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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
77/111

多種族国家リーグ機密映像記録 星皇宮強襲事件 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長、副隊長検閲済み】 ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 星皇宮、それは多種族国家リーグの技術力とその威厳を象徴し、この世界に存在する全種族が手を取り合い作り上げた、美しく巨大な城である。


 故に、それを一目見ようとやって来る者が後を絶たない。そして、星皇の失踪と言う歴史上で最も不可解な謎の神秘を何とか解明しようとする者も多く訪れる。


 しかし、一般的に立ち入りが許可されているのは星皇宮のほんの一部である。その奥へ入る為には、親衛隊からの特殊な許可と何重にも行われる検査が必要である。


 歴史上、数える程度しか外部の人物がその奥、それこそ玉座の間へ辿り着いた者は少ない。


 親衛隊からの許可、基本的にこれは、主要国家の最上位階級もしくはその家系に属する者に入念な検査が入り初めて許可が降りる。


 そしてその後、星皇宮の奥へ入る前の検査で不適切だと判断された者は、例え一国の王であっても立ち入りを禁止される。


 しかしそんな厳しい審査でも、不満を言う者は一人もいない。その検査を潜り抜け、見事その玉座を拝むことが出来たならば、それは誇りであり、大きな名誉となる。


 誰もが憧れ、故に誰も不満を言わない。それこそが、多種族国家リーグの権威の象徴とも言える。


「今日も忙しいですねぇ……奥にいる方々は、楽そうで良いですよ、本当に」


 星皇宮で働くメイドは、そう言った。彼女は何とも良い加減な性格である。サボっていない日を見たことが無いと同僚から言われる程度には、仕事嫌いである。


 寧ろ何故まだ雇われの身でいられるのか、それが本人にも分からない程度には良い加減である。このメイドの仕事も、楽そうで高給だからと選んだ仕事である。


 実際は、ここ星皇宮は多くの来訪客が入り、汚れがどうしても溜まってしまう。それ相応の仕事量と相応の完璧さを要求されるのだ。


「あーあ、何かの間違いで私も聖母になれないかなぁ……それだと八人の聖母か。あーでも星皇王妃は肩書がカッコ良い」


 すると、そんな彼女の後ろに、腰がぴんと伸びた老婆が手に持っている手箒で彼女の頭を叩いた。


「あイテッ!?」

「何をやっているのですか貴方は」


 老婆の容姿は皺が多く相当な歳だと分かるが、それと大きく乖離している美貌の雰囲気が溢れ出ていた。


 その姿勢からは一切の衰えを感じず、見事で瀟洒な佇まいは、星皇宮で働くメイドに相応しいだろう。


「いや、先輩、サボってませんよ。ほら、掃除ですよ。さっさっさっと」

「つい先程、私が掃除をしたばかりですが。まだ汚れている箇所があったと?」

「あっ……いえっ……あー……。……あはッ!」

「……はぁー……後でまたお説教部屋行きですかね」

「嫌だッ! それだけは勘弁して下さいよ先輩ッ!!」


 彼女の名は"ナディア"、そして老婆の名前を"エリザヴェータ"と言う。


 そんな中、ナディアは異様な気配を感じ取った。その気配はエリザヴェータも感じ取っており、二人して星皇宮の入口の方へ視線を向けた。


「……先輩」

「ええ、分かっています。ナディア、掃除は後にしなさい。お客様の誘導をしましょうか」

「それもそれで面倒で嫌なんですよねぇ」

「文句を言わない。ほら、さっさと箒を片付けて来なさい。()()()()()も、準備なさい」


 その言葉を聞いた直後にナディアはにやりと笑った。


「良いんですかぁ? 私にそんな物持たせちゃってぇ」

「良いと言っているのです。素直に受け取りなさい」

「はーいはい」

「それと、些か言葉遣いがなっていませんね」

「……良いじゃないですかそれくらい」


 ナディアはその場から逃げる様に走り去った。


 エリザヴェータは入口で警護をしている守衛の何人かに話を通し、より一層目を光らせる様に命令した。


 宮殿の入口付近に待機していると、その隣にナディアが華奢に立った。


「……やれば出来るでは無いですか」

「猫を被るのは得意ですから」

「……まあ、それはそれで大事な要素ですから、それに関しては褒めて差し上げましょう」

「褒められるのは良いですよぉ。私は褒められると伸びるタイプなので」

「ならもう少し、良い子になってくれると良いんですがねぇ……」


 エリザヴェータは大きく息を吐き出した。


 すると、唐突に空が暗くなった。それは本当に唐突で、そして突然で、しかし彼女達にとってはある程度予見したいた、嫌な予感の正体である。


 彼女達はその職業柄、直感的な物に長けている。それと同時に、先程入って来た来訪者の中に、何人か怪し気な人物がいたことも既に見極めていた。


「守衛の方々にはもう伝えてあります。避難警報を近々出すでしょう。我々の役目はお客様方の避難経路の確保です」

「分かってますよ先輩。全部ブチ殺せば良いんですよね。ブッ殺すのは得意ですよぉ!!」

「……やはり貴方は言葉遣いがなっていませんね」

「ブチ殺して差し上げますよですかね?」

「……まあ、今はそれで良いでしょう」


 その暗い暗い空に、厚い雲が広がった。そしてその雲に美しく巨大で洗練された魔法陣が刻まれた。


 それは数多の方程式と、巨大な術式と、圧倒的な知識を扱ったこの世で最も高度で高潔な魔法であった。それはもう、魔法と言う名前で表すことは出来ないだろう。


 その魔法陣を通り、数人の人影が落下して来たのが見えた。


「……何でしょうかね、彼等」

「さあ。何でしょうね。問題は……先程からお客様方の中に紛れてこちらをちらちらと見ている彼女の方が問題でしょう」


 エリザヴェータは長いスカートに下から手を入れ、そこから隠し持っていた長身の銃を手に取った。


 ルミエール発明の合金で作られた淡い白色の銃は、強固で頑強で、魔力を良く通す。火薬は一切使わず、魔力のみで弾丸を放つことも出来る銃であり、緊急時には火薬で弾丸も発射出来る機構と耐久性を持っている。


 二人はくるりと後ろを向くと、避難警報を聞き守衛に誘導されて避難している民衆の中に、風変わりな服を着た女性がこちらをにやにやと笑いながら見ていた。


 その女性は黒い帽子を深く被っており、その目元は何故か彼女達には見えない。


 ナディアは長いスカートに下から手を入れ、そこから隠し持っていた仰々しい手甲を取り出し、両腕に着けた。


「……おや、バレてるかなこれ。いや、多分バレてないか。このまま逃げよ」


 女性はそう言って群衆に紛れて逃げようとしたが、ナディアは素早く人混みを掻き分け、その女性の腕を掴んだ。


「何だ何だ急に逃げ出して」

「……そりゃ、ほら、放送が」

「さっきからずっと、守衛と私達を見てたけどぉ?」

「……あはっ。バレてるこれ」

「おーっと、そのままじっとしててね。動いたらぶん殴らないといけないから」

「ご忠告どうも」


 女性はその忠告を無視し、右手で帽子を掴み、頭から離した。


 次の瞬間にナディアは電雷の速さでその女性の頭部を全力で殴り付けた。勿論一発では終わらない。二発、三発、四発。


 その拳の一発一発には、潤沢に溜め込まれている魔力によって手甲から発せられた爆炎を纏っていた。


 一瞬で頭部は吹き飛び、その肉片が醜く散った。しかしどうだろうか。女性の散らばった肉片は再度首の上に集まり、焼けた皮膚も綺麗に元通りになった。


「酷いねぇ。躊躇無く人の頭を殴るなんて」


 女性の瞳が銀色に輝いており、その白い長髪を靡かせながら、彼女は右手にある帽子の口をナディアに向けた。


「『()()()()』"神仏妖魔存在"【"高龗神(たかおかみのかみ)"】」


 帽子の口から、鈍く黒色に輝く光が見えた。突如としてそこから黒い鱗の巨大な蛇の頭が飛び出し、ナディア相手に突進して来た。


 ナディアは咄嗟に腕を交差させ突然の衝撃を頭にまで到達させない様にしたが、勢いのまま宙を舞った。そんなナディアをエリザヴェータは華麗に掴み、変わらぬ姿勢で着地した。


「油断をしてはなりませんと、何度も言っているでしょうに」

「いやぁ……済みません。楽勝でいけると思って……」

「……それで、あれは何でしょうか」


 ナディアに突進した巨大な蛇は空中でゆらりとうねり、広い星皇宮の中を優雅に飛んだ。


 それは黒い鱗を持つ蛇の様だが、口辺に長い髯の様な物を生やしており、その喉下には一枚だけ鱗が逆様に付いていた。

 胴体には哺乳類の様な四肢を持っており、それを動かし、まるで空中を泳ぐかの様に飛んでいた。


「いやー初めて見ますよあんな魔物」

「魔物にしては……少々不可解な形状ですが」

「割といますよこう言うの。見たことはありませんけど」

「……いや、やはり不可解です。それに何より、彼女は何処からあの魔物を出しましたか?」

「見てなかったんですか? 帽子の中からですよ、ぼ、う、し。どーせ空間魔法でも使ってるんですよ」

「……あんな巨大な魔物を? それではまるで……()()が作り出した格納魔法みたいでは無いですか」

「……確かに」


 すると、女性は二人に向かってつかつかと歩き出した。帽子の裏側に指を入れてくるくると回し、何が愉快なのか笑いながら。


「いやー驚いてくれて良かったよ。研究者冥利に尽きる。もう少しレパートリーあるんだけど、見ていく?」


 そんな軽口にエリザヴェータは答えた。


「素敵なお誘いでは御座いますが、申し訳御座いませんお客様。我々宮廷守護魔導衆の役目は、貴方の様なお客様に素早くお帰り頂くのが役目なので」


 エリザヴェータは銃口を女性に向け、素早く引き金を引いた。


 放たれた鉛の散弾は女性の体を容易に貫いたが、それでもやはり女性は死ぬことは無い。その傷はすぐに塞がり、笑い続けていた。


 帽子の口を二人に向けると、そこから赤い羽根を羽撃かせる無数の蝶が溢れ出た。


「別に私は君達と戦いたい訳じゃ無いんだ。特に私は戦いに向いてないからね。戦いは彼等に任せることにしよう」


 赤い蝶が集まったかと思うと、その大群の中から黒い髪に金色の瞳を持つ季節外れの防寒着を着ている男性と、白い髪に銀色の瞳を持つ薄衣の少女が現れた。


「さー二人共! 今回は逃げる必要も無いぞー!」

「お前元気だなぁ……」

「元気が一番でしょ!」


 男性は大きくため息を吐くと、その左手から黄金の焔を発した。その黄金の焔を払う様に腕を動かすと、その手には黒い片刃の長剣が握られていた。


 薄衣の少女は右手を小さく振ると、その空間が酷く歪んだ。その歪みが元に戻った頃には、彼女の手に拡声器が握られていた。


「どうします? 【検閲済み】さんが来るまでここで足止めですか?」


 薄衣の少女は男性にそう聞いた。


「いや、一回無力化する。親衛隊の奴等は恐らく奥に入ってようやく動くだろ」

「……まだ混乱している時でしょうから、その隙に出来る限り多くの方を無力化して、あの人達が楽に進める様に、と言うことですね」

「そう言うこと。出来るか?」

「……多分、大丈夫です」


 ナディアとエリザヴェータが警戒心をその三人に向けた直後、その二人の背後に更に強大な、身震いしてしまう程の恐怖と威圧感を発する何かが現れた。


 音も無く、風も無く、何時の間にかそこにいたのは、背の高い男性だった。その男性もやはり風変わりな服装をしており、そして何より目を引かれるのは、隻腕であることだろう。


 左腕だけある男性はその拳を思い切り薙ぎ払った。その腕はナディアの体に直撃し、それごとエリザヴェータに向けて拳を振った。


 エリザヴェータはナディアの体を掴みながら姿勢を低くさせ、下から銃口を男性の頭部に向けた。


 銃口に蒼い焔が集うと、それを纏った銃弾が無数に放たれた。


 しかし男性は生物離れした反応速度で体を後ろに倒し、その銃弾を避けた。


「良い動きだぞババァ!!」


 白い髪と黒い髪が入り混じり、片方に金色、片方に銀色の瞳を持つ男性は、そのままエリザヴェータに向けて蹴りを放った。


 その蹴りは見事にエリザヴェータの胸部に激突し、そのまま体は空中に舞った。


「【規制済み】! 今日こそ大丈夫だろうな!」

「ああ、問題無い。用事は全部済ませて、事前に起こりそうな問題も全て片付けた」

「何でそれが出来てこの前はすぐ帰ったんだてめぇ!」

「あれは……そうだな。いきなりだったこともあるしな。それにぶっちゃけサボってた」

「本当に何やってんだお前!? 王の自覚あるのか!?」

「おいおい、民主主義のこの時代に政治に参加する王が何処にいる。にしても――」


 男性は辺りを一望し、興味を持ったのか僅かに笑みを浮かべた。


「しかし、珍しい風景だな。本物のメイドなんて初めて見たぞ? まだ実在するんだな」


 すると、そんな男性の隣に紅い蝶が集まると、それを掻き分け赤髪で赤い瞳の長身の女性が現れた。その女性は男性の隣に背筋をぴんと伸ばして立つと、先程の言葉に答える様に声を出した。


「【規制済み】様。まずここは【規制済み】です。文化や風景は【規制済み】時代の物に酷似しているでしょう」

「でもここって【規制済み】だろ?」

「地理的にはそうですが、【規制済み】と同じ歴史を辿らなかったのでしょう。【規制済み】様、ジークムントからそれは聞いていたはずでは?」

「いや、【規制済み】と同じ文化も存在してるとも言ってただろ?」

「むしろこちらの方が一般的なのでしょう。異質な風景で威圧するよりも、その時に存在する物よりも慣れ親しんだより美しい物の方が良いとルミエールが判断したのでしょう」

「……あー、成程。そう言えば、ルミエールがいるなら【規制済み】もいるのか?」

「ジークムントが妹と言っていたので、恐らく」

「ああ、そうか。あいつか。あいつが【規制済み】の【規制済み】か。……あれ、俺ひょっとしてあの時ヤバいことしてた?」

「【規制済み】の【規制済み】に殺されても文句は言えないですよ」

「うっわー……これから会う予定もあるのにマジか……秘密にしとくか!」

「そうですね」

「……さて、と」


 男性の視線は再度ナディアとエリザヴェータに向いた。


 彼から発せられているのは、感じたことも無い寒気と、身に浴びたことの無い尋常ならざる殺意。その内側には牙を覗かせている獣を見ているかの様な威圧感と、それに似合わない容姿端麗な好青年の容姿。


 二人は困惑せざるをえなかった。宮廷守護魔導衆だからこそ分かる。彼は、怪物だ。魑魅魍魎が跋扈するこの世界にとって、怪物と言う言葉がどれだけの恐ろしさを意味するのか、想像は出来るだろう。


「後々厄介だ。殺るか」

「そうしてしまえば、それこそ【規制済み】と敵対するのでは?」

「あーそれもそうだな。いや、【規制済み】は五百年前の奴等が危険になったら出て来るくらいだろ。多分こいつ殺したとしても、別に俺達とは敵対しないと思うぞ。一番簡単な方法のはずだが」

「……失礼ですが、今回の目的はお分かりで?」

「分かってるさ。まず――」


 男性が話している隙にナディアが立ち上がり、そのまま血走った目で走り始めた。歯を軋ませながら、その恨みを吐いていた。


「よくも可愛い私を殴りやがったな……!! ブチ殺す! いや、ブチ殺して差し上げますわッ!!」


 ナディアは手甲同士を打つけ、多くの火花をそこに散らした。すると、その手甲は赤熱を始め、その温度を急激に上げた。


 爆炎を纏うその拳を一瞬で突き出すと、両者の間に赤黒い壁が現れた。そのまま赤黒い壁をナディアが殴ると、その壁はぽろぽろと砕けていった。


 その壁の向こうで男性は笑っていた。


「不躾な行動でしたでしょうか」


 赤髪の女性がそう言った。


「いや、問題無い。お陰で丁度良い火加減になった」


 男性は煙草を咥えており、その先には先程ナディアの手甲から散った火花が付き、煙を出していた。


「一つ聞きたいんだが、それってどうやるんだ? 能力じゃねぇだろ? それとも……何だ。魔法って奴か?」

「煩い死ねッ!」

「酷いな。こっちは真面目に聞いてるんだぞ? それとも何だ。そんなに俺が嫌いか?」

「ああそうだよ! 何勝手に入って勝手に襲い掛かるんだ顔だけ良いクズがッ!!」

「……クズ……ねぇ。……なあ【規制済み】、俺ってクズか?」


 男性は赤髪の女性の方に視線を向けてそう言った。その一瞬でナディアは右手を力強く握り、男性の顔に目掛けて拳を振るった。


 今度こそその拳は男性に届いたが、直撃した箇所の男性の皮膚には黒い蛇の様な鱗が現れていた。爆発の影響も大して見られず、変わらず赤髪の女性と会話を続けていた。


「誰よりもクズでしょう、貴方は」

「だよな。良かった同じ意見で」

「まず十人も妻を娶っておいて普通でいられるはずがありません」

「お前も含めて全員同意済みだろ。……何だ、今更あいつ等に嫉妬か?」

「まさか。……まさか」

「……本当っぽいなこれ。……用事を済ませたら、一緒にちょっと【規制済み】を回るか。二人切りで」

「手早く終わらせましょう」

「お、やる気出たな。んじゃ早速」


 男性の視線が再度ナディアに向くと同時に、彼女の体は一瞬で宙を飛んだ。


 その後に遅れてやって来るのが、彼の姿。彼は左手で宙を舞っているナディアの首を掴むと、そのまま力任せにエリザヴェータの砲口へ投げ飛ばした。


 エリザヴェータがナディアの体を掴んだと同時に、男性の姿が消えた。世界からその姿が消えたのだ。


 その次に現れたのは、エリザヴェータの背後。彼の体は宙で踊っており、その回転の勢いを足先に伝え、回し蹴りをエリザヴェータの頭部に激突させた。


 エリザヴェータが床に倒れながら体を何度か転がし、男性から数歩離れた場所から銃口を向けた。放たれた散弾は蒼い焔を纏い、その速度を底上げさせた。


 直後には、その一つ一つの弾丸は物理現象では説明が付かない軌道に曲がり、男性の背後に回った。


 しかし男性は、何ともゆっくりと動き、その弾丸を躱していた。音の数倍の速さで飛び交う銃弾を躱していた。


 一歩ずつ、確実にこちらに歩み寄って来る彼に、エリザヴェータは僅かな焦燥を抱いた。自身が持つ攻撃の全てが、彼にとっては容易く躱せる単調な物だと分からされた。


 だからこそ、彼女が取った行動は、実に合理的であった。


「ナディア、今すぐ星皇宮の奥へ行きなさい」

「いやっ……けど、怒られますよ……?」

「緊急事態です。あの首に銃弾が貫く姿が、一切想像出来ないのです。そして……戦う意思を見せながら、一切動いていないのが四人。余りに分が悪い戦いです。親衛隊も異常を検知しているでしょうが……ここまで降りて来ることは無いでしょう。今すぐ親衛隊を呼びに行きなさい。そして、お客様方の避難誘導をしている魔導衆を一人でも多く集めなさい」

「……分かりました。先輩は」

「……少し、足止めをしてみます。彼等はこちらを殺す意思は無いみたいなので、上手いことやれば……可能ではあるでしょう」

「……死なないで下さいね」

「貴方にはまだ言いたいことが山程あるので、死ぬ訳が無いでしょう」

「……やっぱりここで死んで下さい」

「言いたいことがまた一つ増えましたね」


 ナディアは両手をしっかりと握り、その両拳を床に叩き付けた。瞬間に、辺りに黒煙が舞い上がりこの場を満たした。


 黒煙はエリザヴェータの肺を満たし、何度か咳き込んだ。しかし数秒もすれば男性が左腕を振り上げると、その衝撃の波が強風に変わり、黒煙は一瞬で晴れた。


「……魔法ってスゲーんだな。覚えてぇなぁ……使いてぇなぁ……。まず俺も使えるのか?」

「……ええ、恐らく」

「お、マジ? んじゃさっさと終わらせよう」


 エリザヴェータが銃身の下から弾を込めると同時に、男性は動き出した。


 目にも止まらぬ、それどころか世界からも姿を消して、またエリザヴェータの背後に彼は現れた。


 的確に、確実に、彼は死角へと入り込む。彼は人を殺す術を経験的に会得している。その最たる例が、これだろう。


 反応も出来ない速度の蹴りを繰り出し、片腕しか残っていない自身の体の弱点を補う。腕が無い分、彼の体の重心は左に傾いているが、彼はそれさえも活用する。


 一つの行動は彼にとって意味が二つ存在し、二つの行動になれば彼にとって意味が五つ存在する。


 男性は余裕綽々な表情を見せながら、また走り出した。


 その様子を見ながら、防寒着を着ている男性が不満気に呟いた。


「なあ、俺達いる意味無くね」

「……ですよねー」

「……帰るか」

「……帰りましょうか。もうあの人だけで何とかなりそうですし。実際何とかなりますし」


 薄衣の少女とそんな会話をした男性は、ふと入口の方を見た。その狂気を見せる牙を見せながら、彼は微笑んだ。


「いや、どうやら俺達にも意味が出来たらしいぞ」

「女性と戦いたく無いんですけど」

「……じゃあ何でお前ここに来たんだ?」

「あくまで頼まれただけですよ」


 誰かの瞬きの後、防寒着を着ている男性の首筋に刺突用の剣が突き刺さった。


 その剣はそのまま薙ぎ払われ、彼の首は惚れ惚れしてしまう程に綺麗な一筋の血が散った。


 しかし彼の腕は未だに闘志を抱き続け、その剣の持ち主に向けて右手を向けた。その右手に黄金の炎が集束すると、それが放たれた。


 それを、メグムはひらりと避け、数歩だけ足を後ろに下げた。


「あ゛ー……。……前に会ったことがあるな」

「そうだね。……さて、それで? 貴方達の目的は?」

「……ジークムントの簒奪。それだけさ。最も、ジークムントが他の何かをその後に企んでいたとしても、俺達には何ら関係無い。だろ?」


 男性は左手の剣を大きく踏み込みながら振り上げると、その刃にちらりと黄金の炎が見えた。瞬間、それは大きく燃え盛り、前進を続ける獣の形へと変わり、メグムに襲い掛かった。


 メグムは剣を真っ直ぐに後ろに下げ、左手をその剣の刃に根本に置いた。


 左手を剣に沿って少しずつ前に動かすと、その剣に炎がこびり付いた。


 まるで剣から炎が舞い上がる様になると、それを何度かその場で振り回した。その度に赤く黄色い炎の勢いは増し、溢れ出る凶暴で狂おしい程に盛る烈火の焔は小さな太陽の様に輝いていた。


 勢い良く剣を突き出すと、黄金の炎とメグムの焔は爆ぜ、その熱は急速に広がった。


 爆炎の中、メグムに向けて黒い剣が突き出された。メグムは素早く自身の剣でそれを弾き、爆炎を切り裂いた。


 一瞬で両者は互いの剣の間合いに入り込み、男性は剣を振るい、メグムはその剣で男性の黒い剣の峰を突いた。


 互いの焔が爆ぜると、両者はその衝撃で僅かに後ろに吹き飛ばされた。


「やっぱり相当強いな……油断してると流石にヤバいか。まあ、負けるなんてことはあり得ないが……」

「……自信があるみたいだね」

「当たり前だ。お前は人間、俺はバケモノだ。……いや、お前も十分バケモノ寄りか」


 その戦いの横で、隻腕の男性はエリザヴェータよりもメグムの方に興味を抱いた。


 その隙にエリザヴェータは引き金を引き、それと同時に走り出した。


 スカートの中からもう一丁の銃を取り出すと、それを軽々と片手で扱い、その引き金を引いた。そこから発射された弾丸は散弾では無く、込めた魔力量に応じて強度が変動する特殊金属で作られた対物弾丸である。


 更にそれはエリザヴェータの特殊な魔力的特徴によって速度を増し、その威力を倍増させた。


 結果として、その対物弾丸は男性の額に到達し、その皮膚を傷付けた。男性は余りの威力に仰け反ったが、痛がる様子も無く額から垂れた血を触れた。


「……マジか。スゴイなそれ」

「お褒めに預かり光栄です。しかし……本当に、人間かどうかを疑う程の皮膚ですわね……」

「まー人間か人間じゃ無いかって言われたら……ギリギリ人間だと、俺は勝手に思ってる。デオキシリボ核酸は人間だ」

「で、でお……? とは知りませんが、成程。少なからず特殊な人間と」

「そうそう。そう思ってくれれば幸いだ、マダム。……名前聞いてなかったな」

「エリザヴェータ・シーニイ・プラーミャ、宮廷守護魔導衆第三席で御座います」

「これで第三席か。一席の奴はどんな奴なのか。あー恐ろしい恐ろしい」

「……御冗談を。貴方にとっては、私との戦いも遊びみたいな物でしょう」

「ああ、だから最高に楽しいんだ」


 その直後、彼の背後に黒い闇が吹き出した。突然のそれに、彼は目を見開き驚きを見せたものの、すらりとそれから離れた。


 直後には、その闇は刃の形になり、そこを切り付けた。


「あのババアじゃねぇな。……と、なると――」


 彼の背後に、イノリが現れた。


 その巨大な拳を彼は大きく振るうと、振り返った男性がその左手で軽く受け流し、その長い脚を巧みに扱いイノリの顎下を蹴り上げた。


 かと思えば、その足首にイノリの体から出ている黒い闇が絡み付き、縛り付けた。その闇はしなり、そして長く伸びると、イノリはそれを掴んで思い切り振り回した。


 そのまま壁の方へ投げると、イノリはそのまま男性の頭部を掴み、壁に押し当てながら走り出した。


「よお坊主! また会ったな!!」

「よおおっさん。さっさとこの手を退けろ。不潔だ」

「あぁ!? こちとら手洗いうがいはきちんとやってんだよ馬鹿野郎!!」


 男性が左手をイノリに向けると、直後にイノリの体は吹き飛んだ。男性の足首に絡み付いた闇もそのいきなりの衝撃で千切れてしまった。


「誰に触れてるか分かってるのか? 【規制済み】……と言っても、こいつには分からねぇか。……しかし……少しマズイか……? ちょっとだけ本気出すか……」


 そんな中、黒い帽子の女性の背後に、唐突にナディアが現れた。ナディアは全力で拳を握り締め、反応も許さない速度でそれを突き出した。


 しかしその拳が女性に届くことは無く、その直後にいきなり現れた薄衣の少女が構えた大盾によって阻まれた。


「あっぶな。不意打ちとは卑怯だねぇ」

「油断しないで下さい。ただでさえ貴方は耐久力が他よりも低いんですから」

「私が一般! 普通なの! 君達がおかしいんだよ君達が!!」


 ナディアは分かり易く舌打ちの音を聞かせると、その大盾に馬鹿正直に連撃を始めた。


「もう回り込むのも面倒臭い! このままブッ壊してブチ殺して差し上げますわ!!」

「……この人頭おかしい……」


 しかしそれも叶うこと無く、黒い帽子の女性がその帽子の口をナディアに向けた。


「『想起想像』"20mm拡張弾頭(エクスパンディング)"」


 ナディアはその殺意を敏感に感じ取り、すぐに顔の前で手甲を交差させた。その判断は奇しくも、そして偶然にも的を射ており、その手甲に六発の銃弾が撃ち込まれた。


 その弾丸は着弾の衝撃で形が変形し、直径が扁平の様に拡張されその手甲に裂傷を刻んだ。


「魔法って凄いんだね。後で教えて貰うことにしよう」

「感心してる場合ですか」

「いやー科学者の性だねぇ。どうしても色々知りたいんだ」


 女性はその腕をひらりと動かすと、空を舞っていた蛇の様な怪物がナディアに向けて勢い良く突撃して来た。


 戦いが徐々に苛烈を極め、混沌とも呼べるべき乱戦が始まろうとした時、隻腕の男性とイノリの戦いに突如として現れ割り込む魔人が現れた。


 その魔人は懐から小さなナイフを掴み、隻腕の男性にそれを突き刺そうとした。


「遅れました!」


 やはりそのナイフの刃は男性の皮膚に刺さることは無かったが、直後に男性の姿が音も無く消えた。


 魔人は再度ナイフを取り出し赤髪の女性の方に投げたかと思うと、直後に彼の姿は消えた。


 次に現れると、彼は素早い身の熟しで女性の皮膚にナイフを当てた。その直後には女性の姿も消えた。


 魔人がふらりと体を倒すと、その姿は再度消え、次には黒い帽子の女性と薄衣の少女の前に現れた。


 今度はナイフを数本投げ付けると、二人の姿も消え去った。


「親衛隊隊長からの命令です! 民間人の避難が出来たと同時に衛兵を門の前で防衛陣形を取らせ、防衛兵器を全て配備せよと! 我々魔導衆は星皇宮の防衛に当たり、今事件において超法規的措置としてその奥への立ち入りを一時的に許可するとも!! 現在第二師団長、第三師団長、第四師団長、第五師団長、及び地域配備師団の皆様にも連絡を入れております!」


 その言葉の直後に、魔人の姿は消えた。


 魔人が現れたのは、バルコニーで外を眺めているルミエールの背後だった。ルミエールは星皇宮の門に繋がる長い道の更に奥の、城壁の外に転移魔法で送られた人物達を眺めていたのだ。


 その直後、城壁の外を囲う様に、強固な結界魔法が形成された。メレダが発動した緊急時の防衛機構の一つであり、並大抵の衝撃で破壊することは出来ない。


「ルミエール様、次の指示を」

「……恐らく、結界は簡単に突破されるだろうね」

「……まさか。メレダ様の結界魔法を突破するのは……それこそ、ルミエール様くらいでしょう。彼等がその実力を持つと?」

「そう言ってる。……実際、彼等全員と戦ったら、私は多分負けるからね」

「……俄には信じられませんね」

「……訓練通りに、防衛陣形を。もし侵入されても無理だと思ったらすぐに投降、逃走を検討する様に。きっと殺しはしないはず。そしてもし、四人、もしくは五人組が現れたら、それは優先せずに他の人物の撃退を優先して」

「その、四人もしくは五人組と言うのは?」

「特徴は……そうだね。……一人、もしくは二人が刀を持っている。一人は隻腕、全員面を付けている。和装に近い服装だと思う」

「いえ、そうでは無く――」


 すると、突如としてドラゴンが吠える様な轟音が響いた。直後に地面は地震の様に大きく震えた。


「……来る。防衛機構の準備を急いで」

「りょ、了解!!」


 ルミエールは決して誰にも見られない笑みを浮かべながら、メレダの結界魔法に罅が入る姿を見詰めていた。


「……ようやく、来てしまった。再臨の時が……」


 隻腕の男性はメレダの結界魔法に触れながら、後ろに控えている黒い帽子の女性に声を出した。


「どうだ?」

「私にばっかり頼るのは辞めてくれ。まあ、数は揃えられる。すぐに倒されるだろうけどね」

「いいや充分だ。頭数さえ揃えてくれればな。見てみろ、城壁の上の大砲がこっち向いてやがる。的が増えるだけでもやりやすい」


 男性はメレダの結界魔法を思い切り掴むと、まるでそれをカーテンを剥がす様に振り払った。


 それは容易く崩壊し、再度侵入を許した。


 すると、隻腕の男性の横に隻腕の少女が現れた。その少女に男性は親しく話し掛けた。


「よおジークムント。遅かったな」

「彼女達が遅れていてね。案内で時間を取られてしまった」

「そうか。お前の体はもう少しで手に入りそうだ」

「感謝するよ、君達には。そうだ、これが終わった後にお茶でもどうだい?」

「遠慮する。あいつ等を誘ってくれ」


 彼等彼女等は、城壁を超え一歩踏み出した。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


大きく物語を動かしましょう。


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