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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
96/111

日記33 裏切りの愛 ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「……ボッコボコに、されたわね」

「私に勝てると思ってた?」

「……まあ、試す価値は、あったと思ってるわよ。ルミエール」


 マーカラは傷付いた体を自力で回復魔法を回して治し、何とか立ち上がった。


「事情は聞いた。誘拐されたんだって?」

「多分、ジークムントの所為だろうね」

「……成程、面倒臭い。と、すると、何? 裏切り者でもいたのかしら?」

「シャーリー・パートウィー。今まで何処から情報が漏れたのかと思ったら、ジークムントの能力でシャーリーの五感が全部ジークムントに筒抜けだった。多分シャーリーもそれに気付いてなかった。場所を特定して、バレない様にシャーリーに魔法陣を刻む様に指示して、ジークムントの体毛を編み込んだ外套で結界内を歩かれたから警報も鳴らなかった」

「……なら、何故殺さなかったの?」

「……少し、おかしいと思ってね」

「へぇ、貴方にも分からないことがあるのね」


 厭味ったらしく言われたマーカラの言葉に、ルミエールはこう返した。


「分からないことが多くなるのが、知識でしょ。……カルロッタに六連星が受け継がれたのは確実。にも関わらず、彼が一切の動きを見せない。特に、裏切り者が現れた今、全ての条件は揃った。カルロッタは今頃、十字架に括り付けられている」

「最も愛される聖人が、罪人を括り付ける十字架に。何とも皮肉ね」

「私達にとっては、皮肉じゃ無いけどね。相応しい末路とも言える。……兎に角、カルロッタが十字架に括られた今、充分に条件は揃った。今はテミス達が見張ってるけど、それでも付け入る隙はある。だけど動きを見せない。ジークムント経由で話は伝わってるはずなのに」

「まだ何か要素が足りない……。つまりあの戦いは、貴方達の敗北じゃ無くて――」

「敗北に限り無く近い勝利。けどギリギリなのは変わり無い」

「……貴方なら、もう不足している要素が分かってるんでしょ?」

「……まだ確証が持てない。だから、少し試してみる。このままカルロッタを殺すなんて、ジークムントがするはずが無い。何らかの行動は起こす。例えば、研修生達をカルロッタ救出に駆り出させたり――」


 ――ヴァレリアとシローク、そして研修生達は、未だテミスによって支配されている。


「……どれくらい経った?」


 マンフレートの言葉に、テミスは親切にも懐中時計を見た。


「大体一時間程ですね。まあ、そろそろでしょう。ルミエール……いえ、姉様が特定した頃でしょう」


 テミスはその銀色の瞳でシロークの方をじっと見詰めた。


「……何ですか」

「少しだけ、私と似た気配を感じ取っただけです。深い意味はありません。……動くことは出来る様にしましょうか。一時間もその体勢だと辛いでしょう」


 テミスが左手を僅かに動かすと、見えない糸は緩まり、彼等彼女等の体が自由に動く様になった。


 しかしその直後、フロリアンがチィちゃんの枝を伸ばし、聖母達に向けた。


 一瞬ではあった。だが、その魔法は途端に効力を失い、フロリアンすらも驚愕の表情を浮かべた。


「自由に動けるとは言いましたが、ここから出すとも、攻撃をさせるとも言っていませんよ」

「自由の意味を履き違えていないか、聖母テミス」

「自由と無秩序は違うと言うことを一から説明しましょうか、魔法使いフロリアン」

「無秩序? 正義を抑圧して罪の無い者を殺すことが無秩序では無いと」

「ええ、我々が正義ですから」

「傲慢だな。そんなに聖母は偉いのか」

「ええ、知らないのですか?」

「……大国とは言え、リーグは所詮一国だ。そこまでの傲慢さで良くここまで生き残れた物だ」


 テミスは呆れた様に溜息を零すと、その視線をフロリアンに向けた。


「まず、我々にとって国なんて、もうどうでも良いんです。貴方にも分かるでしょう? 愛する誰かの為に、全てを敵に回す覚悟を。玉座にもう一度座って欲しい訳では無いのです。ただ、傍にいて欲しい」

「……愛する者の子を、殺してでもか」

「きっと許してはくれないでしょう。私達を、永遠に恨むでしょう。……我々が正義です。それが私に与えられた権能です。正義を決め、悪を決める。私は、それを世界に強制することが出来る。しないだけで」


 すると、シロークは声を張り上げた。


「なら、なら何で僕達をそうしないんですか!! すれば、本当にそんな力があるなら、僕達を逆らわせないことだって――」

「自由意志とは、それだけ尊いのです」


 テミスは腰に携えた鞘を撫で、無表情ながら憂いの表情を浮かべた。


「その為に我々は、五百年前戦いました。特に彼は、星王はそれを強く望んでいた人でした。しかし、自由意志とはあくまで意思、行動ではありません。自由を行使するには力が必要。そして、自由意志を守り、人々に新たな夜明けを齎す。それが、我々です」

「まるで、まるでそれじゃあ――」

「神、とでも言いたいのですか? シローク?」


 テミスは妹達を一瞥し、凍り付く様な冷たい眼でもう一度シロークを見た。


「神ではありません。人でもありません。人間でも、魔人でも、亜人でも無い。この姿も、あくまで仮の物。五百年前の私の姿を模した物です。故に人間ではありますが、中身が違う。ええ、シローク、貴方が言った神の様な存在ではありますが、私は神では無い」


 シロークは最後まで分からなかった。


 テミスは、あのテミスは、一体何を思いながら自らは正義なのだと自慢しているのか。


 自分から見てみれば、あれは横暴にも自分の最愛を壊そうとする大罪人であった。


 しかし、確かに、カルロッタへの愛を感じる。いや、カルロッタから時々垣間見える、星皇の片鱗への愛だろうか。


 愛するそれを殺すことなんて、出来るのだろうか。シロークはテミスの矛盾を見た。


 少し経てば、ようやくドミトリーが戻って来た。


 一瞥し、殆どの事情を理解したドミトリーは、テミスにこう言った。


「ええ、分かっています。聖母様達の愛も、それをする意味も。しかし、一つだけ、聞きたいのです」

「……良いでしょう」

「カルロッタ・サヴァイアント、彼女の母親は、まさか――」


 ドミトリーの口は、突然動かなくなった。


 ドミトリーは諦めた様に視線を下に落とすと、何故か簡単に動かせる口でこう言った。


「やはり、そうなのですね」

「その答えをここで言うのは姉様から許されていない。しかし……そうですか、確かに貴方は、何度か私達と謁見した経験がありましたね。確かに、気付いてもおかしくは無い」

「なら何故、何故彼女を、捨てたのですか。何故彼女を探さなかったのですか。彼女は十八の歳だと聞きました。十八年間も、聖母様は、一体何を……!」

「……その答えを言うのは、姉様から許されていない」


 その瞬間、唐突にテミスはドミトリーから視線を外した。ほぼ同時に、他の聖母達も同じ方を向いたのだ。


 他の者達も、その方向に視線を誘導された。


 そしてテミスは、何処か怒りの籠もった声を発した。


「何の用ですか、ジークムント」

「僕も答えを聞きたいんだよ、テミス君。教えてくれないかい?」


 突然そこに、ジークムントが現れた。彼は薄ら笑いを貼り付けながら、ほんの少しだけ手を振った。


「僕も知りたいんだ、カルロッタ君が何故あんな所に現れたのかを。彼は何も言ってくれないからね」

「……良く口が回る」


 テミスは剣を引き抜き、切っ先をジークムントに向けた。


 ジークムントは軽薄そうに笑いながら、両手を上に挙げた。


「辞めてくれよ。別に僕は戦いに来た訳じゃ無いんだ」

「どうせ彼等を解放するつもりだろう」

「まあ、それに関しては否定しない。しかし不思議に思わないかい?」

「……何がだ」

「今、全て揃った。しかし現れない。何故だと思う?」

「……さあ。しかし今知る必要は無い」

「だがそれを知りたいと言う気持ちは抑えられない」


 テミスは剣を振るおうとしない。ジークムントは薄ら笑いを深める。


「全ては自由意志の為に。それは、僕も、君達も、同じはずだ。あの子が、全ての希望だ。僕にとっても、星皇にとっても」

「……良く言う。お前がカルロッタを裏切る様に言ったのに」

「否定はしないよ。しかし仕方が無いことだった」

「仕方が無い? お前は――」

「僕は八人目だ」


 テミスは突然押し黙った。そしてその剣を鞘に収め、突然左目を手で抑えた。


「分かってくれ。いや、理解してくれとは言わないが……。僕は演出家だ、それと同時に乳母でもある。これは君達の為でもある。そして、僕は八人目だ」


 テミスは指を広げ、その隙間から左目でジークムントの薄ら笑いを見詰めた。


「……貴方の、名は」

「□■□■□■、君達の、兄だ」

「……その先に、この不自由が壊れる世界が、あるのか?」

「分からない。あの方は見捨てるかも知れない。だから僕の様な演出家がいる。しかし、少々厄介なことが起こっている。世界の至る所に歪みが発生している。恐らく……僕でも予想出来ないことが起こる可能性が高い。それが僕達にとって良いこととなるかも、僕には分からない」


 ジークムントはその薄ら笑いを崩し、テミスに、自分の妹に初めて真剣な口振りで言った。


「僕は、より良い世界の為に、自由意志の為に。だから頼む。彼等を、彼女等を、解放させてやってくれ。ただ、愛する者を救おうとしているだけなんだ」


 テミスの葛藤は、長い様で、しかし十秒と言う短い時間だった。


 テミスは両手を僅かに動かすと、突然フロリアンのチィちゃんの枝が動き出した。魔法が発動したのだ。


「良いでしょう。好きにしなさい。私達はルミエールと共に」

「あぁ、ありがとう、テミス君」


 そう言ってジークムントは両手を合わせると、この場にいるヴァレリアとシローク、そして研修生達が消え去った。


「君達も難儀だね」


 ジークムントは満点の星空の上に広いレジャーシートを敷き、その端に座った。


「ああ、どうぞ。座ってくれ」


 ジークムントは両手を顔の横で叩くと、シートの上に皿に盛り付けられたサンドイッチと紅茶のポットが現れた。


「おっと、武器を忘れてしまった。お茶でも飲んで少し待っていてくれ」


 ジークムントは立ち上がり、星空の向こう側に消えてしまった。


 どうしようかと思っていると、ヴァレリアがシートの上に座り、サンドイッチを頬張った。


「……毒、じゃ無さそうね」


 唐突なことに頭を悩ませながらも、彼等彼女等は続々とシートに座った。


「……それで、えーと、何なんだ、これ」


 エルナンドが人数分あるカップに紅茶を注ぎながらそう言った。このティーポットは不思議な物で、どれだけ注いでも中身が減らない。魔法のティーポットであった。


「まあ……兎に角、助かった、で良いんでしょうか……?」


 ニコレッタが星空を見渡しながら、心配そうにそう言った。エルナンドが配ったカップに満たされた紅茶を啜り、ほんの少しだけ沈黙が走った。


 沈黙を破ったのは、マンフレートだった。


「話から推測するに……ここにいないシャーリーが、カルロッタを裏切り攫ったと言う所か」

「お前にそこまで考える頭があったのか」


 フロリアンが皮肉交じりに言うと、マンフレートは嫌な顔もせずに豪快に笑った。


「ですが、あの人がシャーリー様にカルロッタ様を裏切る様に唆したんですわよね? けどわたくし達を助けて……少し、目的が不透明ですわ」


 アレクサンドラの意見に、ファルソが答えた。


「演出家……そして、七人の聖母の兄。経歴的にも結構謎ですけど、お姉ちゃんの所に僕達を行かせようとしてますよね。助けるだけなら、僕達より……殺そうとしてる聖母の方が、希望がありそうですけど」


 ようやくジークムントがもう一度現れると、彼は彼等彼女等が置いて来た武器を投げ渡した。


「さあ、使うと良い。……おっと、僕としたことが。説明を忘れていたね。ちょっと切羽詰まった状況だから危なかった。君達モシュネ君に殺されそうになってたんだよ? 流石にテミス君も止めるだろうけどね」


 ジークムントはシートに座り、余り減っていないサンドイッチを見て悲しそうに顔を歪めた。


「……まあ、それはそうか。渾身の出来だったんだけどなぁ。さて、そんなことはどうでも良い。君達を、今からカルロッタ君が幽閉されている『固有魔法』の中へ送る。目的はただ一つ、カルロッタ君を聖母達より早く救出することだ」


 しかしその話に、フォリアはこう聞いた。


「貴方はカルロッタを攫う様に言った、あっち側の人でしょう?」

「……まあ、それはそうだね。その通りだ。僕はシャーリー君に頼み、大銀貨三十枚で裏切る様に言った。いや、命令と言った方が良いかな?」


 ヴァレリアは険しい視線をジークムントに向けた。それに気付いたのか、ジークムントは薄ら笑いを貼り付けた。


「君のお陰で助かったよ、ヴァレリア君。シャーリー君を助けてくれてありがとう」

「……良く言ってた、師って言うのは、貴方のことだったのね」

「おお、僕のことを言っていたのかい。それは嬉しいね」

「貴方、分かってたでしょ。シャーリーが、貴方のことを愛していたのを」

「ああ、それがどうしたんだい?」

「……貴方は、何も思わなかったの?」

「ふむ、不思議な質問だ。言葉を選ばずに言うならば、理解不能、と言った所だろうか。確かに彼女は大切だ。重要だ。シャーリー君はシャーリー君一人しかいないし、そんなシャーリー君を僕は愛していた。しかし代えはある。シャーリー君の役目は何も彼女だけ特別と言う訳では無いからね。次に見付けるのは……まあ、難儀するだろうが、また一から探せば良い。時間はたっぷりとある訳だし。それに――」


 咄嗟に、ヴァレリアはジークムントに殴り掛かった。しかし、ジークムントはあっさりとその拳を左手で受け止め、右手で伸ばされたヴァレリアの肘を上へ押し、そのまま後ろへ投げ付けた。


 シーツの上に背中を強打したヴァレリアだったが、すぐにジークムントを睨んだ。


「どんな思いでシャーリーが……貴方の為に、カルロッタを裏切ったと思ってるの!!」

「知ってるさ。だからシャーリー君に頼んだ。それが目的だ。まあ、今の君が知る必要は無い。僕だって全てが語れると言う訳では無いんだ。スタンスはルミエール君と大体同じだからね」

「なら、何で今度は考えが変わって、カルロッタを助けてなんて言えるのよ……!!」

「君達に選択肢は無いはずだけどね。今も尚、ルミエール君は刻一刻と、()()が隠れている『固有魔法』を探り、カルロッタ君を救出しに行くだろう。そうなれば、ルミエール君は容赦無くカルロッタ君を殺す。今度こそ、何の障害も無く」

「……魔王? それは、星皇?」

「……さあ、どうだろうね。まあ、見れば分かる。さあ、どうする? 一応選ばせてあげよう。ルミエール君よりも早くカルロッタ君を自分達の手で救うか、それともこのまま見殺しにして穏やかな生活を送るか。選ぶと良い。それが、自由と言う物だからね」


 これは自由では無い。始めからそうなる様に誘導され、選択の余地も無くジークムントの予定通りに事が運ばれる。


「決まってるでしょ、クソ野郎」

「僕のことかい? まさか、僕は誰よりも人々を愛し、人々の悲しみに痛みを感じる慈愛の心を持っているのさ。でなければ、こんなことをするはずが無い」

「そうやってペラッペラの言葉を吐き続けられるから、クソ野郎って言ってるのよ。ジークムント」

「ふむ、これでも僕は真面目に話しているつもり何だが……やっぱり、人相と言うのがあるのかな。それで、どうするんだい?」

「だから、決まってるって言ったでしょ。助けに行くに決まってるじゃない」


 ジークムントは薄ら笑いを深めた。


「君達のその選択に、溢れんばかりの愛と自由で満たされます様に」


 ジークムントは両手を四回叩いた。


「僕の妹弟子をこれからも宜しく」


 星空の景色は変わり、目が痛くなる程の白い塗装の長く広い一本の廊下の真ん中に、彼等彼女等はいた。


 辺りに魔力が蔓延している。すぐに『固有魔法』の中だと理解出来る。しかし、それにしては広過ぎる。


 フォリアもフロリアンもファルソも、この広さは異常だとすぐに分かる。どれだけの技術と魔力量があれば、ここまでの広さの『固有魔法』が維持出来るのか、魔法学の常識から外れている。


 だからこそ、ジークムントの発言の魔王と言う存在に、やけに説得力が増す。そして、奥から、ここからでも分かる強大な魔力すらも感じ、ニコレッタはフロリアンの影に隠れた。


「……もう、来たと言うことだな」


 フロリアンがそう言った。それと同時に、シロークはすぐに剣を抜いた。


「ドミトリーは良かったのかい? 一応リーグの兵士だろう?」

「ご安心を。臆病故に自己保身には長けているので」

「ははっ、それは頼もしいや」


 しかしエルナンドは、何処か決意を決め切れていない様だった。その剣を抜くことが出来ずに、指を震わせている。


「大丈夫?」


 ジーヴルはそう聞いた。


「大丈夫じゃ無いかどうかって言われるとなぁ……情けないが、怖い。さっきまで助けよう助けようって心の中で言ってたのに……情けねぇなぁ」

「……どうせ意味なんて無いのよ、そんな恐怖。もう戦うしか無いんだから」

「そうだよな……そうだよな! うっしやるぞやるぞやるぞォ!!」


 エルナンドは柄を力強く握り締め、剣を一気に引き抜いた。


「もうどうにでもなれぇェ! たった一人の為に死んでやるぜェ!! ひゃっはァー!!」


 これはこれで大丈夫なのだろうか。ジーヴルはそう思った。


「それにしても、魔王とは何だ。星皇以外に心当たりが全く無いが」


 マンフレートの疑問は、ここにいる全員の疑問であった。


「……もしかしたら、僕の親だったりして」


 ファルソが冗談交じりにそう言うと、そう言った自身が驚いた表情を浮かべた。


「え、これ、本当に僕の親だったりします? こんな展開で僕の親が分かるんです?」

「良いじゃないか。今までの恨みをぶつけてやれ」

「フロリアンさん……そうですね、三百年間の溜めに溜めた恨み辛みを全部拳に乗せてボッコボコにしましょうか。あ、でも本当にそうだったらどうしましょう。挨拶とか」

「『元気な息子が帰って来ましたよ』とでも言ってやれ」

「皮肉だ……良く思い付きますよね、フロリアンさん。性格悪いからですか?」

「頭が良いと言え」


 その直後、突然白い花弁が背後から前へ向かって舞い散った。


 この白い花弁を、エルナンドは知っている。この、血を吸い取り咲き誇る白い花畑を、知っている。


「後ろだ!!」


 その声と共に、ドミトリーが卓越した素晴らしい身の熟しで背後へと回り、その杖を振るった。


 向かって来る単純な魔力の塊を、蒼焔の障壁で防いだ。そしてドミトリーも理解した。その攻撃が、誰の物なのか。


「……魔法の同時発動、成程、実力を隠していた訳ですか。シャーリーさん」


 そこには、足下に白い花畑が広がる小柄な女性がいた。彼女は怖気付いてしまいそうな程に恐ろしい視線を持ちながら、それを全員に向けた。勿論、自分にも。


 片方だけ輝いている銀色の瞳は寂しげに光り、一房だけ白く染まった髪の毛が揺れた。


 シャーリーは、小さな手で杖を振るった。すると、四連撃の魔法がこちらに向かって来た。基礎的な属性魔法だが、それぞれの属性が異なる。全てが別の軌道を描いたが、ドミトリーは蒼い焔でそれをあっと言う間に撃墜した。


「……皆さん、ここは、私に任せて下さい。この老耄の役目が、ようやく果たせそうです」


 ドミトリーは、体中から蒼い焔を吹き出した。


 その熱量に圧倒されながらも、ドミトリーの背にいる皆が走り出した。その中で一人、ヴァレリアだけが「助けてあげて」と、小さく呟いた。


 ドミトリーはそれに、たった一度の頷きで返した。


「……さて、シャーリーさん。試験の続きをしましょうか。あれは、私が怯えてしまって逃げて終わってしまいましたからね」

「……魔法の同時発動では無い」

「おや、何の話でしょうか」

「先程聞いたであろう。魔法の同時発動では無い。撃った直後に次の魔法を撃っただけだ」

「それでも素晴らしい技術です。連射速度を高めれば、それだけで兵器に匹敵するので。ならばその花畑は?」

「……ああ、これのことを言っていたのか。何、これは一度発動すればそのままだ。解除しない限りな」

「……本当に、裏切ったのですね」


 シャーリーは笑っていた。


「ああ、我の意思だ。しかしカルロッタも小さな女だった。たったの大銀貨三十枚にしかならん」

「相当な大金でしょう、それは」

「……ふむ、そうか、そうだったのか。なら、得をしたのか? 我は」


 シャーリーは笑っていた。


「今は清々しているよ。あの子は何時も、我を嘲笑って馬鹿にして来た。何もかも見透かしていながら、我の中にある妬み嫉みも理解していながら、尚も笑い掛けてくれた」

「当たり前でしょう。彼女は貴方のことを信じていた。愛していた。妬み嫉みだけでは無いと、分かっていた」

「我の中にはそれしか無い。カルロッタのことは愛してもいない」

「嘘が下手ですね。それとも、嘘で塗り固めてようやく自分を保てているのですか?」


 シャーリーは笑っていた。


「もう、我はどうでも良い。裏切りも、全てが。ただただ今は、清々しい」

「愛を知らない訳では無いでしょう」

「もう黙れ老害が!!」


 シャーリーは泣いていた。


「血すらも残さず殺してやるぞ、ドミトリー!!」

「ならば、その思いすらも燃やし尽くしましょう。シャーリー」


 シャーリーは杖を大きく振るうと、一気に花弁が舞った。そして杖の先をドミトリーに向けると、その先端から魔力の塊が続々と連射された。


 流石のドミトリーでもそれを全て捌くことは出来ない。幾らか蒼い焔で撃ち落としても、迎撃の合間を掻い潜り、小さな魔力の塊が彼の横腹を撃ち抜いた。


 しかし、一瞬だけ隙が出来た。何せ魔力の塊が穿った箇所は、確実に人体の弱点。シャーリーも臓器が再生出来る程の回復魔法は出来ないと思っているはず。本来ならこれで勝負が付いただろう。


 だが、ドミトリーの今の体は人間よりも精霊に近い。そして精霊は、その体を魔人とは異なる方法で魔力で構成している為、ドミトリー自身の魔力で再生が可能。


 しかし完全な精霊程では無い。速度では圧倒的な差が存在する。しかしそれで良い。動けるのなら、まだ全速力で走れるのなら。


 ドミトリーの足裏に焔が散ると、それが爆散した。その爆風がドミトリーの体を押し出し、一気にシャーリーとの距離を詰めた。


 ドミトリーは杖を握りながら、もう片手で拳を握り、その拳を焔を纏って突き出した。


 だが、その拳は蒼い焔を散らすだけで、シャーリーの体にまで届いていない。防護魔法だ。ただし、その拳の直撃点にだけ魔力の透明な壁を作っている。


 すぐにもう片手の杖をシャーリーに向け、蒼い焔を放った。しかし、拳を防いでいる防護魔法が広がり、蒼い焔を妨げた。


 途端に始まったのは、ドミトリーの連撃であった。


 しかし一向に攻撃は当たらない。拳の直撃点には部分的に発動された防護魔法で防がれ、それを広げた壁で蒼い焔を妨げられる。


 シャーリーには、同時に二つ以上の魔法を発動させることは困難だ。どれだけ練習しても、やはりその思考が出来なかった。


 故に、彼女は魔法を使う速さを求めた。一瞬で発動し、一瞬でその魔法を放棄し、一瞬でまた発動する。


 その速度、利点もあった。特にこの防護魔法や結界魔法に至っては、壊れてしまえばその一瞬で攻撃が通る。しかし一瞬一瞬の内に張り直している為、破壊される前に新しくなるのだ。


 そんな利点がありながら、カルロッタはこんな無駄なことはしない。魔力の無駄遣いだ。それなら結界の強度を高めた方が、魔力回路にとっても負担にならず、魔力量も節約出来る。


 魔法使いにとって魔力総量は、戦闘可能の時間を示す物。そんな物を激しく消費すれば、どうなるか。


 シャーリーも理解している、そしてドミトリーも気付いた。


 シャーリーは二歩下がり、杖をドミトリーに向けた。


「"胡蝶の夢(スランベイル)"」


 放たれたのは、白い蝶の群れ。しかし普通の蝶では無く、人の頭程の大きさの蝶が何匹も現れた。


 とても攻撃とは思えない程に緩慢に動くそれは、ドミトリーの蒼い焔によって燃え尽きるはずだった。


 魔力では無い。あれは、エーテルの凝縮体。ドミトリーはその危険性を臆病故に肌で感じ取り、後ろに下がった。


「……ふむ、お主にとっては、初見のはずだが。成程、今だけは、臆病な性格が役に立ったな」

「……それは?」

「"胡蝶の夢(スランベイル)"。つまらない魔法、いや、魔力では無い為、聖清魔法に性質は近いか。当たればまあ、死ぬな」

「ほう、それはそれは。是非原理を聞きたいですね」

「正確には意識の喪失、師が言うには蝶と自分の区別が付かずに、そのまま意識を手放すらしいが……詳しいことは知らん。何せエーテル、人智では計り知れぬ力よ」


 白い蝶はシャーリーの周囲を漂いながら、その輝く鱗粉を撒いた。


「どうか、死んでくれ。もう我は、惨めな姿を見られたくない」

「……ジークムントさんが、そう言いましたか?」

「もう、黙っていろ、老骨」


 ドミトリーは自身の中に叫ぶ声に従った。その薄いヴェールの向こう側を見ろと、叫んでいる声に従った。


 彼の片方の瞳が金色に輝き、その髪の一房が白く染まった。


 彼の蒼い焔に白い炎が混じり、エーテルを原動力を更に火力を増した。


「貴方を思う人もいるのに、貴方はそれを見ようともしない。いや、裏切ったからこそ、もうそれを見ることも出来ないのか」

「……我は黙れと言ったはずだがなぁ……ドミトリー」

「ならそう命じれば良いでしょう。貴方の、魔法で」


 白い蝶はドミトリーに一斉に向かった。しかし、次の瞬きの直後、ドミトリーがいた場所には、もう蒼い焔だけを残して消えていた。


 シャーリーの頭上に、熱があった。自身の体を燃やし尽くさんとする熱があった。


 彼女は咄嗟に上を見た。蒼く、白い焔が、そこにはあった。


 一閃だった。蒼白い一閃が、シャーリーに向かったのだけは見えた。咄嗟に発動した防護魔法を打ち破り、それはシャーリーの左肩を穿った。


 そして血を吸い取り、白い花が咲き誇った。


「ああ、クソ……本当に……全員、もう、我を殺してくれ」


 白い炎が彼女を包み込んだ。


 不思議と熱くは無かった。しかし体が燃える痛みだけは突き刺さっていた。


 もう、抗おうともしない。どうでも良かった。ただ、静かに、このまま眠ってしまおうと思い、焼けた喉の痛みを飲み込んだ。


 白い炎が見えなくなったのは、その時のことだった。シャーリーは床に倒れ、最早神経すらも焼けている自分の両腕に視線を向け、出せない声を残念そうに、目を瞑った。


 ドミトリーは、シャーリーに撃ち抜かれた箇所を抑えながら、荒い息で歩いていた。


「……喉、くらいなら、私の力でも、これが本当に、エーテルなのだと、すれば……!」


 ドミトリーはシャーリーの喉に触れ、自分が知っている回復魔法の魔法術式の通りに魔力を回した。


 それだけやって尚、治ったのはドミトリーの予想通り喉だけ。声は出せるだろうが、回復して貰わなければもう戦えないだろう。


「……殺さんのだな」

「……殺したくないんですよ」

「……私は、カルロッタを殺そうとした。あの子は特別だ。誰からも愛され、愛するを強いる。お主も、そんなカルロッタを愛していたはず。だからここにいるのだろう。なら、我を、憎んでいるはず」

「……何と、言うんでしょうね」


 ドミトリーは、遠い遠い過去を振り返り、優しく微笑んだ。


「私も、恋をしたことがあるのです。貴方と同じ様な、叶うはずも無い、恋を。同情心と言うのでしょうかね」

「……やはり、分からん男だ、お前は……」

「シャーリーさん、やり直そうとは言いません。過去はやり直せないのですから。ですが、せめて次の為に動くことくらいは出来るはず。カルロッタさんは最後まで、貴方を心配していたでしょう?」


 シャーリーは、天井を見上げながら、涙を流した。顔が見られたくない程に、ぐちゃぐちゃに汚しながら、涙を落とした。


「……だから、もう彼女の前には戻れない……もう、彼女の傍にはいられない。……私は、そんなカルロッタを、裏切ったのだから。心優しき聖女を、その優しさを利用し、こんなことに……。もう、どうすれば良いのか、分からんのだ……」


 ドミトリーは、返す言葉を見失った。


 しかし、せめて少しでも、シャーリーの為になる言葉を、何と無くの思い付きで吐いた。


「カルロッタさんは、今も貴方を、愛していると思いますよ」


 時間はもう無い。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


シャーリーの心理描写が足りないと思ったので、次の話しで書きます。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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