▽3・4 現体制派・森の奥底からの手招き
薄青と夕焼けの空。森が長く続く地上。
中隊を運ぶ輸送機たちは悠々と飛び、迎撃もないまま予定通りに森空基地へと向かっている。
「ヨシノリ」
そんな中、ノアがヨシノリのところへ寄ってくる。
「どうだ? 緊張しているか?」
「まぁ……それは……」
降下すれば初めての人殺しが待っている。緊張は抜けない。
「まぁ仕方ないな。実際のところ、私も緊張しているし」
「ノア軍曹も?」
「あぁ、戦闘も人殺しも緊張する。そういうもんだ。でも慣れてくれば、緊張していても自然と出来るようになってくる。お前自身、生き残るためにもやってみせろ」
慣れることが出来るか?
不安はある反面、生き残るためにやらないといけないのも理解出来る。
「目標位置まで五分! 降下準備を始めろ!」
二人が話す最中、輸送機のパイロットが通信越しに降下までの時間を教える。
「時間だな。絶対に死ぬなよ」
「……はい!」
まだ人殺しに躊躇いはある。とはいえ、ヨシノリは死ぬつもりはない。
「フォックス小隊各位、降下は五分後です! 下は足場が悪く、森の木々によって視界が狭まります。移動にはFデバイスとスラスターを駆使して、固まって動きましょう!」
「そろそろだね。ラウラ、ハート、心の準備は?」
「アタシはいつでも。ラウラは?」
「オッケー! タキ一等兵は?」
「え?」
士気の高い三人娘から急に話を振られた。
人殺しに躊躇いがあるせいで答える準備も、心の準備も出来ていない。
「だ、大丈夫で――」
だから苦し紛れに答えようとした瞬間、突然訪れた輸送機の揺さぶりにヨシノリの言葉は遮られた。
「がぁぁ……!」
直後、エネルギー砲の光弾が機内に貫通。同乗していたエコー小隊の一機が光弾に巻き込まれた。
断末魔は死によって途切れ、一人死んだ。
「なんだ今の! 普通の対空兵器じゃないぞ!?」
一人の死は下から追い迫る死を実感させ、エネルギー砲の次弾が輸送機を貫通する度に死が迫る。
「ダメだ、やられた!」
「攻撃を受けました! 機体を保てませ――」
パイロットの声が途切れた。コックピットが貫かれて、そこにいたはずのパイロットはもういない。
輸送機の翼が破片を空に散らし、バランスを保てず傾き始める。
このままでは輸送機がバラバラになって墜落するのも時間の問題だ。
「まずい! このままじゃ全員揃って……!」
このまま地上に激突すれば全員に死が待っている。ユリも、ノアも、全員死ぬ。
そうなるのをヨシノリは望まない。
「誰か、開けるのを手伝ってください!」
「よし分かった!」
死を避ける行動を起こせば、ノアが行動に乗っかってくる。
そして二人一緒に貨物ドアの前に並んで――
「行きますよ!」
二機同時に30mmチェーンガンを発射。それに続いて周りも撃ち始め、輸送機の貨物ドアを吹き飛ばす。
一斉射撃で貨物ドアは空に散り、そこから地上に落ちていく。
「全員飛び降りろ! 今すぐ降下だ!」
ノアの指示する声。降下出来るようになった今、ノアに続いて機内の重装甲機兵は飛び降りていく。
「みんな、行くよ!」
「ラウラもはぐれないで!」
「わ、分かってるよ!」
三人娘も降下。
「ヨシノリ君、早く降下を!」
続いてユリが降下する。
「行くしかないな!」
ヨシノリも降下。輸送機の飛び散る破片の中を抜けて、夕焼けに照らされる。
パラシュート代わりのFデバイスとスラスター、ヨシノリを含むフォックス小隊と同乗していたエコー小隊は降下位置を調整しながら地上にゆっくり降りていく。
「フォックスとエコー以外は無事なのか?」
ヨシノリは他の輸送機に目を向ける。そこには味方の輸送機が無傷で飛んでおり、対空兵器に攻撃されている様子はなかった。
異様な違和感が巡る。
「ピンポイントで撃ってきた? しかもあの光……まさかプランヴェルの野郎!」
輸送機を貫通してきた光弾。明らかにエネルギー砲の類で、そんなものを撃ってくるのはプランヴェルしかいない。
「あの野郎、次に会ったら問い詰めて――」
途端にロックオンアラートが鳴り響く。
「なに!? 地対空ミサイル!」
森の中からヨシノリの機体に目掛けてミサイルが上がってくる。
「散らばれ! 固まっていると一気にやられるぞ!」
ノアの指示が飛び、全機それぞれ散らばる。
しかし狙われているのはヨシノリ一人だけ。森の中から発射されたミサイルが次々と尾を引いて飛んでいく。
「俺の方にだけ来る? ならドンドン来やがれ!」
Fデバイスを自ら停止。一段と速くなる落下速度を活かしながらスラスターだけで空中機動を行い、味方やミサイルよりも即座に低い高度を取る。
あっという間に全てのミサイルとヨシノリの位置は上下逆になり、ミサイルはヨシノリを追って一方向に固まって集まる。
「よし、これなら!」
そこに背部武装として取り付けられた多目的マイクロミサイルを数発発射。
マイクロミサイルは地対空ミサイルの何発かに直撃、爆発して全ての地対空ミサイルを巻き込んだ。
「ちくしょう、今の攻撃は……」
ミサイルにはミサイルで相殺。追ってきた全てのミサイルを処理した。
これで安全は確保出来たが、味方から大きく離れて孤立してしまった。
「なにが狙いなんだ、プランヴェル」
Fデバイスを再起動。木の枝を折りながら葉を散らして、滑り込むように着地。無事に森の中へと入った。
「……考えても仕方ないな。とにかく今は味方と合流しないと」
プランヴェルの考えを勘ぐっても今すぐに分かることではない。
味方との合流を急ぐことに頭を切り替えて、通信に耳を傾ける。
≪全……指定……森……≫
聞こえてくるのはノイズで酷く途切れながらのノアの声。
「こんな時に通信がイカれたのか……ノア軍曹、聞こえますか?」
故障したのかと、通信に一つ声を入れる。
そして――
≪全機に告ぐ。これより合流ポイントを指定する。指定した合流ポイントで合流後は森空基地の進攻を再開、予定通り基地を制圧する≫
通信からノイズが消えて、ようやく鮮明にノアの声が聞こえてきた。
同時にHUDに合流ポイントとそこまでの距離が表示される。
「通信が少し不調かもしれないな。とりあえず、今は行こう」
合流ポイントまでは1kmの距離。
滑りやすく足場の悪い道なき道をFデバイスとスラスターで難なく移動、合流ポイントへ急いだ。