多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ⑤
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
隻腕の男性は、赤髪の女性が一瞬で消えたのを目にした。
しかし、すぐに何処にいるかを、その優れた五感によって探知した。他の聖母達がそちらへ行ったことを確認し、確証が得られたと同時に男性は走り出した。
しかし、テミスは許さない。時を統べる掟の聖母はそれを許さない。
その懐中時計を翳すと、隻腕の男性は身動き一つすらも出来なくなったのだ。それは実に写実的な彫刻と見間違う程に、一切の微動を許さない。
「逃がすと思いますか?」
「逃がしてくれないか? お前なら分かるだろ? 俺がどれだけあいつを愛してるのか」
「ならもっと許せませんね。もっと焦って貰いましょう」
「……俺の考えだと、その時計が触れてる場所しか時は止まらないはずなんだが……ちょっと話と違うな」
「氷は固体は一つの物質。そうですね? そして水は一つの物質。これもそうですね? なら気体となった水分子の集まりも一つの物質。つまりそう言うことです」
「……ああ、そう言う理屈か。いや、理屈としては理解出来るんだが、やっぱり何度聞いてもすんなりと受け入れ難いな」
「……同じ様な説明を?」
「……いや、やっぱり何でも無い。今は辞めておこう。お互いの為に、な?」
直後に、隻腕の男性は動き出した。テミスの力は、未だに効力を発揮していると言うのに。
男性の近辺の空間は、未だに時が止まっている。時間が止まっていると言うことは、汎ゆるエネルギーの干渉を受けないことを意味する。その場のエネルギー総量は実質的に0であり、エネルギーを加えることも出来ない。
つまり男性は動けないはずなのだ。しかし男性は、時間が止まった空間の中を悠々と歩き、一瞬でテミスの前まで距離と詰められるはずにも関わらず、煽動へと導く笑みを浮かべながら一歩ずつ、歩いているのだ。
「どうした? 何をそんなに焦ってる。ほら、早く時を加速させてみろ。それとも世界の時を減速させるか? いや、お前は減速させながら自身を加速させる、なんて芸当も出来るのか?」
テミスは一切表情を変えない。これは、ある意味において彼女の予想通りなのだから。
男性がテミスの前に立つと、その笑みを一層深めた。手を伸ばせば、指を伸ばせば、僅かに体を傾ければ、互いの体に触れ合う距離で、五秒、ぴったり五秒の時間が過ぎた。
両者、同時に動いた。示し合わせたかの様に、同時に動いた。
テミスは右脚を一歩後ろに下げ、上体を低く屈ませた。その剣を持つ手を腰の横にまで動かすと、彼女の時が加速し光速の一突きが放たれた。
隻腕の男性は左脚を一歩後ろに下げ、その拳を力強く握った。彼の体温が異常な程に発熱し、彼の体から白い蒸気が漂っている姿が見えた。拳が体に合わせ思い切り振るわれると、その速度はテミスの突きよりも速かった。
テミスの一突きを避け、逆にその手を突き上げた拳で殴った。
しかし、テミスの姿はそれを皮切りに世界から消えた。次に現れたのは男性の頭上。その剣の先を男性の頭に向けると、そのまま素早く突き刺した。
だがその剣は空を切った。男性も同じ様に姿が消えたのだ。
その姿はテミスの背後にあり、彼の失っている右腕から、まるで赤髪の女性がやっていた様に血が溢れた。
男性の黒い角にある一つの銀の冠を見れば、先程まで無かったはずのまるで時計の長針と短針を模した飾りが付いていた。
本来なら気にも留めない些細な変化だ。しかしテミスは、それを凝視した。
もう一つの冠が、まるで氷の様に輝いた。テミスの想像通りであった。
そして、二人は世界から姿を消した。
二人の時間は何万倍と加速して、世界の時間は何万分の一にまで減速してしまった。故に二人を止められる者は、もうこの近くにはおらず、時折、綺羅びやかに輝く銀色が見えるだけだった。
すると、突如として二人が世界に現れた。男性の右肩からうねりながら流れる赤血が、まるで槍の様に変わると、その時間が加速しテミスの頭を狙って飛んだ。
しかしテミスはそれを剣で斬り伏せた。だが、まだ男性の猛攻は終わらない。
その左手で床に触れると、その床一面が凍り付いた。男性はそのまま左腕を振り上げると、テミスの足元の氷が大きく突き出た。
小さな小さな氷山の様な氷を、テミスはそのヒールで思い切り踏み付け、砕いた。片手で持っている懐中時計に繋がっている鎖がぐわんと伸びると、凍り付いている床にこつんと打つかった。
すると、凍り付いた床の時間が急速に進み、白い蒸気を上げながら水へと戻っていった。
「汚すのは結構ですが、少しは配慮を見せて欲しい物ですね」
「善処する」
男性の冠の一つに黒く、影の様な錆が付いたかと思えば、男性の足元にある影が、男性の動きに合わせること無く自分で動き始めた。
すると、その影は大きく膨張し、飛び出した。膨張した影は無数の針に姿を変え、テミスを襲った。
しかし、無数の針で串刺しになることは無く、またもやテミスの姿は世界から消えた。次に現れたのは、やはり男性の背後だった。
テミスは何の素振りも見せなかった。しかし、次の瞬間にはテミスは足を大きく上げており、男性はそれこそ百発は同時に蹴られたかの様な衝撃が打ち込まれ、そのまま軽く吹き飛ばされた。
だが、男性の下に写る影が巨人の手の様に広がると、それは優しく男性を包み込み、衝撃を大きく受け流した。
「おー痛っ……。百九十五……六発って所か。ちょっと反応が遅れただけでこれか」
「そのまま油断してくれると嬉しいのですがね」
「済まないな、もう慣れた」
男性の一つの冠に赤いキスマークが浮かんだかと思えば、彼のその手に赤い扇があった。彼はそれを開き、口元を隠した。
「似合わねぇだろ? あんまり趣味じゃ無いんだ、品性があるって言うのか? 上品? 一応上品に振る舞わないといけない立場ではあるんだけどな。育ちが育ちだ。体に合わない」
「……急に何ですか」
「こう言うのをやらないと、後々面倒だろ? 今後の為だ、気にするな。『だから早く忘れろ』」
瞬間、テミスの脳内から、先程男性が語っていた自分語りを忘れた。
あまりにも分かり易い記憶の欠落、違和感を持つのは当然であり、気付くのも一瞬であった。
「ちょっと驚いたろ」
男性は扇を翻し、隠していたせせら笑いを顕にさせながらそう言った。
「ま、こんなことも出来るってことだ。だが……うーん、やっぱり聖母にはそこまでの強制力は無いか。その様子だとすぐに思い出せそうだな」
男性はもう一度口元を隠した。
「もう少し試させて貰おう。お前のその剣は『お前の物では無い』『それを今すぐ捨てろ』」
その言葉は、テミスには届かなかった。
彼はそれでもせせら笑いを浮かべていた。
「OKOK、やっぱり星王絡みも無理か。あくまでほんの小さな影響を与えるだけで、効果時間も僅か。あいつには悪いが、この戦いじゃ役に立たないな」
その扇を閉じると、それは白い煙に紛れ姿を消した。それと同時に銀の冠の一つにあったキスマークも消え去った。
「さて、次はどいつの――」
男性の言葉の直後、テミスの剣の刃が彼の喉元にまで迫っていた。間一髪で男性は上体を後ろへ下げたが、その刃は僅かに男性の喉仏を裂いた。
男性の一つの冠から煙が立ち上ると、彼はテミスの剣が届かない所まで自身の時間を加速させ、そこで余裕そうに煙草を咥えた。
ポケットに入れているライターを取り出すと、煙草の先に火を点けた。煙を大きく吸うと、それを吐き出すと煙の形は這い寄る猫の形に変わった。
彼の足元を闊歩する灰の九匹の猫は、テミスに向けて走った。
「猫は好きか? 俺は犬派だ」
彼は、相変わらず余裕そうに鼻を鳴らしている。
灰の猫がテミスの体に飛び付くと、その灰は弾け、赤熱した。燃えている灰は他の猫に移り、そしてまた赤熱させ新たな爆発を起こす。
やがて九匹の猫はテミスの周囲を埋め尽くす爆炎へと姿を変えた。
だが、テミスは男性の背後にいた。自身の時を加速させながら、爆炎の時を減速させ、その場から脱出。その後に更に自身の時を加速させ、男性の背後に一瞬で回った。
そのまま剣が男性の背を傷付けようと振るわれたが、その瞬間、両者の姿は世界から消えた。
聞こえるのは酷く高い音。光よりも速い銀の輝き。光よりも速い赤血の槍。
ようやく姿が現れたかと思えば、テミスの腹部に男性の拳が叩き込まれていた。
男性の煙草の火はすっかり消えており、それの殆どは灰となり床に落ちた。
その拳からテミスの服を貫いてその肌と肉を凍り付かせる冷気が放たれたかと思えば、男性の一つの冠に木の葉を模した飾りが現れた。
一瞬、テミスが時を加速させることも出来ない程の、一瞬。男性は拳を開いたかと思えば、その掌とテミスの体の間に、大きく渦巻く木枯らしが吹き込んだ。
ただの風では無い。凍り付いたテミスの体を粉々に吹き飛ばす、まるで鋸の様な風であった。
無論、ただの風ではこんなことは出来ない。知的好奇心が人一倍あるテミスにとって、それすらも解明しようと目を動かしたが、彼女は理解していなかった。そんな隙が出来ない程に、戦いは加速し続けていることに。
テミスの目は、男性の右肩から噴出し、自在に動く赤血によって貫かれた。
視界は一時的に暗がりに放置される。治癒は一瞬だが、治った視界にはもう男性の姿は無い。
時間は、世界は、停止したとしても、二人は動き続ける。
汎ゆる物質の動きが止まり、汎ゆる現象は行われずに、光だけが従来通りに動き続ける世界で、二人は苛烈を極めていた。
テミスの後頭部に強い衝撃が走ると同時に、テミスはそれに抗わず、その衝撃のまま前へと上体を倒した。
直後、テミスは右脚を軸に体を回し、懐中時計を下に垂らした。懐中時計と繋がっている鎖は彼女の左手薬指に巻き付いている為、落ちることは無い。
そのまま両手で剣の柄をしっかりと握り、振り向きざまに思い切り、振り上げた。返した刃は飛び蹴りをした男性の右太腿を僅かに傷付けた。
すると、テミスの足元に写る影と男性の影が重なった。その直後に、テミスの足元からその影が大きく膨らんだ。
それは無数の剣を模してテミスを襲ったが、その影に剣を刺すと、その剣は綺羅びやかに、星の様に輝いた。
その輝きは影を散らし、やがて男性は体を翻し、隣の壁を蹴り、影と共にテミスの三歩半前に着地した。
同時に、時間は通常通りに進んだ。今までの二人の攻防、それによって産まれた熱や音や風と言ったエネルギーが一気に二人を包み込んだ。
それは共振の所為か酷く煩く、そして大きな事象である。全てが1sPの内に同時に起こったことにされる。
それが、時を止めると言うこと。二人は互いが互いを認識する必要があった為、自身の周りや影響を与える瞬間の時間は通常通りに進ませたが、そこから先に行ったエネルギーは全て動きを止める。
それが、時間を止めると言うこと。
しかし、疲労は男性の方が大きそうだ。一瞬だけ、呼吸のリズムが崩れていた。しかしそれはすぐに元に戻り、余裕そうにもう一本煙草を咥えた。
「流石に時間に干渉するのは疲れるな。何でお前はそんなに使えるんだ?」
「私の力だから、それ以上の理由を?」
「……それはそうか。体に合った力だから自然と扱えるのは当然か」
「……貴方は、【規制済み】なのでしょう? ならばその力も自然と扱えるのは当然では?」
「それはお前の予想か? それとも星王がそうだったのか? ……まあ、良い。俺は星王とは違う。あの遺灰被りの王とは違う。結局あいつは、鎖に縛られた奴隷でしか無い。五百年前何があったかは分からないが……まあ、あの時の行動や言動を考えると……他者を愛するが故に、自身を愛することが出来なかった憐れな男と言った所か」
男性は優雅に煙草に火を点け、その煙を大きく吸い込んだ。
「お前も愛された一人なら、多分分かってるだろ? あいつは幸せにはなれねぇし、現状、この世界を見る限り、なるつもりも無さそうだ」
「成程、私の質問は答えづらい物だったと」
「……誰だって言えない秘密の一つや二つ、俺の場合は現状言えないことが数千まであるんだ。これからのことを言うと後々不味いし、俺が経験したことも言えない。ある程度お前に匂わせることは出来るが、全部は語れない。これで満足か?」
「自己満足だけがお前の目的か?」
「……うーん、口が悪いな。聖母って言うか田舎のヤンキーみたいだぞ、お前。……さてはギャップ萌えって奴だな!?」
テミスの表情は変わらない。その所為なのか、両者の間に若干の気不味い空気が流れた。
居た堪れなくなったのか、男性は気不味い表情のまま煙草を指で挟み、口から離したかと思えば、その先を中指と薬指で器用に潰して火を消した。
「おい灰被りの奴隷」
「何だ急に」
「その吸い殻をどうするつもりだ。まさかこの麗しき宮殿に捨てるつもりじゃ無いだろうな」
「それ今更か? 血とか色々飛び散ってるし、熱で壁とか天井とか、色々焦げてるし。つーか今まで俺、普通にその辺にポイ捨てしてたし」
その言葉の直後、テミスは何かを男性にぽいっと投げた。男性はそれを手で受け取ると、彼は目を見開いて驚いた。
今まで、ここに来るまで、ここ星皇宮にて彼が捨てて来た吸い殻、そして落ちた灰殻が小さな塊となって投げ渡されていたのだ。
男性はすぐに視線を横に移すと、熱によって焦げた白い壁は綺麗に掃除され、出血によって飛び散った赤血は水洗いまでされて跡も残さずに拭かれており、先程落とした灰も何時の間にか姿を消している。
「……本気じゃ無かったな? お前」
「貴方が言えることですか。それに、言いましたよ。私は程々に全力だと」
「そうじゃ無い。時の加速と減速の限界だ。上手く使えば、あれ以上の搦手を駆使してあれ以上の体術や剣術で、俺の首を切断することくらいなら可能だったんだろ? それは分かってる。俺が知りたいのは、時間の加速は三千万倍どころじゃねぇだろってことだ。その程度なら、さっきまでと同じ様に、俺は感知出来るし、追い付くことも出来る。何なら身体能力は俺の方が上だ。余裕で追い付ける」
すると、テミスは男性を見ることを辞め、全くの見当違いの場所を真っ直ぐ見詰めた。
何処か悲しげな表情を浮かべると、テミスはその瞳を輝かせながら、再度男性を見た。
「……私にも、言えない過去は多くあります。今言えば、不利益になることも、何千と。……その全ては、最愛の人が再度あの玉座に座れる様にと思ってのこと。ここで貴方を殺しても良いんです。しかしそれでは、これから起こる事象にて不利益になる可能性が示唆されました。しかし、最愛の人の為ならば、やはり殺した方が最適。……私には、最適解は分からない」
「世界はもう進み始めた。世界は忌々しくも物語を紡ぎ始めた。最適解なんて存在しないさ。世界とは、無数に存在する自由と、それによって行わる数多の選択によって定まる」
男性は受け取った吸い殻と灰殻の塊を、実は隠し持っていた小さな丸い箱の灰皿に入れ、テミスに何処か優しい笑みと目を向けて語り続けた。
それは、あの赤髪の女性に向けている目と酷似していた。テミスはその目を、酷く嫌悪していた。
「せめて後悔の無い選択を、それがどれだけ悲惨な結末の方向へ進んだとしても。選択の時だけは、せめて後悔無く。俺はそうやって来た。お前も今までそうやって来たはずだ」
「……結末を見届けた後に、その選択を悔いたこともあるでしょう?」
「ああ、何度もな」
男性は失った右腕の断面を左手で撫でると、口惜しそうに、苦虫を噛み締めた様に顔を顰めた。
そしてテミスは、剣をふわりと振るった。
「……後悔しない選択と言うのは、きっと存在しないのでしょう。……ただ、私はあの人に笑っていて欲しかった。それだけで良かった。隣にいるのが私で無くても、それで良かった。……それを目指すはずの選択を、私は大いに間違えた。……最初の間違いは、何時の選択でしょうね」
「……駄目だな。話が変わりすぎた。……まだ続くなら、まあ、もう三十秒くらいは聞いてやる」
テミスは剣を両手でしっかりと握り、男性を睨んだ。
「あの人は王であった。しかしあの玉座に座るには、あまりにも精神が脆く、そして選択を間違えたと言う人だった。五百年前の我々の罪は、それを理解せず、理解しようともせず、あの惨劇を繰り返させてしまった。たったそれだけ。なら、もうするべきことは一つ」
男性は左手の拳を強く握り、真っ黒に染まる瞳でテミスを睨んだ。
「今度は、あの人の苦悩を、苦痛を、余すこと無く受け止める。全員、その覚悟は既に持っている。五百年前、彼が私達の前から消えたその日から、ずっと」
「どんな未来を求める? お前は、どんな結末を望む」
テミスは小さく息を吸い込むと、その剣を目線の高さで水平に持ち上げ、顔の横に動かした。
「あの日、共に海を見に行った時に見せた、無邪気な笑みをもう一度する様な、そんな結末なら、きっと良い。あの時の笑顔は、きっと、彼の本当の笑みだから」
すると、突然男性の背後から僅かながらに金属が擦れる音が聞こえた。テミスでは無い。彼女はあそこから動いていない。
時を加速させた痕跡も、減速させた痕跡も無い。むしろ無表情ながら、驚いている様に表情筋を僅かに動かしている。
直後、男性の背後から優しく透き通る様な声が聞こえた。
「うん。そうだね、テミス」
その瞬間、男性の首は一瞬の内に胴から離れた。認識すらも許されない不可避の斬撃によって男性の首が切られたのだ。
テミスに呆気に取られ、つい剣を腰まで下げてしまった。
「私達の目的は、彼をもう一度玉座に座って貰うこと。けどそれは、もう一度一日戦争の時の様な悲劇を起こす可能性が少なからず介在する。その為に、私達は五百年、王が不在でも成り立つ国家へと育て上げた」
男性の首を切ったのは、ルミエールだった。その白い刀の刃には、一切の血が付着していない。
「彼が負うべき責任はもう無い。彼が背負うべき重責ももう無い。もう一度玉座に座るのならそれで良し、玉座に座らずとも笑ってくれるのならそれで良し。彼が幸せなら、それで良い。それ以上は望まない」
男性の首が離れた体は未だに動き続け、切り飛ばした頭部を抱え、ルミエールから十歩離れた。
その頭部を首の上に乗せると、男性はその口を動かさずに声を出した。
『……ルミエールか』
「初めまして【規制済み】。……いや、貴方からすれば、初めましてじゃ無いかもね」
ルミエールはクスクスと笑いながら、親しげにそう言った。
『……まあ、そうだな。大体二年振りか?』
「けどそれは私じゃ無い。だから初めましてで良いよ」
すると、男性は右手で自分の首の傷を隠したかと思えば、その傷は何時の間にか塞がり、気管も繋がった。
「まあ、何だ。何とも複雑な事情が、俺達の間にある訳だ」
彼は、右手で傷を隠した。そう、彼は右腕を失い、隻腕であるはずなのに。
良く見れば、男性の右腕が確かにある。いや、彼は隻腕であったはずである。回復魔法で治した素振りも、様子も見られない。
「……難儀だな、ルミエール。深い愛、故に縛られている。お前にとって星王は何よりも優先すべき人物であるはずだ。今のお前は、その星王が目指している目標を止める為に動いている様に見える」
「彼の為に、彼を止める。それは本来矛盾しない。揚げ足取りだけが上手くなって認知能力が追い付いてないの?」
ルミエールはつかつかと、まだ幼さが垣間見える体を前進させ、テミスの横に立った。
「テミスはこれから来る【規制済み】君達を相手にするまで休んでて」
「……やはり、【規制済み】さんが来てるんですね」
「……残念だけど。戦える?」
「ええ、問題ありません」
ルミエールは決して小柄では無い。確かに成人女性の平均身長よりは低いが、その差は数cm程度。背は低いが決して小柄では無い。
なら、初めてお目に掛かる彼女を何処か小柄だと感じるのは何故か。それは彼女の何処か幼い容姿に影響されているのだろう。
彼女は五百年以上生き延びた英傑であり、世界最強の称号を自他共に世界から許されている人物である。そんな彼女の威厳と幼さに挟まれた者は、拍子抜けなのか、それともその威厳に当てられ気でも狂ったのか、「彼女はとても小柄」だと口を揃えて言う。
「揚げ足取りって言うならお前の方もだろ。少なからず、今のあいつにとってそれが幸せな結末だ。だがお前はそれを阻止しようとしている。否定しようとしている。その事実は変わらない。自分勝手に、『そんなのは彼じゃ無い』なんて言い張ってる子供にしか見えないぞ?」
「これは私達の自分勝手な我儘。それは百も承知。けど、私は――」
ルミエールの容姿はそれを皮切りに変化した。一つの目には四つの瞳、金色の瞳と、銀色の瞳、赤色の瞳に、黒色の瞳が、一つの眼球の中にあるのだ。
その白い髪の毛も、一部分が黒く染まり、彼女の髪は白色と黒色が入り混じった物へと変わった。
「彼を止めないといけない。それがどれだけ彼が望んだ結末だとしても、その終点は悲劇でしか無い」
そのルミエールの言葉が終わると、律儀にずっと待っていたのか、男性の姿も変わり始めた。
その十の黒い角も、浮かぶ王冠も消えたかと思うと、髪の毛は白と黒が入り混じった物に戻った。
そしてその両目はルミエールと同じ様な物に変わると、彼はその右腕を懐かしそうに見詰めたかと思えば、それを思い切り振り払った。
「何か、こう……。……何だろうな。お前とはあまり戦いたく無いんだ。やる気が出ない」
「そう? 私は何の気兼ねも無く、貴方に刃を振れる」
「……そうだな。うじうじ言ってる方がおかしいか」
男性は左の拳を強く握り、その目を再度ルミエールに向けた。
直後、男性の姿は世界から消えた。
気付いた頃には、ルミエールの額の寸前にまで拳が迫っていた。しかしその瞬間、男性の左手首は一瞬の内に切断され、その血を散らした。
そして、両者世界から姿を消した。
その攻防は、一進一退とは決して言えない程に、一方的に見える。
彼の右手の拳はルミエールの頭部を捉え、薙ぎ払われた。しかしルミエールはその柔軟な体を存分に使い、脚を床と水平に開き、臀部も床に付けた。
男性の拳は綺麗に空を切り、その直後には、足を揃えたルミエールの踵が男性の顎下に直撃した。
しかし男性は再生した左手を開き、ルミエールの逆様になっている頭に向けた。その直後、凄まじい衝撃とそれを物語る音と共に、ルミエールの体が向こうへ弾け飛んだ。
しかしその瞬間には男性の胸に、ルミエールの白い刃の刀が何時の間にか突き刺さっている。
弾け飛んでいるルミエールが左手の人差し指を下げると、その刃は男性の腹へと落ち、その肉を切り裂いた。
二人の一挙手一投足は、光さえも周回遅れを起こす程の速度。その速度でありながら、周囲に一切の影響を与えない。
すると、ルミエールの周りに三つの右腕と三つの左腕、計六つの腕が現れた。誰かの腕と言う訳では無い。それは確かに、そこに浮いている。ただそこにあるだけだ。
しかし腕にはそれぞれ違う差異があり、手の大きさや指の長さ、肌の僅かな白さや爪の長さ等はバラバラだ。
全て女性の腕と言うのは推察出来る。その女性の腕はルミエールの背中を優しく抱えると、そのままルミエールはふわりと床に足を付けた。
その直後、男性の影が床に大きく伸びた。それは壁まで広がり、天井まで届くと、まるで蛇の様な牙を無数に見せながらルミエールを襲った。
しかし男性の攻撃の意思は止まらない。肉と肌を裂いた切創から血が自在に動いたかと思えば、それは無数の長槍となりルミエールに放たれた。
まだ終わらない。彼の周りに氷の破片が綺羅びやかに輝いたかと思えば、それはより細かな破片となって巻き起こる風に乗って鋼すらも削り落とす竜巻となった。
その風は美しい輝きを発しながら、それさえもルミエールに向かった。
だがルミエールは、至って冷静である。未だに笑みを浮かべる程に。
「『固有魔法』」
詠唱不要。魔法術式の設計、構築、発動、その全てを最大限の最低限で、効力は最高品質で。
彼女の『固有魔法』は発動する。
「"大罪人への恋心"」
彼女の『固有魔法』には結界が無い。本来『固有魔法』は自らの世界を維持する為に、この世界に溶け込まない様に結界で壁を作るのだが、ルミエールの『固有魔法』にはそれが無い。
つまり、それは彼女の実力不足を意味するのでは無く、彼女の卓越したエーテルとルテーアの操作技術を物語っている。
世界に飲み込まれない程に、彼女の世界は力強く、また美しいのだ。それは何処と無く、恋する乙女の青い春に似ている。
彼女に近付く男性の攻撃は、全て消え去った。赤血は勢いを失い、床に飛び散った。迎撃されたのでは無い。それはまるで、ペンで書かれた文字の上に修正液を垂らす様な、初めから無かったと言い張る様な、そうやって攻撃は消えたのだ。
汎ゆる戦況において常に冷静でいる男性も、流石の状況に呆気に取られていた。
やがて二人が世界に姿を表すと、それと同時にテミスが小さく拍手をしていた。
「おー」
「……何か、反応がイマイチじゃ無い?」
「いえ、半分寝てたので半分見てませんでした」
「うぇぇ? 集中しててよ。何時来るのか、私にも分からないんだから」
「大丈夫ですよ。どうせもうすぐ来るんですから」
ルミエールとテミスの会話の直後、突然テミスの体が消えた。と、思えば、天井近くで宙に浮かびながら狐の面を被っている女性的な人物の刀を、その剣で受け止めていた。
その人物は隻腕であり、何処か悲しそうな銀色の瞳で、テミスの顔を見ていた。
「……久し振り、ですね。【規制済み】さん」
「……初めまして、テミス」
女性的な人物は、ここに来て初めて常人でも理解出来る言葉を発した。
テミスの表情は、先程までの無表情とは打って変わって、酷く歪んだ物だった。怒りでは無い。悲しみでも無い。何方かと言えばそれは、同情心であろうか。
すると、ルミエールが女性的な人物に視線を向け、僅かな憂いの表情を見せながら、口を開いた。
「元気そうだね」
「……お陰様で」
「……大変だったみたいだけど」
「……いや、充分過ぎるくらいには、色々恵まれた」
「……そっか。なら良かった」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
ルミエールの戦闘はもう少し先の話で。
けどまあ、多分、余程のことが無い限り、ルミエールの全力は最終決戦以外ではあり得ないでしょうね。彼女はこの作品で最強です。それが崩れることはありません。まあ、あくまで容赦無く戦える場合に限りますが。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




