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魔法のプリン  作者: 真浦伽呼
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 アデラとの生活も気が付けば二週間程経っていた。一度もハイダからの連絡はなく、この生活がいつまで続くかもわからなかった。

 夜、森の中なこともあり、街よりも静けさが広がっている。動物の声が聞こえてくるほどだ。普段、あまり夜中起きるわけではないが、今日は珍しく目が覚めた。寝返りを打つと、ちょうどアデラの姿が目に入る。タオルケットにくるまる背中がわずかに震えている。沈みかけた意識が一気に浮上する。耳を澄ますとわずかにすすり泣く声が聞こえた。

 どうして泣いているのかはわからなかったが、こうやって泣いている日が今日が初めてではないように感じた。大人びていて忘れていたが、アデラもまだまだ子供だ。母親と離れている寂しさもあるのかもしれない。そんなことを考えているうちに、瞼が重くなっていった。


「アルノ、プリンが食べたい」

 朝になり、アデラは起きてすぐの俺がパンを切っているところにやってきた。

「プリン?」

「そう、プリンよ。まさか……食べたことない?」

「馬鹿にするなよ」

 一人暮らしを始めてからこそ食べなくなったが、子供の頃に食べた記憶がある。

「買ってこいっていう話か?」

 また面倒くさいことを、とため息を吐きかけた俺にアデラは重ねる。

「いいえ、作って欲しいというお願いよ」

「より面倒じゃないか」

 食事を作るとしても毎日ほとんど同じメニューで、スイーツなんて作ったこともない俺にはハードルが高すぎるお願いだった。

「なんで手作り限定なんだよ。買った方が美味しいだろ」

「このレシピのプリンが食べたいの!」

 アデラがポシェットから出したのは端がボロボロな紙だった。そこには手書きでレシピが綴られていて、俺はこの字体に見覚えがあった。

「ハイダが書いたのか」

「そうよ。ママはよくこのプリンを作ってくれるの」

 先ほどまで今回こそは断ろうと思っていた。ただ、昨晩の涙を見た以上、断ることが非情な気がしてきた。

「……同じものは作れないが、いいか」

「作ってくれるのね!」

 アデラは昨晩の姿が嘘のような笑顔を輝かせた。



 とりあえず、必要な材料は家にあったので、作ってみることにした。

 レシピを見ながら卵を割り、泡立て器でかき混ぜる。

「ちょっとアルノ、そんな雑に混ぜないでよ」

「ちゃんと混ぜた方がいいだろ」

 手伝う気のないアデラが横から茶々を入れてくる。俺は無視しながら次の工程へ移る。

 沸かしたミルクに卵と砂糖を入れる。別の鍋に砂糖と水を入れ、煮詰めてカラメルを作る。カラメルを型代わりのマグカップに入れ、更に卵とミルクと砂糖の液を流し込む。それをまた鍋に入れ、水を張り、火にかける。沸騰させたら後は蓋をして放置だ。単純なようにみえて、工程が多く大変だ。力仕事をしたわけでもないのにどっと疲れた。所々指摘してくるアデラをあしらいながら作ったのも疲れの理由にありそうだ。

 掃除や外の畑や庭の手入れをし、完成を待った。

「そろそろ出来ているんじゃない?」

 アデラが窓から外にいる俺に向かって声をかける。心なしか声が明るい。作業を程々に切り上げて、家へ戻る。

 鍋からマグカップを取り出し、二つをそれぞれ皿にひっくり返す。数回ゆすって、ゆっくりと持ち上げる。

「うわ」

 目を輝かせながら顔を覗かせていたアデラの表情が一瞬にして曇る。プリンの表面には細かい穴が開いており、お世辞にも綺麗とは言えなかった。一口食べてみるが、ざらざらとしてなめらかではない。

「失敗ね」

 口もつけずアデラは言った。せめて少しはお世辞を言って欲しいところだ。結果アデラはプリンを食べず、俺は二つ分のプリンを食べる羽目となってしまった。

 また夜が明け、プリンが食べられなかったアデラはまた食べたいと口にした。もう材料が尽きていたので、また街へ出ることとなった。

 アデラもついていくと言って、二人で森を抜ける。街に着くと、市場へ向かい、材料を探す。とはいえ大方場所はわかっている。人混みをかき分けながら目的地へと向かった。卵を買い、ミルクを買っている最中にアデラがふらりとどこかへ行った。お金を渡し、小さな背中を探すと、何個か隣のネックレスや指輪などを扱っている店の前に立っていた。

「この指輪素敵ね。緑の石で」

「おぉ、嬢ちゃんお目が高いね」

 アデラは店主と和やかに話している。

「おい、帰るぞ」

「えぇ、まだ見ている途中なのに」

 帰りたがらないアデラの腕を掴み帰ろうとした時、店主が俺の顔を覗き込み、目を見開いた。

「おぉ、お前、アルノじゃないか?」

「あ……お久しぶりです」

 その店主は家族で市場に店を出していた頃関わりがある人だった。まさか俺のことを覚えているとは思わなかったため、焦りが出てくる。

「本当だよ。どこに引きこもって……あ」

 店主がアデラをもう一度見た。何かに気づき、俺に向けていた笑顔が一瞬にして曇った。

「お前っ……その髪の色。ハイダの娘か!」

 多くの人が通る市場で、店主の声が響く。周りの人にその声が伝わり、一瞬でざわめきが広がっていく。

 まずい。止めたくても広がっていくざわめきは止められない。

「あの!?」

「魔女の娘?」

「こいつも魔女なのか」

「どんな面を下げてここに」

 非難の声があちらこちらから飛び交う。人の顔が見れない。声が矢のように飛んできて、突き刺さる。俺は聞いていられなくて、アデラの腕を掴んでその人の間を走り抜けた。アデラは何か言いたそうだったが、聞いている余裕はなかった。そのまま市場を抜け、森へと入る。

「ねぇ」

「……」

「ねぇってば!痛い!」

 アデラの声にハッとして手を離す。夢中で人混みから抜けることだけ考えていたあまり、腕を掴むのに力が入ってしまっていた。

「どうして……」

 アデラが大粒の涙を浮かべながら俺を睨みつける。

「どうして言い返さなかったのよ!」

「……言い返せるかよ」

 吠えるように言うアデラに対して、俺はぼそりと呟くように答えた。

「なんで!?あのままアルノに引っ張られてなかったら私が言ってたわ。ママのことを悪く言うな、ママは素晴らしい魔女なのにって」

「お前には何もわからないよ」

「何それ……」

 アデラの目からとうとう涙が粒となって流れ出す。

「もう知らない!」

 アデラは俺を置いて先に森を進んでいった。

 しばらく後を追うこともできず、ただ呆然と突っ立っていることしかできなかった。

 人からの非難、アデラからの声、昔の記憶。色々な声や情景がぐるぐると頭の中で渦巻く。目を閉じて、大きく息を吐いた。

 お前にはわからないよ、アデラ。今まで何があったのか。魔女がどう思われてるか。お前は知らないじゃないか。あの声たちは仕方ないんだ。間違ってないんだ。

 

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