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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
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日記27 決戦! ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「……毒、だな。成程、してやられたと言う訳か」


 占領している村の中にいる兵団の凡そ三分の一が倒れ、殆どは体調不良を訴えている。始めこそ伝染病では無いかと大騒ぎしていたが、どうやらそうでも無いらしい。


 右腕が義腕の男性は、樽の半分程満たされた水を掬って、眼鏡のレンズを通してじっと見詰めた。


「……僅かに魔力を帯びている。毒を持つ魔物の体液でも混ぜられているのか。それに若干の細工もある。解析を困難にさせているな。まあ、問題無い。阻害では無く毒素を隠しているだけだ。時間を掛ければ解析も出来る。懸念点としては――」


 彼は忌々しい黒い前髪を弄りながら、その水を一口飲んだ。彼にこの程度の毒は効かない。くらいが高い者達はまずこの水を飲んでいない。


「そろそろ決戦の時間。恐らく毒の効果が最大限に発揮される時間、最初の偵察は囮……と言うよりこれを隠す為の撹乱か?」


 彼の熟考は斜め上の方向へ進んでいったが、何も問題は無い。


 すると、巨大な黒い狼が二足で立ち上がっている様な亜人の男性が、その男性に話し掛けた。


「遂に来るのか」

「恐らくな」

「一番強い奴はどれだ」

「魔人がいる。恐らくそいつ、だと言いたい所だが……」

「……珍しいな。断定しないとは」


 人間の男性は笑っていた。


「五百年振りの感覚だ。星皇を前にしていた時と同じ胸騒ぎと安らぎを感じている。何なんだろうな、この、感覚は」

「……遂に狂ってしまったのか?」

「初めから狂っているさ」


 すると、この中心地にまで届く鐘の音が響いた。鐘を三回叩く音。一拍置いて、また三回。それを何度も繰り返す。


 その後に響く声は、彼の予想通りだった。


「敵襲! 敵襲ゥゥー!! 七時の方向、六十人以上!!」


 亜人はその鋭利な牙を見せながら、大きく笑ってみせた。人間は、彼は果たして人間なのだろうか。実際それはそんなに重要では無いのかも知れない。


 人間は、空を見上げた。朝日が昇り眩しく輝く空を見上げた。


「……ああ、美しい……!」


 彼は義腕と自らの体の境界線を手で抑えながら、眼帯の奥に走る激痛に身を震わせていた。


 彼の視線の先には、赤い長髪を風に擽らせ、真っ赤な瞳を輝かせる少女に似た魔法使いだった。白杖の先の真っ赤な宝石は差し込む日の光によって眩しく輝き、その威厳を確かな物としていた。


 その杖を一振りするだけで、朝日に照らされた空に満遍無く純粋な魔力の塊が浮かんだ。それが地面に向けて雨の様に降り注いだ。


 とは言っても雨粒の様に当たれば、致命傷は免れないだろう。一発で諸々の命を散らす威力の塊が何千と浮かぶだけで驚異的ではあるのだが、彼にとってはそこまでである。


 カルロッタはゆっくりと地面に降り立った。その姿は天から舞い降りる天使に酷似していた。しかし彼は、それと同時に五百年前の記憶にある人物との影を重ねていた。


「お前……あいつの娘か……!!」

「……? あいつ?」

「何だお前。自分の親も知らないのか」

「ええ、知りません。多分死にました」

「……あー……。……申し訳無い」

「気にしてませんよ。それに、どうせここで殺すんですから何も変わりませんよ」


 カルロッタの表情はすぐに消え去った。先程まで浮かべていた笑みは消え去り、そして一切の動きを見せずに防御する暇も与えずに超高速の魔力の塊を放った。


 魔力の塊は超高速で真っ直ぐ放たれたが、男性に直撃する直前に、軌道がぐねりと変わって上へ走り空で弾けた。


 カルロッタの表情は僅かに笑みが戻っていた。彼女の瞳は隠し切れない魔法の探究心が輝いており、未だに幼い美しさが残っている。


「やはりあいつ似ている。死んだだと? 他人の空似にしては似過ぎだ。もしくは……理由があって捨てられたか? いや、あいつがそんなことをするとは思えないな」

「何なんですかさっきから。そんなに気になりますか?」

「お前は気にならないのか?」

「気にはなりますけど、まあそんなに必死になって探したいことでもありませんし」

「そうか。珍しいな。名前は?」

「カルロッタ・サヴァイアントです」

「"()()()()()()"、まあ、逃げ帰った後にソーマにでも言えば良い。ヴァレリウスに負けましたってな」

「じゃあそう言わせられる様に頑張って下さいね!」


 ヴァレリウスは隣にいた亜人に目配せすると、その亜人はすぐに走り去った。カルロッタは追い掛けることはせずに、ヴァレリウスをじっと見詰めていた。


 カルロッタの役目はたった一つ。最大限警戒するべき頭領を抑えること。指揮系統の著しく崩壊させながら、この場で最大限警戒する彼を倒せば万々歳だ。


 しかし彼女はお師匠様との契約魔法を解除しない。出来ないのだ。彼女の目には、命が脅かされる程の強さを彼から感じないのだ。


 それは理論的に導き出した答えであり、それは経験的に理解出来た直感でもある。


 ヴァレリウスは義腕をカルロッタに向け、カルロッタは杖をヴァレリウスに向けた。二人の戦いは始まったのだ――。


 ――ヴァレリアはバイクに跨り、歯車を魔石に籠もった魔力で回しながら木で作られた簡易的な門に突撃していた。


 それの速度は馬の走りと同等で、その突撃は破城槌と同等の威力を発揮した。


 突入と同時に、ゴーグルの奥の彼女の瞳は動揺している人間に向けられていた。


 彼女の左腕には、銅色に鈍く輝く金属で作られた鎧を装着していた。しかし鎧にしては異質な形で、手から腕を流れて肩の辺りで上に向けて口を開けている鉄の管が三本あり、そこから蒸気を止め処無く噴き出していた。


 鎧にしては金属が薄く、若干の魔力を帯びている。


 ヴァレリアは大きなバッグを背負っており、そこから鎖に似た彼女の発明品を取り出した。そのままバイクを乗り捨てて、着地と同時にその鎖を振り回した。


 鎖の先に偶然にも当たった人間に勢い良く巻き付き、ヴァレリアの手から離れても、その鎖に似た発明品は一人の人間の拘束に勤しんだ。


 ヴァレリアの作戦は上手くいっている。司令官に近い立場の者達以外の雑兵は、その解毒も困難な毒物の所為で戦える者も少ない。戦える者がいたとしても、それは毒物によって苦しめられている者達の避難に手を回してしまって戦力が低下する。


 戦場の基本は「より多くを殺す」では無い。「より多くを戦闘不能にする」である。


 これは決して同じでは無い。しかし「より多くを戦闘不能にする」為に、「より多くを殺す」は成立する。


 戦える数を大きく削る。殺さずとも良いのだ。死体になればその場に放置されるだけだが、生きていれば情を持っている仲間はそれを安全な場所まで運ぶ。たったこれだけで二人を戦闘不能に出来るのだ。


 つまり今は絶好の機会。この少人数で数百を相手取る絶好の機会。


「まず一人。もう逃げてやろうかしら」


 カルロッタが奇襲を仕掛けた以上、多分頭の顔は見ている。ひょっとしたら名前まで聞いた可能性もある。ならもう撤退で良いでしょ? こいつこのまま連れて。


 残念ながら私のその懇願は誰も聞いてくれないらしい。フォリアが作り出したであろう紫色の炎で作られたドラゴンが空に羽撃いていた。


「わーお……ドラゴンにはトラウマがあるのよ……」


 私は別に魔法使いじゃ無い。だが私の発明品は魔法を多用している。故に少しだけなら理解出来るが、これは、ちょっと規格外の魔法だと言うことは分かる。


 カルロッタよりは一般的かしら? ……比較対象がカルロッタなのは十分おかしいかしら?


 すると、私に向けて鉄の矢が放たれた。すぐに気付けて良かった。足を思い切り開いてそのまま上体を地面に倒すと、その矢は私の上をすんと走った。


 おー怖! あー怖! 刺さったら死ぬ!


 一応大体の武器はこのバッグに入れて来たけど! さあどうしよう!


 立ち上がると同時に、私の背後から魔力の塊が何十発も放たれた。まるでカルロッタの様な戦法だが、つい先程カルロッタは作戦通りに中心地に向かってひとっ飛びしたはずだ。


 つまり、これは、ファルソの魔法だろう。


 それだけなら信じられる。信じられない光景になったのは次の瞬間だ。


 ファルソが前に出てその自分の身長よりも長い杖を振って魔法を放っている。それは何ら疑問は抱かない。魔法使いとして当たり前の方法だ。信じられないのは、ファルソが複数人いる。


 数えられるだけで五十は超える。恐らく六十何人。顔も体型も服装も全員同じ。


 事前に魔法を教えなかったからどんな凄い魔法かと思えば、何だか不気味に思ってしまう程に恐ろしい魔法だ。


 シロークが見たら怖がりそうね。


 数人のファルソが前方にようやく集まって来た解放兵団に向けて魔法を放った。何せ同時に中々に強力な魔法が降り注いだのだ。指揮がまだきちんと届いていない状態だとすぐに瓦解し、逃げ惑うだろう。


 そのファルソの増え続ける大軍に紛れてシロークとフォリアとフロリアンも行進を始めた。


 解放兵団はもう大混乱だ。中心地の空に白い光が降り注いだが、まあ多分カルロッタの魔法だろう。


 ここで解放兵団を一掃するのも良いのだが、それが出来る程戦力が足りていない。つまり撤退を選んで貰う。撤退するなら私達ももう何もしないで済む。


 シロークはそこら辺の兵を倒して奪った剣を握って、前線を一人で無双していた。昨日はやられたらしいが、今日は混乱の影響もあって楽々倒せる様だ。


 だが、その快進撃もすぐに終わる。彼女の快進撃を止めたのは、黒い甲冑に身を包んだ亜人の男性だった。薙ぎ払った直剣が直撃したが、それを両手の剣で受け止めていた。


「人間……! 生きていたか……!」

「どうにも僕はしぶといらしくてね!」


 そのまま二人は互いに剣をぶつけ合って徐々に私達から離れていった。


 手助けに行こうして走り出したフォリアとフロリアンは、統率が戻って来た兵団によって足止めをされていた。


 そしてファルソの大軍は白刃の様な風に吹かれて動きを止めた。大軍の中の一人に向けて、飛んで来た吸血鬼が襲い掛かり、これもまた足止めされた。


 そして私の前には、少々厄介そうな敵が一人。わざわざ周りにいた人達を退かして、私の前に立ち塞がった。黒い毛並みの犬か、狼の亜人。


 真っ赤な金属で作られた長槍を片手で軽々と回しながら、私を睨んでいた。


 こんな田舎者狙っても意味が無いわよ! もっと強そうな人達そこら辺にいっぱいいるでしょ!


 一応組み立てておいた色々な発明品は背負ってるバッグに入れてるけど……取り出せる暇なんてあるはずも無いし……。


 その黒い毛並みの亜人は私をぎろりと睨んだ。


 あーもう見るだけで分かる! めっちゃ強い人! だぁーって私の肌がちくちくするし! 何で私がこんな強そうな人と戦わなくちゃいけないのよ!


「……どうした」

「……何が?」


 さーてどうやって逃げよっかな……。まあカルロッタもシロークもフォリアも強いから逃げられるでしょ。


「……準備の時間は待ってやる。さっさとしろ」


 亜人はそう言った。若干苛立っている様だが、不思議と敵意は感じない。


「……本当に?」

「人間と言うのは実に脆い。だからこそ魔法と言う卑怯な手を使い亜人を従えさせたのでは無いのか? 準備もしなければまともにやり合え無いだろう?」


 ……なーんか癪に障る言い方ね。いや、まあ、一部事実なんだけど。


 私は背負っているバッグを降ろして、事前に組み立てておいた発明品を左手で持ち上げた。


「ちょっと言いたいことがあるんだけど」

「何だ。それは今後の殺し合いに必要な物か?」

「さあ? それは分からないわ。……人間を下に見るのは結構。まあ色々酷いことをされて来たのは容易に想像が付くわ。……けどわざわざ人間に従ってる人が言う言葉とは思えないわね」

「……ああ、成程。知っているのか。なら隠さなくても良いか。侮辱と捉えたのなら済まなかったな」

「別に良いわそれくらい。結局殺し合うんだし」

「……人間の魔法は素晴らしい。我々亜人では出来ない芸当だ。敬意も持っている。だからこそだ」


 彼は非常に落ち着いている様に見える。しかしその高揚を隠し切れていない。犬か狼の耳がぴくぴくと動いている。


「我々亜人の力だけでそれを捻じ伏せる。それを至高としている。これが我の本音だ。その為の準備だ。分かるか? もう終わったか?」

「ええ、勿論。どーせ分かり合えないし話し合いなんてする必要は無いでしょ?」

「ああ、その通りだ」

「最後に一つだけ。貴方は何者?」


 亜人は槍を一度だけ力強く槍をぶんと回すと、穂先を地面に突き刺した。


「亜人奴隷解放私兵団総司令官、解放兵団の二つ目の頭である。名は"()()()()()"。姓は無い。お前は何者だ?」


 ヴァレリアは持ち手がある奇妙な形の円盤を左手だけで持ち上げ、円盤の間にある糸で繋がった木の板を思い切り引いた。


 辺縁に鋸の様な刃を配している円盤を複数に重ねており、円盤と円盤の間には持ち手と一緒に気筒が三つ伸びていた。


 その複数の円盤が仰々しい音を立てながら高速で回転を始めた。それは皮を削り取り肉を削ぎ落とす回転鋸であり、彼女はそれを軽々と振り回した。


 持ち手の中腹を肩の上に乗せ、鼻を鳴らしながら彼女は自慢気に名乗った。


「発明家、そして冒険者ギルド魔法使い研修生特別指導役。名はヴァレリア。姓はガスパロット。とある魔法使いの第一の仲間よ!」


 二人は互いに笑いあった。理由は互いに分からないのだろう。それで良いのだとさえ思っていた。


 所詮殺し合う仲。ならば挨拶はこれで十分だろう。


 二人は互いに一歩を踏み締めた――。


「――多勢に無勢とは、正にこのことだね。まあ何とかなったんだけど」


 シロークの足下には、数十人の兵団の死体が転がっていた。シロークの亜人と同等の身体能力の蹂躙によって哀れにも惨殺されてしまったのだ。


「それで、君は何時までそこで黙って座ってる気だい? 部下は大体倒されただろう?」


 僕の視線の先には、背が高く筋肉質な亜人の男性が座っていた。黒い甲冑に身を包み、冷たい視線で僕を睨んでいた。


「仲間が集まって来ればすぐに離れて様子を眺めるなんて。まあ卑怯とは言わないけどさ。もう少し上手く出来ただろう?」

「出来れば戦いたくないんだ。人間相手でもな。血を見るなんて、本来忌避すべき物だ。可哀想じゃ無いか。俺にだって同情する心があるんだ。……だがなぁ……お前が殺したのは、俺の、仲間だったんだ。一緒に鎖を噛み千切ろうって誓いあった兄弟だったんだ。それを、お前が、貴様が、クソッタレの人間が――」

「ベラッベラと思っても無いことを喋って気持ち良さそうだね」


 彼の言葉には真実が無い。いや、出来れば戦いたくないって所は本当か。


「自分が加害者になりたくないだけだろう? まあ、僕が被害者って言いたい訳じゃ無いけどさ。けれど君は被害者にはなれないよ」

「先に亜人を差別したのは貴様等だろうが……!」

「僕はしたことが無いし、君も差別されたことが無いんだろう?」

「……何から何まで知った口で話しやがって……!! 俺はそうだ、だが今も迫害されている彼等を侮辱するつもりか……!?」

「……本当に疑問なんだが、何で君のことを聞いているのに君じゃ無い亜人達の話になるんだい?」


 彼は重い腰を上げて、背負っている刃毀れだらけの大剣を抜いた。ようやくやる気が出て来たみたいだ。


「俺は、俺は亜人の同胞の為に人間を殺さなければならない! これは同胞の無念を果たす為の復讐であるのだ!」


 ああ、駄目だ。こいつはもう救われない。哀れにも思うし、同情もする。けどやっぱりこいつは殺さないと。


 もう、彼はきっと戻れない。戻ろうともしていない。


 彼はその大剣を両手でしっかりと握り、肩に担ぐ様な構えを取った。あの大剣にしては珍しい構えだ。


 左足をずんと踏み出したと思えば、得も言えぬ熱風が吹き荒れた。殺意と憎悪が流れ行く風となって、僕の肌を灼こうとする。


 その後は一瞬だった。腰の捻りによって勢いが増した刃が真上にやって来た。振り下ろされた鉄の塊は、そこら辺で拾った僕の剣によって阻まれた。


 だけど彼は亜人。身体能力は普通の人間族を遥かに超える。真っ向から力負けしてしまって、徐々に僕の脚が崩れて行く。


 このままでは押し負けてしまう。


 剣は色んな人から教わった。お父さんからは騎士の心得と剣の術を。ルミエールさんからは剣の在り方と剣の技を。他にも色んな人から。だから良く分かる。こうすれば、どうすれば良いか。自然と体が動くんだ。


 剣の先を流す様に前へ一気に進み、そのまま彼の首から胸に思い切り斬り伏せれば良い!


 僕は走り出した。剣は甲高い悲鳴を上げながらもその大剣の刃を滑りながら、見事に彼の首から一気に斬撃を振り下ろすことが出来た。


 だけどそれは、黒い甲冑に僅かな傷が付くだけに終わった。


「甘い! 甘い甘い甘い!」


 一瞬で繰り出された蹴りによって僕の体は吹き飛ばされた。まるで風に飛ばされた巨木が打つかった様な重い衝撃が、僕の体を走った。


 油断した……! ああもう! 昨日の失態から何も学んでなかった! 分かってたはずだ! 油断すれば一瞬で死ぬんだって!


「全てがぬるい! 人間は力が弱いと聞くが、これはそんな簡単な理由では無い! 油断! 怠慢! 怠惰! 分かっているはずだ! 甲冑を叩き切ることが、人間のお前に出来ると思っていたのか!? ならば傲慢! 不遜!」


 彼はまだ立ち直れていない僕との距離を一瞬で詰めて、その剣を水平に振り払った。咄嗟に腕がそれを止めようと動いた。


 本当に、あんなに刃毀れをしていて良かった。切れ味があれば、僕の腕は切断されてただろう。


 衝撃は全て腕に来た。あれは剣の形をした鈍器だ。そのまま繰り出される素早い連撃も、それが切れないからまだ生きられる。


 けど今すぐにでも意識が飛んでしまいそうだ。


「無様だなぁ!! 昨日もこれと同じだったなぁ!! 一人でやって来て結局自爆だったなぁ!! 今回もそうするか!? あぁ!?」

「うるっさいなァ!!」


 ようやくだ。ようやくやって来た一瞬の隙。油断に油断を重ねて僕を見下したその瞬間! この状況を抜け出す為には、このたった一瞬の隙だけだ!


 闘志を漲らせたその瞬間、僕の頭部に強い衝撃が訪れた。


 彼の剣じゃ無い。彼の剣はまだ僕の頭上にある。この衝撃は左からだ。視線を動かすと、理由はすぐに分かった。


 人間だ。杖を振る人間がそこにいた。一人じゃ無い。続々と集まって来る。


「お前達! 魔法を放ち続けろ!」


 その命令と共に、複数の魔法が高速で僕に向けられた。一発は剣を持っている右手に直撃した。炎、と言うか爆発の魔法だ。


 焼け付く痛みも酷いけど、肌が破裂して血が湧き出すのも苦痛だ。


 誰かの為に傷付くこと。それは美徳だ。けどそれは僕を心配する人を傷付けることになる。


 僕の鎧の上から迸る衝撃によって、僕の体は倒れてしまった。


 容赦無く魔法は放たれ続ける。あークッソ。また、またカルロッタに泣かれる。


 焼ける痛みはじわじわと僕の体を蝕む。皮膚が裂ける感触が気色悪い。肉を抉る威力が僕の体に轟く。全てが不快で、全てが、苦しい。


 けど何故だろう。何故だろう。心の中に、湧き上がる物がある。歓喜? いいや、違う。ああ、そうだ。


 闘争心だ。


 放たれた魔法の爆撃は止むこと無く数分間は続いた。爆炎と黒煙の所為で、もう姿は確認出来ないが、きっとぐちゃぐちゃの肉塊になっていることは容易に想像が付く。


 亜人の彼は後からやって来た部下の魔法使い達に全てを任せ、倒壊した建物の木材を椅子代わりにして座り込んだ。


 余裕からか、彼は欠伸をしていた。やがて魔法の砲撃を辞める様に大きく声を張り上げ命令すると、勝利の確信からか笑みを浮かべながらその黒煙が晴れるのを見守っていた。


 シロークは、倒れていた。肉塊にならずに原型を保ち、倒れていた。それに驚愕したが、一切動かない。原型は保っているが死んでいるのだろうと思い、彼は大きく高笑いをした。


 しかしその高笑いもすぐに止むことになる。シロークは口から血を吐き出したのだ。痛々しい咳を繰り返しながら、肺に溜まった血液を吐き出している。


 まだ呼吸を続けているのだ。彼は二度目の驚愕を受けた。ならばせめてとどめを刺そうと、大剣を抱えて立ち上がった。


 それとほぼ同時に、シロークは飛び上がった。


「あー……もう終わったかい?」


 シロークは笑っていた。焼けた顔で亜人の彼を嘲笑っていた。周囲にいる魔法使いを嘲笑っていた。


「何故……! 何故生きている貴様!!」

「僕の体は頑丈なんだ」

「理由になってないぞ貴様!!」

「じゃあこう言えば分かるかい? お前等は僕を殺せる程の力が無かったってね!!」

「魔法使い! もう一度撃て!」


 その命令が伝わると同時に、複数人が杖を振った。爆破の魔法の弾丸がシロークに向かって来たが、彼女は自然と左腕を動かしていた。


 魔法が振り払った腕に当たると、それは爆破するのでは無く弾かれた。亜人の彼の体を僅かに掠れ、その背後の倒壊した建造物に直撃し、熱と音と共に爆発した。


 一発、二発、シロークに向けられた魔法は全て弾かれた。三発、四発、彼女は爆炎の中を平気で歩いている。五発、六発、彼女は魔法を弾きながら落ちている剣を悠々と拾い上げた。


 七、八、九、十、十一、十二、十三、十四、十五、十六、十七、十八、十九、二十、二十一、二十二、二十三、二十四、二十五。


「……何だ、それは……!?」


 シロークの碧い左目は、銀色に輝いていた。そしてその金色の髪には白い髪が一束だけあった。


「ははッ……!! ハハハハハハハハハハッ!! ああ、最高だよ! 気分が良いんだ! 目が、耳が、鼻が、肌が、何時もより、ずっとずっとずっと、広くなってるんだ!」


 シロークは眼球が飛び出す程に瞼を大きく開いて狂った様に笑い続けた。


「もう何も怖く無い! もう、何も、僕は、ハッハハハハッハハッアッハハハハッハハ!!」


 シロークは手首に巻いている黒い糸を歯で噛み千切った。


「ああ、軽い! 体が絹の様に軽い! 僕の体は、こんなにも、風に吹かれて飛んでいってしまう綿毛の様に軽かったんだね!!」


 亜人の彼が一瞬目を離した瞬間、シロークの姿はそこから消えていた。見れば、魔法使いの一人の首を切り落とし、近くにいたもう一人の魔法使いに投げ付けていた。


 そのまま目にも止まらぬ速さで、周りにいた魔法使いを惨殺したのだ。


 彼女は腰を曲げ、腕をだらんと垂らしながら、亜人の彼の前に立っていた。


「そこで、僕の仲間が戦ってる。相当多いみたいだ」

「な、何なんだ貴様は……!!」

「そこで、僕の仲間が戦ってる。相当厄介らしい」

「貴様は何なんだ! 貴様は人間か!? それとも魔人か?! それとも、何なんだ! 答えろ! 答えろ!! 答えろ!!!」

「そこで、僕の仲間が戦ってる。相当強いらしい」


 シロークは背筋を正し、剣を構えた。真っ直ぐ天に向けられたその構えは、芸術品として永劫に評価される程に美しかった。


 風に吹かれてなびく髪と、その輝く瞳は、何処までも、ここにある何よりも、美しかった。


「向こうで、最愛の人が戦ってる。僕も頑張らないと」


 亜人の彼は力強く大剣を振り下ろした。先程と全く同じ、シロークの剣によってその刃は阻まれたが、結局彼の方が身体能力が高いのだ。このまま押し潰せば、勝利は確定だった。


 だが、そうはならない。先程とは違って一切動かない。


「油断、怠慢、怠惰、だったっけ」

「あっ……あぁぁ……!! 違う! 何かが違う! 何なんだこれは!! 答えろ!!」


 右から襲い掛かる斬撃、振り上げられた蹴り、巨大な剣によって繰り出される強烈な突き。その攻撃は全て、全て全て、無意味に成り下がる。


 何ともまあ、醜悪な戦いだった。戦いと言う高尚な単語を使うことも憚られる程に、醜悪で見栄えの無い遊戯だった。


 無論これは互いに互いの体を削り合う血と肉の殺し合いなのだ。しかし殺し合いでは無くなってしまった。シロークが行う、遊戯に近かった。


 彼が戰いたその瞬間、瞳に映らないシロークの剣が彼の手首を切断した。


 シロークが持っている剣は業物では無い。そこら辺に落ちていた、それこそ下っ端が使う程度の粗悪品で、手入れも禄にしていない劣悪な物だ。何とか刃毀れはしていないが、切れ味は皆無に等しい。


 そのはず、そのはずだ。


 直後に、シロークは一歩踏み出した。腰を捻り、その力を肩、そして腕、そして肘、そして手首と、伝える様に、そして自然に流す。一閃の振れも無い斬撃は、彼の鎧に包まれた脇腹から腹部に向けて切り込まれた。


 鎧と言うのは、本来身を守る為の物だ。故に壊れぬ様に作り上げ、しかも彼は解放兵団の十五ある隊の隊長である。そこまでの立ち位置の者が、粗悪な鎧を着込む訳も無いのだ。


 並大抵の斬撃なら、あの時の様に弾き返す。


 しかし今はどうだ。劣悪な剣によってその上等なプレートアーマーは、砕かれ、そしてその奥にある肉体に傷を付けたのだ。


 本来長剣は鎧を着ている相手にはその上から力任せに殴る、もしくは鎧の隙間を突く戦法が主流なのだが、彼女はそれを上から切り裂いているのだ。


 亜人の彼は、その傷を信じられなかった。所詮人間、それの攻撃は結局の所児戯に等しいと思い上がっていたのだ。


 もう何度目かの驚愕かも分からないが、彼は驚愕していた。そしてその傷を手で抑えながら、情けなく涙を流しながら、彼は背を向け逃げ出した。


 彼女は人間では無い。あれは人間では無い。魔人でも、亜人でも、悪魔でも天使でも無い。もっともっと、知ってはいけない何かだと。そう思い込んで、彼は逃げたのだ。


 シロークはその剣を抱えた。すると、その劣悪な刃に白銀の輝きが集い始めた。暖かく、聖浄な輝きは、母の愛の様に周辺を包み込んだ。


 静寂が訪れた。何の音もしない。風も、鳴き声も、戦いの咆哮も悲鳴も爆発音も、周囲から音が消え去った。


 唐突にキィィンと甲高い音が響いた。彼女の剣は振り下ろされていた。


 放たれた一閃は、聖清なる斬撃となり、その輝きは地を走り敵を切り裂く斬撃となった。


 背を向け逃げた彼の体を斬り付けると、その体を二つに別け、汎ゆる物を光に包み込んだ。


 シロークの瞳と髪が元に戻った頃。彼女は剣先を地面に刺し、杖の様に使って立っていた。


「……あー……死ぬかと思った……」


 すると、音も無くその剣に亀裂が走った。硝子が割れる様な音が聞こえると、その剣は砕け散り、鉄の灰となって風に吹かれてしまった。


「……何だったんだろあれ」


 彼女は頭を捻っていた。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


魔法とは魔力を使う。ならばそれは魔法では無いのだろう。


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