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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
93/111

日記31 降臨 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

『テミス、起きた?』


 ルミエールの言葉に、テミスはすんなりと起き上がった。


『分かっています』


 すると、テミスは白銀の剣を地面に突き刺し、空いた手でマリオネットを操る様なコントローラーを構えた。


 その糸の先には今は何も縛っておらず、何も操っていない。


 しかしそのコントローラーを僅かに振ると、穴を通ってこの世界にやって来た軍勢全ての手首に白く仄かの糸が巻き付いた。やがてその首にも白い糸が縛り付けられた。


 この瞬間、この軍勢はテミスの支配下に置かれた。


『……さては、あれ、□■□さんですか?』

『いや、もう一人混じってる』

『……■□ですか』

『そう。だけど何かおかしい。そうだとしたら、あれは四つの両腕のはず』

『……それより、服、着てくれませんか。一応ソーマさんもいるのですが』

「ああ、忘れてた。五百年前と比べて、どうにも羞恥心が希薄になってるんだよねぇ』


 ルミエールはその魔力で糸を作り、それを編み込んで服を作った。先程自分が着ていた軍服と全く同じに作り、ルミエールはそのマントを翻した。


『テミス、剣を構えて。多分もう糸が切られる』


 その刹那、ルミエールの体は一瞬の内に空中へ放り出された。


 それは星皇の力、僅かな時間の休息は、もう終わり。


『やっぱりこう来るんだ』


 ルミエールは周囲に浮かぶ六つの腕を集め、天高くから自分を見下ろす星皇に視線を向けた。


 ルミエールと星皇の戦いの最中、やって来た軍勢は一つの例外以外は全てテミスの支配下に置かれている。


 そう、問題はその一つの例外。三つの両腕を持つそれは、自らの体を縛り付け、知らぬ間に自由を制限する糸に触れ、一番下の右手に持っている糸切り鋏で糸を切った。


 そしてそれは、テミスの方を懐かしむ様にその三つの瞳を向けた。


 そして軍勢は再度三つの両腕のそれの指揮によって動き出した。目標はただ一つ。カルロッタと星皇を接触させることである。


 全ての障害を、無力化させることである。


 模造品の竜皇の背に乗っている模造品の魔皇は身を乗り出して落下し、地面へと激突した。しかしそれで怪我を負っている様子は無く、むしろ巻き上がった土煙に紛れて、二つの剣を上の両手で構え、下の左手に杖、右手に自身の身の丈を超える長槍を手に持っていた。


 その武器達は、特に変哲は無い。何か特別な能力があるだとか、そう言うことは一切無い。強いて言うのだとすれば、その武器達には数多の技術の結晶によって作り上げられた超一品級の代物だと言うことくらいだ。


 そして、模造品の魔皇と共に、模造品の宵皇も降下を始め、その翼を動かして地上より2mか3m程の高さで滞空した。


 それ等が構えた武器は、剣と槍と一本ずつで、杖が二本。近接での戦いでは無く、上空から魔法を放っての戦法を重視していることが分かる。


 戦いは、大規模な物となった。何せ数百を相手にするには、一人ずつ戦う訳にはいかない。広範囲高威力を意識しながら攻撃を行わなければ、すぐに押されて劣勢になるのが分かっているのだ。


 この軍勢、一人一体の戦闘能力は、大したことは無い。しかし充分脅威にはなり得る。


 問題は、それぞれが役割を熟知していることだ。模造品の魔皇が前線を、模造品の宵皇がその後方から決して油断出来ない魔法を、そして模造品の竜皇が空を飛び、山を一つ消し飛ばすつもりの光線を口から放つ。


 リーグ側にとって、これは防衛戦である。カルロッタと接触させずに、そして犠牲を出来る限り出さない様にする為の、防衛戦である。


 そんな時に、相手は山を消し飛ばす威力の魔法を平気で使って来る。こちらは周りの影響も考えながら範囲を絞らなければならない。そしてその光線は何百と絶え間無く放たれる。


 防御の為の結界はメレダが常に展開しているが、それもやがて限界が訪れる。


 そして何よりも厄介なのは、それ等軍勢の不死性である。


 絶対的な不死とは言えない。しかし一撃で体を吹き飛ばし消滅させない限り、永遠に回復を続ける。その為の魔法を放とうとしても、それ等の武器には魔断の剣と同じ性質を持っている為、両断されてまず当たらないこともしばしば。


 そこで空から光線を放って来る模造品の竜皇を狙って魔法を撃っても、模造品の竜皇の鱗すらも魔力の殆どを跳ね返す。魔法で物理的な攻撃、土属性の魔法で巨大な鉄の槍を作ったり、爆薬を作り出してそこに火を点け爆発させる方法も試したが、その鱗は物理的な硬さを兼ね備え、数枚の鱗が剥がれ落ちただけで終わってしまう。


 何とか剥がした鱗もすぐに再生してしまい、至近距離での戦いになってようやく倒せる算段が付くだろう。


 しかしそれを、模造品の魔皇と宵皇が許さない。その隙を見せれば一瞬の内に十数人のそれが襲い掛かり、より劣勢へと追い込まれる。


 まだ厄介な点はある。魔力に限界が見えないのだ。恐らく外部から魔力が供給されている。そして瞬間的に回復し続けているのも、恐らくその外部の何者かの影響だろう。


 長期戦では不利になることは明白だった。しかし短期戦で押し切ろうにも、まだ戦力が足りない。


 突き詰めてしまえば、戦いと言うのはどれだけ強い人物をどれだけ集められるか、そんな単純な物なのだ。


 奇策や妙策と言うのは、戦力が集められない程に弱い軍が行うこと。極論を言ってしまえば、相手の千倍の戦力があればどれだけ悪手を打とうがそうそう負けることは無いのだ。


 しかし今は、軍隊対集団。軍隊と戦う為には、最低でも軍隊が必要である。軍隊とは、集団が更に集まって出来た物なのだから。


 そして不気味にも、三つの両腕を持つそれは上空から達観している。いや、指揮をしているのだろうか。


 星皇はルミエールと戦っている。逆に言えば、ルミエールは星皇との戦いで援護を期待出来ないと言うことだ。


「テミス! セレネ!」


 メレダがそう叫んだ。


 それ以上の言葉はいらない。テミスは自身が追い詰められることを顧みずに、前線から一気に離れてセレネの方へ時を止めながら走った。


 セレネに向かって来る模造品の魔皇をテミスは銀の剣で薙ぎ払い、一瞬の内に模造品の魔皇達の両脚を切断した。


 これで時間稼ぎだけなら出来る。テミスは一撃で広範囲を一気に攻撃する手段が乏しい。その手段で言えば、ソーマの方が潤沢に揃っている。


 その為に、メレダはセレネに任せ、せめて竜皇の大半を撃ち落とそうと言う魂胆である。その為にはセレネの準備が整うまでの時間稼ぎが必要。それをテミスに任せたのだ。


『固有魔法』


 テミスは片手に懐中時計を構えながらそう言った。彼女の周辺に二つの両腕が現れたかと思えば、それはテミスを称える様に手を組んだ。


 範囲はルミエールと比べるとそこまで広くない。彼女を中心に半径200m、ルミエールと同じ様に外壁となる結界は存在しない。


『"秩序と正義と平和の母(ホーラー・モントール)"』


 懐中時計の長針が目にも止まらぬ速さで回り、短針はぴくりとも動かない。秒針は逆に回り、景色はがらりと変わった。


 対象の周辺の時間が停止し、対象の思考能力の時間だけを減速させ、対象の肉体の時間を加速させる。それ等にとっては、知能も無く肉体的な老化はほぼ無縁だが、対象の周辺の時間が停止していることで身動きが取れない。


 数秒時間が稼げた。『固有魔法』外からの攻撃が激しくなったが、何ら問題は無い。充分に捌ける。


 そして、セレネの準備が整った。空を悠々と飛び回るあの偽の竜皇を撃ち落とさんとする力は紡がれた。


 セレネの姿は、何時もの乙女のそれに戻った。月と星々の輝きを発する弓を構え、それを天へと向けた。


 その弓は人が撃つには困難な程に大きくなり、その弓幹だけでもセレネの身長を優に超えていた。


 しかしセレネの周囲に二つの両腕が浮かんだかと思えば、その二つの両手は弓を抱えて天へと向けた。


 セレネは弦を両手で掴み、体を思い切り倒した。地面に背中が触れる程に力強く弦を引くと、セレネは無愛想ながらも愉快そうな表情だった。


 セレネの周りに白い花が咲き誇ると、弦と弓幹に薔薇の茨が巻き付き、それにも関わらず茨の上に白い花が弓にも咲き誇った。


華やかな夜の女神(アヴェ・セレーネー)


 輝く三本の矢が天に向けて放たれると、それは星皇に匹敵する星の輝きを発し、夜空と昼空と朝焼けと夕焼けの天で更に輝いた。


 瞬く光は空を広がりながら包み込み、多数の模造品の竜皇の肉体を一気に消滅させた。輝きの中央にいた模造品の竜皇達は跡形も無く吹き飛んだが、その外側にいるそれ等は体の半分を吹き飛ばされていたり、届いていなかったりと、最初に比べて三分の一の数ではあるがまだ残っている。


 そして残ったそれ等の再生が一斉に始まった。しかし、最早超常的な速度で行われる再生のその一瞬、ドナーが空へと飛び上がった。


 稲光の速度でドナーは空中を走り、模造品の竜皇の体に、それぞれ五本ずつの鉄の棒を突き刺した。


 その長槍を頭の上で大きく速く回し、直後に力強く振り下ろすと、その鉄の棒に向けて雨雲も無いのに雷が轟き落ちた。


 勿論それだけでは体の全てを一気に消滅させることは出来ない。鱗の下が焦げるくらいだろう。


 その瞬間、模造品の竜皇同士が抗えない力によって引き寄せ合った。模造品の竜皇の体その物に磁力が発生したのだ。


 模造品の竜皇の巨体すらも動かす磁力は、やがて残ったそれ等を一箇所に集めた。


 どれだけ抗おうとも、それ以上の力で引き寄せ合う。一箇所に集まれば集まる程に、その力が強くなっていく。


「それじゃあお願い! ソーマ!」


 ドナーはそう意気揚々と叫んだ。


 女性の方のソーマは一箇所に集まった模造品の竜皇達の更に上から見下ろしていた。


「滅茶苦茶良いぞドナー。最高だ。最高の位置だ」


 女性のソーマは左腕を空に向け、そこに右手で構えている杖を向けていた。そこには掌程の大きさの恒星が光り輝いていた。


「『黄金恒星(□□□)』」


 振り下ろされた白い恒星は、黄金の輝きを発しながら模造品の竜皇の群れに降り掛かった。その熱と輝きは一瞬の内に全ての模造品の竜皇を灰燼に帰したのだ。


 これでメレダが模造品の竜皇に費やしていた防御用の魔力と魔力回路が攻撃に回せる。


 メレダは両手を前に向けると、皮膚の上にある金の鱗がぽろぽろと剥がれた。


 その一枚一枚に小さく、そして難解な魔法陣が刻まれ、それはメレダの手の先の空間に刻まれた魔法陣と繋がった。


 それで巨大な、一つの魔法陣となり、それは新たな神秘性を秘めた。


 メレダが攻撃の魔法陣を組み上げている最中、空に二つの人影が現れた。その内の一人が地面へと落ちた。


 それはイノリであった。星皇宮での戦いでの傷がまだ完全には治っていないが、すぐに次の戦いに赴いたのだ。


「"禱神仏""阿遮羅曩他(あしゃらのうた)"」


 イノリの体中から黒い液体が大きく吹き出し、それは巨大な人の形へと固まり、奇妙な剣を持つ者に変わった。


 それは杵の形をして両端が三つに分かれ、片側中央だけが一際長い形に象った柄を付けた剣だった。もう片手には投げ縄の様な物を持っていた。


 イノリは右手を挙げると、彼の剣を持つ偶像が動き出した。


「"ノウマク""サンマンダ""バザラダン""センダ" 」


 イノリは右手を降ろした。それと同時に右側にいる偶像は剣を振り上げた。


 そのまま右指を左指の上に交互に乗せていき、掌の内で十指を交叉させた。その状態で人差し指を立てて合わせ、親指で薬指の側を押さえた。


「"マカロシャダ""ソワタヤ""ウンタラタ""カンマン"」


 その不可解な詠唱が終わると同時に、巨大な偶像の剣が模造品の魔皇達と宵皇達に向けて薙ぎ払われた。


「"ノウマク""サラバタタギャテイビャク""サラバボッケイビャク""サラバタタラタ""センダマカロシャダ ケンギャキギャキ""サラバビギナン""ウンタラタ""カンマン"」


 より一層長い不可解な詠唱を終えると、先程よりも速く、そして重く、巨大な偶像は剣を振るった。


 たった二撃でより広く、より遠くまで敵を薙ぎ払い、中には再生不可能な程に粉々に砕け散ったそれもいた。


「済まん遅れた! すぐに挽回させて貰うがな!!」


 イノリは豪快に笑いながらそう言った。


 もう一つの人影はパンドラであった。彼女はその髪を黒く染まらせ、その体を黒い霧へと変えた。


「私は一人、けれど軍勢。故に、悪夢の軍団(レギオン)。なればこそ、やるべきことは一つ」


 その黒い霧の中から、最早数を数えることも出来ない程の、異形の魔物達が現れた。それに加えて、落下して体が潰れてしまった人間や亜人や魔人も現れた。


 その全ては光を一切反射しない程の闇に染まっており、到底生物は言えない姿である。


 その全ては、本来光り輝く白い糸を呪いと支配と闇によって黒く染め上げた霧の糸で縛り付けている。


 それの正体は、死屍てしまった生物の魂の残骸。本来新たな生の為の礎となる魂の破片を支配し、それを不完全な形であるが修復する。


 しかし修復された箇所は最早魂とは言えず、修復を繰り返していく内に魂の中で最も重要な箇所、肉体で例えるなら脳といえる箇所だけを残してそれ以外がパンドラの魔力によって修復された模造品となる。


 その成れの果てが、これである。辛うじて肉体の形とその力、自ら魔力を生成する機能だけは残るが、それ以外の生物としての機能はパンドラが戯れで命じない限りしない。


 その烏合の衆の行進は、一匹一人は模造品の魔皇と宵皇達にとっては非力であった。


 しかし、つい先程自分達がやっていた様に、軍勢と言う力は強かった。一人で、数十人数十匹を相手にするのは、やはり骨が折れるのだ。


 軍勢対軍勢の戦いは、更なる苛烈を呼んだ。ここで散った命は、いや、パンドラが操るそれは命とは到底言えないが、相当な数となった。


 パンドラが操る闇に覆われた数十匹のドラゴンは、飛び上がった模造品の宵皇に頭を吹き飛ばされ、その闇の肉体に長槍が突き刺され魂を破壊されて殺された。


 地を這う人間や魔人や亜人や魔物はより大きな魔法によって殲滅されながらも、頑丈な体の持ち主であった者達は足を止めること無く、むしろ死んでしまったそれの体を盾として前線で剣を振っている模造品の魔皇に立ち向かった。


 より多くの命を散らし、より残虐で悲惨な光景を作り出す。これこそ――。


「悪夢に相応しい」


 パンドラは空に浮かぶ三つの両腕を持つそれを眺め、恍惚とした笑みを浮かべた。


「一体貴方は何時になれば動くのかしら。まあ、動いても三つの両腕なら、この戦力なら充分」


 パンドラはその正体に勘付き、嫌な予感が脳裏に浮かんだ。


 聖母達に似た気配を放つあれには、恐らくもう一人混ざっている。しかしそんなことはどうでも良い。


 パンドラが知っているあれは、四つの両腕なのだ。しかし今は、両腕が一つ足りない。だからあんなに弱々しく見えるのだ。


 恐らく何らかの理由で別れてしまった一つの両腕に力の殆どを譲渡させたのだろう。しかしそうだとすると、疑問が残る。


 その別れた一つの両腕を持つそれは、何らかの形で何処かにいるはず。それの気配が察知出来ない。


「……不味いわね。メレダ!」


 パンドラの黒い霧がメレダの周りに集まり、そう呼び掛けた。


 その呼び掛けにメレダは魔法陣を刻みながら答えた。


「分かってる。だけどやるしか無い。他の親衛隊は」

「マーカラは面倒くさがって。矢守蝦蟇(しもりのがま)は間に合わない」

「分かった。仕方無い。あれは倒せる時に倒しておきたい」


 メレダは白い翼を背中から広げ、その口を小さく開き呟いた。


「『小さき叡智の女神(アヴェ・メーティス)』」


 メレダの小柄な体が頭から順に仰々しい鎧に包まれた。翼の背後に身の丈程の魔法陣が空中に刻まれると、彼女の体を軽々と吹き飛ばす程の戦争の息吹が攻撃となって放たれた。


 それは無数の武具の様にも見え、それは意思ある獣の様にも見えた。共通しているのは、それは助言をメレダから囁かれた攻撃の意思だと言うことだ。


 これの反動は、メレダの小さな体では到底受け止め切れない。故にその反動を耐える為の鎧、その反動で吹き飛ばされない為の背後の結界。


 それが達観を決めている三つの両腕を持つそれに放たれた。


「さあ、どうするの」


 空を覆う智慧を象徴する輝きの息吹は、三つの両腕のそれに直撃し、包み込んだ。


 地上からは、そう見えた。しかし実際はそうでは無い。


 その息吹の武具達は、たった一つの歪んだ大剣によって阻まれていた。


 そしてそれを両手で振るっているのは、あの三つの両腕のそれでは無い。もう一人いる。


 形だけなら人だ。だが肌は無く、ただ光を吸い込む闇だけがあった。しかし不気味にも目だけはあり、瞳は黒色であった。


 メレダの攻撃を防いだ大剣は、白と黒が混じり合った色をしている酷く歪んだ大剣で、もう剣としての機能は失われているだろう。


 つまりそれは、ただの鉄塊である。いや、鉄では無い。もっと強固で、もっと頑丈で、もっと壊れ難い未知の物質である。


「テミス、ソーマ、イノリ」


 メレダの声と共に、呼ばれた三人がたった一人の歪んだ大剣を持つそれの周囲に現れた。


 テミスと男性のソーマはその剣を迷いも無く手加減も無く振るい、イノリはその手を振り下ろした。


 これこそ、こちらが敗北する可能性を秘めた唯一の懸念点。これさえなければ、時間は掛かるだろうが、今回はこちらの勝利と言える程の物。


 そしてそれは、星皇も、カルロッタのお師匠様も分かっている。対策を怠るはずが無い。


 三つの両腕のそれが声無き声で唸った。まるで痛みに悶え苦しむ様な素振りを見せると、蝉が羽化する様に背中が裂けた。


 その裂け目から、女性的な体型をした上半身が起き上がった。直後に裂け目は女性の腰を支える様に再生し、一つの体となった。


 女性的なそれは、輝いていると錯覚する程に白かった。そして銀の瞳を輝かせ、同じく三つの両腕を伸ばし、弧を描く様に回していた。


 そして両腕を一つずつテミスと男性のソーマとイノリに向けたかと思えば、次の瞬間に三人の両腕は消失した。


 視認不可能の何かが起こった。それだけは理解出来る。


 出血は無い。しかし再生も出来ない。ソーマとイノリはそうだった。しかしテミスの両腕は一瞬の内に再生し、何故か消えていない銀の剣を掴んだ。


 男性のソーマは逆に消えていない両剣を魔法で操り両肩を切り落とし、その両肩から腕を再生させた。


 イノリは自分の背中から影を落とす巨人から闇を幾らか拝借し、自分の腕を再現した。


 臨機応変に、そして迅速に。五百年の経験が彼等にはあった。


 しかし、この一瞬の隙が駄目だった。勝負と言うのは全て一瞬の隙によって形勢が逆転するのだ。


 まず始め、歪んだ大剣がテミスの体を貫いた。


 それを持つ人影は右手で大剣を掴んだまま、左手をソーマとイノリに向けた。その左腕を縛る黒い鎖が現れたかと思えば、その先端が二人に向かって伸びていき、その体を縛った。


 黒い鎖は罅割れており、そこから黄金の焔が吹き出していた。そして吹き出している焔がより一層強く燃え上がると、鎖から何度も巨大な爆発が襲って来た。


 しかしイノリがその鎖を力任せに引き千切り、拳を強く握った。


 ソーマは双剣を手放し、魔法で操り黄金の焔を切った。すると、主を勘違いしたのか双子座の星の輝きであるその双剣に纏わり付いた。


 黄金の焔を纏った双剣は、逆に黒い鎖を溶かし切断した。


 そしてテミスは周囲に浮かぶ二つの両腕に向けて剣を投げ捨て、一つの右手がそれを掴んだ。それを皮切りにてミスの手の中に現れた懐中時計や天秤も投げ捨て、周囲に浮かぶ腕に拾わせた。


『"罰則"!』


 テミスの叫び声と共に、ソーマとイノリは人影へ向かって飛び出した。


『"両腕失調""半身不随""魔力不随"!!』


 突然人影が魔法が使えなくなったのか体勢を崩した。その隙を狙って、イノリは闇に包まれた拳を、ソーマは焔に包まれた双剣を振るった。


 テミスの周囲に浮かぶ剣を持った腕も飛び込み、両腕も動かせないそれに勝ち目は無いと思われた。


 だが、三人は戦うべき相手を間違えた。これがこの人影では無く、三つの両腕を持つそれに向ければまだ勝機はあった。


 三つの両腕のそれが、そしてその背にいる女性的なそれが、手を伸ばした。するとその先に糸が紡がれ、その白い糸はテミスにしか見えなかった。


 糸は人影の両腕に絡み付いたかと思えば、人影の体は両腕以外が液状化を始めた。


 無論、もう動かない腕を狙って攻撃する意味は無い。目標は頭や胸、人体の弱点の場所だ。つまり、ソーマとイノリが仮に状況を理解しても、それを止めること、それを止めようとする思考自体も困難である。


 テミスはすぐに懐中時計を掴んでいる腕の時を加速させた。だが、今彼女に刺さっている歪んだ大剣を中心に、『固有魔法』が広がった。


 それは結界を外壁にした物。名は、"()()()()()()()"だ。


 それは外界から完全に遮断され、汎ゆる意思も力も外壁を通り抜けることは出来ない。


 つまり、テミスの時を加速させる力は疎か、浮かんでいる腕を動かすことも出来ない。


 そして、ソーマの双剣とイノリの拳は、液状化したその体に直撃した。しかしその衝撃は流れてしまい、もう意味は無い。


 そして右腕と左腕、それぞれに集まった液状化した球体の体を糸で一つに纏め、三つの両腕のそれは自分の額の上へ持って来た。


 それは、その頭部が裂けて大きな口になった場所に放り込まれた。その肉とも言えない黒い球体をごくりと飲み込むと、三つの両腕の更に下、そこが粘土の様に膨らんだ。


 形作られたのは、もう一つの両腕。今ここに、四つの両腕を持つ者がもう一人現れたのだ。


 そしてその背中にいる三つの両腕を持つ女性は、頭を回し、ルミエールに視線を合わせた。


 ルミエールもすぐにその視線に気付いた。そしてこれまで以上の危機感を抱いた。


 背にいる女性は三つの両腕で、前の四つの両腕を持つそれの腹部を撫でると、そこから続々と模造品の魔皇、竜皇、宵皇が生まれ落ちた。


 竜皇に至ってはやって来た軍勢から更に二百体足して産み落とされ、魔皇と宵皇はそれぞれ三百体ずつ産み落とされた。


 そして三つの模造品が百体ずつ集まり、肉が融解し一つの固まりとなると、それは模造品の竜皇の胴体に、異様に長い首の先に宵皇の蝙蝠の翼を背中から大きく伸ばす魔皇の体が付いていると言った、正しく異形の怪物へと生まれ変わった。


 それは容易くパンドラの軍勢を蹴散らし、災害と呼称出来るであろう威圧感と畏怖を雨の様に降り注がせた。


 それに抗う術は、消耗している彼等彼女等には無い、そう言っても良かった。精々ここ、ブルーヴィーにいる者達が犠牲にならない様に食い止めるくらいだ。


 そして、四つの両腕を持つそれは、背中の女性が視線を向けている場所に、現れた黒い瞳を向けた。


 背中の女性は何かを察知したのか、前のそれの四つの両腕の間に三つの両腕を通し、優しく、それでいて力強く抱き締めた。


 そして四つの両腕を持つそれが、左目の四つの瞳を全てルミエールに向けると、転移魔法によってルミエールと星皇の戦いの場に現れた。


 ルミエールと星皇は互角の戦いを繰り広げ、一進一退の攻防を続けていた。


 このままであれば戦いは千年続くだろう。しかし聖母の内誰かが加勢に来れば戦況は変わる。それをずっとルミエールは待っていた。


 しかし、状況は最悪に傾き始めた。こちらに加勢に来れる程の余裕と余力を持っている聖母がもういないのだ。


 そして何より、もう一人の四つの両腕を持つ存在。あれがルミエールにとって星皇を超える障害となる。


 実力としてはそこまで。背にいるそれも含めて倒せない相手では無い。


 だが、あれには星皇の様に戦闘の経験と目的だけが頭に入れられているのでは無く、本能と理性と知恵と感情を持っている。


 そして、星皇とは違い肉体を犠牲にした力である。四つの両腕と、三つの両腕、四つの瞳と、銀の瞳、心臓以外の内蔵、恐らく体も動かせないだろう。


 二つの心臓が基点であるそれは、背中にいるそれの元となる女性の神秘性から発展した物で、肉体を犠牲にして作られた力を外付けした物だ。


 何方が本体かと言われれば、背中にいる女性である。力の中心はあの女性である。しかし、その体は既に一つとなっている。もう何方が本体と言う話では無く、何方も本体である。


 四つの両腕を持つそれが、星皇の首を縛る白い糸を四つの右手で掴むと、それを思い切り引き上げた。


 星皇の体はそのまま持ち上げられ、首吊り死体の様に吊るされた。四つの両腕のそれは、そのまま星皇をカルロッタの方向へ投げ飛ばした。


 星皇は目的を思い出し、ルミエールから逃げる様に莫大な魔力でその体を加速させた。


 それを許す程、ルミエールは優しくない。一秒にも満たない時間の最中、ルミエールは星皇の脚を掴んだ。


『行かせない、絶対に』


 ルミエールの腕から桜の木の根が伸びると、それが星皇の体に巻き付いた。その根が星皇の体に深々と突き刺さり、束縛はより強固な物となった。


IS(イス)


 その言葉は現実となり、星皇の体は一切の活動を停止した。しかし、それを打ち破ったのが四つの両腕のそれである。


 ルミエールが掴んだ星皇の脚ごと歪んだ大剣で切り落とし、黄金と白銀の焔で桜の根を燃やした。


 その焔は凍り付いた星皇も溶かしたのだ。


 その一瞬で、ルミエールの刃が四つの両腕のそれの首を切断した。しかしその背にいる女性が三つの両腕をルミエールに向けると同時に、ルミエールは高く飛び上がった。


 星皇はまた動き出し、ルミエールと四つの両腕のそれとの戦いが始まった。


 その戦いは星皇を中心に繰り広げられた。


 ルミエールの周囲に浮かぶ三つの両腕の内、一つの両手が弓を構えた。


華やかな夜の女神(アヴェ・セレーネー)


 それはセレネの力。弓から三つの矢が放たれたが、四つの両腕のそれが、一つの両腕に銀の杖を構えて大きく振った。弓は空と地とそれのすぐ横に向かって飛んでいく軌道を描いた。


 地面へと直撃した矢によって地面が大きく削れたが、一切の問題は無い。


 ルミエールの『華やかな夜の女神(アヴェ・セレーネー)』を放ち続け、もう一つの両腕がトランペットを構え、もう一つの両腕が剣と杖を構えた。


 そしてルミエール本来の右手には自身の肉片で作られた刀を構え、左手には薬指に指輪を輝かせながら白い金属で作られ、金の意匠が掘られた銃剣を構えた。


 やがてルミエールの背から宝石の腕が伸び、その無数にある先端から魔力の弾丸を発射した。


 ルミエールに対抗する様に、四つの両腕のそれの背中の女性の、更に背中から宝石の腕が無数に伸びた。女性はそのまま三つの両腕を前に向けると、右手に太陽の輝きを持つ矢を、左手に月光の輝きを持つ弓を持ち、三つの両腕で矢を放った。


 四つの両腕のそれは、一つの両手で歪んだ大剣を構え、一つの左手に鎖を縛り、一つの右手で杖を握り、一つの両手で赤い金属の柄で作られた宝石で装飾された刃のハルバードを構え、一つの両手で鋼を貫けるであろう散弾銃を構えた。


 その戦いは、最早引くに引けぬ思い同士が打つかり合う子供の喧嘩である。違いと言えば、近付くだけで殆どの生物が死に絶え、逆に生命力に満ち溢れる者もいることくらいだろうか。


 この二人、正確には三人だが、最早狭い範囲で行われる一国対一国の戦争に匹敵する。


 ルミエールは思い切り前へ出て、四つの両腕のそれとの近接戦闘を始めた。


 黒い鎖が大きくうねり、ルミエールの首を縛ろうとしたが彼女はそれを一瞬で両断し、体格では負けているルミエールが腕を伸ばしそれの首を僅かに切った。


 そのまま銃剣の銃口を向け、引き金を引いた。放たれた純銀の弾丸を中心に"大罪人への恋心"が展開され、確実に銃弾は四つの両腕のそれの頭部を撃ち貫いた。


 しかし四つの両腕のそれはルミエールでも見覚えのあるハルバードを振り上げた。しかしルミエールはその刃に逆らうことは無く、むしろその刃を抱き締めた。


 四つの両腕のそれの上へルミエールの体は傷付きながらも持って行かれた。そこでルミエールは一つの両腕が持って来たトランペットに口を付けた。


 吹き出した音はこんな戦闘中だと言うのに美しかった。しかしそれに見合わない重量がそれに襲い掛かった。


 両足で立つことが出来ない程の重さに見舞われたそれは、膝を付いて倒れた。しかし散弾銃の銃口を一瞬の内にルミエールへ向けた。


 引き金を引いて放たれた鉛の弾丸は、ルミエールの体に当たらなかった。ルミエールは自分の体に風の属性魔法で空中で体を急速で押し出しそれを避けたのだ。


 そしてそれの背で、振り向いた女性と視線を交わした。


『貴方が戦う理由は分かってる』


 ルミエールが一瞬の内に宝石の腕を切り落とした。


『彼に愛される為に、彼女を愛しているが故に、そこにいるのも分かってる』


 四つの両腕のそれは振り返り、歪んだ大剣を大きく振り被った。それをルミエールは刀と銃剣と浮かんでいる腕が持つ剣で受け止めた。


『もう、分かってるでしょ? 貴方が望む未来は、この先には無い。愛を裏切るのは、愛の味方をすること。愛の味方でいれば、愛を裏切ることになる。そんなことは私でも分かってる。でも――』


 ルミエールは歪んだ大剣を力の限りに弾き、それに浮かんでいる腕が持っている杖を向けた。四つの両腕のそれも杖を向け、そこから放たれた魔術は互いに相殺した。


『私達は、それでも戦ってる。愛の為に愛を裏切った。その先に、本当の幸せがあると思ってるから』


 ルミエールは銃剣を向け、四つの両腕のそれは散弾銃を向けた。同時に引かれた引き金によって放たれた銃弾は、ルミエールの純銀の弾丸は散弾の間を潜り抜けて四つの両腕のそれの頭部をまた撃ち抜き、散弾はルミエールの剣によってその全てを斬り伏せられた。


『過去に希望は無い。希望は、未来のことなんだよ』


 ルミエールの言葉に、背中の女性は攻撃の手を咄嗟に止めた。その一瞬に、ルミエールは間合いを一気に詰め、その刃が四つの両腕のそれの体を切り裂いた。


『私の為に、なんて言わない。貴方の為に、貴方の愛の為に。最も柔和な、貴方の為に』


 ルミエールの言葉が女性に届いたのかは分からない。しかし彼女は愛の聖女、哀の魔女。


 背にいる女性は、泣いていた。涙を流して落としていた。


 ルミエールは四つの両腕のそれに刀を突き刺し、"大罪人への恋心"を発動した。


 すぐに解除されるだろう。それでも良い。時間が稼げるのなら、それでも。


 一秒にも満たない激戦は一旦は終わった。ルミエールは、もうすぐ接触してしまう星皇の後を追った。


 そして、星皇は地を歩き見付けたのだ。自らの娘、星の皇の娘、星の皇の器、カルロッタ・サヴァイアントを。


 ヴァレリア、シローク、フォリアはすぐに身構えた。


 しかし、戦意が湧き上がらない。目の前にいるのは、どう考えても自分達の敵。そうでなければ、ルミエール達が戦うはずも無い。


 だが、殺意が浮かばない。むしろ心の中に鮮やかな豊かさと温かさが色付いた。


 だが体の奥底から震えが止まらない。こんなに優しい雰囲気を出して、心でもそれを理解しているのに、恐ろしくて震えが止まらないのだ。しかし恐怖は感じない。


 星皇が一つの左手を下に降ろすと、三人は無意識の内に跪いた。その体は恐怖で震えていたが、心は不気味に安らぎ、むしろ心地良いと思ってしまっていた。


 星皇は立ち上がったカルロッタに歩みを寄せる。止めなくては、三人はそう何度も心の中で叫んだ。


 しかし体は恐怖で震え上がり、意識は温かさで満ちている。このまま寝てしまえば深い眠りの中極上の悪夢が見られるだろう。


「……Padre……?」


 カルロッタはそう聞いた。


 カルロッタの頭の上には、聖皇であることを示す茨の冠が浮かんでいた。


 星皇は答えない。しかし一度だけ頷いた。


「Dove sei stato tutto questo tempo? Perché……mi hai lasciato? Mi……sei mancato……tanto……」


 カルロッタは泣いていた。


 しかし星皇は慰める様に、カルロッタに手を伸ばした。その四つの両腕を伸ばしたのだ。


 それにカルロッタはにっこりと笑い、懐かしく想う父の温もりを求めた。しかし何故だろう。カルロッタは、この匂いを知っている。この懐かしさを、知っている。


 その瞬間、ルミエールが二人の間に現れ、一瞬の内に星皇の体を遠く、遠くに蹴り飛ばした。


『辞めて!!』


 ルミエールは声を荒げ、すぐに星皇の前に転移魔法で移動した。しかしそれとほぼ同時に、星皇の背に人影が見えた。


 星皇の背に現れた四つの両腕を持つそれは、突然星皇の腕を掴み、体を回し思い切り地面へと投げ付けた。


 そしてその直後に、口を開いてこう言ったのだ。


『固有魔法』


 そこに描かれたのは罪人の世界。この世界で、唯一星を憎んだ者の世界。


『"()()()()()()()=()()()()()()()()"』


 結界による外壁の所為で、すぐ脱出が出来ない。ルミエールは珍しく焦燥を顔に出した。


 星皇とカルロッタの接触は避けなくてはならない。それがこの戦いの絶対条件。それが破られれば、ルミエール達の敗北となる。


 しかし、この結界はそれを阻む。すぐに星皇はカルロッタの方へ戻るだろう。


 故にルミエールは焦っているのだ。ルミエールにとって最も大切な物が、壊れて消えてしまうかも知れないのだ。


 すると、背中の女性が三つの両腕を天に向けたと思えば、その結界の天頂に罅が走った。女性は力強く手を握りと、その罅は広がり、やがて僅かに結界が硝子の様に砕けた。


 そして背中の女性は前の四つの両腕のそれの腕を掴み、その三つの腕から白い茨を伸ばした。そして女性の臍の辺りから木の枝が伸び、それが四つの両腕の体と遠い地面へと縛り付けた。


 ルミエールはその隙間を逃さない。それに向けて銃口を向け、引き金を引いた。純銀の弾丸は結界を破壊し、ルミエールはそこから脱出した。


 女性は愛を裏切った。自らの主の意思を裏切った。もう手遅れかも知れないのに。


 せめてルミエールが未来に進める様に、せめてルミエールが未来を掴み取る為に。


 自分では出来なかった。自分では成し遂げられなかった。だからせめて、ルミエールだけでも。


 その裏切りを知って、四つの両腕のそれは、特に何もしなかった。しかし表情なんて無いはずなのに、何処か悲しい表情を浮かべている様に見えた。


 背中の女性は、四つの両腕の間に三つの両腕を通し、力強く抱き締めた。


 その間星皇は、またカルロッタの下へ戻って来た。


『Dov'è……tua madre?』


 カルロッタの問い掛けに、星皇は何も答えない。


 だが、星皇は左の斜め上に視線を向けた。その次の瞬間に、視線の先にルミエールが現れた。


『やらせない……!! 絶対に!!』


 ルミエールの憤りだけで、戦いに勝てる訳も無いのに、彼女は叫んだ。


 感情だけで勝てるのなら、誰も剣を握らない。感情だけで勝てるのなら、誰も杖を人に向けない。


 感情だけで勝てるのなら、人間の声はもっと遠くにまで届くはずだ。ルミエールの声が、遠く離れた星皇にまで届くはずなのだ。


 弓を構えていた腕は銀の剣と金の剣を構え、星皇に向けた。刹那の瞬間ではもう遅く、ルミエールの刀は星皇の首を貫いた。


『自分の娘を利用してまで、貴方は……貴方は!!』


 ルミエールがその刃を左へ向け、そのまま薙ぎ払った。次の瞬間には金と銀の剣が星皇の胸に突き刺さり、その刃から穢れた聖火と聖なる穢火である黄金と白銀の焔が吹き出した。


『分かってるはずなのに、何で分からないの!! 見たはずでしょ!! 分かってるはずでしょ!! なのに何で、何で……そうやってまた一人になろうとするの!! 私達がいたのに、私がいたのに、皆がいるって知ってたのに、貴方は全てを捨てて、そうやってまた一人になろうとしてる!!』


 ルミエールは銃剣の刃を星皇の顎下に突き刺し、その引き金を躊躇無く何度も引いた。


『泣いて良いんだよ、弱音を吐いても良いんだよ、けれど貴方はずっと皇帝の姿を演じて……そんなに、私が頼りなかったの……?』


 響く銃声に掻き消されそうなルミエールのか細い声も、星皇にはもう届かない。


 その瞬間にルミエールは、自身の周りに身の毛もよだつ様な呪いの集まりを察知した。その瞬間ではもう遅い。ルミエールの胴体に黒い鎖が巻き付き、ルミエールの腕は白い糸で縛られた。


 周囲に浮かぶ腕もだ。それは糸で縛られ、蜘蛛の巣の様に張り巡らされた。


 そんなルミエールを見下ろす存在がいた。あの、四つの両腕のそれである。


 背中にいる女性は、その背から銀の剣が二本貫かれ、胸に金の剣が一本突き刺さっていた。腹にももう一本の銀の剣で貫かれていた。


 三つの両腕の内二つの両腕にそれぞれ銀の剣が突き刺され、彼女は力無く重力に引かれ体を揺らしていた。


 剣が突き刺さっている箇所から血が落ち、それが地面へと向かう。彼女は紛れも無く生きている。


 そして、四つの両腕のそれの一番上の右手は白い糸を握り、左手は黒い鎖に縛られていた。


 ルミエールは、あの姿を見て激昂した。


『貴方は……四百年間寄り添ってくれたその子に……!! そこまで、そんな仕打ちを……!!』


 ルミエールの怒りは重々承知しているのだろう。しかし四つの両腕のそれは、その下の右手と左手の掌に口を作った。


 そして、こう言ったのだ。


『『固有魔法』』


 ルミエールは二つの世界に閉じ込められた。


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 水の無い河の底。そこに人間では無い何者かが、人間のオペラを見ていた。


 演目はファウスト。主演であるプリマ・ドンナが突然声を出さなくなったと思いきや、彼女に豪華なシャンデリアが落ちて来た。


 そして、それを醜い悪魔が触れずに助けたのだ。その聖人は傲慢にも茨の冠を被り、不遜にも聖なる御子である彼女を憂いていた。


 ルミエールはその演目を一瞥し、涙を流した。


『……何で貴方は……!!』


 その直後、四つの両腕のそれの背にいる女性が、まだ動かせる両手で一本の銀の剣を構え、ルミエールを縛り付ける白い糸を一本切った。


 すぐに四つの両腕のそれが気付き、その手を掴み、止めた。しかしもうルミエールの腕は動き始めた。


 その結界に刀を投げ付け、『固有魔法』を発動し、無効化させた。そのままルミエールは鎖を引き千切り、その穴から外に飛び出した。


 外に出て見た始めの光景は、星皇とカルロッタだった。


 もう、手遅れになってしまったとルミエールは思ってしまった。


 カルロッタは星皇に手を差し伸ばし、星皇はその手に一番上の右手で触れた。カルロッタの体は黄金の穢れた聖火と白銀の聖なる穢火に包まれた。その焔と共に、そこからカルロッタに一つの星が受け継がれた。


 そして星皇は左手で触れた。カルロッタに一つの星が受け継がれた。


 星皇はその下の右手で触れた。カルロッタに一つの星が受け継がれた。


 星皇は左手で触れた。カルロッタに一つの星が受け継がれた。


 星皇はその下の右手で触れた。カルロッタに一つの星が受け継がれた。


 星皇は左手で触れた。カルロッタに一つの星が受け継がれた。


 星を統べる皇。それを象徴する六連の星。それはカルロッタに受け継がれた。


 彼女こそが星が広がる宇宙から落ちて来た真なる三つ目の流星であり、それこそ彼女が虚偽無き星の御子であることを伝える。


 一つ目と二つ目は、五百年前にもう落ちたのだ。


『あぁぁぁあああぁぁっッ!!』


 ルミエールの絶叫と共に、星皇の四つの両腕が一瞬の内に両断された。


 何せ一瞬だったからか、ルミエールの姿が見えない。気付けば星皇の背後にいて、星皇を力の限り殴り飛ばした。


 もう、この戦いに意味は無い。星皇は既に限界を迎え、その力の結晶の中心が崩壊を始めようと鼓動している。


 むしろ、星皇と四つの両腕のそれ、そして背にいる女性とあの軍勢を相手にして、ルミエール達は良く戦ったと言える。これ以上の戦果は望めないだろう。


 それがどれだけ不条理だとしても、それがどれだけ希望にそぐわない物だとしても、現在は決定された。


 星皇の首を縛る糸の端を、四つの両腕を持つそれが掴んだ。そのまま引き上げ、星皇はまた首吊り死体の様に体を揺らした。


 戦いは終わった。しかしルミエールは涙を堪え、未だに刃を握っている。戦う意味はもう無い。彼女の敵は、既に戦う意思を捨てた。


 しかしルミエールは刃を向ける。


 だが、四つの両腕のそれは、どうでも良いと言わんばかりに背を向け、背中に白と黒の三対の翼を広げ、星皇が通った空に空いた穴を目指し飛んだ。


 その巨大な穴を通ると、星皇も、四つの両腕のそれも星空の向こう岸に消えてしまい、その穴は砕け散った硝子と共に、何事も無かったかの様に元に戻った。


 始めから、こんな戦いなんて無かったと言い張る様に。もう全て無意味だと、残酷にもルミエールに言い放つ様に。


 ルミエールは膝から崩れ嗚咽を零していた。


 雨が降っている。先程までの戦いで雨雲も吹き飛んでしまったのだろう。しかし元に戻ったことで雨雲が帰って来たのだ。


 決して強い雨では無い。霧雨だ。だからなのか、雨音は聞こえず、しかし霧の様に白く世界を閉ざした。


 ルミエールは、ふらりと立ち上がり、ふとカルロッタの方を見た。彼女は冷たい地面の上で寝転び、安らかに眠っている。


 ここで何が起こったのかなんて忘れてしまい、何時も通りの日常を抱き、まだ見ぬ世界に希望を抱く、最も愛らしい子。


 ルミエールは、そんなカルロッタに歩みを寄せた。


 それに、何も出来なかったシロークとフォリアが敏感に反応した。元に戻ったルミエールの銀の瞳を覗き、シロークは剣を、フォリアは杖を構え、ルミエールに向けた。


「……ルミエールさん、さっきの、何ですか」


 シロークが剣の柄を強く握り締めそう言った。


「……さっきのって、あの八つの腕の人のこと? あの戦いのこと?」

「……さっき、ルミエールさん、カルロッタを殺そうとしましたよね」


 ルミエールは決して答えない。表情を変えずに、シロークから目を逸らした。


 それにフォリアはこう言った。


「親衛隊隊長ルミエール、貴方は何と戦っているの。あれは……言い伝えられた、星皇の姿に似ている」

「……私が戦ってたのは……過去に絶望し未来に希望を抱かない、可哀想な人。過去に希望を抱き、未来に絶望した可哀想な人」

「それで何で、カルロッタを殺す必要があるの」

「……じゃあ貴方達が止めてくれるの?」


 ルミエールの問い掛けに、フォリアは固唾を呑み込んだ。


「何も出来なかった癖に、跪いて震えて剣も、杖も握れなかった癖に、それが出来なかったのに『カルロッタは助けて下さい』? 私だって……私だって、カルロッタの為にも戦ってたんだよ」


 ルミエールの言葉に怒りは無い。ただ、自己否定の言葉の繰り返し。


「……分かってるの。貴方達の所為じゃ無い。貴方達がどうしようと、結末は変わることは無い。だからこの憤りも、本当はどうでも良い。……最初から最後まで、全部、全部、私の責任だから」


 ルミエールは膝を付いて、手を地面に蹲った。そこから啜り泣く声が聞こえると、ルミエールはまだ言葉を続けた。


「けど……自分の所為にしたく無いの……私の所為で、彼がいなくなるなんて、認めたくないの……。……ごめんなさい……こんな私でごめんなさい……弱い私でごめんなさい……。……何も守れない私でごめんなさい……ごめんなさい……カルロッタ……ごめんなさい……」


 ルミエールは体を引き摺り、眠っているカルロッタを優しく左胸で抱き締めた。まるでその姿は――。


「ごめんなさい……カルロッタ……貴方に……こんな星の運命を背負わせて……ごめんなさい……」


 その姿は、子を想う母の様であった。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


惨敗……と言う程惨敗ではありませんが、まあ敗北ですね。


しかし希望は残っています。極めて敗北に近い勝利だったんですね。それはまた後の話で。ようやくブルーヴィー編が終わりました。


いやー長かった。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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