▽3・1 現体制派・捨てるべき躊躇い
『ヘキサ』に駐留する人類連合軍の一部が反乱を起こした日。
各地で決起した反体制派たちは数々の基地を乗っ取り、現体制派の打倒を目指す。
これまでプランヴェル軍という共通の敵を相手にしていた人類の戦争は現体制派と反体制派の対立という図式で新たな局面を迎えた。
現体制派となった蝦夷基地に帰還してから数十分後。
蝦夷基地では街に攻めてきた反乱軍への反攻作戦の計画と部隊の再編制が行われ、ユリもノアも作戦会議に出向いていた。
「人を撃つ、か。この手で……」
その一方でヨシノリは格納庫の外で座り、破壊された『ベースドアーマー』が運ばれていくのを見つめる。
内から血が流れ出る機体。血の付いた装甲。
機体の中にあるのが人間の死体だと容易に想像出来る。
「仕方ないことなのか」
戦う理由が揺らぐ。今まさに殲滅と復讐すべき敵が二の次になり、次は自分の手で敵となる人間を死体に変えなければならないのだから。
「そう。これも仕方のないこと」
ヨシノリの呟いた声に返すように、ナコの声がやって来る。
声の方を見れば三人娘の姿が視界に入った。
「タキ一等兵ってば人殺しは苦手だったり?」
ラウラの茶化した質問。
「まぁ、まだ慣れてはいませんよ」
人殺しに躊躇いがあることを正直に答える。
すると横からハートが「慣れなさい」と告げた。
「分かっています。殺さなければ殺される、でしょう?」
「そう、それを忘れちゃダメ。そして殺されるのが自分だけじゃないってことも忘れちゃダメよ」
ハートの言うことは、ヨシノリは言われる前から既に理解している。
誰かを守るために殺す。身を守るために殺す。人殺しの動機はいくらでもある。
人殺しの躊躇いから、人を殺せる心に入れ替えなければならない。
「助言ありがとうございます」
ヨシノリは話の区切りとして礼を言い、顔を下に向ける。
目に映るのは自分の足元と誰かの血が付いた地面。
頭の中で「殺せ」と自分に人殺しを言い聞かせる。
「あ、ユリ隊長とノア副隊長! おかえりなさい!」
ラウラが声を大きくしてノアとユリに手を振った。
顔を上げてみれば、戻ってきた二人の姿が視界に入る。
「戻って来ていたんですか……ノア軍曹、ユリ少尉」
「はい、先ほど作戦会議が終わったところです」
「丁度いい、次の作戦を少し伝えておこう。ヨシノリも、そっちの三人もよく聞けよ?」
今から作戦が伝えられる。
ヨシノリは立ち上がり、三人娘たちと一緒に聞く姿勢を取った。
「我々第一一三重装甲機兵中隊は明日の一七〇〇時に反乱軍の秘密基地、森空基地へ進攻及び制圧を実行する」
「捕虜にした反乱軍の兵士によれば、今日この街に進攻してきたのはその森空基地の部隊らしいです。よって今回の作戦は反乱軍の再びの進攻を阻止、街や民間人に対しての脅威を消し去るために、反乱軍の基地を壊滅させるというものです」
「まぁ詳しい説明は明日に中隊全体でやる。てことで解散。しっかり休んでおけよ」
ざっくりとした作戦の説明は終わる。
伝えるものは伝え終わった。ノアとユリ、三人娘は疲れた様子で休みに行く。
「明日、同じ人間と戦う」
ヨシノリはその場に一人残り、また地べたに座り込んだ。
「殺す」
今一度自分に言い聞かせる。その内に落ち着いてきた気持ちが眠気を誘う。
「殺さないと――」
その場に座り込んだまま次第に意識は眠りへ落ちていく。
目が閉じられる。意識は閉じられる。