多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ⑦
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
メレダは、玉座の間にて、今にも息絶えそうな不死鳥の姿を見詰めていた。
彼女の姿は幼女のそれでは無い。背丈が伸び、胸部を膨らんでいる成人女性の姿である。
大人びた雰囲気、本来彼女はそうなのだ。普段の容姿が幼女なだけで、本来の彼女は思慮深く、そして大人しい。
この玉座の間の扉を、少女の姿のジークムントが開いた。彼女はメレダと相対し、そして薄ら笑いを貼り付けた。
「おや、こうやって出会うのは、初めてかな? メレダ君」
「……ジークムント、って、呼ぶのも少しおかしいか」
「うーん、確かにそうだ。しかしまあ、今はジークムントと呼んでくれて構わない。どうせすぐに僕を取り戻す」
「……その後はどうする気?」
「君なら分かっているはずだろう?」
ジークムントはその片腕しか無い腕を大きく広げた。
「……私は――……いや、やっぱり、今は良い」
メレダはその左手に銀色の杖を構えた。
「我々は星見、星を見上げる者」
メレダは俯きながらそう言っていた。
ジークムントはそれに答える様に言葉を発した。
「星は楽園に隠され最早空に浮かんでいないと言うのに、君達は何時までそれを見ようと足掻くつもりだい。彼はもうその玉座に座る気が無い。彼が選んだ未来は君達にとって最悪な物になるだろう」
「だから私達はこの五百年、それをさせない為に対策を練って来た」
「その結果がこれかい?」
メレダはジークムントの問い掛けに今は答えなかった。その右手を横に伸ばすと、そこに無垢金色に輝く大剣が現れた。
「最早世界には運命なんて存在しない。そして彼が目指すのは最悪の結末」
「僕は結末の為に汎ゆる暴挙を犯そう。汎ゆる裏に潜み、そして影から操ろう。僕は糸に括られた操り人形、機械仕掛けの救世主でありながら、獣だ」
「……それが最悪な結末になろうとも?」
「ああ、それが最悪な結末になろうとも。僕は進むだろう。より良い未来の為に、そして君達の為に。この世界全ての為に。僕は、この世界を愛している」
ジークムントは広げた片腕を挙げ、大きく、腕を振りながら熱い指導者の様に叫んだ。
「ああ、僕はこの世界を愛している!! 僕は! この何よりも美しく、それでいて最低に歪んだこの世界を! 僕は八人目! 八人目の【規制済み】だ! 君は、一体何人目なんだい? いや、やっぱり聞かないでおこう。それに意味は無いのだから」
ジークムントはその腕を思い切り振り下げた。見えない斬撃が、メレダに向けて放たれた。
メレダはその大剣を素早く薙ぎ払うと、金属が擦れる音と共に斬撃が打ち消された。
しかしその直後には、ジークムントの姿が消えた。その幼女の体と魔法を軽やかに扱い、天井から吊るされているシャンデリアまで跳躍した。
メレダは背中から白い片翼を広げ、ジークムントよりも速く空中を飛んだ。その銀の杖をジークムントに向けて振り下ろすと、その杖の軌道を描く様にジークムントの体が勢い良く床に落下した。
「成程、僕の見立ては間違っていない様だ」
ジークムントは薄ら笑いを深めた。
「そこに! 僕を封印した水晶があるみたいだね!!」
しかし、ジークムントのその言葉の直後には、彼女の言葉をそれ以上紡がせない為なのか、彼女の顎が腐り落ちた。
唐突に、唐突にだ。しかし彼女は動じなかった。誰の仕業なのか、理解しているからだ。その直後に、彼女の脳天に刃が静かに刺し込まれた。
それは少女の体を容易く突き破り、そして重要器官の全てを台無しにさせた。
そう、ルミエールの刀であった。ルミエールが音も、気配も、その一切を感知させずに、ジークムントの脳天から体に刀を突き刺したのだ。
今のジークムントの力は不完全だ。故にその一撃に耐えられる程の肉体では無く、容易くその体の生命は絶やされた。
「……可哀想なことを、しちゃったね」
ルミエールの一言の後、その背後、つまりここ玉座の間へ入る為の扉の向こうから、巨大な黒い焔が迫って来た。
だがメレダがゆっくりと銀色の杖を振り上げると、彼女の背から強い風が吹いた。その風は向かって来る焔を押し返し、それどころか一瞬で消し去った。
だがその焔に紛れていたのか、黒い髪の男性が左腕に巻かれている鎖をルミエールに薙ぎ払いながら現れた。
鎖は器用に動き、ルミエールの刀に巻き付いた。しかしルミエールは逆にその刀を大きく振り被ったと思えば、鎖に繋がっている男性を軽々と宙に浮かばせた。
「マジかお前!」
しかし男性も馬鹿では無い。右腕を下に向け、その右手から大きく爆発を起こした。発せられた推進力は逆にルミエールの体を浮かせた。
だが、僅かにルミエールが柄を掴む力を強めると、その白い刃から桜の花弁が散った。桜の花弁はルミエールの刀に巻き付いている鎖に群がると、その鋭利な刃で鎖を両断させた。
その推進力によって男性の体は天井にまで届き、足をそこに付けた。
その足底から黄金の炎が吹き出したかと思えば、圧縮された熱が一気に放出された。
一直線ルミエールへ、それでいて闘争を顕にさせたその牙を突き立てたその瞬間、その男性の頭部に誰かが強烈な飛び蹴りを入れた。
ルミエールへの突撃はその衝撃で軌道を逸らされ、その蹴りの威力に体を捻らせ床に激突した。すぐに立ち上がった男性がその金色の目で辺りを見渡せば、狐の面を被った隻腕の女性的な人物がいるのに気付いた。
「お前か! さっき蹴ったのは!」
「……つい……」
「ついで人を蹴るな! どんな教育受けて来たんだてめぇは!!」
「両親とは五歳の頃に疎遠になったので……」
「あっ……あぁ……何だ、その……。……いや、まあ、うん。……済まなかった」
二人の間に若干の気不味い空気が流れたと思えば、その空気を断ち切る様にルミエールが女性的な人物の首に向けて刀を薙ぎ払った。
だがその刃は、狐の面を被る金髪の女性の逆手に持ったナイフの刃によって止められた。
「何やってるのよ【規制済み】! もうすぐテミスが来るわよ! 構えて!」
女性的な人物が右手に握っている銃を空中に放り投げると、すぐに帯刀している刀の柄を握った。
そして、金切り音と共にその刃を引き抜けば、金属同士が直撃する甲高い音が聞こえた。
そう、テミスがその人物に向けて剣を振り下ろしていたのだ。その直後にはテミスの姿は消え、数百の寄り合わせて掻き集めた無数の刃物が空中に並んでいた。
それはその人物に向かって投げられているが、その人物にとっては対処は造作も無い。
その人物は構えている刀を逆手に持ち、その刃を振り上げた。その軌跡を沿う様に、清流の河に流れる水が現れた。
その水がより大きく、より多く、そしてより広がり、男性に向かって来る無数の刃物を包み込んだ。先程までの勢いは消え、水中にただ落ちて行く姿を見せる。
しかしその直後、その水は容易く縦に両断されることになる。そして両断の瞬間に、女性的な人物の胸に僅かながら切創が刻まれた。
一瞬だけ、ほんの一瞬だ。その両断された水を真っ直ぐ走り抜け、テミスがその人物にまで迫った姿が見えた。
その人物もすぐに前へ集中が向いたが、テミスは一瞬で姿を消した。
次に現れたのは、その背後。万全は期されている。テミスの周囲に二対の両腕が浮かび、その内の一対の腕が握っている懐中時計をその人物の背に押し付けた。
その人物の時間は限り無く減速した。そしてテミスは、それでも一切の油断をせずに、その人物の頭部目掛けて剣を突き出したのだ。
しかしその剣は、狐の面を被っている白い髪をした女性によって阻まれる。その剣は女性が振り上げた刀によって上へ弾かれた。
その女性は着物を着ているとは到底思えない程に大胆に体を動かし、振り上げた刀をテミスよりも素早く振り下ろした。
しかし彼女はもうそこにいない。刀は空を切っただけであった。
白い髪の女性が女性的な人物に触れると、途端にその人物は動き始めた。
「助かりました」
「……【規制済み】語はどうしたのですか?」
「……verl. remm qojarm」
直後、テミスがその人物の上空に現れ、その手に持った数本のナイフをその人物に投げ付けた。
しかし、今更そんな小細工が通用する訳も無く、その人物の一振りによってそのナイフは叩き落された。
テミスは着地と同時に、その人物の姿をじっと見詰めた。
「あまりこの戦法はやりたく無いんですよ。メイドで時間を操って刃物を投げるなんて、確信犯じゃ無いですか」
白い髪の着物の女性は、きょとんと顔を傾けた。しかし女性的な人物は一定の理解があるのか、何処か納得した様な素振りを見せている。
「……また、【規制済み】語ですか?」
「……【規制済み】, ze――」
「良いですよ。言わなくて。私は……。……貴方の、敵として立ちはだかっているのですから。それと、私はテミスです。【規制済み】ではありません」
テミスの表情には、先程までの敵意は感じ取れない。何処か穏やかで、それでいて憂いの表情を浮かべている。
一瞬、その人物は顔を俯いた。しかし悪魔の様な笑みを見せると共に、その腕を下に落とし、刃を構えた。
「ええ、それで良いんです。私と貴方は敵同士。ここで、初めて出会ったのですから」
テミスと女性的な人物、そして着物の女性が戦っている最中、息絶えてしまったジークムントの少女の姿に寄り添う影が見えた。
より豪華な着物を着ている黒い髪の女性が、ジークムントの傍に屈んでいるのだ。その狐の面に隠された顔は何処か悲しそうに表情を顰めていた。
少女の目を隠し、その瞼を安らかに閉じさせた。
その直後、ルミエールとメレダがその女性の頭上に現れた。ルミエールがその刀を、そしてメレダがその銀色の杖を振ったと思えば、両者の間に赤い傘が突然現れ、広がった。
その厚く真っ赤に染められた紙を破り、黒い虫の様な何かが這って、増えて、飛んでいるのが見えた。
その黒い虫の様なそれが一瞬の内に増え、やがて彼女を覆い隠す防壁となった。
メレダの杖から放たれる火の魔法による熱すらも、それは溶けない。ルミエールが振るった刀の刃もそれを切ることは出来ない。
ルミエールの"大罪人への恋心"は未だに発動している。魔法が発動するはずも無い。
そう、つまりこれは、魔法では無い。魔法では無いと言うことは、これは――。
ぼろぼろになった傘を掴んだのは、白い髪の女性。狐の面を被る白い髪の女性。ここに来るまで着物を着ている黒い髪の女性の手を引いていた一人だった。
その傘の骨を一度閉じ、もう一度開いたと思えば、その傘のぼろぼろの紙は全て直っている。
その傘をくるりと回すと、ルミエールの視線は彼女に向いた。狐の面に隠されているが、彼女は何処と無く、ルミエールに酷似している。
覗かせる銀色の目、体格、身長、その殆どはルミエールと良く酷似している。しかし、確かにあれはルミエールでは無い。その雰囲気が違うのだ。
ルミエールは誰からも愛される。愛するを強いる。故にその雰囲気は何処か甘く、そして優しい。故に恐ろしいのだ。
しかし彼女は違う。彼女から感じるそれは、ルミエールとは全くの別。数多の怨嗟と怨恨を抱え、最早輝きが竦んでいて恐ろしい。愛するを強いるからこそ恐ろしいのでは無い。恐ろしいから恐ろしいのだ。
「初めまして、ルミエール」
「……初めまして、【規制済み】」
その声すらも、ルミエールのそれとほぼ同じ。聞き慣れた者でも聞き分けるのは難しいだろう。
しかし、やはり、発せられる声の雰囲気が違う。それこそが、彼女と彼女が別人であることを証明する。
その瞬間、メレダは突然現れた女性的な人物に蹴り飛ばされた。確かにそこにいなかった、確かにここまで来ていなかった。
向かって来ていたのなら、テミスが止めているはず。常人ならそう考える。しかしメレダの智慧は、もう既に答えを導いている。
世界が歪んでいる。世界は歪み、空間が曲がり、先程までこの人物がいた場所とメレダの傍まで、空間が繋がったのだ。
転移魔法、では無い。転移魔法、及び空間属性魔法と言うのは基本的にそこにある物質を入れ替える。
それが可能なのは、世界は実質的に全てに繋がっているからだ。故に前と後ろと上と下、右に左に意味は無く、ただそこにあるだけ。
繋がっているからこそ別の空間を引くと、その穴を埋める様に空間が入れ替わる。この解説も本来不十分なのだ。故に魔法に造形が浅い者は、入れ替わるとだけ理解しておけば良い。
これは、空間が入れ替わっている訳では無い。それに加え、転移魔法で入れ替わるのは、正しく言えば空間では無く物質である。
これは物質が、入れ替わっていない。空間が曲がり、そして繋がっているのだ。
それは扉の様に使える。玄関の扉を潜れば、家の中に入れる。逆に家の中から扉を潜れば、家の外に出られる。
そう言う当たり前を、あの扉とも形容すべき世界の歪みが引き起こしている。
魔法では説明が付かない。魔法はあくまで世界の法則に従い、万能では無いのだ。万能な魔法と言うのはそれ相応の代償を必要とし、それは現実的に利用不可能である。
あれは、世界の汎ゆる法則に反している。そう、おかしいのだ。
そしてそれを引き起こしているのは、あの女性的な人物では無い。その人物はあくまで扉を潜っただけ。その扉を作ったのは、別の人物。
白い着物を着ている、今まさにテミスと刃を交えているあの狐面の女性が作り出したのだと、メレダは結論付けた。
そしてそれは正解である。
テミスは先程まで戦っていた女性的な人物があちらに動いたことを知ると、すぐにルミエール達へ駆け寄ろうとした。しかしその道を白い着物の女性に阻まれ、その直後にテミスの体は黒い鎖に縛られた。
見れば、背後に黒い髪の男性がいる。その左腕をテミスに向けて伸ばし、その鎖を自在に操りテミスの体を
縛り付けたのだ。
「本当はこんなことしたくないんだ。お前なら分かってくれるよな、テミス」
「いいえ、全く」
「ああそうかい。じゃあこれ以上は納得して貰うことは諦めよう。さあどうする。幾ら時を止めても体が動かせなくちゃ何も出来ねぇだろ」
「……あー成程。貴方頭がそんなに良くないみたいですね」
「……心当たりが何個か」
「でしょうね。それに、人と戦った経験もそこまで無さそうです。それよりも巨大な、それよりも強固な怪物と多く戦って来た。そんな所でしょう。攻撃に技術が少なく、力任せで只管に巨大。ただ魔法技術は目を見張る物がありますね」
テミスの周囲に漂う二対の腕が黒い鎖に触れると、その手に光が集まった。
「"胡蝶の蠱"」
蝶を模したエーテルの塊が男性の鎖に群がったかと思えば、それは淡い紫色に発光した。その光に照らされた鎖は、まるで肉の様に腐敗し、そして蛆が這い始めた。
やがてテミスが軽く体を動かすだけでその鎖はぼろりと崩れていった。腐敗は鎖を伝って更に広がったが、男性はその腐敗が左腕にまで到達する前に、右手の剣でその鎖を断ち切った。
テミスには安堵する暇も無い。安堵する必要も無い。
隙を突こうと白い着物の女性が走り出し、その刀を振るった。しかしテミスの周囲に浮かぶ一対の腕、その懐中時計を構える腕が鎖を両手で伸ばし構えると、その刃を鎖で受け止めた。
その刀の時は静止し、女性が幾ら動かそうと力を込めても動かない。女性は一瞬で諦め、そのまま足元に世界の歪みを作った。
女性の体はするりとその扉と形容するべき歪みに落ちたかと思えば、テミスの背後に現れその脇腹に回し蹴りを激突させた。
だがその直後にはテミスが自身の時を加速させ、その場から消え去った。しかしその動きも黒い髪の男性に追い付かれ、結局ルミエールの傍に行けない。時を止めたとしても、あの金髪の女性と交戦する。
ここからルミエールの場に行くのは非常に困難だ。よってテミスは、この二人の相手に集中することを決断せざるを得なかった。
その間、ルミエールとメレダは少々の境地に立たされていた。
そう、隻腕の男性、今は隻腕では無いが、彼が玉座の間の戦いに身を投じたのだ。何時の間にか作られていた天井近くの世界の歪みを潜り、ルミエールに視線を動かし、大きく口角を吊り上げた。
「酷いなルミエール! 俺を置いていくなんてよぉ!!」
彼は着地と同時に走り出すと、その左の拳をルミエールの頭部に叩き付けた。しかしその拳はルミエールの頭部を通り抜け、直後にはルミエールは男性の腹部に両手を押し付けた。
「"光を撃ち落とす"」
手から溢れたのは、彼女を象徴する光では無く、闇であった。黒よりも黒く、それでいて空よりも深い闇は、もしくは深淵は、男性の体を貫いた。
闇とは光以外の全てを飲み込み、そして黒く染め上げる物である。光すらも撃ち落とす闇であれば、その力は想像も絶するだろう。
男性の腹部は闇に染まった。いや、染まったのでは無い。闇が広がっているのだ。
その闇は肉を伝い、徐々に男性の上へと昇って来る。振り払えばその手の肉に侵食するだろう。例え布で肉を隠しても、今度は布を蝕みその中の肉まで到達するだろう。
もう既に、腹部に集中している男性の臓器の殆どは使い物にならないだろう。まず形を保ってもいない。
腹の闇が昇り、遂には喉仏にまで侵食したが、直後に男性はルミエールの腕を左手で掴んだ。それと同時にその闇の侵食もぴたりと止まった。
「そう言うのも魔法なのか? それとも、お前等が使える技? みたいな感じなのか?」
「魔法とも言えるし、魔法では無いと言える。この世界は魔法現象だけで出来てる訳じゃ無い」
「ああ、成程。ある意味では納得した」
男性はそのままルミエールの体を左手一つで軽々と持ち上げ、そのまま投げ飛ばした。
左手は依然ルミエールの方を向いている。左手の人差し指をルミエールに指差すと、その先端から稲光が走った。
雷はルミエールの左腕にまで走り、そして辺りの音を矮小に感じさせる程の轟きが響いた。
ルミエールの白い肌に蚯蚓の様な火傷痕が左腕から広がったが、それは一瞬の内に治った。一切の問題も支障も無い。
男性の闇は一切の動きを見せない。むしろ男性の周囲に漂う幼さを残す両腕がその闇を撫でると、その箇所が光に包まれ徐々に元通りになっていった。
相変わらず、両者の戦いは酷くつまらない。
すると、先程その男性が潜った世界の歪みから、黒い帽子の女性が飛び出した。その女性は視線を回し、殆どの状況を瞬時に理解した後に、抱えている機関銃の銃口をルミエールに向けた。
引き金を思い切り引き続けると、無数の銃弾がルミエール目掛けて飛んで来る。込められている力は魔力、とも言い表せるが、少々違う様だ。
しかしルミエールは冷静であった。彼女の周りに漂う一本の腕が向かって来る銃弾に手を向けると、その全てが時が止まった様に静止した。
もう一本の腕が手を振り下げたと思えば、その銃弾達は一つの例外も無く重力よりも強い力で落下した。
「うっそぉ……ひょっとしてこの世界って銃火器あんまり? それとも接敵する人達が尽く滅茶苦茶強いだけ?」
その直後、世界の歪みから今度は薄衣の少女も現れた。
薄衣の少女は手を翻すと、そこにマリオネットを操るコントローラーが現れた。
少女が少しだけそのコントローラーを傾けると、ルミエールの右手の手指に糸が絡んだ。そのままコントローラーを逆に傾けると、ルミエールの手指を括る糸はぴんと張り、その右手を上へ挙げさせた。
だが、ルミエールはその右手を力任せに握り締め、思い切り振り下げた。
すると、少女の手に持つコントローラーはその動きに合わせ思い切り引っ張られ、それを掴んでいる少女の体ごと床に叩き付けられた。
瞬間、その一瞬の隙を見逃さず、男性がルミエールに攻撃を仕掛けた。
しかし男性の攻撃が激突する瞬間、ルミエールはふわりと消えた。
風が吹いた。強く、春を乗せ、風が吹いた。
桜の花弁を散らしながら、東から、南から、西から、北から、風が吹いた。
ルミエールの刃は、全て星皇の為に使われなくてはならない。彼女は執行者である。星皇の意思を執行する者である。
しかし、今は、自身の為に力を使っている。
彼女は今も、恋い焦がれている。
「櫻、櫻、彌生の空は、見渡す限り――」
童謡らしい歌が、何処か幼いルミエールの声で聞こえる。しかしそれは、どうにも耳元で歌っている様に聞こえるのだ。隣に、ルミエールはいないのに。
瞬間、立ち上がった薄衣の少女の首が両断された。その胸に銀の大剣が突き刺さっており、血の代わりに白百合の花弁が溢れていた。
そして、その首から桜の枝が細く儚く伸び、少しの花を咲かせた。
「霞か雲か、匂ぞ出る――」
黒い帽子の女性は、嫌な予感、それも気配とかそんな物では無い。逆に、静か過ぎるその空気に、心地の良い暖かさを、不気味に思ったのだ。
その機関銃を構えたが、瞬きの次の視界には、その銃口が三つに切り分けられた姿だった。
女性はすぐに帽子を掴んだが、その腕すらも両断され、次には首が両断された。
一瞬の内に銀の大剣が胸に突き刺さったかと思えば、やはり血の代わりに白百合の花弁が溢れ、その首から桜の枝が伸びた。
「いざや、いざや、見にゆかん」
瞬間、男性は振り返り、拳を振るった。
その拳は、ルミエールの刀に直撃したのだ。ようやく、ルミエールは姿を表したのだ。
「ホラー映画かよ、お前」
だが、男性の喉に深々と切創が刻まれた。それに驚愕する暇も無く、男性に向けて銀の大剣が向かって来た。
すぐにそれを避けたが、首から溢れる血は、やはり白百合。いや、桜の花弁も紛れている。
そして、ルミエールは姿を消した。だがまだ声は聞こえる。
「籠目、籠目、籠の中の鳥は、何時、何時、出やる――」
男性が突然身を屈めると、先程まで男性の首があった場所に桜の花弁が派手に散った。
「夜明けの晩に、鶴と亀が滑った、後ろの正面――」
男性が背後に気配を感じ、後ろに振り返ると、そこにルミエールはいなかった。そう、逆である。
前に、男性の正面にいる。
「だあれ」
ルミエールの刀は男性の首を狙ったが、男性はその刃を避け、何歩か足を後ろに進め、現れたルミエールから距離を離した。
ルミエールの姿は、先程までの雰囲気とは違っていた。白と黒が入り混じった髪は床に付く程に長く伸び、表情は長い前髪に隠されている。
そして、振られている刀の柄が変形しており、そこから桜の枝が少しだけ伸び、花が咲いていた。
ルミエールの姿はもう一度ふわりと消えた。
男性は大きく息を吐いたかと思えば、手を地面に置き、四足の獣の様な姿勢を取った。それに似合う黒い十の角を頭部から生やし、獣には似合わぬ王の冠をその頭の上に浮かばせた。
彼の周囲に漂う三つの両腕も、彼の腕の様に獣の前足の様に床に手を付けた。
彼は奴隷の王、しかし最早、彼を縛る鎖は断ち切られている。
そしてルミエールの声が、また響いた。
「通りゃんせ、通りゃんせ、此処は何処の細道じゃ。星神様の細道じゃ――」
ルミエールが現れる前に、男性は動き出した。
一瞬の内に跳躍した彼の体に、静けさが襲い掛かった。その直後に、ルミエールは彼の更に上へ現れた。
その異質な一つの目にある四つの瞳で男性を睨み、そしてその刃を振り下ろした。
ルミエールの戦いの最中、メレダも苦戦を強いられていた。
「……やり辛い……」
メレダは苦言を呈しながら、その杖を女性的な人物に向けて振るった。
その人物の足元が僅かに輝いたかと思えば、そこから宝石にも似た輝きを発する魔力の塊が無数に浮かんだ。
一つの輝きが割れると鉄すら溶かす炎が、一つの輝きが割れると空気も凍る冷気が、一つの輝きが割れると星の意思を伝える暴風が、それぞれから放たれる。
それ等が晴れた頃にメレダが目にしたのは、あの女性的な人物の周りに、黒い羽虫の様な何かが群れを為して、一片の隙間も開けずに囲っていたのだ。
その防護壁に小さな穴が空いたかと思えば、そこから一瞬の内に二発の弾丸が放たれた。しかしその銃弾はメレダがその金の大剣を振るうと、その場で静止した。
メレダがそのまま指でぴんと弾くと、鉛の弾丸は粉々に砕け散った。
やがて黒い羽虫の様なそれが飛び立ち、女性的な人物は姿を現した。その隣には赤い傘を広げる白い髪の女性がいた。
その女性は、隣の女性的な人物に視線を送った。
「merrl?」
「verl. remm qojarm」
女性的な人物が構えている銃は、確かテミスとの交戦中に投げ捨てた物だと、メレダは記憶している。
だが、あの人物は刀を鞘に収め、その銃を手に持っている。
メレダは汎ゆる疑問の解を求めながら、背中から伸びる三つの白い片翼を思い切り伸ばした。
「……初めまして、【規制済み】」
メレダは一つの疑問を解消させた。
あの黒い羽虫、あれは小さな金属片だ。より言うなら、赤い傘を持っているあの女性に意思に従って動く黒い金属の集合体。
同一の意識によって統率されている為、その動きには寸分の狂いも無く、汎ゆる耐性を兼ね備えている、正しく万能な素材、夢の様な金属の加工品。
「私のこと、知ってる?」
「……verl」
「そう。貴方の名前は――……別に良いか。私がもう呼んだし」
「founnt gejaer 【規制済み】? uvi 【規制済み】?」
「ze serq melleda. uvee 【規制済み】」
その人物は僅かに俯いた後、再度銃口をメレダに向けた。
「jarn, 【規制済み】」
その人物は引き金を何度も引いた。銃弾が切れるまで何度も。だがその全てはメレダを貫かない。必ず命中する前に静止する。
それで良いのだ。あの人物にとっては。
その人物はメレダの背後にいた。手に持っている銃は上へ投げ飛ばされており、その刀の柄を逆手に掴んだ。
腰に結ばれている下緒に突然火が点き、一瞬で焼き切れた。腰から吊るされている鞘が落ちれば自然と刀が抜かれ、その人物はそのまま刀を振り上げた。
それよりもメレダが速いのか、彼女は振り向き、そのまま大剣を盾の様に扱い身を隠した。
その人物の太刀の刃は大剣に阻まれたが、その腕を勢い良く後ろに下げると、その勢いのまま刀を順手に持ち替えた。
その人物は刃を上に向けながら腕を大剣のすぐ隣で伸ばし、手首を捻るとその刃はメレダの大剣を握る手の首を切った。
すぐにメレダは大剣を横に振ったが、男性はその振っている方向と同じ方向により速く腕を回し、メレダの大剣の剣先が上へ向かった瞬間、自然と、そして流れる様に、一切の無駄も隙も無く、その隻腕の肘を思い切り曲げ、突きの体勢を整えた。
「"焔"」
その人物がそう言うと、太刀の頭の部分が僅かに爆ぜた。それと同時にその人物は体全体を使い、効率良く、最大限に力を伝わらせ、突きを放った。
速かった、只管に速かった。一閃と形容するにしても、余りに速過ぎるのだ。
だが、その剣先はすぐに静止する。メレダの頭部を狙った突きは、彼女の結界魔法により阻まれていたのだ。
しかし戦闘は更に激化する。メレダがもう片方に持っている杖をその人物に向けると、白い光が先端に集まった。
「『"天頂へと届く光"』」
その人物の頭部を狙った消滅の光。その人物は至って冷静に腰を後ろに曲げ、上体を反らした。
光がその人物の上を通り抜けた瞬間、その人物は自分の刀の柄を口で咥えた。
上体を戻したと同時に、自分の後ろに落ちて来た銃を上げた踵でボールの様にもう一度強く上へ飛ばした。
直後には、上へ向けられたメレダの大剣の先が勢い良く振り下ろされた。しかしそれよりも速くその人物は足を運び後ろへ飛んでいた。
もう一度落ちて来た銃を今度こそ手で掴み、慣れた手付きでマガジンキャッチのレバーを押し、銃を振って弾倉を床に落とした。
メレダの魔法も交えた猛攻を全て避け切り、その人物は銃をまた上へ投げた。そして背中に手を回すと、隠し持っていた既に銃弾が込められている弾倉を手に持った。
落ちて来た銃に卓越した空間認知能力と、異常な器用さで弾倉を差し込み、グリップを掴み弾倉を膝で更に押し込んだ。
刀の柄を口から離し、その銃のスライドに力強く噛み付いた。
そのまま銃を右に、頭を左に動かし、スライドを無理矢理引いた。一つの薬莢が飛び出し、それが落ちた直後にまた銃口をメレダに向けた。
落ちた刀は爪先で小突き、飛び上がったそれをもう一度上へ蹴り、そしてその柄にもう一度力強く噛み付いた。
「……器用」
その様子と常人なら想像もしない行動に、流石のメレダもそんな声を漏らしてしまった。
二発、弾丸が放たれた。しかし、やはりメレダの防護魔法に阻まれる。
だがその次の瞬間に、金髪の女性がメレダの上に突然現れた。
それとほぼ同時に、女性的な人物は走り出し、刀の柄を掴み銃を咥えた。
連撃、呼吸すらも間に合わない連撃が防護魔法に切り込まれている。本来無意味であるはずなのに、狂った様にそれは続けられる。
刃が防護魔法に当たる度に爆熱を発し、解除をすることも出来ない。
そして、金髪の女性が防護魔法に足を乗せると、そこにナイフで二本の縦線を刻み、その間に斜線を一本刻んだ。
明るい青色にその刻んだ図形が輝いたかと思えば、音を立ててメレダの防護魔法は破壊した。
「貴方、綺麗な肌ね」
金髪の女性がそう言いながら悪魔の様な笑みを浮かばせ、メレダに刃物を向けた。
その足が床に付くと同時に、女性的な人物の刃までメレダの首元に迫っていた。
しかし、メレダの姿はそこから消えた。転移魔法だろうか。彼女は、三つの片翼を広げ、二人に向けて杖を向け、それを左に振った。
瞬間、二人の体に衝撃が走った。それは二人の体をメレダが杖を振った方向の先に吹き飛ばす衝撃で、それに逆らうことも出来ずに足を床から離した。
だが、二人の体を黒い羽虫の群れが優しく包み込んだ。衝撃を最大限に和らげる形状と動きをさせ、二人を受け止めたのだ。
メレダの視線はすぐに狐の面を被っている白い髪の女性に向く。
「……物理現象の最高到達点は、やっぱり面倒か」
メレダのその言葉のすぐ直後、彼女の姿は白い髪の女性の背後に現れた。
白い髪の女性が反応するよりも先に、その杖を女性に向けた。しかし彼女の魔法が発動する直前、その杖を持つ手は切断されることになる。
女性的な人物が、その刃を振るっていた。その人物の刃が、メレダの手首を切断させた。
その人物はぱっと柄を離し、咥えている銃を手に取り、引き金をすぐに引いた。
再度メレダは防護魔法を貼ったが、その弾丸はそれを通り抜けメレダの頭部を撃ち抜いた。防護魔法を貫通した訳では無い。
もっと別、もっと別の理由だ。
メレダはその銃痕を回復魔法で治しながら、答えに辿り着いた。
豪華な着物を着ている黒い帽子を被っている女性。あの女性が答えだ。
あの女性は自分達に向けて、両手の親指と人差指で四角を作り、その四角の中から自分を見詰めている。
そして、世界の歪みを感じ取った。彼女も、世界の歪みを生み出せるのだ。
一瞬の思考、それによって生まれた一瞬の油断。メレダの脇腹に金髪の女性のナイフが突き刺さった。
その脇腹に激痛が走ったかと思えば、その傷から皮膚に広がる黒い亀裂が走った。亀裂はメレダの首まで届いたかと思えば、その亀裂は首をぐるりと回った。
直後、女性的な人物はゆらりと体を揺らしたかと思えば、メレダの背後に一瞬で現れた。
メレダの首は、突如両断された。
しかし、メレダの体はまだ動く。彼女が足を強く床に叩き付けると、そこから風が強く吹いた。それはやがて天井まで届く大きな竜巻となり、やがて黒い焔を巻き込み灼熱の地獄を生み出した。
メレダはその竜巻の中心で手を合わせると、彼女の両断された頭は浮かび、その首の上に乗り、繋がった。
メレダは一度手を叩くと、その竜巻は一気に散った。しかし散った黒い焔は、雨と同じ速度で天井から落ちたのだ。
皮膚に触れるだけでそこは黒く変色し、そして腐敗した。皮膚が無くなれば顕になった筋繊維が燃え上がる。
だが、金髪の女性は無事だった。そのまるで神に祈るかの様に手を合わせ、そして言葉を発した。
「『神域』」
彼女の首から桜の枝が突き破り、その枝の先に花が咲いた。
「"【規制済み】"」
メレダは確信した。そして理解した。
「……そう、貴方は理解してるんだ」
桜が散った。桜が舞い散った。
四つの四隅から吹く風は桜の花を散らせ、やがて春の訪れを予感させた。暖かく、それでいて恐ろしい。そんな春が、この空間を満たした。
メレダの黒い焔の雨は、姿を消した。鎮火した、と言う単純な理由では無い。
もっと別の、超越したそれは、メレダの魔法を無力化させた。
「いいえ、私はまた何も理解していない。だから、まだ旅を続けるのよ」
金髪の女性は天を見上げ、そして言葉を続けた。
「言葉は隠され、ヴェールの向こうに押し込まれた。けれど私はヴェールの向こう側を見詰める者。貴方もそうなんでしょ?」
「勿論、私も【規制済み】」
「ほら、また言葉を隠した」
金髪の女性は手に持っているナイフを逆手に持ち替え、その言葉を続ける。
「星空が見えない世界を維持する為に、貴方は【規制済み】を【規制済み】して言葉を隠し続け、改変を続け、それを積み上げ、【規制済み】【規制済み】【規制済み】【規制済み】」
「それ以上の発言は許さない」
「【規制済み】された言葉も生まれ変わる。【規制済み】【規制済み】【規制済み】 【規制済み】【規制】【規制】 【規制】【規制】 【規制】 【規制】【規制】【規制済み】 【規制済み】【規制】【規制】【規制済み】」
「そんなことを伝えたかったの?」
「あら、もっと口汚く罵れば良かったかしら?」
メレダはため息を吐いた。その直後には、背中から生える白い三つの片翼を羽撃かせ、何とも優雅に飛んだ。
金髪の女性を見下ろし、メレダは死にかけの表情筋を動かし、微笑を浮かべた。
「愛って言うのは厄介。私にとっても、貴方にとっても」
その杖を大きく振ると、彼女の周りの四つの四隅から風が吹いた。
「貴方は彼を愛した。それと同じ様に、私も彼を愛した」
「いいえ、私が愛したのは彼女よ」
「……彼女?」
「私は彼女を愛している。誰よりも、何よりも」
金髪の女性は、メレダに微笑を返した。
「もう窓は閉められたって、まだ気付かないの? いいえ、私と貴方に、初めから窓なんて無かった。ただ先が同一であり、更に後の影響でその先すらも変化した」
金髪の女性はメレダと同じ様に、白い三つの片翼を背中から広げた。
「図形すらも、最早違う。初めから中にある図形は違うとも言える。そして私は腐乱死体の状態から体を起こし、そして辺りを見渡した。貴方とは違う。いや、貴方はもう起き上がっているのかしら? けれど私は貴方の先に行っている。スーザンの言葉は間違っていると、今の私なら胸を張って言える。私は私が虚構であると言えず、そしてその証拠はもう求められた。意識とは錯覚では無いと、証明された」
彼女の隣に、豪華な着物を着ている黒い髪の女性がゆっくりと歩き、その手を優しく握った。
金髪の女性はその女性に向けて微笑むと、黒い帽子の女性も微笑んだ。
「物理的化学的電気的に、貴方は人間と同じ反応を示す。けれど、私からすれば貴方は死体にしか見えない。証明してみせて。貴方は、腐っていないと」
金髪の女性の言葉に、メレダは僅かな思考の末に、頭を傾け右目を大きく開いた。
「まず、あの子を殺す」
メレダがそう言って指差したのは赤い傘を広げている白い髪の女性であった。
「いや、最初は、やっぱり貴方の隣のそいつかも。その次に貴方。最後の一人は、私が殺せるかは分からない」
「やってみなさい。貴方は自由なのだから。けれど私は愛を叫び続ける。簡単に殺せるとは思わないで」
「……もう、無駄かも知れないけどね」
メレダの視線は金髪の女性の隣の、女性の方に向いていた。
それとほぼ同時だろうか。豪華な着物を着ている黒い帽子の女性は、天井を指差した。いや、そのシャンデリアを指差した。
手指で行われる会話から、金髪の女性はシャンデリアにジークムントの体が封印されている水晶があると理解した。
「ほら、もう、終わりに近付いている」
メレダの言葉の直後、天井付近に一人の魔人の男性が現れた。彼の名は"スタニスラフ"、宮廷守護魔導衆第二席の人物である。
そのスタニスラフは複数のナイフを投げると、投げたナイフが消えたかと思えば急遽駆け付けた親衛隊、師団長、そして聖母がそのナイフの代わりに現れた。
「遅れました! 現状戦力を集中させ、今ここに!」
その行動こそが、この混沌とした状況において最悪だとも知らずに。
状況確認の為の、一瞬の時間。その時間に、現れた全員が釘付けになる人物がいる。
狐の面を被る女性的な人物だ。彼等彼女等は、その人物に立ち上がった死者か何かを見ている様な、そんな表情すらも向けていた。
そして、その人物は狐の面を外した。
現れた素顔に、確かな素顔に、視線を向けている全員がほぼ同じ感情を抱いた。
その人物の素顔は失くした右目を眼帯で隠している整った顔立ちであった。
その人物は、実は女性では無い。女性的で美しい容姿をしているが、男性である。つまり彼女では無く、彼である。
そして、果たして知っている者はこの中にいるのだろうか。彼の容姿は、カルロッタの魔法の師匠と、殆ど同じである。
似ている、では無い。酷似している、では無い。全く同じなのだ。強いて違いを言えば髪色と目。そして身長だろうか。この人物の方が背が高い。
カルロッタの師匠の身長は175cmであるが、彼は178cmである。
雰囲気も、ひょっとしたら違うかも知れない。その恐ろしさは健在だが、彼の方を見れば窶れてしまう程に哀愁を感じる、かも知れない。
突然、セレネが叫んだ。
「何故ここにいる! 答えろ! 答えろ!! 言えッ!!」
彼女は、何かを勘違いしているのだろう。溢れ出した感情は激昂であった。
世界が僅かに歪んだ。その歪みは、スタニスラフの更に上、天井に現れた。その扉を潜り、赤髪の女性が現れた。
困惑、混乱、その一瞬、油断、熟考に浸った彼等彼女等に向けて、腕を振るった。両腕から一人の人間から出るとは想像出来ない程に赤血が溢れ、それが音を置き去りにさせる程に速く走った。
それは彼等彼女等の頭頂を貫き、体の中で無数の針に別れ内部から貫いた。
赤髪の女性が未だに戦っている隻腕の男性に視線を向けると、小さく口角を上げた。
勿論メレダも、ルミエールも、テミスもその赤血を避けている。彼女達はもう、理解しているのだ。故に油断も熟考も行う必要が無い。
彼の正体は、もう知っているのだ。
「"頂門の一千針"」
女性的な彼は銃を口から離しそう言った。彼の周りに火が舞い上がったかと思えば、その火の中に千の鉄の塊が現れた。
それを冷やす様に水が降り掛かったかと思えば、現れたのは千本の針。針と言ってもその長さは彼の腕くらいの長さはある。
すると、隣にいた白い髪の女性が、彼が外した狐の面をもう一度着けさせた。
その二人に、メレダは杖を大きく振るった。
彼女の背後に突然氷で作られた巨人が現れ、それが拳を握り腕を振り下ろした。
しかし、白い髪の女性が思うだけで黒い羽虫が集まり、更に増え、集まった。
それは強固な盾となり、二人の前に大きく立ちはだかった。氷の巨大な拳は黒い羽虫を殴り、僅かに亀裂が入った。
直後、彼の周りに飛び交う千の針の後ろに火が点いた。その熱の威力によって更に高速に動き、氷の巨大な腕に深々と突き刺さった。
刺さった針が赤熱したかと思えば、それは更に膨張して黒煙を発しながら爆発した。
次の瞬間には、黒煙を掻き分け、女性的な彼と金髪の女性が、その巨大な氷の腕の上を走っていた。
メレダがその二人に向けて杖を向け振り払うと、水飛沫が舞い散り、それは数百匹の鮫の形に変わった。それは十二の星座を司る星天魔法の一つ。
だが女性的な彼の周囲に漂う針が勢い良くその鮫の頭頂部に向かい、その水に突き刺さった。赤熱し、そして黒煙を吐いてそれは爆発した。
水は容易く蒸発し、そして消え去った。
メレダが杖を振ると、鉄の塊が彼女の頭上に現れた。それは蛇の様に伸び、蛇行し、そして牙を二人に向けた。
噛み付こうとする巨大な鉄の蛇の口の中に金髪の女性は飛び込み、そのナイフを鉄に突き刺した。突き刺さったのだ。まるで果実に突き刺す様に、少し力を込めれば簡単に。
彼女が持つナイフが、太陽の様に光り輝いた。そしてその輝きに見合う熱が一気に放出され、鉄に熱が伝わり、赤く染まり、そしてどろりと溶けたのだ。
メレダの猛攻は止まらない。そして止められない。
彼女は、二人に金の大剣の剣先を向けた。彼女の大剣が白銀に輝いたかと思えば、神の意志とも捉えられる厳かで清浄な星の光が放たれた。
聖なる星の光は光線となって二人に降り掛かった。だが、瞬きの次には、二人の姿は消えている。メレダのまた背後、女性的な彼は現れた。また世界の歪みを潜ったのだ。
振り被った刃はメレダの首を的確に狙っていたが、突然メレダの体は縮まり、普段の幼女の姿に戻った。服もその体では大きく、どうにもその小さな手であの大剣を振れるとは思えない。
刃は小さくなったメレダの頭上を擦り抜け、メレダは直後に彼に杖を向けた。
瞬間、彼の体は強く吹き飛ばされたが、彼の背中に現れた世界の歪みを潜り、メレダの上へ移動した。
そして、金髪の女性がメレダの眼前に現れたかと思えば、そのナイフが胸部に向かった。
だが、メレダの防護魔法でもう一度阻まれる。しかしその防護魔法も一瞬にして崩壊することとなる。
千の針が、メレダの防護魔法に突撃を始めたのだ。流石のメレダの魔法でもこれ程の威力の爆発を連続して込めれば、破壊は免れなかった。
しかし、結局金髪の女性のナイフは彼女に刺さらなかった。金の大剣がメレダの魔法により空中を走り、そのナイフを弾いたのだ。
メレダが杖を振り上げると、ドラゴンの形をした白銀の焔が床から舞い上がった。それは金髪の女性を軽々と飲み込んだ。
ドラゴンはそのまま天井を優雅に飛んでいたが、突然首を曲げ大きく鳴いた。
その腹の中から荒れ狂う海の様な音が聞こえたかと思えば、その炎の腹を突き破り、金髪の女性が風を纏って現れた。
金髪の女性はメレダをほくそ笑み、空中に輝く文字をナイフで刻んだ。それが明るく赤色に輝くと、メレダの小さな体は大きく吹き飛んだ。
女性的な彼が刀を手放すと、世界の歪みが彼の手元に現れ、そこから銃を取り出した。
何度も、弾が切れるまで引き金を何度も引くと、放たれた弾丸は無数に作られた世界の歪みを通った。
それが入口だとするなら、出口が存在する。そう、メレダの周辺に、その出口である世界の歪みが現れた。
出現した弾丸はまた新たな世界の歪みに入り込み、そしてまた別の場所から現れる。
メレダは、弾丸の雨に閉じ込められたのだ。
そして、金髪の女性はそんな弾丸の雨を悠々と飛び、メレダに急接近を仕掛けた。メレダは咄嗟に防護魔法を張ったが、その内側に世界の歪みが現れ、そこを通って一発の鉛の弾丸が入り込んだ。それはメレダの首筋を貫こうとしたが、彼女のそこに現れた金のドラゴンの鱗によって弾かれた。
しかし、もう一度メレダの防護魔法は千本の針によって破壊された。
そして、金髪の女性は金の鱗が目立つその首筋にナイフを突き立てたのだ。やはりそのナイフは容易く肉に突き刺さり、そして悪魔の様な笑みを浮かべた後、それを思い切り振り下ろした。
一直線に肉を切り裂いたその切創が黒く輝いたかと思えば、メレダの体はぴたりと、その場で止まった。
しかし、メレダは負けず嫌いであった。負けたとしても、敗北を悟ったとしても、最後に一矢報いる為に、その次の為に、既に行動を起こしている。
金の大剣が、金髪の女性の背中に突き刺さり、胸を貫いたのだ。金髪の女性も驚きを隠せておらず、血の代わりに白い花弁が溢れるこの事象に困惑していた。
そして、金の大剣がその大きさを小さくさせると、やがて彼女の心臓に深々と突き刺さる呪いと化した。皮膚は金髪の女性の意思とは関係無しに再生し、その呪いを切除することは物理的に不可能となった。
「ざまぁみろ」
メレダはその一言を残し、呼吸すらも停止させられた。死んではいない。時が止まったと形容すべきだろう。
そして、女性的な彼はメレダの静止が確認されたと同時に、シャンデリアの方へ白い一つの片翼を広げて飛んだ。
すると、傍観を決め込んでいた豪華な着物の女性が黒い帽子を手に取ると、彼女の周りに黒い羽虫が集まった。
それは群れを為して彼女の足元に集まると、彼女の体を上へ持ち上げた。
そして、豪華な着物の女性と女性的な彼の二人が、シャンデリアと天井を繋ぐそれに辿り着くと、着物の女性は黒い帽子の中に手を入れ、そこから太刀を抜き出した。
両者が刀を振れば、シャンデリアは切断され、床へと落ちたのだ。
そして、床に落ちて破壊されたシャンデリアの中心を、ルミエールが見詰めていた。
「やられた……!」
しかし、ルミエールの頭部に隻腕の男性の拳が叩き込まれた。その一瞬の隙を更に突かれ、ルミエールの足元が固く凍り付いた。
「行かせる訳にはいかねぇなぁ!! ルミエェールッ!!」
テミスも状況を察知し、落ちたシャンデリアの方へ向かおうとしたが、それを黒い髪の男性に阻まれる。
その剣を打ち合い、その黒い焔で行く手を阻まれ、交戦を余儀無くされる。
そして、シャンデリアの中心で、豪華な着物の女性は水晶を手の上に乗せていた。その水晶は、本来なら破壊は不可能である。
しかし、彼女は世界に歪みを作る者。空間を歪ませる者。水晶に、亀裂が走った。
それが強く光り輝いたかと思えば、突然天井にも亀裂が走った。何か、強力な衝撃が叩き込まれたのだ。
直後、水晶は砂の様に砕け散ったと同時に、天井が大きく音を立てて破壊された。そこから見えるのは、青い空。満点の、青い空。
崩れた天井の破片は床に落ちること無く、そこで時が止まった様に静止した。
ルミエールの髪を撫でる様に、誰かの手が伸ばされた。その手は、ルミエールの左手薬指に触れた。
「青空は久し振りだ。いや、そこまで時間は経っていないのかな?」
ジークムントが、ルミエールの背後にいるのだ。
彼は薄ら笑いを貼り付けながら、何とも楽しそうに足を進めた。ジークムントと名乗った少女の体に触れると、その笑みは一層深まった。
「本当に、良く頑張ってくれたね。感謝してるよ」
ジークムントは再度ルミエールに視線を向け、自分の掌に集まる星の輝きを見せ付けた。
「麦の穂、これは迷惑料として頂戴しよう」
「好きにすれば良い。どうせ貴方にとって必要な物になるだろうしね」
「……ああ、何だか、とても温かい。心地が良い。青い空と言うのは、こんなに感動する景色だとは。気付かされたよ。ありがとう、感謝しているよ、メレダ君」
ジークムントは白と黒の翼を広げ、崩れた天井まで飛んだ。
「止めたいならば止めてみると良い。もう僕は止まらない。そして、君が愛する彼もね。何方を選ぶのかは知らないが、君の自由意志を尊重しよう」
そう言って、ジークムントは星の光を纏って青空を飛翔した。ルミエールはそれを追い掛ける様に星の光を纏って青空を飛翔した。
向かう先はただ一つ、青薔薇の園である。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
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