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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
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日記33 裏切りの愛 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「……まだ、喋れるか? カルロッタ」

「……何、と、か……です……ね」


 カルロッタは、紫色の布を体中に巻かれていた。


 瞼はもう動かずに、手と足も動きはしない。しかし意識ははっきりと残っており、口と喉は動く。


 彼女は両腕を広げ、十字架に貼り付けられていた。紫色の布で十字架に巻き付かれながら、両掌に杭を打ち付けられ、せめてこれ以上の苦痛が無い様にとシャルルが魔法でカルロッタの体を僅かに浮かしている。


 血を吐いたのか赤黒い物が口の辺りにこびり付いており、閉じた瞼の裏からぽたりぽたりと血が滴り落ちている。


「……見えるか? いや、もう、見えないか」

「……感じは……しま、す……ね……。……あれが……魔王……」

「ああ、そうだ。今からお前は、殺されるらしい。……本当に、こればかりは……俺も、望まない結末だったがな」


 カルロッタはもう頭を動かせない。しかし気配だけは確かに感じる。


 威圧的な物では無い。にも関わらず、目の前にいるだけで全身の産毛が逆立つ感覚が分かる。薄いヴェールに隠されていると言うのに、それは確かにカルロッタを脅かす。


 カルロッタは、魔王に見せびらかせる様に十字架に貼り付けられていた。カルロッタの赤髪、そして赤目を、魔王は見ながら、何処か不思議な感情を抱いていた。


 カルロッタの背には、ただそれを祈る何百人もの人々がいた。カルロッタの死を望み、星皇の再臨を望む人々がいた。


「……シャー……リー、さんは……?」

「何もしていない。彼女が何かしても、俺達は関係無いがな。しかしあの様子だと……何れ、死ぬぞ。自分で自分を殺すぞ」

「……あの、人は……きっと……そんな人じゃ……無い……から……」

「……分からない。分からないな、カルロッタ。あいつはお前を裏切り、ここまでの侮辱を与えた。聞こえていただろう? どれだけの罵倒を、彼女がしていたか知っているのか?」

「……あの人、は……優しい……から……じゃ無いと……あんなに……泣いて、くれ……」


 カルロッタの口は、やがて動かなくなった。


 シャルルは、カルロッタの横を通り、見下ろして来る魔王へと歩みを寄せた。


「……主よ。本当に、申し訳無いのですが、今の私には、貴方様への不信感でいっぱいなのです。……ジークムントは、カルロッタを、星皇の子と言いました。しかしそれでは、貴方様の子と言うことになる。今まで私は貴方様の為に戦って来ました。理由も聞かず、ただ、従って来ました。……否定して下さい、お願い、します」


 魔王は少しだけ間を置き、静かに口を開いた。


「……あぁ、シャルルよ。可哀想な子よ……。……今まで、良く、やってくれた」

「……しかし、それでは……!」

「……済まなかった……。本当に、騙り……傲慢にも……。済まなかった」

「……いえ、私は……! 私は……」


 シャルルはその場で跪き、頭を下げた。


「私は、永遠に、貴方様の傍にいさせて欲しいのです。……ただ、仕えるべき貴方様が、誰かも分からないのが、嫌なのです」

「……あぁ、シャルルよ。青い星よ。……私は、星皇では無い。しかし、魔王では……ある。そして……星皇帝無き世界に……私は……星皇を喰らい……星皇となり……世界を照らす」


 それが、魔王の目的。次の星皇に自らがなろうとしているのだ。そしてジークムントはその目的を理解し、その為に魔王の耳元で囁いた。「カルロッタを殺せば、星皇は現れる」と。


 彼は、魔王である。魔人族である。故に喰えば、その力を引き継ぐ。星皇が二度と世界の為に剣と杖を振るわないと言うのなら、自らが星皇となろう。


「私が……私こそが、新たな理の……星皇(かみ)となる」


 それは、宣戦布告である。星の子達へ向けられた宣戦布告でありながら、自らを戒める言葉である。


 シャルルは、それだけで喜んだ。自分を育て、そして強くしてくれたあの主人が何者であろうと、その忠誠心には揺るぎが無いのだ。


 すると、その二人の間に、唐突にジークムントが現れた。本当にいきなりで、魔力も感じなかった。


 魔王は一瞬驚いたが、ジークムントは薄ら笑いを貼り付け、カルロッタを一瞥もせずに魔王の方を向いた。


「やあ、どうも。調子はどうだい?」

「……ジークムント……何用かな……?」

「ああ、そう言えば渡す物があってね」


 そう言ってジークムントは両手を掲げると、そこに星が輝いた。


「これを、カルロッタ君に渡すと良い。機会に恵まれず、全ては揃わなかったけれどね――」


「――何でこんなに兵士がいるのよ!!」


 ヴァレリアはそう叫んだ。


 彼女達、彼達の前には、何十人と甲冑を着ている兵士が続々と向かって来る。各個撃破は何とかなっているが、ブルーヴィーでの戦いで疲弊している者達にとっては辛い戦いであった。


「殿はドミトリーがいる! 挟み撃ちになる可能性は無いけど……!!」


 フォリアが珍しく弱音に近い言葉を吐いている。最愛の人が今にも死にそうなこの瞬間、弱音の一つも吐きたくなるだろう。それを必死に抑え、ようやく出て来た言葉である。


「『固有魔法』は出来るか!?」

「無理だ!」


 マンフレートの叫びにフロリアンがそう叫んだ。


「魔力がまだ完全に回復していない! 魔力回路も疲弊が完全に癒えていない! 今使えば何とか持ち堪えているこの状況が一瞬で瓦解するぞ!」


 シロークとエルナンドは最前線で剣を振るっている。しかし二人は魔法を使わない分より肉体に負荷が掛かっており、そして戦闘力はそれに依存している。


 確実に押されて行く。辛うじて負傷が少ないだけで、すぐにでも死者が出る可能性がある。


 そんな中で、ヴァレリアは左腕に三本の鉄の筒から蒸気を吹き出す銅色に鈍く輝く金属で作られた鎧を装着していながら、プロイエッティレ・ミトラリャトリーチェを組み立て、その大砲の銃口を兵士達に向けた。


「全員邪魔ァ!!」


 魔力が高まり、集中し、高密度の収束した。


 本能的にも、放たれるのは相当な威力の魔力の光線だと察し、全員が一気にヴァレリアの後ろへ回った。


 シロークはすぐにヴァレリアの背に仁王立ちし、彼女の腰に腕を回した。


「"(フル)高密度(ハイデンシティー)魔力(バレット)発射(ファイアリング)"!!」


 一斉に向かって来た兵士達は、一瞬の内に消し炭に変わった。余りにも高純度な魔力の波動によって消え去ったのだ。


 しかし、それとは別に、何やら巨大な魔力が向かっている。"(フル)高密度(ハイデンシティー)魔力(バレット)発射(ファイアリング)"が発射された方向から、確かに。


 そして、ヴァレリアはそれを知っていた。シロークも、それを知っている。


 嘗て、そう遠くない過去の話。前の教皇国での戦いで、肌で感じた嫌な魔力。


 "(フル)高密度(ハイデンシティー)魔力(バレット)発射(ファイアリング)"の光線は、一瞬の内に消失した。


 そしてその消滅した光線の中から、右手で顔を隠している女性が現れた。


「……うん? 何処かで見た顔だな……? あぁ……!! 思い出した、思い出した思い出した思い出したぞ!! 貴様、教皇国で私を殺してくれた女だな!?」


 ヴァレリアもシロークも、露骨に嫌悪の表情を浮かべた。生き返っていることには驚かない。何故なら、既にブルーヴィーにて彼女がソーマと交戦していた姿を、一瞬だけでも見ていたからだ。


 教皇国にて、ヴァレリアとシローク、そして近くにいた衛兵と共に無力化させた女性が、今、またここに現れた。そこから導き出される答えは、何とも単純。


「あの戦いでの人達、他にも生き返ってますね、この様子だと」


 ファルソはそう言った。


 そして、それを証明する様に、膨大な魔力を持つ山羊の亜人も、女性の横に現れた。


「おめー等……どっかで、会ったか?」


 その瞬間、片目を隠す女性と山羊の亜人の男性に向かって、青い光が胸を穿った。


 呆気に取られながらも、最早彼と彼女に血液を送る心臓は無い。致命傷では無いのだ。


 しかし、一体何時の間に。そんな疑問と同時に、二人は自身の足下が凍り付いているのに気付いた。


「さっきからずっと、さぁ! 絶好調なのよ、私!」


 ジーヴルは愉快そうに笑いながら、そう叫んだ。


 彼女の背から透明な氷で作られた青い薔薇の茨が伸び、それが翼の様な形となり、自在に動いていた。


「やっぱりあれかなぁ。完璧に戻ったから、全力出せる様になったってことよねぇ!」


 撃ち抜かれた胸から、どんどんと自身の体が凍り付く感覚を覚えた。しかし山羊の亜人は胸に触れ、凍り付いた体を手から発した焔で一気に溶かした。


「この二人は私に任せて。時間が無いから早く! カルロッタをお願い!!」


 その強気な態度を証明するのは、彼女の内側に巡る冷たく恐ろしい魔力。彼女の本当の実力は、相当な物なのだと青薔薇の女王と戦った者達ならば分かる。


 ジーヴルは杖の先端で床を叩くと、片目を隠す女性と山羊の亜人の男性の、足下が一気に凍結を進ませ、その上半身まで到達させた。


 次の瞬間には氷の障壁となり、その二人を包み込んだ。


「今ァ!」


 そのジーヴルの掛け声と共に、彼等彼女等は走り出した。


 だが、一瞬の内に氷の障壁が貫通され、不可視の何かがジーヴルに向かった。


 本能的か、はたまた予測か、それは当の本人であるジーヴルにも分からなかったが、彼女は氷の茨で自分の体を天井にまで押し上げた。


 それが幸いし、女性の目から放たれた消失の一線は免れた。


 その直後に、氷の障壁はあっと言う間に溶かされ、山羊の亜人すらも脱出に成功した。


 そしてその炎は大きく渦を巻き、未だ空中を舞っているジーヴルに向かった。


 しかし、ジーヴルと炎の間に青い宝石が輝いたかと思うと、その炎すらも凍り付かせる冷気が発せられた。


「ばっ……! 何で行かなかったのよアレクサンドラ!」


 アレクサンドラは、ただ足を止め、豪華な杖を向けながら優雅に笑っていた。


「行きませんわ! わたくしだって、格好付けたいんですわ!! それが最高の魔法使いと言う物では無くて!?」

「あぁ煩い! 分かった! なら一緒にやるよ!」

「えぇ! 勿論!!」


 先へ進んだ者達は、これ以上の戦闘が困難な程に疲弊していた。敵がいないこの僅かな時間に、走りながらも休養を取っていた。


 しかし、それを許さないと言わんばかりに、一人の巨人が仁王立ちで道を阻んでいた。


 眼球は右側に三つ、左側に一つ。そして人間からすれば両手で扱う戦斧を右手と左手の両方に持っていた。


 たった一人で全員を相手取るつもりなのか、その巨人の男性は左手の戦斧を思い切り薙ぎ払った。


 しかしその戦斧に、純粋な魔力の塊が何発も直撃し、大きく弾かれた。


 そして、それを放ったのはファルソであった。彼は"偽者(ファルソ)"を使い、自らを模倣した軍隊を作り、巨人の前に立ちはだかった。


「行って下さい。ジーヴルさんがやったみたいに、全員で相手にする方が時間が掛かりますから」


 巨人は、自分の相手がこんな小僧なことに苛立った。しかし、彼は武人であった。挑まれた勝負、挑発に、乗らない理由なんて無かった。


「良いだろう、その心意気や良し。気に入った」

「別に気に入られたくも無いんですけど。暑苦しいし」


 ファルソを残し、先へ進んだ。


 カルロッタの為に、ここまで動いてくれる人がいるのだ。それだけでどれだけ喜ばしいことか。


 そして、ルミエールはそんなカルロッタを殺そうと画策している。彼等彼女等から見てみれば、悪魔よりも悪魔に見えることだろう。


 最初から正義なんて無い。理不尽でも無い。始めから好いた嫌いだの繰り返し、愛の為に愛を切り捨て、やがて憎悪となる。


 シャーリーだって、それを望んだ。愛の為に愛を裏切った。その点では、ルミエールとシャーリーは良く似ている。


 だがしかし、覚悟が違う。


 前方に、また敵がいる。褐色の肌に額に目立つ角の、半魔に近い女性である。


 この城の構造、と言うよりヴァレリア達がいるこの場所は、ひたすらに真っ直ぐの道である。つまり、逃げ道は無い。


 しかも前からも後ろからも簡単に敵が来れる。袋の鼠とはこの様なことを言うのだろう。


 女性が攻撃を開始する直前に、ニコレッタが女性の右腕を固定し、フロリアンが枝を伸ばした。


「また貴様か」

「フロリアンさん! もう一回やりますよ!」

「ああ、当たり前だ。先に行け。どいつもこいつも目立ちだがりで困るな」


 女性の魔人は魔法を放ったが、すぐにそれをフロリアンが伸ばしたチィちゃんの枝で防いた。


「もう一度殺すぞ、貴様」

「念の為二回殺しましょうフロリアンさん」

「お前も良く分かって来たじゃ無いかニコレッタ」


 先へ、進んだ。


 しかし、一体どれだけの時間が残されているのだろうか。親衛隊隊長ルミエールが来れば、一瞬の内に戦いは終わるだろう。


 つまりそれは、カルロッタが死ぬことを意味する。


 そんなことを考える暇も無く、白いマントの角が目立つ男性の魔人が立ちはだかった。


 風を纏う彼は、拳を突き出すと、その纏わり付いた風が衝撃となって放たれた。


 しかし、マンフレートが前へと歩み、独自の防護魔法によってそれを防いだ。


 マンフレートが防護魔法を解くと同時に、エルナンドが剣を構えて突撃した。風よりも速い彼の身の熟しで、一瞬の内に魔人に傷を負わせた。


「また会ったなアレハンドロさん! えェ!? 雪辱を果たしてやる!! マンフレート!!」

「あぁ! 共に戦うぞ!!」

「それじゃあ百人力だ!! 格好良い奴の隣で格好悪い姿は見せられないよなァ!!」

「それで良い! 共に戦い、切磋琢磨と力を高め合おうでは無いか!!」


 あっと言う間に間合いを詰め、マンフレートは魔人の懐に潜り込み、その拳を顎下に叩き込んだ。その瞬間に"力の男(マハト・マン)"が発動し、魔人の体は大きく上へ吹き飛んだ。


 その隙に、先へ進んだ。


 もう戦力は残っていない。ヴァレリア、シローク、そしてフォリアの三人。


 しかし敵は二人残っているだろうと、ヴァレリアはそう予想している。つまり、この中の誰か一人だけが先へ進むことになるだろう。


 だが、シロークとフォリアは互いに目配せし、頷いた。既に誰が先へ進むかは、二人は決めているのだ。


 そして、ヴァレリアの予想通り。二人の敵が現れた。


 蛇の様な鱗を皮膚の上に連ねている男性と、青い髪の毛が身長を優に越している曲がりくねった角を持ち、目を布で隠している女性であった。


 瞬間、シロークは男性の方に向かい、フォリアは女性の方に杖を向けた。


「分かってるよねヴァレリア!」

「一番良い役よ。気張って行きなさい」


 ルミエールが訪れるよりも先に、カルロッタを救出する。しかしその後は?


 今は、そんなことを考えなくて良い。ただ、今は、魔王の手からルミエールよりも早く助けなければ。


 魔人二人の猛攻から、シロークとフォリアはたった一人だけを先に向かわせた。


 もうそれで良い。ヴァレリアは、ただ何も言わずに先へ向かった。


 どれだけ彼女達に感謝しているだろうか。今はそれを口に出す時間も惜しい。


 どれだけ彼達に感謝しているだろうか。今はそれを口に出す時間も惜しい。


 始めから可能性なんて無かった。力が無いからだ。ヴァレリアは一応魔法使いに諸々を教えていた。強くなっていく皆を間近で見て来た。


 それでも覆せない理不尽な差と言うのが、世界にはあった。今、ヴァレリア達が生きているのは、せめてと言わんばかりの、聖母達からの慈悲であるのだ。


 聖母達から見れば、ヴァレリア達は蟻如きでは無い。それよりも下、塵芥だろうか。最早生きているか死んでいるかも関係無い。


 偶然にも、幸運にも、ジークムントによって救われ、こんな機会に恵まれた。これを逃せば、ヴァレリアはまた、あの村に戻り一人で淡々と自身の発明品を極めるだろう。


 彼女にとって、もうそれは地獄の日々となってしまった。どれだけ退屈なのかと思い知らされてしまった。自身にとっての幸福を、定義付けられたのだ。


 ヴァレリアは、遠くに人の列があることに気付いた。列に並ぶ人達に気付かれない様にそっと遠くから眺め、その異様さを察した。


 彼女は擬似的四次元袋に準備していた外套を被り、何食わぬ顔でその列に並んだ。


 一体何処からやって来るのか分からないが、似た様に外套を被りヴァレリアの後ろに並ぶ人々が次々と現れる。


 もう逃げられない。逃げるなんて始めからするつもりは無いだろうが。


 彼女は、若干の恐ろしさと大きな使命感で、列に並び続けた。


 気が狂ってしまいそうだった。ただ、何故かそんな時にこそカルロッタの声を思い出す。


 そうすると、不思議と気が楽になる。


 しかし、その次には、あの時のルミエールの姿を思い出す。最愛を殺そうとするルミエールの、あの表情を思い出す。


 恐ろしい、しかし、何故か悲しい気持ちにもなる。ヴァレリアはその意味が分からなかった。憎みたいのに、憎むことが出来ない。敵意を持つことは出来るのに、殺意を持つことが出来ない。


 カルロッタの声は、耳元で囁いているかの様に鮮明で、それでいて言葉なのかと疑う程に意味が分からない。


 しかし確かに、何かを伝えようとしている意思だけは伝わる。


 ヴァレリアはその声に意識を傾けながら、前に進んだ。


 時折何かの言葉の単語が聞き取れることが分かった。そしてカルロッタの声は、延々と同じことを言い続けているのも分かった。


 ただ、やはり何を言っているのかは分からない。聞き取れた単語はそう多くなく、「三回」「嘘」「子供」「赤子」「母親」「罪人」「しかし決して憚れること無かれ」だけである。


 それにどんな意味があるのかなんて、今のヴァレリアには知りようが無い。しかしもう、後戻りは出来ない。


 もう、後ろを向くことは出来ない。


 列は大きな扉を潜り抜け、やがて一つの大きな空間に辿り着いた。


 大広間、と言うのだろうか。しかし広さはそれよりも大きいだろう。数百人が挙って前に祈りを捧げながら、前進を続けていた。


 ヴァレリアは、それに紛れながら前へ進んだ。


 そして、彼女は信じられない物を見た。


 見覚えのある赤髪と、背中。しかしそれを遮る十字架。


 血、血が、落ちている。十字架の下に、それが溜まり、広がり、そして――。


 悲鳴を発しそうだった。こんな陰惨な現場、人が生き死にする場面なんて見たことがあるのに、自分の所為で人が死んでいることも充分分かっているはずだったのに、打って変わって大切な人がこうなれば、自分のことを棚に上げてそれを悲しむ。


 人とは何とも傲慢な生物である。


 ヴァレリアは、この誰かを守る為に誰かを殺す矛盾にこう答えを出した。


 だから私は正義を語らない。私の大切な物の為に、誰かの大切な物を壊す。それが正義だなんて言わせない。敵にも、味方にも。だから私は、正義を語らない。


 私は、深く息を吸って、周りと同じ様に十字架に貼り付けられているカルロッタに祈った。


 今は、こうするしか無い。すぐ傍に、あの……えーと、シャルルがいる。ぶっちゃけあいつには喧嘩を売りたくない。


 いや、ここにいる時点で、もう私は充分喧嘩を売ってるか。


 しかしこの状況、都合が良いが不都合でもある。


 この人混みに紛れ、何とか見付からないでいるだけ。それが幸い。しかしそれ以上にすることが見付からない。それが不幸。


 下手に動けば私が殺される。しかし動かなければ、時間切れ。リーグ親衛隊隊長が来る。


 さあ、どうする。どうすれば良い。全員来れば勝ち目はある? カルロッタとまともに戦える奴と? それに、一番やばいのがいる。


 前、数段上の、ヴェールに隠されているあの玉座に座っている影。


 あそこにいる奴、あれが、何よりもヤバい。こんなに近くにいるから分かる。私に気付いていないはずなのに、ここまでの威圧感、そして何より、威厳。


 恐怖で体がどうにかなりそうだ。さっきから脂汗が止まらない。喉が詰まってるみたいに息が出来ない。


 見られていると思うと、心臓が怯えてきちんと動かない。


 前にいるだけ、それもすぐ前にじゃ無い。手を伸ばしてもまだまだ遠い。こんな場所から、姿もはっきりと見えていないのに、ここまでの圧迫感。


 相手にすらされていない。いや、あれにとって私は、相手にする必要すら無い塵同然。人が蟻に喧嘩を売らないのと同じだ。それをする必要が無い。何故ならそんなことを考えずとも相手を殺せるから。


 きっと、あのヴェールの向こう側にいるのが、魔王。


 あぁ、クソッタレ。力が無ければ何も出来ない。分かってたはずでしょ。


 分かっていながら、私はここに来た。


「誰?」


 子供の声だった。私はすぐにその方へ顔を向けると、一人の男の子が私を指差していた。


「まさか……あの偽の娘の仲間では無いか?」


 誰かがそう言った。


 ああ、成程。やっぱりバレるか。左腕の鎧は外した方が良かったかな……。


 誰かが口伝てで広がる言葉は、やがて大きな騒ぎを呼ぶだろう。それをシャルルに見付かれば不味い。


 幸いにも、シャルルは魔王の方を向いている。まだ気付いていない。


「わ、私は、あんな人知りません」


 つい言ってしまった。しかしもう言ってしまったことは覆せない。さあ、この大慌てで言ってしまった言葉にどれだけの意味があるのか。


 しかし、枯れた枝木の様な細い手足をしている男性が私を指差した。


「貴方、やはり彼女の仲間では無いのか」

「いいえ、私は違います」


 二回目、まだ振り返らないでよ、シャルル。


 はっきりとした物言いだったからか、やがて誰も言わなくなった。その代わりに、私の周りから人がほんの少しだけ距離を取る様になった。


 ああ、クソ。問題は無い。けど、けど……! やっぱり、不味い!


 ここで凌いでも意味が無い。何で、何でさっきから私は、自分の命ばっかり心配してるのよ!!


 私がここにいるのは、あの子達が、自分が死んでもカルロッタを助けるって思ったから、私一人だけここにいるのに。


 何で、何で私は……! 私は……!!


「……やけに、騒がしいな」


 ああ、クソッタレ。何なんだお前は。何でこんな、何でこんな時に、振り返るんだよ、シャルル。


「お前……確か、カルロッタと一緒だった……いや、良く見えないな。他人の空似か? ローブを下ろせ。命令だ」


 クソ、クソ、クソッ……! 何で目が合わせられない。何で、何でさっきから私は、震えてばかりでここから動けないの……!!


 目の前にカルロッタがいるのに、何で……!!


「……言っていることが、分かりません」

「……成程、無関係だと。……まあ良い。どうせ来た所で、何一つ出来やしない。そのまま雑踏の中で、芥の真似事でもしろ。いや、元から塵芥か。永遠にそうしていろ。本当に関係無いのならな」


 助かった。


 そんな言葉が頭の中に浮かんだ。


 覆せない実力差。見られるだけで、シャルル程度にも怯える始末。


 私は、何の為にここに来た。カルロッタが死ぬのを、最前線で見る為? 違うでしょ。


 なら、なら何で……何で動けないのよ。


 あぁ……嫌だ、嫌だ、嫌だ。


 愛しているの、愛しているの、貴方を本当に愛しているの。きっと貴方は、そんなこと、もう既に知っているでしょうけど。


 だけど、あぁ……嫌だ。貴方に守られてばかりで、もう、私――。


「……あ……り」


 小さな声が聞こえた。


「ご…………ま……す……」


 ああ、ごめんなさい。


 ごめんなさい、カルロッタ。


 カルロッタが僅かに振り向き、右目で何とか私の方を見ていた。


 それに驚いていたのは、シャルルだった。


「カルロッタ……お前、まだ喋れるのか。ああ、分かってくれ。俺はお前の悲鳴なんて聞きたくないんだ」


 その一瞬、シャルルが私から目を離したこの、一瞬!


 擬似的四次元袋から発明品を取り出し、それを床に投げ付けた。


 それが破裂すると、そこから煙幕が思い切り吹き出した。


 あぁ、今なら、全力で走れる。もう何も怖くない。


 煙幕に紛れ、私はすぐにカルロッタの傍に駆け付けた。


 両手に打ち付けられている杭を左手で力尽くに引き抜き、彼女の体を縛る紫色の布を解こうと悪戦苦闘した。


 何なのよこれ! 魔法か何か! 全然解けない!!


 けど……けどぉ……!!


「ごめん、ごめんなさい、カルロッタ……! 私、私……!! ごめんなさい……!!」


 もう、どうなっても良い。私の命なんてどうでも良い。


 ただ、貴方に生きて欲しい。それだけで、もう私は幸せなの。


「やっと解けた……!!」


 カルロッタの体を抱き抱え、すぐに逃げ出そうとした直後、私の体は意思とは関係無く止まってしまった。


 一体、何だ、こ――。


 直後、背中に轟く様な衝撃が打ち付けられた。


 視界は上下が逆様で、煙幕は既に晴れている。そして、そして……!


「離せ……! その子を、離せ、シャルルゥ!!」


 ああ、クソッタレ。どれだけ私が勇気を出しても、あいつは全部を力で台無しにする!!


 本当に、本当に、本当に、ムカつく!!


 シャルルは折角私が解放したカルロッタを片手で抱え、もう片手で杖を私に向けていた。シャルルとの距離は遠い。


 ああ、部屋の端、私が入って来た扉の上にいるんだ。そこに逆様で貼り付けられている。


 頭に血が降りる感覚が分かる。目が回りそうだ。


「流石だな、名前は何だったか。まあ良い。その心意気だけは称賛しよう。しかし、無力だ。何故ここまで辿り着いたのか疑問に思う程だな」


 シャルルは私を嘲笑いながら、何とも苛立つ表情で言った。


「最後くらい残させてやろう」


 シャルルは杖を振るうと、私の両腕が横へ広げられ、その両手にカルロッタの手を穿っていた杭が打ち付けられた。


「遺言はあるか? 聞いてやろう。そして、恐らく後から来る他の仲間にも伝えてやろう」


 遺言? そんな物、一つしか無い。


「さっさとくたばれクソ野郎」

「立派だよ、お前は」


 シャルルが私に向かって魔力の弾丸を放った。


 ああ、まあ、良いんじゃない? 今まで何もしなかった私にしては、まあ……割と、充実した人生。もう少し早く、あの子と会いたかったのが、心残りかな。


 しかし、私の予想とは反し、私の体は床へと向かって落ちていった。


 一体何が起こったのだろうか。分からない。


 ただ、見えたのは白い長髪。銀の輝き。


「間に合ったかな」


 ああ、もう、最悪。


 ルミエールさんが、私を両腕で赤子の様に抱えていた。


 なんて、綺麗な笑顔だろうか。


「初めまして、シャルル。そして――」


 ルミエールさんの視線は、それより上へ向いた。


「……初めまして、魔王」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


あれですね。本場の人に怒られそうですね。

この作品はフィクションです、事件、人物、宗教は現実のそれとは一切関係ありません!!


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