多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ⑥
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「どうしたルミエール! 集中出来てねぇみたいだなァ!!」
男性は一瞬の内にルミエールの腹部に拳を叩き込むと、ルミエールはまるで落ち葉の様にはらりと飛んだ。
その腹部を殴った瞬間、その時に男性は違和感を覚えていた。何度か手を開いたり、閉じたりすると、その違和感に確信を持って発現した。
「なーんか、無い気がするな。子宮か? 排泄器官に類した物はあるが……それも自前じゃ無いな」
ルミエールはひらりと着地すると、その男性の言葉を返した。
「何回女の子のお腹を殴ったらそんなのに気付くの?」
「敵ならぶん殴る。そんなことやったら自然とな」
「成程、性格が終わって無くて良かったよ」
「何だ、俺が妻を殴る様な男に見えたのか?」
「……わりと」
「……泣くぞ? 良い歳の男がギャン泣きするぞ?」
ルミエールは、ちらりとテミスと戦っている女性的な人物に視線を向けた。その一瞬で、男性は距離を詰め、黒い影が纏った右手の拳をルミエールに叩き込んだ。
「成程、あいつは【規制済み】か。だからさっきからちらちらと――」
すると、ルミエールが手を翳すと、何もしていないのに、何もされていないのに、男性の舌が燃え盛った。
「その先を言うのは、今はまだ許されない。忌々しく思うのも理解は出来るけど、忘れないで」
男性の舌は一瞬で凍り付いたかと思えば、左手で触れると蒸気を発しながら、溶けた。
「ああ、忘れてないさ。……本当に、忌々しい」
「それが、【規制済み】である私達の使命。秩序蔓延る世界に混沌を。秩序無き世界に平穏を。でしょ?」
「何だお前。そんな堅苦しいことを考えてたのか?」
「ううん、全然。使命はもう果たされた。果たされてしまった。五百年前の【規制済み】戦争でね。私は、彼と一緒に、空を見上げたり、海に潜ったり、花を慈しんで、一緒にサンドイッチでも食べられれば、もう全部どうでも良い。どれだけ逃げた先でも、それさえ出来ればもう幸せ」
男性はポケットから金色の指輪を取り出し、それを左手の薬指に嵌めた。その指輪には、十個の宝石が充てがわれており、初々しい。
「俺はただ不自由が許せなかった。何者かに縛られることが嫌だった。それを嫌悪した。俺はずっとその為に動いて来た。自由になる為に、自由になりたかった。そうだな……何の弊害も無く、旅を謳歌出来るくらいには。その為には何だって出来た。今後もそうだろうな。秩序も混沌も、行き着く終点は同じだ。勝者は自由、ただそれだけ。だから俺は、呑気に星でも数えられる世界平和も目指そう。苛烈を極め最早何の戦いかも分からない戦乱も目指そう。それが俺の役目だ。王たる役目だ。そして、俺を愛してくれる馬鹿共の為にも、俺はやるだろう」
ルミエールは男性の答えに、クスクスと笑っていた。
しかし、二人は争っている最中。雑談は程々にしなければならない。
ルミエールに祈りは必要無い。本来彼女と星皇は同等であり、そこに許しは必要無い。
そう、星の輝きは、ルミエールに答えることは無い。それはルミエールの意思によって姿を表す。星皇宮、その奥に鎮座する玉座の間。今、不死鳥の息が絶えそうとなっているその玉座。その前に並んでいる十二の剣。その一つが、今はルミエールの手の中にある。
乙女座は、彼女に贈られる。
それは銀の指輪に姿を変えた。その指輪には、ピンクのような色の中に赤やオレンジなどの様々な色が混ざりあい独特な光沢を引き出している宝石が充てがわれている。
そう、これは星皇が彼女に送った愛の印。彼女がまだ少女の様に恋い焦がれる彼からの贈り物。
彼女の周りに漂う六つの腕は、それぞれ銀色の剣を構えた。長さとしては、大体その腕と同じ程度であるが、その装飾からして単なる武具とは考え辛い。
それに答えたのか、男性は大きく笑った。
直後には、男性の背から、脇を潜り、首筋をなぞり、口角に指を入れ吊り上げる腕が現れた。それ等は、ルミエールの宙に浮かぶ腕と酷似していた。
一つの両腕は白く艷やかな女性の腕であり、もう一つの両腕は何処か幼さを残す女性の腕であり、もう一つの両腕は細いが男性の腕だろうか。
白く艷やかな女性の腕は首筋をなぞっており、幼さを残す女性の腕は彼の口角を吊り上げ笑みを作らせており、もう一つの男性の両腕は彼の前で腕を組んでいた。
「茶番劇の戦いをやろう」
「欠伸が出るくらいつまらない戦いを約束するよ」
ルミエールの『固有魔法』が再度広がった。ルミエールの『固有魔法』には結界が存在しない。故に定まった形が存在せず、伸縮自在である。
自身の周囲2mに展開し物理攻撃以外の全てを無効化する防護壁とするも良し、敵の距離まで広げその隙に攻めるも良し。この柔軟性とそれを可能にする彼女の知能と実力こそが、彼女が最強たる所以である。
男性は後ろへ跳躍し、宙に漂う三つの両腕に自分の体を後ろへ引っ張らせた。そのままルミエールに両手を向け、彼女の『固有魔法』の外側で赤血を放った。
それは一瞬の内に音よりも一歩劣る程の速度に達した。そのまま赤血の矛先はルミエールの『固有魔法』の中に入り、そのまま彼女に真っ直ぐ向かった。
速度に衰えは見える。しかしそれは、ルミエールの直近に迫る頃でも、人を殺傷出来る程の速度を維持している。
しかしルミエールは浮かんでいる一つの腕を振り翳したと思えば、その銀の剣の刃が赤血を切り裂いた。
「考えたね」
彼女の『固有魔法』"大罪人への恋心"は、魔法及び能力の効力を全て無効化させる。しかし物理的な現象までは無効化されない。
あの赤血は、加速させたのは能力である。しかし加速した赤血はそのままの勢いでルミエールに向かうのだ。
男性は確信を得たのか、広がる『固有魔法』から更に距離を取ったかと思えば、一対の女性の腕と共にルミエールに両腕を向けた。
一対の女性の腕からは先程よりも多くの赤血が別れ、七つの矛となって一直線に放たれた。
そして、男性の周りに風が強く吹き、それに氷の破片が飛び散った。鋭く光る氷の破片は男性の傍で徐々に加速しながら風に乗って回り、物理的にほぼ限界値の速度に達すると、風はゆっくりと向きを変え、それもまたルミエールに向かった。
そして、その攻撃を追い掛ける様に、男性も前へ前へと駆けたのだ。右手の拳を思い切り握り、渾身の一撃をルミエールに叩き込もうとしたのだ。
だが、無論ルミエールも対策は万全である。
「『固有魔法』」
そう、彼女ならば、可能なのだ。
「"シュレーディンガーの恋慕"」
本来『固有魔法』は、多くの魔力と、エーテルもしくはルテーア。そして何より己の全てを魔法的に理解する必要がある。
発動にも桁外れの魔力回路を構築し、それを可能にする魔力操作、更にそれを可能にする集中力が必要だ。
同時発動ともなれば、魔力総量もそうだが、脳がその情報の処理に追い付けないだろう。
そう、普通なら。それが生物なら。魔力にも限界のある存在ならば。
彼女は、世界の枠組みから全て外れることの出来る例外なのだ。
赤血の矛先は、確かにルミエールに命中し、貫いた。しかし様子がおかしい。氷の破片も、彼女の体を貫いた。
若干の困惑の最中、男性が振るった拳は、ルミエールの体の芯の中心を叩いた。しかしその拳は、まるで空を切る様に、空振った様な感触に襲われ、ルミエールの体を貫いた。
触れない。触れられない。干渉出来ない。確かにそこにあるはずの物質、更に言うならば原子、電子、その全てが、彼女を構成するその全てが、不干渉。
「貴方は私を認識している。私も私を認識している。私と貴方で、認識している私の姿が違う。たったそれだけ」
男性はすぐにその場から離れようとしたが、直後にルミエールは右手の人差し指をぴんと男性に向けた。
指先が一瞬だけ輝いたかと思えば、ルミエールは言葉を囁いた。
「『天頂へと届く光』」
人差し指から発せられた清浄な輝きは男性の右腕を照らすと、その右腕は灰となって崩れ去った。
しかし、それだけでルミエールの猛攻が終わるはずも無い。男性は何歩かルミエールから距離を取り、何処か幼さを残す両腕が灰となった右腕を優しく撫でていた。
「ああ、その腕、【規制済み】の両腕か。貴方のその三つの両腕の持ち主は誰? 一つは【規制済み】で、一つは【規制済み】って言うのは分かるんだけど……もう一つが分からないんだよね」
「……さあ、誰のだろうな。教えるかバーカ」
「あー馬鹿って言った。貴方よりは頭が良い自信があるのに。馬鹿って言った方が馬鹿なんだよバーカ。馬鹿は風邪ひかないって言うでしょ? つまりそれって馬鹿だから自分のことに鈍感だから気付かないって意味だと思うんだけど、どう思う?」
「じゃあ俺は馬鹿じゃ無いな。風邪は何度もひいたことがある」
「けど、ほら、自分のことには鈍感」
ルミエールが左手を翳すと、その掌の上に赤黒い肉の塊が現れた。それは一定のリズムでどくどくと脈を打っており、力強く、それでいて儚い。
そう、男性の心臓である。
「これくらいの過激さが無いと、面白く無いでしょ?」
ルミエールの笑みと同時に、彼女の周囲に漂う六つの腕がその心臓に銀の剣を突き刺した。
その直後、六つの銀の刃が男性の胸部を突き破り、その姿を顕にさせた。
六つの腕がその心臓から剣を引き抜くと、ルミエールはそれを上へ投げ飛ばした。鞘に収めていた刀の柄に指先で触れると、間髪入れずにそれを掴み、そして抜刀し、そして心臓を目にも止まらぬ速さで一刀両断にしてみせた。
やはりその直後に、男性の胸部から腹部にかけての肉と臓物は一瞬にして両断された。不思議な程に真っ直ぐで、見惚れてしまう程に綺麗な切創は、男性の体から力を抜き取らせるには充分だった。
「ここで終わらせる? それともリトライ?」
「残機は一つも減ってねぇぞ、馬鹿野郎」
男性は床の上に大の字で倒れている。しかし口先だけは一丁前だ。
だが、その口に見合うだけの強さを、彼は持っている。
踵を支点に不自然な動きで男性は立ち上がると、その胸の傷は徐々に回復していく姿を見せた。右腕は女性の腕が撫でる度に、傷跡は光に包まれ治っていき、今や肘まで回復している。
「……どうやって心臓を?」
「どうやってか……。言う訳無いだろ」
「それは残念」
その瞬間、男性の姿はルミエールの視界から消え去った。その直後に男性が現れたのは、ルミエールの背後だ。
跳躍と共に体を回し、右足の踵をルミエールの頭部目掛けて蹴り込んだ。ルミエールは激突の瞬間、咄嗟に右手を迫り来る足と自分の頭の間に入れ、直撃を防いだ。
しかし圧倒的な衝撃はルミエールの軽い体を飛ばし、壁に叩き付けた。"シュレーディンガーの恋慕"により、彼はルミエールに干渉出来ない。しかし、そんな状況でも彼は蹴りを、彼女に入れ込んだのだ。
そして、男性はまたルミエールの視界から消え去った。
直後にはルミエールの足元に男性の影が落ちたかと思えば、その影は大きく広がり、彼女の首を目掛けて伸びた。
ルミエールは刀を影に振り払うと、その影は一瞬で霧散した。かと思えば、今度はルミエールの五歩前に男性が現れ、その両手に慣れていないであろう刀を握っていた。
その刀を力の限り振り下ろしたかと思えば、その空を切った斬撃はやがて形となり、そして空気の刃となってルミエールに向かった。
まだここは"大罪人への恋心"の効力の範囲内。本来この様な芸当は不可能のはずだ。
しかしルミエールはこの一瞬で何が起きているのかを理解した。故に起こした行動とは、"大罪人への恋心"の範囲を思い切り絞った。
自身の体に沿うまで小さくすると、向かって来る空気の斬撃を素手で振り払った。
ふらりと、彼女は倒れる様な前傾姿勢になった。
その直後にルミエールの姿が消え、現れた場所は、男性がいる前では無い。背後の右斜を真っ直ぐ三歩進んだ場所。そこに、ルミエールは拳を叩き込んでいた。
音は後から響いた。衝撃は後から伝わった。光すらも置き去りにした不可避の拳は、何故かそこにいる男性の腹部に叩き込まれていた。
その直後に、"大罪人への恋心"の範囲はもう一度広がった。
ここ、星皇宮では有事の際には破壊されない様に、メレダが壁、床、天井、隅々まで形に沿う結界魔法を施している。それまで無効化しない様に、僅かに壁や床や天井にまで到達しない様に、0.0001mm程度の隙間を開く。
一瞬の内に、何人たりとも反撃が出来ない程に、ルミエールの小さな拳の連撃が男性の体に何百発も叩き込まれた。
だが、男性の周囲に漂う一つの男性の両腕がルミエールに向けて手を振り下ろすと、まるでジークムントが多様している見えない斬撃がルミエールを襲った。
しかしそれはルミエールの体を擦り抜けた。
すると、男性はその一瞬だけ緩まったルミエールの左腕の手を掴んだ。
「ボコスカ殴ってんじゃねぇぞルミエール!!」
そう、掴んだのだ。男性は再度ルミエールの体に干渉したのだ。
男性はその卓越した身体能力を存分に使い、ルミエールの腕を乱雑に振って投げ飛ばした。
かと思えば、ルミエールの周囲に浮かんでいた六つの腕の銀の剣が男性の首に容易く突き刺さった。
ルミエールは再度"大罪人への恋心"の範囲を大きく絞った。
男性の周囲に浮かんでいる一つの男性の両腕の両手で首を覆ったかと思えば、その手から放たれた斬撃が男性の首を切断させた。
離れた首によって六つの剣も落ち、男性は三歩程度歩いた後に、落ちた頭を首の上にまた乗せた。
幼さを残す女性の腕がまだ繋がらない首を撫でると、切断痕は光に包まれ、徐々に治っていった。
「しかし……対策されたか……。出来るとは思ってたが、早いな」
「そろそろ良いでしょ? 教えてよ、貴方の力を」
男性はポケットを弄り、持っている煙草の最後の一本を口に咥えた。僅かに残念そうに眉を顰めたが、男性は左手の指をぱちんと鳴らすと、その人差し指から火が上がった。
その火を煙草の先に点け、男性は人差し指を何度か振って火を消した後にようやく語り始めた。
「何が聞きたいのか分からないな」
「それが分からない程貴方は頭が回らないはずが無いでしょ」
「バレたか。……名前は『信仰』だ。分かりやすく言えば、その……えーと、何だ? ああ、そうだそうだ。お前の『固有魔法』と大体効力は同じと考えて貰って構わない。違いと言えば、お前みたいに広げる訳じゃ無く、俺の意思が重要で、それに効果の範囲も違うな」
「貴方らしい能力だね」
「能力じゃ無いんだなぁこれが」
男性はにやりと笑っていた。
すると、ルミエールは男性から目線を外した。自身の後ろを執拗に気にしており、それが遂に視線に現れたのだ。
しかし男性は、絶好の機会だと言うのに攻撃の素振りも見せない。見せようとしない。むしろその一瞬でも多く煙草を堪能しようと、大きく息を吸ったり、吐いたり。
やがて男性はルミエールに語り掛けた。
「焦ってるな。まあ、仕方無いか。後ろから確かに歩みを進めているあいつ等。ジークムントの場所はもう既に勘付かれているかも知れない。そんな不安が頭の上に浮かんでいるぞ」
「丸分かりだね。相当出来の良いコンタクトレンズでも付けてるのかな?」
「自前だ。人一倍目が良いもんでな。それで? 戦いを急ぐんだろ?」
「勿論。ちょっとだけ急ごうか」
ルミエールが指先を僅かに上げると、彼女の周囲に単純な魔力の塊が無数に出来上がった。
「使わせて貰うよ」
ルミエールの周囲に漂う六つの腕の剣が消えたかと思えば、それはルミエールの前で手を合わせた。
「『姉妹』」
ルミエールは腕を広げた。そして周囲の腕達も、まるでルミエールの腕だと言い張る様に広がった。
それは四つの両腕を持つ怪物の様にも見え、何処か麗しい聖女にも見えた。それは恐らく、この世界の全ての権利を持つ、天国の鍵を握り締める存在であろう。
そして男性は右腕を完全に治し、そのルミエールに歩みを寄せた。
ルミエールも、男性に歩みを寄せた。
互いが互いの射程距離に入った直後、二人はその場で足を止めた。
先に動けば、相手に攻撃を確実に入れられる隙が出来るだろう。しかし相手もそれを理解している為、何方が先に動くのか。
長く、しかし短い時間が経った。時間にしてみれば、凡そ三秒だ。短いが、二人にとっては相手に致命的な一撃を叩き込むのには充分な時間。
すると、男性が咥えた煙草の先が灰となり、僅かに下に傾いた。それが落ち、そして埃一つ無い床に落ちたと同時に、二人は動き出した。
振り被った両者の拳は互いを見詰めながらも交差した。
先に届いたのは、男性の拳だった。男性とルミエールでは、体格に大きな差があるのだ。この結果は明白だっただろう。
ただ、ルミエールはそんなことも想像出来ない程愚かな者では無い。彼女からしてみれば、こうなることも当然だった。故に対策は万全である。
魔力の塊が一斉に輝いたかと思えば、それが男性に向かった。一直線では無い。その全てが転移魔法により場所を変え、速度も変わり、不規則な動きで男性に直撃した。
迎撃も間に合わない。僅かな抵抗を男性が見せたと思えば、その一瞬でルミエールは抜刀し、その神速の抜刀術により男性の体を切り上げた。
すると、男性が右足で大きく床を叩くと、それを起点に氷の壁が一瞬の内に出来上がり、魔力の塊から身を守った。
しかしルミエールは、その防御手段も読んでいる。もう、"大罪人への恋心"の範囲を狭めている。そして広げ、ルミエールはその氷に周囲に漂っている腕の一つで触れた。
氷は一瞬で砕けたと思えば、もうそこに男性の姿は無かった。気付けば、男性はルミエールの背後で拳を振るっていたのだ。
しかしルミエールはそれを防ぐ素振りも見せない。かと思えば、彼女は左に向けて高く蹴りを入れた。すると、何故かその場にいた男性の胸部に蹴りが入り込み、その肋を一、二本砕いた。
男性の『信仰』は、汎ゆる事象を無視出来る。自身に降り掛かる魔法、能力、災厄、時間、法則、その全てを無視出来る。
その気になれば、彼は物理法則すらも無視し、その原子の体を捨てることも可能だろう。無論それをしたとしても、ルミエールはそれに対抗する手段も豊富であり、男性がそれをする理由は既に存在しない。
しかしこの力、非常に大雑把である。男性の強い意思と、降り掛かる事象に関して「自分なら対応出来る」と言う想像力とも言い換えられる絶対的な自信が必要となる。だが、この男性は極めて柔軟に、そして汎ゆる感覚で世界を極限まで正しく認識する高い知能を有している。
誰よりも自分を分かっている。故に誰よりも自分に自信が無い。故に誰よりもこの力を使い熟せない。
そして"大罪人への恋心"の効力すらも無視するのだが、それに対抗しルミエールは男性を"大罪人への恋心"の外側へ置いた。
何故そんな行動を起こしたのか。それは、この力の弱点に起因する。
それは、この力が降り掛かる事象を無視するのは、僅かな、とは言っても例え1mmの距離から発せられた場所から発生したタキオン粒子でさえも間に合わない程に極々少数の時間が経ってからであると言うこと。
つまり、『固有魔法』を広げて男性を中に入れると、その一瞬で、"大罪人への恋心"は男性の『信仰』を無効化させる。男性の力がルミエールの『固有魔法』に作用する前にルミエールの『固有魔法』が作用するのだ。しかし一度男性が強く意識すれば、『信仰』は効力を発揮し"大罪人への恋心"を無効化する。
つまりいたちごっこに近い、埒が明かない現象が起きているのだ。
そう、この戦いは、茶番劇に近く、欠伸が出てしまう様な、酷くつまらない戦いにしかならないのだ。
男性の周囲に漂う女性の腕が大きく動いたかと思えば、その腕から赤血が大量に溢れ出した。
その赤血は男性の体を包んだかと思えば、男性の後ろに向けて激流を生み出し、男性はその流れに逆らわずに体を動かし、素早く踵を返した。
そして、男性が腰の横辺りから何かを抜き出す素振りを見せると、その右手には太刀が握られていた。
「獲物は得意じゃねぇんだけどな!!」
力強く振り下ろした一閃は、魂さえも切り裂く忌避すべき攻撃の意思。放たれたそれは直撃こそすればルミエールの魂も切り裂き、自然の摂理に基づき切り裂かれた魂は亀裂を呼び、破損を引き起こし、魂を修復不可能なまでに粉々にするだろう。
ルミエールも勿論理解している。
すると、ルミエールの周囲に浮かぶ一つの腕の手の中に、三つの輝きが発せられた。それぞれの光には「秩序」「正義」「平和」を象徴し、そしてそれは三つ揃うことに意味がある。
三位一体となった輝きは、やがてルミエールの両手の中に隠された。ルミエールはそれを斬撃に投げ付けると、この世界にとって何よりも異質な男性の斬撃は裁きによって消失した。
間髪入れずに、ルミエールは辺りに漂う腕を集めた。ルミエールは両腕を突き出し、周りに六つの手はその両手に添える様に浮かんでいる。
その中央に清浄なる光が集まり、ルミエールの四対の両腕のその姿は、遥か古代に作られた異形の女神を模した美しくも畏怖して、跪いてしまいそうな異質感を持つ彫刻の様であった。
大きく膨張した輝きは一瞬だけ何とも寂し気に縮こまった。
「『"天頂へと届く光"』」
音は無い。音すらも消し去る光が男性に向けて放たれた。輝きの光線は男性の体を覆い隠し、直撃すれば右腕だけでは済まない。
しかし男性は、ルミエールと全く同じ様に、周囲に漂う腕を動かした。
すると、まだ幼さを残す女性の腕の両手の中心に輝きが集まった。
「『天頂へと届く光』」
やがてルミエールのそれと同等の輝きが男性から放たれた。男性はその輝きに煙草を吐き捨てると、それは灰すらも残さずに原子すらも崩壊させた。
互いが互いを消滅させ、そして輝きが輝きに飲み込まれ、やがてその輝きすらも消失した。
「……まさか、貴方も使えるなんてね」
「理屈が分かれば簡単だ。いや、理屈じゃ無いか。説明が難しいな」
男性が微笑んだ直後、ルミエールはこの世界の法則が僅かに歪んだことを感知した。
世界の僅かな歪み。それは扉の様で、もしくは窓の様である。
少なからず言えることは、その歪みは何かが出入りする為の境とも言える穴と言うことだろう。
「本番はここからだ。ルミエール! 自由に戦い合おうじゃねぇか!! 互いに譲れない結末を望む限り、遅かれ早かれこうなるのは分かってんだろ!!」
ルミエールと男性の戦いの最中、二人から然程離れていない、しかしすぐにあちらに行くには時間が掛かりすぎる距離まで離れているテミスは、女性的な人物と刃を交えていた。
そのテミスの剣には僅かな迷いが見て取れる。そして女性的な人物もまた、何処か遠慮がちな技であった。
「datmm……vol rown」
テミスの言葉に、女性的な人物は笑みで返した。
その笑みに、テミスはつい、ついつい、笑みを零した。
しかし、二人は結局戦うことになる。どれだけ親しくても、どれだけ笑みを返しても、二人は結局、敵同士なのだ。
それは悲哀なことでは無い。当たり前、当然、そう言う物だった。
「jivur merrl. ze serq rowme」
そう言った女性的な人物は、刀をテミスに向けて全力で投げた。
しかしテミスは懐中時計の鎖を魔法により伸ばし、その刀に懐中時計をぶつけた。直後に刀の直線運動は停止した。
だがその直後、爆発音が響いた。四十五口径の祈りが込められた銀の弾丸が三発、テミスに向かったのだ。
テミスは世界の時間を停止させた。向かって来る亜音速の弾丸は、テミスからして見れば凍り付いた様にその空間で静止しており、彼女は悠々とその弾丸を避けた。
その瞬間のことだった。ここは、時間が止まった世界。女性的な人物は動きを見せない。当たり前だ。にも関わらず、そしてテミスは感知も出来ずに、その脇腹に刃物が突き刺さった。
その刃物は、それこそ人を殺す為の物では無い。キッチンから盗んで来たのか、何の変哲も無い、調理用のナイフであった。
その柄を握っているのは、狐の面を被る金髪の女性。その容姿は、そして覗かせる金色の瞳は、何処かメレダを思い起こさせる。
瞬間、テミスの背後に二つの両腕が現れた。その内の一本の右腕が大きく振り被り、その金髪の女性に拳を叩き込んだ。
その瞬間に時は通常通りに流れ、銃弾はテミスの横を通り過ぎた。
金髪の女性はゆらりと動いたかと思えば、その場から消え、何時の間にか女性的な人物の隣に立っていた。
「【規制済み】」
「何時まで【規制済み】語で喋ってるの。もう充分よ」
「……いーや、まだ必要な場面があるはずだ」
「喋る方も聞く方も疲れるでしょ」
テミスはそんな二人の会話を冷たい視線で見ながら、宙に浮かぶ二つの両腕を見せびらかす様に動かした。
一つの両腕の右腕には、テミスの懐中時計が、一つの両腕の左腕には、罪を測る天秤を持っていた。
そしてテミスは自身の両手で銀の剣の柄を握り締め、その剣先を二人に向けた。
天秤を金髪の女性に向けると、テミスは呟いた。
「"罰則""下半身不随"」
突然金髪の女性が膝を崩して倒れたかと思えば、テミスは自らの時間を加速させて走り出した。
しかし、向かい来るその刃は、空中に浮かぶ光り輝く何かに止められた。凝視して良く見れば、テミスとその金髪の女性との間に、薄い膜の様な物が阻んているのだ。
その膜には、簡単な直線と斜線で作られた文字と推察される図形が記されていた。それは白く輝く文字であり、強固な防護を固めていた。
「……何かおかしい。……貴方は、誰ですか? ……いや、違う。何かおかしい。何処かが捻れている。……【規制済み】では無い……?」
テミスは女性的な人物に視線を向けてそう言った。女性的な人物は、足が動く様になった金髪の女性に手を差し伸ばし、立ち上がらせてからテミスの疑問に答えた。
「何を勘違いしてるのか分からないが、俺は【規制済み】じゃ無い。俺は上位者だ」
「……いや、それはあり得ないはず。……辻褄が合わない。なら何故彼は、【規制済み】は、【規制済み】さんは、【規制済み】に……」
「……それは、星王のことか? ……一体何時から、そして何処から捻れたのか。恐らく俺が、今の俺が、最も自然な状態なんだろうな」
「それならやはりおかしい。貴方は【規制済み】から愛されないはず。しかし……貴方は、とても、幸せそうだ」
「……それは多分……そうだな。俺達が、一番自由に近いからだろうな」
テミスと女性的な人物の会話の中に、金髪の女性が入った。
「私達は終わりに来てしまった。終着点の駅に足跡を残した。けれど、まだ旅は続いている。旅はまだまだ続けないと、勿体無いわ」
「俺達は終点に足を踏み入れた。四人、いや、三人の生者と一人の死者。死者は死灰を被り、そして奴隷の身から王へとなった」
「【規制済み】、あれは王なのかしら。私からしてみれば、王にも見えないわ」
「【規制済み】、あれは救世主に近い。俺からしてみれば、ある意味あいつは救世主だ」
「声も出せない救世主? 立つことすらも覚束無い救世主? 人を置き去りにする救世主? 変な救世主もいたものね」
「【規制済み】もそうだっただろ? あいつに救われた」
「……ええ、そうね」
女性的な人物は黒鉄の銃を懐にしまい、その手で金髪の女性の手を握った。
「始めの矛盾は一体何だったのか。私達は分からない」
「それでも分かることはある。俺達は、終着点に着いた。初めての偉業だ」
「旅を続けましょう。何時までも、何処までも。それが、最も自由な奴隷の望みでもあったわ」
「なら俺達がするべきことはただ一つ。世界の全てを歩き、そしてその全てを解明しよう」
「「あの日垣間見た世界を全て暴く為に」」
その言葉の直後、世界の法則は僅かに歪んだ。
「ええ、そうね【規制済み】。この世界を、終点に導きましょう。彼の為に、【規制済み】の為に、今は星王と呼ばれる彼の為に」
その言葉は、きっと彼女に届いたのだろう。
瞬間、テミスの宙に浮かぶ一つの両腕が掴んでいる天秤に、ジークムントが触れた。一体何時現れたのか、そんなことを考えず、テミスは剣を振るった。
刃は容易くジークムントの少女の体を切り裂き、その上体に永遠に治らない傷を負わせた。
しかし、彼は、いいや、彼女は余裕そうに薄ら笑いを貼り付けた。
「北の爪……緑色……緑色なのかい? これは?」
テミスはすぐに自身の天秤に視線を向けた。この天秤は国宝十二星座の一つ、天秤座である。
最も明るい星であるそれはジークムントの手の中にある。しかし十二星座に異常は見られない。ハッタリだろうか。いいや、違う。
確かに、ジークムントに星の輝きを奪われた。
突然のことだった。
テミスの三歩前に、着物の女性が現れた。その女性はテミスに背を向け、前へ前へと、ゆっくりと歩いていた。
テミスは全てを理解している。故にその歩みを止めようと動き出したが、自身の背後に世界の歪みがあることに気付いた。
振る刃の向きを背後へと変えると、鈍く鉄が打つかり合う音が響いた。
「おぉ? お前……テミスか!」
そこにいたのは、黒い髪に金色の瞳を持つ男性であった。その口から金色の焔を吐き出しながら、その黒い剣を大きく振り被った。
「分かったんだよなジークムント! お前の体の場所が!」
「ああ、感じる。僕の体は、星皇宮の、玉座の間だ! そこにメレダ君も待機していることから間違い無い!」
「じゃあ本格的に大暴れするぞ! 良いな!!」
「ああ! 全力でやってくれ!!」
直後、男性の背後から、無数の弾丸がテミスに向かって放たれた。
純銀の弾丸は男性の体も貫いたが、貫いた弾丸は僅かに減速を見せるだけで構わずテミスに向かう。
しかしテミスは自身の時間を加速させ、その弾丸を一斉に切り伏せた。
すると、世界の歪みから、黒い帽子の女性まで現れた。
「おー、一気に飛んだなぁ。ま、都合が良い」
薄衣の少女までその歪みを通り現れると、テミスを一目見て声を出した。
「あー……貴方が、テミスさん? 目隠しは? まあ良いや」
テミスは仏頂面のまま、時間を止めた。
すぐにその場から離れ、前へ進み続ける黒い帽子の女性の方へ走り出したが、そこにまた、金髪の女性が立ちはだかった。
「ごめんなさい、【規制済み】。こうやって戦うことになるのは、本当に残念でならない。けれど――」
金髪の女性は、狂気に満ちた悪魔の笑みを見せた。
「彼女は、私の最愛の人。貴方が傷付けて良い人じゃ無いの」
「ええ、分かっています。しかし、貴方の感情を優先する場合では無いのです。彼女がもし歩みを続ければ、それは私の最愛の人にとって、最悪な結末が待ち構えることになります」
「じゃあ諦めて」
金髪の女性は冷たい笑みでそう言った。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
次で終わります。
理解と言うのは、全てを知ったからこそ出来ます。全てを感知することで、全てを知覚することで、可能になる贅沢な思考です。
なら、彼女の言葉を「理解」するのは、不可能と言えるでしょう。
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