日記30 星王 ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「うぉぉぉおおぉぉぉ! 人間必死になりゃ何とかなるなぁぁ!! 死ぬ! 死ぬぅ!!」
エルナンドは、降り掛かる魔力の塊の雨霰から、全速力で逃げていた。
ファルソにある程度治して貰ったとは言え、彼の両足は未だに大きな傷を負っている。それでも走れるのは、気合だとしか言えないだろう。
彼が逃げているのは、そのファルソであった。だが彼の姿は、異形の姿へと変わっていた。
彼には、三つの両腕があった。三つの両腕は子供らしく小さく短い幼稚な物で、一つの両腕は聖を象徴し、一つの両腕は魔を象徴し、一つの両腕は星を象徴する。
その髪は白と黒が入り混じり、その左目には銀色の瞳と黒色の瞳、その右目には金色の瞳と黒色の瞳である。
彼女は母からの愛を求めていた。彼は父からの愛を求めていた。
故に泣いていた。故に嘆いていた。故に叫んでいた。
彼もしくは彼女は、その三つの両腕で自分を抱き締めた。
腕が増えた所為なのか、彼もしくは彼女の上半身の服は破り捨てられていた。
「さぁてどうするか……」
いや、本当にどうしよっかなぁ……! 運悪く死にそうだよなぁ……! ちょっとまだ戦える体はしてないしよ……!
まず何であんな暴走してんだよ! 何だよあの姿! 多腕系の魔人じゃ無かっただろあいつ! 魔人族だろ!?
魔人族の中にはそんな奴もいるのか!? そんな訳ねぇよなぁ!!
「……だぁぁ! やっぱりうじうじ考えるのは合わねぇよ俺には! 婆ちゃんがどんだけ頭ぶっ叩いても良くならねぇんだからもう無理だ! うん! あいつは仲間! だから助ける! 良し簡単だ!」
エルナンドは、痛む足に力を込めた。勿論足には激痛が走る。
しかし、どうせ長く走れない程の怪我なのだ。それなら、自分の心に従い、使い潰してでも人を助ける為に使った。
降り注ぐ魔力の塊、それはエーテルとルテーア、相反する力が奇妙にも結び付いているのだ。例えカルロッタでも、そんな現象を目にすれば、首を傾げるだろう。しかし、ルミエール達は納得するのかも知れない。
彼、もしくは彼女は、その手を合わせた。それと同時に、遥か高みまで飛んでいる彼もしくは彼女に手を伸ばしながら、エルナンドは跳躍した。
しかし、その直後、エルナンドの体は地面に倒れ伏した。とんでも無い衝撃が降り掛かった訳でも無く、距離が足りずに落ちて来た訳でも無い。
もっと、もっと別の力だ。エルナンドには認知することも出来ずに、指先の動きすらも動かせない程の、未知の攻撃。
エルナンドは自分の中に駆け巡る血流が重く、そして遅くなっていることを感じていた。その所為なのか、エルナンドはそこまでの頭脳を持っていなかったから分からないが、気が遠くなって行く感覚も感じていた。
しかし、エルナンドは立ち上がった。足に血液が一気に流れる気配がある。ほぼ血が止まったと言うのに、その傷から多くの血が飛び散った。
「……クソが……! クソがクソがクソが!! 本気でやるぞこのクソ野郎!! どうなっても知らねぇぞ!! 元に戻った後に文句言うなよ!」
彼の心中にあるのは、何方かと言えば、怒りであった。
エルナンドの髪の一束が黒く染まり、その片方の瞳が金色に輝いた。
そして、エルナンドは無意識的に魔法を使った。いや、魔法では無い。それは、リータ教において伝えられる、終末において起こる聖戦にて悪魔が使うとされる不浄魔法である。
不浄魔法は聖浄魔法と同じ、それは魔力を扱わない為本来魔法とは呼べない物だ。不浄魔法は悪魔が扱うルテーアを使う術であり、本来人間が扱ってはならない。それは大罪を意味する。
エルナンドは重い体で、それから想像も出来ない程に軽々しく跳躍した。足が地面から離れたと同時に無垢金色の爆発が起こり、更に上へと飛んだ。
ファルソの更に上、更に上、そこにエルナンドはいた。
「もっかい言うが、後で文句言うなよ」
体を捻り、エルナンドの踵はファルソの頭上に思い切り落とされた。本来なら、子供の頭蓋は容易く粉砕し、最悪の場合ファルソが死ぬ。
しかし、エルナンドの蹴りはファルソに届いていない。その寸前で、エルナンドの足は動きを止めている。
エルナンドには魔法が分からない。分からないから剣の道に進んだとも言える。そんな彼でも、大きな違和感を覚えるこの、ファルソの魔法。
彼もしくは彼女は、一つの右手をエルナンドに向けた。そして、確かな言葉でこう言った。
『"紐を解く手"』
エルナンドはすぐに上体を横に捻った。何も向かって来てはいない。何も起こってはいない。しかし、避けなければならない何かが、向かって来ていることだけは勘で理解した。
そして、その勘は見事に的中した。ファルソがその右手を閉じて、糸を引く様に動かすと、エルナンドの脇腹の下、そこが紐を解く様に消失した。
破壊されたのでは無い。消えたのだ。消失したのだ。
身を捻らなければ、恐らくそれは腹の上、胸の中心辺りが消失しただろう。エルナンドの直感は見事に的中したと言える。
その瞬間、ファルソの姿が消えた。
エルナンドは確かに、その目でファルソを捉えていた。次の行動を注意深く観察していた。とんでも無いスピードで動いたとしても、その残像程度は見えるはずだ。
しかし、エルナンドは何も見ていない。一瞬の内に、彼もしくは彼女は消えたのだ。
ファルソは、エルナンドの背後にいた。一つの両手でエルナンドの首を優しく包み、一つの両手でエルナンドの顔を包み、一つの両手はファルソの前髪を掻き上げた。
ファルソはエルナンドの顔をじっと見詰めると、彼もしくは彼女は涙を流した。
『……貴方じゃ……無い……。……英霊卿よ……』
エルナンドはファルソに恐怖した。彼もしくは彼女の容姿は、未だ幼く子供らしい。
しかし、恐ろしいのだ。怖いのでは無い。こんなに、異常な姿形をしていると言うのに、エルナンドは彼もしくは彼女を愛おしく思うのだ。
故に、恐怖した。
ファルソの掌に魔力、そしてエーテルとルテーアが集束した。そこに僅かな殺意が混じった。
直後、ファルソの体は吹き飛んだ。エルナンドの体を掴み、マンフレートがファルソを殴ったのだ。マンフレートの"力の男"が発動し、その衝撃がもう一度発生し、また大きく吹き飛ばした。
「無事かエルナンド!」
「……あ、あぁ……! 助かった!」
マンフレートは着地すると、ファルソの攻撃意思はマンフレートへと変わった。
ファルソの三つの左手が上を向くと、月の光明の様なエーテルとルテーアが混じった矢が降り注いだ。
その矢がマンフレートにまで届く直前、その前に宝石が現れた。それは高貴に美しき輝き、その矢を防ぐ防護魔法を作り出した。
直後、ファルソの背後に蒼い焔が燃え盛った。次の瞬間にはドミトリーが現れ、ファルソの背に拳を叩き込み、蒼焔を爆発させた。
マンフレートとエルナンドの方へアレクサンドラが駆け寄り、エルナンドの怪我に宝石で強化した。
「何が起こったんですか! 何ですかあのファルソ様の見た目は!」
「知らねぇ! 何か空が光ったと思えば、急にああなってたんだよ!」
二人の会話が終わる頃、ドミトリーの老体が地面に激突した。
「……あれは、駄目ですね。強過ぎる。……そして、あの見た目……まさか」
「心当たりがあるのかドミトリー?」
マンフレートはドミトリーの含みのある言い方にそう聞いた。
「……まあ、もう皆さんファルソさんが何となーく、星皇ウヴアナール=イルセグの子だと察しているとは思うのですが……」
「……そうだな。まだ信じるに値はしないが……」
「彼の今の状況、少々星皇に似通っているのです」
「ああ、四つの両腕か。しかしあれはあくまで比喩表現であったはずだろう? それに、ファルソの両腕は三つだ。一つ足りない」
「ええ、それは勿論。しかし容姿だけではありません」
ドミトリーは立ち上がり、凍った土を手で払いながら言葉を続けた。
「嘗ての星皇はエーテルとルテーア、その両方を扱ったと言います。本来相反するそれを扱い杖を振るったと言われています。……今の彼は、それを行っています。何よりも美しく、何よりも穢れている力、彼はそれを扱っています。……ですが、それ以上に奇妙なのは、あの瞳……」
ドミトリーの疑問が解消することは無く、ファルソの魔法による猛攻によってそれを考える暇は無くなった。
「語っている暇はありませんか……!」
ドミトリーは向かって来るファルソの魔法に杖を向け、その蒼い焔を放った。
そして、四人は見た。虹が見えるのだ。
それ事態は特におかしなことは無い。確かに虹が見える様な天気では無いが、虹は確かに珍しいが、こんな状況で目を見張る物では無い。
しかし、虹はファルソを包んでいる。虹は、彼もしくは彼女を祝福している。彼女もしくは彼を呪っている。
太陽の光は七つに別れ、月の輝きは七つに別れ、彼もしくは彼女は、もしくは彼女もしくは彼は、それに愛を感じている。
父の愛か、母の愛か、それは定かでは無いが、確かに彼もしくは彼女はそれに笑っていた。
虹は円環を示し、そして魔皇の息子もしくは娘である皇魔卿に従う。太陽と月の星の輝きを持つ彼もしくは彼女こそが、太陽と月の星の器である煌美卿なのである。
『……蒼霊卿……装鎧卿……そして、宝希卿まで……。…………しかし、貴方じゃ無い……。貴方達では無い……。私が探しているのは、貴方達では無い……。……十二人、それはもう集まってしまった。……ああ……全ては……。新たな星王の誕生の為に』
太陽は昇り、そして月が輝いた。真昼の様な暗さと真夜の様な明るさの空もしくは地は、まるで芸術家が晩年に描いた絵の様に穢らわしく、まるで野犬が貪り食った貧民街の赤子の残骸の様に美しかった。
虹は決して彼もしくは彼女を裏切らない。それは母もしくは父の愛なのだから。
直後、ファルソの胸に銀の剣が貫いた。次の瞬間にはヴィットーリオが二つの剣を振るい、ファルソに斬り掛かった。
しかしその刃は寸前で静止し、じわりじわりと触れてもいないのに押し返され、更に強い力でヴィットーリオの体は吹き飛ばされた。
すると、少し向こうでファルソに杖を向けていたアルフレッドがヴィットーリオに向け杖を振ると、ヴィットーリオの周りに銀の布が現れ、彼を包み込んだ。
ファルソはアルフレッドを一瞥し、その後にヴィットーリオを見た。
しかし、興味が無いと言わんばかりに息を吐き、三つもある両腕の一つを天に向けた。
『……さあ、輝きを。星の輝きを』
彼もしくは彼女は三つもある両腕の一つを地に向けた。もう一つの両腕の手は自分の頬に触れ、その温かみに涙していた。
『白銀衛星』
それは、白銀に輝く月であった。青薔薇に匹敵するであろう冷気と凍気は、それに視線を向けるだけが眼球が凍り付きそうになる程であった。
それを、アルフレッドは知っている。それを、ヴィットーリオは知っている。
「全員! 全力で防御術式を発動せよ!! 死ぬ気でやらなければ死ぬぞ!!」
ヴィットーリオはそう叫んだ。それと同時に、魔法使いは前方に自身が扱える最大限の防護魔法を作り出した。
しかし、その強固な壁すらも罅を走らせる冷気。あの白銀の月は、まだこの壁に激突もしていないと言うのに、既に崩壊寸前であった。
ファルソは頬に触れていた一つの両腕を振り下げると、その白銀の月は冷気を伴い向かって来た。
あっと言う間に壁は跡形も無く散り、その凍気が皆を凍り付かせる寸前、白銀の月は二つに両断された。
「『固有魔法』」
凍り付いた空気に響いたのは、ソーマの声。
複数の魔法陣が彼の周囲に現れ、やがてそれは互いに影響し合い、一つの世界を作り出した。
「状況説明を頼む」
大聖堂の様に美しい世界の中で、ソーマはそう言った。それに答えたのはエルナンドだった。
「突然流れ星か何かが流れたと思えば……急にああなって……」
「……何か、言っていたか?」
「『貴方じゃ無い』とか……俺のことを英霊卿って……言って、ました」
「……そうか。……もう、確定か。あいつは、星王の子供だ。疑う余地は存在し無い。……報告感謝する」
その次には、ヴィットーリオが声を出した。
「現状、恐らく彼は本能的に動いている物だと、思っていたのですが……」
「本能的に動いているにしては、余りにも理性的。そうだろ? お前の勘は当たってる。あれは恐らく、ファルソの中にいるのは別人だ。……父親、いや、母親の方か」
ファルソは作り上げられたソーマの世界を一望し、懐かしむ様な目でソーマに視線を向けた。
『……お久し振りですね、ソーマ・トリイ……』
「そうだな。……しかし、そうか。母親がいるとすれば、まあ、そうだろうなとは思っていたが」
『……この子を見た時から……それは予見していたことでしょう……?』
「……信じたくは無かった。それが本心だ」
『そうでしょうね……貴方は、本当に星王のことを信じ、そして……理解していましたから』
「ルミエール程じゃ無いがな。……あいつは、変わったのか? 俺が知ってるあいつは、結構義理堅く聖母達の立場にも若干批判的だったはずだが」
『……この、忌々しい今の様な場所で、それを答えることは出来ません……。……ただ……そうですね』
ファルソは、涙を流していた。
『少なくとも、父は……この子のことを、愛しておられます……』
ファルソの三つの両腕が動き、まるで天に祈る様に手を組むと、ファルソの背から白い翼と黒い翼が現れた。
「最後に一つ聞きたい。どうやってファルソを産んだ。ファルソは産まれるはずの無い子供だ。産まれてはならない子だ。どうやって産んだ」
『……それに関する返答は、許されておりません……』
「……そうか。残念だ」
やがてファルソはその手を離すと、三つの両腕を大きく広げた。
「おっと、魔法は使うな。まず使えないだろ」
『必要ありません』
三つの両手の手首を合わせ、その六つの手を開いた。
『"獣の咆哮"』
六つの手から放たれた一つの獣の戯言は、たった一人のソーマの体を吹き飛ばした。
ソーマの右の頬に獣の烙印が刻まれたが、彼がその烙印を撫でると、白い輝きと共にそれは火傷に隠され、そして綺麗に火傷痕は治った。
「ヴィットーリオ、研修生を連れて逃げろ。時間稼ぎは何とかする。『固有魔法』を一瞬だけ崩壊させる。その隙に逃げろ」
「了解」
ヴィットーリオは剣を鞘に納め、もう動くことの出来ないエルナンドを抱え、『固有魔法』の外側を指差した。それと同時にドミトリー、マンフレート、そしてアレクサンドラは走り出した。殿はヴィットーリオである。
五人が『固有魔法』の端に到達した直後に、ソーマは意図的に『固有魔法』を崩壊させた。走り続けていた五人が先程まで結界に阻まれていた外側へ足を踏み入れたと同時に、『固有魔法』は再度展開された。
「さて、邪魔者はいなくなった」
ソーマは深い笑みを浮かべ、星に祈った。いや、祈りは彼には似合わない。
故にそれは、呼び掛けていると表現した方が近いだろう。声無き声で、星の光に呼び掛けた。
星皇宮、その奥に鎮座する玉座の間。不死鳥は最早息絶え、灰となったその玉座。その前に並んでいる十二の剣。その一つが風に包まれた。
その剣の剣身には、星の座が描かれていた。しかしこの世界には浮かんでいないであろう星の座。およそ百二十の輝きを発するその剣は、今やソーマの手の中にある。
国宝十二星座、その内の一つ、双子座。ソーマの手にあるその星々の輝きは、姿を変えた。
剣は二つに割れ、片刃の双剣に変わった。一本は黄金の太陽の輝きを発し、一本は白銀の月の輝きを発している。
「『固有魔法』」
その言葉は、少々信じ難い物であった。『固有魔法』は一人に一つの世界。それに例外は存在するはずが無いのだ。
それは、『固有魔法』とは当人の人生であるからだ。一人が歩む人生は一つだけである。それは当たり前だ。
一人で二つの世界を持つのは、それこそ二つの人生を歩まない限りあり得ない。
「"天香香穂位宮大社"」
木造建築の中だろうか。そこは畳が何十枚も敷かれ、何処か神聖さを感じる。
その世界は"我君臨せし大聖堂"と混ざり合い、一つの世界へとなった。
その瞬間、ソーマは銀の剣を掲げると、彼の胸の辺りから、服を突き破り肉の塊が膨らみ、別れた。それは瞬時に人の形に成形され、瞼を開けた。
それはソーマと良く似た人間であった。しかしその容姿、体型は至って女性的な物であり、ソーマと比べて少々背丈が低い。
女性は銀色の瞳を輝かせており、真っ白の長髪を靡かせていた。
その女性は魔力で糸を編み、そして服を作り、それを体に纏った。ソーマのそれと非常に似通っているが、真っ白な色であり、最後に帽子を作りそれを深く被った。
女性は凍り付いている地面に触れると、その氷が溶けて水となり、女性の手に集まった。力強くその水を握ったと思えば、それは思い切り伸び、凍り付いて細い氷柱となった。それは女性にとっての杖である。
瞬間、女性は転移魔法をソーマに向けて発動させた。次の瞬間には、ソーマの体はファルソの背後へと現れ、その双剣を振るった。
しかし、双剣はファルソの寸前で静止した。
それと同時に女性がファルソに向けて杖を振り下ろすと、ファルソの体は思い切り地面へ向かって落下した。
ソーマは双剣を逆手に持ち、地面に落下したファルソに突き刺そうと振り下ろした。今度は静止すること無く、その刃はファルソを貫いた。
「じっとしててくれ。お願いだ。俺だってこんなことしたくないんだ。残念に思ってるんだ」
『……ええ、残念です』
ファルソの一つの両腕がソーマに向いたかと思えば、そこに燃え盛る氷が輝き、そして放たれた。
ソーマに直撃する直前、女性はソーマを転移魔法で自分の隣に移動させた。
ファルソは白と黒の翼を大きく広げ、三つの両腕を思い切り振るった。四つの四隅から強い風がびゅうびゅうと吹いたかと思えば、彼もしくは彼女の体はふわりと宙へ舞った。
現状、ファルソは魔法を発動することが出来ない。"我君臨せし大聖堂"の効果は、全ての魔法の容量さえも操作する。
当たり前だが、魔法術式には魔力を込められる限界がある。"我君臨せし大聖堂"はそれを理論上無限に増大させることが出来る。
その増大は二倍や三倍どころでは無い。ソーマが行える現実的な倍率は、百四十四万倍である。
無論、魔力消費量もそれに比例する。しかし、それすらもソーマにとっては些細な問題である。
そして、それは相手の魔法にも影響を与える。殆ど無力化することも可能だ。
『……話してくれましたね、ソーマ・トリイ。貴方の力のことを……それと同時に……弱点も』
「話した? 五百年前同じ体に入った仲だからだろ」
直後、ファルソの影が一つ、二つと増えていく。三つ四つとどんどん群がった結果、百四十四体まで増えたファルソの偽者が現れた。
そう、ファルソの魔法である"偽物"である。しかし、それはあくまで魔法。ソーマの『固有魔法』によりそれの発動にはより多くの魔力が必要であり、発動すらも困難になるはず。
それを、百以上作り出す。
ファルソの偽者は何時もの彼の容姿であり、その杖をソーマと女性に向けた。
『やはりこの子は……父の血を良く受け継いでいる……』
ファルソが三つの両腕の内の一番下の右腕を払うと、同時にファルソの偽者達はソーマに向けて魔法を放った。
いや、魔法では無い。それはエーテルやルテーアを扱っている聖浄魔法や不浄魔法に近い物である。
すると、女性が杖を僅かに振り上げると、僅かばかりの振動が地面を伝った。
女性の背後に現れたのは、真っ白な大蛇であり、その巨大な口を大きく開き、ファルソの偽者の大群を睨んだ。
大蛇の大きさは目で収められず、尻尾の先すらも見えない。大蛇がその巨躯を大きくうねらせ、ファルソの大群から放たれる無数のエーテルとルテーアの塊を薙ぎ払った。
女性は大きく杖を振ると、何十倍にも魔力が込められたそれぞれの属性魔法がファルソに向けて何十と放たれた。
ファルソは翼を大きく羽撃かせ、それを素早く避けた。しかし、女性の転移魔法によってソーマはファルソのすぐ上に現れた。
ソーマの体には、ルテーアを主とする輝きに満ち溢れていた。神の祝福か、はたまたそんなことも眉唾か。その輝きは神が現れるよりも前からある原初の一つである。
輝きは星の輝きと呼応し、更に歌声を共鳴させていく。双剣の刃は更に研ぎ澄まされ、内包された威力は高まっていく。
ソーマは下半身を捻り、その双剣を薙ぎ払った。ファルソの体を目掛けて並行に襲い掛かる刃は寸前で静止すること無く、ファルソの体を切り付けた。
しかし、その直前にファルソは上半身を後ろに逸らし、その傷は僅かに血を滲ませる程度の切り傷にしかならなかった。
だが、ソーマの動きは流れる様に美しく、その動きには一切の無駄が存在しない。体を捻った力は、ソーマの回し蹴りを繰り出した。
炸裂した蹴りこそ静止したが、その直後にはソーマの体が消え、ファルソの背後へ現れた。回し蹴りの勢いは失われておらず、ソーマの蹴りはファルソの右腹部に激突した。
ファルソは危機感を覚えたのか、ソーマから離れる様に背後へ勢い良く飛んだ。そしてソーマに一つの両手を向けた。
『黄金恒星』
放たれた黄金の輝きは、ソーマに向かった。しかし、女性が杖を上に掲げ、こう叫んだ。
「『白銀衛星』」
放たれた白銀の輝きは、ソーマを挟んで黄金の太陽に向かったのだ。
ソーマは前から灰になりそうな熱と、後ろから彫刻になってしまいそうな冷気に当たられながらも、にやりと笑い、双剣を握る手に力を込めた。
「行けるよなぁ双子座!!」
ソーマは双子の剣を交差させると、女性は杖を振った。すると、双剣が交わる交差点、そこに二滴の水が滴り落ちた。
たった二滴、それが双子の剣に触れると、二滴の水は一つになった。
たったそれだけ。起こったことは、たったそれだけである。しかし、それは爆発へと変わったのだ。
音すらも燃やし尽くす程の熱、故にそれから音は聞こえなかった。太陽に影を落とす程の光を発し、指向性を持ってファルソへと一直線に放たれた。
真の太陽の輝きと熱は、白銀の月を貫いた。ファルソは六つの両腕をその輝きに向けたが、女性の転移魔法によって現れたソーマによって、三つの右腕がその双剣によって切断された。
「頼む、じっとしていてくれ。穏やかな花園で、その時まで安らかに」
ソーマの姿は転移魔法により消えた。
ファルソが目にしたのは、目を背けたくなる程に美しい白銀の輝き。肺が凍り付くそれがファルソを包むと、彼もしくは彼女の体は魂までも凍り付いた。
女性の隣に立っているソーマは、二つの『固有魔法』を解除した。
そして、凍り付いたファルソに歩みを寄せ、それを見下ろした。
「……手加減はしてある。安心しな。お前の子供は死にはしない」
『……ソーマ・トリイ……貴方は、本当に止められると……思っているのですか?』
「止めなきゃならない。止めないと駄目だ。俺はその為にここにいる。俺は諦めが悪いんでね」
『……もう、あの光り輝く者すらも、半ば諦めていると言うのに……?』
「だが例外はある。そして恐らく、ルミエールはその例外に賭けた。俺の役目は五百年前から変わっていない。俺が信じる奴が信じる物を、俺も信じて戦うだけだ」
ソーマは優しい笑みを浮かべそう言っていた。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
母親だったり、母親じゃ無かったり。けどやっぱり母親だったり、やっぱり母親じゃ無かったり。
曖昧な子、産まれてはならない子、誰よりも両親から愛された子。
全部明かされるのは、多分もっと後です。
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