日記30 星王 ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
カルロッタ・サヴァイアント、彼女には『固有魔法』を扱える素養は既に整えられている。
使えない理由はたった一つ。彼女には、魔法的特徴が存在しないのだ。
だが、どうだろうか。ソーマはカルロッタにそんな、魔法学上あり得ないことを望んだ。嘗ての星皇も、カルロッタと同じく魔法的特徴が一切存在しなかった。
しかし、彼は『固有魔法』を使った。
ソーマは期待をしていた。絶大な期待をカルロッタに向けていた。そして、その期待は、叶えられることになる。
「カルロッタァ!」
シャルルはそう叫んだ。
「そうだァ! 俺に、もっと、もっとだァッ!! もっと俺にその才能をッッ!! 才覚を!! 満点の星空よりも美しく、輝いている天賦の才能を!! 見せてくれッッ!! 『固有魔法』ッ!」
シャルルはその杖を掲げ、カルロッタに向けた。
「"天焼き焦がす者"!!」
まだ余力を大きく残している彼は、カルロッタに劣らない才覚の持ち主である。
カルロッタが成長した自身を見せる度に、彼はそれを追い越す様にその才覚を成長させる。彼は、彼女の才覚に呼応する様に、彼女は、彼の才覚と手を合わせる様に、互いが互いの才能を、開花させてゆく。
カルロッタ自身も、そのことに勘付いているのだ。そしてその才覚を存分に扱える喜びに、笑みを零していたのだ。
予感がする。自分の中に煌々と輝く、赤い星の輝きが、更に輝けと囁いている予感が。
彼女はこれから、魔法学上あり得ない行動を起こすだろう。しかし、それはあくまで現実的にあり得ないことであり、彼女は現実離れな事象を引き起こす例外である。
例外は、この世界にまた生まれ落ちた。
「『固有魔法』」
魔法学者は口を揃えてこう言うだろう。「あり得ない」と。そう、あり得ないのだ。
しかし、あり得ないと言うのなら、彼女が他人の独自の魔法を模倣することが出来る時点で、もうあり得ないのだ。
唐突に、三拍子の変奏曲が流れた。この世界を、今から作り出される世界を、シャルルは知っている。
「"彼女に捧げる変奏曲"」
これは、フォリアの『固有魔法』である。
シャルルは勝手にカルロッタの限界を見定めていた。『固有魔法』の模倣、それこそ不可能であると、勝手に思い込んでいた。
だが、決してシャルルが愚かで無知であった訳では無い。彼がそう思うのも無理は無いのだ。
当人の過去であり、思い出であり、人生の情景。それが『固有魔法』である。他者の人生の情景を模倣するなんて、本来あり得ないのだ。
だが、カルロッタはそれを可能にした。優れた観察眼と、深い共感能力、そして卓越した魔法操作技術。親しい者の過去、思い出、人生に深い共感と理解を示し、その『固有魔法』に一度入れば、その模倣を可能にさせたのだ。
勿論、当人の『固有魔法』よりも程度が低い。カルロッタはその世界の本人では無いからだ。
しかし、シャルルは心の中でカルロッタに謝罪の言葉を送り、そして彼女への考えを大きく改めた。
「お前は更に強くなれ!! カルロッタァッ!! 限界を迎えるな! 永遠に輝き続けろ!!」
カルロッタの体から青い炎が吹き出したかと同時に、シャルルの首筋に赤い線が浮かんだ。そこから血が吹き出し、傷が刻まれた。
シャルルは口から血を吐き出しながら、言葉をカルロッタに向けて発しようとしていた。
それは、カルロッタも同じだった。シャルルに言葉を発しようとしたが、喉が焼けてそれが出来ない。
カルロッタの体中から火が吹き出し、それは皮膚を破り、更に燃え盛る。同時にシャルルの首筋が大きく裂け、そこから異常な程の出血が始まった。
だが、両者は笑い合う。その杖を『固有魔法』の天頂へ向けた。
杖の先から放たれた無数の魔力の塊は、直後には二人の世界を作る結界を貫き、破壊した。
硝子の破片が割れる音と共に青空が見え、二人はまた笑った。
「ああ、そうだ。それで良い。最高だ、カルロッタ」
「勿論。貴方は私が知ってる中で、五番目か六番目くらいに強いですよ」
「ふむ……評価がそこまでだな。一番目は誰だ? 星皇親衛隊隊長のルミエール様か?」
「いえ、お師匠様です。ルミエールさんとは会ったことがありますけど……うーん、やっぱり、個人的にはお師匠様が一番であって欲しいです」
「そうか。良い師を持ったな」
シャルルはその杖を回すと、裂けた首が時間を掛けて、ゆっくりと回復していった。カルロッタは焼け爛れた体を一瞬で治し、焼け焦げた服は新しく作った。
魔力で糸を作り出し、それを編み、更にそれで白い薄衣を作った。
その素肌を隠しただけの服は、いや、もう服とは言えないが、その服装は、奇しくも彼女の師の格好と、非常に酷似していた。
彼女もきっと、そんなことを思ってこんな大きな穴の空いた布一枚を編んだ訳では無いだろう。偶然の産物が、実に奇妙な一致を果たした。ただ、それだけである。
「「『固有魔法』」」
二人は、再度それを唱えた。
「"天焼き焦がす者"」
「"聖樹の植物誌"」
辺りに植物が広がったかと思えば、その全ては青い炎に包まれた。だが、その中で、カルロッタとシャルルだけが無事だった。
息すらも燃える極熱の空間の中、二人は互いに視線を交わし、そして歩み寄った。
カルロッタの杖の先端にある赤い宝石が輝いたかと思うと、それはまるで氷の様に溶け、そこから銀の短い杖が現れた。
彼女は片方の瞳を銀色に輝かせ、そして髪の一部を白く染め、彼と対峙した。
シャルルの杖の先端にある青い宝石が輝いたかと思うと、それはまるで氷の様に溶け、そこから金の短い杖が現れた。
彼は片方の瞳を金色に輝かせ、そして髪の一部を黒く染め、彼女と対峙した。
カルロッタの杖は、特別製である。それは本来、魔法使いの杖としては不出来、欠陥品である。魔力伝導率がほぼ0%なのだ。辛うじてそれが杖の形状をしているだけで、本来魔法使いの杖としては、最悪の代物と言って良い。
魔法使いの杖は、魔力伝導率が高い程に良質な物とされる。当たり前である。魔力が伝わり易い程に、自身の魔法の威力が発揮しやすいのだから。
彼女にこんな欠陥品を使う様に言ったのは、勿論彼女のお師匠様である。彼女のお師匠様は危惧していたのだ。彼女の、その才覚を。自身を追い越す可能性のある才能を。
決して、恐れていたのでは無い。危惧していたのだ。人はかっとなってしまうと、つい力の加減を間違える可能性がある。契約で縛ったとしても、万が一がある。万全を期さなくてはならない。彼女の力は、そこまで強大な物に育ってしまったのだから。
「……まさか、俺の杖にこんな仕掛けがあったとはな」
「……この杖は、この宝石は、ジークムントさんが作ってくれました。まさか……」
「奇遇だな。俺もだ」
「……そうですか」
「そんな顔をするな。折角の良い気分が台無しになる」
カルロッタは僅かな憂いの後に、にっこりと笑顔を浮かべた。
彼女の、気分が高揚しているのだ。自分の実力を存分に発揮出来るその相手に。
勿論、自分の力が契約により縛られていることに不満があった訳では無い。だが、外の世界で過ごす内に、その現状に一抹の窮屈さを感じていた。
初めてだった。今までの彼女の戦いは、自分が圧倒するか、相手が圧倒するか。その何方かだった。
初めて、あの海で初めて、彼女は自分と対等に戦い、そして自身の成長に容易く追い付くシャルルと出会った。
何よりも、嬉しかった。
故に彼女は杖を掲げる。これから始まるのは、不自然な殺し合いである。
二人はその短い杖を持つ腕を上げ、互いの腕を交差させた。
そしてその杖を自分の胸にまで移動させ、深々と一礼した。
魔法使い、礼儀の作法。元来魔法使いとは学者である。この世の真理を、魔法によって解明する科学者である。
時代が進み、魔法使いが魔法を使って戦う様になってから、騎士の様な誉の真似を始めた。結局の所、それは猿真似でしか無く、魔法使い同士での決闘自体多い訳では無い。
だからこそ、前のパウス諸島近海の戦いでは、両者泥臭く卑劣な戦いを始めた。
だが、今は違う。今だけは、両者の内に秘められたその感情は、今だけは違った。
お互いに背を向け、五歩前に歩いた。
そこで振り返り、互いに杖を構えた。
不自然な殺し合いだ。不必要な作法だ。しかし二人はそれを交わす。
空が、輝いた。手を伸ばせば届きそうな空が、今にも落ちて来そうな青空が、輝いた。
二人は杖を振った。引き起こされた爆発の魔力は、互いの魔法と溶け合う様に消え去った。
しかし両者はその炎と黒煙の中を潜り抜け、両者の頭部に杖を向けた。
「「"放たれろ"」」
互いの頭部を狙った圧縮された火の最上級魔法は、両者の何十にも張られている防護魔法により阻まれた。とは言っても、その防護魔法の数十枚はあった壁は残り一枚だけとなっており、それは次の瞬間には硝子の様に破壊されている。
二人は一瞬で転移魔法を使い、カルロッタは先程までシャルルがいた場所の背に、シャルルは先程までカルロッタがいた場所の背に現れた。
結果的に二人の距離が若干離れただけだが、二人は僅かな驚愕の表情を浮かべただけでその両手を合わせた。
「「『固有魔法』」」
再度、それは展開される。
シャルルはもう一度、"天焼き焦がす者"を展開した。
カルロッタは、もう一つの予感を心中に宿している。自らの限界を、今だからこそ、シャルルと魔法を交わす今だからこそ、その限界を試してみたいと浮足立っているのだ。
彼女がこれから作る世界は、彼女が最も長く、そして身近で、慣れ親しんだ世界。
「"エピクロスの園"」
そこは、決して楽園では無い。ただ、静かな幸福を横臥する為の花園でしか無い。
カルロッタのそれは、お師匠様のそれと比べれば大きく劣っている。彼女は、まだお師匠様のことを殆ど知らない。十八年、その卓越した五感と深い共感能力でさえも、彼女はその全てを知ることは出来ていない。
十八年間、共に過ごして分かったお師匠様の心情と言えば、深い悲しみ、異常な程の執着、そして得体の知れない歓喜。
彼の過去は神秘のヴェールに隠されている。お師匠様も無闇に自分の過去を語らない。故にその人生に共感なんて出来るはずも無く、カルロッタの再現性はそこまでになってしまう。
故にカルロッタが使える権能は少ない。
カルロッタが青い炎に包まれた。"天焼き焦がす者"の青い炎は魂の器である肉を焼き尽くし、その魂を狙って燃え続ける。故に体の中から炎が吹き出すのだ。あくまで狙いは魂を燃やすこと。
ならば、魂を持っていない生物、勿論そんな存在を生物とは言わないが、そんな存在がいるとすれば、"天焼き焦がす者"の炎は燃え盛るのだろうか。その穢れた青火は、燃え盛るのだろうか。
カルロッタは、その杖をくるりと振った。すると、その足元にこの場で燃えない黒い塵が集まった。
それはやがてどんどんと肥大化し、やがて爬虫類の体を作り出した。
一瞬の内にその鱗が刺々しい物に変わり、黒く輝く物に変わった。その巨体から蝙蝠に似た翼が生え、鱗が揃って生えた。
その鋭い視線は万物を震わせる畏怖の目である。それは、黒いドラゴンだった。
だがそこから感じ取れる魔力は桁外れの物であり、そこから魂の一片も感じない。
これが、"エピクロスの園"の権能。あの世界の中の生命は、殆どお師匠様が作り出した生命である。魂もあれば、意思もある。
カルロッタが作り出したこれは、魂までの作成は不可能だ。だが、それが逆に有利に働いた。"天焼き焦がす者"は魂を狙い、燃え盛る力。魂が無いただの人形を燃やすことは決して無い。
しかし、いや、やはり、シャルルは笑っていた。楽しんでいるのだ。
その巨大なドラゴンに杖を向け、大きく叫んだ。
「"放たれろ"!!」
杖の先に複雑な魔法陣が刻まれ、その詠唱によって巨大な土の塊が無数に浮かび上がり、ドラゴンの頭部に向かって勢い良く放たれた。
だが、その黒い鱗に土塊は簡単に砕かれた。それを予感していたかの様な笑みをシャルルは浮かべると、飛行魔法で一気にドラゴンの更に上へ飛び上がった。
「『青星』」
それは彼の中に煌々と輝く青い星の輝き。彼が崇拝する魔王が、ついには受け止めることが出来なかった最も眩しい輝き。
青い星は、その天狼星は、約五百年前星皇に背いた輝きである。だがその星の輝きの器を持つ人物は、彼が世界で初めてである。
青く穢れた星火はドラゴンに降り注いだ。しかしドラゴンは、その輝きを睨み付け、その大きな口を開いてそれに向けた。
そこに魔力が集束し、そして光線となって放たれた。その魔力の光線はカルロッタのそれと非常に良く似ている。考えてみれば、それは当たり前だ。ここは、カルロッタが作り出した世界なのだから。
しかし、魔力放出の効率は、その構造上人間よりもドラゴンの方が遥かに上なのだ。よって放出される光線の威力は、カルロッタのそれの、約三倍である。
降り注ぐ青い星を、魔力の光線が貫いた。向かう先はたった一つ、シャルルだけであった。
しかし、青い星を貫いた時の抵抗が強く、その威力は大きく減衰していた。容易くシャルルの防護魔法に阻まれ、その魔力は散ってしまった。
だが、黒いドラゴンはその大きな翼を広げ、素早く動かした。その巨体に見合わない速度で飛翔したドラゴンは、その屈強な前足を振り上げ、シャルルに向けて振り下ろした。
鋭い爪、それよりも脅威なのは、その圧倒的な質量と硬度。その巨体を支える為に必要な骨格、筋肉量、それだけでも脅威だが、少々の魔法なら弾き返す黒く頑強な鱗。
巨大とは、それだけで無類の強さを得るのだ。
振り下ろされた黒いドラゴンの殴打は、シャルルの矮小な体に激突した。防護魔法での防御も殆ど意味を為さず、直撃したのだ。
彼の全身の骨に罅が走り、最も大きな衝撃を受けた箇所は粉々に砕け散った。しかし、それでも、彼の脳細胞は生きている。その魔力回路は、生きている。
彼の意識は、これまでに無い程、熱く燃えている。
彼は、回復魔法を自身に使っていたが、それ以上に傷を残す魂を燃やす青い炎を、自分自身に着火させたのだ。こう言う類の魔法とは本来、自分を対象に取らない。自分がその攻撃で死んでしまっては元も子も無いからだ。
しかし、自他問わず互いに同等の影響を受ける様にした場合。例えとして最も適切なのはフォリアの魔法である"二人狂い"だろう。
彼女の魔法は自他問わず影響を与えることで、自分を例外的に扱う魔法術式を除外させ、少ない魔力で高い効率を可能にさせた。
シャルルの行為は、フォリアのそれとは少々異なる。自分を例外的に扱う魔法術式を除外した分のリソースを、全て魔法の威力に費やした。
ここはシャルルの世界でもある。そして彼の炎を、彼が自在に扱えない道理は無い。
自分の体を蝕もうとする青い炎に穢れた黒炎が混じった。彼は、エーテルは扱えない。ルテーアが扱える。エーテルを扱うカルロッタとは逆なのだ。
シャルルの体から無尽蔵に溢れる炎が彼の構える杖の先端に集まると、彼の周りに闇が現れた。それはカルロッタの光とは相反する闇である。
闇は燃え盛る炎を更に強く燃やす薪となった。闇とは、影である。炎とは光であり、シャルルの闇の深淵は影である。光が強ければ影が濃くなるのならば、影が濃ければ光も強い。
故に、炎はその勢いを増すのだ。
吹き出す炎が続々と集まり、ついには抑え切れなくなったかの様に、その炎の一閃が放たれた。
黒いドラゴンはまたその口に魔力を蓄えたが、放たれた光線は先程と違って、シャルルの炎の一閃に押し返された。
やがてその魔力さえも燃やし尽くす熱を帯び、黒いドラゴンの頭を灰へと変えた。だが、まだその火と熱は冷えることを知らない。
この世界を灼熱の地獄へと変え、その地獄に二人、魔法使いは佇んでいた。
「カルロッタァ! まだだァ! まだ、まだお前はッ!! まだお前ならッ!! お前の限界は! まだこんな物じゃ無いはずだッ!!」
その言葉の直後、カルロッタの杖を握る手が青く燃え始めた。今までカルロッタが燃えなかった理由は一つだ。シャルルの『固有魔法』の効力を、その圧倒的なエーテルの放出により防いでいただけだ。
だが、カルロッタのエーテル放出量を、シャルルの"天焼き焦がす者"の効力が超えた。
ならば、更にエーテルの放出量を増やせば良い。カルロッタは、白い片翼を広げた。翼は更に増え続け、六百十六枚にまで増えた。
シャルルも、自身のルテーアの放出量を一気に上昇させた。その姿はカルロッタと、真反対の物である。
片翼、しかし黒い翼。それでいて、まるでカルロッタと鏡写しの様に、翼が伸びている方向が逆だ。
カルロッタの頭の上に茨の王冠が浮かび、シャルルの頭から黒い山羊の様な十の角が生えた。
エーテル、そしてルテーア。互いが互いを消失させ合う逆の性質を持つ力。本来、肉体を持つ生物が持って良い力では無い。
「終わらせてたまるか! こんなに最高な戦いを! 倒れるまで続けよう! お互いがお互いを喰らい合い、互いの実力を超え合おう! 永遠に! 永遠に!! 永遠にィ!!」
カルロッタは答えない。
カルロッタは、戦闘中に話すことはあまり無い。ましてやこんな、実力が拮抗した状況なら尚更だ。
彼女のどうしようも無い癖なのだ。無論、本気で戦ったことは数える程しか無いから、確かなことは言えないのだが、シャルルの語り掛けに答えようとしても、相当な労力を使う予感がある。言葉を出す前にそれが分かり、諦めるのだ。
カルロッタはその度に理由を考える。出て来る答えは、何度でも同じ。集中しているがあまり、その卓越した五感が故に、言葉を使う為の神経が残っていないのだと。
だからこそ、カルロッタは言葉では無く、笑みでシャルルに答えた。
「ああ……ありがとう、カルロッタ」
シャルルは大きく息を吸い込み、その炎の勢いに負けない程の声量で叫んだ。
「全力で来い! 魔力を全身に流し! その叡智の全てを使い! 勇気と! 殺意と! 圧倒的な暴力によって! 俺を殺して魅せろ!! カルロッタ=サヴァイアントォォッ!!」
カルロッタは笑みを更に深め、"偽者"を発動させた。彼女の周りに三人の偽者が現れたかと思えば、カルロッタの偽者の白い杖をそれぞれ構えた。
カルロッタ本人は、『固有魔法』を解除した。しかしカルロッタの世界は崩壊していない。
シャルルは既に理解している。三人のカルロッタの精巧な偽者。彼女達が、赤い髪に赤い目の彼女達が、"エピクロスの園"、"聖樹の植物誌"、"彼女に捧げる変奏曲"、同時に三つの世界を作り出しているのだ。
普通なら出来ない。しかし、三人のカルロッタの偽者は、自意識は無いが、それ以外の機能は全てカルロッタ本人とほぼ同じである。
その卓越した魔力操作技術も、それを可能にする魔力回路も、その全てを模倣し構築させた。後は魔力とエーテルを与えれば良い。
だが、『固有魔法』の発動には感情も必要。それを解決する為にカルロッタは自分の意識と他の偽者と繋げている。
だが、欠点もある。単純計算で、彼女の頭の中に巡る感覚が三倍増えることになる。卓越した視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚、その全てが巡る。
視界が四つもある時点で、相当な疲労を感じるのだ。今のカルロッタは気を緩めれば、すぐに意識を手放してしまいそうな危うさがあった。
だが、こうでもしないと、シャルルは倒せない。しかしカルロッタの限界は、更にこの先にある。
カルロッタも、シャルルも、この極限状態の中、自らの魔力総量を更に成長させている。本来魔力総量とはそんな簡単に伸びないのだが、両者には少々不可思議な現象が起こっている様だ。
本物のカルロッタが杖を振ると、シャルルに向かう突風が吹き荒れた。その風には白百合の花弁が乗って優しい匂いを漂わせていた。
百合の花弁が世界を満たした頃、その風はぴたりと止まった。
白い光と黒い闇、それが二人を襲い掛かった。
カルロッタの背に巨木が伸びた直後、それは青い炎に包まれた。だが、青い炎で燃え盛る植物の枝は大きく撓り、その生命を証明した。
青く燃え盛る炎の中でも、その命を代償に、カルロッタに全てを捧げる。
「"植物の咆哮"」
カルロッタの言葉と共に、その魔力は解き放たれた。しかしシャルルはその魔力の螺旋に燃え盛る手を向け、大きく叫んだ。
「生温いぞカルロッタァ!」
彼が手を思い切り振り上げると、放たれた魔力に闇が包み込み、その闇が青く煌々と燃えた。
同時に、シャルルは前へ前へと、汎ゆる手段を使って前へと動いた。飛行魔法、風の属性魔法、更には青い爆発の推進力すらも駆使して、速く、速く。
カルロッタはそれから逃げる様に上へ飛翔した。シャルルもそれを追い掛ける様に更に加速した。
シャルルの思考を想像した場合、今一番狙うべきなのは本物のカルロッタでは無く、三人の偽物のカルロッタのはずだ。その全てを『固有魔法』の発動、維持に使っている為大きな抵抗も示さず楽に倒せるだろう。
だが、シャルルはそれをしない。倒してもまた作られる為、無駄に魔力を消費する意味が無い。それも理由の一つだが、実際の所どうでも良い。
ただただ、今は、カルロッタとの戦いに身を投じ続けていたいだけである。偽物では無い、抵抗も示さないカルロッタでは無い、本物と、魔法を交わしたいだけなのだ。
最初に始まったのは、無数の純粋な魔力の塊で繰り広げられる弾幕戦であった。両者の間に交わされた弾幕の数は数万を軽く超えた。
だが、これはカルロッタが有利だった。
シャルルはこの戦いに現を抜かしてすっかり忘れていたのか、カルロッタの"魔法を跳ね返す"魔法が自分に向かって来るシャルルの魔力を跳ね返したのだ。
シャルルはそれを避けもせずに、迎撃した。自分の体から溢れる闇が魔力を飲み込み、そして燃え盛りカルロッタへの攻撃へと転じた。
次の戦いは、何とも派手な魔法の打つけ合いであった。
二人は自らの技量を誇示する様に、その巨大な魔力を見せ合った。この場では、最早最上級魔法でさえも戦力外、天の上にいる者達が目を引かれ、地の底の更に下に潜む者達が沸き立つ、これはそんな戦いである。
この戦場は、美しくもあり、恐ろしくもあった。空気すらも燃え、その火は凍り、砂は吹き荒れ、地面は大きく裂け、世界は歪んで見える。
だが、美しいのだ。空は満天の星空になっており、それを彩るのは青く燃える草花。そんな中でも力強く咲く"エピクロスの園"によって作られた一本の桜の樹。
やがて両者は疲労が溜まり、徐々に動きが目に見えて鈍くなっていった。
カルロッタはほんの一瞬だけ、視界の揺れた。魔力過剰使用による負担、疲労。何よりも、ここまで全力を賭して長く戦ったのが初めてだったことが一番の理由だろう。
そして、シャルルがそれを逃すはずが無かった。
油断は無かった。怠慢も無かった。ただただ、シャルルに出し抜かれたのだ。
シャルルの闇を影に燃え盛る青い炎が放たれ、それがカルロッタを包み込んだ。カルロッタが身に纏うエーテルすらも揮発させ、その魂の内側にまで手を伸ばそうとしたのだ。
だが、カルロッタも疲労しているのなら、シャルルもそうである。二人は、非常に良く似ていた。
シャルルは、カルロッタを出し抜けた喜びからか、一瞬だけ気を緩めてしまった。その瞬間、今まで自分でも気付かなかった疲労が一気に牙を向いて来たのだ。
彼は自然と杖を握る手が震え、まるで脇腹辺りに刺されたかの様な激痛が走った。
そして、カルロッタがそれを逃すはずが無かった。
一瞬だった。そのルテーアの放出が緩んだその一瞬。シャルルの杖を握る手から血が溢れたのだ。
やがて自然と杖は彼の手から落ち、自然とシャルルの視線は落ちた杖に向いた。向いてしまった。
カルロッタは、転移魔法でシャルルの背後に現れ、その背に杖を向けた。一瞬の内に放たれた無数の魔力の殆どは、シャルルに直撃することは無かった。
だが、シャルルの体に突然大凡言葉では言い表すことが出来ない激痛に苛まれた。
その一瞬、一発、たった一発だけだが、確かに魔力の塊が直撃し、そしてその体を貫いたのだ。
そこは、右胸の辺り。"彼女に捧げる変奏曲"の影響でその傷は彼の魔法でも中々塞がらない。そしてその血すらもシャルルを襲う槍となるのだ。
だが、両者その疲労を誤魔化すかの様に叫ぶと、カルロッタはその炎が、シャルルはその傷が消え去ったのだ。
シャルルは落ちた杖を掴み、そしてmぁたカルロッタを見た。
互いに疲労が見え、息が上がっている。心臓の鼓動が少し離れても聞こえるのでは無いかと思ってしまう程に速く強く動き、魔力操作も覚束無い。
視界は霞み、更に動けばそれが酷くなることは容易に想像出来る。
しかし二人は、笑っていた。
狂った様に、笑っていた。決して声は出さずに、しかし愉快そうに。
両者、遠く離れた。意図した訳では無い。ただ、次の一撃で決着が付くことに、両者そんな予感がしたのだ。故に、行動が重なった。
そして二人は、互いに杖を向けた。
そして、『固有魔法』も解除したのだ。最早その世界に意味は無い。一点に集まった魔力こそが勝敗を決めるのだ。
二人の杖先には、異常な程に集束された魔力が星の様に輝いていた。
カルロッタの三人の偽物は『固有魔法』を維持する役目を失い、カルロッタの周りに現れた。その白い杖の先端を本物のカルロッタの銀の白い杖の先に向けた。
正しく、二人の次に放つ一撃は、全身全霊。残っている全てを使い放たれるそれは、きっと世界の変革の狼煙となり、新たな世界の来訪を祝福する美しき音色となるだろう。
シャルルが放とうとしているのは、限界まで魔法陣と掛け合わせた最上級魔法の合体。重なり合ったそれは更に相乗効果を生み出し、魔法陣はより巨大になり、何十にも広がった。
対してカルロッタ。彼女は、自身が扱える攻撃の魔法を全力で組み合わせている。
それが四人分。彼女が全ての魔法を最大限利用出来る様にする為には、彼女一人では足りないのだ。
星天魔法、全属性の最上級魔法、彼女が今まで会得した独自の魔法、その全てを最大限に扱う為には、四人必要だ。
やがて二人の周囲の空間が歪んで見え、全ての動植物が等しく二人に頭を下げた。
その青空の下、今にも届きそうな青空の下。今にも吹き飛んでしまいそうな青空の下。風が優しく、二人を祝福した。
雲の隙間を潜り抜け、その青い空を飛ぶ二羽の鳥がいた。一羽は白い翼を持ち白銀の炎の翼で飛ぶ鳥であり、もう一羽は黒い翼を持ち黒金の炎の翼で飛ぶ鳥であった。
しかし、共通することがある。その鳥は、赤い目をしていた。それこそが、その二羽が血を別けた双子であることを証明した。
それは不死鳥、遂に星皇宮にて休んでいる不死鳥が死に、その灰の中から産まれたのだ。だが、それは歴史上前例の無い双子の子であった。
その鳥が鳴くと、一撃だけの最後の戦いは始まった。
シャルルは"青星"すらも混ざった全魔力を賭けた一撃を放った。闇よりも暗く、月も見えない夜の様な深淵の一撃となり、やがて光すらも飲み込んだ。
カルロッタが放ったのは、"星屑の煌燦"、では無かった。
カルロッタの"星屑の煌燦"で掛け合わえた魔法は、"青薔薇の樹氷"、"植物愛好魔法"、"蒼焔"、"高貴な魔法石"、"力の男"、その他多数の属性魔法である。
しかし、これは違う。これの、この魔法の名は――。
「『星々を統べる気高き煌燦』」
一つの仄かに輝く星の輝きが空を走った。それを追い掛ける様に、六つの眩しい程に輝く星々が空を走った。
その直後には太陽すらも暗く感じさせる程の光を放つ光線が放たれた。汎ゆる属性を内包したそれは最早魔法と言うよりは、神が下す裁きに類似していた。
彼女が覚えている全ての星天魔法、属性魔法、独自の魔法、彼女がこれまで歩んで来た旅路の中で、培って来たその全てが込められている、正真正銘、カルロッタ・サヴァイアントにとって最強の一撃。
シャルルの魔法と真正面から衝突したが、勝負にすらならなかった。容易くその魔法を包み込み、シャルルへと一直線に向かった。
「今度は俺の負けか」
一言だけ、シャルルは呟いた。
シャルルは地面に倒れ伏していた。その下半身は消し飛ばされ、不思議と出血は無い。だが残った体中には聖なる刻印が刻まれ、シャルルの体を未だに苦しめていた。
体の全てが消し飛ばされていないのは、シャルルの魔法が僅かながらに抵抗した所為で威力が減衰していたのか、それとも寸前の防護魔法は功を奏したのか、少なくとも運が非常に良かったのは確かだろう。
しかし、シャルルの表情は非常に爽やかな物だった。敗北を喫したと言うのに、非常に爽やかな気分であった。
「……だが、まだ、死ねない」
生への願望。それは、今度はカルロッタに勝つことと言う目的に起因している。
しかし、シャルルは理解している。カルロッタは、この無防備な自分に止めを刺さない程に甘い人間では無いと言うことを。
すぐに、自分の前に現れるだろう。それまでに何とかして回復してここから逃げ出さなくてはならない。
だが、回復魔法の効力が薄い様だ。しかも疲労も重なり、下半身を再生出来る程の高度な回復魔法はそもそも不可能だろう。
遂にここで終わりかと、若干の絶望を心の中に流すと、黒金の不死鳥がシャルルの傍に歩み寄った。
不死鳥が一滴の涙をシャルルの体に落とすと、その聖なる刻印が消え始めた。同時に下半身から大量の血が吹き出したが、回復魔法が通常通りに機能する。
その直後、空が夜の様な暗闇に閉ざされた。瞬間、東の方角から輝く大きな二つの流れ星が見えた。一つの流れ星は金色に、そして一つの流れ星は銀色の輝きを発しながら、空を駆けていた。
金色の輝きがシャルルのすぐ隣に落ちると、彼は姿を現した。
それは、ジークムントだった。彼はシャルルの姿を見るとすぐにその傍に駆け寄り、失った下半身を撫でた。ジークムントの隣には3mを超える身長で、執事の様な服を着ており、頭を紙袋で隠している男性がいた。
ジークムントはその男性の紙袋を掴み、そして破ると、男性の体はぐしゃりと潰れ、まるで液体の様にジークムントに覆い被さった。次の瞬間には、それは黒い布に変わり、ジークムントの周りを漂い彼の服へと変わった。
「良かった、まだ生きている。シャルル君、説明する暇は無い。君の体を治したと同時に、君を逃がす。良いね? それと、一つ質問をする。カルロッタ君は、何処にいるんだい?」
「……カルロッタは、あそこに――」
シャルルは、信じられない物を見た。そして理解した。
何故、カルロッタが攻撃してこなかったのか、それを理解した。
彼女は、空中で静止していた。魔法では無い。もっと別の、もっと恐ろしい、もっと上の、人間では到底届くことも出来ない、ただ祈ることしか出来ない純然たる何かが、カルロッタをそこに留まらせているのだと、シャルルは直感的に理解した。
彼女の髪には、もう赤は存在しない。全てが真っ白に染まっていた。そして、両手を上げ、まるで何かに磔にされているかの様に振る舞っていた。
彼女は、天を仰いでいた。その目すらも異様な物であり、一つの眼球に三つの目があった。赤い色の瞳、金色の瞳、銀色の瞳。
そんな彼女の姿を見て、ジークムントは微笑んだ。
「ああ……□■□君……君の企みは、上手く行っている様だ。共鳴している。星と、星空に、そして父、星王に……!」
ジークムントのその発言に、シャルルは目を見開いて驚いた。
「せ、星皇……! 星皇だと……!? カルロッタの父は、星皇なのか……!?」
「今は答える暇が無い。恐らくもうすぐ――」
もう一つの流星が、すぐ傍に落ちて来た。
ジークムントはすぐにシャルルの体を抱え、その場から走り出した。そしてその判断は正しい。
ジークムントの喉元に、深々と切創が刻まれた。首が切断されても生命活動は機能するが、それでも治るのには時間がかかる。そんな時間が存在すれば、今度こそ、ルミエールに殺される。
そう、ルミエールが舞い降りたのだ。彼女は刀を振るい、ジークムントの喉元を切り裂いたのだ。間一髪でジークムントが避け、何とかなっているだけだ。
ルミエールは、カルロッタの姿を一瞥すると、鋭い目付きをジークムントに向けた。
ジークムントの手から黒い布が飛び出したかと思えば、それはシャルルを包み込んだ。やがて消え、そして黒い布はまたジークムントの服へと戻った。
「やあ、ルミエール君」
ジークムントは親しげにそう言った。
「……してやられたって訳、かな? ジークムント」
「そうだね。そして、最高の環境がここ、ブルーヴィーで整った。聖人、十二人の使徒、そして何より、この僕がここにいる」
「……これ以上の行動は許さない」
「許す許さないは君が決めることじゃ無い。これは、星王の意思だ」
「星王の意思だとしても、私はそれを否定しなければならない。私はそれを阻止しなければならない。私は彼を、愛しているから」
ジークムントはそれを嘲笑った。
「実に哀れだ。君は、本当に。可哀想な恋の操り人形だ」
「貴方にだけは言われたくない」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
結構遅れてしまいました。これから大きく動かします。
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