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カーテンの隙間からの日差し、外からわずかに聞こえる鳥の声。気温による寝苦しさがない分、もう一度眠りについてしまいそうな自分に活を入れながら寝床から抜け出す。カーテンを開け、窓も開けると朝特有の澄み切った少し涼しい空気が部屋の中に広がった。
窓の外は木々が広がる。少し季節が変わって葉が落ち始めている木の枝の上を俺を起こした鳥が跳ねるように移動していく。昨日となんら変わらない風景を眺めながら一つ、大きく伸びをした。
パンを食べる分切って、ミルクを注げば朝食が完成して、それを机に並べて手を合わせる。毎日同じ生活だ。
黙々とそれを食べていると、窓の外を何かが横切った。素早くて何かまで捉えることはできなかったが、一直線に進んだ先を予想すると家の前に落ちたようだった。鳥が怪我をして落ちていたら大変だ。口に入っていたパンを飲み込んで、家を出た。
扉を開け地面に目を向けるとあまり探すことなく目的のものは見つけることができた。草に覆われた地面の上に一通の封筒が落ちていた。普通に郵便で出されていればポストに入れられているはずだ。不思議に思って裏返すと「ハイダ」と懐かしい名前が綴られていて、不思議が納得に変わった。そしてそれと同時に眩暈がして額に手を当てた。面倒事が待ち受けていそうな予感がしたからだ。
仕方なくその封筒を待ち家に戻る。飲みかけのミルクを一口飲み、落ち着いてそっと封筒を開けた。そこには一枚便箋が入っており二つ折りにされているそれを開くと、短く文が綴られていた。
『アルノへ。ちょっとしばらく家を空けるから娘を預けます。明日には来るから、よろしくね。ハイダ』
たったそれだけの文章だった。十数年ぶりの連絡が、こんな紙一つでこんな文章だけだった。
「おい、娘いるなんて聞いてないぞ……」
本人が目の前にいれば一つや二つ恨み言を言ってやりたかったが、生憎ハイダの居場所なんてわからなかった。手紙に綴られた内容を断りたくてもその術を持っていなかった。
手紙が来てから数日後、いつものように過ごしていると、扉を叩く音がした。こんな街から離れた森の中にあるこの家を訪ねる者はほとんどいない。扉を開けると予想通りの来訪者がそこに立っていた。
「初めまして、アデラです。今日からよろしくね」
十歳前後の見た目の少女が頭を下げた。癖毛の赤髪はハイダとそっくりで、本当に娘なんだと実感する。
「何?なんか言うなり中に通すなりしなさいよ」
俺の横を通り抜け勝手に家の中に入っていく失礼さもハイダそっくりだ。
「すごく暗い家ね。ベッドと机くらいしかないじゃない。本とか読まないわけ」
「いいか、アデラよく聞くんだ。俺は別にお前の世話は焼かないからな。生きていきたきゃ自分でどうにかするんだ」
「ここまで来て疲れた。食べるものちょうだい」
「あのなぁ……」
仕方なくもう一枚パンを焼いて渡すと椅子に座り食べ始めた。
「どれくらいいるんだ」
「知らない。ママが帰ってきたら」
「家を空けることはよくあるのか」
「一日二日はたまにあるわ。今回は長くなるって」
「父親は」
「いないわ」
わざわざ自分に頼むってことはと思っていたが、やはりハイダは一人で娘を育てているらしい。何があったかなんて想像もできない。想像したくもない。アデラは父親のことを言及されても機嫌を悪くする様子もなく、パンを黙々と食べている。
俺は唐突に絶縁状態だったハイダの娘と共同生活を送ることとなってしまった。