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魔法のプリン  作者: 真浦伽呼
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 家に戻ると、アデラは背中を丸くして寝ていた。実際に寝ているのかはわからなかったが、俺はかける声も見つからず、自分の中の形容し難い気持ちもどうにもできていなかった。考えることを諦め、俺も寝ることにした。

 そのまま夕飯を食べることも忘れて寝てしまい、日付も変わった頃に目が覚めた。変な時間に寝てしまったために目が冴えてしまった。仕方なく体を起こす。

 少し空気も冷えていたので、ミルクを火にかける。徐々に甘い匂いが立ち込める部屋の中で俺は机に置きっぱなしだったプリンのレシピをもう一度開いた。

 改めて見ると、あることに気付いた。作っている時は工程の部分ばかり見ていたが、よくよく見ると、ハイダの字で周りにメモが大量に書き込んであった。

「強くかき混ぜすぎない」

「アデラはカラメルは苦めが好き」

「お湯は少し冷ましてから」

 俺はプリンを作ることばかり考えて、中身を詳しく見ていなかった。読めば読むほどわかる。これはただのプリンのレシピではなかった。母の愛が詰まっていた。

 


 日が昇って灯りが必要なくなった頃、俺はまたプリン作りに再挑戦した。今度はちゃんとメモ書きも隅々まで読んだ。卵は混ぜすぎず、カラメルは濃く、他にも色々書かれていることを守りながら作り進める。気をつけることが多い分、最初に作る時よりも気力を使う。

 市場で買ったプリンの型に液を流し込んでいるあたりで、アデラが体を起こし、無言で近寄ってきた。たった今起きたのか、普段ぱっちりと目力のある瞳が半分ほどしか開いていない。物音で起こしてしまったのかもしれない。

「こういうのは、魔法で作れないのか」

 俺が声をかけると、固く結ばれていた口が開いた。

「……作れると思う。ママは火を出したり鍋を触らずに動かすことだってできるもの。でもこのプリンだけは、いつも魔法を使わずに作ってくれるの」

 寝起きの掠れた声でアデラはそう言った。

「……そうか」

 型を鍋に入れ、お湯を注ぐ。この面倒な作業をハイダもしている。なんだか、このプリン作りを通して、ハイダの気持ちも伝わってくるようだ。

 そこから数十分待って、完成だ。あとは成功していることを祈るばかり。

 型を鍋から取り出して、皿に逆さにして置く。少しゆすって引き上げると、前回とは違って綺麗なプリンが姿を現した。期待していなかったアデラの目が見開く。俺は胸を撫で下ろした。

「よかった……」

「た、食べていい……?」

「食べてくれ。味が上手くいってるかわからないが」

 アデラがスプーンですくって、口に入れた。咀嚼して飲み込む一連の流れを少し緊張しながら見守る。

「ママが作る味だわ!」

 飲み込んだアデラは満面の笑みを俺に向けた。釣られて俺も口角が上がる。

「成功したようだな」

「ほら!アルノも食べて!」

 促されてスプーンを握った俺は、同じように一口口に入れた。広がったのはプリンの優しい甘さと、昔の幸せだった家族の情景。

 あぁ、そうか。

 理解した瞬間、俺の目からは涙が流れ出した。

「そりゃあ美味いな……」

「え!ちょっとアルノ?どうして泣いてるの?プリンができたから?それとも私が昨日酷いことを言っちゃったからかしら……」

「アデラ、これお母さんはどこでレシピ教わったって?」

「レシピ?えぇっと、確かお母さんが作ってくれたプリンのレシピだって言ってたわ。最初はそれ通りに作っても失敗ばかりだったって」

「やっぱりな……」

 俺はすっかり忘れていた。そういえば幼い頃、母はよくプリンを作ってくれた。俺もハイダも、そのプリンが大好きで、よく頼んで作ってもらっていた。このプリンはその母のプリンと同じ味がした。

 プリンを食べながら、俺は自分の気持ちが徐々に整理されていくのを感じた。

 ハイダは俺達家族を裏切って魔女になったのか。街の人に後ろ指をさされた俺達は不幸だったのか。魔女の娘は不幸なのか。魔女になったハイダは幸せなのか。今までそんなことが浮かんでは答えを出すことから逃げ、何も考えないようにして過ごしていた。でも、案外簡単なことだったのかもしれない。

 ハイダの選択が合っていたのか間違っていたのかなんてわからない。今幸せなのかもわからない。ただ、ハイダは母親になって、アデラを愛情を込めて育てている。俺達家族のことを忘れず、生きている。それだけは事実だ。

「アデラ、昨日はごめん」

 俺が頭を下げると、アデラも慌てて頭を下げた。

「私こそ酷いこと言ってごめんなさい。あんなこと言うつもりじゃなかったのよ……プリン作ってくれてありがとう」

「いやアデラは間違ったことは言ってないさ。俺が目を背けただけだ」

 二人ともプリンを食べ終わった頃、外から何か物が落ちる音がした。

「きっとママからだわ!」

 アデラは大慌てで椅子から降りて扉を開けた。アデラの言う通り、そこには何週間か前に見たような手紙が落ちていた。

「アデラ、思ったより遅くなってごめんなさい。もうすぐ家に戻るわ。アデラも気をつけて戻ってきて。アルノ、急なお願いをしてしまってごめんなさい。今日までアデラのことありがとう」

 またしてもそれだけ書かれた短い手紙だった。アデラはそれを読むなりバタバタと身支度を済ませた。

 荷物をまとめたアデラは昼下がり家に帰ることになった。

「それじゃあ、私は帰るわ」

 大きな荷物を抱えたアデラが扉の前で振り返る。

「おう、元気でな」

「アルノこそ。またには外に出て、本でも読みなさい。あと掃除もするのよ」

「そうするよ」

 最後までアデラらしい言い方にくすりと笑いが出る。

「今日までありがとう。じゃあね」

「ああ、またな」

 アデラが手を振りながら踵を返す。背中が小さくなっていくのを見ながら、俺は言い逃したことを思い出した。

「アデラ!」

 大きな声で呼びかけると、アデラの歩みが止まって振り返る。

「お母さんに言っておいてくれ。次は手紙じゃなくて直接来いって。待ってるから」

 アデラは満面の笑みで頷いた。

「わかったわ!」

 手を振りながらまた歩き出したアデラの背中を今度こそ見えなくなるまで見送った俺は、大きく伸びをした。

 さて、街へ出る準備をしよう。本を買いに行かなくては。

 木々の隙間から、暖かな日差しが降り注いで地面を照らしていた。

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