日記29 青薔薇の女王 ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「……青薔薇の女王……?」
「あら? 思ったよりも早く意識が戻ったわね」
マーカラの屋敷に来ているフォリアは、血塗れで倒れていた。先程まで気絶していたが、ようやく目を覚ましたのだ。
「話を聞かれたらしいわね」
「……青薔薇の女王って……あの……? 雪の中から薔薇が咲く」
「そう、多分それよ」
フォリアが聞いたマーカラの独り言。いや、独り言では無く誰かと連絡を取っていたのだろう。
『青薔薇の女王? ああ、十八年前に誕生したらしいわね。……私が出る可能性もあるの? そんなのソーマに行かせたら良いじゃない。兎に角、私は行かないわ。……はぁー……分かったわ。有事の際は、私が行く。それで良いわね? ……ええ、星皇の名の下に、星の下でそれを誓うわ』
青薔薇の女王、それはスーリハ童話と呼ばれる物の一つであり、夏と冬の重要さを説く童話である。
しかしスーリハ童話の中では知名度は然程高く無く、あくまで昔に存在した童話と言う以外の価値は無い。
「今の青薔薇の女王は人間から産まれた運命の子、しかしそれは人間として扱われない。それは世界の化身であり、何方かと言えば精霊や天使に近い存在。まあ、もう産まれないはずだったんだけど」
「産まれないはず? 世界の化身と言う言い方からして、何かしら世界の存続に必要そうだけれど」
「私は言えない。私達は言えないの。それを理解して」
フォリアは、結論を出すのに少々の時間を有した。しかし、彼女はまだ矮小な人間。数百年前に産まれた彼女達の思考の全てを把握することは不可能であった。
しかし、自分が認知している事象からある程度の事情を推測することは可能である。そして導き出したのは――。
「……青薔薇の女王は、もしかして……」
すると、マーカラがフォリアの口を手で隠した。マーカラは蠱惑的な笑みを浮かべながらも、銀色に輝き始めた瞳で、フォリアの脳髄の奥まで見透かすかの様な視線を向けた。
「それ以上の言葉は言わない方が良いわ。まだ、見ているわ。ああ、忌々しい――」
「――青薔薇の女王?」
「あ、聞いてた?」
ファルソは数百を超える魔物の屍の上に傲慢に座りながら、その魔物を手際良く切り分けているルミエールにそう話し掛けた。
「まー、別に良いかな。一応言えることは何個もあるし。それにもう少しでソーマから指令が下されると思うし」
「……そんなにですか? 隠し事の多い貴方が喋るくらいに重要な? それともそこまでの?」
「重要だけど、もう重要じゃ無くなった、かな」
ルミエールは小さく切り分けた魔物の肉片をファルソに投げ渡すと、彼はその小さな口でもっちゃもっちゃと食べ始めた。
「……不味い」
「魔物の肉って凄いんだよ。彼が美味しく料理することが出来なかったんだから」
「……彼、って言うのは」
「ああ、星王、星王のこと」
「……国王陛下が料理をする?」
「まあ、趣味だろうね。国が出来る前に、王族の来賓とかの為に一流の料理人を育てようって時に、その人達に料理を教えたのは彼だし」
ルミエールの表情は優しく、そして喜びに満ち溢れていた。クスクスと笑いながら、その銀色の瞳で過去にあった星の輝きに見惚れていた。
「……ああ、話が逸れたね。青薔薇の女王の話だったっけ?」
「はい。何処かで聞いたことはあるんですけど」
ファルソは血塗れになった口の周りを拭いながら、屍の山から飛び降りた。
「青薔薇の女王は十八年前に世界が生み出した。言わば世界の子。そして運命の糸に縛られた子。一応母親も父親も人間なんだけどね」
「……それが、どうしたんですか?」
「青薔薇の女王は世界のバランスを均一に保つ役割を担っている。それは自己犠牲によってだけどね。深く世界を愛し、そしてその身を凍らせ、花弁の様に散らす。可哀想な人生を強いられた子だよ」
ルミエールはクスクスと笑っていた。
「……青薔薇の女王は、何で産まれるんですか?」
「んー? 知りたい?」
「ええ、勿論。魔法使いですから」
「そっか。……うーん、どうしよっかなぁ。世界大戦って知ってる?」
「はい。五百年前に起きた全ての国を巻き込んだ大戦争のことは」
「うん、いやーあの戦争は……本当に、酷い物だった。……青薔薇の女王は、その世界大戦を終わらせる為に、その身を凍らせる。まあ、それ以外にも役割はあるんだけど。例えば、冬の魔力を均一に保つとか」
「……何と言うか、可哀想な人ですね」
ルミエールはやはり笑っていた。ファルソに向けているのか、それとも五百年前に向けているのか、ファルソにはもう分からない。
「そうだね。彼もそう思ってた。だからこそ、それを救う為に彼は、世界を敵に回した――」
――カルロッタはシロークとフロリアンに挟まれ、三人一緒に倒れて気絶していた。
「……そろそろか。……はぁー……全く、面倒なことになって来た。お前の所為だぞ……!」
ソーマはそんなことを呟きながら、持ち込んでいた弁当箱の布の包装を解いていた。
「これもあいつの失踪の所為か。ああ、嫌だ嫌だ。このままじゃ五百年前の戦いが無意味になっちまう」
すると、カルロッタの頭が僅かに動き、急に左右に振り始めた。
「あーたーまーいーたーいー!!」
「何だ起きたのかカルロッタ。ならさっさと立て」
「……無理です、本気で立てません」
「ジーヴルを助けるんだろ? こんな所で倒れてると手遅れになるぞ」
「……え? 知ってるんですか?」
「人と話す時は顔を合わせろと親から教わなかったのか?」
「お師匠様からなら言われてましたけど」
カルロッタは顔を上げて、昼食を始めていたソーマの顔を見た。
「お前がジーヴルを助けようとしてるのは予想出来る。余計なお世話をしたんだろ?」
「余計って何ですか。ジーヴルさんは生きることを望んだ。なら私がすることは、ジーヴルさんを命懸けで守ることです」
ソーマはカルロッタの赤い瞳を見詰めていた。決意か、もしくは希望か、それとも覚悟か。その焔を、ソーマは何時の日か見たことがある。
五百年程前、確かにソーマはそれを見たことがある。他人の為だけに自分だけを犠牲にする、そして自分達の前から去ってしまった自らの友人と、非常に似通っていた。
「……自己犠牲は良いことじゃ無い。特にお前みたいな、誰かの人生の大部分を変えてくれた奴はな。お前の自己犠牲によって救われた奴等はいるだろうが、救われた奴等はお前が犠牲になることを望んでいないんだ」
「死ぬ気はありませんよ。すぐに死ぬには、助けてくれる人がいっぱいいますから」
「……そう言ってあいつはどっかに行っちまったんだがな……」
「……何で、泣きそうなんですか?」
ソーマは、もうカルロッタと顔を合わせなかった。ただ昼食を食べ続けている。
「……駄目だな。妻が作ってくれたのに飯が上手くない。ったく……お前の所為だぞカルロッタ」
「何で私の所為なんですか!」
「よーしお前の所為だ。そろそろ立てるだろ?」
すると、ソーマにとっては都合良く、カルロッタ達にとっては都合悪く、メグムが炎の羽根を広げてやって来た。
「お、丁度良い所に」
「丁度良いって……ああ、成程」
カルロッタ達はまだ目が覚めていない振りをしていたが、メグムはそれを見抜き、一番近かったフロリアンの首を掴み、片腕で自分よりも体格の良い彼を持ち上げた。
「おはよう、フロリアン君」
フロリアンは決して目を開けない。しかしチィちゃんをしっかりと握り締め、離さない様にしている。
メグムは意地悪そうに笑いながらも、フロリアンのチィちゃんに手を伸ばした。するとすぐにそれを察知したのかフロリアンは目を開き一瞬でチィちゃんをメグムから離した。
「あ、やっぱり起きてた」
「……いや、まだ、寝てる」
「はーいちゃんと立とうねぇ」
「……ハイ……」
倒れている振りをしているカルロッタは、「こんなしおらしいフロリアンさん初めて聞いた……」と呑気に思っていた。次は自分の番だと知らずに。
そのままメグムはカルロッタとシロークの首を掴んで持ち上げた。
「「……ふぇぇ……」」
「うん、頑張ろうね」
「「イヤッ! イヤッイヤッ!!」」
「はーいちゃんとぴしっと立つんだよ」
ソーマはメグムに三人を引き渡そうとして自分はのんびりとサボろうとしたが、直前にメグムから一つの便箋を手渡された。
「これ。差出人は分かるよね?」
その便箋の封印には、交差する羽根と、その上に王冠を被り十本の足を持つ蜘蛛の姿が蝋に彫られていた。
ソーマは僅かな目配せを向け、その場を後にした。転移魔法でギルド長室へ行くと、その部屋で何故かドナーがペルラルゴの長い髪を編んで髪飾りを付けていた。
「お、早いねソーマ」
「ペルラルゴで遊ぶのは辞めてやれ。こいつは強く物が言えないんだ」
ペルラルゴは涙目で体を髪で隠しながら床に横たわっていた。
「……もう、このまま愛玩人形になります……雑草はまだ生きてますけど私は……ふへへ……」
「……済まないが、ペルラルゴ。ちょっと席を外してくれ」
「……ああ、成程。そう言う話ですか……分かりました……邪魔者は消えます……」
ペルラルゴは床をごろごろと転がりながら部屋を後にした。
「……それで、メレダちゃんから直々の命令でもあった?」
ソーマが小さく指を立てると、二人の周りに薄く白いヴェールが覆った。しかし、直後にはその布は綺麗に消え去った。
そして。メグムから受け取った便箋をひらひらと見せると、ドナーはすぐに理解しソーマの肩に顎を乗せて便箋を覗き込んだ。
便箋を開くと、そこに書かれている文字は世界共通文字とは大きく異なっていた。そして世界中に分布し、良く魔法の名前の参考になる数多の古語のどれとも類似性は見られず、独特の形の文字であった。
文字、と言うより一つの絵や図形と表現した方が良いだろう。しかもどう見ても異なる言語だとしか思えないそれぞれ三種類の特徴を持つ文字で文が構成されていた。
リーグの最上層部にだけ流布される機密文書は殆どの場合この文字で書かれている。嘗ての星皇、及びルミエールが提案した暗号文字であり、とある特徴を持つ人物達にとっては特に特殊な訓練を行わなくても容易に解読が出来る程に優秀な暗号である。
ソーマはそれをすらすらと読み進めた。ドナーも同じだ。
「……ルミエールちゃんは本気でやり遂げようとしてるみたいだね。まあ、色々あったしねぇ」
「……そうだな。だが分からないことがある。やるなら親衛隊共を動かせば良い。何でわざわざ研修生に任せる?」
「後半に書いてあることが真実だとすれば、本当に何で親衛隊を動かさないんだろうね?」
「……それに、この文脈だとルミエールが傍観を決め込んでる。あいつがだぞ?」
「何か裏があるね。それこそルミエールちゃんが答えを話さない程に重要な、裏が」
「……全く、あいつは秘密主義過ぎる」
ソーマはその便箋を魔法で灰も残さず燃やし尽くし、そのままギルド長室の扉を開けた。
「ドナー、もしかしたらペンがいるかもしれない。持って来てくれないか?」
「ああ、分かったよ。家のあれで良い?」
「ああ、あれが一番使い易い。出来れば、明日、観光地で」
「分かったよ。ちょっと時間が掛かるかも?」
「ああ、大丈夫だ」
ソーマは部屋の外に出て、その思考を深めた。
ルミエールとメレダからの文書だとしても、それにしては後半の文章の意味が分からない。真っ先にやって来てすぐにでも捕らえそうな物だが……何故わざわざ星皇宮にいることを明記している?
まずそれを明記することが分からない。「行かない」の一言で問題は無い。何だ? 卒業論文で良くやる文字数稼ぎか何かか?
……まあ、そんなはずが無い。
あの文字を読み解ける奴等はそうそういない。そしてドナーもいる。証拠隠滅の信頼性はあちらも理解しているはずだ。仮に何者かに解読する可能性を考慮するにしても、基本的に暗号で書かれた文書の信頼性は100%と考える。そう言う物だからだ。
ルミエールは何を考えている? 可能性があるとすれば……星皇宮にてルミエール、そして親衛隊が待機せざるを得ないことが起こる?
そしてそれをルミエールが予想している? もしくはメレダか?
あの映像には、メレダが何かしらの警戒を見せていた。実際それは正しく、ジークムント奪還の為に何者か達が襲来した。まあ、あいつらが何者かは大体検討が付いているんだが。
……しかし、本当にそれは何時も通りルミエール達が星皇宮に閉じ籠もる理由になるのか? 星皇の再臨を予見していながら……?
「……やはり裏があるな。あいつは何処まで見ているんだ……――」
――ジーヴルはベッドに寝転がり、丸くなっていた。
他の魔法使いは皆、研修に励んでいるのだろう。しかし彼女は、ただ死への恐怖に震えていた。
決して先を見ずに、決して未来を見ずに、ただカルロッタに掛けられた一抹の希望の言葉を胸に正気を保っていた。
ふと、彼女は自分の右手を見詰めた。その指先からは、僅かな冷気と白い雪が付着していた。それどころか皮膚と筋肉と骨が氷へと置き換わろうと魔力が流れていた。
ジーヴルはその指先を包み込み、そこから視線を外した。自分の中に流れている魔力を無理矢理動かし、その進行を遅らせ、そして溶かした。
時間が解決する、と言う訳でも無い。そして、ここから立てば彼女はあれに引き寄せられる。ジーヴルの中にある漠然とした確信であり、そしてそれは事実である。
すると、誰かが部屋の扉を叩いた。毎朝カルロッタが扉を叩き、ジーヴルの返事も求めずに少しの雑談をして帰る経験をしていたが、今はもう昼時を過ぎている。
ならば誰だろうか。すぐに答えは分かった。
「ジーヴル・サトラピ。少し、聞きたいことがある」
その声は、ソーマであった。
ジーヴルは布団の中から出ることは無かった。いや、出来なかった。ここから出れば見てしまう。彼女を見てしまう。だからこそ、もう動きたくなかった。
「……研修期間は、残り三日となった。最終研修として、英雄の卵達にはブルーヴィーに行って貰う」
ジーヴルは耳を塞いだ。それでも僅かな希望の言葉を、彼女の鼓膜は察知してしまう。
「一つ、聞きたい。お前は生きたいか?」
ソーマの問い掛けには答えない。
「未来へ進みたいか?」
ジーヴルは答えない。
「……カルロッタは、もう変わらない様だ。お前の為に命を賭けるつもりだ。お前の、為にな」
ジーヴルは口を開いた。
「何と無く分かっている。お前、カルロッタのことが好きなんだろ? 友情じゃ無くて恋慕として」
「はぁ!?」
ジーヴルはつい叫んでしまった。
「……何だ、起きてたのか」
「……いや、起きてたのを知ってたからずっと喋ってたんですよね?」
「扉を開けるぞ?」
「……いえ、大丈夫です」
ジーヴルは扉を開けた。久し振りに感じる日の温かみに目を萎ませながら、何故か目の前にいるカルロッタに唖然とした。
「……何で、カルロッタが?」
「心配して来たらソーマさんがいたんですよ」
「ああ、成程……。……ちょっと待って……? まさかさっきの話全部聞かれてた……?」
「まあ、はい。全部聞いてましたね」
「……うっわ……うわー……マジか……」
ジーヴルは顔を隠し、そのまま蹲った。
「……はぁー……。……ねえ、カルロッタ」
「何ですか?」
「……まあ、その、何? 私の全てを受け入れてくれる?」
「はい。全部受け入れられますよ」
「……そっか。……ソーマさん」
ジーヴルは確かな瞳でソーマを見詰めた。
「もう、大丈夫です。メレダさんとルミエールさんにも、そう言っておいて下さい」
「……そうか。なら良かった」
「生きる理由も、死ぬ理由も、全てカルロッタにあげるので」
「……何か……何か重いなお前……」
「さーさー男はどっかに行って下さい今から女子会なので」
そのままジーヴルはカルロッタを自室へ引き摺り込み、扉の鍵を締めた。すると、ジーヴルが掴んでいた回しが徐々に凍り付いていくことに気付いた。
「……最近まで、そんなに酷くありませんでしたよね?」
ベッドに座ったカルロッタが、悲しげな表情を浮かべながらそう聞いた。
「……まあ、ちょっと前兆はあったんだけど。試験の時からね」
「ああ、制限無しに魔法を使うとすぐに疲れちゃうのはそれが理由ですか……」
本来独自に作られた魔法と言うのは、その本人の魔法的特徴が存分に発揮される為、当人にとって最も楽で、最も簡単で、最も適した魔力の使い方なのだ。
故に魔力消費量は格段に少なく、そして疲労も少ないはず。
「ジーヴルさんの魔力量ってフロリアンさんよりも多いのに、ずっと不思議に思ってたんです。それに魔法の改良を頻繁にしてるので。つまり普通に使うと対して強くないってことですよね?」
「……まあ、それに関しても説明するから」
ジーヴルはカルロッタの隣に座り、自分の正体を話し始めた。
「……私は青薔薇の女王として産まれた。青薔薇の女王として産まれた私の役目は……まあ、色々あったらしい。あくまでメレダさんとかルミエールさんから聞いた話だけどね」
ジーヴルは乾いた喉をもう温くなっている水で潤した。自分の過去と言うのは、他人に話すとなれば大層喉が乾くらしい。
カルロッタはジーヴルの話をきちんと聞いていた。共感だけでは足りない。三ヶ月の期間であったが、カルロッタの中ではもう既に、ジーヴルは代わりの効かない大切な人になってしまったのだ。それは、ジーヴルも同じだった。
「存在するだけで五百年間に溜まってしまった冬の魔力を蓄えて、寒冷化を抑える。そして過剰分の魔力を全て蓄えた後に、始まった世界大戦をその身を犠牲に終わらせる。私の役目は大体そんな感じ」
「……世界大戦?」
「あれ、知らない? 五百年間前に起こった全世界を巻き込んだ大戦争。……大体の人は知ってると思うんだけど……」
「ああ、何だかお師匠様からそんなことを習った様な……? 寝てたから殆ど覚えてません!」
「……何と言うか……カルロッタらしいと言うか、らしくないと言うか……」
ジーヴルはもう一度喉を潤した。
「……喉が乾く……」
「……つまり、ジーヴルさんが死にたがってた理由って、そう言うことですか? 世界大戦を止める為に……」
「いや、それは五百年前の星皇のお陰で何とかしてくれたらしい。本当に……星皇様々ね。……きっと、彼は私達が知らない偉業も多く達成してるのね」
「……じゃあ、何で……。……ああ、ブルーヴィーの、ことですか」
「……そう。あの街の惨状が私の所為だって言うのは、もう話したっけ。……あの街を凍らせたのは、正確には私じゃ無い。いや、私ではあるんだけど……ジーヴル、と言うよりは、青薔薇の女王がやった。これが一番正しい」
「青薔薇の女王の力の暴走って所ですかね?」
「そんな感じかも知れないし、そうじゃ無いかも知れない。メレダさんもルミエールさんも教えてくれないし。まあ……予想は付くけど。溜め込まれ続ける冬の魔力を一身に受けるのなら、一体誰が夏の魔力を受け止めるのか。多分、そう言う役割の人物も産まれたんだと思う。そんな人の話は聞いたことが無いから……十中八九リーグが保護する前に死んだと思う」
ジーヴルはもう一度喉を潤した。
「スーリハ童話を元に考えると、向日葵の女。きっとある程度史実なんだと思う。青薔薇の女王だけが死ねば、向日葵が永遠に咲き続け、そして永遠の夏が訪れる。その逆で、向日葵の女が死ねば、青薔薇が永遠に咲き続け、そして永遠の冬が訪れる。……十三年前のあれは、恐らくその影響。……殺されたか、どっかで野垂れ死んだのか分からないけど、それが原因でバランスが崩れて私は永遠に冬を齎す存在になってしまった」
「……つまり、ジーヴルさんと青薔薇の女王がその時に別れてしまったと」
「けど完全に繋がりが断ち切られてる訳じゃ無い。私の"青薔薇の樹氷は青薔薇の女王の権能。その場に冬を訪れさせる魔法……魔法と言えるのかは分からないけど」
「けど私も使えますよ?」
「それはもう……何か貴方がおかしいだけよ」
ジーヴルはもう一度喉を潤した。左目に、僅かばかりの涙が浮かび始めた。
「青薔薇の女王は、突然暴れ出した。そして蓄えた冬の魔力を一斉に放出した。……まだ幼くてね、ちゃんとした魔力操作も出来なかったし、子供だったから、ただ無邪気に楽しく暴れ回ったことは、はっきりと覚えてる」
カルロッタは遂に何も言わずに、じっと黙っていた。
「……助けてくれたのが、メレダさんとルミエールさん。二人で私と青薔薇の女王を別けて、青薔薇の女王をあの街に閉じ込めた。……本当に、感謝してる。命の恩人だし、育ての親でもあるし」
ジーヴルはもう一度喉を潤した。左目に溜まった涙が、一滴だけ溢れ落ちた。
「……私の所為じゃ無い。そんなこと分かってる。仕方が無かった。何度もそう教えてくれた。……だけど、私ははっきりと覚えてる。……私は、あの街を、笑いながら壊した。殺した」
ジーヴルはもう一度喉を潤した。左目に溜まった涙が、もう止まらなくなっていた。右目からは涙が出ない。彼女の右目に溜まった涙は凍り、もうそれ以上溢れないからだ。
「お父さんも、お母さんも、隣の家のクッキーをくれるおばさんも、向かいに何時も出店を立てるパン屋のおじさんも、良く一緒に遊んでくれたカトリーヌも、何時も私の前を歩いてくれたシモーヌも、根暗なファニーも、私の初恋の子だったトニーも、全員、私が、笑いながら殺した。誰かを殺すのは気分が良かった。楽しかった。……楽しんでいた。楽しんでしまっていた」
ジーヴルはもう喉を潤さない。その手をカルロッタに握られているからだ。
「……私は、あの街を遊びながら凍らせた。時には凍らせた人を砕いて、時には妊娠していたおばさんの足を凍らせてお腹を何度も蹴ったり、時にはお兄さんの顔の皮膚だけを凍らせて楽しんだり、時には作った氷の彫刻で手を引いて走っていた兄弟を押し潰したり。……今、思い返しても、楽しかったと思ってしまう私がいる。……あれは、楽しいはずなんて、無いのに。……魔法使いになってから、リーグを半ば無理矢理抜け出して、旅をして、一度だけ、本気で人間を凍らせたことがある。……本当に、酷い経験だった。もう二度としたく無いくらいに、嫌な感触だった。……だとしたら、何で私は、街の人を凍らせて、楽しかったんだろう」
ジーヴルはもう喉を潤さない。彼女の涙は、カルロッタの胸の中に消えてしまう。彼女は情けなくも、そして屈辱的であったが、カルロッタの胸の中で静かに泣いていた。
そうしたかった。そうしたかったと何度も思っていた。吐露したかった。そしてただ泣きたかった。
彼女はこの話を誰にも話さなかった。それは育ての親でもあるルミエール、そしてその他の七人の聖母にも。その理由は、ジーヴルの自己分析でもう導き出されている。
怖かったのだ。そして認めたくなかったのだ。自分が恩人と、そして友人を、そして両親を殺したことを。そしてそれを楽しんだと言う事実を。
これは、本来彼女の胸の中で燻り続ける感情であり、過去であった。ルミエール達も深くは追求しなかった。ジーヴルにとってそれは優しさではあったが、同時に残酷でもあった。
だが、何故だろうか。彼女は、カルロッタに全てを話した。全てを話し、そして屈辱的にもその胸の中で涙を流し、こう言った。
「……助けて」
これ以上、ジーヴルにとって屈辱的な日は無いだろう。そう、これは屈辱だ。今まで誰にも話さなかった自分の感情を吐露し、そして子供の様に泣き、そして甘える。
何と屈辱的だろうか。ジーヴルは、この屈辱に喜んでいた。
ようやく、ようやく彼女はそれを言えた。どれだけの年月だろうか。十三年、十三年である。彼女が生を受けて十八年、そして五歳の頃に、自分の目の前にある全てを凍らせた。
それからの十三年間。彼女は自分を隠し続けた。それは決して吐露してはいけない。それは誰にも言ってはいけない。
言えば、こうなることは分かっていた。彼女は自分を深く理解している。だからこそ知っている。自分は酷く弱いのだと。
十三年、自身の弱さと不甲斐なさ、そして罪と感情を吐露するのに掛かった年月である。同時に、誰よりも愛し、誰よりも尊ぶべき最愛の人を見付けた年月でもある。同時に、全てを受け入れてくれる人物を見付けた年月でもある。
「……ジーヴルさん」
カルロッタはジーヴルの涙を手で拭いながらそう呟いた。
「私は、私達は、どうすれば貴方を助けられますか。……また、私を導いて下さい」
「……仕方の無いカルロッタ。……もう、離して」
「嫌です。もう少しこうしておきます」
「……いや、結構恥ずかしいから、もう大丈夫だから」
「嫌です。今日はもうこのまま一緒に寝ます」
「本当に辞めて。フォリアに殺されるから」
「フォリアさんも説得します」
「……ほんっとうに、恥ずかしいから、辞めて」
「嫌です」
ジーヴルは深くため息を吐いた。
「……私は、言わば体、肉体だけの存在。そしてブルーヴィーに囚われている青薔薇の女王は魂の状態。その魂に自身の魔力で作った氷で体を作っているだけ。魂が壊れれば、私が死んで、私が壊れれば魂も死ぬ。そう言う繋がりが私と青薔薇の女王にはある。何方かが欠ければ何方も存在出来ない。私は、青薔薇の女王はそんな存在になっている」
「繋がりがあるってことはつまり……魂の方に肉体が引き寄せられてるってことですか?」
「ご明察の通り。あくまで本体は魂の方。私はあくまで魂の器。もし一つになれば……まあ、私は、ジーヴルは消える。……さあ、どうやって私を助けてくれるの?」
「……どうしましょうか?」
「ああ、カルロッタでも出来ない?」
「いや、一応何個か思い付いたんですけど……やっぱり皆さんの協力が必要そうです」
すると、ジーヴルの扉の向こう側がやけに騒がしくなり始めた。怒声、と言うよりは言い争いと言うか、そんな多くの大声が聞こえる。
その直後、その扉を殴る音が二発程聞こえたと思うと、一つの男性の手が扉を貫いた。そのまま腕を伸ばし、鍵の回しを掴んだ。
「冷たッ!? 何だこれ!?」
その声はエルナンドの声であった。
「何をやっておるのだエルナンド! 今はカルロッタとジーヴルの話だ!」
この声はシャーリーの声だった。
「うるせぇ!! あいつは俺の命の恩人だ! そんな奴が助けを求めてるんなら助けねぇと駄目だろうが!! えぇおい!! 何か文句あるかえぇおい!!」
「ふむ、そうだな。彼女の知能のお陰で助かった場面は何度もある。どけエルナンド。この扉を壊してみせよう! この"力の男"でな!!」
次に聞こえたのはマンフレートの声だった。
「ですから! ようやく自分のことを話したジーヴルさんのことも尊重して……!」
ニコレッタの声も聞こえた。
「ああもう! 何でこうなるんですの! 分かりましたわもう好きにして下さいまし! 怒られても知りませんわ!!」
「……どうします? もう僕の魔法で破壊しても良いですけど」
アレクサンドラやファルソの声も聞こえた。
「俺には関係無いが……まあ、青薔薇の女王の魔法に好奇心はあるな」
「ツンデレ」
「……何だと? なら逆に聞くが、何故お前はここにいる」
「別に? カルロッタの為だけど」
「お前こそじゃ無いか」
「今、ここで決着を付ける?」
「良いだろう。何方が上なのか決めたかった所だ。前から気に食わなかったんだ。まるでカルロッタと同格の様な扱いをされているのがな」
フロリアンやフォリアの声まで聞こえた。
「あーそこの二人! 喧嘩しない! 貴方達の喧嘩は色々大きくなり過ぎるから外でやりなさい!」
「エルナンドどいて! 僕の剣で扉を壊すから!」
ヴァレリアやシロークの声まで聞こえた。
「……ねえ、カルロッタ」
ジーヴルはすっかり涙が乾いてしまい、カルロッタの顔を見詰めた。
「……もしかして、気付いてた?」
「誰かが扉の前にいるなーとは、思ってましたけど」
「……わざとああ言ったわね?」
「あ、バレちゃった。えへへ……」
ジーヴルは、ついつい笑みを浮かべてしまった。三ヶ月、彼等彼女等と関わって、まだ三ヶ月だ。しかし、百年も生きていないジーヴルにとって、その三ヶ月とは半生にも近い程に濃密で、そして心に深く残っている。
「……何と言うか……心から英雄みたいな奴ばっかりね……」
「当たり前ですよ。皆さんジーヴルさんが大好きなんですから。私も、大好きですよ」
「……そう。……ありがと」
ジーヴルは、その扉を自分から蹴破った。一発では蹴破れない。五発くらいの蹴りで、ようやく突き破れた。
そこにいる友人達に、涙の枯れた顔を見せた。そして、笑みを浮かべた。
「まず一つ。馬鹿なんじゃないの?」
全員の視線はジーヴルに向いている。
「……まあ、そう言う馬鹿さに、ちょっとは救われた。ありがと。……そして、まあ、その、何と言うか……。……私を、助けてくれる?」
それに答える者はいなかった。冷酷なのでは無い。もう答えは決まっているのだ。それに返事をすると言うのも、野暮な話だ。
ジーヴルはまた笑った。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
遂にジーヴルもカルロッタ大好き民に……。いや、元々そう言う気はあったんですけど。
さあ、ようやく伏線回収の時間だ!
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




