▽3・6 プランヴェル軍・血肉の戦
森空基地へ向かい始めてから数分の後。
ヨシノリとプランヴェルはFデバイスとスラスターによる足の速さで、森空基地に着実に近付いていた。
そして近付くほどに聞こえてくる、森に鳴り響く戦闘音。あちこちで黒煙が上がる。
しかし森に視界を阻まれて戦う者の姿は確認出来ず、誰が戦っているかは分からない。
「プランヴェル、向こうの戦闘はお前の部隊か?」
≪私の部隊は既に撤退させている。今はここにいる三機だけだ≫
交戦している部隊の確認に対してプランヴェルは答える。
「じゃあ向こうで戦闘しているのは中隊の誰かと反乱軍って訳かよ」
中隊の誰かと反乱軍が戦っている。つまり味方と接触する可能性がある。
「味方と接触しないような移動ルートだろうな?」
≪もちろんだ。私とて余計なリスクは背負いたくないからな≫
「そうかい。じゃあ信じるからな」
味方と接触すれば、目撃者を全て殺すか、プランヴェルとの協力が終わるかの二択。
その二択となるのはプランヴェルも望んでいなかった。
≪前方で戦闘を確認。ここは迂回して遠回りする≫
「了解」
視界の前方に見える戦闘。
味方との接触を避け、迂回して接触しないルートを進む。
「プランヴェル、中隊の状況は?」
これだけ戦闘しているとなると、ヨシノリは小隊の安否が気になった。
この戦場のどこかにユリとノア、三人娘がいるのだから。
≪我々は貴様の中隊から離れているが、気になるのか?≫
「当たり前だ」
≪望むとあれば教えてやろう≫
プランヴェルからマップに表示された味方の状況が送られてくる。
「本当に筒抜けだな」
送られてきた味方の状況は漠然ではなく、詳細であった。
どこにいるのか、何人死亡したか、何機撃破されたか、どこの小隊か。マップの至るところに詳細な情報がある。
そこにはフォックス小隊もあり、全員無事であった。
≪私の目はどこにでもあるのだ。この程度は容易い≫
「伊達に二十年も戦争を続けている訳じゃないか」
ヨシノリは実感する。二十年もの間、戦争を継続してきたプランヴェルの力の一部を。
≪お目当ての情報はあったかな?≫
「あぁ、確認出来た。ありがとう」
全員の無事が確認出来た今、喪失感を感じなくて済む。
ヨシノリが礼を言うほどにありがたい情報だった。
≪貴様に礼を言われるとは、嬉しいよ≫
「お前を喜ばせるために礼を言った訳じゃない」
≪そう言わず、もっとデレてほしいものだ≫
「誰がお前なんかに!」
プランヴェルの余計な言葉がヨシノリの神経を逆撫でする。
それでも銃口は向けない。
理性はまだある。怒りを口に出すだけで済ませた。
プランヴェルとの協力は継続される。
≪フッ……そろそろ森空基地の防衛線に到着する。準備は良いな?≫
「いつでもいい」
≪よし、ならばこのまま防御の手薄なところから強襲。一気に制圧し、森空基地の防御を崩す。その後はゲートから地下へ侵入、ウェイライン将軍を殺害する≫
ヨシノリとプランヴェルは敵の防衛線に近付く。
いよいよ人殺しだ。
≪正面、敵の防御陣地。敵歩兵は十七人、敵『ベースドアーマー』は六機だ≫
「こっちの倍は数がいる」
≪貴様が先行しろ。私は貴様の援護をやる≫
「……分かった。上から奇襲して一気に畳み掛ける」
数的不利をひっくり返すため、役割は決まった。
ヨシノリはFデバイスとスラスターを用いて大きく跳躍、先陣を切って一気に敵陣の上を跳ぶ。
「躊躇うなよ!」
自分に言い聞かせながらの上からの奇襲。下の敵が気付かない間に背部用ロケットランチャーを連続で三発発射。敵が上からの発射音に気付いた時には既に遅く、三発撃った分敵三機の陸上戦闘仕様の『ベースドアーマー』に直撃する。
「くっ、なんだ!?」
「三機やられた! S区画に敵襲!」
三機全部が頭部に直撃して死に至る。
「躊躇うな……」
初めての人殺し。まずは三人。
自らの手で死者を生み出したことに気分の良さはない。
「全く!」
重力に従って爆煙の中へ入り、敵の重装甲機兵を足で押し倒しながら着地。
そのまま押し倒した敵に左腕部の火炎放射器を杭に内蔵したパイルバンカー――フレイムパイルの矛先を向けて、人殺しを躊躇う。
「武装解除して降伏しろ!」
「お、お前、タキ・ヨシノリ訓練生か?」
「その声、まさか……」
降伏を呼び掛けると、今押し倒している敵から聞き覚えのある声が来た。
「リンザワ教官?」
その者は自らが訓練生だった時の教官の一人。思わぬ再会を果たす。
「タキ一等兵、なぜお前がここにいる!?」
「俺は作戦でこの基地を制圧しに……」
再開と共に繰り出される唐突な問い。ヨシノリは答える。
「作戦だと!? 違う、予定された〝計画〟と違うぞ!」
「計画?」
「そうか、プランヴェルか! お前、プランヴェルと一緒にいるな?」
「へ!?」
計画という名の知らない事情。
よく分からないものが裏で走っている。
だからか、プランヴェルと行動していることを看破されてしまった。
「前から〝計画〟には反対だったが、こうしてお前が敵になるなんて!」
「くっ!?」
躊躇っていた末にヨシノリはリンザワに押し退かされ、体勢を立て直される。
「そっちにいるのなら、お前という怪物を殺さねばならない!」
「待ってください! 俺は教官を殺したくなんか――」
「黙れ、俺はお前を殺す! 人類が安心して明日を迎えるためにも!」
リンザワの40mmライフルの銃口がヨシノリに向く。
相手には明確な殺意と敵意がある。
「お願いだから死んでくれ、タキ訓練生!」
そしてヨシノリに向けられた40mmライフルから弾丸が放たれた。
「なんで……!」
ヨシノリは飛んでくる弾丸を目視。射線を見極め、最小限の動きで敵弾を避ける。
「殺すしかないんですか! 教官!」
「お前を渡す訳にはいかないんだ! この決定を変えるつもりはない!」
リンザワの機体が戦闘機動をして、こちらに全武装を向けてくる。
もう流血は止められない。殺し合うしかない。
「大人しく死んでくれ!」
「クソ……」
ヨシノリに向けられた殺意。リンザワの機体の全武装が放たれる。
攻撃を避けて、リンザワを殺さないと、自分が生きて戦闘が終わることはない。
逃げてくれれば殺さずに済むなど、相手に逃げる気がないなら通じない。
「クソォォォォッ!」
殺さなければ殺される。
もはやヤケクソになって躊躇いを殺す。
自身も戦闘機動に移り、リンザワからの一斉射撃を一切の被弾なく避けていく。
「死んでと言われて素直に殺されてたまるか!」
相手が元教官だろうと殺す気で反撃を始める。
まずは機体胴体から発煙弾を発射。煙幕で場を覆う。
これでリンザワも含めた周りの機体はヨシノリの機体を視認出来ない。
蹂躙が始まる。
「煙幕か、そっちになにか通っ――」
「気を付けろ! さっき撃ってきた敵が――」
視界とセンサーが阻害された状況で次々と敵の通信が途絶。
煙幕の中に走る影。誰に当たっているのかも分からない射撃音と爆発、金属のぶつかる衝撃音がひたすらに響く。
「ば、化け物め!」
タキ・ヨシノリという名の本物の化け物がすぐそこで殺戮を繰り広げている。
リンザワは慌てて全ての武装を無闇に撃ちまくる。視界を塞がれた状況で人の命が次々消える中、狙いを定めている余裕などリンザワにはない。
「どこだ、奴は――」
「逃げろ、やられ――」
「ま、待て! やめてくれ! うわぁぁぁぁぁ――」
逃げようとした者、命乞いした者、どの通信も途絶えた。同時に戦闘音も消えた。
もうリンザワ自身が放つ音と声しか本人の耳に届かない。
「この殺しの速さ、やはり!」
後はリンザワだけ。最後に残ったリンザワを殺そうと煙幕の中から影が迫ってくる。
「お前が訓練生だった、あの時に!」
撃っても撃っても影が止まる気配はない。
「独断だとしても、お前をもう一度殺していれば――」
そのまま煙幕の中から化け物の乗る『ベースドアーマー』が姿を現す。
爆速で突撃してくる化け物にリンザワは反応出来ず、フレイムパイルの杭が頭部を貫通して生身の脳天に突き刺さった。
リンザワにも死ぬ番が来た。
「人類に、平和を……!」
その言葉を最後にフレイムパイルの杭から放たれた火炎がリンザワを燃やす。
元教官をただの焼死体に変えていく。
「教官」
ヨシノリは人を殺した。見知った人間も含めて、この場にいた敵を全て殺した。
煙幕が晴れてくると、そこら中に歩兵と重装甲機兵の死体が転がっている光景が鮮明に見えてくる。
≪素晴らしい、タキ一等兵。私が援護する暇もない見事な活躍だった≫
「うるせぇ……早く次の敵を教えろ」
手に付いて離れない人殺しの感触。
自分が殺したという実感と罪悪感があっても、生きて戦闘を終わらせるためにまだまだ敵を殺さないといけない。
≪フフフ……分かった。次の敵を指定しよう≫
次の敵が指定される。
今度は地下に続くゲートから出てくる敵。敵の増援である。
≪敵戦力、歩兵が五十三、重装甲機兵が二十四、多脚戦車が六。貴様の殲滅速度が早くて将軍はどうやら焦り気味のようだな。中隊も私たちも一気に殲滅するつもりだ≫
「多脚戦車もいるのか」
増援の中にいる人類連合軍の主力戦車、Fデバイスを四脚それぞれに搭載しているのが特徴的なFデバイス搭載型多脚戦車の日本配備型――16式多脚戦車も存在。
多脚戦車は空中での姿勢安定と推進力にFデバイスを使用し、戦車でありながら飛行が可能。しかも火力は高く、140mm滑腔砲が直撃すれば『ベースドアーマー』を一撃で戦闘不能に出来る。
≪空を飛べる以外は昔の戦車と変わらんよ。地上にいれば上面、飛んでいれば底面、後は後部を叩けば簡単に壊せる≫
戦車である以上は弱点も同じ。ヨシノリとプランヴェルが操る『ベースドアーマー』で撃破することは難しくない。
≪さぁ、また迂回して防御が手薄なところから攻めよう≫
「了解」
火力も数も段違いだが、やれる。
ヨシノリとプランヴェルは迂回、森による視界の悪さを利用して敵に発見されないままゲート付近に展開中の敵の側面に前進。
中隊の誰よりも先に前進している状態で展開中の敵の側面に来た。
≪……敵、視認出来る距離に捕捉。殺せ、タキ一等兵≫
「言われなくても殺してやるッ!」
躊躇いは殺し切った。人を殺し、人殺しに慣れてきて躊躇いは既にない。
すかさずヨシノリは一番に突っ込み、戦闘機動で攻撃を開始。
「敵だ! 側面から四機!」
敵にとっては全く予期せぬ方向からの攻撃。ヨシノリのチェーンガンから放たれる徹甲弾が敵を襲い、振り向く間もなく敵の『ベースドアーマー』が二機倒れる。
≪まずは二機。マイクロミサイル、対人でロック。発射≫
プランヴェルの三機の内二機が多目的マイクロミサイルポッドを全弾発射。合計六十発のマイクロミサイルが敵歩兵に飛び、一回の攻撃で大半の人数を減らす。
「側面に四機を捕捉! 一機だけ突撃してくるぞ!」
「まずは一機目だ。すり潰してやれ!」
敵の銃口がヨシノリに向く。敵の殺意が来ようとしている。
「来やがれよ!」
Fデバイスとスラスターのリミッター解除、最高速度時速500kmでの不規則な高速機動で更に突撃する。
「撃ち殺せ!」
単機で突撃するヨシノリに向けられた全ての敵の殺意、射撃が一斉に放たれる。
敵歩兵からの豆鉄砲な銃弾と脅威になり得るミサイル。重装甲機兵からはその重武装の分厚い弾幕。多脚戦車の140mm滑腔砲も放たれる。
「……っ!」
最高速度を維持したままFデバイスで咄嗟の急制動。直角な高速機動で押し寄せる殺意を流すように攻撃の隙間と隙間を行く。
ミサイルでさえ、ヨシノリに当たらず、直後に地面に当たるばかり。
もはやヨシノリの『ベースドアーマー』の装甲には跳弾した豆鉄砲と爆発で飛んだ石や破片しか当たらない。まるで直撃がなく、偏差射撃を繰り出しても当たる気配はない。
「当たらねぇ!」
「どうなっているんだ、こっちは撃ちまくって――」
常人では避けられるはずのない弾幕量なのに、ヨシノリには被弾もない。
それどころか反撃で敵の数が減っていく。
敵はそのことに焦らざるを得ず、だとしても撃ち続ける他にない。
「抜けてきた!」
弾幕の中をすり抜ける。
既に距離は至近距離、ヨシノリは固まっている敵の懐に入り込む。
「クソ、味方が射線に入る!」
最高速度を保って懐で駆け回るヨシノリを狙おうとすれば味方の姿が射線に入り、狙いは定まらない。狙えず、撃てず、ヨシノリの姿を目でなんとか追いかけるしか出来ない。
「速い! うわ――」
また蹂躙が始まる。今度は最初から躊躇いはない。
すれ違い様の一撃。ヨシノリを狙おうとしての誤射。どこから狙っても正確な一発。
装甲を破壊し、生身の肉を貫いて、人体から血を吐き出させる。
「殺す、全員」
フレイムパイルから放水の如く火炎を巻き散らし、敵の何機かに炎を付着させて視界を奪った。
「熱い! 炎で視界が……!」
ヨシノリの目は視界を奪った敵を無視。狙うは視界が良好な敵。殺す順番はまず正常に動ける方からだ。
「こっちに来るぞ!」
「もう味方はどうなったっていい! 殺される前に撃て!」
ヨシノリという名の化け物がやってくる。もはやなりふり構っていられず、誤射覚悟で敵は撃ちまくった。
「うっぐ、あぁぁぁぁぁ!」
「やめろ! 味方を巻き込むな!」
敵同士での誤射が多くなる。
変わらない最高速度と敵弾を見切った機動で敵と敵の合間を行くだけで、ヨシノリが直接撃たなくても敵の数が勝手に減っていく。
「こんなのやってられない! 降参、私は投降する!」
「それが反乱軍の戦士がやることか! お前は即刻処刑だ!」
「だって、あんなの――」
敵の一機が武装解除して降参しようとすれば、その者は殺される。
戦いから逃げれば射殺されるという圧力。
そんな圧力が働き、この場の敵は誰も逃げられず、ヨシノリと戦うしかない。
「生きたいなら反乱軍の敵を殺せぇ! 奴を仕留め――」
だからヨシノリは処刑をやった敵の頭を吹き飛ばす。内部で血肉を散らして、口で部隊を動かしていた者は死体に成り果てた。
「こ、降参! 投降するから殺さないでくれ!」
圧力を与えていた者が減り、武装解除して投降したい者が増える。
「降参するなら勝手にしろ! あんな速いだけの奴なんて戦車で潰してやる!」
当然戦い続ける者もいる。
多脚戦車の全てが周りとの連携を切り、多脚戦車だけで連携して勝手に動き始める。
「邪魔だ、テメェら!」
Fデバイスを最大出力で時速200kmの高速機動を繰り出す。
進路上の歩兵や重装甲機兵を轢き倒して、六両の多脚戦車はヨシノリを殺しにかかる。
「一斉射だ! 撃て!」
六両全てから同じタイミングで140mm滑腔砲が放たれる。
しかし地面から浮いて高速機動しながらの射撃は安定しない。結果、ヨシノリに当たることなく射線上の歩兵の頭と森の木々を粉砕するだけに終わった。
「目標命中ならず!」
そして反撃が始まる。
「敵が跳躍!」
ヨシノリの機体は跳躍。戦車の弱点の一つ、上部装甲にチェーンガンを叩き込んだ。
「クソ――」
一両目の撃破。搭乗者の死で制御を失い、木にぶつかって動きを止める。
ヨシノリはそのまま高度を維持。敵の砲が狙えない角度で次の多脚戦車を狙う。
「このままじゃ一方的だ!」
「飛べ! 飛ぶ――」
二両目に30mmチェーンガンが直撃し、撃破。
残る四両は狙える角度まで移動するのに飛ぶ。だが、高度を上げていくと今度はプランヴェルが下から多脚戦車を狙った。
≪これでチェックメイトだ≫
プランヴェルは対戦車ミサイルを発射。
多脚戦車たちは下からの攻撃に対応出来ず、四両全ての底面装甲に直撃。
あっという間に車両内部から爆炎が噴き出し、ただの鉄塊となって地に落ちゆく。
「全部、死んだか……」
もうこの場に敵はいない。
残っているのは敵だった死体だけ。
投降した敵兵は戦闘に巻き込まれ、全員死んでしまっている。
≪そのようだ。では、中隊と接触する前にゲートへ急ごう≫
敵は排除し終えた。ヨシノリとプランヴェルの三機は開いたままのゲートを通る。
その先にあるのは多脚戦車でも余裕で入れる斜向エレベーター。
ヨシノリとプランヴェルはその斜向エレベーターに乗り、ヤン将軍が待つ地下の森空基地へ降りていく。