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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
72/111

日記29 青薔薇の女王 ④

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 氷で作られた薔薇は、恐らく美しいのだろう。


 しかし、ジーヴルはそのただ只管に青く、冷たい薔薇の輝きを恐れていた。


 彼女の左腕は、氷になっており、片方の眼球も氷へと置き換わっており、その機能を失っていた。


 つい先程まで、彼女は気を失っていた。最後に残っている記憶は、誤って左腕で青薔薇の女王の体に触れたこと。


 ジーヴルの肉体は魂に引き寄せられている。遠く離れていても、それを感じ取り、僅かに引き寄せられる感覚に襲われている。


 触れてしまえば、こうなるのは明白だった。青薔薇の女王に左腕を奪われた。


 意識すらもつい先程まで奪われそうになっていたが、その精神力で何とか自我を保っていた。


 傍に倒れていた自分の杖を右手で掴み、邪魔になった左腕の氷を杖で叩き、砕いた。


 痛みは無い。当たり前だ。痛みを感じる肉体を奪われたのだ。それならもう重りにしかならないそれを砕いてしまった方が楽だ。


 青薔薇の女王は、必ずジーヴルの方を見る。どれだけ激しい攻防を行っていても、目に該当する部分は必ずジーヴルを見詰める。


 ジーヴルは、そんな自分を恐れていた。


 フォリアが放った紫色の炎が青薔薇の女王の体を僅かに溶かしたが、瞬きの内にその炎の形に沿って空間が凍り付いた。


 同時に素早い身の熟しでシロークが青薔薇の女王の背後を取り、その急拵えで買った剣で背中を突き刺した。


 剣は貫通し、その氷の体を貫いた。ただ、その鉄は凍り付き、罅が走り、やがて音を立て崩れた。


「あーもう! 剣が脆い!!」


 そのままシロークは柄から手を離し、身を低くさせながら足を突き出した。青薔薇の女王の小柄な氷の体はその蹴りで躓き、そのまま地面へ倒れてしまった。


 その体に銃口を向けたヴァレリアは、引き金を躊躇も無く引いた。


 熱と炎の弾丸は青薔薇の女王の頭部に直撃はした。だが、それは僅かに表面を溶かす程度で、すぐに反撃の魔法を組み立てられた。


 地面の氷が一気に隆起し、無数の針の山へと置き換えた。彼女達はすぐに跳躍したお陰で串刺しは逃れたが、打つ手が無いことには変わりない。


 一撃で青薔薇の女王を吹き飛ばす術は、存在する。だが、彼女を殺せば、彼女(ジーヴル)は死ぬ。迂闊に高火力の攻撃をすることも出来ない。


 結果として、ここまでの苦戦を強いられてしまった。


 そして、青薔薇の女王はヴァレリア達に目も呉れず、ただ只管にジーヴルを狙っている。むしろ攻撃の意思があるかどうか疑わしい程の魔法を繰り返すだけで、こちらを敵とさえ認識していない様にも思える。


 だが、突然ぴたりと青薔薇の女王は動きを止めた。唐突にだ。


 その不気味な様子に、四人は動けないでいた。何時襲われるのか、何時攻撃を始めるのか、それが分からない不気味さ。


 だが、その内側から漏れ出る圧倒的で純粋な殺意に、彼女達は体を震わせた。再度動けば、確かな殺意と共に蹂躙される未来を勝手に想起してしまう程の威圧感がそこにはあった。


「……もどかしいわね」


 ヴァレリアはそう呟いた。


「シローク! 一回離れなさい!」


 ヴァレリアの声にすぐに従ったシロークは、すぐに立ち直れていないジーヴルの前にまで走り、その場で両手を広げ構えた。


「……決めておいた作戦が出来ないけど、どうする気だい?」

「さあ、どうしましょうかね。ぶっちゃけどうしようも出来ないってのが本音だけど……結局ファルソが戻って来ないことには時間稼ぎをするしか無いし……。……いや、足止めだけなら方法はあるんだけど……」

「じゃあそれをやろう! 今すぐに!」

「……けど、もしかしたらの話、もしかしたらよ? ……最悪、ジーヴルだけじゃ無くて、カルロッタも、それに巻き込まれて私達も死ぬ可能性がある。足止めだけにそんなリスクを取りたい?」

「そう、聞かれると……うーん……。……一回聞かせてよ、その時間稼ぎって言うのを」


 ヴァレリアは自身の発明品を構えながら話を続けた。


「今、カルロッタはシャルルと戦ってる。そこに青薔薇の女王と私達をぶつけて、三つ巴の戦いにする」

「……それは、何で僕達まで? 青薔薇の女王が何方も狙ったなら結局拮抗しそうだけど。それなら僕達はファルソの為に援護に行った方が……」

「何で、シャルル達がここに来たと思う?」

「……何で?」

「ここにある目ぼしい物って言ったら、一つだけあるでしょ。とびっきりの、怪物が」


 ヴァレリアの視線は変わらず青薔薇の女王に向いていた。


「……いや、何でわざわざ?」

「……一瞬だけど、教皇国に侵攻したあいつ等の姿が見えた。そしてあいつ等は、ウヴアナール・イルセグの手下だと名乗った。……ファルソの話だと、魔人族の王家には『力の奪取と分配』があるらしいじゃ無い。もし、本当に星皇ウヴアナール・イルセグが首謀者だとするなら、青薔薇の女王を狙うのにも納得は出来るでしょ」

「けど……わざわざ星皇が青薔薇の女王を狙うと思うかい? もう充分な力があるだろう?」

「それは分からないけれど……兎に角、青薔薇の女王を狙ってるって言う予想自体は間違ってないと思うわ。更に言うなら、ジーヴルも狙ってる。……ここまで言えば分かるでしょ?」


 シロークはまだ頭に疑問符を浮かべている。それに変わって、理解を示したフォリアが口を開いた。


「もしシャルルの目的が青薔薇の女王なら、それを星皇に譲渡した場合ジーヴルは死ぬ。カルロッタもそれを理解しているから青薔薇の女王を守る様な動きを見せると、今度は背後から青薔薇の女王に殺される可能性がある。こう言うことでしょ?」

「流石フォリア。その通りよ。そこで私達がシャルルの妨害とカルロッタへの不意打ちを何とか妨害しながらカルロッタと協力して青薔薇の女王の足止めを行う」

「……まあ、大分難しいわね。それは、私達がカルロッタの邪魔にならないことが前提条件。あの二人の戦いに参入する実力は、この四人で足りると思う?」

「シャルルは青薔薇の女王に注意が向くから何とかなるのに賭けるわ。まあ、それはカルロッタも同じだろうけど。だから少しでも選択を間違えれば、カルロッタも死ぬし、私達も死ぬ。上手くいっても足止め。得策とは言えないけど、これしか策が無い」


 すると、突然青薔薇の女王が動き出した。その氷の体を激しく震わせると、その背中が音を立てて割れた。


 青薔薇の女王の背から、美しく咲き誇る氷で出来た薔薇とその茨が伸びた。それらをまるで腕の様に動かし、魔力を集束させていった。


 溢れ出る冷気に体を震わし、彼女達は選択を迫られた。


 このまま死ぬか、可能性に賭けてカルロッタと共に共戦するか。


 意思決定権は、ジーヴルにある。


 ジーヴルは、深く息を吸った。そして、大空で激戦を繰り広げているカルロッタに向けて、叫んだ。


「カルロッタァァァ!! 来てェェ!!」


 その声が彼女に届くと、カルロッタは転移魔法を使いジーヴルの目の前に現れた。


「何があったんですか?」

「ファルソが来るまで足止め。だけど私達だけじゃ無理そうなのよ」

「分かりました。シャルルさんと戦いながらだと少し難しそうですけど……」

「私達じゃ役不足?」

「いいえ、充分過ぎます!」


 カルロッタは満面の笑みでそう答えた。


 瞬間、カルロッタの眼前にシャルルが現れた。即座に両者の間に数多の光が打つかり合い、溶け合う様に消え去った。


 すると、青薔薇の女王の背から生えている茨の先から放たれた冷気の魔法が一斉にシャルルに放たれた。


 彼はすぐに背後に防護魔法を築いた。直後には再度カルロッタが魔法による猛撃を始めた。そのまま引き摺られる様にフォリアが攻撃を開始した。


 一気にシャルルに詰め寄り、"二人狂い(フォリ・ア・ドゥ)"を発動させた。一瞬でシャルルの爪が全て剥がされたが、すぐに回復魔法を扱うと、彼の傷はすぐに癒えた。


 すると、カルロッタとシャルルに危機感を持ったのか、青薔薇の女王の内側に渦巻く魔力の全てが攻撃に転じた。


 一瞬だった。


 瞬きも出来なかった。


 只管に、青薔薇は咲き誇った。


 氷は、酷く冷たく、恐ろしい物だった。しかし人は神から火を賜った。それで冬を乗り越えた。乗り越えたからこそ、長らく忘れていた。


 冬は、酷く冷たく、恐ろしい物だった。


 凍り付いた地面の氷が伸び、ほぼ全員の首を突き刺した。地面から伸びた氷の杭から逃れたのは、カルロッタとシャルルだけであった。


 シロークは反応だけは出来たのだが、手を出すだけで精一杯であり、その手も氷の杭は貫通し首に突き刺さっていた。


 その部分から徐々に冷気が漏れ出て、気道を通り肺を少しずつ凍らせていった。


 すぐにカルロッタが離れた場所から彼女達に氷を溶かす適度な熱と傷を癒やす為に魔法を使ったが、その隙を逃さずシャルルは魔法を放った。


 火と風の属性魔法が混じり合った一撃は、カルロッタの防護魔法を突き破りその半身を襲った。


 負ってしまった傷は回復魔法ですぐに癒えるが、問題は自身合わせて五人に回復魔法を使っていること。シャルル、そして青薔薇の女王の攻撃を防ぐ、そして牽制の為にも思考を使いたい。


 流石のカルロッタでも、同程度の実力を誇るシャルルを前にそんな芸当をしてしまえば、劣勢になってしまう。


 両者の戦いは、一瞬でも攻撃の手を緩めてしまえばその一瞬で決着が付く可能性を含んでいる。


 だが、彼女はそれでも全員を救う選択を選ぶ。自己犠牲にも満たないかも知れないが、彼女はそれを選んだ。


 先に動いたのはシロークだった。まだ首の傷が完全に塞がっていないが、空中に飛んでいるシャルルよりも高く跳躍し、上から圧倒的な身体能力から繰り出される拳を叩き付けた。


 シャルルの体は飛行魔法による推進力を上回る衝撃に驚愕した。その身を衝撃に任せたまま、地面と接触する直前に火と風の魔法を飛行魔法に編み込むことで、ふわりと体勢を整え着地した。


 直後に着地したシロークは力強く踏み込み、地面の氷を割りながら走った。


 気付けばシロークの碧い左目は、銀色に輝いていた。そしてその金色の髪には白い髪が一束だけあった。両手足にある黒い紐は既に千切れており、彼女の速度は最高速に達していた。


 一歩で風を切り、二歩で音と共に、三歩で空に溶け込んだ。


 シャルルの前に現れた時には、最早彼の目には映らない。シロークは僅かに白色に輝き、細かな銀色の装飾が施されている長剣を両手に握り、それを薙ぎ払った。


 剣の軌道に無垢銀色の輝きが集まると、その輝きは全てシャルルに向かって行進した。


 ようやく彼の視線がシロークに追い付いた頃にはもう遅い。その輝きはシャルルの頭部に襲い掛かった。


 直後には、シャルルの姿が消え去った。今の卓越した感覚を持つシロークならば彼が何処に行ったのかすぐに感知出来た。


 自分の、すぐ頭上だ。


 シャルルの突き出した左手に魔力が集束すると、それが放たれる直前、二人の間にカルロッタが割り込んだ。


 シャルルの魔法はカルロッタの防護魔法に妨げられ、そのままカルロッタは攻撃に転じた。


 一秒が過ぎた後、二人の姿はまた消えた。


 二人の戦いにこの場にいる中で魔法で追い付けるのは、フォリアと青薔薇の女王だけだった。


 フォリアは左目を銀色に輝かせ、その黒い片翼と蝙蝠の様な片翼を広げ、その魔法をもう一度使った。


 シャルルの顔を両手でしっかりと掴み、その瞳を彼に向けた。


「"二人狂い(フォリ・ア・ドゥ)"」


 彼女の産みの母は彼女を何度も傷付けた。その傷は、自分では無く相手に、その痛みは、相手では無く自分に。


 もう少し、もう少しで、彼女は過去を思い出せそうなのだ。


 自分でも気付いている。何か忘れている。何か隠している。何か恐れている。何か違う。


 自分が殺したのは、一体誰なのだろうか。


 ただこの戦いを言い訳に、それ以上考えることを放棄した。


「……そうか、お前もか」


 ようやく口を開いたシャルルは、落胆した様な表情でフォリアを見詰めた。その顔に火傷の痕が広がり、皮膚が爛れてもだ。


 彼の興味は全てカルロッタに向いている。フォリア達は、カルロッタとの戦場の花園に集る蜂にしか過ぎない。


 フォリアの腹部を、魔法の塊が貫いた。


 魔力の塊はフォリアの両翼を千切り、彼女は地上へ堕ちて行った。


「だが、そうだな。この場では、二番目に強かったのだろう。……それでもまだ、弱者だがな」


 そこには断絶した実力差が存在している。


「分からないな、カルロッタ」


 シャルルはそう問い掛けた。


「お前は、あいつ等を大切に思っている様に見える。それならあのまま、俺と共に戦い続ければ良かったはずだ。少なくとも、あいつ等が傷付くことは無く、億に一つ俺に勝てる可能性もあった。……分からないな」

「そうですか? 考えればすぐに分かりそうですけど」

「……いや、分からないな。……まあ良い」


 シャルルは下卑た笑みを浮かべた。


「その選択が悪手だったと思い知らせてやろう」

「あの時みたいに負けると思わないで下さいね?」


 カルロッタはその白い杖を即座に向け魔力の塊を放った。だが、それはシャルルを傷付けるには余りにも遅く、余りにも劣悪な物だった。


 シャルルは酷く腹が立った。一切の殺意も、何なら敵意も攻撃性も感じない。悠々とそれを避け、シャルルはカルロッタに目も呉れずに青薔薇の女王の方へ一直線に飛行した。


 カルロッタは青薔薇の女王の隣に転移魔法で移動し、シャルルに向けて魔法を放った。


 その魔法はシャルルの周囲に現れた液状の闇に呑み込まれ、消え去った。


 すると、カルロッタの隣にいる青薔薇の女王は、彼女を気にも止めずに背を向けて走り出した。


 青薔薇の女王がその小さな身体で向かっている場所は決まっている。彼女は、自らの肉体を求めている。


 青薔薇の女王が狙っているジーヴルは、ヴァレリアの馬代わりの機械に乗り、青薔薇の女王を誘き寄せる為に離れていた。


「本当に追って来るのよね!?」

「きっと追って来ます! だってあいつは私ですから! あいつは私になりたがってる! あいつが追って来れば無理矢理カルロッタとシャルルの戦いを中断出来る!」

「けど問題は――」


 ヴァレリアが着けているゴーグルは、急激な魔力上昇を感知した。


 すぐにヴァレリアはハンドルを左へ動かし、背後から向かって来る冷気の波動を避けた。僅かに遅れた彼女達の毛先が凍り付き、砕け散った。


「あっぶな!! 問題は逃げるだけなら絶対に負けることよ! これだって無限に動く訳じゃ無いし!!」


 すると、突然シャルルがヴァレリア達の前に現れた。最高速で走っているこの機械はすぐに止まること等出来ずに、ヴァレリアは後ろに乗っているジーヴルを引っ張りながら飛び降りた。


 一秒の十分の二程の時間が経った頃には、先程までヴァレリア達が乗っていた機械の周囲は青く煌々と輝く炎に包まれていた。


 熱波は二人の肌にまで届き、照らされるだけでその皮膚が焼けた。


 直後にはシャルルの黒い杖がヴァレリアの背に現れた。その先に付いている青い宝石が夜空に浮かぶ星の様に輝いた。


 それは、彼の魔力が集束することを意味する。放たれた魔法は無数に放たれた魔力の光線であった。


 ヴァレリアにその光線が直撃する瞬間に、シロークがその間に割って入った。


 左腕をばっと薙ぎ払うと、魔力の光線は腕に弾かれ軌道を逸らした。そのまま振り向きざまに右手で掴んでいた銀の剣を力の限り投げ飛ばした。


 その剣は青い炎の中心に立っているシャルルに向かったが、彼の防護魔法に阻まれ勢いを失った。


 シャルルが右手を大きく掲げると、周囲に散った青い炎が掲げた右手の一点に集まり、煌々と輝いた。


 その光がシャルルの手から溢れ出した闇に蝕まれ食われると、それはただ光を貪り尽くす深淵となった。


 その右手を下げようとした直前、カルロッタがシャルルの上空に現れた。彼女の背には三つの片翼が伸びていた。


 カルロッタの両手には杖は無かった。代わりに銀のトランペットを構え、今まさに吹いた。


 カルロッタはトランペットのマウスピースに唇を密着させた。そして、息を吹き出し唇を震わせた。


 耳を抜ける様な高音を、爽やかな音色をトランペットから吹き鳴らした。


 すると、その音色に合わせシャルルの遥か頭上から血の様な赤色が混ざった雹と、赤い火が雨の様に降り注いだ。


 それは地上の三分の一を、木々の三分の一を、青草を全て焼き尽くさんとする勢いだった。


 シャルルはその頭部に十の黒い角を生やし、異常なまでに笑みを浮かべた。


 右手にあるその深淵をやって来る血の様な赤色が混ざった雹と、赤い火の様な雨に向けて思い切り投げた。


 それが空へと到達すると、空の全てを影で隠す程の闇を一瞬で広げた。


 それは陽の光を断絶させ、その温かみさえも妨害し、呑み込まれた全ての生を拒絶する深淵であったのだ。


 この場は、正しく混沌へと向かっている。カルロッタとシャルルが均衡を見せる度に、青薔薇の女王は自らの安全の為に攻撃を企てる。


 互いに実力が拮抗する二人にとっては、自らを喉元にまで氷が届き得る青薔薇の女王は何処までも邪魔なのだ。


 しかし、この戦いはカルロッタが不利である。


 シャルルの狙いはジーヴル、もしくは青薔薇の女王である。彼にとっては何方かが死んで何方かが残ったとしても、それを殺して持ち帰れば目的は達成出来る。


 しかしカルロッタの目的はジーヴルを救うことである。その為には青薔薇の女王を殺すことは出来ない。


 シャルルはこの場の全員を殺しても目的は達成出来る。だがカルロッタはこの場の全員を守りながら、自分にも牙を向ける青薔薇の女王さえも時としてシャルルの攻撃から守らなければならない。


 カルロッタは全力を出せない中、シャルルは一切の手加減すらもせずに全力を発揮出来る。被害も考えなくても良いのだ。


 青薔薇の女王は両手を上へ掲げた。すると、彼女が凍らせた周辺の氷が砕け、両手に集まった。その氷に冬の魔力が混ざると直後には立派な薔薇が咲き誇った。


 数にして百四十四万の氷の薔薇の花弁は散り、その一枚一枚が風に吹かれた。


 すると、その無数の花弁が青く発光すると、勢い良く破裂し細く短い茨の様な氷の棘が無数に噴射された。


 すると、ヴァレリア達の前にフォリアが黒い羽根を散らしながら突然現れた。その杖を花弁と棘に向けると、たった一言だけ叫んだ。


「"十二重奏の(デクテットデュオ)狂気(ラ・フォリア)"!!」


 ドラゴンの形で放たれた紫色の炎は、向かって来る氷の全てを溶かし、そのまま杖を大きく振り払った。


 役目を終え瞼を閉じた紫色の炎はフォリアの杖の動きに合わせる様に渦を巻き、延々と燃え続ける地獄の業火へと変えた。


 すると、青薔薇の女王の背に二本の氷が伸びた。その氷から、まるで白い鳥の様な翼が生えた。


 翼が一度羽撃くと、青薔薇の女王の無数の茨に先程と同じ様な氷の薔薇が咲き誇った。


 直後にはフォリアの紫色の炎の渦はその形のまま、凍り付いた。


「やっぱり無理ね……!」


 正直、予想はしていた。あたしの魔法じゃ足止めも難しい。


 理解している。それが難しいことも。


 ……あたしは、一体何時から人を助ける様になった? あたしは一体何時から、人を助けることに充実感を覚える様になった?


 ……何時から、私は人を殺すことに理解を示す様になった?


「……ねえ、カルロッタ。貴方なら分かるのかしら」


 フォリアの顕になっている腹部には、メレダが刻んだ魔法陣が消え去っていた。


 すると、ヴァレリアがフォリアの体を押し倒した。直後には倒れた二人の背の上に、シャルルが放った魔力の光線が走った。


「何ぼーっとしてるのよ! しっかりしなさい!」

「……ねえ、ヴァレリア。……あたしは、何で――」

「知るかそんなことッ!」


 フォリアは呆気に取られた。


「自分で考えなさいッ! 貴方はフォリア! 私達と一緒に来るフォリア! ならここで死ぬのは駄目でしょうがッ!!」


 フォリアにとってヴァレリアは、カルロッタに比べるとそこまでの興味を持つ人物では無かった。だからこそ、彼女を殺そうとは一度も思わなかった。


 今は、どうだろうか。殺したくないと、強く思っている。


 分からない。


 フォリアは、興味を持った人物を殺す。そうやって初めて全てを理解しようとして来た。


 カルロッタは、殺したくなかった。ヴァレリアも、殺したくない。シロークも殺せない。


 一体何時から、私は人を助けようとした? 一体何時から、あたしは人を殺そうとした?


 その矛盾、自分の感情と反する行動原理の答えを、こんな状況で導き出そうとしていた。


 そして、ようやく彼女はその答えを導き出した。それは、自らの半生と今までの全てを否定する物である。


 それを受け入れたくなかった。だから目を逸らした。


「……ああ、そうだったのね。私……お母さんを殺したんだ」


 フォリアは涙を流していた。しかし何故だろうか。その表情は純粋な少女の様な笑みを浮かべていた。彼女にとっては、本当に久し振りの、過去の笑みだった。


 その笑みを不気味に思ったのは、たった一人、シャルルだけであった。むしろカルロッタはフォリアの笑みに歓喜していた。


 フォリアは恍惚とした笑みのまま、詠唱を始めた。


「"一人は二人に""二人は三人に""三人は一人に""魔法の叡智は受け継がれ""やがて出会うは赤髪の娘""ただ狂気は忘却の末に""ただ狂気は過去のそこに""私はあたし""あたしは私""けれどあたしは私では非ず"」


 シャルルはその詠唱にカルロッタと初めて相対した時に匹敵する程の圧迫感を感じた。


 すぐにフォリアに攻撃を繰り出そうとすると、ジーヴルは"青薔薇の(ローズ・ブルー)樹氷(・ジーヴル)"を発動し彼の足元を凍らせた。


 その氷は彼の魔力が放出する穴を塞ぎながら、薔薇の茨を伸ばし行動を制限させた。


「どうせ虫だとでも思ってたんでしょバーカ!! こちとら必死にやってんのよ! 転移魔法も使えないでしょ!!」


 著しく行動が制限されたシャルルに、ヴァレリアが背後から発明品の鉄の棒で思い切り後頭部を殴打した。


 その衝撃は頭部の中に響き、一秒にも満たない時間だけではあるがシャルルの視界は暗転した。だが、その僅かな時間で勝敗を喫する程の、高度な戦いを行っていたのだ。


 汎ゆる選択を、彼は間違えた。


 青薔薇の女王はフォリアの魔力の昂りを危険に思い、両手を前に突き出した。すると無数の氷の破片が津波に様に押し寄せて来た。


 それの高さだけで10mはあり、避けようにももう襲い。


 すると、そんな絶体絶命のフォリアの前にシロークが卓越した身体能力で現れた。


 そのまま両手を掲げると、その手に銀色の剣が現れた。それをしっかりと握り、その瞳を銀色に輝かせ、思い切り振るった。


 静寂が訪れた。何の音もしない。周囲から音が消え去った。


 唐突にキィィンと甲高い音が響いた。彼女の剣は振り下ろされていた。


 放たれた一閃は、聖清なる斬撃となり、その輝きは地を走り敵を切り裂く斬撃となった。


 それが氷の津波を両断させ、それは二人の隣を素通りした。


 直後には上空に氷で出来たドラゴンが現れたが、その全てはカルロッタの火の初級魔法によって打ち砕かれた。


「"ああ、星よ""星に五本の薔薇を送ろう""星に一本の薔薇を送ろう""星の輝きに、恋い焦がれん"」


 フォリアの両目は、無垢銀色に輝いた。その髪は全て黒く染まった。


「『()()()()』」


 フォリアは純白のドレスを身に纏っていた。ただ、赤く輝く一つの星を見詰め、それを呟いた。


「"彼女に捧げる(ラ・フォリア)変奏曲(・シェリー)"」


 厳かなヴァイオリンの音が響いた。三拍子の緩やかで、そして憂いを帯びた変奏曲が演奏されると、その景色はがらりと変わった。


 暗く、赤い満月が崩れた天井から見える廃城。そして血の匂いが充満していた。


 誰かが、演奏している。誰かが、それを呟いた。


「さようなら、あたし。そして、ありがとう。……私を、守ってくれて」


 変奏曲が盛り上がりを見せると同時に、シャルルの左の胸部から赤黒い血が皮膚を突き破り吹き出した。


 その傷は回復魔法の多くを受け付けず、その皮膚を焼いて傷を塞ごうにも、また勢い良く血が吹き出す。


 そうこうしている間に、シャルルの左肘からあり得ない程の血が吹き出した。すぐに足元の血の黒い水溜りを作る程の多量の血が落ちたかと思えば、その肘を一周する一閃の痣が現れた。


 その痣がどんどんと大きくなると、そこから一気に血が吹き出した。直後にはそこの肉が全て削がれ、そのまま骨の関節が外れ肘から先の腕が落ちた。


 だが、どうだろうか。シャルルは依然として余裕そうだ。むしろフォリアの強さに感服し、その行動に敬意を払おうとしていたのだ。


「『固有魔法』」


 シャルルはそう呟いた。


「"天焼き焦がす者(セイリオス)"」


 二人の『固有魔法』は互いが互いを影響し、混じり合った。異なる『固有魔法』が発動した場合、それぞれの世界が混じり合い、一つの世界が構築される。


 つまり、フォリアの"彼女に捧げる(ラ・フォリア)変奏曲(・シェリー)"と"天焼き焦がす者(セイリオス)"が混じり合い、一つの世界となったのだ。


 その場にいる全員の体から青い炎が吹き出した。それは体を焼き焦がし、それは命を燃やし尽くさんとしていた。


 すると、青薔薇の女王が大きく動き出した。茨を大きく振るい、その冬の魔力を大きく発し、辺りに極寒の冬を齎した。


 辺りに咲き誇る無数の氷の薔薇の全てから、集束した魔力の光線が結界の壁に向かって放たれた。


 勿論、二人共それなりの結界の強度を維持している。青薔薇の女王は、その結界すらも破壊出来る程の魔法を持っていると言うだけなのだ。


 こうして、戦いはまた元に戻った――と、思われていた。


 シャルルの片腕が、未だに回復しない。どれだけ魔力を使っても、僅かな回復を見せるだけで先程まで見せていた圧倒的な回復魔法は制限されている様だ。


 その隙を、逃すカルロッタでは無い。


 彼女はトランペットを大きく吹いた。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


フォリアの過去は見せましょうか? どうしましょう。ちょっと悩んでいます。情報は充分なくらいに書いたと思ってるんですけどね。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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