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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
80/111

多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 黒い髪に金色の瞳を持つ男性は、何処か呑気に星皇宮の東側の廊下を歩いていた。


 その直後、彼の腹部から大きく虫が叫んだ。


「……腹減った……。……今からでも【規制済み】を呼ぶか……? いや……危ないよな」


 すると、そんな男性を呼び止める乱暴な声が後ろから聞こえた。


 男性は黒い剣を軽く振りながら、その声の主を見る為に振り返った。


 そこには、二本の牛の様な巨大な角を持つ巨躯の女性が立っていた。それは、禍熊童子であった。


「……あー……どっかで会ったか?」

「ああ、海の上でな」

「……ちょっと待て。三十秒くらい思い出させてくれ。えーと……えーと……えーと……」

「もう辞めろ。さっさとヤるぞ」


 禍熊童子は下卑た笑みを浮かべながら自身の腕程の大きさの瓢箪を投げ捨て、自身の大きな胸の谷間に手を入れた。


 その手を引き抜くと、そこには自らの拳の十個大の長さを持つ剣が握られていた。


「お前が何者かなんてどうでも良い。何が目的かも、何があっても、心底どうでも良い。ただ、戦いだけがしたい。分かるか? いいや、分かってたまるかァ!!」


 禍熊童子は大きく口を開き、高らかに笑った。


 男性はそれに答える様に、狂気性を秘める牙を見せ付けながら愉快に笑った。


「単純だな、いや、それが良い。難しいことを考えて戦うなんて窮屈なだけだよなぁ? 誰かを守る為、何かを守る為、そして自分の喜びの為。分り易くて助かる」

「分かるか! なら良い! さっさとかかって来いッ!!」

「……お前の血は不味そうだな。と言う訳で――」


 男性は後ろを向き、全力で走り出した。


 禍熊童子は一瞬呆気に取られたが、すぐに怒りを顕にし、男性を全力で追い掛けた。


「待てごらァ!! 戦えっつってんだよッ!! 何逃げてんだてめェェ!!」

「こっちは別に戦いたくて来てる訳じゃねぇんだよ! まあ戦った方が良いのは確かだがな!!」

「じゃあ戦え! 逃げるんじゃねェ!」

「無理無理! 戦うよりかも優先すべき探し物があるんだよ! お前が知ってるって言うなら話は別だがな! ジークムントが封印された水晶って知ってるか!?」

「一回! 一回だけで良いんだッ!! 血湧き肉躍る戦いをしようぜェ!!」

「そろそろうるせぇぞ! このデカ女!! 知らねぇなら用事は無い! もう着いて来るんじゃねぇ!!」


 男性はそのまま黒い翼を背後に生やし、ふわりと浮いて飛翔した。


 その黒い翼は黄金の炎に包まれ、やがてその炎は加速の為の爆発力を生んだ。


 しかし、その直後にはその炎すらも斬り、翼の付け根すらも切り離す刃が振り落とされた。飛行を翼に頼っていた男性はすぐに床へと落ちてしまった。


 男性は受け身を取りながら流れる様に体を動かし、その勢いのまま立ち上がった。


 その直後には、翼を切り裂いた時に付着した血が目立つ凶刃が男性の首筋に迫っていた。


 男性は抗うこともせずに、その首を切断された。


 しかし男性の体は首を切り飛ばされても、素早く動いた。その黒い剣を薙ぎ払い、自身の首を切り飛ばした青年を切り払った。


 その剣は青年の胸部に僅かな傷を付けたが、青年はすぐに三歩後ろへ足を運ばせていた。


 その隙に男性は自身の頭を掴み、自分の首の上に乗せた。


「……不味いな……腹減った」

「些か、緊張が無いな」

「俺にとっては死活問題なんだ。まあ、来る前に腹拵えは充分に済ませたから良いんだが」


 その傷はみるみる内に治り、簡単に首が繋がった。


「こっちはお前等人間……人間じゃ無い奴も混じってはいるが、お前等人間とは色々違うんだ。食欲満たすのにも苦労するんだからな?」


 剣を構える青年は金色の髪で、碧い瞳をしていた。


「……一つ質問だ。こっちにジークムントはいるか?」

「さあな。ただ、ルミエール様はここの戦力を中央に集めたとだけ言おう」

「……成程。ならもう用は無い」

「まず名乗らせろ。"()()()()()()()()()()()()"だ」

「名前は無い。好きに呼べ」


 すると、男性の背後から熱を帯びる拳が飛んできた。その拳はナディアの手甲であった。


 しかし男性はそれを軽く受け流し、そのまま体を回しナディアの頭部を蹴った。


「お前はお前で元気だな」


 そのまま苛立っている表情のナディアの頭部を片手で軽く掴み上げ、壁に叩き付けた。そのままトリスターノに投げると、禍熊童子が鬱陶しそうに手を伸ばして捕まえた。


「ナイッチャー」


 男性はそんな軽口を言いながら、また走り出した。


「あの野郎ッ……! またッッ……!! ブチ殺してやる!!」

「ええ、ぐっちゃぐちゃにしてやりましょう禍熊童子様ッ!! あの野郎この可愛い私を無視しやがったッッ!!」

「……貴方達には品が無いですね」


 三人はすぐに男性を追い掛けた――。


「――見付けたぜぇ!! 侵入者共ォ!!」


 イノリはそう叫んだ。その視線の先には、黒い帽子の女性と薄衣の少女が呑気に歩いていた。


 黒い帽子の女性は首を曲げ、後ろを振り返った。全速力で向かって来るイノリの姿を見て、笑みを零した。


「おや、見付かってしまったね」


 女性は黒い帽子を手に、その口をイノリに向けた。


「『想起創造』"被帽付徹甲弾"」


 その口から放たれたとは思えない程の巨大な弾丸が、イノリに向かった。


「さ、行こう。流石にこれで生き残る訳が――」


 女性が視線をイノリから外すと同時に、着弾の音が聞こえた。それは本来肉が弾ける不愉快な音だったのだが、どうにもそんな音には聞こえない。


 女性はもう一度視線をイノリに戻すと、彼は徹甲弾を両手で包み込む様に掴み、腹で受け止めていた。


 服が僅かに破れているが、傷は見当たらない。僅かに苦悶の表情を浮かべているだけだ。そんなイノリに、黒い帽子の女性は顔を青くさせた。


「いやっ……何で、徹甲弾まともに食らって無傷なのあの人……こわぁ」

「徹甲弾ってあれですか? 戦車とかに撃つ」

「そのはず……えー……何で無傷なのあの人……いや、本当に人?」


 イノリは大きく顔を歪ませ、その徹甲弾を大きく掲げた。そのまま声を大きく出し、その徹甲弾を二人に投げ付けた。


「ちょ、あ、はぁ!?」

「下がってて下さい」


 少女の片腕が一瞬で消えたかと思うと、徹甲弾の前に鋼鉄の大盾が現れた。徹甲弾はそのまま大盾に直撃し、大盾は後ろに吹き飛んだが、徹甲弾の軌道は逸れて二人の頭上を通り抜けた。


「……あっぶな!」

「……さて、と。どうします?」

「どうします? じゃ無いんだよ君! 逃げるよ! あれはもう相手にしたら駄目なタイプの怪物!!」


 女性は少女の手を引き、走り出した。


「待てやゴラァ!!!」

「レディーを口説くにしたってそんな乱暴な物言いはどうなんだい! 『想起創造』"神仏妖魔存在"【"天手力男(あめのたぢからお)(のかみ)"】! ほら、これ相手にしててっ!! BL好きもいるだろうからさっ!!」


 帽子から出て来たのは、筋骨隆々の大柄の男性だった。その巨体はイノリの体躯を遥かに越しており、その筋肉は鋼の様に屈強だった。


 長く伸ばした髪と髯は、何処か不潔感がある。


 その男性は拳を大きく振り被ると、巨大な拳骨はイノリに落下した。


 イノリはその拳に怯まずに、力強く自分の拳を握り締めた。男性の拳に真っ直ぐ自らの力をぶつけると、イノリの拳は男性の肉を弾けさせ、骨を砕かせ、そのまま衝撃は男性の体全体に広がった。


 よろけているその隙に彼は跳躍し、男性の頭部を掴み、そのまま床に叩き付けた。


「ウッソでしょ! あんな簡単に、天岩戸を投げ飛ばした男神を叩き潰せるってどうなってるんだ本当に!!」


 イノリはその巨体を飛び越え、二人を追い掛けた。先程とは遥かに卓越した身体能力を発揮し、一瞬で二人の背にまで到達した。


「怖い! 下手なホラーより怖いっ!!」

「さっさとお縄に付け【規制済み】共!!」

「わお! 正体もバレてる!! イノリっておっさんは頭が悪いって聞いたのに!!」

「誰が馬鹿だあぁ!? と言うか誰から聞いたそんな話!」

「ジークムント!!」

「あの野郎か……どいつもこいつも俺を馬鹿扱いしやがって……!!」


 すると、薄衣の少女のもう一方の片腕が消えると、イノリの体を縛る鎖と動きを抑制する鉄球が作り出された。


「これで一応……時間稼ぎにはなると――」


 イノリはその鎖をまるで糸を引き千切る様に容易く壊すと、その鉄球を二人に投げ付けた。


「また来たぁー!! どうするんだい!!」

「どうするもこうするも無いでしょう!! 全速力で逃げますよ!!」


 その鉄球は偶然にも二人の横を通り過ぎるだけで済んだが、その速度と重量に直撃すれば、ただでは済まないと理解した。


「一応死なないとしてもあれは嫌だッ!!」


 すると、二人が逃げている先に杖を突いている老人がいた。しかし当たり前だが、こんな状況でただの老人がいるはずが無い。


「……あれ、滅茶苦茶強いお爺さんだよね?」

「……多分」

「……どうする?」

「このまま走るしか無いでしょうが!!」


 少女の腕はその一瞬で治ると、その両手で自分の頬を思い切り叩いた。


「……何、それ」

「気合注入です」


 杖を突いている老人は目が細く、腰を曲げていた。近付いて初めて二人は気付いた。あの老人には、目が三つある。


 その三つ目の瞳も瞼で隠されているが、二人が走り近付くと、大きく見開いた。その瞳は金色であり、老人はその長い白髪を僅かに揺らした。


「……ああ、全く、どうしようもねぇ、若造ばっかり」


 老人の名は"イワイ"であり、第四師団長である


 直後、黒い帽子の女性の左腕がぱっと離れた。まるで少年が手放してしまった風船の様に、ぱっと離れてしまった。それが切り落とされたのだと理解したのは、イワイがすらりと仕込刀を剥き出しにした直後のこと。


「ほら、やっぱり強かった。最悪だ」


 女性は右手で帽子を手に取ったが、その右手すらも一瞬で、まだ十歩以上離れていると言うのに切り落とされた。


 しかし女性は、それでも痛みに苦しむことは無く、むしろ笑ってみせた。


「『想起創造』"黒色火薬"!」


 床に落ちる帽子の口から黒い砂がふわりと舞うと、それは風に乗って大きく蠢いた。


「さあ、これからは賭けだ。頼んだよ」

「本当にやるんですか?」

「ああ、勿論。あ、服に関しては大丈夫さ。簡単に直せる」


 少女の人差し指の爪が失くなったかと思うと、その指先から僅かな火花が散った。それは辺りに待っている黒い砂に着火し、連鎖的に爆発を引き起こした。


 イノリとイワイは防御態勢を取り、その場でしっかりと腰を据え、踏ん張っていた。


 その数多の火と熱に紛れ、黒い帽子の女性と薄衣の少女は走り続けていた。


 そのままイワイの横を通り過ぎ、上を目指した。


 燃えている服を回復した手で払いながら消火し、後ろから追い掛けて来る二人に視線を向けた。


「まだ追い掛けて来るよ。と言うか何であの爆発の中で無事なんだろ……」

「それを私達が言いますか」

「それはそうだ! アッハッハ!! ……ハハ……。……やっぱりあの人達怖い」


 イワイは三つ目の瞳を動かし、その小柄な体をゆらりと揺らした。


 その直後、老人は仕込刀をゆっくりと薙ぎ払った。その瞬間に、黒い帽子の女性と薄衣の少女の胴は両断された。


「おいで」


 薄衣の少女は離れ行く自分の胴体を感じながら、そう呟いた。


 すると、蛇の意匠が刻まれた盃が少女の離れた上体の上に現れた。それが彼女の体に触れる直前に、突如として現れた少女がそれを摘んだ。


 それと同時にその盃から翡翠色に輝く水が溢れ、それが薄衣の少女の離れた胴体を包み込んだ。


 それはまるでスライムの様に粘着性を持ち、そして互いに引き寄せ合い、やがて少女の胴体がぴとりと重なり、その傷を癒やした。


「大丈夫? お父さん? あ、今はお母さんか」


 盃を持つ少女はそう言った。薄衣の少女は微笑んで答えた。


「うん、大丈夫」

「この人は?」

「この人もお願い」

「分かった」


 黒い帽子の女性の別れた胴体にも翡翠色の液体が包み込むと、同じ様に傷が治った。


「はぁー大変だったよ。まさか魂と肉体を同時に切るなんて……」

「死なないとは云えですよね。あ、もう大丈夫、帰ってて良いよ」


 盃を持つ少女は霧の様に消えると、再度イワイは仕込刀を振るった。


 その直後、黒い羽根がイワイの刀の刃にぴとりと触れた。その直後には、その羽根は黄金の炎を散らしながら爆ぜた。


 やがて黒い羽根がこの通路に雪の様に降ると、その全てが燃え盛り、そこから黒い直剣を持つ男性が現れた。


「……あ、おっさんは覚えてるぞ。頭が悪い奴だろ」

「何でどいつもこいつも俺を馬鹿扱いしやがるんだアァッ!?」


 男性は後ろにいる二人に視線を向けると、口を開いた。


「恐らくジークムントは女を連れてるあいつが行った方向だ。東も西も地下も無かった」

「一人で全部行ったのかい? 凄いね君」

「……お前等は何してたんだ」

「そりゃ勿論、観光さ」

「……本気で軽蔑するぞ?」

「冗談さ冗談。バケモノに冗談は通じないらしい。私としては、真剣にここの構造を解析していたつもりなんだけどね」

「……魔法か?」

「いや、私は君達とは違うんでね。ああ、嫌味じゃ無いよ? 私には出来ないことを君達は出来る。それは誇るべきこと。だろ?」


 男性は視線を前に向け、寸前に迫ったナディアの拳を間一髪で受け止めた。


「ちょーっと遅いな」


 ナディアの手甲から発生した熱と、男性の掌から発せられた黄金の炎が混じり合い、灼熱の空間と大きな衝撃を作り上げた。


「これから来る奴等もいる。ここで食い止めて、出来る限りの戦力をこちらに集中させる。協力してくれ」


 男性のその言葉に、黒い帽子の女性は僅かに顔を顰めた。


「だーかーらー、私は戦いが得意じゃ無いんだ。そう言うのは全部他人に丸投げしてるのさ」

「だから協力するだけで良いって言ってるだろ。後ろからあの時みたいに龍をじゃんじゃん出してくれるだけで充分助かるんだ」

「……はぁー……仕方無い」


 女性は黒い帽子の口をやって来る彼等彼女等に向けた。


「おや、何人か連れて来ている様だね」

「ああ、頼んだ」

「『想起創造』"対怪(たいけい)二零々(にひゃく)式軽機関銃"」


 そこから現れたのは、白銀の巨大な銃である。その細やかな機構により、毎分七百発の弾丸を発射が可能である。


 それ以上に特徴的なのは、その機構に刻まれている奇妙な意匠だろう。魔力とは一味違う異様な力が流れていた。


 薄衣の少女は「おいで」と呼び掛けると、その周りに数人の武具を持つ人間が現れた。


 トリスターノがその直後に男性に向け歩を進め、剣を振るった。


 しかし男性は一瞬で体を屈ませ、左腕を振り払った。その左腕には黒い鎖が巻き付いており、縦横無尽に走り回った。


 その鎖の長さに際限は無く、不可解な力により長さは自由自在に変わる。一瞬で短くなったかと思えば、10m程伸びてうねることもある。


 それは壁を走り、男性が左手を僅かに下げると、勢い良く軌道を曲げトリスターノの周りをぐるりと囲った。


 男性が軽く左手の人差し指を曲げれば、その鎖はそのままトリスターノを締める様に動き出した。トリスターノはその剣を鎖と自身の体の間に入れ、振り下ろした。


 だが、その黒い鎖は切れない。そのまま彼の体を力強く締め上げた。


「……何だこれは。本当に鎖か?」

「ま、特別性ってことで」

「……そうか」


 その直後、トリスターノの剣に直線的な罅が数本入った。その罅に沿って剣が割れたかと思うと、それは魔法により羽虫の様にトリスターノの周囲を飛び交った。


「問題無い。そう言う魔法だからな」


 七つに別れた剣の刃が男性に向けて飛ぶ直前、鎖は短くなり、トリスターノの体は男性に引き寄せられた。


 そのまま左手で軽く持ち上げられ、大きく振り被ってトリスターノはイノリに向かって投げ飛ばされた。


 イノリの体中から溢れる黒い液体がトリスターノの体を包み込むと同時に、黒い帽子の女性は軽機関銃の引き金を引いた。


 弾丸が入っている様子は見られない。しかし、確かに純銀の弾丸が連続してその銃口から発射されている。


 その銃弾が到達する前に、イワイは刀を振るった。勿論、その銃弾に刃は触れていない。触れていないにも関わらず、銃弾は全て両断され軌道を変えられた。


「うっそぉ。……あ、成程、魔法か」


 軽機関銃の銃身が徐々に熱を帯び、赤みがかって行くと、女性は引き金から指を離した。


 その一瞬でイノリと禍熊童子とナディアは走り出した。いち早く男性に拳が届いたのは、イノリだった。黒い液体は鎧の様にイノリの拳に纏わった。


 男性は、真正面からその拳に自身の拳を叩き込んだ。男性の右腕には、黒く仰々しい鎧があった。その鎧は左腕に巻き付いている鎖の様に罅が走っており、そこから黒い炎がちらちらと見えていた。


 禍熊童子の巨大で無骨な剣が振り下ろされた直後、そんな彼女の右頬に殴り掛かる影があった。


 それは薄衣の少女に呼ばれた巨躯の女性であり、その拳にはナックルダスターが握り込まれており、打撃の威力を倍増させた。


 ナックルダスターを握った女性は長い舌をだらんと垂らしながら、涎を落とし気が狂った目を禍熊童子に向けた。


「オヤジィ!! こいつブッ殺しても良いよなァ!!」

「……もう少し言葉遣いを直して欲しいんだけど……まあ、今は良いや」

「久し振りのいィ獲物だァ!!」


 女性はそのまま体を捻り、飛び掛かって来たナディアの蹴り飛ばした。


「お前もだお前! ガキっぽい女ァ!!」

「誰がガキだ舌出し女ァ!!」


 その間にも、男性とイノリは戦闘を続けていた。


 イノリの体中には黒百合の紋が広がっており、服を破り黒いもう一対の両腕が見えていた。彼は、全力で男性と交戦している。


 面頬の中から聞こえる荒い息は、彼の焦燥を表していた。


「奇遇だな」


 男性はイノリの攻撃を往なしながら、そんな軽口を叩いていた。


「黒い鎧、俺も作れるんだ」

「だろうな!」


 男性の四肢には、内側から炎が漏れている黒い仰々しい鎧があった。そこから感じる異様な気配は、イノリの額に脂汗を浮かべさせていた。


「分かってるはずだ。勝っても負けても、結果はどうせ変わらない。まずお前は俺に勝てない。分かってるはずだ」

「うるせぇ!! それが、親衛隊である俺が戦いを辞める理由にはならねぇだろうが!! どうせ俺はこうやってでしか役に立てねぇ……なら……これだけは、やり遂げなきゃ駄目なんだよ!!」


 イノリは祈った。星の光に、力を、全力を。そして声無き声を発した。


 その声に、凡そ八十の星の数は答えた。


 星皇宮、その奥に鎮座する玉座の間。今、不死鳥の息が絶えそうとなっているその玉座。その前に並んでいる十二の剣。その一つが錆に覆われた。


 その剣の剣身には、星の座が描かれていた。しかしこの世界には浮かんでいないであろう星の座。およそ八十の輝きを発するその剣は、今やイノリの手の中にある。


 国宝十二星座、その内の一つ、山羊座(カプリコルヌス)。イノリの手にあるその星々の輝きは、剣から姿を変えた。


「離れとけお前等!!」


 イノリは叫んだ。


 それは錆び付いた黒い巨剣である。それは片刃で歪な物であり、イノリの二倍程度の大きさを誇っていた。


「大きければ良いって訳じゃねぇだろおっさん!!」


 男性が左手の鎖を振り回し、イノリを縛ろうと動いた直後。イノリは山羊座(カプリコルヌス)を黒い液体で作り上げた両手で握った。


 その瞬間、男性の体は壁に叩き付けられた。


 反応が遅れた、そんな程度では収まらない。何も見えなかった。何も感じなかった。何も出来なかった。


 イノリの巨剣は薙ぎ払われていた。音と風は後からやって来た。


 男性は倒れる様に床に落ちると、すぐに立ち上がった。


「バケモノよりも化け物してるなお前……!!」

「当たり前だ。年季が違うんだ、年季が」

「こっちは色々違うんだよおっさん! 目的も、理由も、【規制済み】もな!!」


 男性の左腕に巻き付いている鎖は、その男性が右手に構えている剣の柄に巻き付いた。それは縦横無尽に駆け回り、黒い炎を纏った。


 それと同時に、男性は走り出した。彼の背には黒い翼があり、それが大きく燃え盛り、それは彼の速度を加速させた。


 しかし、やはり結果は同じ。見えない内に巨剣を振るわれ、壁に叩き付けられる。


「おらどうしたバケモノォ!! さっきまでの威勢はどうしたァ!!」

「うっせぇんだよおっさん!! ちょっと黙ってろ!! そろそろ掴めそうなんだよ!!」


 男性はもう一度立ち上がり、大きく笑った。すると、彼の体が黄金の焔に包まれた。しかし彼の体はどうにも焼けている様には見えない。


 その口から黒い炎を吐くと、その獣の様な眼光をぎらつかせた。


「もう見えそうだ、おっさん。次は効かねぇぞ」


 男性の心臓が高鳴った。


 男性は先程よりも速く、疾く、駆けた。ただ純粋に、単純に、イノリの全てを打って破ろうと意気込んでいた。


 再度、イノリは巨剣を何よりも疾く薙ぎ払った。


 しかしどうだろうか。男性の目は、その巨剣の動きを目で追っていた。


 左腕に巻き付く鎖が大きくしなると、その先にある剣がイノリの巨剣を強く、大きく叩いた。


 巨剣の斬撃は僅かに下に逸れ、男性は少しだけ跳躍した。彼の体勢は走高跳のそれに酷似しており、巨剣は男性の体の下を通り抜けた。


 着地と同時に、彼を纏う炎は全て加速の為の推進力へと変わった。


 圧倒的なまでの速度、真正面からならばイノリと同格以上の身体能力、その二つが掛け合わさった蹴りが、イノリの腹部に叩き込まれた。


 発した熱と衝撃は辺りを包み込んだ。やがて熱が晴れると、両者の姿が見えた。


 イノリの腹部は肉が大きく抉れていたが、両足で堪えていた。


「……本当にバケモノかよ、お前」

「へっ……お前の方がバケモノだろ。【規制済み】」


 その隙、いや、イノリは隙を見せていなかった。ただ一瞬、ほんの一瞬のそれは、恐らく疲労だろう。


 突如として現れたジークムントを名乗る少女が、イノリの巨剣に触れた。その星座の最も輝く星の輝き掴み、取り上げた。


 ジークムントの手の中には、山羊の尻の輝きが僅かに見え、彼女は恍惚とその表情を見詰めていた。


山羊の尾(デネブ・アルゲディ)……仄かの輝きと掩蔽が時折見えるね」


 イノリがすぐに巨剣を握り直した直後、足音が聞こえた。


 その足音は五つ。聞こえる度に、イノリは何処か懐かしく、そして恐ろしい気配を肌で感じ取った。


「お、ようやく来た様だね」


 黒い帽子の女性はそう呟いた。


 そして、イノリは信じられない物を見るかの様に目を見開いた。


 遠くから、狐の面を被る彼女達がゆっくりと歩みを寄せていた。


「……まさかお前……いや、まさか……まさか……な」


 先導する隻腕の女性的な人物は、刀を抜いた。


 すぐに異変を察知したイワイはその仕込刀を抜いた。それと同時に、悍ましい程の殺意を感じ取った。


 女性的な人物は右足を前に出し、前傾姿勢を取った。ふらりと、まるで気を失っている様に体を倒すと、その姿は世界から消えた。


「まさかあの技は……!」


 次の瞬間、その人物はまるで霞の様にイワイの背後に現れた。その手に握られた刀は既に振り下ろされており、その人物はただ三歩だけゆっくりと歩を進めた。


「それは――」


 イワイの言葉が紡がれる前に、彼の胸部がたった一本の傷が刻まれた。その傷は見惚れてしまう程に美しく、臓物が初めからそうであったと錯覚してしまう程に両断された。


「星皇の……技……!!」


 その直後、また女性的な人物はふらりと体を揺らした。


 世界から消えたかと思うと、トリスターノの背後に現れた。その刀はすらりと彼の右肺を貫いた。


 またふらりと揺れたと思うと、今度はイノリの両腕が両断された。


「お前……お前、まさか……!!」


 イノリの体から溢れる黒い液体が傷を包み込みながら、彼は叫んだ。それに女性的な人物は、答えた。


「……verl. datmm jauze'um verlom」

「いるはずがねぇ……!! ここに、こんな所に……!!」


 すると、トリスターノは右胸を抑えながら、腕を真っ直ぐ突き出した。その直後に七つの刃が隻腕のその人物の後ろにいる四人に向かった。


 しかし、どうだろうか。先導しているもう一人の女性が刀を僅かに抜くと、七つの刃は姿を消した。


 現れたのはトリスターノの背後、その勢いは変わらず、彼の脇腹に突き刺さった。幸い、一つの刃が突き刺さっただけであり、他の六つの刃は寸前で止まった。


「……イノリさん、何者ですか、あの五人は」


 イノリは答えない。唇を噛み締め、その先導する人物を鋭い眼光で睨み付けていた。


「……イノリさん?」

「……答えられねぇ」

「……答えられない? 知っていると言うのに?」

「……ああ、答えられない。答えることは出来ない」


 禍熊童子がようやく視線を女性的な人物に向けると、その目を見開いた。口を大きく開き空間が揺れる程の大きな笑い声を発した。


「今更何をしに来やがった!! その腕はどうした!! あァ!?」


 女性的な人物は実にどうでも良いと言わんばかりに刀を鞘に収めたが、禍熊童子を何処か驚いた瞳で見ていた。


 しかし、視線を下に下げ、和服で着飾っている黒い帽子の女性の前に戻った。


「何か答えたらどうだ!? あァ!? それとも何だ、俺と話すのは嫌だってか!?」

「……datmm……. ……ruuhe datmm sra gylie'qe?」

「お前が知ってない訳無いだろ。今更何を――」


 その言葉を発する前に、禍熊童子は何かを察したかの様に抱えている瓢箪を傾けた。


「……そうか。お前……」


 彼女には似合わない悲しげな表情を浮かべると、俯きながらも、再度笑った。


「なら話は別だ。容赦はいらねぇよなァ!!」


 その言葉の直後、今まで歩みを続けることしかしなかった和服を着飾った黒い帽子の女性が左手をゆっくりと挙げた。


 その瞬間、その五人は姿を消した。現れたのは、彼等彼女等の背後。それよりも遠い場所。


 彼女達は、歩みを続ける。


「あいつ等がルミエール様が言った奴等ですわね!」


 ナディアは手甲を叩き、走り出した。


「優先するなとは言われましたが、この状況なら話は別! 最も先に進んでいるのはあいつ等!!」


 その直後、先導する一人である白装束の女性が、彼等彼女等に背を向けながら刀を抜いた。その刃をふらりと動かすと、一瞬でナディアの四肢と首は両断された。


 ナディアだけでは無い。イノリも、禍熊童子も、イワイも、トリスターノも、その四肢と首が両断された。


 しかし出血は見られない。それどころか、呼吸も出来るし四肢と頭には血液が流れている感覚もある。


 切られたのでは無い。離れたのだ。意味は分からないが、彼等彼女等はそうなのだと瞬時に理解した。


「相変わらず怖いですね……その力」


 薄衣の少女はそう呟いた。


「まあ、もうどうすることも出来ないだろう。先を急ごう」


 黒い帽子の女性の言葉を受け入れ、牙を見せ付けている男性と薄衣の少女は、先へ歩みを続けるあの五人に駆け寄った。


 しかし、その直後、イノリは立ち上がった。


 体から溢れる黒い液体が伸び、四肢と首を繋いでいた。その離れた箇所は黒い液体で縫われ、何とか動かせる様になっている。


「ちょっと待ててめぇ等……! 俺はまだ立てるぞ……!!」

「……タフだなぁ、おっさん」


 男性は黒い鎖を振り回し、金属音を響かせながら足を進めた。


 その金属音に感化されたのか、禍熊童子も立ち上がった。離れた四肢と首は、イノリを真似して魔法で作り上げた植物の枝を突き刺し、縫って繋げていた。


「まだ続けるぞ! 何回でもやってやるぞォ!!」


 黒い帽子の女性は軽機関銃を担ぎ、その銃口を二人に向けた。


「全く、割に合わない仕事だ。けどまあ、色々知りたいこともあるしね。まだ付き合ってあげよう」


 もう一度、イノリと禍熊童子は拳を振るった。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


てぇへんだてぇへんだ、あの美人な子は一体誰なんだァ!!


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