料と当日持って来る物を決めた。


 僕は、来週の家庭科の時間には、阿藤の手作りの料理が食べられると、若干、気持ちの悪い下心を抱えてワクワクしていたのだが、小坂が微塵も下心の無い爽やかな声で「みんなで材料買いに行こうぜ!」と言った。何だかちょっと腹が立ったが、一緒に買い物には行きたかったから同意した。実際、とてもとても楽しい買い物だった。僕は担当の生クリームの元を買った。明日の調理実習も楽しみだ。そんな気持ちだった。


 調理実習当日、四十度近い熱が出た。生クリームの元は妹が僕の代わりに届けてくれた。悲しかった・・・。


 月日は流れ、年が明けた一月の半ば頃だったろうか。陽が暮れるのも早く、クラブ活動が終わる四時くらいには、沈む夕陽で教室が赤く彩られていた。


 僕は将棋クラブで、阿藤と桐島は手芸クラブだった。同じ文化系のクラブだからか、帰りの教室で会うことが多かった。この日もそうだった。たわいの無い話しから始まったのだろうが、この時何を話していたのか、ほとんど覚えていない。次の桐島の言葉が衝撃的だったから・・・。


「正太、小坂って好きな人いるの?私が思うに、由美子のことが好きだと思うんだけど、聞いたことない?」


「え、いや、分からない・・・」実は分からなくない。


「そっか、正太は誰か好きな人いるの?」


「いや、塾にちょっと気になる娘が・・・」塾になど行っていない。


「そっか・・・」


「阿藤は・・・小坂のことが・・・?」僕は恐る恐る聞いた。


「うん、私、小坂のことが好きなんだ」


「私、由美子と小坂は絶対両想いだと思うんだよね。正太、小坂に聞いてみてよ」


「うん、分かった・・・じゃあ、また明日」


 そう言って、ランドセルを持って教室を出ようとすると、小坂がクラブを終えて教室に入って来た。


「お! 正太、一緒に帰ろうぜ!」


「ごめん、今日、塾だから急いでて、また明日」塾など通っていない。


 教室に入る小坂と教室を出る僕。阿藤のいる世界といない世界の二つに分断されたような気がした。一人で校舎を出ると夕陽に照らされた真っ赤な富士山が見えた。現実のものとは思えない程の美しさだった。その残酷なまでの美しい現実が醜い僕を嘲笑っているように感じた。


 僕は嘘をついていた。調理実習の日から数日が過ぎた、とある日、小坂と学校帰りに近くの公園で話す機会があった。


「正太って阿藤のこと好きなの?」


「え、いや、全然・・・」動揺しながら、誤魔化した。


「そうなんだ、小五の時に、正太が阿藤のこと好きって噂があったから、ちょっと気になってたんだ。よかった。俺、阿藤のこと好きなんだ。」


「え、そうなんだ。いいじゃん」


「正太は桐島いきなよ!そしたら、四人で遊べるじゃん!」


 僕は小坂の気持ちも阿藤の気持ちも知っていた。いや、知ってしまった。でも、どちらにも何も伝えることをしないままに、また、少し時間が流れた。


 二月十四日バレンタインデーが来た。僕たち四人はそれぞれの気持ちを知らないまま、形ばかりは仲良し四人組の体をなしていた。僕は複雑な気持ちでいながらも、阿藤と話しができるだけで嬉しかった。いや、近くで見ているだけで幸せだった。


「正太、チョコ!」桐島からチョコをもらった。


 放課後の教室で、何人かのクラスメートが残っていてチョコをあげていた。この頃は、バレンタインデーの行事は盛んで、義理チョコ、本命、それはあげた本人にしか分からないけど、女の子たちは堂々とチョコを男の子にあげていた。


 そして、僕は阿藤からもチョコをもらった。当然、小坂ももらっていた。僕とは明らかに大きさが違った。しかし、僕は、阿藤の手作りの料理を食べるという調理実習で潰えた夢に辿り着いた。


 僕は小坂への嫉妬と罪悪感で話しができなくなっていた。それどころか、あからさまに避けたり、冷たい態度を取っていたように思う。小坂は何も悪くないし、阿藤の気持ちも知っていたのに、僕は小坂と阿藤が近付かないようにわざと邪魔さえもしていた。


 仲良し四人組が聞いて呆れる。僕さえいなければ、二人は上手くいったのだろうか?僕が二人の気持ちを知らなければ、二人は上手くいっていたのだろうか?阿藤と小坂の姿を見る度に自問と自責に追われる時間を過ごしていた。


 そして、卒業式を迎えた。阿藤は卒業式で泣いていた。たくさんの良い思い出があったのだろう。僕が邪魔をしなければ、もっと素敵な思い出がある卒業式だったのではないだろうか・・・。


 式が終わり、皆が校庭で写真を撮ったり、別れを惜しんで話しをしたりしていた。僕たちもいつもの四人と数人で集まっていると、クラスメートの一人が、「写真撮るよ!並んで!」と声をかけてくれた。


 その声に、ぎゅっと密になって並んだ。僕の左隣りに阿藤、右隣りに小坂がいた。阿藤と僕の距離は小五の演劇以来の近い距離だった。


「撮るよ〜! はい! チー」


 その瞬間に、僕は、右隣りの小坂と位置を入れ替わった。小坂は僕を驚いたような顔で見た。僕はその顔を見て頷いた。彼も僕の目を見て頷いた。


「もう、動かないで! もう一枚撮るよ! はい、チーズ!」


 阿藤と小坂は満面の笑顔で、僕はカメラから目を逸らし、口元を歪めた苦笑いで卒業の記念写真に収められた。


 家に帰って自分の部屋に行き、机の上に飾られていた阿藤からもらった義理チョコを手に取った。大事に取っておいたから一度も開いていない。開いた。白い毛が生えていた。カビていた。食べた。飲み込んだ。吐いた。泣いた。


 小学校を卒業してから、僕たちは四人で会う事は無かった。小坂は引っ越して別の中学に行き、阿藤とは同じ地元の中学校に入学はしたが、同じクラスになることが無かったためか、顔を合わせることも無かった。


 中学に入ってから知ったことだが、僕が吐き出した義理チョコには洗濯洗剤が入れられていたようだ。阿藤は僕が邪魔だったのだ。殺す気までは無かったかもしれないけど、体調不良で学校に来なくなることを望んでいたのだ。おそらく小坂も同じことを望んでいたのではないだろうか・・・。


「正太! 早く〜」校舎裏の駐輪場から桐島が呼んでいる。今、彼女と一緒に同じ高校への進学を目指して頑張って勉強している。僕たち二人はどういう訳か三年間同じクラスだった。


「ごめん、ごめん。今日は図書館で勉強だもんね!」そう言いながら、小走りで彼女に近付き自転車の鍵を開けた。僕が自転車に跨ると、彼女が後ろに腰掛けた。


 桐島は、僕のチョコに洗剤が入れられていたことを知っていた。しかし、あの時には言わなかった。当時の彼女にとっては、彼女の気持ちに気が付かない僕は許し難い存在だったのだろう。仲良し四人組は全く仲良しではなかったのだ。


 もしかしたら、洗濯洗剤は入れられていなかったのかもしれない・・・。桐島の嘘なのかもしれない・・・。しかし、もうどうでもいいことだ。僕は今幸せなのだから。


 自転車のペダルを軽快に漕ぐ僕の後ろで彼女が呟いた。

「私たちは二人になっても、ずっと仲良しでいようね」

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