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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
57/111

日記24 皆さん休憩中! ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 ジーヴルとドミトリーは、資料室にて、互いの魔法の欠点を出し合っていた。


「ジーヴルさんの魔法の弱点としては、やはり――」

「身動きが取れない、分かってる」

「私の魔法に何かしらあるでしょうか?」

「……確か宮廷守護の筆頭なんだって? その職業に見合った良い魔法、問題があるとすれば一対一に特化してるから広範囲に攻撃――そう言えばパウス諸島ででっかい炎出してた……!」

「ええ、その弱点は克服済みです」


 すると、ジーヴルは資料室に似合わない、だらし無い服装をしている女性が、眠気に苛まれている足取りで歩いていることに気付いた。


 ドミトリーもその女性に気付くと、僅かに口を緩めて微笑んでいた。


「……知り合い?」

「何度か、見たことはあります。ソーマ様の契約天使の、"()()()()"様です」

「ウマヘルって言ったら……えーと……うーん……?」

「目立った功績は無いですからね。恐らく侍者でしょう」

「まあザガンも特に……」


 ウマヘルと呼ばれた女性はナイトキャップを被っており、寝間着のまま資料室をうろうろと歩き回っていた。


「ざーがーんー。どーこー」


 気が抜けてしまう様な声を出しながら、ウマヘルは瞼を擦っていた。司書として座っていたザガンを見付けると、彼の背中に力無く倒れて抱き着いた。


「ひーまぁぁぁ」

「知りませんよ。ソーマ様にちょっかいでも掛けて下さい」

「……むぅ……むむむぅ……。……ねむい……」

「ならそこの二人にでも魔法を教えて下さい。私は資料整理に忙しいので」

「……なんだか、どっかでみたことのあるふたりだぁぁ……」

「でしょうね」


 ジーヴルとドミトリーに向いた彼女の瞳は、銀色に輝いていた。白い長髪を床にまで伸ばし、猫背で少しずつ二人の方へ歩み始めた。


「やーやーはなしはきいてるよぉ……。ことしのまほーつかいのごうかくしゃ……。……んー? そこのおじさんはやっぱりどっかでぇぇ……?」

「ドミトリーです」

「あぁーせいおうきゅうの……えーと……いちばんつよいひとぉ?」

「……まあ、相性込みでは、私が一番強いでしょうね」

「こわすわけにはいかないからねぇ……しゅごまほうつかいはまもるのがしごとだからせんとうりょくはそこまでなんだっけぇ……?」

「ええ、そうです。残念ながら、私でさえも師団長の方々に遠く及びませんから」

「……まあ、いいや……で……そこのおんなのこ……なーんかどっかでにたようなけはいを……?」

「そうなのですか?」


 今度はドミトリーとウマヘルの視線がジーヴルに向いた。だが、そこにジーヴルはいなかった。開かれたまま放置された魔導書、倒れた椅子、風に吹かれて乱雑した紙の束。それはつい先程までそこにジーヴルがいたことを証明する証拠だ。


 ジーヴルは音も立てずに、そしてそれに一層敏感なドミトリーからも逃げ出せる程に洗練された隠密技術で身を隠し、資料室を後にしていたのだ。


「な、何か気に障る様な言動をしてしまいましたでしょうか……!?」

「……あー思い出した……あのこあれだぁ……たいへんだねぇ……()()()()()()()()()()()()()()()()ぁ」

「……どう言う意味でしょうか。確かに彼女は、人間のはずですが」

「そうだよぉにんげんだよぉ。りょうしんもにんげんだろうし、にんげんいがいのしゅぞくはたぶんまじってないよぉ。けどにんげんとしていきることはゆるされてないねぇ。いやだいやだ、じょじょにうんめいがなおってるよぉ」

「……運命が治るとは?」


 ウマヘルは先程よりもはっきりとした表情と、口調で呟いた。


「……星皇の失踪が原因だねぇ――」


 ――ジーヴルはギルド本部の影で、一人で蹲っていた。


「……あー……本当に、最悪」


 ジーヴルが逃げた理由、実を言うと彼女にも分からない。きっとウマヘルは、自身の正体に気付いても深くはドミトリーに説明しないだろうと言う確信があった。


 それでも、彼女は逃げたのだ。自身の正体が見破られることに恐れたからでは無い。彼女にとって、それを知られるのはもうどうでも良い。


 ジーヴルの脳裏には、カルロッタの姿が浮かんでいた。


 彼女にだけは知られたくない。そう願うのは何故か、それも分からない。それでもジーヴルは出来の良い頭で、その理由を分からないなりに探ってみようと熟考を始めた。


 そして導き出された答えは、酷く当たり前で、滑稽で、自分勝手な理由だと分かった。


「カルロッタにだけは……ずっと、笑って欲しい」


 分からない。自身さえも分からない自分を、彼女はまた恨んだ。そして、一人で頭の中に言葉を紡いだ。徐々に、少しずつ、僅かではあるが、自身の心情を理解する為に。


 何とも自分勝手だ。いや、自意識過剰であるのかも知れない。私は何れ消えなくてはならない。それは運命と言うべきか、将又宿命と言うべきか。


 生きる為に、ギルドに入った。禁書庫に入ったのも、その為だ。だが端から期待等していない。勿論それ以外の方法もあった。


 つまりこれは、多分、動機が欲しかったんだと思う。メレダさんに不可能だと言われてたから、もう分かってた。


 せめて、最後には自身の手で誰かを救いたかったのかも知れない。だからギルドに入ったのかも。……まあ、私がそんな偽善を掲げるかどうかとも思うけど。


「……はぁ、疲れた。……色々と」


 すると、視界に金色の艷やかな髪が入った。壁に背を付け、座り込んで蹲っている私の目の前に、少女が立っていた。


 メレダさんだ。相変わらず小さく、可愛らしい。


「……何年振り?」

「大体三年です」

「そう、じゃあ久し振り」

「……貴方からしてみれば、三年なんて瞬きの一瞬みたいな物でしょう?」

「ジーヴルからしてみれば、三年はまだ遠い時間」

「……そうですか。ええ、そうですよ」


 メレダはジーヴルの隣に座り込んだ。


「……休憩中?」

「……ええ、ちょっと色々疲れて」

「そう。じゃあ充分に休んでおいて」

「……それで、解決策は、出来ましたか?」

「……一応、ある。最初から考えてた策ではあるけど」

「それをやるのにも、私の死が必要。ですよね?」


 メレダは表情を変えずに、無言で頷いた。その様子を見たジーヴルは、苦しい笑みを浮かべ、その表情を下に向けた。


「……メレダさん、私、カルロッタには、笑って欲しいんです。多分私が死ぬと、彼女は泣いちゃうので……どうにか、出来ませんか……?」

「……少なくとも、私の知識では解決方法は無い」

「……そうですか。まあ、前もそう言っていたので、分かってます」

「……カルロッタは好き?」

「……何ですか急に」

「カルロッタが好きそうだから。友情とかじゃ無くて愛情として」

「はぁッ!?」


 ジーヴルは余りの驚きに立ち上がった。だが、両耳の先が仄かに赤くなっており、唇を噛んでいた。


「私が!? 彼女を!? いや無い無い。あったとしてもそれは友情、これは友情」

「フィリアには見えないけど」

「それはメレダさんから見たらでしょう!?」

「カルロッタは色んな人に無償の愛を振り撒いている。だから勘違いするのも分かる」

「いやだから!」

「貴方みたいな人にあの子はあげない」

「そんな母親みたいなこと言われても! と言うか違うって言いましたよね!?」

「私の二つ名は?」

「えーと、智慧の女神です」

「智慧の女神が愛を見間違えるとでも?」

「ええ! 間違えますよ! 実際今間違えてますから!」


 メレダは表情筋をぴくりと動かした。立ち上がり、そしてジーヴルの手を握り、優しく包み込んだ。


 その温かさにジーヴルは、久方振りに感じた母の温もりと言うのを思い出した。


「多分、大丈夫。貴方を救う人は、貴方の回りに多くいる。勿論私も、そして、カルロッタも。貴方は一人じゃ無い。そして、貴方が責任を負う必要は無い。何も知らなかった若者だけが、責任を負う世界は、あってはならないから」

「……子供みたいなメレダさんがそれを言うんですか」

「顔をこっちに近付けて。平手打ちするから」

「辞めて下さい冗談ですよ本当にごめんなさい」


 メレダはジーヴルから手を離した。


「サトラピは、確か私が名付けたはず」

「ええ、そうですね」

「じゃあ変えよう。ジーヴル・サロメ・ラ・ピュイゼギュールで」

「何でまた急に……」

「サトラピを名乗る意味が失くなった。恐らく運命の糸は、カルロッタによって断たれる」

「そのサトラピの意味を教えて貰って無いんですが」


 メレダはそれを淡々と語り始めた。


「サトラウプ・インガネシ、二人目の氷の女王の名前。それを短縮させた名前」

「意味が失くなったって言うのは?」

「……恐らく、ではあるけど、いや絶対に、運命は狂い始める。捻じれた運命は何れ切れる。その鋏を持っているのがカルロッタ。それだけのこと」

「……何でそんなに、カルロッタのことを知ってるんですか? それに、相当気に掛けてるみたいですし」

「……彼女は――。……いや、まだ、言いたくない」

「……そうですか」


 ジーヴルはふと、カルロッタの顔を思い出した。僅かながらに、その顔立ちの雰囲気が、本当に若干、僅かに、すこーしだけ、似通っている様に見えなくも無いことも無い様に見えると思ったのだ。


 だが、すぐに勘違いだと思い始めた。むしろジーヴルはそう思いたかった。


「もう大丈夫?」

「元々大丈夫ですよ。カルロッタのお陰で」

「……流石カルロッタ」

「ああ、それと、まだサトラピって名乗っておきます。もし、その時になっても生きられたのなら、それを名乗ります」

「……そう。ジーヴル・サトラピ。貴方の未来が良い物になることを、祈っておく」

「国王代理からそんな言葉を貰うなんて、畏れ多いですわ」


 ジーヴルはそう言って意地悪そうに笑った。


 結局の所、ジーヴルは既にカルロッタに救われている。カルロッタはジーヴルに何やら長々と言っていたが、ジーヴルにとってあの一言だけで充分だったのだ。


 生きたければそれで良い、その言葉だけで良かったのだ。


「……ははっ、強ち間違いじゃ無いかもなぁ……」


 ジーヴルはくしゃりと笑っていた――。


「――へくち」

「……可愛らしいくしゃみだね……」

「……誰かが私を噂してます」

「……また、お師匠様から?」

「教えられた迷信ですね……」


 私とシロークさんは、同じベッドに寝転び、体を休ませていた。体の節々がじんじんと痛み、一歩歩こうと力を入れるだけで刺されたみたいな痛みが走る。


 ……昼にはまた行かなければならない。……いやだー……。


「……ねえカルロッタ。僕のことはどう思っているか、教えてくれないかい?」

「……大切な人です」

「どれくらいだい?」

「ヴァレリアさん」

「……分かり難いなぁ。じゃあヴァレリアはどれくらいだい?」

「……シロークさんくらいですかね?」


 シロークさんは苦い顔をして私のほっぺを抓り始めた。


「あゔぁゔぁゔぁ……」

「ほーら、ちゃんと言ってくれよ」

「あぶ、あぶぶぶ……」


 何だかシロークさんの様子がおかしい。そんなことを言ってしまえば、ソーマさんの『固有魔法』の中でぼっこぼこにされた頃から何かおかしくなった気がする。


 ……いや、おかしいと言うよりかは、距離感が近付いたと言うか……? 勿論今まで親しくして来たし、私もシロークさんが大好きだ。


 だが、何と言うか、今まであった何かしらの透明な、しかし決して悪い物では無い壁が壊れて、私の更に奥に一歩踏み出した、そんな感じだろうか。


「……デザート?」

「……まあ、今はそれで良いや。うん、僕も大好きだよカルロッタ」


 ……やっぱり何かおかしい気がする。


 シロークさんは私の髪を優しく撫でながら、私にその碧い瞳を見せていた。


「丁寧に、手入れされてるね。艷やかで、綺麗で、少しだけ良い匂いもする」

「シロークさんも綺麗ですよ」

「そうかい? ありがとうね」

「お世辞じゃありませんよ。やっぱり金って言うのは栄華と絢爛と富の象徴ですから」


 シロークさんは微笑みながら、私を抱き締めた。頭にシロークさんの私のよりも大きく、タコがある手がシロークさんの胸にまで導いた。


 ……心音が聞こえる。力強く響く心音はシロークさんの体の頑強さを物語っている。実際、この人の身体能力はちょっと人間離れしている。


「はぁー……良かった。またこうやって……ずっとこうやって……。……もう少し時間があるかな? ああ、良かった。まだ数時間はあるね」

「……何かありましたか?」

「ううん、何も無いよ。大丈夫、心配せずともね。……何でだろうね。愛おしく感じるんだ。……ああ、今まで嫌いだった訳じゃ無いからね!」

「……分かってますよ。ええ、知ってます。そうじゃ無いと、あの時に一緒に戦ってくれませんでしたから」

「……あの時?」

「ほら、パウス諸島の」

「ああ、そう言えば……。そうだよ、僕はカルロッタの為に戦ったんだ」


 シロークさんは私の頭を撫でながら、腰に手を回して更に抱き寄せた。私達の体は更に密着した。シロークさんの体は筋肉質で少し硬い。


 それに、普通よりも体温が高い。温かい。眠気が徐々に私の頭の中を漂って、それがまた心地良い。


「少し眠ってみようか。大丈夫だよ、まだ時間はあるし」

「……じゃあ、お言葉に甘えて……」

「……あ、それよりも前に、一つだけ聞いて良いかい?」

「……何ですか?」

「僕は、ずっと君の、傍にいて良いかい?」

「勿論ですよ」

「……ありがとう、カルロッタ」


 シロークさんの鼓動が僅かに速まった。……少し心配だったのかな?


 理由は分からないが、多分この人は私がシロークさんから離れることを恐れていたのだろう。そんなこと絶対に無いのに。ヴァレリアさんも、この研修が終わればフォリアさんもシロークさんの傍にいる。


 だから大丈夫ですよ。大好きな大好きなシロークさん。


 私は頭の中を漂う眠気に体を任せた。ぽかぽかと温かいシロークさんに包み込まれながら、ぽわぽわする心に心地良く揺られて、心音に何処か安堵感を覚えて、目を瞑った。


「……あ、小さな寝息が……もう寝たんだね」


 シロークはもう眠ってしまったカルロッタの頬に唇を近付けた。


「……はは、僕らしく無いね……。……君は受け入れてくれるかい?」


 僅かな寝息を聞きながら、眠りの海に漂っているカルロッタを見詰めながら、シロークは頬に唇を付けた。すぐに顔を離し、顔を紅潮させながらカルロッタを抱き締めた。


「うー……! 君の所為だよカルロッタ……――」


 ――フォリアはマーカラの身の回りの世話をしていた。勿論本意では無い。どう言う訳かそれをマーカラから命じられたのだ。


「……何で私がこんなことを」

「文句を言わない。貴女の為にあたしの時間を使ってあげてるの。本来なら貴女みたいに謁見どころか今みたいに会話することも出来ないのだから、光栄に思いなさい」


 フォリアは苦い顔をしながら、マーカラが食い散らかした人間に小さな肉片と撒き散らされた血液を掃除していた。


 彼女にとってそれは苦痛では無かった。何せ彼女は自身の母親を殺し、それを処理したのだ。その前から、自身が殺した相手は丁重に処理し、証拠を一切残さずにここまで生きて来たのだ。


 そうやってフォリアは生きて来た。故に苦痛では無い。


 フォリアはちらりとマーカラを見た。暇を潰す為に本を開いて読んでいた。


「……何を読んでるの?」

「これ? ……そうね、とある吸血鬼の話、とだけ言っておくわ。けれどこれ、人間が書いてるのよ」

「つまり吸血鬼が悪役ってことね?」

「ええ、そうなの。同族ながらに可哀想だと思うわ。それと同時にこんな簡単に倒されるなとも思うけど」

「……物好きね」

「そう? 人間だって、人間が悪役の物語を嗜むでしょう? それは偏見と差別では無く当たり前の感覚、悪とは種族関係無く、絶対的に、普遍的に存在する正義執行の為の重要な人物達」

「悪を肯定するの?」

「肯定はしてないわ。理解は出来るけど。……いえ、ある意味において肯定とも言える。悪ならば、あたしはそれを容赦無く殺せるのだから」

「悪で無くとも貴方は殺すでしょう?」

「ええ、勿論」


 マーカラは笑みを浮かべながら、先程食い散らかした人間から抜いておいた血液を入れたティーカップを傾けた。


「……貴族ならもう少し上品に食べて欲しいんだけど」

「リーグに貴族はいないわ」

「なら訂正するわ。謁見も構わない程に位の高い方なら、作法の一つも覚えて欲しいんだけど」

「礼儀作法なら知ってるわ。それが生きて暴れる人間にも適用されるかと言われればまた別の話だけど。左端から一口ずつナイフとフォークで切り分けろって? 齧らずに一口で食べろって? あんなに大きな筋肉質の男を食べる為には酷な話。あたしはか弱い女の子なの」

「その筋肉質の人間を骨ごとぼりぼりと貪っていた吸血鬼がか弱い女の子? 冗談にしては面白く無いわね」

「お気に召さなかった? 残念、同族の彼等に言えば大笑いの渦なのに」

「きっと愛想笑いよ、それ」


 マーカラは些か機嫌を悪くしていたが、怒鳴るでも無く襲う訳でも無く、紅茶代わりの血液を飲み干した。


「……さて、休憩時間は終わり。始めるわよ」

「大した休憩も取った気がしないのだけど」

「あれで体を休めなかった貴女が悪いわ」


 フォリアの何か言いたげな表情にマーカラはほくそ笑みながら、深紅の瞳を子供の様に輝かせていた。


 マーカラはフォリアに、新しい玩具の様な期待感を抱いているのだ。痛め付ければその分成長し、そしてより一層魔力の真髄へと近付く人間。フォリアにとってはとんだ災難だが、マーカラにとっては面白い愛玩動物なのだ。


「あ、やっぱり無し。呼ばれたわ」

「呼ばれた?」

「すぐ帰るから……そうね、掃除でもしておいて」


 そう言ってマーカラは転移魔法を使ってその場から消えてしまった。一人残されたフォリアは、未だに持っている血濡れた掃除道具を抱えたまま、屋敷内を歩くことになった。


 何せ今まで碌な従事の者がいなかった所為か、そこらかしこに血と腐肉が散乱している。常人ならば吐き気を催し正気の沙汰ではいられないのだろうが、フォリアにとっては大したことでも無い。


 そして、フォリアは掃除の間に見付けてしまったのだ。マーカラの私室を、見付けてしまった。


 フォリアはここがマーカラの私室だと理解しながら、覗いたのだ。あのマーカラの秘密を握ってぼろくそに言い負かしてやろうと思い、覗いたのだ。


 そこは、まるで貴族の箱入り娘が住んでいる様な部屋だった。だが、多くの誰かの手作りの人形だった物が床に散乱しており、踏み潰され、飾られた絵画が枠組みごと壊されていたりもしていた。魔力によって傷付いた壁もあり、癇癪持ちの子供部屋と言われれば納得出来る内装だった。


 天蓋から垂れた血の様に赤い布に隠された、一人で寝るには大き過ぎるベッド。子供が二人なら丁度良いのだが、やはり一人にしては大きい。


 そのベッドの上に、一つの大きな熊のぬいぐるみがあった。恐らく立てばマーカラ程度の背丈のあるそれはそれは大きな人形であり、窶れて汚れてはいるが、マーカラなりに丁寧に手入れしているのが分かる。


「……これを作る職人も、材料も、揃えるのに苦労しただろうに……流石上流階級……」


 破れている箇所から出ている綿は、不要な布切れや木では無く、しっかりとした羊毛である。ぬいぐるみの肌は山羊の毛を毛立たせた物であり、その職人の技法の高さが垣間見える。


 その余りの出来に、フォリアは自然と手を伸ばした。その毛に、触れる直前――。


「お前が触るなフォリアァ!!」


 フォリアの体に黒い魔力の塊が直撃した。それは彼女の体に衝撃を叩き込み、壁に押し付けた。


 帰って来たマーカラは壁に押し付けられたフォリアの首を締め上げた。


「あれが! あれが何なのかも知らないお前が! お前がお前がお前が!!」

「……ああ、あれは、星皇の置き土産ね」

「お前が触れて良い代物じゃ無い! あれはあたしの為に、あの人が作ってくれた物だ! もう……! もうあれしか残ってない……!! あれしか……もう……あぁ……あたしの、あたしの所為で……」


 マーカラは涙を流しながら、フォリアの首を締める力を緩めた。膝の力は抜け、床に蹲った。


 そんな彼女をフォリアは見下した。今のマーカラは、一人の恋する乙女であり、その恋慕を五百年拗らせた哀れな箱入り娘だった。今までの、人間を喰らう怪物はいないのだ。


「……ごめんなさい。……そんなに、大切な物だと思わなかったの」

「……フォリア、貴女は、大切な人から送られた物はある……? それが、自分の強すぎる力の所為で力加減を少しでも間違えるとすぐに壊れると思えば……あたしの気持ちも分かるわ」

「なら一生分からない。貴女みたいに馬鹿げた力を持っていないの」

「そう……恵まれてるわね」


 マーカラは涙を拭い、ぽつりと呟いた。


「……こんな思いをするなら、最初から一人が良かった」


 フォリアは手の痕が残った首に触りながら、あのぬいぐるみを一瞥した。


「綺麗な作りね。材料も集めるのは大変だっただろうに、あんなに大きな物を作ってくれたなんて。余程愛されてたのね」

「……あの人の愛は、決してあたしに向かない。寵愛は全てルミエールにだけ向く。……それ以外があるとするなら、きっと七人の聖母ね……。……だからあたしに向けられた愛はきっと……子供をあやす様な、そんな……心情。……あたしが欲しいのは、それじゃ無かったけど、それでも嬉しかった。……でも、でもぉ……すきだったの……あいしてたの……!」


 マーカラの涙でぐしゃぐしゃになった顔を見ながら、フォリアは口をまた開いた。


「私で気分転換でもすれば? 丁度良く、ここに貴女が大好きな人間の玩具がある。存分に痛め付ければ良い。勿論、反撃するけど」


 マーカラの表情に、すぐ笑みが浮かんだ。


「ふふっ……はははっ……! やっぱり貴女のそう言う所が好きよ。ええ、大好き。そうね……また充分に痛め付けてあげる」


 マーカラは狂気的な笑みを浮かべた。それに呼応する様に、フォリアも。瓜二つの笑みを浮かべた。


 二人の狂気は赤い館と永遠に日が差し込まない場所に幽閉されている。決して日の目を浴びてはいけない衝動が屋敷を揺らし、この館の噂は広まる。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……と――。


 ――ソーマはメグムを前に、紅茶を啜りながら冷静に会話を交わしていた。


「どうですか、第一師団長様から見てあの二人は」

「星皇の心腹の友である君がそう言うと何だか萎縮しちゃうんだけど……」

「そうか、なら何時も通りに。……で、どうだ」

「うーん……カルロッタちゃんは相変わらず規格外。あの子五感も鋭いみたいでね。多分目を瞑っても一本に張られた縄の上を歩けると思うよ」

「シロークは?」

「充分。それにあの子の中から、何か輝く物が見える。やっぱり運命かな。サヴァイアントである彼女を中心に、続々に集まってる。何れ大きな台風になるはずだよ」


 ソーマは重苦しく神妙な表情を浮かべると、紅茶を一気に飲み干し、言葉を発した。


「……妻は、カルロッタを星の皇の器だと表現した。メグムさんから見て、カルロッタはどう見える」


 メグムは顔を強張らせると、俯きながら、腰にある歪な鍔の形をしている剣の鞘を撫でた。


「……彼女は、彼と良く似てる。もし、もしも、本当に彼女が、星の皇の器なのだとすれば……それはつまり――」

「……()()の計画は何の弊害も無く進んでるな。……成程、だからルミエール達は……」

「計画の阻止は……出来るかな」

「無理。絶対に」

「ソーマ君がそこまで言うなんて珍しいね」

「どうしようも出来ないことだってあるんだ。それなら俺は潔く諦める。まあ、必死に抗うが」


 ペルラルゴの髪が部屋の外から伸びており、その髪が空のティーカップの取手に巻き付き、傍に置いてあったティーポットの取手にも巻き付き、それを傾けティーカップに紅茶を注いだ。


「そう言えば、ソーマ君が手掛けてる子は?」

「ああ、フロリアンか。まあ、才能はある。才能だけならある。問題は性格とその他諸々。正しく唯我独尊、まあそのへったくれのプライドはカルロッタに壊されたがな。ククッ……!!」

「……あんまり虐めないでよ」

「メグムさんがそれを言うのか……?」

「あたしは愛のある指導だから良いの!」


 ソーマは遠い目をしながら紅茶で満たされたティーカップを持ち、それを揺らした。


「そう言えばファルソ君は?」

「ルミエールとメレダに拉致された」

「……まさか玉座に座らせようと?」

「そんなことはしないだろ。まだ精神的にも未熟だ」

「まさか彼が精神的に成熟してたとでも?」

「まあそれはそうなんだが。色々受け入れられる精神を持ってたのなら玉座から離れない」


 メグムは俯きながら、肩を震わせながら眼球に涙を溜めて呟いた。


「……彼が失踪したのは、あたし達にも責任の一端がある。……彼に、全てを背負わせてしまった。栄誉と栄華と絶大な権力、それに比例する重責と大罪と後悔も」

「……一日戦争が無くても、何時かは心を壊した。遅かれ早かれ結局、結末は同じさ。失踪の理由が若干変わるだけで、結局……あいつは俺達の前から姿を消す」

「今でも思うの。……もっと彼の心に踏み込めば、彼の心を、救えたのかも知れない」

「……どうだろうな」


 ソーマはまた紅茶を飲み干した。


「……五百年前の話をすると、喉が乾く。さて、そろそろ時間か。次の英雄を育てる為に」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


カルロッタの無意識人誑しの能力発動。流石、救世主。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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