日記26 戦闘前夜! ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「うーん、成程成程。あーこれはこれは、ギルドの連中か」
眼鏡を光らせる眼帯の男性は、鉄の義腕を外しながらそう呟いていた。
「一、二、三……六人? 少ないな……それにこっちには一切情報が入っていない……秘密裏に動く暗部部隊……にしてはバレバレだ。不気味だ」
その男性は義腕の歯車に油を差しながら綺麗に磨いていた。
「うーん、うーん、難しい。何故動かない? いや、恐らく索敵の為に忍び込んだ奴が一人いるが……。魔力量に関しては馬鹿げた奴がいる。必死に隠してるが、人間か? 魔人ではあるが……何処かで感じたことがある魔力だ。ああ、恨めしい」
男性は眼鏡を布巾で拭くと、傍に置いてあった酒瓶を傾けた。だが昨晩一気飲みしてもう空になっている。落胆のため息を吐くと、男性は空の酒瓶を床に投げ付けた。
「うーん、うーん、分からない。何故動かない? 仲間を待っているのか? だがそこまで大規模な数は動かせないはずだ。ソーマ一人が来れば壊滅は出来るだろうが、私はすぐに逃げて来た。ソーマはもうやって来ないだろう。来るとすれば大規模に作戦を立てると思っていたが……六人の少数か。……そう言えば、今年の合格者はパウス諸島の魔物を倒したと聞く。まさか今年の合格者か? この六人が中でも腕利きだとすれば……いや、だとしても研修生だぞ?」
彼は椅子にもたれ掛かって葉巻を口に咥えた。
「……あ、切って無かった。えーとカッターカッター……。まあ良いか。えーと、何処まで考えたか。ああ、研修生だ。……私を殺すことが目的では無い? 成程、そう言うことか。良いだろう、ソーマ。貴様にも恨みがある。貴様が送り込んで来た者共を、無惨な死体としてギルドに送り返してやる……!!」
男性は失くなった腕の包帯に隠れた断面を撫でながら、にやりと笑っていた――。
――シロークは隠れて移動することを強要されていた。
今にでも逃げ出してカルロッタ達と合流したいが、彼女の油断がすぐに逃げられない程に中心地に近い場所に足を運んでしまったのだ。
始めは疑惑だった。何やら中心地が騒がしく、妙な胸騒ぎがした。そして彼女の傲慢な油断は足を動かしそれを見ようとした。
だが近付いたその次には、ギルドからの刺客だと悟られていた。多勢に無勢、彼女は腹に一突きだけ傷を負った。
左手で傷跡を圧迫し、右手に握った剣を離さないようにしっかりと握り、誰かが近付けば何とか離れる。それを繰り返していた。
「……はぁぁー……クッソ、あの槍術……! 亜人が武器を使うとどれだけ脅威か……知ってたけど対処出来ない……!」
亜人の中には嗅覚が鋭い人もいる。このままだと何時かバレる。これまで見付かって死んでないことが運が良かっただけだ。
……さて、どうしようか。理由は分からないがバレていた、そしてギルドであることも知っていた。何時からだ? 何処かから情報がバレていた、そう言う訳じゃ無い。それなら最初から見付かるはず。
外側だったから? それとも、誰かが僕達に気付いた?
……ああ、駄目だ。頭が上手く回らない。
息、息も正しく出来ない。いや、大丈夫、大丈夫だ。出血も止まって来た。筋肉を絞れば、傷は痛むけど血は止まる。
……ああ嫌だ。
クソ、クソ、これの所為だ。これさえ無ければ、この紐さえ無ければ、ソーマさんに付けられたこれさえ無ければ、簡単に……!
幾ら引き千切ろうとしても、その魔法は一切僕から離れようとしない。手首と足首だけを縛っているはずなのに、まるで体中を鎖で縛られたみたいに動き難くなる。
それに馬鹿みたいに重たいんだ。気を抜けば手首と足首が引っ付きそうになるし、これが無ければあれくらい倒せたじゃ無いか!
……何で、何でここにいるんだっけ。
突然狼の様な遠吠えが聞こえた。遠吠えとは言ったが、相当近い場所で聞こえた。恐らく見付かった。声からして狼の亜人かな。
……立てるかシローク、立たないと死ぬぞ。ああでも疲れたや。
「……騎士だったら、立たないと」
立ち上がれば、腹部の傷は再度開いた。止まりかけた血もどくどくと流れ始める。流れる血と一緒に意識まで外へ流れて行っているみたいだ。
少し遠くに、物陰から立ち上がった僕を見る亜人の姿。手には僕の腹部を刺した長槍を持っていた。
勿論彼はすぐに襲って来る。その卓越して鍛え上げられた身体能力は僕の頭部を狙った突きに昇華された。
意識の糸を手放さず、何とか体が右に動いた。槍の刃は左の眼球を掠ってしまったが、まだ右目が残っている。まだ戦える。
亜人は僅かに、ほんの一瞬その槍を引くと、思い切り突き出した。それは僕の左肩に突き刺さり、恐らく骨も砕いて貫通した。
亜人は勝利を確信していた。
僕の自然に動いた剣を握った右手は、亜人の槍を持つ手の首に切り込んだ。何時もより、そして驚く程に、その刃はすんなりと入り込んだ。
骨も切断し、彼の手首を切断すると、それは熟した実の様に地面に落ちた。間髪入れずに彼の腹部に足蹴りを入れ、怯んだ所に左手の握り拳を突き出す。
頭部が砕ける音が聞こえたが、死にかけだ。容赦は出来ない。
力無く倒れた彼の首に持っていた剣を突き刺して、僕は半分しか無い視界で何とか周囲を見渡した。
恐らく、先程の亜人は悲鳴を発していたのだろう。もう耳があまり聞こえない。辛うじて聞こえた体の中に響く音も、今や掠れたノイズにしか聞こえない。
さあ、集まって来た。亜人に人間に魔人、魔法使いも含まれているだろう。ああ、最悪だ。
左肩を貫いている長槍を左手で抜き取り、全力でやって来た杖を持っている人間に投げ付けた。それは腹部を貫き、その背後にいた魔人の右腕に突き刺さった。
高く跳躍した亜人が一人、二人いる。一人は正面から拳を叩き込んで何とかなった。もう一人だ、もう一人が駄目だった。
落下の威力も加えられた強力な打撃は僕の頭頂部に直撃した。頭の中、それこそ脳みそが揺れる。ただでさえ掠れた視界が、色までおかしくなってしまった。
剣を横に薙ぎ払い亜人の脇腹に刃が食い込んだが、その際にもう一発亜人の両拳が僕の頭頂部に直撃した。
もう知るか、全力で暴れてやる。使える物は、全部全部使ってやる。
その亜人の体を力の限り押し倒し、倒れた体に馬乗りになって心臓に剣を何度も突き刺した。さあ、まだいる。どんどん集まる。
僕の右方から放たれた火の魔法の弾、それは剣で薙ぎ払えば切れて僕の横を通り過ぎた。だが、あまりにも数が多い。恐らく数人で一斉に魔法を放っている。
全てを捌き切れない。体の節々が痛む。
意識も、朦朧だ。
背後から襲い掛かって来た亜人が持っていたのは、鉄で出来た大槌だった。それを軽々と振り回していた。
剣の刃で受け止めても、衝撃は直に伝わる。地面から足を離せば、一瞬で吹き飛ばされる。だが、剣に罅が走り、やがて高い音を響かせて、魔断の剣は砕け散った。
ここぞとばかりに土の魔法が僕の体に直撃した。土と言うより岩に近い。押し潰されそうになっても、持ち上げ、そして投げ返すだけの力はまだあった。
どれだけ巻き込まれたか、それを確認する暇は無い。背後を、多分刺された。人間の女性が僕の背中にナイフを突き立てていた。
微笑んだかと思うと、見事な手捌きで刃を振り下ろし、そして左の太腿から膝裏を執拗に何度も突き刺した。
倒れかかっている僕に、最後の頼み綱でもある右目に、火の魔法の弾が直撃した。その周囲に傷に酸をかけられた様な痛みが突き刺さる。
もう何も見えない。何も、視界が真っ黒だ。見えない、見えない所から殴られている。口の中に鉄の味がする。ああ、嫌だ、怖い。
怖いよ、カルロッタ。
……何時倒れたんだろう。血が、止まらない。
多分噛み付かれてる。吸血鬼族の人にでも血を啜られてるのかな。……ああ、意識だけがはっきりと残っている。直前よりも何倍もの意識だけが続いている。もう手放した方が楽になれるかな。
一人で来るんじゃ無かった。せめて静止してくれる、もう一人か、二人か。
強いと思ったんだ。他人を圧倒出来るくらいには。いや、一対一なら僕が勝ってた。だけど無理だった。ああ、そうだ。
何も理解してなかった。僕が僕を理解出来ていなかった。
妙に音だけがはっきりと聞こえる。さっきまで聞こえなかったのに。
「……死んだか?」
「まだ。だから食わせろ」
「……まあ良いが。ならせめて頭でも潰してからだ」
一歩歩いて、僕の頭の方に持っている鈍器を上げている。……何で分かるんだ?
女性だ。筋骨隆々の女性だ。人間の、鎧を胸に付けている。
……何かおかしい。何だろう、これ。
「悪いな。まあ、お互い様だろ?」
そう言って彼女は僕の頭部目掛けて振り被った。
ああ、何故だろう。僕に噛み付いて血を啜っている吸血鬼の頭を両手で掴み上げ、その振り被った鈍器を防ぐ盾として活用した。恐らく直撃、吸血鬼の左目辺りを潰した。
「起きたっ……!?」
誰の声だ? ああ、後ろにいる亜人か。
おかしいな、まだ立てる。おかしいな、見えないのに周囲が分かる。
息を荒げた亜人が背後から大剣を僕の頭部に振り下ろされた。
自分でも驚いている。それは後ろから振り下ろされたはずなのに、風切り音でその大振りの剣の大体の形を感じる、いや、見える。
その手首を掴み、捻り、そして亜人が落とした大剣をもう片手で拾い上げた。
「……うん、少し重いけど良いかな」
そこに倒れているんだろう? 悶えている亜人がいる。それに、大剣を振り下ろした。ああ、肉が潰れる感触に音が聞こえる。当たっている様だ。
彼等は襲い掛かって来た。放たれた魔法は大剣の影に隠れて防ぎ、やって来た大勢の敵に薙ぎ払った大剣は強烈な一撃になった様で、一振りで三人は倒せている。切れ味はそこまでだが、故に鈍重な鈍器に近い扱い方だ。
だが、その大剣もすぐに砕ける。鬼族の男性だ。その男性の拳が直撃すると、大剣は砕け散った。
その男性はすぐに僕の頭を握り締め、思い切り頭突きをした。角が横向きに生えているお陰で突き刺さらなかったけど、充分に痛い。
彼のその長い髪を右手で掴み、左手で側頭部を掴み上げ勢い良く地面に叩き付けた。恐らく悲鳴を発している。……おかしいな。悲鳴だけが聞こえない。
ああ、数が、数が多い。
幾ら、どう言う訳か見えていても、体が疲弊して傷付いている。さっきまでは混乱の隙に乗じて暴れていたが、徐々に統率の取れた行動をして来ている。
遠くから矢や魔法を撃たれ、それを撃っている人を倒しに行こうとしても一層傷を負う。特に、僕はもう左足を引き摺って走っているに近いんだ。
矢と魔法を幾ら避けても、何れ限界が訪れる。左足から体が崩れ、右足の膝に矢が突き刺さった。どうやら魔法陣が刻まれていた様で、小さいながらも爆発音が響いた。
不味い、本当に、ああ、不味い。右足の膝の先からの感覚が無い。失った訳では無さそうだ。だがもう動かない。
「……これだけは、嫌だったのに、ははっ……! 約束、守れるかなぁ」
シロークはこんな極限状態にも関わらず、笑みを浮かべていた。
懐から掌程度の大きさの球体を取り出した。そこからは僅かに魔力を感じ、ヴァレリアの独特な機構が見えた。
「"起動"」
シロークは笑顔でそう呟いた。直後にその球体から膨張した熱と衝撃と濃い黒煙が辺り一帯に一瞬で広がった。
赤と黄色の焔は、その一帯を地獄に変えた。黒煙に紛れ熱で皮膚が焼け爛れ、一度燃え移れば中々消えない。
放置されていた魔法陣にもその魔力が伝播してしまい、誘爆を何度か引き起こした。
その様子を見ていた解放兵団の構成員は、すぐに報告をした。「侵入者が自爆をして多大な被害を引き起こしたと」
その異常は監視に勤しんでいたカルロッタも感じ取っていた。
「……ヴァレリアさんの機械の魔力だ」
……念の為、使っておこうかな。
私は持ち込んでいた魔道具を取り出した。赤く小さな球体に金色に塗装されただけの金属の装飾が付いており、頂点には黒く丸い石が埋め込まれている魔道具だ。
黒く丸い石に魔力を込めると、周囲に結界が広がった。
フォリアさんが買ってくれた魔道具、ヴァレリアさんなりに改造をしてくれたらしく、数倍は高性能になっている。範囲も広がってお得な買い物になった。
……シロークさんが帰って来た。魔力探知に引っ掛かっただけで、視界に見えている訳では無いが。
でも……これは、酷い状態だ。
すぐに向かうと、やはり酷い状態だ。全身の火傷痕もそうだが、所々にある他の要因の傷も酷い。
「シロークさん!?」
「……ああ、カルロッタか。……いやー……ちょっと、しくじっちゃっ……て…………」
シロークさんは笑顔のまま膝を崩して倒れてしまった。何とか抱き抱えながら回復魔法を使った。恐らく見付かっていない。大丈夫だ。
フロリアンさんとファルソさんの場所まで運んで、本格的に回復魔法を使った。綺麗な顔も火傷や切り傷で酷い有り様だ。どれだけ過酷な戦いを潜り抜けたのか……。
しかも、意識をまだ保っている。喉も焼けて言葉も発せないだけで、しっかりと意識を持っているのだ。目を治すと、ぐるんと動かして私を見詰めた。
「……ああ、良かった。幻覚じゃ無いや。……はぁ……取り敢えず、帰って来たよ、カルロッタ」
「分かってます、分かってますから、まだ話さないで下さい。治すのが遅れます」
「……泣かないで大丈夫だよ。僕はこうやって生きて戻って、君が治してくれてるんだから」
シロークさんは腕を動かして、私のほっぺにあった一粒の涙を焼け爛れた手で拭ってくれた。
「……まだ、動かさないで下さい」
その手を優しく包み込み、シロークさんの胸の上に置いた。
「兎に角、まだ駄目です。無茶し過ぎです」
「いやー……強くなったんだと思ったんだけどね。……確かに強くなったんだけど、こっ酷くやられちゃった」
「……油断大敵ですよ」
「はは、確かにその通りだ。リーグの諺だね」
回復魔法は問題無く効いている。シロークさんは少しずつ穏やかな表情を浮かべ、数秒後には立ち上がって元気そうに跳ね回っていた。
「いやーカルロッタの回復魔法は相変わらず凄いね! あんな怪我がこんなに綺麗に治って!」
「まだ内蔵とかの回復が出来てないので、座って下さい。まだ中が痛いはずですよ」
「さっきから何でか気持ちが良くてね! 頭が凄い活発なんだ! 鳥の囀りと刃が揺れる音や君の透き通った声も全て見えるんだ! あはははは!!」
「脳内麻薬が出てテンションが上ってるだけです。一夜を過ごしたらすぐに激痛が走りますよ。ほら、早く。膝枕してあげますから」
「……むぅ」
シロークさんは大人しく私の膝の上に頭を置いて寝転んだ。
「全く、シロークさん、無茶しないで下さい。死にかけてたんですよ」
「……はは、面目無いね。やり過ぎちゃってあんな状態で帰って」
「死んだら大泣きしますよ」
「分かってるよ。うん、二度とこんなことはしない」
「約束ですよ?」
「……うん、分かった。分かったよ。約束だ」
……あれ、回復魔法が効き難い箇所がある。
「……そう言えば、フロリアンは何をしているんだい?」
シロークさんの視界の先には、真っ赤にしている顔を隠して木陰で蹲っているフロリアンさんがいた。
「ぎゅーってしたらああなりました。……やりましょうか?」
「後でお願いするよ」
……回復魔法が効き難い箇所は、腹部の刺し傷だ。……解析が妨害される。恐らく回復魔法を阻害される魔法が刻まれてると思うんだけど……。
完璧に治すと、その魔法も消えてしまった。
……誰かが見てる。私達を見てる、気がする。嫌な気配だ。まじまじと見られるのがこんなに不愉快だとは。
不思議と敵意は感じない。それとも敵では無いのか。
フォリアさんとファルソさんが先に動き、私達を見ている人を木の上から放った魔力の塊で落とした。
それは黒いローブを被っている女性だった。何か狂っている笑みを浮かべながら、私の拘束魔法で体を動かせなくなっている。
ニコレッタさんの魔法は有用に扱わないと。
「解放兵団……には、見えないけど」
「どうします? 動けなさそうですけど」
「見てたってことは少なくとも無関係じゃ無い。一旦尋問でもしてみる? "二人狂い"なら簡単に出来るけど」
「……貴方の魔法って本当に凶悪ですからね」
「ああ、そう言えば試験の時に使ったわね」
ファルソさんがその女性のほっぺを爪先で蹴っていても、女性は特に何も言わない。むしろ貼り付けた笑みを剥がさずに、じっと私達を見詰めている。
「星の、星々の皇帝だ。彼は天と悪から産まれた」
女性は言葉を連ねた。
「私は、私は、異端者である。私は私は、子を信奉する者であり、父の代を子に譲らんと説得する信者である」
駄目だ、話が通じそうに無い。狂っている人に拷問は意味が無いだろう。
ファルソさんも気付いたのか、フォリアさんに目配せをした。
「……殺すの? もう少しこの人のことを知りたいんだけど」
「もう無理ですよ。頭がおかしい人を理解してどうなりますか」
「……分かった分かった。じゃあ殺す」
フォリアさんは杖を向けて、『"二人狂い"』と呟いた。だが、その女性の首に傷が付いている様子は無い。
フォリアさんは首を傾げると、もう一度『二人狂い』と呟いた。
「……君、魔法は、使える?」
「……何を言ってるんですか?」
「良いから、ファルソ、こいつを殺してみて」
ファルソさんは渋々身長よりも長い杖の先を女性に向けた。魔法は放たれない。
女性の体はぴくりと動いた。おかしい。拘束魔法はまだ継続している。指の一本も動かせないはずなのに。
シロークさんも異変に気付いたのか、すぐに立ち上がった。
「……あの時と同じ感覚……」
「あの時?」
「ほら、君達に出会ったあの時、その直前。力が入らない感覚。力が入らないからあんなに深い傷を負ったんだ」
……まさか……。
女性は立ち上がり、そして見せびらかした。細くきらきらと金色に光る糸で通した金属製の飾りが吊り下がっているペンダントだ。
その飾りは女性に胸の上にあり、それは球体だった。夜空の様に青く黒い硝子の球体で、その中に白色の星の様な仄かな輝きがあった。
原因はそれだ。何処か見覚えのある魔道具のそれが魔力の放出を困難にさせ、身体能力を著しく低下させている。
やはり、見覚えのある。そしてこの感覚は私も感じたことがある。
女性は狂った様に笑い声を発しながらローブから短剣を取り出した。赤錆が酷く切れ味は皆無に等しいが、一振りで女性の前方から氷で出来た刃の波がこちらに押し寄せた。
この中で、私だけがまともに魔法を使える。結界魔法を使って防ぐと、回復したシロークさんが回り込んで女性の顔面に拳を叩き込んだ。
体は貧弱だったのかすぐに倒れてしまい、気絶してしまった。
「カルロッタ!」
その頭部に向けて魔力の塊を放ち、女性は絶命した。
死体は他に何か持っていないか確認してから、少し遠くの茂みに放置した。
問題はこの魔道具だ。
「多分魔法の放出を相当抑制して、身体能力もちょっとだけ弱体化させる魔道具ですね」
やはりそうだ。この魔力、これを作ったのはジークムントさんだ。
「これを使って見えないはずの私達を見てた訳ね」
フォリアさんがそう言った。
「そうです。多分これでも品質は低いですよ。だってさっきの人は魔道具が使えてましたから」
「……妙に詳しいな、カルロッタ」
今まで蹲っていたフロリアンさんがそう聞いた。
「ええ、この中で一番詳しいです。だって見たことがありますから――」
――そこまで遠く無い過去の記憶。私はジークムントさんの手元を目を輝かせながら見詰めていた。
ジークムントさんは魔法陣が書かれている手袋を着けながら、赤く熱せられた硝子の球体をこねこねと伸ばして丸めていた。
「危ないから顔は近付けないでくれよ」
「……ほぉー……綺麗……」
「君に傷が付いたら僕はお師匠様に怒られるんだ。彼のしっぺがどれだけ痛いのか分かるだろう?」
「私はやられたことがありません」
「……成程、贔屓されている様だね。これを作った後は抗議しないと……!」
ジークムントさんはぎゅっと硝子を手で抑え込むと、白い煙が指の隙間から吹き出した。冷たい空気が一気に私の額に吹き掛かると、ジークムントさんは指の隙間から硝子を見詰めた。
「見てみるかい?」
「何を作ってたんですか?」
「そうだね……魔道具かな」
指の隙間から見えたそれは、黒い硝子の球体だった。すっかりと冷えており、中に仄かな白色の輝きが一つだけ見える。
「綺麗だろう? ここでしか作れないし、量産が難しいんだ。彼のお膝元じゃ無いと作れない」
「お師匠様の?」
「これを設計した後に三百年経ったから結構な数は出来たんだが、それでもまだ足りない。これからは人手も集めないとね」
「……これで、何が出来るんですか?」
「魔力放出が困難になる。範囲も影響力も、純度によって変わるけどね。ああ、それに筋肉も緩むんだ」
「何でそんな物を?」
「後で使うんだ。多分君も見ることになるだろうね。そうだねぇ……それは何時になるやら」
そう言ってジークムントさんは薄ら笑いを貼り付けた。
「……おや、もうこんな時間になってしまった。昼食の時間だね。遅れると彼に怒られてしまう――」
――何時か見る? こんな、こんなことで見ることになるとは。
あの人は何をしたいのか分からない。だが、少なからず私の敵として立ちはだかりそうだ。
すると、ヴァレリアさんが帰って来た。
「戻ったわよーなーんか爆発音あっちから聞こえたりしたけどー」
貴方の発明品の爆発ですけどね。まあやったのはシロークさんですけど。
ヴァレリアさんに事情を説明してその魔道具を渡すと、ゴーグル越しに見詰め始めた。
「……どうやって作ってるのかしらこれ」
「そんなに難しいですか?」
「いや、原理は分かるんだけど再現は出来ないわ。相当特異な魔力を込めて変態的な手法で半永久的に影響を続けさせてるんだけど……ちょっと、どうやればこんな、えー? これ作った人頭おかしいんじゃ無い?」
「ジークムントさんです」
「ジッ……!? あのジッ!?」
「あのジッです!」
「……相変わらずの厄介さね。あーもう本当に本当に何なのよあの人……!!」
「怪しく不気味で厄介で訳分からない私の兄弟子です」
まあ、ここに置いていると少し厄介だ。私の魔法で破壊し、その破片をヴァレリアさんは回収した。
「割と使えそうよねこれ」
「どうでしょうか? あんまり魔力も感じませんけど」
「使い方によっては?」
そのままヴァレリアさんは擬似的四次元袋から色々取り出して、何やら組み立て始めた。
……さて、監視はフロリアンさんが続けている。ヴァレリアさんはもう自分の世界に入っている。
なら私は寝ておこうかな。さっきから眠気が酷いや。私に夜更かしは難しいみたい。
すると、フォリアさんがにっこにこの笑顔を私に向けている。
「眠そうね、カルロッタ」
「……はい」
「ほら、ほら、私の胸で、ほら」
「良いんですか? ならご厚意に甘えて」
フォリアさんの胸の中に飛び込むと、甘い匂いが鼻の中に入った。
ああ、本当に眠くなる。もう目を瞑ろう。多分、大丈夫だ。
「おやすみなさい、カルロッタ」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
フォリアも少しずつ仲間になり始めましたね。やはりカルロッタは愛することを強いる……!
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




