日記33 裏切りの愛 ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
シャーリーは、雨が降る街の中を、黄色い外套で身を包みながら走っていた。
今日はやけに、小鳥が騒がしい。こんな雨の日の夜なのに、小鳥が泣いている。
「……あぁ、師よ」
シャーリーの目の前に、ジークムントが薄ら笑いを浮かべながら現れた。
雨の所為で香水の香りは感じない。シャーリーはそれを悲しく思いながらも、自らの師に微笑みかけた。
「師よ、ああ、師よ、やりました。私は、申し上げます、申し上げます。あの子は本当に酷い、酷い、あぁ、嫌で卑しい女で、悪い奴なのだ。我慢ならなかった。生かしてはいけない」
急かす様に言われたその言葉に、ジークムントは表情を変えずに言った。
「落ち着いてくれシャーリー君。少し興奮している様だね。深呼吸を何度かして、落ち着いて」
シャーリーは笑みを浮かべながら、深呼吸を繰り返して、やがて言葉を紡いだ。
「はい、はい。申し上げます。あの子を、生かしてはならない。世の中の敵だ。師がこの様なことを企むのも良く分かる。あの子は我と同い年、たった二ヶ月遅く産まれただけだ。大した違いがあるはずが無い。人と人との間に、そんなに酷い差別は無い。なのに彼女は、今日まで私の全てを知っているかの様に、意地悪に言葉を紡ぎ、まるで嘲弄している様に微笑む。あの子は私が彼女を妬ましく思っているのを知っていないのだ。いや、いやいや、彼女は知っている。知っているのだ。ちゃんと知っているから、尚更我のことを意地悪く馬鹿にして来るのだ」
ジークムントは決して表情を変えない。それと同じ様に、シャーリーも表情を変えない。変えたくも無かった。
「あの子は傲慢だ。きっとあの子は何でも自分で出来るかの様に、人から見られたくて堪らないのだろう。そうで無ければ、あんなにも謙虚でいるはずが無い。ああ、あぁ……我はあの子は、彼女は美しいと思っているのだ。可愛らしい子だと、一目見た時から、思っているのだ。妬ましい程に、妬ましい程に!」
シャーリーは大きく、その小さな腕を振るった。
「彼女は、優しい言葉ばかりを我に言ってくれる。私がどれだけそれが、意地悪に思っているのか分かっていながら、あの子はその言葉を仕向けて来るのだ。私のことを『可哀想』だと言った時、私はそれを聞いて何故だか声を出して泣きたくなった。ただ、彼女さえ、納得してくれたら、それでもう良かった。私はあの子を愛している。他の者が、どんなに深くあの子を愛していても、それとは比べ物にならない程に誰よりも愛している。誰よりも愛していると叫びたい。そうでなければ、こんな愛に意味は無い」
シャーリーはその場で両手を付いて蹲り、泥に塗れたその手で顔を濡らす雨粒を拭った。
「私はあの子の傍から離れたくない。ああ、もう何も分からない。あの子がこの世にいなくなったら、私もすぐに死んでやるのだと、思ってしまう程に愛してしまったのだ。そんな世界で生きていけることが出来無い。私はあの子を愛している。あの子が死ねば、私も一緒に死んでしまいたい。あの子がいない世界なんて、耐えられない。あの子を殺した罪人を、殺してしまいたい。殺してしまいたい」
シャーリーの慟哭を、ジークムントは何も言わずに聞き届けた。
シャーリーにカルロッタを裏切る様に言ったのは、このジークムントだ。ジークムントはシャーリーにこう言った。「決められた魔法陣を結界の端に描き、カルロッタ君の油断を誘う為に部屋に入り、彼女を攫って来てくれ」と。
カルロッタを攫った後のことを、ジークムントは「カルロッタ君を殺すんだ」と伝えた。
シャーリーは喜んでそれを承諾した。誰も愛を裏切れないのだ。自分が想いを寄せる師の頼みを、彼女は裏切らない。裏切れない。
「あぁ……あの子を……殺して下さい、師よ。あぁ、師よ。私はもう我慢ならないのです。私はきっと、嫌われている。きっとそうに違いない。ああ、もう、分からない。私は何を言っているのか……何一つ、分からない。そうだ、思い出した。私は彼女を妬ましく思っていたのだ。子供の様に地団駄を踏んでしまう程に妬ましい。あの子が若いなら、私だって若い。私にも才能がある。私にだって才能があった! 彼女だけが、カルロッタだけが才能に溢れ、誰からも好かれるなんて、あってはならない。そんな酷いことはあってはならない! 星の下で、全ての民と全ての命と全ての知恵は、平等では無かったのですか。何故星は彼女に二物を与えたのだ!」
シャーリーは天を見上げた。星空も見えない、暗い暗い夜空を見上げた。
「あの子は、意地悪だ。あの子は、私の心を奪ったのに、あんなにも。ああ、違う! 違う! あの子が、私からあの子の心を奪ったのか。ああ、そんなはずが無い。あの子は……。師よ、私の言うことは、みんな出鱈目になってしまう。一言も信じないでくれ。醜いことを口走ってしまった。しかし私は、妬ましいのだ。胸を掻き毟りたい程に、妬ましかったのだ。そんな時に、師が言ってくれたのだ。『カルロッタを殺す』のだと。私の愛は、誰よりも清らかで、誰よりも深い。愛して貰う愛では無い。愛する為の愛なのだ。けれども彼女は、とても悲しい目で私を見詰める。私の裏切りを知っていて尚、あの子は私を信じていた。違う、違う、違う! あぁ……違うのだ……。違うと、言えなかった。私の喉が捻じれて息が出せなかった。私の裏切りを知っても彼女は笑っていた。馬鹿にする様に、意地悪に。それに私の五臓六腑がどれだけの悲鳴を発したのか。その悲鳴は私の心の中に憤怒の色を落として、落として落として……復讐に走らせました」
ジークムントはシャーリーに一歩だけ近付いた。
だが、シャーリーは怖がる様にジークムントから尻を地面に付かせながら後ろへ下がった。
「その憤怒を、恥じるよりも憎んだ。あの子はどれだけ私に優しくして来たのか、どれだけ可愛らしく振る舞って来たのか。わざわざ何時も一緒に寝る三人を離れさせ、『始めからお前の魂胆なぞ分かっているのだ』と言う様に、意地悪に言う様にそこにいた。どれだけ私を辱めれば気が済むのだと思った。それとも、せめて物の腹癒せだったのか。きっとそうに違いない。あんなにも、意地悪な子なのだから。違う! あの子はそんな子では無い! ……あぁ、違う、違うのだ。師よ。貴方を裏切った訳では無いのだ。大声を出して済まなかった」
シャーリーは大きく笑いながら叫んだ。
「あいつは馬鹿な奴だった! 師よ、あいつは私に裏切れと言った! 何もせずに『為そうとしていることを、今すぐにして下さい』と言ったのだ! さあ、好きにすれば良い! 勝手に罰せば良い! 槍で腹を刺しましょうか? 剣で四肢を切り落としましょうか? 生きたまま腸を引き摺り出しましょうか!? 裸にさせて辱め、棒で叩いて殺しますか!? ああ、もう我慢出来なかったのだ。あの子は嫌な奴だ、意地悪な奴だ、自分が特別だと信じている可哀想で、可愛らしく、優しく、こんな私にも、こんな下品で下劣で卑劣な私にも接してくれる良い子で……本当に酷い奴だ!」
ジークムントは薄ら笑いを深めていた。愉快そうに笑みを浮かべていた。シャーリーのこの慟哭を、大層出来の良い娯楽の様に耳を傾けていたのだ。
「もうあいつは捕まった。師がくれた"不確認の衣"に包まれたシャルルが見事に捕まえました。ああ、今は、とても楽しいのだ。良い気分だ。意地悪なあの子が、ようやく死んでしまうのだと、心が沸き立つのだ。今すぐにでも踊ってしまいたいのだ。今夜は我にとって、最高で、最後の夜だ。祝いましょう。ワイン瓶でも開けましょう。もう恐れる必要も無い。愛する必要も無い。ああ、なんて嬉しいのだ」
小鳥は、未だに騒いでいる。愚かにも最も尊き星の子を裏切ったシャーリーを罵っているのだ。
シャーリーは、そんな小鳥に向かって怒りの言葉を向けた。
「黙れ! 黙れ小鳥風情が! ぴいちくぱあちくと喧しい!! 今すぐに親鳥の首を持って来て、貴様等が下賤にもぴいちくと鳴いて開ける口の中に詰め込むぞ!! 貴様等に、我を馬鹿にする権利なんてあるはずが無かろうが!! 殺すよりも痛ましく、死ぬよりも恐ろしい目に合わせるぞ!! 黙れ! 黙れと言っている!! 黙れそこの"三匹の雛"!!」
決してそれは名前では無い。しかしシャーリーの魔法が発動し、三匹の雛は鳴き声を止めた。
シャーリーは息を荒くさせながら、潤んだ瞳で師を見詰めた。
ジークムントは一通り笑ったかとおもえば、自分の弟子であるシャーリーを実に馬鹿にする様に見下した。
「ああ、君は本当に哀れで、可愛いらしい。貧民街に捨てられた傷付いた子犬を見ている気分になる。ああ、そうだ」
ジークムントは、シャーリーに褒美を用意していた。大銀貨を三十枚入れられた袋を、シャーリーに見せた。
「ああ、師よ。それは金ですか?」
「ああ、大銀貨三十枚だ。それとも、金貨三枚で渡した方が良かったかな?」
「我にくれるのですか。ああ、こんなに嬉しいことは無い。しかし、あぁ、師よ、しかし、お断りします。今すぐにその袋を、我の目の前から無くして下さい。金が欲しいから、たったそれだけの、ちっぽけな金銭の為に、裏切った訳では無いのだ。ああ、頼む、師よ」
「君には一番危ないことをさせてしまったからね。これくらいは払わせてくれ」
「引っ込めてくれ、師よ」
「それだと僕の気が収まらないんだ。受け取ってくれ」
「引っ込めろ!!」
シャーリーは、初めて師に反抗した。
そんな自分を見返して、彼女は自分自身を嫌悪した。しかしそんなこともすぐに忘れ、自分の前に見せびらかしている大銀貨三十枚と言う大金に、目が眩みそうになった。
「……あぁ……違うのだ、師よ。受け取りましょう。たったこれっぽっちの金額で、平民がどれだけ努力しても一度では手に入れられない大金で、彼女は売られたのだ! ざまあみろ! ああ、見て下さい、師よ。我はこれっぽっちも泣けないのです。我はカルロッタを愛していないのだ。始めから、微塵も愛していなかったのだ。愛しているのなら、裏切れるはずなんて無い。裏切ったのなら、我は始めから彼女を愛してなんていなかった。ああ、素晴らしい。素晴らしい輝きだ。大銀貨三十枚、初めて見る数だ。目が眩み、強欲な考えが幾らでも思い付く。ありがとうございます、感謝します。愛しています。師よ、我は何時までも、貴方だけを、愛しています。裏切りません、愛しています。カルロッタよりも、愛しています。誰よりも、愛しています」
シャーリーは袋を掴み、それを大切に抱えた。
そして、ジークムントは言った。
「君が思う様に、好きに使えば良い。どんな使い方でも、僕はそれを誇りに思うよ。それはもう君の金だ」
「ああ、嬉しい、ありがとうございます。ほら、我はこんなにも卑しい。こんな卑しい女、あんな良い子が愛してくれるはずも無い。あの子は、馬鹿にする為に、我にあんなにも優しくしたのだろう」
シャーリーは、笑っていた。何度も何度も、涙が溢れない様に笑っていた――。
――エルナンドの部屋に、突然ノックの音が響いた。今日は、今日だけは魔法使いの方の寮で眠っていた彼は、そのノックの主を扉を僅かに開いて覗いた。
すると、その僅かな隙間に細い指が入り込み、扉を力尽くで開かれた。
エルナンドは、最初目の前にいる美しい女性が誰か分からなかった。白い髪に銀色の瞳を持つその女性が、誰か分からなかった。
それも当たり前だろう。何せ彼女は、七人の聖母のモシュネ。彼の身分ではそうそう出会えるはずの無い人物が、正装で目の前に立っているのだ。
その輝いていると錯覚する程の美しさに、エルナンドは目が潰れそうだった。しかしここまでの美人は生涯何度もお目にかかれるとは思えず、指先の先までしっかり目に入れておこうと、目を見開いた。
「出て下さい、エルナンド・エリザベート・フロレンシオ」
「あ……えーと、何方様でしょうか……? そのお姿から察するに、とても身分が宜しい方と存じますが……?」
「七人の聖母、星皇妃、モシュネです。それ以上の説明は不要だと思いますが、必要ですか?」
「……えっ……」
エルナンドは、言葉にもならない声を発した。
「……えーと、星皇妃、様?」
「そうだと言ったでしょう。大丈夫ですか? 耳付いてますか?」
「あっ……はぁ、えーと、そんなお偉い方が、何故こんな場所に……?」
「良いから出ろ」
「はぃっ! はいっ! 出ますっ!!」
エルナンドはそそくさと部屋から出ると、広間に待つ様に言われた。
そこで、エルナンドは更に肩身の狭い思いをすることになった。この広間には、ルミエール以外の七人の聖母が正装でいるのだ。
しかしエルナンドは、それ以上に怒りが勝っていた。
「……あの……全員、聖母様でしょうか」
それにメレダが答えた。
「そう、他に質問は?」
「何故こんな所に……?」
「……まあ、それはまた後で説明する」
……一番小さい金髪の女性……ああ、この人が、メレダ様か。
しかし、何と言うか。例に漏れずに全員美人だ。そりゃそうか、星皇程の権力と威厳があれば、そりゃ選びたい放題か。
……いや、でもなぁ、やっぱりメレダ様を選ぶのは、ちょっと危ない趣味と言うか、犯罪じゃね? ああいや犯罪じゃ無いか。星皇だし、一国の王だし。
それ以外の人達は全員体型も良いし、見惚れてしまう程に顔も整っている。星皇はこの全員を抱けるんだろ?
くっそ……妬ましい……妬ましい! 身分が違うとは言え不公平だ! 何で人と人の間に、こんなにも残酷な差があるんだ!
エルナンドが意味の無い嫉妬の焔に燃えていた頃、モシュネは次々と研修生の部屋の扉を叩き、広間に集めた。
やがてソーマとドナーも現れ、聞かれずとも何か恐ろしいことが起こっているのだとエルナンドは想像していた。
エルナンドの次に連れて来られたのは、ヴァレリアだった。
ヴァレリアは、メレダの姿を見て、すぐに状況を察し、顔を顰めた。
「随分と大袈裟じゃ無いですか、メレダさん。カルロッタ一人を殺すにしては」
その発言に、エルナンドは驚きを隠せなかった。当たり前だ。カルロッタの人柄の良さと、多種族国家リーグに狙われる程の悪行をする性格では無いと理解しているからだ。
「……ど、どう言う意味ですか、それ。ヴァレリアさん!」
「……私にも、意味は分からない。けど、確かにルミエールさんはあの瞬間、カルロッタを殺そうとした。そう言うことですよね、メレダさん?」
メレダは、決して否定の言葉を言わなかった。
時は遡り、ブルーヴィーの戦いが終わった直後、シャーリーをルミエールが生き返らせたその瞬間。
ヴァレリアは叫んだ。
「あれは、あれは! 何なんですか! カルロッタに何が起こったんですか!!」
ルミエールは、シロークに背負われているカルロッタの寝顔を見ながら、俯いた。
「……あれは、私達の皇帝。私達の王。星皇、ウヴアナール=イルセグ。……カルロッタは、その子供。故に、次の星皇になれる権利を持ち、その器を持ってる」
「……なら、何で殺そうとするんですか……! カルロッタを……何で!!」
「……私が言ったこと、そしてカルロッタの身に起こったことを、口にすることを禁止する。もし口に出した場合、貴方達の命も無いと思って」
シャーリーの魂が完全に修復された直後、フォリアはルミエールに杖を向けた。
「……敵わないって、分かってるでしょ。今更杖を向けて意味があると思うの?」
「……それでも、やらないといけない。貴方がカルロッタを殺すと言うのなら、私は……!」
「……貴方達は何も悪くない。むしろカルロッタの為に良く頑張ってる。……だから、頑張る時を、見誤らないで――」
――シロークと、フォリアも広間に集まった。次にはフロリアンとファルソと、それにジーヴルまで。
「……メレダさん?」
ジーヴルの疑問の声に、メレダは何も答えない。
「……な、何で、そんな怖い顔をするんですか。何かあったんですか。カルロッタは? まだですか?」
ジーヴルは頭が良かった。そしてこの中で、険しい表情をしているヴァレリアとシロークとフォリアに視線を向けた。
「何が、どうしたんですか、これは一体……ヴァレリアさん」
「……七人の聖母が、カルロッタを殺しに来た。理由は、分からないけど」
全員の視線は、聖母達に集まった。
そんな中で、ファルソは口を開いた。
「お姉ちゃんが、カルロッタさんが何かしましたか。七人の聖母に殺される程の、何かが」
メレダは何も答えない。
そんな最悪の空気の中、フロリアンが恐れずに口を開いた。
「カルロッタは、星皇の子だろう?」
一瞬だけ、メレダが反応を示した。
「リーグ親衛隊の一人、パンドラ・ピトスが、カルロッタを星の娘だと言った。普通に考えるのなら、星の皇の娘、つまり星皇の娘だ。そして、ルミエール親衛隊隊長以外、普段星皇宮に閉じ籠もっている他の聖母達まで動いたと言うことは、まあそう言うことだろう。本来許されない聖母以外の妾の子、言わば星皇の汚点だ。清く正しく、神の如き偉業と威厳を持つ星皇の、本来産まれてはならない妾の子。それが理由だと、先程思い付いたが……どうにも、違うらしいな」
そのフロリアンの発言を擁護する様にファルソが口を開いた。
「それなら、僕も殺されていないとおかしいです。ルミエールさんは僕のことも、星皇の子だって言いましたから。それに、そうだとすれば、余りにも殺すタイミングが不可解です。もっとやりやすいタイミングがあったはず」
メレダは、ようやく口を開いた。
「……星の娘で言うのなら、それは星王の娘って言う訳じゃ無い。私も、私達聖母も、星の娘だから。それにリーグの民のことを、星王は良く『星の子』と言っていた。だけどカルロッタが星王の娘なのは正しい。それにカルロッタを殺す動機が間違っているのも正しい。凄いね、二人に百点満点をあげる。貴方達が持っている情報の中で、恐らく一番近い正答だから」
「……素直に、喜べないな。ならば聞こう、国王代理、竜皇メレダ。何故カルロッタを殺そうとする」
フロリアンの言葉に、メレダはまた口を閉ざした。
「……黙秘、か。事情も分からないまま、俺達が納得すると思っているのか?」
「……カルロッタは、何もしていない。何も犯していない。ただ……そこにいるだけで、私達にとって不都合になった」
「だからその不都合の意味を答えろと言っているのが分からないのか、智慧の女神。二つ名は虚名か?」
「……まだ、言えない。言う訳にはいかない」
そこまでの会話の中で、ヴァレリアの中で一つの結論に辿り着いた。
「カルロッタは、星皇が星皇となる為の何かを、全て受け継いだ。何かしらの理由で星皇を殺せない理由があって、ブルーヴィーで星皇の次の代が確定したことで星皇を殺そうとする何者かが星皇を狙っている……。誇大した考えですけど、何処か納得出来る。星皇の行方が分からないのなら、星皇を殺そうと企む者の場所も分からない。だからせめて、次の星皇であるカルロッタを殺せば、星皇殺害は免れる。……そうじゃ無いですか、メレダさん」
メレダは、ほんの少しだけ意外そうな表情を浮かべた。しかしほぼ無表情の為、その些細な変化をヴァレリアが感じることは無かった。
ようやく、ここに研修生が全員集まった。しかし、何故かカルロッタの姿が見えない。ドミトリーと、シャーリーの姿も見えない。
後から来た者達は、まだ状況が掴めない。しかしこの三人がいないことに、若干の不安を抱いていた。
モシュネが戻って来ると、ようやくこの三人が何処にもいないことが証明された。
「逃げるにしては、余りにも行動が速過ぎませんか」
モシュネがメレダにそう言った。
「まさか……ジークムント……」
メレダはいち早くこの異常事態を理解し、その原因を解明した。
恐らく、ジークムントか、ジークムントの力で何者かが侵入した。そしてメレダがソーマの方へ目配せをした直後、その隣に立っていたドナーが片耳を指で抑え、そこから聞こえるドミトリーの声に耳を傾けていた。
「……メレダちゃん、ちょっと」
ドナーは手招きと共に、メレダと別室に入った。
ドナーは懐から一粒の水晶を取り出し、それを二回指で叩いた。
「ドミトリー、繋がったよ」
これは多種族国家リーグ国王陛下直属特殊作戦部隊が使う隠密情報伝達魔法の一つ。これを使ったと言うことは、それだけの緊急性があると言うことだ。そしてこの状況の緊急性と言えば――。
『報告が遅れました、こちらドミトリー。カルロッタさんが、攫った集団の後を尾行しています。何せ魔力探知を適度に使う為、連絡も出来ませんでした』
「今、何処にいる? 集団の心当たりは?」
ドナーの質問に、ドミトリーは小さく隠れる様な声で答えた。
『中心人物にシャルル、そして今日のブルーヴィーの戦いで、各個撃破されたはずの、魔人亜人達が、外套を着ています。ここは研修場を隠す結界の西の縁です。シャーリーも共に行動していましたが、すぐに別れて首都の方へ行ったと思われます。尾行はシャーリーでは無くシャルル達にしましたが――』
「うん、それで正解。そのまま尾行を続けて」
『了――いえ、不味いです。魔法陣です。恐らく転移魔法陣、移動されます』
「……破壊されるだろうね。分かった。ドミトリーは戻って来て」
『……一つ、聞いて良いでしょうか。何故、メレダ様が共に?』
「……今、こっちはカルロッタを殺す為に全員を集合させてる。貴方も来て、一応、念の為ってこともあるから」
『それは、何故ですか』
「今の貴方には関係無い。これはルミエールからの命令でもある」
『……了解。直ちに帰還します』
メレダはすぐに広間に戻り、聖母達に伝えた。
「カルロッタが攫われた。貴方達はここで待機、ルミエールが来たと同時に、私はカルロッタ奪取に向けて動く」
その言葉の直後、突然轟音が響いたかと思えば、天井が一気に崩れて破壊された。
そしてその瓦礫の中から、ルミエールと、マーカラが現れた。しかしどうにも、険悪な雰囲気が二人の間に漂っている。
ルミエールは刀を抜いており、マーカラは片手で自分の身長と同じくらいの、赤い柄のハルバードを振り回していた。
「本当に、分からず屋だね、マーカラ。自分では何もしていないのに、自分の意見は尊重されると思っている」
「そんなこと私が一番分かってる。ブルーヴィーで何もしなかったし、行きもしなかった。そんなあたしにとやかく言う権利なんてあるはずが無い。けれど、それでも、あたしの気持ちも分かってよ、ルミエール!」
「ごめん、マーカラ」
「あたしだって行きたかった。あたしだって戦いたかった。けど駄目だった。……行こうとしたら、あの時の、一日戦争のことを思い出して、動けなかった……情けないのは分かってる。何もしてないのは分かってる。けど、我儘くらい言わせてよ……!!」
二人の戦いは、実に過激な物だった。周りの被害をルミエールだけは考えているお陰で、周囲の影響は最小限に抑えられた物の、響く金属同士が打つかり合う音と、無数の魔法の輝きに、研修生達は慄いた。
しかし、シロークはむしろこれが好機だと思い、突然叫んだ。
「皆! ルミエールさんは、カルロッタを殺そうとしてる!! だから……その、逃げるよ!! そして、先にカルロッタを――」
全員の意思は、シロークの心からの叫びによって、ここから逃げ出し、攫われたカルロッタをルミエールよりも早く奪還することで一致した。
しかし、勿論それが許されるはずが無い。
テミスの掌に白く仄かな糸が見えたかと思えば、ここにいる研修生達が、ヴァレリアとシロークがその動きの一切を止めた。
まるで糸に操られる操り人形の様に、舞台の上で踊らされる絡繰人形の様に。
「動くことは禁じます。それに、貴方達を殺しても良いんですよ。貴方達は全員力に覚醒した。カルロッタ程では無いでしょうが、それでも時間稼ぎくらいは出来るでしょう」
その発言に、フォリアはこう言った。
「成程、星皇を受け継ぐには、あの時星皇がカルロッタに与えた以外の物が必要なのね。それに時間稼ぎ、カルロッタが死んでも根本的解決には至らない。ヴァレリアの推察は正しいみたいね」
「……それを知って、どうなるのですか」
「私を殺せば良い。少なくとも、私が死ねば今すぐにでもカルロッタが死ぬ必要は無いってことになる。その僅かな時間で貴方達が根本的解決の為に動けば良い。私だけで足りないのなら、シロークも、ヴァレリアも殺せば良い。彼女達も、きっと私と同じ気持ちだから」
しかしテミスは、それを聞いても考えは変わらなかった。
「それだけでは意味が無いのです。カルロッタを殺さなければ、もうすぐにでも最愛の人が消えてしまう。貴方が愛の為に自己犠牲を望む様に、私達聖母も、最愛の人の為に動く。気持ちは分かりますが、こちらの都合を貴方達に押し付けます。申し訳ありませんが、カルロッタのことは、諦めて下さい」
テミスの糸に絡まれながらも、ニコレッタは涙を浮かべながら叫んだ。
「あの人は……あの人は、私の恩人なんです! 星皇なんて、私達にとってはどうでも良い! カルロッタさんが死ぬなら、そんな人死んでしまえぇ!!」
何時もなら、ニコレッタが言えない言葉だろう。この場にいる全員にとって、カルロッタは愛するべき大切な人物なのだ。そしてそれは、聖母達にとっても変わりは無い。
しかし、研修生達にとっては無慈悲に、ルミエールは刀を収め、冷淡に言い放った。
「カルロッタ・サヴァイアントは、私達の自分勝手な都合で殺す」
誰もが、剣を振れない。誰もが、杖を振れない。魔法も使えない。
「だから、せめて私達を恨んでいて。そして、カルロッタのことを、忘れないであげて」
「……何が――」
そう言ったのは、ヴァレリアだった。
「何が、『私達を恨んでいて』よ! そうやって申し訳無く思うなら、始めから殺そうとしないでよ!! ずっと守っていてよ!! 『忘れないであげて』なんて、母親みたいなことをお前が言わないで!! カルロッタを殺そうとしてる貴方だけは……絶対に、言ったら駄目な言葉でしょ……!!」
「……うん、そうだね。貴方の、言う通りだと思う」
マーカラは、ルミエールとの戦いに敗れ、両腕を切り落とされ心臓に銀の剣が突き刺さっていた。そのままルミエールの転移魔法でリーグに戻されてしまった。
ルミエールは動けずにいるヴァレリアに歩み寄り、その額を優しく撫でた。
「……ごめんね……ごめんなさい……貴方の、大切な人を殺してしまう。それがどれだけ辛いことなのか、私が一番知ってるはずなのに……こんな結末になってしまって、ごめんなさい。だから、許さないで。そして忘れないで。カルロッタの笑顔を、ずっと忘れないで……」
ルミエールは、やはり泣いていた。
ヴァレリアは、それがどうにも、愛おしい子供に向ける涙に見えて仕方が無い。嘗て誰かが、顔も色も思い出せない誰かが、自分にこうやって泣いてくれた人がいた気がする。そんな感情を呼び起こされた。
これは、嘘の涙では無い。ルミエールだって殺したくは無いのだと、ヴァレリアは心で理解出来た。
「……ごめんなさい、ヴァレリア、シローク、フォリア、ジーヴル、フロリアン、ファルソ、ニコレッタ、アレクサンドラ、マンフレート、エルナンド。ここにはいない、ドミトリーにも、シャーリーにも。それに……カルロッタにも……あの子には、どれだけ謝っても許されないかな……?」
ルミエールは涙を拭い、前を向いた。全ては、自分が愛する星皇の為に。
「行くよ、メレダ。ソーマも。カルロッタの奪取に、まず場所の特定からかな」
もう、涙を流す訳にはいかない。涙の数だけ、ルミエールはカルロッタを殺すことが出来なくなってしまうのだから。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
シャーリーは裏切り者です。流石に意味は分かりますよね?
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




