▽2・1 ――・前兆
プランヴェル軍との戦闘後、撤退してから数分の後。
ユリを担ぎながら凄まじい速さで走っていたヨシノリの足は、今しがた止まっていた。
「ユリ少尉、あれは?」
「え?」
担がれていたユリはヨシノリから降りて、足を止めた理由を遠目に目視する。
「あれは人類連合軍の部隊?」
二人の目に映るのは前方遠くの道路に沿って列を作る人類連合軍の部隊。
しかし掲げた旗はなにか違う。人類連合軍を否定するように、旗に×を書いている。
「味方ですかね? 近付いて助けを求めに行きますか?」
本当に味方なのか?
自軍の旗に×を書くのは明らかに様子がおかしく、ヨシノリはユリにも判断を求めた。
「えっと……」
この場合の最適解はなにか?
「自軍の旗にあのような落書きをする相手ですから、ひょっとしたら人類連合軍の敵かもしれません」
今の状況からユリは口に出して考える。
「だから、あの部隊との接触は避けます。私たちの足で蝦夷基地に行きましょう」
指揮官として冷静に考えた末に判断。
自分たちの足で撤退することを決める。
「分かりました、少尉。じゃあもう一度お体に触ります」
「あ、いや、もう運んでもらわなくても大丈夫です!」
ヨシノリが担いで走った方が撤退は速い。が、ユリは顔を赤くして遠慮した。
「担がれるのは嫌でしたか?」
「別に嫌ではないんですけど、異性に触られるのは少し恥ずかしいというか……」
「異性、ですか」
ユリを見る。恥じらいのある少女な表情。
担いだ時に肩に当たった胸の感触、触った時の柔らかさ。
相手は自らと同じ男性じゃない。女性だ。
戦闘時から意識していなかったものを意識し始め、ヨシノリの顔も赤くなった。
「すいません! 別に変なことを思って担いだ訳ではないんです!」
「あの状況ですから、そ、それは分かっていますよ」
ユリは理解してくれた。
焦るヨシノリは顔を赤くしたまま落ち着きを取り戻す。
「それと恥ずかしいのとは別に、不思議に思ったことがあります」
「不思議に? なにをですか?」
「あなたのことです。くっ付けただけで治る左腕、だけどオモチャのように簡単には欠損したりしない……」
ユリの優しい手がヨシノリの左腕に触れる。
「あなたは本当に人間ですか?」
そして戦場で言いかけていたことを今ここで告げた。
純粋な疑問。嫌悪感もなく、答えがどうであっても貶す意味合いもない。
ただ人並み外れた力を持つ理由を知りたがっている。
「俺は人間ですよ。自分でもこの体は分からないことだらけですけど」
なぜ人並み外れた力を持つのか? なぜ欠損を簡単に治せるのか?
ヨシノリ本人でさえ、それは分からない。
「まぁ俺が仮に化け物であっても少尉のことは守ってみせますよ」
「フフフ……ありがとうございます、タキ一等兵」
分からないことは多いが、互いに敵ではない。
頼もしい味方としてヨシノリを受け入れ、守りたい人間の一人としてユリを守る。
「さぁ行きましょう」
「はい、ユリ少尉」
二人は道を外れて森の中へと入り、迂回。敵か味方か分からない部隊と接触しないように蝦夷基地を目指した。
※
数時間後。
二人で歩き始めてから、それなりに時間が経つ。
現時刻は空が夕焼けに染まる時間帯。
動物の鳴き声に代わって遠くから戦闘機の飛行音が響く。
「戦闘機?」
「少尉、あそこです」
ヨシノリが指差した方向。その方向から一機の戦闘機と二機の無人機が、先ほど見た旗に×を書いた人類連合軍らしき部隊の方へ向かって飛んでいる。
「友軍?」
疑って見ていれば状況は一変する。
二機の無人機が先行、先ほど見た部隊に機首を向けながら異音を轟かせた。
「攻撃した!?」
「タキ一等兵、一応身を低くしてください」
異音の正体は無人機の機関砲による攻撃。
戦闘が始まった。対空機関砲と対空ミサイルによる反撃が空に上がり始める。
二人は身を低くして、その戦闘を静観する。
「まさか人類同士で殺し合って……一体なにが?」
状況が分からない。
殺し合う理由も、なにが原因で撃ち合うのかも分からない。
「タキ一等兵、今は前に進みましょう。基地に戻れば分かるはずです」
「そうですね。進みましょう」
疑問を抱えても今すぐ分かるものじゃない。
争いは避けて、今は蝦夷基地に戻ることを最優先に二人は歩き続ける。