日記25 六人で任務開始!
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
基本的に、平穏な日が続いた。雨が降ったり風が吹いたり、そんな日があった。
私達は、その間ずっと『固有魔法』の特訓に勤しんでいた。そう、ずっとだ。休みの日は一切無い。大体一週間くらいかな?
最近フォリアさんとファルソさんと顔を合わせていない。フォリアさんもファルソさんも、リーグにいるらしい。フォリアさんは親衛隊副隊長のマーカラと言う吸血鬼の所に、ファルソさんは親衛隊隊長のルミエールさんとメレダさんの所で同じ様な特訓を続けているらしい。
私は、フロリアンさんとシロークさんと一緒にだ。相対するソーマさんには、試験の時とは違って攻撃魔法が一切当たらない。
勿論私も全力では無いし、前提条件が異なるからそれも納得は出来るのだが、ソーマさんが試験の時に手を抜いていたのも事実だろう。
実際全力の私とソーマさんだと何方が強いのだろうか。魔力量だけなら私の方が多いけど……。
それにしても、フロリアンさんの才能はやはり凄い。めきめきと実力を上げている。シロークさんはソーマさんから付けられた紐の重さに耐えられる様になっている。
むしろ前より身体能力が上がっている様な?
「良し。ちょっと休憩するか」
最後の最後に、浮遊魔法を使って飛んでいた私とフロリアンさんの頭を、ソーマさんの二つの鞘で叩かれて地面に落とされた。
「な、何で最後に叩いたんですか!」
「……何と無く」
「何と無くで!?」
「ほら、さっさと休憩。そうだな……三十分くらいの休憩で良いか」
三十分の休憩でさえ、私達にとっては貴重だ。何せ容赦無くぼっこぼこにして来る。偶にメグムさんもやって来てぼっこぼこにして来る。
私達は木陰で体を休ませていた。
シロークさんの胸に頭を乗せて、私は寝転んでいた。ちょっと汗臭いけど、まあ良いや。
「ふぅ……大分動ける様になって来たかな」
「むしろ普段より速かった気がしますよ」
「実感が沸かないなぁ。あ、そうだ。カルロッタに聞きたいことがあったんだ」
シロークさんは私の頭を撫でながら話を続けた。
「最近エルナンドが精を出して前よりも体を鍛えてるらしくてね、何か知らないかい?」
「慰めはしました。何か悩んでいることがあるらしいので」
「へぇ、彼も悩みがあるんだ。それともう一つ、これはちょっと戦い方の話になるんだけど」
「何ですか? 魔法しか話せませんよ?」
「そうじゃ無くて、カルロッタは目が良いだろう? それに耳も、こう言う風に触覚も敏感だ」
そう言いながらシロークさんは私のほっぺを揉み始めた。
「前に見せて貰ったけど、目を瞑りながら歩けるし、僕達の場所が分かるだろう? それをどうやってるのかなって」
「うーん……生まれ付きの物ですから難しいですね。感覚的には、目以外で見ている感じです。音と空気の流れで、大体の景色が分かるので」
「想像が難しい……うーん……つまり、カルロッタは僕達以上に色々見えると言うことかい?」
「まあそうですね。お師匠様も似た様な感じで五感が鋭いです」
ふと横を見ると、フロリアンさんが懐疑的な目を向けていた。
「あ、信じてませんねフロリアンさん?」
「……当たり前だ。何だ目以外で見るとは。ちょっとそこで実践してみろ」
「良いですよ。じゃあ目を瞑りながら投げられた枝を避けてみせましょう!」
立ち上がり、七歩程歩いてフロリアンさんの方を向いた。そして目を瞑り、神経を耳と肌に集中させる。
「さあどうぞ! 幾つ投げても避けられますよ!」
「なら遠慮無く」
フロリアンさんは枝を投げ付けた。見えなくても分かる。それは簡単に避けられる。どうやら全力では無いらしい。ちょっとした遠慮があるのだろう。
「本気で投げても大丈夫ですよ! ほらほら!」
フロリアンさんは多分全力で小枝を私に投げ付けた。しかも頭狙いだ。やはりフロリアンさん、色々容赦が無い。
勿論簡単に避けられる。少しだけひやりとしたのは内緒だ。
「……本当に避けられるのか」
「凄いだろうカルロッタは!! 僕の仲間だよ仲間!」
「超えるべき才覚がまた一つ増えたな……さて、カルロッタ、今度は俺が避ける。容赦無く石でも投げろ」
そう言ってフロリアンさんは立ち上がった。
「石って……枝とかの方が良いですよ。もし当たったら、危ないですよ?」
「エーテル取得の一環で回復魔法も習得している。問題は無い。お前が枝なら俺は石だ」
「いやだから、フロリアンさん目を瞑って見ることが出来ませんよね?」
フロリアンさんは分かり易く不機嫌な表情を浮かべた。
「お前に出来ることが俺に出来ないはずが無い。それとも何だ、俺を小馬鹿にしてるのか?」
「出来ることと出来ないことはちゃんとあるって話です」
「なら出来るまでやる。良いから投げろ」
「……分かりました。どうなっても知りませんよ! 当たっても怒らないで下さいね!」
まあ仕方無い。フロリアンさんがそこまで言うのなら。
目を瞑ったフロリアンさんに全力で石を投げ付けると、その体は確かに避けようと動いてはいるのだが、見事フロリアンさんの腹部に直撃した。
「おっ……!? ……ッ……もう一発だカルロッタァ!!」
「もう知りませんよ! はいそーれ!!」
全力で投げた一投の石は、フロリアンさんの額に直撃した。
あ……やっちゃった。
「……ちょっと待てカルロッタ」
「私は悪くありません」
「そうだなお前は悪くない。むしろ俺もお前に頭に向けて投げようとしたからな。……だが、何と言うか、なぁ?」
「知りませんよ。フロリアンさんが投げろって言ったんですから」
投げたのは私だけど、やれって言ったのはフロリアンさんだ。私の所為にされても困る。
まあフロリアンさんも大して怒っていないらしいし、気にしなくても良いだろう。
休憩時間はあっという間に終わり、嫌な風が吹き荒れた。
今日はどんよりとした曇り空だ。昼過ぎには雨でも降りそう。
嫌な空気だ。非常に嫌な予感がする。
まあ、今から相当嫌な思いをするのだが。だがやはり自らの成長を認知するのは楽しい物がある。私は魔法が大好きだ。
さあ、より実力を高めて魔法の真髄へと手を伸ばそう。
「さあそろそろフロリアンはエーテルも充分に扱える様になっただろ。問題は『固有魔法』を扱える魔力量が無いことだが……まあそれは時間が解決するだろ。魔法術式の特訓も並行してやって行く」
「まだ聞いていなかったが、そのエーテルが何故『固有魔法』を作り出すのに必要なんだ。どうにも、話を聞く限りエーテルでは無く魔力を使うらしいが」
「お、まだ説明してなかったか? まあこの際だから詳しく説明するか」
ソーマさんは腕を組みながら指を立て、嘲笑しながら話を始めた。
「『固有魔法』の成立には強力な結界魔法の手腕と、過去と、思い出と、人生が必要だ。本来はこれだけで良い。だがこれは最低限の話。『固有魔法』は世界に法則を書き足す魔法、正しく世界を作り出す魔法の極地。その書き足された法則をより強固にするのが、エーテルもしくはルテーアだ。魔力とその何方かを混ぜれば、より世界は強固になり強制力が高くなる」
「強制力が高くなればどうなる」
「馬鹿げた魔力量を持つ奴にはある程度の抵抗がある。カルロッタみたいにな。強制力が上がればそう言う奴等の魔力を大幅に削り続け、やがて『固有魔法』の法則に従う様になる」
「ルテーアの取得は、俺に出来るか?」
ソーマさんは顔を顰め、僅かながらに私を一瞥した様に見えた。気の所為かと思う程に、僅かで短い時間だった。
「……まあ、不可能だな。汎ゆる生命体に於いて、それは本来不可能だ。断言出来る」
「但し例外がいた。そうだろう?」
ソーマさんは押し黙った。答えたく無い、と言う訳では無いのは様子から推測出来る。後ろめたい何かがあるのだろう。
「俺の推測ではあるが、それは恐らく、星皇、リーグの王であるウヴアナール・イルセグだろう?」
「……別に隠してるつもりは無いんだがな。ああ、その通りだ。俺達の王は唯一エーテルとルテーアを高次元に扱えていた。それに――」
ソーマさんはまた私を一瞥した。今度は気の所為でも無ければ見間違いでも無い。はっきりと私を見詰めて、複雑な表情を浮かべながら口を固く閉ざしていた。
「……ほら、やるぞ。お前とカルロッタはエーテルの扱える総量を増やす、同時に魔力もだ。さあやるぞ。ほらほら、さっさと立て、卵共」
シロークさんは……? ああ、身体能力を鍛えればその分強くなるからかな。
「……聞けなかったが、何でお前額から血流してるんだ」
「特訓だ」
「どんな特訓したら額から血が出るんだ」
「石が打つかった」
「いやどうやったら自分の額に石を投げられるんだ」
「浮遊魔法だ」
「魔法だからって何でも説明出来る訳じゃ無いからな?」
「可能だろう?」
「可能か不可能かの話じゃ無い。……まあ、言いたく無いならそれで良い。どうせまた下らないことだろ」
私の投石が下らないことにされてる。まあ何方かと言うと、確かに下らないことだけど。
さあ、頑張らないと。気を抜くと本当に死んじゃうかも――。
「――神には子がいた」
ルミエールはそう言った。
「神が父なら、母は誰だと思う?」
ルミエールは、眼前で倒れているファルソにそう語り掛けていた。
「……人間」
「人間は神の被造物だとしたら? 人形に子が宿ると思う?」
「……なら、同じ立場にいる、神」
「神は唯一じゃ無かったの?」
「……あーもう分かりません」
「まあ、流石に意地悪し過ぎたかな」
「……けど、それだとおかしいことがありますけど」
ファルソは傷付いた体に回復魔法を使いながら、疲れ切った震える足で立ち上がった。
「神は永遠のはず。ならその子さえも永遠に存在する。それだと、子がいない、そして母がいない時があります」
ルミエールは大袈裟に驚いた表情を見せた。同時にそれは、ファルソのその言葉を待ち侘びていたことを隠している様にも見えた。決してファルソはその様子に気付かないが。何せ呼吸を整えるので精一杯なのだ。他人の表情にまで神経を研ぎ澄ます余裕は彼には残っていない。
「ほうほう成程。中々に良い仮説だねぇ。確かに神は永遠ならばその子は永遠に存在するはず。なら神は永遠である、その前提が間違ってることになる」
「……神は、永遠では無い。なら一体……」
「神は殺された。故にあれは永遠では無かった、そう言うことだよ」
「……意味が分かりません」
「□■□=■□■□■□■、聞こえた?」
「……全然」
ルミエールはクスクスと笑った。
「聞こえないのなら大丈夫。安心して」
「……もう一度言います。意味が分かりません」
ルミエールはクスクスと笑ったまま、しかしその笑顔はファルソを嘲笑う様に、言葉を続けたのだ。
「知りたい? 意味を? 本当に? それが虚構の上に成り立つ真実だとしても? それが非実現性を証明する哀れな答えだとしても? 同時に虚構性二十六次元立方体の中心に位置する四次元的一点さえも理解の範疇を超える事象であることを肯定すると言うことにでもあるのに? いいや、それは理解の範疇を超える事象では無いかも知れない。結局それを肯定するのは当人の知識と叡智によって決まるのだから。言わば観測者、言わば答案者によって肯定か否定に変わる。シュレディンガーの可哀想な猫とはまた違う」
笑顔なのに一切の抑揚が無いその淡々と告げられた言葉の意味を理解しようとしても、それは本来理解出来ない単語の羅列。彼女は真理を手に握り、それを頭に込めたのだ。
「意味を知りたいの? 汎ゆる矛盾が肯定され、そして汎ゆる矛盾が否定される。正しくたった一つの虚構と非実現性によって構成される真実。それの意味を? 彼の子である君は、確かにそれを知る権利と資格は微かに一片だけ存在する可能性がある。だけどそれはカルロッタ=サヴァイアントよりも著しく低い物だとは理解した方が良い。彼の子と言うだけで、それの意味を真にその小さな頭に入れることは出来ないの」
「……まるで、カルロッタさんにはその権利と資格が充分にあるって、言ってますね」
「充分じゃ無い。十二分に、確実に存在する。彼女はその為に育てられてしまっているからね」
彼女はその為に育てられてしまっている。ファルソがその言葉の真意に気付くことは、恐らくこれからの人生で無いだろう。何故かそう確信していた。
「……ほら、まだまだ君には色々覚えて貰う必要があるんだから。杖を構えて」
「……一つだけ。ルミエールさんと、メレダさんが、カルロッタさんをやけに気に掛けるのはそう言う理由ですか」
ルミエールは変わらずクスクスと笑っていた。ずっとだ。変わらずこと無く、ルミエールは一切変わらない笑みを浮かべている。
「さあ、何でだろうね」
ルミエールは何も答えない。
すると、ルミエールは突然誰もいない空間を眺め始めた。その目にどれだけ恐れを抱いても、ファルソは愛着を持っていた。
「……うん、本当にあれで良かったのかな。理解出来る人がどれだけいるのか」
「誰に向かって喋ってるんですか」
「独り言だから気にしないで。それよりも、多分今日の内にソーマから指令が下ると思う。準備はしておいた方が良さそうだね」
「……ギルドの方針を、何で一国の親衛隊である貴方が分かるんですか。ギルドは同盟国の共同組織であってその方針は貴方が決めることでは無いはず」
「私は決めて無いよ。ただ、そう思っただけ。だから『多分』。まあ、私の多分は絶対と殆ど同義だけどね」
ファルソはそんなルミエールに余り良い印象を持たなかった。だが不信感を抱くことは無く、むしろ不思議な好感を持っていた。
奇妙な感覚だった。他人からの愛をこれまで一片も受けなかったファルソだからこそなのか、それともこのルミエールと言う浮世離れした不思議な気配のヴェールで自身を隠している、奇妙で想像も付かない聖母だからなのか。
ルミエールが真に愛するのは一人しかいない。その他の彼女が他人に向ける愛はそれと比べて遥かに矮小である。そんな矮小な愛だとしても他者はそれに感謝し、ルミエールを愛する。正しく他者に愛するを強いているのだ。
決して彼女からは真に愛されないと言うのに。
ファルソはルミエールを母親の様に愛してしまった。ルミエールがその愛に答えるはずも無いのに、ファルソは愛してしまった。愛に飢えた子供であるが故に、母親の愛を求めてしまった。
だがルミエールはファルソが求める愛を与えない。決して薄情だからでも、愛していないからでも無い。単純に、彼女は彼の母では無い。与えられないのだ。そのことにルミエール自身も苦しんでいる。
ある程度の同情と一定の親近感と愛はある。だが結局その愛も、ファルソから若干感じる彼の面影からだ。ファルソだから愛しているのでは無い。ファルソにその面影があるから愛しているのだ。
無情だろうか、いいや、ルミエールにとって、星皇の面影は五百年振りに見た輝きなのだ。星皇がそれ程にまで、ルミエールの殆どを占めているだけに過ぎない。
ルミエールは自らの王しか真に愛さない。その他全ての愛が、偽りであると言う訳でも無い。
「……彼の子、けれど王の子じゃ無い。難儀で可哀想……と思うのは、他人事に聞こえるかな」
ルミエールはファルソに聞こえない程声量を抑えてぽつりと呟いた。決して聞かれてはいけない。ファルソは王の子では無いのだから――。
――太陽はゆっくりと回る。昇って落ちる時間は季節によってちょっとずつ違うけど、お師匠様が言うにはずっと太陽が落ちない季節や、ずっと太陽が昇らない季節がある場所もあるらしい。
何時かそこに行ってみたいが、そこは相当寒いらしい。暑いのは大嫌いだが、寒いのはもっと嫌いだ。
ああ、話が逸れてしまった。もう太陽が降って山に隠れようとしている最中、私達は呼び集められた。
私と、ヴァレリアさんと、シロークさんと、フォリアさんと、フロリアンさんと、ファルソさん。フォリアさんに至っては服がぼろぼろで血と腐った肉の臭いが酷かった。
流石に久し振りだからと言って抱き着くことはしなかった。あの臭いにはフォリアさんも参っている様だ。
ソーマさんとアルフレッドさんとヴィットーリオさんは、私達の前に立った。如何にも厳かで、これから重要なことを伝える雰囲気だが、その薄い布で仕切られた雰囲気は、ソーマさんの欠伸によって吹き飛んだ。
「……ああ、済まない。……なあアルフレッド。何を伝えるか忘れたから代わりに言ってくれ」
「……あのですね、ソーマ様。我々はあくまで部下であり、召使や世話係では無いことをご理解して下さい」
「あーあー聞きたくない。ほらさっさとやれ」
アルフレッドさんは苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべると、手元にあった資料やら何やらをまじまじと眺めながら口を開いた。
「……えー……まあ、君達は、今年の合格者、まあ合格者では無い者が二名いるが、今はどうでも良い」
アルフレッドさんはやはり面倒臭そうに頭を掻き毟っていた。
「あー……最早君達の戦力は、ギルドが保有する戦力の中でも最高に位置するだろう。故に与えられる任務もそれ相応に過酷な物になる。そして急速に君達を英雄としての実績が必要となった。分かるだろう? 前のセントリータ教皇国の事件だ。まあ、ヴァレリア・ガスパロットとシローク・マリアニーニはその対処に勤しんでいたから良く理解しているとは思うが。ギルドは英雄の育成を急ぎ、その実績と信頼を確かな物にすることが敵対組織への牽制にもなる」
アルフレッドさんの癖なのか、前提の話から入り込んでようやく本題に入る長ったらしい癖がある。何度も確認出来ると言う点では、有用な癖かも知れない。
「よって、現在同盟国が対処を急いでいる事象の一つである、ある特定危険指定団体の確保、場合によって虐殺も構わない。出来れば確保をして欲しいが、まあ殆どは無理だろう。今回に至っては、頭領の名前及び人物像が分かるだけで任務は達成だ」
ヴィットーリオさんの顔色が僅かに強張った。同時にマントで隠しながら拳を強く握り締めていた。何かしらの因縁があるのだろう。
「その団体の名は、亜人奴隷解放私兵団。通称"解放兵団"」
その団体名を呟いた直後に、室内の空気が急に重苦しくなった。私以外の全員が、その名を知っているらしい。同時に深い嫌悪感もひりひりと感じる。
「……そこのフロリアン・プラント=ラヴァーにとっては、因縁深い相手だろうな」
横にいたフロリアンさんの顔色を見てみると、何時もの悪人面が更に酷くなり、憤怒と怨嗟が入り混じった感情を顕にしていた。左手に持っているチィちゃんを今にも投げてしまいそうだ。
「……まだ、残っていたのか」
「……ああ、残念ながら、な。規模は前よりも小さくはなっているが、その活動は更に過激になっている。同時に組織内でも何かしらの大きな変化が起こっている様だ。魔人や、中には人間さえも加入していると聞く。よって――」
次の話に移る前に、私は手を挙げた。
「……何だカルロッタ・サヴァイアント。何か質問か」
「はい! 亜人奴隷解放私兵団についてです!」
「まさか知らないのか?」
「これっぽっちも!」
「……そうか。世間知らずなのか、それとも相当辺境の地で今まで暮らしていたのか。まあ良い」
アルフレッドさんは一呼吸を置いてから、話を始めた。
「亜人奴隷解放私兵団。名前の通り、亜人奴隷解放の為に結成した私兵団だ。最初は二人の亜人を中心に作り上げられ、そして数千人単くらいの志を同じくする亜人によって成立した」
「活動内容からギルドが危険視する理由が見当たりませんよ? むしろ快く協力してくれそうな……」
「残念ながら、それは出来ない。思想自体は、何の問題も無い。我々も同じだ。だが問題は活動内容。余りに過激過ぎた」
フロリアンさんの殺気をひしひしと感じる。
「彼等の活動は、人間族の抹殺へと転換した。より正確に言うのなら、過去亜人奴隷の歴史がある国家を軒並み襲撃し、同時多発的な武力行使を続けた。……当時にも、奴隷制度が残っているのなら、まだ彼等にも納得が出来ただろう。だが、もう奴隷制度を撤廃して百年以上経った国家だ。そこに正義は無かった。ただ無意味な復讐と多くの狂気だ。被害としてもっとも有名なのは、ビネーダの襲撃、そして――」
アルフレッドさんの視線は自然とフロリアンさんの方へ向いた。
「……シュテルドア精霊中立国家を、リヴォトール国と共謀して焼き払ったことだろうな」
シュテルドア精霊中立国家、確かフロリアンさんはそこの……。
「……あいつ等は、頭が失くなって自然に解散したと聞いたが」
フロリアンさんは辛うじて声に出せた言葉をアルフレッドさんに向けた。
「……最近では、もう一度集合し、立ち上がったと報告されている」
「何故だ。二つの頭は、もう死に絶えたはずだ。そこの英雄が一つの頭を切り落とし、俺がもう一人の頭を潰した。解放兵団が厄介だったのは二つの頭の優秀さもあった。それが失くなって、何故もう一度立ち上がれた」
「簡単な話だ。何者かが頭に据えられた。もしくは、頭に居座った。恐らく亜人では無い」
「亜人では無いだと? ならどうやって亜人共の支持を集めている」
「……亜人では無いと言う根拠だけが集まっている。亜人奴隷解放私兵団の思想は変わらない、亜人奴隷の解放だ。よってそれの構成員は自然と亜人に集中する。にも関わらず、現在では魔人や、挙句の果てには人間の構成員も確認されている。亜人族以外が頭に座ったとしか思えない」
フロリアンさんは座っていた椅子を怒りのまま蹴り飛ばした。感情を制御出来ていない。
ファルソさんはそれに驚いたのか椅子から落ちてしまった。
「……分かった、何処にいる。そいつ等は、何処にいる」
「怒りのままに行動するのは得策とは言えないな、フロリアン・プラント=ラヴァー。冷静でいろとは言わない。だがせめて平常だと見せ掛ける努力はして欲しい物だ」
「……貴様に分かるか? 故郷が灼かれ、女も、子供も、父も母さえも、そして……そして……!」
フロリアンさんはチィちゃんを強く握り締めた。チィちゃんは吹き込んで来た微風に体を揺らしている。
「……私には分かる」
今まで押し黙っていたヴィットーリオさんが重い口を開いた。
「私を、英雄と言ったな。フロリアン・プラント=ラヴァー。だが貴君と動機は全く同じだ。故郷と、家族を、殺された」
ヴィットーリオさんの眼鏡が、夕日によって光を反射していた。その所為で目元が見えなくなった。
隠れている目元から、僅かに涙が落ちた。夕日がヴィットーリオさんの涙を隠していたのだ。
「ああ、英雄だ。私は英雄だ。だがその他の人間の虐殺なんて心底どうでも良かった。家族さえいれば、それで良い。私一人が家族の為に傷付くならばそれで良い。それ以外は、心底どうでも良い。……恐らくだが、フロリアン、貴君も同じだろう。家族では無いかも知れないが、愛の為に、愛していたそれの為に。私は理解者だ。貴君の理解者だ。そして結果として、偶然にもこうやって巡り合った。貴君が、もう一つの頭を潰したのだろう?」
「……だから何だ。同じ被害者だから傷を舐め合えと? 俺は貴様とは違う。ああ、英雄だ。貴様は英雄だとも。何も間違っていない。俺は誰かの為じゃ無い。俺の為にあいつを潰した。貴様とは、違う」
……重苦しい空気、いや、酷く鬱屈とした空気だ。外から流れ込む風さえも吹き止み、夕日さえも陰りが見えた。
慰めの言葉は、多分この人には届かない。それにもうフロリアンさんの復讐は終わったのだ。この怒りは終わらせたはずの復讐が再燃したことの苛立ちからだろうか?
「……フロリアンさん」
「……何だカルロッタ」
「……私が言うことじゃありませんし、多分言っても意味は無いと思いますけど、きっと無駄では無いと思うので言います」
「長ったらしい。何だ」
「フロリアンさんは、もう一人じゃありませんよ。私がいます」
きっと、無駄では無い。今のフロリアンさんなら無駄では無いはずだ。
彼は孤独だ。そして面倒臭い。ファルソさんでは無理だ。フォリアさんでも無理だ。二人はフロリアンさんと同じ場所にいるが、決して寄り添わないし、寄り添えない。
だからきっと私だけだ。私だけでも、孤独では無いと言わないと。
「……お前は、本当に何なんだろうな。ああ、分かってる。ありがとう」
「珍しいですね、感謝するなんて」
「黙れ」
「酷いぃ!?」
フロリアンさんは、微笑んだ。ああ、良かった。もう孤独では無さそうだ。
「……そろそろ良いか。話を進めるぞ」
「あ、済みません止めてしまって」
アルフレッドさんは二度の咳払いをすると、今度こそ話を続けた。
「君達にやって欲しいのは、未だに隠されている頭を見付けて貰うことだ。名前だけでも良い。そして解放兵団の構成員も出来る限り確保、もしくは殺害も厭わない。最低条件は構成員の一人以上の確保、最高は頭の発見だ」
……それを私達みたいな研修生に任せるのは、どうかと思うけどなぁ……。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
フロリアンにはもっと苦しんで貰わないと! ああカルロッタは良いんだよ? 君はまた後でだからね!
えーそうです、ニコレッタのおばあちゃんを殺したのも、マンフレートの故郷で起こった事件も、亜人奴隷解放私兵団の仕業です。
なんて奴等だ……! 昔、人間が君達亜人を奴隷として使っていただけなのに……! ……充分過ぎる理由だなぁ……。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




