表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
78/111

多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 城壁に設置されている防衛装置の多くは、魔法兵器の一種である。


 魔法兵器の利点は、例として大砲の場合、火薬を詰める必要性が無いのだ。これによって弾を入れるだけですぐに発射が可能である。


 欠点としては、充分な威力を発生させる為には、相当量の魔力が必要なことである。大抵は多くの魔力を補充出来る魔石を備え付けるが、その魔石に魔力を込める人物が必要であり、一発の砲弾を発射するのに魔術師が一時間程度放出する魔力が必要である。


 しかし魔法兵器が広く普及しているのはただ一つ。火薬よりも手軽で、少ない鉄でも込めた魔力に比例して威力が簡単に増大することにある。


 星皇宮の城壁に設置されている大砲の口が彼等彼女等に向くと、それは一斉に砲弾を発した。


 向かって来る巨大な砲弾を見ながら、隻腕の男性は煙草を吹かした。次の瞬間、彼はその左腕をやって来る砲弾に向けた。


 次の瞬間には、その左手からやって来る砲弾よりも強力な衝撃が放たれた。本来反作用によって彼の体は大きく吹き飛ばされるが、彼は持ち前の異常な身体能力でそれを力尽くで抑え込んだ。


 結果として彼は微動だにせず、向かって来る砲弾の全ては軌道を逸らされた。


 そして、いの一番に走り出したのは、黒い髪に金色の瞳を持つ男性であった。


 その防寒着を脱ぎ捨てながら、彼は天にも届きそうな閉ざされた城門の扉に向けて、拳を振るった。


 城門の扉は強固な鋼で出来ており、決して並大抵の魔法でも破壊することは非常に困難である――はずだった。


 振るわれた拳は莫大な熱を発生させ、その黒炎を散らしながら鋼を溶かした。


 それだけでは無い。その衝撃すらも大層な物で、城門の向こうにいる衛兵がその衝撃の風によって吹き飛ばされた。


 その風の中に紛れ、彼の物とは異なる黒炎が見えた。その直後に、彼の頭頂部から顎下に細い剣が貫いた。


 メグムが黒炎をその身に纏いながら、彼の頭に剣を刺したのだ。


「ごめんね。貴方達の目的は阻止させて貰う」

「いいや、達成させて貰う。俺達の為にも、そして、お前達の為にも。強いては、()()だったか? そいつの為にも」


 メグムはその目を見開き、何処か納得した様に、そして悲しげな表情を見せながら、その目を閉ざした。


 次に開いた時には、メグムの体は黒い炎に包まれていた。


 その瞳は無垢銀色に輝き、その気配は恐ろしく、それでいて仰々しかった。内包している母性と慈愛とは裏腹に、見る者全てに恐怖を抱かせた。


「……私は、メグム・シラヌイ。七人目の御子。七人目の【規制済み】。決して、この世界の【規制済み】では無い。だからこそ、この世界を護る者。故に、"七人目の守護者"」


 その言葉と共に、両者は動き出した。


 その熱は、その輝きは、最早何人たりとも近寄らせない地獄の物へと変えていた。


 メグムは祈った。星の光に、力を、全力を。そして声無き声を発した。


 その声に、凡そ百二十個の輝きは答えた。


 星皇宮、その奥に鎮座する玉座の間。今、不死鳥の息が絶えそうとなっているその玉座。その前に並んでいる十二の剣。その一つが炎に包まれた。


 その剣の剣身には、星の座が描かれていた。しかしこの世界には浮かんでいないであろう星の座。およそ百二十の輝きを発するその剣は、今やメグムの手の中にある。


 国宝十二星座、その内の一つ、獅子座(レオ)。星皇がメグムに信頼と実績と功績と英傑の証として与えた細身の剣とはまた違う。


 彼女の細身の剣は、刃が付いており、レイピア程細くは無い。故に斬撃も出来はするが、何かを切ることには向いていない。


 本来、比較的非力だったメグムを思って渡した星皇特製の剣だが、彼女が魔法を極めるとそんな必要も無くなった。故に星皇は、そんなメグムにもう一つ、自らの血肉を別けた星座を彼女に与えた。


 元より自らの魔力で作り上げたその細身の剣と、自らの血肉を別けて作り上げた星座は極めて相性が良かった。きっと星皇もそれを理解していたのだろう。


 メグムの手にあるその星々の輝きは、剣から姿を変えた。その焔は剣の周辺を漂うと、黄金に輝いた。


 やがてそれは巨大な炎の剣となり、メグムはそれを胸元に動かした。剣先を天に向け、眼の前にいる男性にこう言った。


「私は、【規制済み】。もう、それに意味は無いけれど」


 メグムはその炎の大剣を大きく振り被った。


 それに呼応する様に、男性の身から黒い焔が巻き上がった。


「ああそうかい。なら、その剣の意味を俺が作ってやるよ」

「……ありがとう。【規制済み】」


 メグムはその剣を思い切り薙ぎ払った。大きく三歩か、四歩程度離れている男性の首に、簡単に届く大きさの焔を、男性は異常な跳躍力で上に避けた。


 彼は左手を大きく動かすと、その左手に黒い炎を纏った。その炎を払う様に動かすと、その左腕に黒い鎖が巻き付かれていた。


 そこからは、やはり黒い炎が見え隠れしており、彼の底知れない魔力を見せ付けていた。


 鎖は彼の意思に従って自由に動き回り、メグムの足首に巻き付いた。鎖は大きくしなり、そのままメグムの体を宙へ飛ばした。


 メグムはそんな状況でも冷静に、魔力を集中させた。その剣に纏う星の輝きは更に強く光り、メグムの鼓動に答えた。


 国宝十二星座が五番目、獅子座(レオ)。それは形ある物では無い。メグムを守る為に彼女を包み込む温かな炎である。


 敵には牙を向け、殺意にはその強固な鬣をちらつかせる。


 メグムは左手で右の手首を掴み、右手を大きく開き、空中で逆様になりながらも男性にそれを向けた。


 星の輝きは右手に一点に集まり、それは大きく口を開いた獅子として放たれた。


 この炎は、万物を焼く熱であり、この場が火の地獄へとなっていないのは、メレダが維持している結界魔法とメグムが全力を出していないだけである。


 だがその獅子を模した炎の前に、薄衣の少女が現れた。少女は両手を合わせ、すぐに獅子の炎に向けた。


「おいで」


 その一声で、少女の前に大盾を持った巨体の男性が現れた。その大盾から半円を描く薄い膜の様な結界が張られ、その獅子の炎を防いだ。


 しかし直後には、メグムは次善の策を打っていた。その炎が男性に届かないことを薄衣の少女が現れた時点で想定しており、散ってしまった炎を集束させた。


 細身の剣に圧縮された熱と輝きを纏わせ、更にそれに自身の魔力を混ぜ込んだ。


 爆発と衝撃で、一瞬でメグムは大盾のすぐ前に現れ、そこから力強く一歩を踏み出した。肩から、二の腕を通って肘、そのまま一気に力を込めれば、彼女の細身の剣は炎を纏って大盾に強烈な一撃を入れた。


 いとも容易く大盾は貫かれ、その剣は巨体の男性の体さえも貫いた。その衝撃は未だに衰えず、そのまま炎は大きく放たれ、男性の背後にいた薄衣の少女を包み込み、焼いた。


 そんな中、城門の外から大きな声が聞こえた。


「現在城門前にて、大量の魔物が発生!! 砲撃が間に合いません!! 応援を!!」


 メグムがその言葉に気を取られたその瞬間、先程まで防寒着を着ていた男性がメグムの背後にいた。彼はその黒い剣をメグムの背に突き刺し、黒い炎を巻き上がらせた。


 その炎はメグムを焼き、そして彼も焼いていた。


 すぐにメグムは体を僅かに前に倒し、その剣を体から離した。そのまま上半身を地面と平行にさせ、足を上げて体を回した。


 繰り出された回し蹴りは男性の頭部に見事に直撃し、彼は僅かに蹌踉めいた。


 しかしまた、メグムは気を取られた。その眼前に、何時の間にか拳が向かっていたのだ。先程蹴った彼の拳では無い。これは――。


 メグムはその拳を食らい、余りの衝撃によって城壁に叩き付けられた。回復が間に合っていないのか頬骨が砕け、その顔は血で無惨な物になってしまった。


 しかしメグムは、まだ動く。足に炎を集め、そこから熱と爆発を発生させた。お気に入りの靴は見事に焼けて炭になってしまったが、そんなことは些細なことなのだ。


 彼女は炎で象った剣を左手に、炎を纏った細身の剣を右手に持ち、足に集まる炎を爆発させて何よりも速く飛び上がった。


 熱と輝きを彼女は発し、誰よりも速く走った。


 そんなメグムに、再度拳が向かって来た。その拳は、隻腕の男性の物だった。


 しかしメグムは、先程よりも桁外れの反射神経と速度で姿勢を低くさせ、懐に入り込むと同時に細身の剣を突き出した。


 その頭部を狙った剣は、更に速い男性によって容易に避けられた。しかしメグムはすぐに炎の剣を振り上げた。


 今度こそは、その形も無い炎の剣は隻腕の男性の腹部から胸部にかけて焼き切った。


 しかしその直後、メグムの思考の中に、黒い波紋が広がった。それは薄っすらと広がり、それは痛みと苦痛を伴った。


 何れ立ってもいられなくなり、メグムは膝から崩れ落ちた。五百年間戦い抜いた彼女さえも、悲鳴を発してしまいそうな痛みと苦痛。視界さえも霞み、前にいるはずの男性の姿さえも僅かにしか見えない。


 メグムの歪んだ視界に見えた男性の瞳は、恐ろしくも緑色に輝いていた。


 メグムは徐々に動悸も荒くなり、そのまま手を床に付いた。


「こいつだろ? ジークムント。星の輝きを持ってるって奴は」

「ああ、ありがとう。目標には入れていなかったが、都合が良かった」


 隻腕の少女がメグムの前に現れた。


 ジークムントはメグムの体を纏う炎に触れると、その星座の最も輝く星の輝きを掴み、取り上げた。


 ジークムントの手の中には、獅子の心臓の輝きが僅かに見え、彼女は恍惚とその表情を見詰めていた。


「ああ、これが……獅子の心臓(レグルス)か。思っている以上に儚い物だね」

「どうする気だ? こいつ」

「このままにしておこう。それが彼、そして彼女の望みだ。僕としても、彼、そして彼女をこれ以上苦しませるのも心苦しい」

「……ああ、【規制済み】のことか。……こいつはそいつの妻か? セフレか?」

「全員君みたいな人だと思わないでくれ」

「お前は俺を何だと思っているんだ」

「性悪女誑しでありながら女の趣味も悪い。性欲大魔神」

「……俺、そんな風に思われてたのか……」

「一つは訂正しよう。性欲大魔神では無いね」

「……そこは別に否定しなかったんだけどなぁ……」

「そこは否定して欲しかったんだけどなぁ……」

「……いやぁ……自分でも思うが、強いだろ、俺」

「……君達の床事情は知りたくなかったな……」


 隻腕の男性は余りの気不味さからか、火が消えてしまった煙草を捨て、新しい煙草を咥えた。その煙草の先端に、赤髪の女性が持っている高級そうなライターで火を点けた。


「……なあ【規制済み】、俺、そんな男だったのか」

「……まあ……。…………………………大丈夫ですよ」

「その長い沈黙を俺は肯定と捉えるぞ」


 隻腕の男性は炎によって灼かれた薄衣の少女に歩み寄った。


「あんなことで死ぬ訳がねぇだろ? 狂犬が、こんなことで倒れる訳がねぇだろ? さっさと起きろ」


 薄衣の少女は、すんなりと立ち上がった。


「一応、心配くらいはしてくれても良いじゃ無いですか。僕だって人間ですよ? 心配されたいんですよ」


 彼等彼女等は、前へと進んだ。


 難無く星皇宮の中へと入り、彼等彼女等は目的を達成する為に戦う。


「ジークムント、何処に君の体があるんだい?」


 黒い帽子の女性がそう聞いた。


「さあ。一番上にあるのか、それとも地下にあるのか、はたまた東塔の方向にあるのか、もしくは――」

「要するに分からないってことか。なら仕方無い。別れるしか無いか」


 個々人は勘で動き、ある者は共に、ある者はたった一人で行動を始め、自然と別れていった。


 一番奥へ向かったのは、隻腕の男性と赤髪の女性だった。


「ここだけしか食べられない上手い物って何だろうな。魔物の肉は不味いって聞くし」

「何だか呑気ですね。……私は、気が気ではいられないと言うのに」

「まだ慣れないか? それも魔力なのかね。何時か覚えてみたい物だが、【規制済み】の俺達にも使えるのか。……まあ、後でジークムントに聞けば良いか。……さて――」


 直後に、彼の頭部を狙った散弾が放たれた。


 しかし、やはりすぐに避けられる。だがその直後には、彼の背後にイナバが現れた。


 その長槍を薙ぎ払ったが、隻腕の男性はイナバの槍を人差し指でほんの少しだけ、ぴんと弾いた。


 その槍は飴細工の様に罅が走り、その衝撃のままイナバの腕は薙ぎ払った方向とは逆の方向に持っていかれた。


「兎……バニーボーイなんて何処に需要があるんだ……?」


 イナバは一言も発さずに、不愉快そうな表情を浮かべながら舌打ちを鳴らした。


 彼は一瞬で広く高い星皇宮の通路の天井にまで跳躍し、そこで体をくるりと回転させ、足で天井を思い切り蹴った。


 兎の亜人特有の卓越した脚力、その中でも異質なイナバのそれは、影すらも映さなかった。


 その矛先を男性に向け、それが彼に突き刺さる直前、イナバの体は赤髪の女性に蹴り飛ばされた。


 そのまま女性はイナバの右の手首を掴み、そのまま捻り、床に押し付けた。


「礼儀がなっていないな、兎」


 赤髪の女性は冷たい視線でイナバを見下ろした。


 瞬間、散弾が放たれる爆発音が聞こえた。女性は即座にイナバの上体を起き上がらせ、自身の体を隠したが、向かって来る散弾は蒼い焔を纏ってその軌道を大きく変えた。


 弾丸は女性の背後へと回り、彼女の背を貫こうと企んでいた。


 しかし次の瞬間には、女性はイナバの肩に手を乗せて、ひらりと逆立ちを始めた。


 そのまま弾丸はイナバの背中に直撃したが、彼の強靭な肉体によって僅かに出血をしただけで済んだ。


「……人間では無いですね、その耐久力。いや、まず人間じゃありませんでしたね」


 女性は足を広げ、腰を回し片手をイナバの肩から落とした。


 そのまま勢いのまま女性は踵をイナバの頭頂に落としたが、卓越した身体能力でイナバはその足首を掴み、大きく女性を壁に投げた。


 赤髪の女性は壁に激突する前に空中で体をくるりと回し、足底から壁に触れて、しゃがむ様に体を屈ませ衝撃を最低限にさせた。


 女性は難無く床に立ち、瀟洒に足を揃えた。


 その間、隻腕の男性は壁を背に座り込んで、煙草を吹かしていた。


「やれそうかぁー?」

「ええ、問題ありません」

「そうかぁ、んじゃ終わったら起こしてくれ」

「ええ、お休みなさいませ」


 男性は目を瞑ると、すぐに寝息を立て、首がこっくりと動き出した。


「……さて、初めまして。貴方の敵です。それとあそこのお方の第一夫人です」

「誰も聞えちょらんぞ、それ」

「いえ、別に貴方の意見はどうでも良いので。私が言いたかっただけです」

「我えなげな奴だなぁ……」


 イナバはゆらりと体を揺らし、突如として長槍を女性に投げた。


 しかしその矛先は女性に突き刺さるはずも無く、彼女は上体を後ろに倒してすらりと避けた。その直後には、イナバは女性の眼前に迫っており、僅かな跳躍と共に踵を上げた。


 それを勢い良く落としたが、突然、女性の背中に赤黒い液体が浮かんだ。それは右横に広がり、その場で止まったまま激流を生み出した。


 女性の体はその赤黒い液体の激流に導かれ右に素早く動いた。イナバの踵落としは見事に空を切り、床に激突したのだ。


「血……。何か吸血鬼みたえな奴だな」

「はぁ、良く言われます。まあ、もっと吸血鬼っぽい人は一人知ってるんですけどね」


 イナバは狂気的な笑みを浮かべながら、蹴りの連撃を女性に繰り出した。それに女性は一歩も引かず、自身の掌から皮膚を破って勢い良く出て来る血液を使って受け流した。


 蹴りが来る場所に皮膚を破った血が激流で流す。それを可能にする異常な動体視力と反射神経。イナバは久方振りの焦燥と感動を覚えた。


 すると、赤髪の女性に向けて、狙いを定めてエリザヴェータは散弾が込められた銃の引き金を引いた。


 イナバはその音と共に体を横に動かすと、散弾はイナバの横を通り女性に向かった。しかし女性の前方に、血液が女性の首筋を破って壁を作り、それが硬く凝固した。


 散弾はその壁を貫くことは出来ずに、弾かれ割れてしまった。


 しかし、僅かな油断の瞬間に、女性の背後に誰かのナイフが投げられた。それは女性の足元に落ちたかと思うと、そこから突如として眼帯を左目に付けた剣を構えている狼の耳がある亜人の男性が現れた。


 その亜人の男性は白い髪で、銀色の瞳を持っていた。


 薙ぎ払われた剣は女性の首を切る直前に、彼女の首筋から溢れた血が凝固して防いだ。


「……犬……狼? まあ、関係無いですね」


 狼の亜人の男性の名前は、"()()()"。第十三師団長である。実際は女性である。今日は久し振りの休暇で、趣味の男装をして女性を口説いて町中を歩こうとしていたのだが、急遽呼び出された為、この様な格好のまま来てしまったのだ。


「……何者だ? 貴様」

「……私は……。……そうですね。貴方に最も手っ取り早く、そして分かりやすく伝えるとしたら、【規制済み】と言えば良いのでしょうか」


 マカミは女性の発言に目を見開いた。しかしあくまで冷静に、そして諦めた様に剣を降ろした。


「……だとすれば、あそこにいるのは貴様の夫か。最早使命を果たし、生きる意味を見失ったか、はたまたその為に動いているのか」

「使命は、未だ果たせていません。次の疑問に関しては……まあ、ここで言うのは避けましょう。忌々しい眼がありますので」

「ふっ……そうだな」


 マカミは再度、力強く剣を振るった。


 赤髪の女性は床に手を付いてしゃがみ、その剣は彼女の頭を僅かに掠った。


 彼女は腰を浮かせ、そのまま足底を上に向け、腕を思い切り伸ばした。その反動で、マカミの顎下に強烈な蹴りが入り込んだのだ。


「うら若き乙女の顔になんてことしやがる」

「貴方女だったんですか。と言うか、話に聞く限り、五百歳以上と聞きましたが……何処がうら若きですか」

「うっせ死ね!! それ知ってる奴のガキから何度も『ババァ』って呼ばれてんだよこっちは、ボケ死ね!!」

「……小学生」

「あほ死ねバカ!!」


 赤髪の女性は体勢を正すと、即座に走り出した。初速から、マカミが追い付けない速度で、先程から何度も銃を乱発するエリザヴェータの方へ走った。


 エリザヴェータはもう一丁の銃を向かって来る女性に急いで向けたが、その引き金を引く前に、赤髪の女性の掌底が顎下に入り込んだ。


 女性はエリザヴェータの顎を掴み、そのままエリザヴェータの頭部を床に叩き付けた。


 しかしただでやられるエリザヴェータでは無い。女性の右足に自分の両足を絡ませ、その両手で女性の手を掴み引き寄せた。


 数十年間鍛え続けたその怪力を、赤髪の女性は簡単に振り解くことは出来なかった。悶えている隙にイナバは槍を、マカミは剣を構え、女性の背に振り下ろした。


 瞬間、女性の背から大量の血が吹き出した。その血は一瞬で凝固し、しかし流動的に動き続け、三人の利き手の首を貫いた。


 しかし、三人共悲鳴をあげない。最早痛みと言うのは、彼等彼女等にとって些細な信号なのだ。


 凝固した血は更に伸び、エリザヴェータの足を縛り、イナバとマカミの槍と剣を縛り、動きを制限させた。


「吸血鬼か何かかお前……!!」

「兎の人も同じ様なことを言ってましたね」


 エリザヴェータの脚を縛っている凝固した血が動くと、その脚は徐々に赤髪の女性から離れていった。


「そろそろ時間ですね。手早く終わらせましょう」


 女性はエリザヴェータを振り払い、背中から溢れ出す血を集め、まるで触手の様に動かした。


 その無表情な顔を、僅かに強張らせ、そして目付きを鋭く光らせた。


「"制限解除"『【規制済み】』」


 その言葉の直後、女性の気配はがらりと変わった。黒く染まる髪、片方だけ銀色に輝く瞳、その内側に輝く恐ろしき闇。


 きっとそれは、知ってはならない物。知覚してはならない物。


 世界に存在してはならない。この世界に存在してはならない。決してあってはならない。それを理解したエリザヴェータは、その目を手で覆い隠した。


 絶叫を挙げながら、エリザヴェータはその輝きに目を焼かれ、脳を侵された。知覚してはならない。存在してはならない。


 理性と法則と理知と人知と知性と世界と真実と自由と不滅と生命を超越した何者か。それを、ただの人間の脳神経で受容出来るはずが無いのだ。


 それは視覚から、そして聴覚から、更に味覚から、または触覚から、それから嗅覚。汎ゆる感覚器官が受容する汎ゆる情報が、何とも微細な情報すら、人間の脳を侵す。


 イナバとマカミは初めから彼女の正体を理解している。理解しているからこそ、彼女がここまでの姿は見せないだろうと高を括っていた。する意味も無ければ、ここでそれを使う理由も見当たらないのだ。


 すぐにその考えを改めた。最早、自身の力を出し惜しみする訳にはいかなくなった。


「やるぞイナバ!! こればっかりは、ルミエールさんも許してくれるだろ!!」


 その言葉にイナバが反応する前に、マカミの背後に赤髪の女性が現れた。反応すら許さず、女性の背後に漂う血液が音すらも置き去りにさせ、マカミの背中を貫いた。


 入り込んだ血液はマカミの体内を駆け巡り、心臓に入り込めばそこから血が勢い良く吹き出し、穴を開けた。


 ようやくイナバが状況を理解したと思えば、女性はまたイナバの背後にいた。自らの血を、そして殺意を、放とうとしたその瞬間――。


「待て」


 男性の声が聞こえた。


 イナバの槍は女性に直撃する前にぴたりと静止し、うんともすんとも言わなくなった。


 見れば、隻腕の男性が赤髪の女性の項に触れながら、僅かに口角を上げながらイナバと女性の間に割り込んでいた。


「それは駄目だって言われてただろ? それに、【規制済み】が俺に何度も口を酸っぱくさせて注意してたのにな」


 二人の姿が消えたかと思うと、赤髪の女性は壁にもたれて座り込んでおり、隻腕の男性がその女性に唇が触れそうな程に顔を近付けていた。


「目的は忘れるな。不殺(ころさず)迅速(はやく)達成(まにあわせる)だ。あれを使わないと間に合わない程、あの三人は強く無かっただろ? まあ……あの二人が全力を出せば、また話は別だっただろうが」

「……申し訳御座いませ――」


 男性はその言葉を遮る様に女性の喉を人差し指で押した。


「お前は賢いはずだ、【規制済み】。俺の意思と、言葉の意味は理解しているはずだ。……もしくは、それが分かっていながら、あんなことを?」

「……その……」


 男性は更に強く、女性の喉を押した。女性の口から、僅かに苦しそうな息が聞こえた。


「……まあ、良いさ。諸々の説教は諸々が終わってからだ」


 男性の人差し指は首を登って、女性の頬を軽く突いた。そのまま女性の頬を優しく撫でると、男性は微笑んだ。


「帰ったらお仕置きだな」


 その言葉に、女性の鼓動が早まった。息が抑えられない程度に呼吸も荒くなり、その表情は何処か歓喜が見え隠れする。


 頬を撫でるたった一つの手を、女性は愛おしそうに、そして頬を赤らめながら握り締めた。


「ええ、承知致しました」

「……まさかわざとか? さてはわざとだな?」

「……………………………………………………………………………まさか」

「……まあ……良いか……」


 イナバはその槍を男性の右半身に向けて振るった。


 その直後、男性は振り向き、イナバの顔を直視した。その瞳は、緑色に輝いていた。


「『(グリーン・アイド)(・モンスター)』。気を付けないと駄目だろ。それは怪物であり、人の心を嬲り、餌食にするんだから」


 イナバの思考の中に、黒い波紋が広がった。それは薄っすらと広がり、それは痛みと苦痛を伴った。


 何れ立ってもいられなくなり、イナバは膝から崩れ落ちた。五百年間戦い抜いた彼さえも、悲鳴を発してしまいそうな痛みと苦痛。視界さえも霞み、前にいるはずの男性の姿さえも僅かにしか見えない。


 イナバは徐々に動悸も荒くなり、そのまま手を床に付いた。


「さあ、行くぞ【規制済み】」


 二人はその場を後にした。


 姿が見えなくなったと同時に、マカミは立ち上がった。


「……クッソ……心臓が……。おいイナバ。大丈夫か」

「……死ぬ……」

「おう大丈夫そうだな。……こっちは回復で手一杯だ。動けねぇ。あの女の子やべぇ。一発で心臓をぐちゃぐちゃにしやがった。……ああ、おい、おい、エリザヴェータ。大丈夫か?」


 エリザヴェータは頭を抱えながら、絶叫を繰り返し蹲っていた。


「……あーこれ、ルミエールさんに治してもらわねぇと無理か。……全く……草臥れ損だ……。勝てるかよあんな怪物共に……」


 隻腕の男性と赤髪の女性は、更に上へ向かった。


 やがて二人は、巨大な階段の前に足を踏み入れた。階段の前にはこれ以上の侵入は許さないと言わんばかりに赤い縄が張っていた。


 縄には張り紙があったが、隻腕の男性は目を顰めながら文字を目で読んでいた。


「……なんて書いてあるんだこれ……」

「なんて書いてあるのでしょうね」

「……文字は【規制済み】に似てるが、推測される音が【規制済み】語何だよなぁ……」

「……つまり?」

「【規制済み】表記の【規制済み】語。へんてこりんな文字だな」


 すると、二人の周囲に風が渦巻いた。その風に紛れ、彼女は階段の踊り場に現れた。


 男性は目を見開き、そして笑みを浮かべながら叫んだ。


「さてはテミスか、お前!! 会いたかったんだ!!」

「不躾に名を呼ぶな、灰被りの奴隷」


 テミスはメイド服でありながらも、長剣を片手に構えながら男性の顔を冷たく睨んでいた。


 いや、睨んではいない。何とも無礼に、そして冷たく、無表情に眺めているだけ。目は隠されていると言うのに、それが分かる


「ここから先は星の聖域。貴様達が踏み入ってはならない禁足地である」

「なあ、メイド服って、星皇の趣味か? 趣味悪いなそいつ。もうちょっとセンシティブな服でも着させれば良いのに」

「……何と言うか……大変ですね、貴方」


 テミスは目を隠されているが、その視線を赤髪の女性に向けた。


「……ええ……。……振り回されてます」

「……相談に乗りましょうか?」

「いえ、大丈夫です。……それも、愛しているので」

「そうですか」


 テミスは僅かに息を吐くと、その剣を二人に向けた。


「灰被りの奴隷よ、灰色の王よ。そして赤い子よ、愛しく恋した赤血よ。ここから先は、貴様達が立ち寄って良い場所では無い」


 その忠告を無視し、二人はその赤い縄を潜り抜けた。


 その直後、二人の首筋に切創が刻まれた。その血は美しい星皇宮を穢し、そして彩った。


 テミスは、階段を一歩だけ降りた。


「糸を切る者よ。大罪を背負う者よ。美徳を纏う者よ。そして、神殺しよ。最後の忠告だ。立ち去れ」


 隻腕の男性が首の切創に触れたかと思えば、その傷はみるみると塞がっていった。


「俺の話を聞け、運命の女神。俺達は別に、虐殺やらが目的じゃ無い。それは分かってるはずだ。そして、これから起こることも、全部」


 男性の言葉に、テミスは冷たく答えた。


「貴様の目的は、それだけでは無いでしょう。灰被りの王よ。隠している理由も理解はしますが、その目的がある以上、私達が戦わずにいられる運命は存在し得ないでしょう。それは、【規制済み】である貴方が最も理解しているでしょう? あの忌々しい【規制済み】達は、未だにその眼を向けていると言うのに」

「……そうだな」

「……成程、貴様、私が最も嫌う性格だ。理解していると言うのに無知の振りをする。それは何だ? 【規制済み】の為か? それとも、そう言う環境で育ったのか? まあ、十中八九後者だろう」

「良いだろそう言うのは別に」


 男性ははぐらかしながらも、しっかりとテミスの目を見ていた。


 その左腕を広げ、自らの体に広がる血流をはっきりと認識した。そして、彼はそこに流れる力を発揮した。


「分かってるならさっさとやるか。さっさとそこを退け。ジークムントが封印されている水晶は何処にあるか答えろ」

「断る」

「……そうか。……あんまり、お前とは戦いたく無かったんだけどな。仕方無い。……ああ……忌々しい」


 彼の失われた右肩の先から、肉が膨張した。それは赤い鱗を纏い、そして赤い瞳を動かした。


 彼の体格を上回る赤い鱗を持つドラゴンの頭が、彼の袖を引き千切って現れたのだ。好戦的に、そして憤怒の表情を浮かべながら、敵を見詰めて威嚇の声を喉から発している。


 見た目だけなら、何ともアンバランスで少しだけ間抜けに見える。しかしどうだろうか。その頭は更に形を変え、その肉を無理矢理縮め始めた。


 やがてそれは、彼の右腕の形に落ち付いた。しかし彼の左腕よりも遥かに長く、床に指が付いている。そして赤い鱗を纏い、その隙間から輝く十二の瞳がぎょろぎょろと動いている。


 掌には牙を生やす小さな口が出来ており、そこから唾液を垂らしている。


「『憤怒(サタン)』」


 彼はそう呟いた。


「さあ、やろうか。自由を掲げ、殺し合おう。あいつがそれを望んでいるのなら。殺し合い、手を取り合い、誰が見ても怖気付く。俺達は自由だ」


 男性は右腕を引き摺りながら、大きく階段を駆け上がった。


「俺達の為に! そして何よりお前達の為に!! 自由を掲げて楽しもうぜェ!! 世界はこんなにも美しく醜いんだからよォ!!」


 二人の戦いは始まった――。


 ――メグムはその痛みに震える体を制御しながら、何とか立ち上がろうと四苦八苦していた。


 まだ数分も経っていないだろう。しかしそんな僅かな時間でも、メグムにとっては長い苦しみに感じられた。


 すると、メグムの前に手が差し伸べられた。優しく、そして美しい手だった。


 誰だろうか。メグムはそんな疑問を持つことも出来ずに、その手を握った。


 するとどうだろうか。メグムの中に走り回る苦痛がすっかり消えてしまった。それ処か、高鳴る鼓動も収まり、晴れやかな気分になったのだ。


 簡単に体が動かせる。メグムは立ち上がり、手を差し伸べてくれた人の姿を見た。


 女性的な体に、顔は白い狐の面で隠している面妖な人物だった。腰には刀を携えており、左腕が失われており、役割の無い袖が悲しそうに靡いていた。


 そんな姿を見て、メグムは目を見開いた。


「あり得ない……」


 メグムはそう呟くしか無かった。眼の前にいる人物に、彼女は見覚えがあった。見覚えがあるからこそ、メグムは大きく驚愕しているのだ。


「何で……貴方が……!!」


 メグムははっとした様な表情を浮かべると、床に落ちていた自身の剣を握り、すぐに構えた。


 女性的な人物は、何をするでも無く、後ろを見ていた。メグムには目も呉れず、執拗に後ろを気にしていた。


 メグムはそんな姿に疑問を抱きつつも、何の迷いも無くその人の首に向けて剣を突いた。


 女性的な人物は何の抵抗もせずに、メグムの剣が首に突き刺された。


 しかし、その人物の首には、先程まで無かった赤い傷跡があった。メグムの火の火傷痕では無い。それは、何方かと言えば、何かに切られた際に出来た切り傷の様に見える。


 溢れ出る血を見ると、その人物はようやく自分の首に剣が突き刺さっているのだと気付いた。


 その視線をメグムに向けると、その人物は残っている銀色に輝く何の感情も持たない左目でメグムの顔をじっと見詰めた。


 何の感情も見せない瞳、しかし何処か温かい。メグムは、この瞳を知っている。この瞳の温かみを知っている。


 この温かみは、星皇の瞳と全く同じだ。しかし、やはり違う。幾ら同じ温かみでも、この人物から発せられる温かみは、愛するを強いる最も恐ろしい冷たさでもあるからだ。


 その人物は、動揺するメグムを見詰めながらこう言った。


「……vol ierwn uvi……rorwem?」

「……違う……違うの……悲しいんじゃ無いの……分からない……分からないの……」


 メグムは目から涙を流した。


「寂しい……そうかも知れない……。……けど……貴方は、【規制済み】君じゃ無い……!!」


 メグムは溢れ出る感情を抑え切れずに、膝から崩れ落ちて咽び泣いた。誰が慰めるでも無く、眼の前にいるはずの敵を襲う気力も無く、ただ無様に、子供の様に泣き喚いた。


 女性的な人物は、その姿を見て手を差し伸べ様とした。しかし、僅かな葛藤の末、その手をまるで汚らわしい物かの様に引っ込めた。


 すると、その人物の後ろから、ゆっくりと歩みを進める数人の女性達が現れた。


 先頭に立っているのは、白い装束を着ている女性。長い白い髪のその女性は、やはり狐の面で顔を隠しており、腰に刀を携えている。


 その後ろには、赤い傘を広げている二人の女性がいた。一人は金色の長い髪を、もう一人は白い髪をしている。


 そして、二本の傘の中に、ゆっくりと歩く狐の面の黒い髪の女性がいた。その女性はより豪華な着物を着こなしていたが、全く似合わない黒いフェドラハットを頭の上に乗せていた。


 その左手を金髪の女性が握り、その右手を白髪の女性が握り、ゆっくりと歩いていた。


 その歩みが進むと、満天の空と言うのに、小さな雨が降り始めた。


 女性的な人物は先頭を歩く女性の隣に行くと、共に歩みを進めた。


 全ては、自由の為に。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


【規制済み】語。SOV型のV2語順だと推察されており、どの言語とも類似性が見られない為、翻訳が困難。

現状分かっているのは、数少ない話者である【規制済み】達の協力によって発音だけは解読されている。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ