日記30 星王 ③
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「感じるかい? ルミエール君」
ジークムントは薄ら笑いを貼り付け、ルミエールにそう語り掛けた。
「カルロッタ君の声無き声を、ファルソ君の嘆きを。ここには全てが揃っている。星の王の器、聖なる星の御子、十二人の使徒、白百合の華、死者の蝶、魔皇の血族、そして、ルミエール君。君もその内の一つだ。そして僕も」
「私は必要無かったでしょ。私の役目はあくまでカルロッタとの共鳴だけ。それも星皇の呼び掛けで充分だった。違う?」
「ああ、その通り。しかし可哀想だとは思わないのかい?」
「……私は、そうしないとならない。……もうお喋りは終わり。そろそろ始めようか」
ジークムントは演説者の様に大袈裟に両腕を広げた。
「僕は君の敵でいるだろう。今はね」
彼の姿は、彼の師匠と酷似していた。白と黒が入り混じった髪、片方は金、片方は銀の瞳。
エーテルとルテーアは彼もしくは彼女を覆う様に巡り、ジークムントは笑みを深めた。
「策は既に整っている」
十二の星の輝きが空に浮かんだ。それを持つのは十二人の男女。フリーデン・アリウス教団の信者、と言うよりは構成員と表現するのが正しいだろう。そんな彼等彼女等が、示し合わせたかの様に空から一直線に落ちて来る。
その両手に抱えているのが、夜空の様に青く黒い硝子の球体で、その中に白色の太陽の様な強烈な輝きが七つあった。
十二人の男女は空でそれぞれ別れ、ルミエールからは遠く離れた場所に着地した。
「効果範囲に入ったことだろう、ルミエール君。君の体は、今信じられない程に動かせないはず」
ルミエールはジークムントを睨み付けながら、腕をぶらんと力無く垂らした。膝が今にも崩れそうな程に不安定に揺れ、ジークムントは効果があるのだと思い知った。
「立てるのかい。流石だね。この時の為に特別に作った一級品だと言うのに。ただ、もうそろそろ――」
ルミエールの体は、ふらりと揺れて前へ倒れ込む様に膝を崩した。
「そのまま、せめて邪魔をせずに倒れていてくれ。ルミエール君。僕の為にも、君の為にも」
その直後、ジークムントの視界はぐるりと変わった。一体何が起きたのか、この状況下ではルミエールは魔法も使えないと意気込んていたのだ。
「どうして、油断しちゃったの? 私を目の前にして、もう二回も負けてるのに」
ジークムントの首は切り落とされ、その頭部はルミエールに抱き抱えられていた。
何とも優しく、慈悲深く、幼い母性すらも感じる。ジークムントの体は、その神経を操る巨大な司令塔を失い力無く倒れた。
「私のこと、過小評価し過ぎじゃ無い? ねえ、ジークムント。気付いたかな、貴方の能力なら、あんな簡単な演技もすぐに分かるのに、何で分からなかったんだろうね」
ルミエールが一度ジークムントの頭部を優しく撫でると、それは針を刺した風船の様に破裂した。汚らわしくも撒き散らされた血液やらそれ以外の液体やら肉片やら、白い塊やらは清く穢れ無きルミエールの体に付着しない。
それ等全ては、その場で静止するのだ。そしてルミエールの合図と共に重力に従い下へ落ちて行く。
ジークムントの体は、踵を支点にゆらりと起き上がり、少しずつではあるが頭部の再生を始めた。しかし、やけに時間が掛かる所為か、彼もしくは彼女は首の辺りに口を作った。
それはしっかりと口の役割を果たしており、発声も可能であった。
「そうか、ああ、そうか。想定以上だ。と言うか作戦失敗の可能性まで出て来た。まさか、『固有魔法』が使えるとは……。……いやはや、君の強さには何度も驚かされる。けれど良かった。万全の為の準備を怠らなくて」
ジークムントの首元にある口は薄ら笑いを貼り付けた。
現在ルミエールの魔法操作は、フリーデン・アリウス教団が持ち込んだ魔道具によって通常の千四百四十京分の一にまで激減している。
そんな不安定な状況下において、彼女は魔力の温存、強いては効率の為に、"大罪人への恋心"の効果範囲を自身の心臓を基点に通常時には半径3mに制限した。
彼女の身体能力も著しく低下している。全力とは遠く、遠く離れている。それでも彼女は、ジークムントの目的は阻止しなくてはならない。
全ては、自分の為だ。これは、この行動は星皇の為では無い。
ジークムントこそが、ルミエールの隣から去ってしまった星皇の意思を遂行せんとする執行人である。ルミエールの今の立場から考えれば、彼女は反逆者の名が相応しい。
いや、今や五百年前に星の輝きを見て目を焼かれた星見の者達は、例外無く全員が星皇の意思を阻止せんとする反逆者である。
星皇の意思は、ルミエールにとって最悪の事態を引き起こす。故に彼女は、その執行人であるジークムントを止めなければならない。
「……彼は、元気そう?」
「僕には分かりかねないね」
「……そっか。分かった」
ジークムントが軽はずみに両手を叩くと、ルミエールは一気に走り出した。その次の瞬間には、ルミエールの背後から儚く白い女性の腕が彼女を抱き締め、そしてルミエールの後ろに何時の間にやら出来た水溜りに引き摺り込んだ。
次の視界は、水泡が上へと目指す水底からの景色だった。
ルミエールはその場で藻掻いた。腕を振り、足を動かした。しかし体は水底へと引かれる。
魔法が使えない。恐らくここは、そう言う場所なのだとルミエールは瞬時に理解した。汎ゆる攻撃意思の意味が無くなり、その行動は初めから無かったことにされる。ここはそう言う場所なのだ。
故に、ルミエールは抵抗を辞めた。その身を委ね、ただ小さく呼吸を始めた。こんな状況だと言うのに、まるでお気に入りの枕を頭にして眠ろうとしている様に、リラックスしていた。
その直後、ルミエールの視界はまた別の場所を写した。
薔薇の低木が実る小さな丘、その頂点に黒い髪の女性が呑気にアフタヌーンティーを楽しんでいた。絹糸で作られた彼女の服は上流階級を主張する丁重さが散りばめられていた。
女性の向かいには机を挟んでもう一席の椅子があり、しかし久しく座る人がいなかったのか座席の上には汚れが目立っていた。
黒い髪の女性はその銀色の瞳をルミエールに向けると、微笑みながら手を振った。
「初めまして。綺麗な髪と瞳だね。名前……は、別に良いよ。知ってるから。君も、私の名前を知ってるでしょ?」
ルミエールは、そんな女性の素振りにクスクスと笑っていた。そんなルミエールの姿に、女性は憂いの表情を一瞬浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「ルミエール、席にどうぞ。一緒にお茶でもしようか。お菓子もどうぞ」
「じゃあ遠慮無く」
ルミエールはもう一席の椅子の上にある汚れを手で払い、深く座り込んだ。
「……こうやって出会うのは、初めましてですね」
「そうだね。……相変わらず、美麗なまま」
「私は、貴方が求めてる人じゃ無い。貴方はここに引き籠もって、また出会えるのをずっと待っているだけ。けれど分かってるんでしょ? もう彼女はここに来ない」
「……分かってるよ」
「……気休めかも知れないけれど、彼女は人を愛して、魔法を学び、国を興した。貴方のことは忘れたけれど、銀色の輝きは未だに彼女の中で輝いている」
その言葉を聞いて、女性は隠しもしない悲哀の表情を見せた。
「そっか……。……幸せそう?」
「……分からない。けど、少なくとも、もう、一人じゃ無いよ」
「……ああ、良かった……」
ルミエールはケーキを一切れを取皿に乗せ、フォークで一口分切り取り口へ運んだ。
「……ここから、どうやって出られるの?」
「それをする意味が無いことくらい、もう分かってるでしょ? もう間に合わない。もう決まっている結末に、何故そこまで抗おうとするんだい? 賢い貴方なら――」
「結末は変わる。それ相応の行動を起こせば。そう言う世界になる様に、私達は、彼は、□■□君は、戦って来た。そして、そう言う世界になった。忌々しい意思には屈しない」
「忌々しくも、貴方は既に操り人形。決められたテキスト通りに動いている」
「なら、何でジークムントは私の力に驚愕していたの?」
女性は口を閉ざした。論破され納得したからでは無い。
「私を哀れな恋の操り人形だと揶揄する為には、私の体に糸が括られていないといけない。けれど貴方の目には、そんな儚い糸は見えないはず。もう分かってるはずです。使命はもう果たされた」
「……いいや、まだ、足りないんだよ。だからジークムントは足掻いている。だから私も動いている。だから私も、こうやって君と話している。全てはテキスト通りだ」
「私達は自由です。故に無垢で白痴でもある。選択は常に変化を齎し、変化は新たな可能性を産む。けれどその先は誰も知らない。故にテキストは決まらない。この会話は、貴方の選択でもある。そして私の選択でもある」
「最良の結末には辿り着けないかも知れないのに、選択をする意味は果たしてあると思う?」
「後退は最も簡単で、前進はその次に簡単、しかし停滞は最も難しい。私はそう思います」
「……それこそが、自由だと?」
「ええ、その選択を決める意思こそが、自由だと思います」
「……テキストに選択は存在しない」
「だから選択を私は作り出したんです。貴方に、私は選択を与えた。最も困難なことを今もしているのなら、選択は更に簡単なはずですよ」
「……君は、何でそこまで――。……いや、これを聞くのは野暮か……。……君が向かっている先は、君にとって最悪の結末だ。そしてそれは、変えることは出来ない」
女性は一口紅茶の波に唇を付け、飲みもせずにその温かみだけを感じていた。いや、鼻腔を擽るその香りを楽しんでいるのかも知れない。
「……自由、ああ、そうだ。君は自由だ。けれど、後悔無き選択は存在しない。そして最善も。最悪と中途半端な選択だけ。貴方が後悔していなくても、何時か選択を後悔する」
「けど、何もしないよりは良い。選択出来ない人は、何も出来ないまま灰になるんですから」
「……私はまだ、灰にならなくて良いと?」
「勿論」
「……自由は時として君を縛り付ける。選択は後悔しか無い。私はもう疲れてしまった。決めることに、疲れてしまった」
女性は紅茶を一気に飲み干した。
「……行って。……君の顔を見るだけでも、私の心が締め付けられるんだ……。あの人のことを思い出してしまうんだ……。……だから……もう私の前に現れないでくれ……。……その白色の髪も……その銀色の瞳も……私にとっては眩しいんだ……。……だから、もう、行ってくれ」
「……ありがとうございます」
「……さようなら、ルミエール。君のその選択が、その旅路の先に、君が笑顔になれる終点へ導くと、願っているよ」
ルミエールは走り出した。薔薇の花畑を通り過ぎ、流れを続けている河に辿り着くと、ルミエールは口と鼻を手で塞いで飛び込んだ。
不思議と息が出来る水中で目を開き、ルミエールは川底にある輝く穴に向かって泳いだ。
通り抜ければ、温かい日差しが差し込み、ルミエールは背の高い草の草原にやって来た。草叢を掻き分けると一匹の兎が現れた。
「そんなに急いで何処に行くんですかお客様」
「ちょっと急ぎの用事があるの」
「そうですか。良き旅になりますように、祈っています」
やがてルミエールは白く大きな門に辿り着いた。見上げても見上げても、頂上が見えない程に巨大な門。ルミエールはその先へ走った。
草の根一本も生えない岩肌の山の急斜面を勢い良く走り抜け、雪が降り積もる野原に辿り着いた。
ルミエールはその雪の中に飛び込み、その体を埋めた。そこからすぐに出ると、雪が降り積もる森の中にいた。
大きな黒い熊がルミエールに近付き、話し掛けた。
「寒いですか? 私の毛皮を貸しましょうか」
「ううん、大丈夫。ありがとう」
ルミエールは雪の上を駆け、巨木の前に立った。その大きな幹に触れると、それは二つに裂け、人が通れる隙間が出来た。
そこを抜け、次の場所は城の中であった。寂しげな廊下をルミエールは走り、一つの部屋の中に入り、そこにある鏡に触れると、鏡面は水面の様に揺らめいた。
そのまま水の壁を抜ける様に鏡を潜ると、そこはサーカスの終わったテントの中であった。ルミエールはそこからすぐに立ち去り、ピエロから渡された一輪の薔薇に息を吹き掛けた。
彼女の視界は赤く染まった。それが一枚一枚に散らばった薔薇の花弁だと分かるのに、僅かに時間を要した。
その花弁も風に吹かれ目の前から離れた頃、そこは向こうに青く澄み渡る海が見えた。黄金色に輝いていると錯覚する砂浜に足を踏み入れたルミエールは、誰もいないこんな所で笑っていた。
その笑顔の理由を知るのは、きっと誰もいない。
ルミエールは、先程までの走っていた足を止め、次にはのんびりと歩き出した。
漣の音と磯の香り。塩を含んだ風に白い髪を揺らし、その波に足を付けた。
すると、ルミエールの足の小指にヤドカリが歩いて来た。
「……お前、初対面か? どっかで会ったか?」
「ううん、初めまして」
「そうか。……だが、うーん? やっぱりオレ、お前と会ったことがあるぞ?」
ルミエールが海に視線を戻すと、もう一度笑った。
「海は、綺麗だね。全てを受け入れ、全てが流れ着き、そしてまた何処かに流れる。地面に埋めても、空に投げても、全てがやがて海の底に沈んで、何処かに流れる」
突然、ルミエールに大きな波が襲った。逃げもせずに、むしろ抱き締める様に、その波に飲み込まれた。
白い飛沫の隙間、金色の鱗を持つ鯖の姿が見えた。
ここは全てが行き着く場所、故に全てが底に溜まる。故に全てが何処かへ流れる。故に世界は巡り巡って何時か帰って来るのだ。産まれた場所に、死んだ場所に、そして愛した者の隣に――。
――ジークムントは、声無き声で祝福された穢れた詞を紡いでいた。
それを言葉に表すとこうなるだろう。
『主よ、偉大なる星よ。夜の果ての嘆きを聞き届けて下さい。我等穢れた聖火を称え、我等聖なる穢火を愚弄します。そしてそれは過ちだと言い張りましょう。燃え盛る氷と冷えた火を見た瞳は金もしくは銀に輝き、薄く被されたヴェールの先を見るでしょう。七つの聖母は未だに主を愛し、星に恋い焦がれているのです。私は貴方の八人目、故に聞き届けて下さい。貴方が微笑むと、皆が笑い、皆が泣くのです。哀れで傲慢な願事に心を傾けて下さい』
この先にも言葉は続く。そしてこの言葉の前にも言葉は続いている。最初は誰にも分からず、しかし終わりだけは存在する詞。それがこれだ。
ジークムントは完璧に頭部の再生を終わらせ、喉に作った口から発していた声無き声を止めた。代わりに再生した真実を語る虚構の口から声無き声を発し、星の皇の降臨を待ち侘びていた。
しかし次の瞬間に、ジークムントの開いた口を目掛けて刀が一直線に飛んで来た。音すらも置き去りにする速度のそれをジークムントが迎撃出来るはずも無く、その刀は舌を貫き口内を通り、後頭部まで貫いた。
「やっぱり、私のこと過小評価してない? 馬鹿にしてるの?」
ルミエールの小柄な手がジークムントの頭を鷲掴み、力任せに頭を地面に叩き付けた。
「過小評価してても、次の策とその次の策は怠らない。それが貴方の厄介な所。けど思うんだよ。なら最初から徹底的に、最大戦力で向かって来れば良いのにって」
ルミエールの目に四つの瞳が現れた。金色の瞳、銀色の瞳、黒色の瞳、そしてカルロッタの様な赤い瞳。
「それが貴方の弱点。失敗した時の策を考えることに集中し過ぎた結果、敵のことを想定以上に過小評価する。いや、失敗した時の策は考えてるから、有事の際の為の過大評価もしてるのか。そこの振れ幅が大きいんだよ。作戦って言うのはね、敵戦力の想定が極めて正確でありながらそれを迎撃する戦力を用意するのが実現可能かどうか、そして相手が不利な状況で自軍が有利な条件も揃える。それを事前に定めるのが作戦。貴方のこれは作戦と言うより、ぶっつけ本番で行き当たりばったりの軽はずみな行動。作戦とは口が裂けても言えない」
ジークムントはもう一度喉に口を作り出し、そこから声を出した。
「ご忠告感謝するよ。次の参考にしよう。そして謝罪しよう。僕は君のことを過小評価し過ぎた。そして僕の過大評価した君が、今の君だと想定しよう。君の言う通り、僕は万全を期し、次の策を怠らない。この想定外も、僕から言わして貰えば事前の想定内だ。既に、次の策は果たされた」
「……本当に、嫌になる。私も人のことは言えないか」
ルミエールはジークムントから刀を抜き、空を見上げた。直後、太陽の様な輝きと共に、それに見合う程の熱線がルミエールに降り注いだ。
しかし彼女は至って冷静に、刀を天に向けて一度だけ振り払った。
彼女がどれだけゆっくりと刀を振り払ったか、分かるだろうか。戦いの素人なら刀と言う狂気にたじろぎ、普段なら楽に手で止められる速度で相手が刀を振っていても身を避ける様に動くだろう。だが、そんな人でも手で止めようと試みる程にゆっくりと、緩慢に。
だが、その刃は太陽の輝きを切り伏せた。何事も、力は必要無いのだ。力むことだけが勝利の秘訣では無い。
適した場所に、適した力を、そしてそれを見極める五感こそがルミエールが知る強さの秘訣である。
「……来るっ」
一言を掻き消す様に、打撃音が鈍く大きく広がった。
隻腕の男性が、ルミエールの背後に現れ、彼女の右の脇腹に拳を直撃させたのだ。
ルミエールの小柄な体はその拳の衝撃に耐えられるはずも無く、軽々と左上の方へ吹き飛んだ。
何とか体勢を空中で戻したが、それを狙っていたかの様に獣の様な牙を見せる男性がその上に現れ黒く輝く焔を纏う剣を振り下ろした。
ルミエールはそれを刀で受け止めたが、酷く弱体化している彼女の体は、その衝撃によって彼女の体は地面へと向かった。
しかし牙を見せる男性が左腕をルミエールに翳すと、それに黒く罅割れた鎖が巻き付き、蛇の様にうねった。
それは勢い良く伸び、それはルミエールの小柄な体に力強く巻き付いた。
だがルミエールは逆にその鎖を掴み、思い切り引き寄せた。そのままぐるりと体を回し、逆に男性を地面に叩き付けた。
男性が地面に激突し、その次に完璧な姿勢でルミエールは着地した。しかし一瞬の内に牙を見せる男性と距離を詰められ、その男性の拳がルミエールの頭部に襲い掛かった。
次に、彼の剣が襲い掛かった。何時の間にか彼の左腕に巻き付いた鎖の、先端に括られた剣が半円を描く様に動き、ルミエールの背後に迫っているのだ。
ルミエールはせめて致命的な外傷だけは避けようと上半身を左へ動かしたが、その剣は彼女の太腿に深々と突き刺さった。
直後には黄金の焔がそこで爆ぜ、ルミエールの儚い脚が弾け飛んだ。体の全てが吹き飛ばされていないのは、彼なりの優しさだろうか。
しかしルミエールは、起き上がり逃げようとしているジークムントを睨み、一瞬で脚を再生させ一気に走り出した。
「『想起創造』"神仏妖魔存在"【荒覇吐】」
黒い帽子の女性が現れ、そう呟いた。黒い帽子の口から青い鱗の巨大な大蛇が這い出て来た。それの大きさは尾の先が見えない程だった。
それがルミエールの周りを広く大きく囲ったかと思えば、隻腕の男性が上空からルミエールを強襲した。
彼の右腕は、彼の体格を上回る赤い鱗を持つドラゴンの頭が現れていた。好戦的に、そして憤怒の表情を浮かべながら、敵を見詰めて威嚇の声を喉から発している。
見た目だけなら、何ともアンバランスで少しだけ間抜けに見える。しかしどうだろうか。その頭は更に形を変え、その肉を無理矢理縮め始めた。
やがてそれは、彼の右腕の形に落ち付いた。しかし彼の左腕よりも遥かに長く、床に指が付いている。そして赤い鱗を纏い、その隙間から輝く十二の瞳がぎょろぎょろと動いている。
掌には牙を生やす小さな口が出来ており、そこから唾液を垂らしている。
その赤い鱗が多い長い右腕の一つの口から稲光が轟き、その一閃がルミエールに向かった。しかしルミエールは自身の周囲2mに展開している"大罪人への恋心"の範囲を必要最低限に広げた。
つまり、不定形の生物が腕を伸ばす様に円を描いているそれの一部分だけを伸ばし、男性の右腕に触れさせたのだ。
稲光が消え、それに触れている右腕の箇所は消失した。しかし直後には『信仰』が発動し、右腕は再生した。
直後に右の掌底がルミエールの頭頂へ突き出されたが、彼女はそれを軋む体で何とか避け、両手で構えた刀の刃を上へ向け、振り上げた。
男性は左手を自分の体の左に向けると、大きな衝撃が発し、反作用で彼の体が右へ大きく飛んだ。つまり、ルミエールの刃は彼の皮を一枚切っただけになったのだ。
遂にルミエールは膝を崩し、刀を地面に突き刺し杖の様にもたれ掛かった。
その様子を見た男性は、もう戦う気も無いのか、胡座をかいて地面に座り込んだ。
「ま、あそこまでボッコボコにされてたらそうもなるだろ。もう疲れたろ?」
すると、男性の隣に赤髪の女性が現れた。赤髪の女性は両手に二段の弁当箱にしては大きめの箱を両手に抱え、一段ずつ地面に並べその蓋を外した。
一番上の箱にはサンドイッチが敷き詰められ、一番下の箱には小学生が喜びそうな揚げ物や嫌がりそうな旬野菜のサラダが色とりどりに詰められていた。
男性は長い右腕でサンドイッチを掴み、その長い腕に四苦八苦しながらも口に運び咀嚼した。
「おー美味い。しかし何時の間にこんな豪勢な弁当を……」
「一時間もあれば作れます」
「いや無理だろ一人でこの量は……皆で作ったのか?」
「ええ、皆で作りました。愛情たっぷりですよ」
「これ以上喰ったら胃もたれする」
「じゃあ破裂してでも掻き込んで下さい。私達の想いを無碍にするつもりですか?」
「分かってる分かってる」
ルミエールは唐突に始めた睦まじくじゃれ合ってイチャイチャしている二人を睨み付けた。
「そんな怖い顔するなよルミエール。雷撃って悪かったって」
男性はヘラヘラと笑ってそう言っていた。
「……こんな、状況でそこまで見せ付けるのは逆に尊敬するよ」
「お前はしないのか? ああ相手がいないんだったな。スマン」
「あーもうプッツン。絶対にぶん殴るし絶対にぶっ倒す」
「……お前も随分余裕だな……」
ルミエールはもう一度立ち上がった。
「……情け無いなぁ……本当に……自分でもそう思う」
彼女の傷は全て治っている。しかし、彼女の中に蓄積している疲労と困憊は消えていないのだ。それは息や、佇まいで簡単に分かる。ルミエールはそれを隠そうともしない。
「こんなことで負けそうになってる自分に……いや、もう負けてるか。……あぁ……本当に、嫌だなぁ……。これじゃジークムントと同じ。ぶっつけ本番の行き当たりばったりの軽はずみな行動」
「……変だな。妙に闘志が漲っている。それが敗北を悟った女の目か?」
「……いや、敗北。私の負け。私だけなら負けてるし、私だけだったから負けちゃった。けど、何としてでも、私の目的は果たす」
男性は思わず立ち上がった。ついでに弁当箱に詰められている唐揚げを一つ右手で掴み、口に放り込んだ。
「聞いてるんでしょ? □□□」
その名前を呼んだ瞬間、ルミエールの背に狐の面を被る白い髪の女性が現れた。彼女は黒い羽虫を従える女性であった。
ルミエールはその女性と向かい合った。故に分かることがある。双子の様に背丈が全く同じなのだ。
ルミエールは微笑み、そして僅かに左目に涙を浮かべていた。
「……私が、救いたかった。私一人で……。また笑って、また笑顔になって、私の隣にいて欲しかった。……けど、無理だった」
女性は何も答えない。静かにルミエールの言葉を受け入れているだけ。
「……私は、彼の全てを受け止められなかった。それを知ろうともしなかった。彼は、まだあんな所にいたのに、ずっと、逃げられもせずに、ずっと……」
ルミエールの左の目に浮かんでいる涙が、頬を伝って顎下に落ちた。
「何度も、思うことがあるの。あの時の選択は、本当に良かったのかなって。……あのまま、全部を捨てて、逃げ出していれば……また違う幸せがあったんじゃ無いかなって……思うんだ」
耐えられなくなった涙は溢れんばかりに落ち続け、ルミエールはまるで赤子の様に涙を零していた。
隻腕の男性、今は隻腕では無いが、男性は異常を予知して動き出した。しかしその拳はルミエールに向かう前に止められることになる。
狐の面を被った隻腕の女性的な男性が、その拳を刀で阻んだのだ。その刃で拳を傷付けることは無かったが、止めることなら充分だった。
「貴様……!」
「邪魔はさせない、狂犬が」
「てめぇはただの犬っころだろうが!」
「首輪を付けられた駄犬はどっちだ」
「首輪を食い破るのが俺達□■□だ! そして、あの目論見も阻止するのが俺達だ!」
「……そうか、お前、そう演じてるだけか」
隻腕の男性は少しだけ驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んだ。その微笑みにどんな意味があるのかは、決して誰も口にしない。
ルミエールは涙を拭い、女性に語り掛けた。
「手を繋いで一緒に道を歩けば良かった。……けど……ずっとあんな所にいて……まだ縛られて……歩けなくて……逃げられなくて……手を離して……。……だから、お願い」
女性は、何も答えない。
「……私は、彼をまだ救えていない。……彼を、救いたいの。だからお願い……彼を、見捨てないであげて……。彼を、これ以上泣き虫にさせないで」
女性は、深く息を吸い込んだ。そして、決意めいた表情をすると、その狐の面を外した。
その容姿は、ルミエールに非常に似通っていた、と言うか同じと断言出来る程に瓜二つだった。
そしてその女性は銀色の瞳でルミエールを見詰め、何とも冷たい表情を浮かべていた。しかし涙を拭ったルミエールの瞳に、彼女は温かい笑みを浮かべた。
ルミエールの額と自分の額を合わせ、まるで子供をあやす様に、そして甘やかす様に、頬に触れた。
「……貴方は、何を見て来たの?」
辛い言葉では無い。柔らかく、そして温かい言葉。彼女は初めてルミエールに語り掛けた。
「五百年近く、貴方は……。……ずっと……恋い焦がれて、泣いちゃったんだね」
「……ずっと、怖かった。……私、私は……。……彼が、私の隣にいなくなって、消えてしまって、全部……。……怖かったの」
「……想像出来ないや。……けど、そうだね……。……うん、分かった。ルミエール、助けてあげる。だから、絶対、絶対にだよ?」
「分かってる。……必ず、彼を救ってみせる」
「うん、良く言えました」
もう一度溢れたルミエールの涙を女性が手で拭うと、その手を思い切り振るった。直後、女性の拳に黒い羽虫の様な物が群がり、それは更に増え続ける。
「ルミエール、どれくらい時間があれば良い?」
「一分もあれば……一人で何とか出来るよ」
「私達だって強い訳じゃ無い。けどそれくらいなら、多分大丈夫」
「それからは大丈夫。貴方達には関係の無い戦いになるだろうから。巻き込む訳にはいかないよ」
「……この世界は、貴方の世界。そして、星王の世界。関係無い私達が関与する訳にはいかないね」
ルミエールはクスクスと笑い、それにつられて女性もクスクスと笑った。
しかしその直後には全く同じ戦いに赴く表情に固まった。
直後、隻腕の男性の背後に狐の面の金髪の女性が現れた。意識はすっかりルミエールに、そしてそこへ行かせようとしない女性的な男性との交戦に全て注がれていた為、唐突な彼女の出現に驚きを隠せなかった。
金髪の女性の手にはナイフが握られており、その刃が彼の脇腹に刺さった、かと思われたが、その刃は彼の強固な肉に比べれば脆く、音と立てて崩れてしまった。
その直後には赤髪の女性が素早く金髪の女性の顔面にハイキックを入れ込んだ。直撃だった。しかし金髪の女性は意に介すことは無く数歩後ろへ素早く下がった。
突如として金髪の女性の背後に世界の歪みが作り出され、その歪みは隻腕の男性の前に繋がっており、そこから金髪の女性と、彼女と手を繋ぐ狐の面を被る黒髪の着物の女性が現れた。
「この二人は私達に任せて」
金髪の女性は女性的な男性に親しい笑顔を見せながらそう言った。
「……大丈夫か?」
「貴方に心配される程、弱く見える?」
「……□□□□□は、心配無い。ただ――」
彼は、ちらりと黒髪の着物の女性に目を向けた。
「大丈夫、もう、二度とあんなことにはさせないわ」
「……そうか。信じよう」
女性的な男性が思い切り刀を振るうと、青い鱗の蛇の太い胴体が一刀両断された。無論、刃は大蛇から遠く離れている。
斬撃でも飛ばしたのか、はたまた――そんな予想すらも許さぬ様に、大蛇は赤く燃え上がった。
異常を察した牙を見せる男性は、黒い翼を伸ばし、上空へと飛び立った。一瞥してある程度の事情を察したのか、立ち止まっているルミエールを狙って両手を向けた。
そこから放たれた黄金の焔は一点に圧縮し、まるで一筋の光の様に、空気すらも燃やしながら勢い良く直進した。
すると、女性的な男性が持っている刀を凍り付いた地面に突き刺し、その右手を襲い掛かる焔に向けた。
直後には、澄み切った水の膜が空を覆った。それは湖の中から水面を見上げている様であり、飛沫の一つも立てない凪の静けさを奏でていた。
黄金の焔がその水の膜すらも焼き尽くそうと一直線に向かったが、直撃と同時に熱がどんどん失われていき、やがてその輝きを保てなくなり霧散した。
すると、女性的な男性の足元に世界の歪みが作られた。彼の体は刀と共にその歪みへ落ちて行き、そこと繋がっていたのは、牙を見せる男性の更に上であった。
女性的な男性は彼の背中を両足で踏み付け、共に歪みを潜り抜けた刀を握り、それを思い切り振り下ろした。
だがその刃は、牙を見せる男性の左腕に巻き付いた鎖によって阻まれた。
牙を見せる男性は視線を後ろに向け、その凶暴性の象徴である牙を見せ付ける様に笑った。
「よお、怪物。裏切ったのか?」
「裏切った? 何だお前、俺達のことを仲間だと思ってたのか」
「何だお前、普通に喋れるのか」
「当たり前だ」
女性的な男性の足底が思い切り爆ぜ、牙を見せる男性は地面に叩き付けられた。
そして、自由落下を続ける女性的な男性は両腕両脚を大きく広げ、まるで猫の様に着地した。
「ふぅぅ……セーーフ」
すぐに立ち上がると、牙を見せる男性が一瞬で間合いを詰め、黒い剣で襲い掛かった。女性的な男性はすぐに刀を構え、その剣を受け止めた。
「裏切ったのか、って聞いたよな」
「ああ、そうだな」
「俺達にも目的がある。行先が同じってだけさ。それに、こっちの方が面白いと思わないか?」
「……成程、そう言うことか。なら、相手してやろう、怪物め」
「怪物? 違うね、俺は悪魔だ」
女性的な男性は腰に力を溜め、右足を上げた。そのまま足底を突き出し、牙を見せる男性を蹴り飛ばした。
そして、女性的な男性は柄を口で支え、右手で狐の面を外した。顕になった美しい顔の片目を隠す眼帯すらも外し、閉ざした瞼を開いた。
そこには、銀に輝く瞳と、黒い瞳と、真っ赤な瞳の三つがあった。
その間、黒い帽子の女性はルミエールと会話をしていた女性と対峙していた。ルミエールの下へ行こうにも、彼女が道を妨げるのだ。
「いやー、君とは仲良くしたいんだけどねぇ。……敵として立ちはだかるつもりかい?」
黒い帽子の女性が脅す様に低い声でそう言った。しかし白い髪の女性はあっけらかんと答えた。
「敵? まさか。貴方の味方でもあるし、目的が同じだからこうやって敵として立ちはだかってるの」
「そうか、じゃあこれが終わったら、それを作り出した理論を教えてくれ」
「勿論、代わりに魔法現象について教えて下さいね?」
そして、隻腕の男性と赤髪の女性に対峙する、金髪の女性と黒髪の着物の女性、その四人は数秒の間沈黙が続いていた。
先に口を開いたのは隻腕の男性だった。
「……お前……ひょっとして、初めからこうするつもりだったのか?」
それに答えたのは金髪の女性だった。
「さあ、どうかしらね。私達が隠れていたのは、彼女の指示。彼女がどうするつもりだったかは分からないけれど……助けるつもりではあったんじゃ無いかしら」
「……愛するを強いる、全く、恐ろしい力だ。ルミエールめ、作戦なんて無いと言っておきながら、さてはこれを前提に戦いを続けていたな……?」
「さあ、それも私が知ってることじゃ無いわ」
すると、彼女の隣にいる着物の女性が、手話で会話を試みた。それを翻訳するとこうなるだろう。
(テキストが変わった。いや、もしかしたら、初めから無かったのかも)
「本当に?」
金髪の女性はそう聞いた。
(分からない。けれど、世界は初めから無かったかの様に流れている。分岐された未来が統合された箇所に集まる集合した意識によって観測され、やがてその多くが不確定な情報で構築された不完全な未来予知と解明に移り始めている。けれどその存在が同等であるには結び目が緩い。まだ意識が足らず、同一的な認識とそれに伴う集団的な幻覚が不明瞭。まず絶対的な意識が少なく、それに比例する様に同一的な認識も無い。けれど、良い傾向だけはある。この世界が存続する限り、分岐された未来はより強固に結び付き、汎ゆる秘密が補強され、解明され、そしてまた秘密が箱に封じられる)
「……そう、分かったわ。■■、戦える?」
(新しい脚で、走ってみたいの。思い切り、あの時みたいに、五年前みたいに、走ってみたいの。お願い)
「……分かったわ。けど、無茶はしないでね?」
すると、着物の女性は金髪の女性の頭の後ろに手を回し、彼女の狐の面を外した。顕になった綺麗な金髪の女性の顔を優しく撫で、微笑んだ。
そして、金髪の女性も着物の女性の狐の面を外してあげた。女性的な男性とは逆の目に眼帯を付けており、彼女はそれも外してあげた。
その目には四つの瞳がある。金色、銀色、黒色、そして赤色の瞳である。
そして、金髪の女性は、自分よりも背が高い着物の女性の頬に唇を重ねた。
「さあ、やりましょう。友人達の為に」
(任せたわよ、私のたった一人の親友)
「任されたわ。私の、たった一人の親友」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
薄衣の少女は女性を傷付けたく無いので勝手に帰りました。ついでに、あの子は男の子です。ロリでは無くショタです。
まあ、少女って書いた私が悪いですねこれは……(´Д⊂ヽ
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