日記32 戦いの後
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「作戦は失敗だったそうじゃ無い、ルミエール」
星皇宮にて、マーカラは嘲笑っていた。
「何ともまあ、無様で醜い顔。涙の跡くらい消しておきなさい。みっともなくて見てられないわ」
ルミエールは、マーカラの口を隠す口枷に触れながら、マーカラの瞳を見詰めた。
「……ありがと、マーカラ」
「……やっぱり貴方と話すと、何だか調子が狂うわ。あたしのことは責めないでよ。あたしがいても、結末は変わらなかった。きっとね」
「分かってる。だから責める気は始めから無いよ。……貴方が諦めるのも、貴方が達観するのも、良く、分かるから」
マーカラは珍しく顔を顰めた。
「あたしはね、悪い物じゃ無いと思ってるの。だけどあの人がいなくなってしまうのは嫌。だけどそんな思いも、簡単に消えてしまう。それが悲しいことだと思い出すことも無く、それを受け入れてしまう」
マーカラはサイズが合わない首輪を指でなぞりながら、嘗ての星皇を思い出した。
「……あのカルロッタって子、あの人の子供らしいわね。何で言ってくれなかったの?」
「貴方は特に、それで動揺しちゃう子だから」
「……まあ、自覚はあるわよ。実際、色んな感情が吹き出した。色んな企みと一緒にね」
ここに、七人の聖母が集まった。彼女達の目的はたった一つ。
「あたしは、カルロッタに生きていて欲しい。あの子には何の罪も無い。ただ産まれただけ」
「貴方の最愛が消えてしまうことになっても?」
「……意地悪な言い方。けどあたしは我儘なの。全てが欲しいの」
カルロッタは星の娘。そして次の星皇となる星の運命に縛られた子。
「これ以上、あの人を苦しませないで」
マーカラは、子供の様な表情を浮かべていた。
「……カルロッタを殺しても、それは機械が動くのを後回しにするだけ。そうでしょう?」
「……多分、ね」
「なら彼女を殺す必要なんて――」
「その時間稼ぎが出来るなら、充分価値があるとは思わない? それに、六連星の回収の為に彼はもう一度顕現しないといけない。次の子に六連星を譲渡する為にもう一度顕現しないといけない。チャンスはその度のやって来る。あれ以上の戦力を用意するのは、あの閉鎖された世界だと難しい。今回以上の戦力を揃えられる可能性があるこちらの方が、圧倒的に有利。分かってるでしょ? 貴方なら、これくらい」
マーカラは、ルミエールの溢れた涙を指で拭った。
「そんな顔で言われても、説得力が無いわよ」
「……やらないといけない。もう、覚悟は決めてる。彼の為なら、私は、何だって出来る」
「……あの人の為にならないこと、貴方なら、貴方達なら、貴方達が一番知ってるでしょ」
「それでも私は、彼に生きていて欲しいから」
ルミエールの言葉は変わらない――。
――カルロッタは、重苦しい瞼をようやく開いた。
開いている窓から、赤味がかった光と共に、鼻筋を擽る柔らかな風が吹き込んだ。
何だか体が重い。始めこそ、また何時も通りにシロークやフォリアが抱き着いているのかと思ったが、どうやらそうでは無いらしい。
しかし頭だけは動かせる。少しだけ頭を横に向けると、ヴァレリアが椅子に座りながら、カルロッタを心配そうに見詰めていた。
「あ、起きた?」
「……おはようございます」
「逆よ、今は夕方」
「あぁ……そうですか……」
ぼんやりとした私の頭が、少しずつ澄み渡っていく。
眠ってしまう直前の記憶を読み取っていくと、一気に目が覚めた。
「ジーヴルさんは!? 青薔薇の女王は!?」
「落ち着いて、全部解決したわ。ジーヴルは無事だし、全員……無事、よ」
「……嘘、吐きました?」
「……まあ、無事だったって訳じゃ無いんだけどね。全員重症、特にエルナンドは全身の骨がぼっきぼき、シャーリーに至っては……」
「至っては?」
「……一回死んだ」
「一回死んだ!?」
「そして、ルミエールさんが生き返らせた」
「凄いですねそれ!? どうやったんですか!?」
「壊れた魂を修復したんだって」
ヴァレリアさんの表情は、決して明るい物では無い。まだ何か、私に隠していることがある。
けれど只管に隠されたその表情の奥を、私は口にすることが出来ない。隠したい物は必ず人にはある物だと、外の世界に来てからより深く知った。
お師匠様だって色んなことを隠していたし、ジークムントさんも肝心なことはのらりくらりと話を変える。
色んな人と触れ合って、やはり聞かれたくない秘密と言うのはあるのだとより知った。それを聞かれるのは辛いことなのだと、何と無く感じていた。
ヴァレリアさんのこれは、聞かれたくない話だ。なら私は、聞かないでおこう。
「……ねえ、カルロッタ」
ヴァレリアさんは、神妙な面持ちでそう言った。
「……貴方は、自分の親のことを、知りたい?」
ヴァレリアさんは、余り家族のことを聞かない。家族がいなかったからその想像が出来ないからなのか、それは分からないけれど。
「さあ……。少し、気になりはしますけど……」
「……恨んで無いの? 自分を捨てたのよ」
「……何だか、意地悪な言い方ですね」
「自分でも分かってるわ。けど、聞いておきたいの」
私は、ほんの少しだけ悩んだ。けどすぐに答えが出た。
「私は、気になりますけど、やっぱり色々事情があって私をお師匠様の所に捨てたんだと思います。それなのに会ったら、何だか可哀想と言うか、怖いと言うか」
ヴァレリアさんの表情は、酷く険しい物だった。
「……そう。優しいのね。いや、それとも臆病なのかしら」
「そうですよ、私は臆病です。だから一人だと寂しいんです」
ああ、やっぱりそうだ。
ヴァレリアさんは、私の親を知っている。確証は無いにしろ、恐らく誰かから聞いたりしている。
それが、私に知られたくないヴァレリアさんの秘密。
ヴァレリアさんは優しい。羨ましくなる程に。私は、親を知るのが怖い。捨てたと思った私を罵るのでは無いか、私に怯えるのでは無いか。
だから両親とは、怖くて会えない。けど知れば、何だか私は好奇心のまま会いに行きそうだ。
お師匠様は、親代わりになってくれた。私にとっては、もうそれだけで充分。
お師匠様が、本当に私の親だったら良いのに。きっとそうなれば、私がこんな不安を抱くことなんて無いはずだから。
「……ヴァレリアさん」
「何? カルロッタ」
「お腹空いちゃいました」
「研修終了を祝ってギルド長の奢りで色々やるらしいわよ。体調は大丈夫?」
「……ちょっと待って下さい……全然動けなくて……なーんか体が重いんですよね……」
「大丈夫?」
「多分……動けると思います。もう少し待ってくれれば」
体を動かそうと難儀していると、ようやく脚が動いた。次に腕で、次に腰。うん、動ける。
「どう? 大丈夫?」
「……なーんか、さっきからずっと重いんですよね。何ででしょうか。お腹の下辺りが……こう……」
立ち上がると、ヴァレリアさんが心配そうに私の下腹部辺りを撫でた。
「痛い?」
「痛い訳じゃ無いんですよ。ずっと違和感があるだけです」
「……重い、ねぇ」
「あ、でも少しずつ楽になって来ました。撫でてくれたからかな」
まあ、明日もこれが続いたなら、お医者さんに聞いた方が良いかな。病気だったら怖いし。
うん、歩ける。大丈夫。魔力過剰使用かな。でもあれは疲れって感じだし、これはちょっと違う様な……?
……やっぱり、何かおかしい。見慣れた視界も、聞き慣れた音も、嗅ぎ慣れた匂いも、感じ慣れた味も、感触も、全てが産まれた時の様に新鮮で、そして――。
「カルロッタ?」
ヴァレリアさんの言葉で、私は無意識の中から戻って来た。
さっきからずっとおかしい。私の両足は、歩くことなんてもう充分過ぎるくらいに覚えているはずなのに、初めて歩いた赤ちゃんみたいに……けどすぐにそれにも慣れてしまう。
全部、感じたことがあるのに、感じたことが無い様に新鮮で、そして、楽しくて、悲しくて。
私は、どうしてしまったのだろうか。
しかし部屋を出て、皆さんの所へ向かうと、そんな懸念も吹き飛んでしまって、結局ただの勘違いだと言うことになる。
皆さん、笑顔で私を迎えてくれる。まあフロリアンさんはちょっと不機嫌そうだけど、それは何時も通り。
ただ、何だかニコレッタさんとの距離が近い。何だろ、ニコレッタさんはフロリアンさんが一歩寄るとその度に顔を高調させ俯きながらちょっとだけ離れる。
嫌ってると言う訳じゃ無さそうだ。ああ、成程。あれがお師匠様が言ってた「好き過ぎるが余り恥ずかしくて距離を取っちゃう乙女の感情」だ。
温かい目で、ソーマさんが見てるし、まあそう言うことだろう。
すると、真っ先にシロークさんが私の体に飛び込んだ。涙ぐんだ声で私を強く抱き締めながら叫んだ。
「もう大丈夫かいカルロッタ!? ずっと寝た切りだったから……!!」
「はい! 元気いっぱいです!!」
「あぁ……良かった……。ずっと怖かったんだ……あのまま目覚めないのを……何せ大変だったからね。色々あり過ぎて……」
「色々?」
「……まあ、後で話すよ。きっとね」
すると、ジーヴルさんと目が合った。
ジーヴルさんはにっこりと笑い、私の方へ歩み寄った。
「もう、泣きませんか?」
「……ええ、大丈夫。もう大丈夫。全部終わった。私の呪いも、過去も。全部、あの街と共に消えて無くなった」
「寂しくありませんか?」
「寂しくないって言ったら嘘になるけどね。あそこは悲しい過去ばかりだったけど、それでも楽しかった思い出も沢山あったから。だけどもう生まれ変わった。今の私はジーヴル・サロメ・ラ・ピュイゼギュール」
「長くなっちゃいましたね」
「そうよぉ、フルネーム書く時にこれ全部書かないといけないの。サインなんてそうそう求められないだろうけど」
ジーヴルさんはくしゃりと笑っていた。
ああ、誰かを助けられるのは、やっぱり嬉しいことなのだと、私はそう噛み締めた。
「もうかんっぺきに、青薔薇の女王の力が使える! 魔力量も増えたし、頗る調子は良いし! もう何もかも絶好調!」
「おー! フロリアンさんよりも強そうですね!」
……あ、ちょっと失言だったかな、これ。
後になって発言の危うさに気付き、私はフロリアンさんの方に視線を向けた。
フロリアンさんは、チィちゃんに杖を向けていた。明らかに戦闘態勢だ。ニコレッタさんはその手を必死に下げさせようとしているが、フロリアンさんの意思は堅い。
「良いだろうジーヴル。思えば貴様とは力関係をはっきりさせていなかったな」
「おっと、喧嘩早いわね植物愛好家。ご所望とあれば決闘でも申し込めば良いじゃない」
「大した自信じゃ無いか青薔薇の女王。ならここで――」
その直後、ソーマさんがフロリアンさんの頭を小突き、次の瞬間にはジーヴルさんの前に現れ、その頭をまた小突いた。
ソーマさんは溜息を吐きながら、頭を抱えて言い放った。
「祝いの席なのに喧嘩腰でしか話せないのかお前等は。ほら、他の奴等を見てみろ。ちゃんと祝われる準備してるぞ」
それにしても、この中にシャーリーさんの姿が見えない。
一回死んじゃったらしいから、それの所為でまだ動けないのだろうか。
「あの、ソーマさん」
「ああ、シャーリーのことだろ」
「良く分かりましたね」
「何と無く。シャーリーなら、生き返った影響で足が動き辛いって言ってたからな。ちょっと遠くまで歩いて行ったきりだ」
「大丈夫ですか? それ」
「ここは俺の結界の中だ。居場所くらいなら分かる。そろそろ帰って来そうだ」
「じゃあ迎えに行きます!」
「ああ、そうしてやってくれ。シャーリーは少し、精神的に参ってるみたいだからな」
まあ、生き返ったのだ。本来起こるはずの無い現象、正しく奇跡と言って差し支えない。一度死んだから、もう一度死ぬことに恐怖を抱くこともあったりするかも知れない。
すぐに入口の方へ向かうと、丁度良くシャーリーさんが泥だらけで帰って来た。私の顔を見るなり少しだけぎょっとした表情をすると、すぐに笑顔を浮かべた。
「おお、カルロッタ。もう体は大丈夫か?」
「ええ、大丈夫です。それよりシャーリーさん……泥だらけですね」
「……あぁ、雨に襲われてしまってな。地面が泥濘んで泥だらけになってしまった」
「ちょっと待ってて下さい、拭く物持って来ますから。せめて足だけでも」
「……ああ、頼んだ」
タオルを急いで持って来て、シャーリーさんの両足が入る程度の結界の箱を作り、そこに魔法で水を満たした。
「さ、どうぞ。足を入れて下さい」
「ありがとうな」
一応温めておこうかな。お湯の方が良いよね。
少しだけ熱を伝わらせ、ぬるま湯で満たされた結界の箱に、シャーリーさんは靴を脱いで両足を入れた。
それだけで泥は取れない。仕方無い。
「ちょっと足失礼しますねぇ」
「……何もそこまでやらんでも。自分でやる」
「いえいえ、やらせて下さい」
「……立ったままだと辛いのだが……」
「それは……我慢して下さい。服も汚れてるので」
手で擦ると、こびり付いた泥も少しずつ水に溶けて綺麗になっていく。もう一枚タオル持って来れば良かった。
「……のう、カルロッタ」
「はい、何ですか?」
「……お主は、優しいのう。自分の手が汚れても、自分より下の者の足を洗う」
「……シャーリーさんが私より下? 変ですよそれ。友達なのに上下があるのは」
シャーリーさんは辛そうに、息を深く吸い込んだ。
決して私に悟られない様に、決して私に勘付かれない様に、しかし僅かに呼吸が乱れた。
シャーリーさんの足下だけ見てるから、顔は見えない。けど分かる。シャーリーさんは、誤魔化す為に微笑んでいる。
「……そうだな、友人。我等は……友人だな」
「あれ、もしかしてシャーリーさんはそう思ってませんでした!?」
「……そうでは無い。……ただ、ああ、我は、お主が思うより、卑しい女だ。友人に相応しくは無いだろう」
「友達ってそう言うのじゃ無いと思ってたんですけど……そう言う物何ですか? お師匠様が教えてくれたのと、結構離れてるんですが……」
「ほう、何処が?」
「友人に相応しくないって所です。相応しい相応しくないとか、損得で考える物じゃ無いですよね? あれ? 違いました?」
「……いや、多分、合っている」
「なら良かった。じゃあお友達です。はい! 泥落ちました! 慎重に足を出して下さいね。タオルで拭くので。片足ずつ出して下さい」
「流石にそれは一人でやらせてくれ。これでは我が何も出来ぬ赤子みたいでは無いか」
シャーリーさんは、何かを隠している。
恐らくヴァレリアさん達が隠していることとはまた違うこと。
シャーリーさんの自然と魔力が放出されるその量に、疲弊が見える。ムラがある。
魔力と言うのは多かれ少なかれ、体に害が無い程度に自然と放出される。勿論魔力総量が多ければ多い程、放出される量は多くなり、それである程度の魔力総量の大小を比較出来る。
この自然と放出される魔力と言うのは、疲弊によって一定だったそれにムラが出来る。
ブルーヴィーでの戦いで魔力を消費したから。そう言う理由も作れる。しかしこれは、あくまで疲労による物だ。
疲れは充分取れているはず。つまりこれは――。
「……シャーリーさんは、何の為に戦うんですか?」
「……いきなりだな、カルロッタ」
「少し、気になっちゃって」
シャーリーさんは小さな足を拭きながら、私の顔をじっと見詰めた。
「……我は、愛されたい。愛している人に、愛されたい。我が今もこうやって生きているのは、たったそれだけの理由、下らない理由だ」
「……そう、ですか。それはえっと……その、ジークムントさんのことですか?」
シャーリーさんは、私の予想とは異なり動揺は見せなかった。
「……いや、そうでは無い。……と、私は信じたい。我はきっと……いや、もう、どうでも良い」
「……皆さん、待ってますよ。一緒に行きましょう?」
「ああ、そうだな。少し腹が減ってしまった」
ジークムントさんかどうかは、ある程度の予想はあった。しかし確証は無かった。間違っていればそれで良い。
ああ、つまり、そう言うことだ。ジークムントさんは、シャーリーさんの先生だ。そしてジークムントさんの企みはまだ分からないけど、何かしようとしている。
……何か、あったのだろう。私が眠ってしまっている間、何かが。
最後に覚えているのは、シャルルさんを倒した直後のこと。二つの流星が空を泳いでいた時。シャルルさんの今までの発言から、彼は星王に従っている。
そしてジークムントさんはシャルルさんとも親交がある。そしてリーグの親衛隊とかと戦っている。これは何かおかしい。
本当に星王に従っているのなら、リーグとは仲良くなれるはず。つまりジークムントさんは、星王と敵対している。それも親衛隊が、星王を守る親衛隊が。
目的はそこから推察出来る。つまりジークムントさんは、星王を殺そうとしている。
けどそれにしては、一々の行動が回りくどい。そして、あの二つの流星から、ジークムントさんの魔力……と言うか、気配? を感じた。ジークムントさんがブルーヴィーに来る必要なんて無い。少なくとも、星王を殺すと言う目的の為なら。
何か条件があるか、殺す為に必要な何かがまだ足りない。
……何で、私だけ眠っていた? 何で私だけ気を失っていた? 疲弊していたとは言え、いきなり気を失う程、魔力には余力があった。
目覚めた時の、あの違和感。そして微かに薄れた景色に刻まれた、愛おしい気配。
あの二つの流星、もう一つはルミエールさんの物だった。ルミエールさんとジークムントさんは戦いながら、ブルーヴィーに現れたと考えても良いだろう。
わざわざブルーヴィーにまで来る理由は? ブルーヴィーにしか無い物は?
もしそれが、もしもそれが……。……私だったら?
起きた時の体の違和感、ヴァレリアさんやシロークさんやフォリアさんが何か隠している素振り、ソーマさんが私を見る目が変わっていること、全て、私に何かが起こったことを証明する。
……聞かないと、いけない。ヴァレリアさんに、シロークさんに、フォリアさんに。そして何より、その全てを知り得ているであろうルミエールさんに。
けど、今はその感情は場違いだ。ソーマさんが言った通り、今は祝いの場。
用意されたご馳走は、本当に絶品だった。と言うかこれ……前の祝賀会くらいの食材とか調理法とか……。
そんな豪勢な祝いを、こんな十数人の為に開いて大丈夫なのだろうか。主にソーマさんの懐事情的に。それともギルドの予算から引き出してるとか? けどそれ横領とかにならないのかな。
この仔羊のステーキ、もしかしたらもっと色んなごちゃごちゃとした名前とかあるのかな。仔羊のミディアムレアステーキ、何とかの風味と何とかの風と共に、とか。
偶にお師匠様も言っていたりする。特にお祝い事の時の凝った料理に、良く分からないまま口が回っていた。
私はそう言うセンスには恵まれてないからなぁ……。
何だったっけ、お師匠様が私の誕生日の日に作ってくれた料理の名前……コビルのポワレ、季節の温野菜とお師匠様特性ソース、果実の香りと共に……だっけ?
コビルは多分魚の名前。鯛だったかな? けどポワレって何なんだろ。調理方法?
次々と料理が運ばれて来る。もう順番なんて関係無い。多分料理人さん材料が尽きない限り作り続けるつもりだ。
私達のお腹の容量、無限か何かだと思ってるのかな。ソーマさんの料理人だから多分あの人だよね? 確かに日頃から小さなシャーリーさんに良く食べ物あげてた様な……マンフレートさんにも……と言うか皆にお代わり強制してた気がする……!
「あの……ソーマ様。これって生魚の切り身ですわよね? 大丈夫ですの?」
アレクサンドラさんが、お刺身を見詰めながらソーマさんに聞いた。
「ああ、そうか、アレクサンドラはビネーダの出身か。なら生で魚を食うことは無いよな。安心しろ、そこら辺はリーグの調味料で漬けて保存してあるから食っても腹を壊さない。リーグではそう食べるんだ。本鮪だぞ、本鮪。例えるなら、大金貨で取引される高級魚だ」
「……本当に大丈夫ですの?」
「だいじょーぶだいじょーぶ。食って腹壊したら責任は取る。塩っけがあって美味しいぞ」
アレクサンドラさんは僅かな躊躇に反抗して、口にお刺身を運んだ。
ほんの少しの咀嚼と共に、アレクサンドラさんの顔色は見る見る内に明るい物へと変わっていった。
お刺身って、そんなに抵抗感ある物なのかな。それともお師匠様との生活で築かれた私の食生活が珍しいのだろうか。
出された料理の数々は、私達が悲鳴を上げてソーマさんが料理人さんをきっちりと怒るまで止まらなかった。
何とデザートまで用意してあったと言うのだから驚きだ。どうするかと皆さん悩んでいると、ソーマさんがリーグ秘伝の魔法で圧縮と持続的で完璧な保存が出来る箱を配ると提案した。
原理はどうやら、お師匠様が作った擬似的四次元袋と大体同じ。……何であの人、リーグ秘伝の魔法なんて知ってるんだろ。
思えばあの人、五百年間あそこに引き籠もっている割には、外の世界のことに詳し過ぎる。ジークムントさんがちょくちょく外に行っていたらしいから、そこから情報を仕入れていたのだろうか。
それとも魔法に精通し過ぎて偶然にもリーグの魔法を発明してしまったのか。
……あの人にも、色々聞くべきことがありそうだ。もしかしたら――。
「カルロッタ?」
フォリアさんが私の顔を覗き込みながら、心配そうに私を見詰めた。
「ああ、何ですか?」
「大丈夫? まだ何処か調子が悪い?」
「いえ、ちょっと……考え事を」
「……そう。何かあったらすぐに相談して。貴方の為なら、私、何だって出来る気がするの」
「……本当ですか?」
「ええ、本当」
「……じゃあ、教えてくれますか? 私が、眠ってた間のこと」
一瞬、フォリアさんの顔色が変わった。
あの表情は……恐怖が混じっている。それを上回る私への不安。
「特に、何も」
「何も無かったはずが無いですよ。……言えないなら、言えない理由を言うだけで良いです。私はそれで、納得しますから」
フォリアさんが、悲しくなるくらいに暗い表情を浮かべ、ようやく舌を動かした。
「……私からは、何も言えない。けど私とヴァレリアとシローク以外なら、詳しいことは分からずとも、貴方が眠った後に起こったことが言える。あくまで親衛隊隊長が箝口令を命じたのは、私達三人だから」
「……分かりました」
まだ寝ていないこの時間。そしてソーマさんが業務の為に研修生の寮にいないこの瞬間。
明日になれば聞くことも出来なくなる。聞くなら今だ。
まだ談笑の為に使われる大部屋には、人が何人かいる。ドミトリーさんと、マンフレートさんと、ここにいるのは珍しいエルナンドさん。
この中にフロリアンさんがいないのが不思議なくらいに女性がいない。
ドミトリーさんが私に気付くと、優しく微笑みかけた。
「おや、カルロッタさん。どうされました? もう眠っている頃では?」
「……ちょっと、聞きたいことがあって」
「聞きたいこと……さては、カルロッタさんが眠ったと言う後の話ですか?」
「はい。私の記憶は、何か流れ星が流れた頃から途絶えてて……」
すると、エルナンドさんが口を開いた。
「ってなると、あれは見てないのか」
「あれ?」
「なんて言ったら良いんだろうな空が割れてそこから……多腕の種族っているだろ? けどそう言うのは基本的にもう一対腕がある。けどあれは……四対の腕があった。それとバカデカいし、ついでに何か……白いし、黒かった」
「白いし黒かった?」
「いや、そうとしか言えないんだって。見たら分かる。絶対に。その後はまあ大変だった。空は変になるし、四対の腕の怪物は消えたし、割れた空から出て来た良く分からないドラゴンが空を埋め尽くすし、消えたと思えばまた復活して更にデカい化物が現れたり、軍勢が現れたり。兎に角、カルロッタ達がいた中心地からは地響きだったり炎だったり雷だったりで、近付きたくも無かったくらいには地獄だったぞ。すぐに避難したから、全部は見てないけどな」
……四対の腕の怪物。
……恐らく、それだ。それが怪しい。
すると、エルナンドさんの話にマンフレートさんが続いた。
「四つの両腕、白と黒の翼、あれは恐らく……星皇だ」
「星王? 行方不明じゃ? と言うかあの方、魔人族ですよね? 魔人族って多腕何ですか?」
「いや、違う。何と言えば良いか……星皇の表現として良く使われる。四つの両腕と言うのがな。その神秘性と威厳を象徴し、星の下に住まう人々を掬い上げる手としてな」
珍しくマンフレートさんが真面目だ。それだけの、現れた時の衝撃。何せ五百年間行方知れず。巷では死んでしまったと言われている星王が、自分の目の前に現れたのだ。
マンフレートさんが真面目になるのも、頷ける。
すると、ドミトリーさんが更に話を膨らませた。この人リーグの人だけど、そこら辺は大丈夫なのだろうか。
「しかし実際にそうであると言う伝承はありません。私の先生も、特にそう言うことは」
「魔人族は食べた生物の特徴を手に入れるんですよね? それなら多腕の種族の腕も再現出来るんじゃ?」
「ええ、可能でしょう。ですがあれは、恐らくそう言う物ではありません。もっと違う……こう、星皇の特別な力と言いますか、それこそ誰もがイメージする星皇の姿になった様な……」
……少し、不思議なことが起こっていたらしい。
星王が現れた? ならジークムントさんはそれを殺せば良い。
「……その、星王は、どうなったんですか?」
「さあ……? 私には何も……」
マンフレートさんもエルナンドさんも首を横に振っていた。
「……ところで、エルナンドさん」
「ん、何だ」
「何でいるんですか?」
「寂しいんだよ! 一人でずっといるのは! こうやって……さぁッ!? 誰かと話して過ごしたいんだよ!! ずっと一人だったからさぁ!! 人間群れで暮らすんだから一人で過ごすの嫌なんだよォ! ソーマさんに土下座して頼み込んだら了承してくれたから、今日だけはここで!! どうせ明日お別れなんだからさぁ!!」
……もう、明日で、お別れ。分かっていることだけど、やっぱりほんの少しだけ、寂しい様な。
けど今は、考えないと。
つまりヴァレリアさん達が言えないのは、恐らくその戦いで私の身に何か起こったから。それこそ、ルミエールさんが口を出す緊急事態。
星王と、誰が戦ってた? ルミエールさんは星王と共に、その敵に戦った? それがあの軍勢?
けど軍勢は星王が現れた空の割れ目って言われる場所から現れてる。星王はその軍勢が味方していると思って問題無いはず。
つまり……どう言うことだろ。ルミエールさん達が軍勢と戦ったとすると、それは星王と敵対していることになる。
……あー! もう全然分からない!
「……ありがとうございます」
「……大丈夫か? カルロッタ」
「え? 何でですか? エルナンドさん」
「いや……言ってしまえばただの勘だが、今のカルロッタは……こう、死にに行く兵士みたいな顔してるから、さ。心配で」
「そんな顔してました?」
「ああ、少なくとも、自分の死は覚悟してる……みたいな」
「……大丈夫ですよ。私は平気です」
「……なら、良いんだけどな」
……自分の死は覚悟してる、か。
確かに、今の私はそうだ。自分が死ぬかも知れないのに、それを受け入れようとしている。
エルナンドさんは、妙な所で勘が良い。いや、私のことを良く見てるって言えば良いのかな?
心配してくれてありがとうございます。でも、やっぱりやらないといけない。
私は、自室に戻った。今日はヴァレリアさんとシロークさんとフォリアさんに頼んで、一人で眠ることにした。
何せヴァレリアさん達は、私に何が起こったのかをある程度知っているのだ。心配して一緒に寝ようとする気持ちは良く分かる。
それでも、やらないと。そうしないと、シャーリーさんが――。
誰かが、扉を叩いた。
小さくひ弱な音だった。時間はもうかなり経っている。外では雨が降っていて、草木も眠る時間。
扉を開けると、シャーリーさんが神妙な面持ちで立っていた。
「……入っても、良いかの」
「ええ、良いですよ」
シャーリーさんを部屋に入れると、シャーリーさんは私が腰掛けたベッドの隣に座った。
「……のう、カルロッタ。お主は我を、友人と言った。……それは、本当に、嬉しかった」
「私は、シャーリーさんのことも大好きですよ」
「……何故、一人なのだ。何時もヴァレリア達と寝ておるだろう」
「……シャーリーさんが、可哀想だと、思ったんです」
シャーリーさんは、信じられないと言わんばかりに目を見開き、私を見た。
「私は恋をしたことが無いから、羨ましいんです。そうやってその人の為に何でも出来るみたいな、そう言う気持ち。勿論誰かの為に何かをするのは好きですけど……何だか、それは恋と言うには不思議な気がして」
「……まさか、カルロッタ、お主――」
「……愛しているが為に、愛されたいが為に、自分の命も賭けられる。例えどれだけ罵倒されようと、どれだけ非難されようと、世界を敵に回しても。私は……そう言う気持ちに憧れてるんです。けどやっぱり私は皆さんのことが好きだから、特別な人がいないんです。皆さん、全員、大好きで、大好きで、離れたくなくて、泣いてる姿を、見たくなくて。でもやっぱり私は一人じゃ何も出来ないのに、一人で誰とでも戦える力ばかりが付いちゃって、何時も誰かを泣かせちゃって……」
シャーリーさんの方に視線を向けると、シャーリーさんは私を見て、啜り泣いていた。しかし涙を見せようとせず、必死に堪えて笑みを浮かべようとしていた。
「お主……私に、慈悲を……? 自分が傷付くと分かっていながら……私を……招き入れたのか……?」
私は、笑みで返した。
「愛を裏切るのは、辛いですからね。シャーリーさんは、ずっとそれに悩んでましたから」
「……ああ……あぁ……済まない、違う、あぁ……」
溢れる吐息と共に溢れたそれは、大凡言葉とは言えない。
「私は、大丈夫です。シャーリーさんは、ジークムントさんを裏切れないから。私は貴方を恨みません」
「辞めてくれ……違う、違う、違うのだ。……私は、我は、あ……あぁ……済まない……。あぁ……」
「泣いてる姿を、見たくないんです」
「違う……! それは優しさでは無い……それは、それは……! それではただの犠牲だ……何も得ることの無い自己犠牲だ。意味が無い……」
「……シャーリーさん」
カルロッタは、全てを見透かした目で私を見詰めた。
「為そうとしていることを、今すぐにして下さい」
この瞬間、私の中に色が溢れた。ぐちゃぐちゃで、意味の分からない、何とも滑稽で、汚らわしい色。
我はその色に支配され、窓を開けた。
そこから、包み隠せば誰にも見えなく、感じられなくなるマントを羽織ったシャルルが現れた。
「……こんな形で決着になるとは、本当に残念だ、カルロッタ」
「ええ、そうですね。ごめんなさい」
「……お前が謝ることじゃ無い。謝るべきは……一体、誰、だろうな」
私はもう一度、シャーリーさんの方を向いた。
「……シャーリーさん」
「……何だ……?」
「ずっと、友達ですよ」
私は、胸が張り裂けそうだった。
いや、それとも嫉妬の炎で身が焼かれそうだったのか。今となっては、もう分からない。
私は、カルロッタの前髪を僅かに指で動かし、その可愛らしい額に唇を付けた。
何ともまあ、滑稽で、愚かな、カルロッタ。それともカルロッタは、そんな私を見て、それを演じたのだろうか。
今となっては、もう、分からない。分かりたくも無い。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
結構前から伏線はありました。いや、本当に。ちゃんと読んでるとマジであります。
嘘じゃ無いって! 本当に書いてたんですって!
読み返してみて下さい! シャーリー初登場から全部! 伏線だらけですから!
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




