日記29 青薔薇の女王 ⑦
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
赤い星、青い星。
それはきっと、戦う運命なのだろう。何時か出会い、互いを尊重し、互いに身を削り合い、そして殺し合う。
それはきっと、運命と言う言葉で示されてはならない絆なのであろう。
それはきっと、互いの自由意志が故に引き起こされた悲劇なのだろう。
故にそれは、何よりも楽しく、何よりも恐ろしく、そして――。
「最高だ! カルロッタ!」
シャルルはそう叫んだ。
「短い期間だったと言うのに、お前はここまで強くなった! そしてその目! 分かる、分かるぞ!! 夢を得たのだろう!? その夢は何だ! どれだけ実現不可能な物だ! 教えてくれ!! カルロッタ!!」
シャルルは黒杖をカルロッタに向けながらそう叫んだ。
彼にとって、ようやく見付けた敵なのだ。彼は世界からも隔離された魔法の中で、魔王と共に魔法を極めていった。
彼は優秀だった。その才覚は非常に優れた物だった。魔王が教えた魔法を全て覚え、時折顔を見せに来るジークムントからは、星皇と呼ばれる者の伝説を聞いた。
やがて彼は、星皇が、自分に魔法を教えてくれた魔王であると伝えられた。彼は疑う余地も無く、それを受け入れた。
それが間違いだったとしても、彼は魔王を称え、その下で跪くのだろう。
「何を夢にした! 金か!? 愛か!? 名誉か!? それとも支配か!? 俺の予想すらも超える実に滑稽でありながらも実に崇高な物か!? 教えろ! 教えてくれ!! カルロッタ!!」
シャルルはカルロッタと魔法を交わしていたが、そんなシャルルの背後に突如として青薔薇の華が咲き誇った。
凍り付く体に苛立ちを覚えながら、シャルルは背後の遠くにいる青薔薇の女王に視線を向けた。
「邪魔をするな青薔薇の女王が!! 貴様は後で殺して持ち帰ってやるから大人しく待っていろ!!」
怒りのまま放ったシャルルの闇は青薔薇の女王に触腕を伸ばし、その小柄な体を締め付けた。
「そこでじっとしていろ!」
直後には、追い付いたシロークが蠢くシャルルの闇を、その無垢銀色に輝く剣で断ち切った。
その瞬間に、カルロッタの耳に魔法の詠唱が聞こえた。カルロッタはすぐにそれが、フロリアンの物だと気付いた。
カルロッタの表情は一瞬で明るい物になり、白状を大きく掲げた。
「"黄金恒星"!!」
遥か空の上に、黄金に輝く太陽が現れた。とても小さく、そして太陽の代わりにもならないが、その黄金の星の輝きは嘗ての星皇を思い起こさせる。
星の皇が作り出した『星天魔法』の奥義たる黄金の恒星の輝きは、やがてシャルルに降り注いだ。
数多の熱と無数の光線、それはシャルルの何重にも重ねられた防護魔法すらも貫通したが、シャルルは右手を掲げ力強く握り締めた。
すると、その拳の中から潰れた蛙から溢れた体液の様に、闇がどっぷりと吹き出した。それは大きく口を広げ、やがて天の黄金の輝きを飲み込んだ。
そして産まれた、一瞬の油断。一瞬の油断は、彼を世界に閉じ込めた。
「『固有魔法』」
フロリアンの声が聞こえた。
「"聖樹の植物誌"」
辺りは青々しい植物に満たされ、先程まで目に見えていた氷に閉ざされた都市から大きく掛け離れていた。
「済まない。少し遅れた。状況は」
シャルルに向けられた数多の枝から魔法が放たれている最中、ジーヴルの背後に現れたフロリアンがそう聞いた。
フロリアンはニコレッタを背負いながら、辺りを一瞥した。
「……まあ、色々あったみたいだな」
「まあ、色々とね。けど丁度良かった。ファルソが来るまであいつと青薔薇の女王の足止めをして」
「ああ、そのことだが、作戦変更だ。俺とニコレッタでお前に魔力を渡す――」
――研修生達がジーヴルを救うと決めたその日、彼等彼女等だけで作戦を立てていた。
「まずどうする気だ。魂と肉体が別れている以上、どうやっても肉体は魂に引き寄せられる。そんな不安定な状態が永遠に続くはずも無い。倒せば、魂を失ったジーヴルはその肉体が崩壊する」
フロリアンのその言葉は、誰も否定することが出来なかった。当の本人である彼も、その言葉を否定することは出来ない。
「……魂をジーヴルの肉体に入れれば良いけど……その方法が無いのよね。肉体の方に魂が導かれるなんてあり得ないし……」
ヴァレリアの意見の後、ただ、一人だけ、手を挙げた。
カルロッタだった。彼女は少しだけ困惑した様子で声を出した。
「えーと……まず、私と皆さんで認識の違いがあると言うか……」
魔法のことは全く理解していないエルナンドは頭を捻りながら、会話の中に入れなかった。
カルロッタの言葉に、ニコレッタが聞いた。
「何が違うんですか……?」
「私が教わった話だと、魂と肉体は同等なんです。魂は肉体を作り出して、肉体は魂を作り出す。二つが作用し合って命と生が産まれる。逆説的に死とは肉体も魂も朽ちた状態だと言えますね」
そのカルロッタの考えには、この場にいる全員が理解し難い物だった。
魂の研究は、中々進まない。それの観測も難しく、唯一観測出来るのは神に近しい聖人や、それこそ教皇だろう。
だからこそ、その研究は神話を基づいての実証実験となる。勇者を称え、その功績を語り継がせるその聖書にはこう書かれている。
『神は空っぽの肉に、自身が作り上げた崇高な魂を宿した。魂とは生を証明する只一つの存在であり、故に肉は生物となった』
ここから、多くの人物は魂こそが生物が生きている証拠であり、自由に体を動かせる理由であると述べる。
カルロッタの言葉は、その神の行動を否定する危うい発言であるのだ。
肉体に魂が宿る。つまり魂は生の本質である。
「……ちょっと、原理主義の方々には言えない発言でしたわね」
アレクサンドラが冷や汗を流しながらそう語った。
「……まあ、良いですわ。それで、カルロッタ様の考えは?」
「魂と肉体が同等だとするなら、現状のジーヴルさんが魂に引き寄せられるのは不可解です。何か理由があるはずです」
すると、マンフレートが大きく声を出した。
「成程、魔力か!!」
「はい! その通り! 多分青薔薇の女王の方に魔力が大きく偏っているので、肉体が魂に引き寄せられているんだと思います!」
今度は、ようやくエルナンドが声を出した。
「だがどうするんだ。魔力の受け渡しなんて中々出来ないだろ。流石の俺でもそれくらいは知ってるぞ」
この話がまた停滞したかと思えば、ファルソが手を挙げた。
「……それに関しては、僕で何とか出来るかも知れません」
それにドミトリーが反応した。
「……ああ、そう言うことですか」
「……そっか、ドミトリーさんリーグ出身でしたね。じゃあ知ってるか」
「魔人族の王家の特性ですね?」
「はい。力の奪取と再分配。まだ触れてようやく少しだけ魔力を取って、与えるくらいしか出来ませんけど。時間はかかりますけど、可能ではあります」
それにシロークはこう言った。
「つまりファルソがジーヴルに青薔薇の女王の魔力を大量に与えるまで、時間稼ぎをしろってことだね。なら大丈夫! 何とかしてみせるよ!!」
シロークはその決意を示す様に、剣の柄を握った――。
「――ファルソは今、エルナンドとシャーリーの援護に行っている。少し遅れるだろう」
「で? 何であんたとニコレッタで魔力を私に渡せるの?」
「俺の"植物愛好魔法"で青薔薇の女王から生えている薔薇の花から、魔力を奪える。試したことは無いが、そんな自信が何故かある。そして奪った魔力をニコレッタの"全ては勝利の為に"でお前に渡せる。分かったなら今すぐ動け。そろそろこの世界は崩壊する」
直後、硝子が割れる音が響いた。
遥か上空に輝く青い青い星の輝きは、シャルルの"青星"の輝きであった。その輝きが地面へ向かって堕ちて来る時、カルロッタとフォリアが杖をそれに向けた。
フォリアの杖先には無数の紫色の焔と、ルーテアが混じり合った。それは十二の螺旋を描き、一点に集まった。
何時もの彼女からは想像も出来ない程に、その魔力は高まっていった。
「ねえ、カルロッタ」
「何ですか?」
「愛してるわ」
「……ええ、私も。大好きです」
フォリアはにっこりと笑った。
彼女の体に、メレダが刻まれた魔法陣。それは彼女の魔力を強制的に暴走させ、日常的な難解で複雑な魔力操作を強制する魔法術式である。
その効力が更に強まる時は、カルロッタのことを深く思う瞬間である。彼女への愛がより強く感じる程に、彼女の熱に恋い焦がれる程に、フォリアの魔力は掻き乱される。
それは彼女の体に激痛を齎し、数日の間カルロッタの声すらも聞けない程に苦しめた。
ようやく平常と取り戻した頃に、フォリアは伝えられた魔法の解除方法をカルロッタに教えた。
それが、カルロッタの魔力をその魔法陣に当てることであった。彼女の魔力を皮切りに、その魔法陣は解除され、抑圧された魔力はフォリアの手中に全て収めることとなった。
吹き出した魔力は、フォリアの魔法を数十倍にまで押し上げた。
「"十二重奏の狂気"」
カルロッタは今まで覚えて来た魔法の一部を同時に発動し、それを歪に組み合わせた。
「"星屑の煌燦"」
カルロッタの杖の先から無数に輝く星の様な魔力が放たれた。
二人の魔法は重なり、そして互いに混じり合い、"青星"を貫く程の威力へと昇華した。
「あぁ……どいつもこいつも……俺とカルロッタの戦いを邪魔しやがって……!!」
シャルルの目的は、既に摩り替わってしまっていた。
すると、シャルルの真下にある凍り付いた地面から、青薔薇の蔦が上へと伸びた。それは枝を別れさせ、瞬きの間に空を覆い尽くし、この場の全てに雪を降らした。
数多の茨は巨木の様に太くなり、それは枝別れし、多くの花を咲かせた。その花はやがて集まり、青い氷の薔薇は、巨大な花弁を模した。
そこから贅沢に垂れ流している氷の魔力は、触れただけで皮膚を凍らせ、生命の息吹を奪い去る極寒の裏切りの地獄へと変えた。
その地獄の中で、視界は雪によって白色に閉ざされた。その中でも、フロリアンはカルロッタの前に姿を現した。
カルロッタの髪の毛は既に凍り付いており、火の属性魔法で自身の震える体を温めていた。
「カルロッタ、この雪を払うことは出来るか」
「あばばばばば……サブイ……。……ででで出来ると思いますすすすすす……! 一瞬で元に戻ると思いますけどどどどどど……!!」
「それで良い。魔力探知だとまだ足りない。やはり視界で一度見た方が位置も分かり易い。そしてカルロッタ、シャルルの相手は任せた」
「フロリアンさんが来たならもう安心ですね! ……サブイィィ!! 死んじゃうぅぅぅ!!」
カルロッタは震える体で杖を大きく振った。
直後には、視界を閉ざす白い雪は一瞬で吹き飛んだ。一瞬で空を覆う青い薔薇がこちらを覗き込んでいることが分かり、シャルルがカルロッタの場所をしっかりと睨んでいる姿が見えた。
カルロッタは転移魔法でシャルルの背後に現れ、一瞬で杖をシャルルに向けた。カルロッタの背後の空中に刻まれた魔法陣と杖の先から共に魔力の塊が放たれると、それはシャルルの防護魔法に阻まれた。
「ようやく二人だなカルロッタァ!!」
カルロッタとシャルルの交戦が始まったと同時に、また視界は雪に閉ざされた。
しかし、青薔薇の女王が作り出した数多の氷の薔薇の蔦を登る植物がちらりと見えた。
フロリアンが聖樹の苗木の枝を伸ばし、強靭に太くさせ、まるで動物の様に動かしながら青薔薇の女王が作り出した巨大な薔薇の蔦を登っていた。
その枝にはヴァレリアとジーヴルとニコレッタの腰を縛り運んでいた。シロークは自前の身体能力で崖を這い上がる様に蔦を掴み異常な速度で登っていた。
フォリアはその翼で空を飛び、頂上に待ち構えている青薔薇の女王へ向かっていた。
「フロリアン! 私を先に運ぶことは出来る!?」
ジーヴルがそう叫んだ。
「可能ではある。だが撃墜される可能性があるのは分かっているはずだ。こうやって移動した方が色々楽だ」
「だーかーらー! 青薔薇の女王の目的はあくまで肉体! さっきはカルロッタとシャルルの強さを危惧して二人を攻撃してたけど! 本来優先するのは私のはず!」
「……成程。上質な餌か」
「青薔薇の女王の背に花が咲いてるでしょ!? それに触れて魔力を奪ってやれ!!」
「分かった。やってみよう」
「ついでに、『固有魔法』は使える?」
「……今は無理だな。それに膨大な冬の魔力を一度は俺の中に入れる。吸収と放出でそんな暇は無い」
「じゃあ貴方にはそこまで頼らないわ。……精一杯に頑張れ、私の為に」
フロリアンは微かに笑みを浮かべた。
ジーヴルを支えている枝を思い切り伸ばし、青薔薇の女王が佇んでいる青薔薇の花の上にまで彼女を運んだ。
高度が高く、少々息苦しい。冷たい空気が喉元を通り過ぎ凍り付く。
地面代わりの花は凍り付き、しかし頑丈で走っても地面が抜けて落ちることは無いだろう。
青薔薇の女王は、背中の茨と氷の青薔薇を更に大きく咲かせ、自身の肉体を求めていた。
「……そろそろ終わりが近付いてるわね。今日で、全部、終わらせましょうか」
青薔薇の女王は笑っていた。愉快なのか、嘲笑なのか、それは分からない。
青薔薇の女王は華奢に両腕を挙げた。直後に凍り付いた風が吹き、その風に乗って薔薇の花弁が舞い散った。
戦場を彩り、そして青薔薇の女王はようやくの悲願に感謝した。ジーヴルに向かって走った、その瞬間だった。
その小さな氷の頭は、ヴァレリアの金属の棒とニコレッタの杖の殴打によって叩き割られた。
鈍く、しかし何処か美しい音が響いた。次の瞬間には、青薔薇の女王から生えている氷で出来た茨を、フロリアンは握った。
慣れた思考でそれに"植物愛好魔法"の魔法を刻むと、予想通り、その内に巡る冬の魔力の一部を奪取することが出来た。
砕け散った氷が集まり、青薔薇の女王の頭部を組み立てていった瞬間に、フロリアンが握っている茨が大きく動いた。
そのまま彼は茨に投げ飛ばされたが、薔薇の氷の地面に転がりながらも体勢を整えた。
「ニコレッタ!!」
フロリアンの合図と共に、ニコレッタは"全ては勝利の為に"を発動させた。
フロリアンが放出する冬の魔力を集束させ、それをジーヴルに渡す。少しずつだが、ジーヴルの中にある引き寄せられる感覚が鈍くなっていく様な気がした。
「成功かニコレッタ!」
「はい! 問題無いです!」
「一気に青薔薇の女王から魔力を奪う!! 何としてでも間に合わせろ!!」
フロリアンの金色の瞳が更に輝きを増すと、冬の魔力が一気にフロリアンに流れ込んだ。その膨大さにフロリアンは膝を地面に付いたが、何とか意識を保ち、その魔力を放出した。
すると、本能的に自身の存続の危機だと察知したのか、青薔薇の女王の注目はジーヴルからフロリアンへと変わった。その全ての攻撃意思と技術をフロリアンに向け、茨を唸らせた。
空中に刻まれた無数の魔法陣は巨大な氷柱を作り出し、その先端をフロリアンに向けた。数としては三百を超え、その全てが彼の身長を超えた。
一気に放たれた氷柱の大群がフロリアンの眼前に迫った時、紫色の炎が打ち出され一瞬で氷柱を蒸発させた。
フロリアンの前に、フォリアが立っていた。彼女はこんな状況だと言うのに、ツインテールを解いた。
彼女は自分を変えることを決意した。カルロッタの為に、自分の為にも、彼女は変わる。
その髪の毛を自身の魔法で焼き焦がし、さっぱりと短い髪型へと変えた。きっとカルロッタも、これを褒めてくれるだろう。そう思いながら。
「どれくらいの時間が掛かるの?」
「……恐らく、十分程度だ」
「分かった。やってみるわ」
青薔薇の女王が両手を掲げ、思い切り振り下ろすと、上空からドラゴンを模した氷の彫刻が何匹も現れ、咆哮を発した。
それが威厳を発しながらこちらへ降り立つと同時に、シロークは走り出した。
一瞬で一体のドラゴンの右足を剣の一振りで切断し、そのままドラゴンの巨体を駆け上がり、大きく飛んだ。
その剣を何度か優雅に振り、剣先を下に向け、そのまま彼女はドラゴンの首に落下した。
剣はドラゴンの首の上に突き刺さり、そのまま力の限り薙ぎ払うと、氷の首は放たれた銀色の輝きによって切断された。
ヴァレリアはプロイエッティレ・ミトラリャトリーチェを構え、その三つの砲塔から魔力の弾丸を無数に発射した。
毎分五百発の魔力の弾丸は氷のドラゴンを次々に打ち砕き、やがては全滅させた。
全てのドラゴンの彫刻の氷が砕かれた直後、青薔薇の女王は爪先をこつんと足元の青薔薇に当てた。すると、足元の青薔薇の氷が突如として消え去った。
溶けたのでは無い。消えたのだ。地に足を置いていた者は皆地面へ向かって落ちて行き、空と飛んで難を逃れたフォリアは青薔薇の女王から生えている茨によって縛られ地面に向かって投げ付けられた。
たった一人、ジーヴルだけが、青薔薇の女王の足首に自身の杖から伸ばした氷の茨でぶら下がっていた。
「ナメやがってこのヤロー……!! どうにかしてそっち行ってやるから覚悟しろよー……!!」
青薔薇の女王がジーヴルに手を向けると、無数の氷柱が彼女に向かって降り注いだ。
「まーて待て待て!! 反則! 動けない相手にそれ反則!!」
ジーヴルは自分の体を左右に揺らしながらそれを避けようと試みたが、自分でも分かっている。「これ絶対避け切れない……」と。
絶望を覚悟した瞬間、青薔薇の女王の背後にぴょこりと青々しい葉を一枚だけ生やした目が出て来た。
瞬きの間にそれは木となり、やがて人の身長を超え、やがて広く枝を伸ばし、やがて巨木へと急激に育った。
数千年の歳を重ねた巨大な樹になると、青薔薇の女王はその重さに耐え切れずに勢い良く地面へと向かって落ちて行った。
青薔薇の女王の背に生えた木。それはフロリアンが茨を掴んだ時にひっそりと投げておいた植物の種が成長した物だ。まさかこんな形で使うとは思いもしなかっただろう。
青薔薇の女王と共に、ジーヴルも勢い良く落下を始めた。地面が迫って来る感覚に恐怖を抱き、目を瞑ったその瞬間、フォリアが紫色の炎の爆発と風の属性魔法の併用で推進力を発生させ、その勢いのままジーヴルを抱えとんでも無い速度でその場から離れた。
巨木と共に地面へ落ちた青薔薇の女王は、その巨木を凍らせ、砕き、そして這い出た。
直後に、またこの場に雪が降った。徐々にそれは歩くことも出来ない寒風に乗せられ視界を白く染め上げた。
フォリアが余りの寒さにジーヴルから手を離した直後、フォリアの体に茨が巻き付いた。そのまま茨は大きく動き、フォリアを遠く投げ飛ばした。
白く視界が染まる中、ジーヴルは意を決して、雪を掻き分け進んだ。きっとそこに、待っているのだろう。青薔薇の女王は、待っているのだろう。
唯一雪が降らず、青く澄み渡る空が見える場所で、ジーヴルはそこで踊っている青薔薇の女王を目にした。
ようやく二人切り。やっと二人切り。邪魔者はもうここには来れない。青薔薇の女王は歓喜した。
雪は視界を閉ざし、そしてその魔力の流れは魔力探知を大きく妨害する。誰もここには来れない。
「……考えてみれば、初めから私達は、一人だったわね。誰にも理解されずに、自分の力に振り回されて、そんな運命を憎んで、たった一人。親も理解してくれなかった。だから普通に接してくれた。周りの子供も理解してくれなかった。だから一緒に遊んでくれた。……ええ、そうだった。理解なんていらない。初めから一人だったのなら、たった二人で終わらせましょう。この、十三年も掛かった運命に」
ジーヴルは理解していた。援護はもう来れない。来たとしても、最早邪魔になるだけだ。
彼女は既に決意を固めている。そして未だに譲渡されている冬の魔力を存分に扱い、彼女は青薔薇を咲かせた。
綺麗に咲き誇る青薔薇、それは氷では無い。本当に、青い花弁を持つ薔薇である。
絶望さえも希望に変わる青い薔薇であった。嘗て彼女はその生に絶望した。彼女は多くの人を凍らせるその生に絶望した。
凍り付いた皆はもう死んでいる。生き返らせる手段は無い。自分が一番知っている。
そんな自分が生きていて良いのかと、何度思ったことか。
ようやく彼女は生に希望を見出した。死に立ち向かう勇気を得た。希望は、彼女に味方する。
ジーヴルは歩き出した。同時に青薔薇の女王も歩みを進めた。やがて二人の間に青薔薇が咲き誇った。
青薔薇の女王が手を前に突き出すと、無数の氷の破片が巻き上がり、ジーヴルに向かった。
ジーヴルが杖を掲げると、冬の魔力で分厚い氷の壁を前方に作り出した。無数の氷の破片は全てそれに遮られた。
ジーヴルが氷の壁を杖で叩き付けると、その壁から氷の茨が伸び、勢い良く伸びた。その茨は青薔薇の女王を縛り付けた。
そのままジーヴルは動けない青薔薇の女王の腕を掴んだ。
「返して貰うわ。私の腕」
ジーヴルの片腕が肉体に戻ると同時に、青薔薇の女王は大きく口を開けた。声を発する様な素振りを見せると、青薔薇の女王の足元から氷の針がジーヴルに向かって伸びた。
すると、その氷の巨大な針はジーヴルに触れた瞬間崩れて砕け散った。
ジーヴルには、意味が分からない超越感に浸っていた。今まで散々怯えて来た氷の女王とは、こうまで脆い存在だったのだと、落胆もしていた。
ニコレッタから送り込まれる冬の魔力。そしてそれを自在に扱える自身と確信に満ち溢れた彼女の一挙手一投足には、僅かな狂気が入り乱れていた。
彼女の片方の目が銀色に輝き、その髪の一束が白く染まると、彼女は笑った。
笑えば、ジーヴルは理解した。もう負けることは無いのだと。
ジーヴルは拳を握った。その拳を青薔薇の女王の小柄な体に叩き込めば、その体はいとも容易く吹き飛んだ。
「どうしたのよ青薔薇の女王! ずっと良い気になって、私を怖がらせて、遊んで暮らしてこんな仕打ち!! 殴ったら壊れるしぃ? もう魔法も効かないしぃ?」
青薔薇の女王は両手を思い切り突き出した。青薔薇の女王に未だに残っている冬の魔力を放った。
その魔力は凍り付き、そして巨大な氷塊へと変わった。ジーヴルがその氷塊に向けて手を突き出せば、その氷は音を立てて砕け散った。
青薔薇の女王は、そんなジーヴルに恐怖を抱いた。抱いてしまった。恐れてしまった。
ジーヴルに青薔薇の女王の魔法を簡単に砕かれる理由。それは簡単に言えば冬の魔力の多くがジーヴルに傾けられているからである。
カルロッタの予想通り、魂と肉体は同等である。その比重を別けるのは魔力である。魔力が大きくジーヴルに偏った結果、青薔薇の女王の攻撃は全てジーヴルの意のままに操れる様になったのだ。
自身の魔力を操れない魔法使いはいない。それは常識である。この現象もまた、常識なのである。
青薔薇の女王は背を向けて逃げ出した。彼女の行動原理は只一つ、生存である。魂とは実に不安定で脆い物体であり、青薔薇の女王はそれを氷で覆った。
故に青薔薇の女王は、肉体を求めた。魂を守る肉体を求めた。
しかしどうだろうか。今は肉体が魂を喰らわんとし、脅威を向けている。
彼女は、その魂を守る為に、生物として当たり前の感情で逃げ出した。ジーヴルとは大違いだ。
ジーヴルが一歩だけ踏み出すと、足元から薔薇の蔦が生えた。それは動物の様に蠢き、青薔薇の女王へと伸びた。
その小柄な体をすぐに縛り付け、足を止めた。
「何処に行くのよ! 寂しいじゃ無い!」
ジーヴルは取り戻した片腕で助走を付けた拳を青薔薇の女王の顔面に叩き付けた。その瞬間にジーヴルは片目を取り戻した。
「ずーっと私を見てたでしょ! ずーっと私が羨ましかったでしょ!! さあ! ずっと一人だった私達を終わらせましょう!! ようやく! 一人になりましょう!! ジーヴル・サトラピ! もう私は、ジーヴル・サロメ・ラ・ピュイゼギュールよ!!」
彼女はただ、狂気的に笑った。
彼女は逃げ出した。彼女は追い掛けた。
彼女は逃げた。雪の上を子兎の様に走り、自分の命を脅かす彼女から逃げていた。
彼女は追い掛けた。子兎を銀色に輝く瞳で睨み付け、それを今すぐにでも喰らおうとしていた。
彼女は雪の上で転んでしまった。魔法は最早、彼女を味方をしてくれない。
魔法は、彼女を助けない。魔法は彼女に付き従う。彼女は青薔薇の女王では無い。彼女こそが青薔薇の女王である。
神に義務付けられた運命を持つ青薔薇の女王よ。その張り詰めた糸を自らの自由意志に従い断ち切り、自らの自由意志を掲げよ。
そしてヴェールの向こう側を覗くと良い。その真実と虚構が入り交じる薄く白いヴェールの向こう側を覗くと良い。
そして共に歩むと良い。十一人の新愛なる友と共に、十一人の星見と共に、赤髪の魔法使いを愛すると良い。
彼女にはその権利がある。そして夜空に輝く星はそう定めたのだ。
内に潜む星を、輝かせると良い。存分に、自由のままに、旅を続けると良い。
彼女は最後の抵抗として、巨大な氷の彫刻を作り出した。それは四本の腕と剣を持つ巨人の彫刻であった。手を伸ばせば空に届きそうな、それ程の大きさを誇る巨人の彫刻である。
その彫刻が四本の剣を振り下ろした直後、ジーヴルは杖をそれに向けた。
「"青く凛と咲き誇る""永久凍土に咲く美麗な薔薇""七つの大海に冬季は訪れ""やがて全ては凍り付く""冬薔薇は青く花弁を散らす""我は薔薇""我は氷""我は冬""我は人""青薔薇を従える女王は""吹雪く冬空に立ち尽くす"」
ジーヴルは大きく白い息を吐き出すと、その名前を唱えた。
「"青薔薇の樹氷"」
杖に纏わり付く冷気と魔力は形を為して、恐ろしくも美しい、冬の様相を現す姿を見せた。
その冬の様相は形を変え、巨大な青い薔薇の蕾へと変わった。それが花開くと同時に、冷気はより一層強さを増し、立ち入るだけで物質が凍り付き、氷さえも震える空間へと変えた。
その花弁から、冬の魔力が一点に集まり、魔力の光線を放った。
音は無い。ただ冬の寒さと輝きだけを発し、巨人の彫刻を打ち砕いた。
その彫刻の中に潜んでいた青薔薇の女王は、逃げ出そうと走り出した。だが、すぐにジーヴルは追い付き、拳を握り殴り付けた。
青薔薇の女王の右腕が欠けた。右腕に該当する魂の部分がジーヴルに戻ったのだ。それを皮切りにジーヴルに魂が引き寄せられ、次々と青薔薇の女王の体が崩壊していった。
青薔薇の女王がジーヴルに助けを求め、左腕を彼女に伸ばした。そんな彼女の左腕を、ジーヴルは笑いながら蹴飛ばした。
「今更命乞いは都合が良すぎるんじゃ無いの!! さっさと私になれ!! ジーヴル・サトラピ!! 貴方は、私になるのよ!!」
やがて左腕さえも崩壊して行くと、青薔薇の女王は頭部だけになった。
地面に転がる頭部をジーヴルは見下しながら、それを踏み付け砕いた。
「さようなら、十三年前の私。さっさと消えろバーカ!!」
同時に、辺りを閉ざしていた白い雪は、一瞬で地面へと落ちた。凍り付いた地面は全て溶け、氷に変えられた生物は全て魔力へと変換され、ジーヴル・サロメ・ラ・ピュイゼギュールの体に吸収された。
ブルーヴィーは、嘗ての美しさを取り戻した。人はもういない。ここの住人は、もう、ジーヴルしか残っていない。
それでも彼女は、懐かしの景色に、涙ぐんだ。
しかし、感傷に浸る暇も無く、突然、空が夜の様な暗闇に閉ざされた。瞬間、東の方角から輝く大きな二つの流れ星が見えた。一つの流れ星は金色に、そして一つの流れ星は銀色の輝きを発しながら、空を駆けていた。
その流れ星がここ、ブルーヴィーに落ちると、異常なまでの魔力の高鳴りと威圧感と重圧感にジーヴルは戦いた。
「な、何が……!? と言うかさっきの魔力……ルミエールさん……!?」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
魂を取り戻せて良かったですね。
その生は、多くの人に望まれています。カルロッタは勿論、星皇も。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




