多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ④
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
テミスは剣を振るった。
それに合わせ、男性は赤い鱗を纏う長い右腕を振るった。
ここは星皇宮の奥、許可無く入ることは出来ない区域。決して踏み込んではならないそこで、苛烈な戦いが繰り広げられていた。
「五人……七人の聖母って言う名前ってことは……もう二人は【規制済み】と【規制済み】か。どいつがどいつかテミス以外知らねぇんだよな」
「……成程。それはそれで好都合ですので、それ以上何も聞かないで下さい」
「良いじゃないか。もう少し会話を楽しもうぜぇ?」
「一旦黙っていろ灰被りの奴隷よ。貴様は私の王では無い」
「分かってるさ。お前は俺の【規制済み】じゃ無いからな」
男性の軽口の直後、その背後にトランペットを構えるモシュネがいた。
口を付け、大きく息を吹くと、その音波と共に男性の体に衝撃が走り吹き飛ばされた。
「これは……。……いや、まさかな」
男性は背後に向きながら、左腕をモシュネに向けた。その瞬間、轟音と強い衝撃波と共にモシュネは男性と同じ様に吹き飛ばされた。
「おいテミス! 妹の躾がなってねぇぞ!! 客人と出会ったら背後から轟音鳴らして人をぶっ飛ばせって教育してんのか!!」
「ええ、そう教育していますが」
「良い教育方針じゃねぇか。お陰で【規制済み】が若干ピンチだ」
「……残念ですが、最悪殺してしまうかも知れませんね」
「やってみやがれヴァーカ。あいつを誰だと思ってる。俺の女だぞ? そんな簡単に殺される程、ちゃちな人生は送っていない。なあ、【規制済み】」
男性の問い掛けに、赤髪の女性は答えた。
瞬間、赤髪の女性の右頬にセレネが薙ぎ払った掃除用のモップが叩き付けられた。
「おっと、これついさっきまで水で濡らして掃除してたモップでしたね。いやー失礼失礼。お客様に申し訳無い」
セレネは先程とは反対の方向へモップを回し、掌の上で滑らせモップの毛の方を握った。
そして自分の身体をひらりと回し、その回転力も加わったモップの柄が赤髪の女性に迫った。
すると、先程殴った右頬に滲んだ痣の部分から、血が勢い良く吹き出した。その血は向かって来るモップを受け止め、急激な流れを作りモップの向かう方向を下へと向けた。
その瞬間に、その女性の背後にスティが現れた。スティは他の聖母とは違い、何故かメイド服を着ておらず、その体に包帯を巻いているだけだった。
理由は単純、何時も通り服を着ずにうろちょろしていると、いきなり襲撃が来て服を着ることが間に合わなかっただけである。
スティのその右手の上に白い水仙の花が現れると、それを赤髪の女性に投げた。
その花弁に触れた箇所は、まるで死体が放置され腐敗したかの様に溶け始めた。赤髪の女性はすぐにその花を振り払うと、その直後にはリュノが床を踵で叩いた。すると、そこから大量の海水が吹き出した。
その海水は一瞬で天井まで届き、形を変えて赤髪の女性へ襲い掛かった。
女性は右腕を大きく振ると、その右腕からその人体に収められているとは創造出来ない程の大量の血液が吹き出した。
それは一瞬で五つに別れ、細く長く鋭く変形したと思えば、急激な加速によってその一つの血の槍がリュノの海を貫いた。
一瞬で海を抜け、槍はリュノの額を貫いた。残り四つの血の槍の一つはテミスに、一つはスティに、一つはモシュネに、一つはセレネに向かった。
スティは頭を動かし避けようとしたが、耳の横を通り過ぎた直後に、血の槍はぐるっと軌道を変えて彼女の後頭部から貫いた。
モシュネとセレネは反応すらも出来ずに、何とも簡単に頭部を貫かれた。
テミスは向かって来る血の槍に向けその剣を振り下ろした。しかしその瞬間にはやはり血の槍の軌道は大きく折れ曲がった。
その血の槍がテミスの後頭部を貫こうと企んだその一瞬、テミスの姿はそこから消え去った。
現れたのは、男性の背後。テミスの左手には蓋の開いた懐中時計があった。そしてその右手の剣は、彼の背中から胸まで貫いていた。
直後には、男性が追い付けない速度で剣を振るい、彼の脇腹を切り裂いた。ようやく彼の目がテミスに追い付いた頃、テミスはそれよりも速く、まるで彼女の時間だけが誰よりも速く進んでいるかの様に疾く足を進めた。
テミスは男性の左腕に突きを入れたが、その刃は皮膚を傷付けただけでそれ以上は進まない。しかしテミスは更に速く動き、流れる様な動きで男性の赤い鱗を持つ右腕と肩の関節に剣を素早く振り下ろした。
その剣はするりと関節を抜け、容易に男性からその右腕を切り離した。
次には、男性の腹部が蹴られた。先程刃で傷を付けた脇腹に、突き刺さった彼女の冷たい靴のヒールに男性は僅かに呻いた。
更にもう一発の蹴り、もう二発の蹴り。一秒にも満たない刹那の時間に百にも近い蹴りの連続に、ようやく男性は後ろへと蹌踉めき、倒れた。
「……成程、使われましたね」
「やっぱり気付かれるか」
男性は踵を支点に、非常に不可思議で、物理的にも不可能な動きで立ち上がった。腕も使わず、体を曲げ
た勢いで立ち上がった訳でも無く、何かに支えられて起きた様に、不自然な動きで。
「やっぱりそう言う能力か。いや、能力って言うよりは魔法か? 時間の加速と減速と停止って所か」
「……【規制済み】に、同じ様な人でもいましたか?」
「ノーコメントで。それで? 限界はどれくらいだ? 発動条件は分かるんだが、一秒をおよそ三十倍程度自分の体の時間を加速させてると体感的には思ってるんだが……」
テミスは嗜める様な目を、目隠しの裏でしていると、少し考え込んだ後に口を開いた。
「ルミエール……いえ、姉様が言うには、一秒をおよそ三千万倍にまで加速させることが可能らしいです」
「……大体一年だぞ、それ」
「おや、そうですね。流石にそこまでの加速と減速は滅多にしませんが」
「流石聖母様だ。この世界の理から大きく外れている」
「……【規制済み】である貴方がそれを言いますか」
「そりゃそうだ」
「しかし……貴方の左腕も切り落とそうとしたのですがね。右腕は切り落とせましたし良しとしましょう」
「そうだそうだ。それで良しとしておいてくれ。こんな芸当出来るのは、そうそう多くないはずだからな」
テミスは懐中時計の蓋を慣れた手付きで片手で閉じると、その蓋に彫られた白と黒の翼の意匠をちらりと見詰めた。しかし男性には、その仕草が彼女の目隠しの所為で気付かなかったのだ。
「……悲しい顔をしてるな。何を思っているのかは大体分かるが……」
「ええ、どうやって貴方を倒そうか考えていたんです。あまりにも残虐な方法を思い付いたので、少し考えを改めていた所です」
「……まあ、そう言うことにしておこう」
テミスは男性の言葉には答えず、目隠しの隙間に指を入れ、するりとそれを引っ張った。
「そろそろお互い、若干の本気でやりましょうか」
「そうだな。若干で、程々な本気でやろうか」
テミスは銀色の瞳を顕にさせた。しかし直後には、その銀色の瞳の片方は金色に輝いた。
その白く長い髪の一部は黒く染まり、その威圧感はより一層仰々しい物へと変わった。彼女は七人の聖母。七人の姉妹の一人。何よりも尊ぶべき穢れ無き聖女。
その純潔を穢し、瓜を破り、犯せるのはただ一人。星皇だけであろう。
男性は大きく口角を歪ませた。浮かぶ笑顔は先程よりも期待と歓喜に満ちており、愛に溢れていた。煙草を咥え、その次にライターをポケットから取り出し、その先に火を点けた。
その目は、嘗ての星皇の様に黒く染まり、その髪の全ても黒く染まった。彼の頭から十の黒い山羊の様な角が生え、その頭上には数多の宝石で彩られる何とも豪華絢爛な王冠が浮かんでいた。
十の黒い角には、九つの銀の王冠が嵌められていた。それは彼の灰被りの王たる権威の象徴でありながら、テミスにとっては、嘗て見た星の姿に酷似していた。
「どうした? 何か、驚いている様だが」
「……いえ、確信に変わっただけです。……成程、私では勝てないはずです」
赤髪の女性はすぐに隻腕の男性に手助けに行こうとしたが、突然起き上がったリュノにその手を掴まれた。
「あぅ……つ、捕まえましたぁ!」
直後、リュノの裾から、彼女の全身に巻かれた包帯が飛び出した。それは蛇の様に動き、伸び、赤髪の女性の腕を縛った。
「そうそう、そのままそのままー……」
そう言いながら、セレネは立ち上がり、赤髪の女性の背後に立っていた。赤髪の女性の項から血が吹き出すよりも先に、セレネは右手から月の輝きに似た矢を放った。
それは容易く赤髪の女性の頭部を貫き、そして消し去った。
「意趣返し大成功。僕達がこの程度で戦闘不能になるとでも?」
セレネは無表情で、しかし煽る様に体を揺らした。
女性の貫かれた箇所から血が更に溢れると、セレネとリュノはすぐに距離を取った。
その血はやがて女性の周りを包み、そして黒く変色した。
「……きっと、【規制済み】様も、今だけは許してくれる。敵は五人、全員実力者。……"制限解除"『【規制済み】』」
その言葉の直後、女性の気配はがらりと変わった。黒く染まる髪、銀色に輝く瞳、その内側に輝く恐ろしき闇。
いや、それだけでは無い。その銀色の虹彩と、赤色の虹彩。彼女は一つの目に二つの瞳を持っていた。
傷は全て完治し、やがて血は更に真っ赤に染まった。
気付けば彼女の頭部はすっかりと治っており、その姿は消え去った。
彼女はその赤血と共に、セレネの背後に現れた。撒き散る赤血はそれぞれが刃を作り出し、それぞれが意思を持つかの様に動き、やがて殺意を向けた。
しかし、更にその女性の背後に、立ち上がったスティがそれよりも速く動いた。その右手を女性の背に押し付けると、無表情のまま言った。
「『罰則』」
その一言の直後、女性の体はまた一瞬で消え去った。
「『星と私の名の下に。汝、私の銀が向く限り、汝の最愛は永遠に離れる宿命の罰を下そう』」
スティはあの一瞬によって女性の血で貫かれた掌を見詰めながら聖母達に目配せをした。
「モシュネ、セレネ、リュノ。彼女は相当遠くへ飛ばされた様です。余程彼を愛しているのでしょう。……しかし、あの『【規制済み】』と言う力……さては」
スティの懸念の意味は無い。もう彼女の中で解答は導き出されている。だからこそ、新たな疑問が浮かんでいるのだ。
女性は、壁に強く叩き付けられていた。一体ここは何処なのか、そんな思考も姉妹の前では許されない。
彼女は罰せられた。まだ彼女は、その罰を知らない。
女性は重力に従い床に落ちたが、すぐに体勢を立て直し、服に付いた埃を払った。
「ここまで飛ばされていましたか」
女性の耳に、スティの声が紛れ込んだ。
「……七人の聖母は家庭内労働もしていたはずですが、ここ、埃がありましたよ」
「おや、そうでしたか。大変申し訳御座いません」
スティは無表情のまま、その氷の様に冷たい視線を女性に向けた。スティの目は、おかしな髪型の所為で見えないのだが。
「ここは食事場の前ですね。お客様用では無いのですが、まあ良いでしょう」
「……魔法……と言うよりは、聖母の能力ですか」
「ええ、その認識で差し支えないです。姉様程の強制力は無いですがね」
女性は視線を僅かに動かすと、背中から血を大量に吹き出させた。
「充分です。それを【規制済み】様に使わなかったことを後悔しておきなさい」
「まさか。初めから貴方に使う気でしたよ」
女性は僅かに口角を上げると、背中の赤黒い血液が激流を生み出した。その激流に身を任せ、女性は激流に腕を絡ませ上へと素早く動いた。
赤黒い血液はスティ達の上へと広がり、その激流のまま女性の体は動き続けた。
しかし、再度スティが女性に視線を向けると、その激流よりも強い力の動きが女性の体に打つかった。血液の激流に逆らい、また壁に激突した。
女性は困惑を初めて顕にさせた。その様子を見ながら、スティは無表情のままほくそ笑んだ。
「罰ですよ。それは、貴方に課せられた罰。ここに立ち入った罪に課せられた罰」
「……何をした」
「私の瞳が向いている限り、愛から離れる罰です。余程あの男を愛していたみたいですね。こんなに遠くまで離れるとは思いませんでした」
スティの目的は初めから分断である。隻腕の男性には、自分達が束になっても敵わない。ただ、テミス以外は。
ならば自分達の役目は、テミスが何の弊害も無いまま全力で隻腕の男性と交戦出来る状況を作り出すこと。その目的はもう果たした。
問題があるとすれば――。
「あ……ああァ……」
女性は呻いていた。その艷やかな漆黒の髪を掻き毟りながら、赤色と銀色、二つの瞳がある目を潤ませながら、自らの不甲斐無さに打ち拉がれていた。
「こんな、こんなことは、あってはならない。私が、【規制済み】様の傍から離れることは……!」
挙げ句の果てに、女性は自分の頬を掻き毟り、その柔らかい皮膚を傷付け、呼吸を荒くさせていた。
やがてその呼吸は喘息の様に変わった。その次には胃を裏返したかの様に、その腹の中にある物を全て吐き出した。
異様な行動に、スティまでも困惑を顕にさせた。
あの女性の中には、確かな愛がある。偏執的で、狂気とも言える愛がある。一種の洗脳の様にも思えるが、見る限りはそんな物では無い。
真に、彼女はあの男性を愛している。そこに偽りは無く、嘘でも無い。ひたすらに異常で狂気な愛情を、あの男性に向けている。男性もその愛を苦とも思わず受け入れ、それ以上の愛で返している。
歪な形な愛だろうか、それともこれが本当の愛だろうか。スティには、まだ理解出来ない。
「ああ……【規制済み】……自らの役目を忘れるな。……それも忘れたなら、お前にはもう生きている価値も無い屑で愚かな売女に戻るぞ。……ああ、嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ッ!!」
狂った叫び声、人間の物では無く何方かと言えば、それは嫉妬に狂った般若に似ている。
違いがあるとすれば、嫉妬では無く異常なまでの愛であろう。
「【規制済み】様に……それだけに、ただそれだけの為に、生きていたいッ……!! あァ……邪魔だッ!! 貴様等は邪魔だ! 退けッ! 死ねッ! 往ねッ!! 殺す!!」
女性の背後に流れる赤血は、より強大に、より恐ろしく、より巨大な激流を生み出した。
女性の表情は先程までの凛とした威厳ある表情では無く、焦燥と憤怒が入り交じる表情へと変わっていた。
「モシュネ、リュノ」
スティがそう声を出した。
「防御、迎撃は貴方達に任せました。セレネ、貴方は私と共に」
「……僕は防御の方が良いんですが。ほら、リュノの方が……」
「……成程、あの部屋に入れられたいと」
「はいっ、快くやらせて貰いますっ」
スティのおかしな前髪が僅かに揺れると、ちらりと見えた銀色の瞳の片方が金色に輝いた。
セレネが眼鏡を外し、そのレンズに息を吹いた。曇ったレンズを持っている布巾で拭いてもう一度着けると、そのレンズの奥の銀色の瞳の片方が金色に輝いた。
「死ねッ!! どいつもこいつも!!」
怒りに満ちた女性がそう叫ぶと同時に、周辺を飛び交う赤血の弾丸と、しなる赤血の鞭が襲い掛かった。
「『第三楽章・挽歌』」
モシュネはそう呟いた。すると、モシュネが突き出した左手から、瑞々しい葡萄の蔓が何百本と伸びた。
モシュネは息を大きく吸い込んで、歌い始めた。美しく、こんな状況で無ければ群衆が集まり歓声を送る程の美麗な歌声に感化されたのか、その葡萄の蔓は赤血の弾丸を包み込み、そして塵とさせ分解させた。
「"星へ伸ばす腕"」
リュノはそう呟いた。すると、リュノのメイド服を突き破り、その背中から七色に輝く宝石の触腕が伸びた。
宝石、それは本来鉱物の為、柔らかく動くことはあり得ない。そしてその通りに、リュノの触腕は動かない。
しかしそれは伸び続ける。形を変えて伸びているのだ。不要な部分はすぐに砕かれ、リュノの思う方向へ伸びる。
その触腕の先端から、その七色の輝きと同じ色の光が放たれた。それは光線となり、魔力とは似ても似つかない未知の力の奔流であった。
向かって来る赤血の鞭を尽く打ち砕き、そしてその流れを阻害させる。
リュノは宝石の触腕を床に付け、それを伸ばすと自然と彼女の体は宙へと持ち上げられた。
宝石の触腕はより広く、より大きく、リュノの背に伸びる通路の先を塞ぐ様に広がり、無数に枝分かれした先端の全てを女性に向けた。
「"紐を解く手"」
突然、女性の右腕が消えた。破壊したのでは無い。消えたのだ。まるで解れた紐を引っ張ると、糸になって崩れた様に。
その隙に、スティとセレネは攻勢に向かった。
スティは床に左手で触れ、その言葉を口にした。
「"白き花畑"」
彼女の周りに、白い水仙の花が咲き誇った。その直後にまるで松明の火でも移したかの様に燃え盛った。
しかしスティとセレネの足元に広がる火は、むしろ彼女達を燃やさぬ様にと気を配って道を開けていた。しかし、あの女性はそうでは無い。
その攻撃性と、その凶暴性と、その明るさと、その温かみ。その全てで、冥府への道を照らした松明の火は女性を包み込む。
そしてセレネは、充満する黒煙の隙間を縫って、月光の矢を三本放った。三つの顔を持つその矢の一本は新しく生まれた三日月の様に、一本は満月の様に、一本は欠けていく暗い月の様に、輝いていた。
一本、女性を貫いた。一本、女性は焼ける体を動かし、足裏から血の激流を生み出し、その流れに身を任せて素早く移動させ、避けられた。一本、女性の胸部を貫いた。
「二本命中」
「了解。このまま攻勢を――」
直後、女性は大きく叫んだ。それと同時に赤血が大きく、女性の体中から放出され、一瞬の内に、四人の心臓を貫いた。
見えなかった。それだけならまだ対処することも可能だった。反応が出来なかった。それもまだ良いだろう。
心臓を貫いた緋色の弾丸は、心臓の中に残り続け、一瞬の内に彼女達の中で真っ直ぐで細く頑丈な茨を伸ばした。
貫いた直後には、その赤血はまるで石の様に固まり、普通の生物ならば永遠に刻まれる死の傷となったのだ。
しかし、聖母は普通では無い。一般的では無い。この世の理から超越した存在なのだ。その生に死は許されず、故にそれは死と同義。生きていながら死んでいる。故に生きることも死ぬことも無い。故に生きることは許されない。
ただそこには意思がある。その意思は、もしくは魂と言うそれは、肉体と言う脆い蛹の中に引き籠もっているだけに過ぎない。
そして彼女達はその意思を星に捧げた。自らの自由意志を、自ら縛り付ける様に懇願した。
スティはあの女性への酷い狂気を見出した。しかし、その愛は、本質的に変わらないのだ。自らの自由で、自らの自由を最愛の者に渡し縛り付ける様に懇願する。スティにとっては本来、何も不思議なことでは無いのだ。
女性を燃やす火は、火すらも切り裂く赤血によって散った。瞬間に女性の傷も酷い火傷の痕もみるみる内に治っていく。
そう、彼女も聖母達と同じ。普通では無い。一般的では無い。
焼け爛れた服を口惜しそうに見下しながら、女性はすぐに食事場の扉を開け、中に入った。
ようやく火の手から逃れられた女性は、その扉を背に一瞬だけ辺りを見渡した。そして女性が一歩踏み出すと同時に、その扉が蹴破られた。
未だに血を流しているが、セレネは執念深い。蹴破った扉で身を隠すと、女性はそれに手を向けてそこから赤血を放った。
しかし、その赤血は扉を貫いただけで、セレネはその扉の後ろにはいなかった。
瞬間、女性は上を見上げた。それとほぼ同時に、セレネは女性の見上げた顔に手を向けた。
「"天頂へと届く光"」
その清浄なる輝きは、女性の体を崩壊させた。間一髪、間一髪で女性は血液の激流で身を躱し、その光線を避けたが、ちくりとその光が女性の左手中指に触れた。
そこは白く変色しており、灰の様にぽろぽろと崩れ始めた。
「ちっ。外したか」
その欠損は治らない。流石の女性も、ようやく冷や汗をかいた。
「ようやく、ようやくその顔が拝めた。戦ってるのに些か緊張感が無いと、常々思ってたんですよ」
そう言いながら、セレネは食事場に常備されているフォークの一本を女性に投げ付けた。それを女性は軽々しく手で払うと、セレネは大きく踏み込み拳を突き出した。
拳は女性の頭部に迫ったが、女性の流れる様な動きによって受け流した。
「いきなり肉弾戦ですか」
「お嫌いですか?」
「いいえ、得意ですし、やりやすい」
「……今すぐ辞めましょうか」
セレネは右足に後ろに踏み込むと、直後に右足を上げて体を捻った。
体の動きに合わせ、その回転力にも乗った踵が女性の頭部に迫った。女性は腰を後ろに曲げ、頭も後ろに倒し、その蹴りが鼻先に掠りもしない程に上体を仰け反らせた、はずだったのだが――。
突然、女性の頬にヒールの踵で思い切り蹴られた衝撃が走った。確かに蹴られた、しかし蹴りは躱したはず。女性の脳内に、またもや困惑が浮かんだ。
視界の情報からでも、それは確実だ。間違いでは無い。確かに蹴りは鼻先を掠りもせずに、視界の上を通った。しかし先程蹴りを食らった時に自然と動いた視界には、自分の顔の上を通っているはずのセレネの右足があった。
来るはずも無い衝撃に動揺し、女性の次の一手が遅れた。その隙を突き、セレネは腕を振るった。
今度こそ、今度こそ女性は、その卓越した反射神経と柔軟な体を駆使し、その攻撃を避けたはず。しかし、やはり、自分の頬にセレネの拳が叩き込まれた。
「どうしたんですかぁ? さっきから不思議そうな顔をしてぇ? さっきまでぷんぷん怒ってたじゃ無いですかぁ。余裕ぶっ放いてたじゃ無いですかぁ。えぇ?」
セレネの表情は変わらないまま。感情が無い訳では無い。ただ、表情筋が死んでいるだけだ。
「武器無しだと、姉妹で三番目に強いんですよ、僕って。まあこればっかりはルミエール姉様とテミス姉様がちょっとおかしいだけですけど」
直後、セレネの良く動く舌と口を女性の赤血によって貫かれた。
「喧しい。少しは清楚に振る舞えないんですか」
赤血はセレネの体内を巡り、すっかり治った心臓を再度貫いた。そのまま女性の赤血は上へと勢い良く昇り、その脳天まで貫いた。
「一応貴方メイドでしょう? もう少し誰に見られても恥ずかしがることの無い言動を――」
女性はずっとセレネを見ていた。その視界に狂いは無い。今のセレネは、一部の脳の損傷により肉体を動かせない状態のはず。
にも関わらず、女性の背中に衝撃が叩き込まれた。初めこそ他の姉妹だと思ったが、未だにセレネ以外入って来る気配が無い。
しかしセレネ以外の足音が一つ、いや、二つ聞こえる。空気の流れは、この食事場に自分を合わせて四人いることを証明していた。
女性はすぐに足を動かし、失礼だと分かっていながら食事の為の机の上に立った。
「僕に説教垂れてた癖に貴方は机の上ですか。そうですかそうですか」
「……貴方がこの原理を明かせば、すぐにでも降りますよ」
「仕方無いですねぇ。まあ、どうせもうバレるので、良いですけど」
誰かが机の上に足を乗せた音が微かに聞こえた。すぐに女性はその目を向けたが、やはり何もいない。
「いや、見えない」
「正解。より正確に言うなら、今は生物に干渉出来ない状態。故にその目では捉えられず、故にその体は生物に触れることも出来ない」
「それが二人」
「そう、セレネは一人で三人。一つで三つ。一個で三個。一つの顔は三つの顔」
直後、女性の頭部に拳が叩き込まれた。しかしその瞬間に、女性は現れた拳の手首を掴んだ。
「ようやく捕まえられた。まずは一人」
そこには何もいない。いないはずだが、大きな破裂音と共に赤血が飛び散った。
何かが潰れた様な、そんな飛び散り方をした赤血は、セレネの掃除の仕事を増やした。
「二人目」
女性の背から血が吹き出すと、何かをそれが貫いた。直後には同じ様に赤血を飛び散らせた。
「タネさえ分かれば単純ですね。干渉だけなら、私程度でも可能らしいです」
「……ああ、成程。あの赤髪。あの赤目。まさかとは思いましたが、捻れた運命の御子だとは」
女性は僅かに顔を歪ませ、不満感を顕にさせていた。
「私は御子では無い。私と、あの方が出会ったそれは捻れた運命等では無い。私が【規制済み】様と出会い、そして慕い、そして愛した。全ては私の自由意志に従った結果でしか無い。そして【規制済み】様はそれを受け入れてくれた。私を受け入れてくれた。私があの方を愛する許可を下さった。それどころか、【規制済み】様は私を愛して下さった。お慕い申して下さった。何度も、何度も何度も愛を囁かれ、床を共にし、ただ求めてくれることが嬉しかった」
女性は再度セレネを見詰めると、彼女を嘲笑った。
「私とあの方の間に、運命等存在しない。あるのは互いの自由意志と、何者にも切れない愛だけだ。それが私達を繋ぎ止め、そして出会わせた。たった、それだけのこと。私は御子では無い。運命は捻れていない。初めから無かったのだからな」
女性は初めて、にやりと笑った。
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