日記4 必要な冒険者試験! ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
……あれ……おかしい。
もう何時間も待っている。だが、誰も呼びに来ない。
「わー、ぷにぷに」
少年が私のほっぺをつつきながらそんなことを言っている。
だが、本当に誰も来ない。忘れられているのでは無いだろうか。流石にそれは無いとは信じたい。
暇を潰せる方法はある程度はこの部屋にあるが、それでも本や少しばかりのカードゲームだけ。
日が沈む頃、砂糖菓子を食べたからお腹はあまり空いていない。虫歯にならなければ良いが。
どれだけ待っても誰も来ない。心配と焦燥が私の頭の中でぐるぐると回る。
星と月が見える程暗くなった頃、ようやく人が来た。
「お待たせしました。第二試験の会場へご案内致します」
やはり変だ。こんなに夜遅い時間に第二試験を開始するなんて。
やることと言えばバチバチに戦うと思っていた。どうやらそんな単純な物では無いらしい。
もう暗い夜の森にそのまま放置された。
……やはりここも結界に囲まれている。恐らくこの結界が私の魔力探知を鈍らせている。
私でも解析出来ない。出来ない程難しい訳では無い。妨害される。
解析の妨害もこの結界の術式の中にあるのだろう。解析はほぼ不可能と思った方が良い。する必要も無いかな。
やがて、第一試験の合格者の50人近くの人達もちらほらとやって来た。
やはり試験監督は最後にやって来るらしい。
ようやくやって来たのはランタンをぶら下げている杖を両手に抱えている小さな少女だった。
「第二試験監督の"ググ・トンプソン"です!」
可愛らしい少女だ。第一試験監督の人とは全然違う。
「……何ですかジロジロ見て。あー! どうせ私の体が小さいのが気になるのでしょう! これでも今年で49才です! 色々あってこんな姿になっているだけで多分ここにいる貴方達よりは年上です!」
怒りを含めた声が暗い夜に響いた。
少し気になってこの少女に解析をしてみた。
……厄介な術式が刻まれている。恐らく呪いと言われる魔法の類だろう。
まあ、私が手を出す問題では無い。
「こほん、まあ良いです。私は心が広いのです。第二試験の合格基準はこの森にあるまみょの……」
あ、噛んだ。可愛い。
「……まみょの……魔物。魔物の体の一部の石を第二試験終了まで一つでも持っていれば大丈夫です。どうです、優しいでしょう。無関係な破壊、試験者への攻撃、試験者問わず魔物以外の殺害、それに闇を照らす灯りになる魔法も禁止です。基準を満たせなかった者、禁止行為を犯した者、気絶もしくは辞退した者は不合格です。制限時間は……もう眠いでしょうから3時間にします」
その優しさは嬉しいが、優しさが更に難易度を上げているような気がする。
「それでは第二試験、開始しまーす!」
ググさんは杖を何度も振ると、周りの人が転移魔法で次々と飛ばされた。
そのまま私も同じように夜の森の何処かに来ていた。そのまま薄く霧がかかり、濃霧になった。
「……うわー……。こわいー……」
あ、そう言えばどんな魔物なのか聞いてなかった。けど第一試験を考えると、第二試験ともなれば……。
魔力探知は正常に働かない。恐らく五感だけで探せと言うことだろう。
……せめて幽霊が出ないで欲しい。そうなれば泣き叫んで何も出来ずに試験を不合格になる。
……何か声が聞こえる。声、と言うよりかは鳴き声に近い。「ジージー」と言う警戒しているような鳴き声が聞こえる。
その僅かな鳴き声を頼りに進んでみると、視界不良のせいで分かりづらいが何かがいる。
木の枝にぶら下がっている小さな蝙蝠の魔物。その額に小さな白い石が埋め込まれている。それとも最初から付いているのか。
だが、余程警戒心が高いのか、すぐに霧の中を飛び何処かへ行ってしまった。
だが、その飛ぶ速度よりも私の魔法の方が速い。簡単に魔力の塊で射抜けた。
とりあえずその蝙蝠から石は回収出来た。
「これで一応合格なんだよね?」
……ふーむ……何か嫌な予感がする。最近分かったことだが、こう言う時は本当に何かがある。
確かこれを最後まで持っていれば合格だ。……ん? 最後まで?
条件からして試験者同士の戦闘による奪い合いは想定されていない。まず出来ない。
つまりそれ以外の要因……。……やはり嫌な予感がする。
第一試験が規格外と戦闘能力が高い人と冷静な判断能力を有する人を残す試験なら、恐らくこの試験は、協調性。そう思った。
……ここだと解析もやりずらい。少し時間をかければ出来るが、それが出来る程私の心は平穏では無い。
不確定要素が多すぎる状況、それに加え視界不良に陥ったことによる不安感。ただそれが私の心を染める。
だから私は一人での旅が出来なかった。すぐに同行者を見付けて一緒に旅に行った。
私は孤独が嫌いだ。ただ、寂しい思いをしたくないから、孤独は嫌いだ。
そろそろ精神的に厳しくなった頃、白い濃霧の奥に人影が見えた。
「うわー!? おばけだー!?」
「違う違う違う!! おばけじゃ無いし敵でも無いから!!」
凝視して見ると、第一試験の合格者の一人の女性だった。杖を地面に置き、両手を上に挙げている。
短く切っている茶色の髪の女性に敵意は無いことくらい分かる。
「……まず、第一試験の規格外の一人で合ってるよね」
何だか変なあだ名を付けられている……。
「はい。カルロッタ・サヴァイアントです」
「カルロッタ、ちょっと手を組まない? 悪い話じゃ無いってことは保証するからさ」
「……まあ、恐らくこの試験は協調性が重要みたいですから良いですけど」
「あ、それ気付いてたんだ。なら話は早いや。私は"ジーヴル・サトラピ"。覚えてくれると助かるんだけど」
ジーヴルさんは私の杖より短いが、氷のように透明で綺麗に輝いている真っ直ぐな杖を片手に、木にもたれかかって話を始めた。
「まず第一試験を考えるとこれが協調性を測る試験だと思うのは私も同じ。ただ問題はあのチビの試験監督が言っていた禁止行為の一つ、『気絶もしくは辞退した者は不合格です』て言う言葉。これがどーもきな臭い」
「そうですか? 結構当たり前じゃ無いですか?」
「もちろん私の頭だからこそ導き出せるの」
自意識過剰……いや、その自信に伴う頭脳があるなら過剰と言うのは失礼だ。
「まずあの魔物と出会ってみたけど、小さいし逃げ足は速いし……足じゃ無いか。羽か。まあ、マトモに倒せるとは思えない。余りに戦闘技術が高い人が有利過ぎる。第一試験みたいに事前に伝えていない理不尽極まりない合格基準があるとは思えないけど、何か伝えてないことはあるはず。それこそ、気絶もしくは辞退をする程の何か」
「……視界不良による襲撃……でしょうか」
「多分ね。魔力探知が出来ない以上それが濃厚、しかもあっちには探知出来る方法がある。冷静な人と戦闘能力が高い人を合格にしたのはきっとそれが理由。戦闘能力があれば襲撃を返り討ちに出来て、冷静な判断が出来る人がこの事実にいち早く気付く。戦闘能力があり協調性がある人が、冷静な判断が出来る人の説得に応じて協力をする、それが恐らく今回の第二試験で測る協調性」
不思議と納得出来た。いや、納得するしか出来なかったと表現するのが正しいはずだ。
私達が出来る予測で、そこから導き出せる最大の理論だろう。全てが矛盾無く出来ている。
「つまり戦闘能力が高い人と出会えば第二試験は合格出来ると踏んだんだけど……そこで出会ったのがカルロッタ、規格外に分類された貴方だった。運も私に味方しているらしい」
「協力しなかったらどうするんですか?」
「貴方は協力するしか無かった。魔力探知も出来ない、しかも視界不良、こんな場所での襲撃、それはもう不意打ち以外ありえない。二人以上じゃ無いと対処は難しいぞー?」
ジーヴルさんはケラケラと笑いながら私の手を握った。
「さて、協力するしか無いわよね?」
「元々そうする気ですよ。教えてくれた恩があるのに無下には出来ないですから」
「詐欺師に簡単に引っ掛かりそう……ま、いっか。よろしくカルロッタ」
私はジーヴルさんと行動を共にした。
「一応聞いておきたいけど使える魔法は?」
「初級魔法だけです」
「……またまた冗談を」
「契約で縛られているので」
「……え、じゃあ第一試験の時何で届いたの? ただの初級魔法だと難しいと思うんだけど」
「魔力の拡散を極限まで抑えて放てばあの距離でも届きますよ」
「……やっぱり貴方は規格外。うん。確信した」
霧の中を歩いていると、何故か魔物の石が落ちていた。小さいから見落とす所だった。
ジーヴルさんは「やっぱり運が良い」と呟き、石を拾い上げた。
「……あーそう言うこと。これに魔法がかかってるんだ。だから場所が簡単に分かるってことか」
「ただの戦闘能力が高い人だと石を取って不意打ちですぐにやられるってことですね」
「予想では。今は体感時間で1時間経った頃か……。残り2時間……難しい?」
「大丈夫です」
「流石規格外ちゃん」
新しいあだ名が出来た……。
霧は依然として濃く広がり、お互いの姿が辛うじて見える程になっていた。
それと同時に辺りの木から音が何か聞こえた。魔物よりも重い何かが着地したような音、そこに向けて魔力の塊を放った。
何だか野太い悲鳴が聞こえたが、そのすぐ後に逃げるような音が聞こえた。
「撃退は出来ました」
「後は隠れるとか……。……それも難しいか」
歩いても立ち止まっても大して変わらないだろう。この広大な森の中において動くのも怖い。しかし動かなければ襲撃の可能性が高い。
「……あのー」
「何、良い案でも思い付いた?」
「……凄い怖いので手を繋いで下さい」
「……えー。良くそんなので冒険者試験に受かろうとしたね……」
「そう言えばジーヴルさんは何で試験を?」
「……別に。特に深い理由は無い」
その顔は、少しだけ悲しそうだった。
……ふーむ、絶対何かある。
私が知らないだけで、何か特典があるのだろうか。そう言う話は聞かなかったため分からない。
だが、何かあるのだろう。そうで無ければこんなにも人は集まらない。
更に時間が経った頃、霧の先にランタンの灯りのような物が見えた。ゆらゆらと揺れていて、やがて現れたのは小さな体の女性。
「2時間経過ー、2時間経過ですよー。……あ、見付けました。……どうやら気付いているようですね。第二試験合格は近いですよ。今、魔物は全て倒されました。これからは襲撃者が増えてきますよ。後1時間頑張って下さい」
それを伝えるために来たようだ。
ググさんは杖を振り、そこから姿を消した。私達が移動したのかあの人が移動したのか、この濃霧の中では分かりづらい。
そして、ググさんの言葉を飲み込み、警戒心を更に高めた。
やがて体感で数十分経った。
杖は常時力強く掴み、臨戦態勢を整える。それが最大限で、それでいて対処は簡単に出来るはずの行動だった。感覚は鋭くなり、目に写る情報は、肌で感じる情報は、耳を通る情報は、周辺全てを見ていると表現出来る程に正確だ。
「……おかしな感覚がする……」
「おかしな感覚って?」
「……魔物でも、人間でも、亜人でも、魔人でも、何でも無い。もっと純粋な、それも黒い、肉体の……」
その直後にやって来たのは、明らかに異質な存在。
人の形をした黒い何かがいる。夜の影でそう見えるのではなく、光を全て吸い尽くす程の漆黒の体をしている。それが何体も、何体も、こちらにやって来る。
連なるように、重なるように、こちらに走り波のように襲いかかった。
「いーやいやいや!! これは無理ですよ!! 流石に多すぎますよ!!」
「やっぱり!? と言うか急に難易度が上がり過ぎ!! ここで一気に落とす気!?」
私達は後ろに走り、霧を掻き分けた。
「何かおかしい……! 協調性を測るための試験にしては明らかに投入された魔物の数が多すぎる! いくらこっちに規格外ちゃんがいたとしてもこれは多すぎる!」
ジーヴルさんは一度足を止め、杖をその大群に向けた。
その杖から伸びるように氷で出来た茨のような物がその大群を囲み、やがて縛った。
縛り付いた黒い生物は即座に凍り付いたが、その後ろにいる存在が更に前へ前へと進み続けるため、凍り付いた生物の壁を破りまた襲ってきた。
すると、逃げる先にランタンが揺れる灯りが見えた。
「ジーヴルさん! 向こう! ググさんがいます!」
すると、濃霧が突然晴れた。視界が良好になったおかげでググさんがこちらに気付き、杖を振った。
すると、私達はまた別の場所にいた。そこには他の試験者もいた。
「良かった……。怪我人がいるなら名乗って下さい!」
何だか色々慌ただしい。この様子から分かるのは、あの生物は明らかに異常な事態による産物だと言うことだ。
良く見ると第一試験監督がいた。第一試験だとあんなに気怠そうだったのに、今は少しだけ焦っている。
「こちらで第二試験の受験者の全員を確認完了」
「ありがとうございます! ソーマ様に報告は?」
「もう済ましてある。だが……あの顔は恐らく犯人を分かっているな。合格はどうする」
「今の所合格基準を満たしている人に全員です」
「それでも前年よりは多いな……。もう少し減らしても良いんじゃ無いか?」
「合格を決めるのは私です」
「……失礼した――」
――ソーマは第二試験会場を包んでいる結界を解除した。
この結界はソーマが作り出した物だ。あまりに広範囲で、あまりに複雑な魔法術式を離れた所で数時間持続させていることこそ、彼の技術力を証明している。もちろんあの濃霧もソーマの魔法だ。
空に立ち竦んでいるソーマは、手を上に挙げた。
「……"清浄なる光沢""星々は輝く""月は陽を跳ね返し""やがて闇を照らす月光"」
ソーマの上の星々が煌めく夜空に巨大な魔法陣が地面に平行に浮かんでいた。
第三試験会場の広さは半径20km。そこから見える星空の景色の全てを支配するように複雑で細かな魔法陣が浮かんでいる。
「"正義は我にあり""正義は我らが王にあり""放たれるは聖なる波動""蠢く闇を貫き、そして全てを焼き尽くす""放たれろ、聖なる星の煌々よ"」
その魔法陣から放たれるのは眩しく輝く白い光線。その全ては黒い生物に向けられ、全てを殲滅した。
そして彼は試験会場の中心に降り立った。
「……おい、勝手なことをするな」
その目の前にいるのは、女性だった。
黒い髪に、銀色に輝く瞳を持つその女性は、月下美人の花のように夜空の月光に美しく照らされていた。
「最近この国の魔物の発生率が異常なレベルで下がっている。お前のせいだな?」
薄ら笑いを浮かべていた女性は、ソーマを見ると懐かしそうに眺めた。
「あら……久し振りね、ソーマ」
「俺達にとって10年は久し振りじゃ無いだろ。偶にはリーグに帰れ、このバカ。ルミエールが寂しそうにしてたぞ」
「そうね。考えておくわ。けれど、あの子は私の王の寵愛を一心に受けているから憎いわ。だけれど私は未だに、あの星の光に恋い焦がれているのよ。その星の光を、私は永遠に探している」
「……それは……もう少し待っていてくれ。……一応聞いておく。アステリオスの周辺におよそ2000体の上くらいの魔物が出現した。そんなことが出来るのは、正直に言うと俺はお前しかありえないと思っている。どうだ?」
その女性は不思議そうな顔をしていた。
「いえ、それは私では無いわね。私はあくまで魔物を集めるだけ。偶に死体よ。けれど……アステリオス……ああ、あの周辺であんなにあったのはそう言うことなのね」
そしてまた薄ら笑いを浮かべた。
「……まあ、良いさ。お前じゃ無くて良かった。もしお前が犯人なら、俺は500年前に激動の時代を生き残った戦友をこの手で斬らないとならなかった。それじゃあ本題だ。何でこんなことをした」
「やはり気になるのかしら。理由を言うなら……そうね。リーグの王と同じ目を持つ子がいたから、少しちょっかいを出したくなってしまったの」
「同じ目……カルロッタか?」
「カルロッタ? それは誰かしら」
「赤髪赤目の女性だ」
「ああ、あの子ね。あの子じゃ無いわ。魔力が多い人間を誰彼構わず襲う程私に良心が無い訳では無いの。けれど……人間にしては壮大な魔力を持っているからあの子も気になるわね……。あぁ……ちょっと彼のことを思い出してしまったわ。……ああ……記憶は薄れずにずっと鮮明に写り続ける彼の美しく美しく美しく美しく美しく美しく美しく美しく!! あああぁぁぁぁぁ!! 彼はあの時から美しく醜く完璧で瑕疵で神々しく禍々しいあの姿はまだ私の瞳の裏に映っている!! 誰よりも愛している愛している愛している!!」
ソーマはため息をついていた。
だが、見慣れている光景だ。この狂気と狂喜を繰り返すのがこの女性だと、ソーマは分かっている。
「……いや、だから、誰だよ――」
――第二試験は予想外の事態により予定された時間よりも早く終わった。一応は合格らしいが、第三試験はまた明日だ。私は宿泊部屋に帰っていた。
もうヴァレリアさんとシロークさんの二人は寝ている。少しくらい声を聞いておきたかったが、仕方無い。眠たいのだろう。私も眠たい。
仕方無く、起こさないように足音を立てずに、ヴァレリアさんの寝ている横に潜り込んだ。
背中から腰に腕を回し、ただ抱き締めて寝ようとした。
……良い匂いがする……心がぽわぽわする……。……安心して眠れそう……。
「……んー……カルロッタ……?」
「……あ、起こしましたか……? ヴァレリア……さん……」
「……どう……? 合格出来そう?」
「……はい……」
ヴァレリアさんはベットの上で体を回し、私の視界はヴァレリアさんの胸に埋まった。
「……そう、良かったわね。……合格すればしばらくは会えないから、今の内に……」
「……ヴァレリアさん……」
「んー……何?」
「……頭、撫でて下さい」
何故だろうか……。この人は……とても暖かい……。……甘えたい……。心がぽわぽわして、とても心地良くて、僅かに聞こえる心音が落ち着く……。
ヴァレリアさんは「……うー……」と唸っていた。だが、少しすると私の頭を撫でるように、優しい手を動かした。
「満足? ……あら。……寝てる……。全く、仕方無いわね。……可愛いカルロッタ。ほっぺがもちもちのカルロッタ。私は、私達は貴方の味方だから――」
――……あれ……寝ていた……。
何だか体が動かない。動かないと言うよりかは何かで押さえられて可動域が狭い。
柔らかい何かに挟まれて自由に動けない。
何とか重い瞼を開けると、ようやく理解出来た。
ヴァレリアさんに抱き締められているのは覚えているが、私の背にシロークさんも眠っていた。
シロークさんの腕が私の腕を締めて動けない。しかもヴァレリアさんの足が私の足に絡まって動けない。
「……おーい……ヴァレリアさーん、シロークさーん、起きて下さーい、動けませーん……」
もぞもぞと動いていると、ようやくシロークさんが起きた。
眠たい目を擦りながら、何時の間にか床で逆様になっていた。
「……あ、おはようカルロッタ」
「逆様になって言うんですか……」
「何時もの特訓だからね」
「寝起きでするのが凄いですね」
「褒められるとやっぱり照れるね……」
そのまま片腕で逆様になっている。やはりシロークさんは凄い。
やがてヴァレリアさんも起きた。すぐに私のほっぺに手を伸ばして、つねって伸ばしている。
「あぶぶぶ……」
「……んー? あーこれカルロッタね。ほっぺがもちもちだから分かったわ」
「あゔぁゔぁゔぁ……」
その後身支度を整え、二人に見送られてまた試験のためにギルドへ向かった。
第三試験の会場に案内され、やはり結界に囲まれている広い土地だ。だが、魔力探知は出来る。
恐らく逃亡が出来ないようにするためだ。それと同時に侵入も出来ないようにするため。
それならもう少し色々やれると思うが……まあそんなことをすれば試験では無いのだろう。
ふと辺りを見ると、何だか見覚えのある顔が見えた。
左手に持っている小さな苗を持っている変人の男性。その人はこちらに気付いたのか、右腕で苗を隠しながらこちらに近付いて来た。
「チィちゃんの後を追ってここまで来たか貴様……!」
「だから違いますって! 奪おうとしてませんよ!」
「と、すれば……第二試験を合格したのか。……その小さな魔力で? 相当運が良いらしい」
何だか失礼なことを言われている気がする。それに……ああ、これは仕方無いのかも知れない。私は許してあげよう。仕方無い。
「一度目か? それとも二度目か? それとも……ああ、試験を受けた回数だ。俺は二度目だ」
「一度目です」
「……と、なればあれを越えたのか。……どうやってだ?」
「何回聞くんですかそれ……」
「この目に写る情報は、お前を弱者と写している。だからこそ聞きたい。どうやって第一試験、第二試験を越えた? 確かに第二試験は何か予想外の事態が起こったらしいが、それでもお前が越えられるとは思えない」
「それくらい私が優秀ってことですよ」
この人は……うん。変人以外に言える言葉が見付からない。
少し待ってみると、ジーヴルさんもやって来た。
「カルロッタ、第二試験ぶり」
親しく話かけたジーヴルさんは、この変人の男性を見ると、何だか面倒臭そうな顔をしていた。
「げ、変人だ」
「知り合いですか?」
「知り合いにもなりたく無いこんな男。ただちょっとした有名人。去年の第三試験監督を殴り倒して試験会場を破壊したバカ」
「えぇ……」
「しかもその理由が持ってる苗を焼かれそうになったから」
「ええ……えー……えぇぇ……」
もう言葉も出ない。
「チィちゃんを傷付けるあいつが悪い!」
「変人だー!」
「失礼だなこの女」
あれ? そう言えばこの人は第一試験にいなかった。……ああ、そう言えばあの第一試験監督は確かに試験の一回目の人に付くと言っていた。この人は二回目だから会わなかったんだ。
すると、恐らく第三試験監督の人が一抱えの箱を地面に置いて私達の前に立った。
男性は金の長い髪で顔を隠している。長すぎて少し遠い場所に毛先が見える。
その細い腕で何とか髪を集め、自分の腕に巻き付けた。
「……えー……はい。それでは……」
何かを言っている。声が小さすぎて聞こえない。
「……です。それでは第三試験を……」
すると、何時の間にかいたフォリアさんが明るく声を出した。
「試験監督さーん」
「ひっ……!! な、ななななななな……何でしょうか……」
「何も聞こえませんでしたー」
「あ、あああああ……だから試験監督なんか嫌だったんだ……。前年の第三試験監督は殴り倒されたって言うし……しかもその受験生が今年もいるって言うし……」
おどおどしながらその場でしゃがみ、土の地面に指で何かを書いている。
「……あぁ……どうせ僕は殴り倒されて殺されるんだ……。ここで死ぬんだ……」
……精神が不安定過ぎる……。確かに試験監督を務められる精神性では無い。
「……あーでも……やらなければ……ソーマ様に怒られる……。……えーと……そのー……とりあえず、呼んだ人からこの箱の中の紙を一枚取って下さい……」
色々不安だが、まあ……うん。きっと大丈夫だろう。
取った紙に書かれているのは黒い文字で書かれている記号だろうか。……あ、これ凄い。一筆書きだ。こんな複雑な形を一筆書きで書いてる。
「え……と、その……第一試験、第二試験は五つの団体に分かれて試験をしましたが……第三試験は……第一試験、第二試験の合格者をまとめて試験をしますので……少し数が多いのです。およそ100名……ですので……約3名のグループに別けますので……同じ紋章の人を探して下さい……」
探していると、一人見付けた。ジーヴルさんだった。
どんなことをやれば良いのかは分からないが、第二試験を一緒に過ごしてこの人の優秀さは良く分かっている。何とかなりそうだ。
もう一人は……あー……フォリアさんだった。
この人には苦手意識がある。恐怖とも言える。この人を見ていると私の心が妙にざわつく。
「よろしくお二人さん」
「あ、第一試験で無傷だった人ね。よろしく」
「君……ああ、だから冒険者試験を。お互いカルロッタの足を引っ張らないように頑張ろうね」
あくまでも友好的に微笑んでいるフォリアさんだが、やはり怖い。あの目の奥に、狂気が潜んでいるように見えて仕方が無い。
「そ、それでは……第三試験の説明を……。あぁ……あまり興味は無いでしょうが……僕の名前は"ペルラルゴ・マルティネス"と申します……。……ああ、早く説明しなくては……手際が悪くてすみません……。どうせ僕は……」
また精神が不安定になっている。何故こんな人を試験監督にしたのだろうか。そんな疑問が止めどなく湧き上がる。
「その……えーと……こちらを……」
そう言われて、髪の毛の束から紙の束を取り出した。それを1グループ1枚に配っていた。
「えー……それに書かれている物は……まあ……その……大分上手いと思いますので見ればすぐに分かると……思いますはい……。青い鳥の捕獲で5点、お腹が青い蜥蜴の捕獲で10点、二首の狼の魔物の討伐をすれば50点、そして薄紫色の薔薇を取れば200点……え……と……そ、そのグループに入ります……。……薄紫色の薔薇は会場に一輪しか無いので……注意して下さい。そして……自分のグループ以外の受験者を一人戦闘不能状態……もしくは降参させれば1点……そのグループに入ります……。……ああ、戦闘不能、降参した人はその時点で不合格です……。点数が付く物は……発見が極めて困難であり、かつ捕獲も難を極めるので……この第三試験は三日間行われることになります……。……突然のことでしょうから……そのことを保護者や、同行者に事前に伝えることをおすすめします……。その時間を……2時間くらい取りますので……どうぞお好きに……」
ならお言葉に甘えて伝えに行こう――。
「――……と、言うことです」
「成程……まあ、仕方無いね」
宿にいたのはシロークさんだけだった。どうやらヴァレリアさんはここで長期の滞在をすることになると思い、色々な依頼をこなしている最中らしい。
あの人には本当に感謝する。少しだけ変人ではあるがきちんとしている。
……そうだ。合格した後は三ヶ月の研修がある。その間もこの二人は私を待つことになるんだ。
私はシロークさんに抱き着いた。
「ど、どうしたんだいカルロッタ!? 突然抱き着いて来て……」
「……三ヶ月の研修って、何処に泊まるんですか」
「……ギルドが用意した宿泊施設。……そっか。合格すれば三ヶ月会えなくなっちゃうんだね」
「……シロークさん成分を吸収中……」
「ヴァレリア成分はどうするんだい?」
「……昨日吸収完了してます……。……シロークさん成分を吸収中……」
良し、満足。元気出た。覚悟も出来た。うん。
「それじゃあ! 行ってきます! 合格して次の国に行きましょう!」
「その意気だよカルロッタ! 君には騎士の素質があるよ!」
「私は魔法使いです!」
そして、第三試験会場に戻った。
ペルラルゴさんが曲がりくねった白い木の杖で地面に何かを書いていた。
「ふ……ふふふふふふふふ……」
変な笑い声を上げている……。少しだけ不気味に思う笑い声だ。
「ふふふふ……。……ひっ……!? ああ……びっくりしました……。……おや、あ、ああ、貴方は……カルロッタですか……?」
「はい。何で知ってるんですか?」
「えとえとえとえと……そのですね……。ソーマ様が仰っていたので……記憶にあります……。……しかし……ソーマ様もおかしな人です……。……何故こんな魔力量が少ない女の子を……。あああ……! すみませんすみませんすみません……!! 貴方を馬鹿にする意図は無かったのです……!!」
そう言って長過ぎる髪の毛を体中に肌が見えない程巻いた。
「他の人はまだですか?」
「……もう2時間経ちましたか?」
「まだだとは思いますけど」
「……なら、きっと大丈夫でしょう……」
やがてギリギリの時間に第三試験の受験者が集まった。
「……全員集まったでしょうか……。……それでは、合格基準、及び禁止行為を伝えます……。第三試験の合格基準は今から三日が経った時に……多いポイントを持っている上くらい9グループです……。……第三試験の三日日以内に残りのグループが9グループになれば……その時点で第三試験を終了……。その9グループは第三試験合格です……。点数となる物は他人が必ず見える所に保管して下さい……。討伐した魔物は……こちらで討伐グループ……を確認致しますので……死体は放棄でお願いします……。禁止行為は……その……当たり前のことを言ってしまいますが……。……他者の殺害……精神の破壊を理由とする魔法、もしくは行為……。……それ以外は許可します……。もちろん……ポイントとなる物を他グループから奪うのも許可します……」
つまりこの第三試験は特定の物品の発見能力、索敵能力、継戦能力、サバイバル能力を測る試験だろう。
色々過酷な気がするが、大丈夫だろうか。
「……ああ、言い忘れてすみません……。……この場所に戻り……第三試験の棄権、辞退を宣言すれば……来年また頑張れますので……」
それなら安心だ。
「一応救助要請の煙幕を……それぞれのグループに……。これを空に放てば……すぐに救助員が駆け付けますので……ご安心を……。それでは……第三試験……開始します」
何だかぬるっと始まった。
すると、ペルラルゴさんの髪の毛が生き物のように蠢き、私の視界を覆った。
次に見えた視界は何処かも分からない河。まだ大きい石がごろごろと転がっており、足場がとても悪い。
すると、後ろから声をかけられた。
ジーヴルさんとフォリアさんの二人は足場の悪い場所を歩いて私へ近付いた。
「何だかぬるっと始まりましたね」
「ぬるっと……成程ぬるっと。確かにそうね」
ジーヴルさんと会話をしていると、その中にフォリアさんが入って来た。
「あたし達の参謀は誰にする? カルロッタは規格外だから出来れば戦闘とか探索とか、あたしは見た敵を倒す方が得意。そうなるとジーヴルだけど」
「私……いや、大丈夫。この中だと一番頭が良い自信がある。作戦は任せて」
「自信と実力は半分くらいは比例する。もう半分じゃ無いことを祈るけど」
「失礼な奴」
私はフォリアさんが持っている一枚の紙を奪うように取り、書かれている物を見詰めていた。
「……まずこの点数だけど、明らかに対人戦をおすすめしてない。薄紫色の薔薇を取れば200点って……対人戦で挽回が出来ない。第三試験の人数はおよそ100名、1名につき1点。一輪とは言えど200点は明らかに多すぎる」
言われて見れば分かる違和感だ。
「つまりこれは、薄紫色の薔薇の争奪戦。あれを最初に取って最後まで持ち続ければ合格の最低ラインにはいけるはず。あるグループは薄紫色の薔薇を探して、あるグループはそのグループを追って横取り、どれを選んでも戦略と言う物がしっかりと出来る。つまりこれはサバイバル能力とかよりも何よりも、戦略性を測る試験だと思う」
「流石ジーヴルさん!」
「褒められるのも悪くは無い……」
「つまり薄紫色の薔薇を見付ければ良いんですね!」
「そう簡単な話じゃ無い。まずこんな広域な場所でたった一輪の華を見付けるなんて……三日で足りるかどうか……」
ジーヴルさんは深く思考の海を漂っているのか、真剣な顔で何度も頷き、そして首を横に振ったりしている。
私はジーヴルさんの手にある紙に書かれている薔薇の絵を見た。
相当細かく記されている。まるで本物を紙の中に閉じ込めたようだ。
……これなら何とかなるんじゃ?
私は魔法を使った。使った魔法は、"簡単に花を見付ける"魔法。
あそこまで細かく造形を記しているのなら、この魔法で見付けられる。
「……見付けました」
「「え?」」
二人の不思議そうな疑問の声が合わせて聞こえた。
幸い魔力探知では人の魔力を感じない。今なら行ける。
「行きましょう! 今なら行けますよ! 誰かに取られて面倒臭いことになる前に!」
「……参考までに、どうやって見付けたの?」
そんなフォリアさんの疑問には、「そう言う魔法を覚えています」と簡単に答えた。
そして、人に見付からないように、誰にも追われていないことを確認しながら静かにその場所へ近付いた。
草むらを掻き分け、隠されるように生えている薄紫色の薔薇。その一輪を摘んだ。
「200点獲得!」
「まさか本当に見付けるなんて……規格外ちゃんは流石」
ジーヴルさんでも褒められるのは嬉しい。
「けれど、これであたし達は追う立場から追われる立場になった。確かに誰かに先に取られるよりかは楽だけど、今はまだ初日。後2日ある」
フォリアさんのその言葉に同意するようにジーヴルさんは目を合わせていた。
人に隠れるように、逃げるように、私達は洞窟の中に入った。
「……さて、どうするんですか? 戦闘なら良いですけどそれを三日も……」
「……三日で200点は挽回出来る可能性がある。それこそ50点の奴を4体討伐すれば、すぐにも届く」
「あまり現実的では無いと思いますけど」
「もう一人の規格外のことを忘れて無い? あのガキのグループに、あの変人がいるのよ。あの変人とあの予想不可能の規格外が合わされば、4体の討伐は可能かも知れない。まず50点が何匹いるのか分からない時点であらゆる可能性を考慮しないといけない。強いだけの理由で50点ならあのグループは4体くらいすぐに倒せるはず」
「つまり、私達がこの薔薇を持って、それでいて他のグループが点数を一定以上取れない状況にすれば……可能何ですか?」
「……実は、一つ、賭けとも言える策がある」
ジーヴルさんは私達二人にその策を話した。
「……それ……私が要じゃ無いですか」
「出来る?」
「……やってみないと何とも……。出来たとしても相当の時間がかかると思いますし……それに私は契約で縛られているので」
「契約? ……そうね。今の内にカルロッタの出来ることを教えて欲しい」
「契約で縛られているので初級魔法だけ使えます。それに魔力も制限されています」
「魔力の制限……」
すると、フォリアさんが私の顔をじっと見ていた。
「……君、魔力を制限した上で、更に魔力を制限しているの?」
「……気付きましたか……。……私は赤ん坊の頃から魔力量が高すぎて周りに影響を与えるのでほとんど出さないように……」
「その契約魔法は、恐らく人を傷付けないためでしょ?」
「そうですね」
「なら人を傷付けない程度の魔力の開放は契約違反にはならないはず」
「あ! 確かに! 一回試してみますね――!」
――第六グループ。現在7点
「……ん?」
「どうかしたか」
「……いえ、何か大きな魔力を……気のせいだと思います」
ぶかぶかのローブと帽子を被った少年が、左手に苗を持っている男性と会話をしていた。
「あ、あのあのあの……! 何処に行こうとしてるんですか……!」
丸眼鏡を着けている気弱そうな女性が杖を両手で抱えながらその二人を追っていた。
「討伐、もしくは薔薇の発見。それを急いだ方が良い」
「そんなことも分からないんですか馬鹿ですか馬鹿なんですね」
少年の突然の罵倒に丸眼鏡の女性はその場にへたり込んだ。
「そうですよ……馬鹿ですよ私は……。けど、まさかこんな小さな子に罵倒されるとは……」
「けどあなたの魔法は使える」
「飴と鞭の落差が酷いですぅ!」
やがて男性は木の幹に張り付いている蜥蜴を見付けた。その手を素早く動かし、その蜥蜴を捉えてお腹を見た。
「……10点だ。17点になったな」
「鳥の捕獲、二人戦闘不能状態にさせて、蜥蜴の捕獲……。このペースだと……」
女性の言葉を遮るように男性は声を出した。
「まだ初日だからだ。戦闘が過激になる三日目になると遠くに逃げ出す。それにその時にはもう取り尽くされる可能性がある」
「……やはりこの試験は……薄紫色の薔薇の争奪戦」
「恐らくな」
女性は何とか覚悟を決めていた。そうしなければこの第三試験は勝ち残れない。
この女性は今年で試験が三度目だ。一昨年は第一試験で不合格、去年は第二試験で不合格。今年は第三試験試験まで来ているので着実に成長はしているのだが、それでも第一、第二試験を合格出来たのは運の要素が大きかったと女性は思っている。
……私は……第六グループの他二人と釣り合っていない。明らかに足手まといだ。
……なら、どうすれば……いや、弱気になってちゃ駄目だ。もう三年経ってしまっている。……早くしないと……。
「そう言えば、おいガキ」
「ガキと呼ばないで下さい。チィちゃんを燃やしますよ」
「その前に貴様の頭を押し潰してやるぞガキィ!!」
男性は右手でその少年の頭を拳で叩いていた。
「……痛い……ごめんなさい。要件は何ですか」
「第三試験が終われば森の中でコロシテヤル……。……お前の出来ることをまだ聞いてない」
「……色々です。基本的な属性魔法は上級くらいなら」
「充分だ。厄介で使いづらい魔法が得意よりかはマシだ」
「……だからあなたは分かりやすくて使いやすい魔法を……」
すると、男性と少年は同じタイミングで前を向いた。その目は警戒と歓喜を併せていた。
「運が良いですね」
「そうだな。初日でこれは有利だ」
女性は何が何だか分かっていなかった。その理由はとても単純で、とても簡単だ。この二人との実力の大きな乖離。それ以外の理由は存在しない。
二人に連れられるがまま前へ進むと、ようやく気付いた。
二首の狼の魔物、討伐すれば50点の存在だ。
黒い毛に覆われているその魔物の二つの頭の口から赤い炎が吹き出しており、そこに殺意が宿っている。
その魔物はこちらに気付いたのか、口を大きく開いた。
だが、男性は右手に持っている杖を振ると、その魔物に植物の根のような物が絡まった。
首や背に、脚に巻き付かれるその植物の根は更に太く強く巻き付き、やがて鈍い音と共に一つの命を蹴散らした。
"フロリアン・プラント=ラヴァー"、そのプラント=ラヴァーの家系で代々作り上げた独自の魔法。
"植物を自在に操る"魔法は、自身の魔力を込めた植物を操る。操ると言うのは、驚異的な成長さえも可能にするまでに至っている。
弱点としては普通の人間では扱い切れない複雑な魔法術式と複数の物を同時に操る場合による魔力の消費。
だが、フロリアンはその弱点を克服出来る才能を持っていた。人間にしては多い魔力量、それに加え複雑な魔法術式を扱える技量、その才能を秘めていた。
齢二十一にして、その実力は人間の熟練の魔法使いに等しい。
「これだけは討伐、つまり他グループが奪うことの出来ない点だ。それが50点も入ったことになった」
すると、女性は近くにいる青い鳥をじっと見ていた。逃げないギリギリの距離まで近付き、杖を向けた。
その鳥は飛ぼうとしたが、羽も動かなくなり、その場で止まっていた。
「二人共! 今の内に捕まえて下さいこれ! 5点とは言えど貴重ですよ!」
"ニコレッタ・ガリエナ"、彼女の得意な魔法は捕獲魔法。
彼女は心優しい。故に戦闘を積極的にやろうと思わない。だからこそ捕獲魔法を研鑽し、戦わずに戦闘不能の状態にする独自の魔法を作り上げた――。
――二日目。第二十三グループ。現在52点。
「さーさーさー! 今日も良い朝だな! ハッハッハッハッ!! アーハッハッハッハッハッ!!」
高らかで煩い笑い声はただただ不快な音を残す。
上裸の男性は、自分の腰に手を置いて体操のような動きをしていた。
「寒く無いのでしょうかあの変態は」
「爽やかで良いでは無いですか。若者は明るく活動した方が良いに決まっています」
「爽やかと言うより気持ち悪いと思うのは私だけですの?」
「……いえ……うーん…………爽やかで良いでは無いですか」
「少し思いましたね?」
その上裸の男性の後ろにいるのは、色褪せた灰色の髪と鈍い灰色の瞳をした老人と、黒いを基調としたドレスを身にまとっている白い髪と蒼い色の瞳をした上品な女性だった。
老人はきちんと揃えている鼻髭が目立ち、年老いた体とは思えない程背が高く、背筋を伸ばして優雅に歩いていた。
女性は様々な色に輝く宝石で彩られた金色の首飾りを、赤い宝石の耳飾りも着けていた。
「それで、どうするんですの。何人か倒したのは良いですが、薄紫色の薔薇をまだ見付けていないですわ」
「50点の魔物の討伐、恐らくこれを繰り返せば良いのでしょうが……それも難しいでしょう。第六グループに何やら大きな魔力を持つ人物と、あの少年が私達でも倒せない強敵でしょう。もう100点は獲得している可能性も充分にありえます。それに第十七グループに何やら不穏な目をしておられる方も……」
「ああ、あのツインテールの方ですか? わたくしはそこまで脅威には感じませんでしたが」
「それが怖いのです」
「どう言う意味ですの?」
「私は臆病者です。子供の時からずっと、必ず敵に怯えている。それがどれだけ弱くても、怯えてしまうのです。そんな私が、全員が敵と思っていた第三試験が始まる前、あの方にだけは怯えなかった。それが怖いのです」
「貴方の感覚では無いですか。わたくしと貴方にそこまでの信頼関係は無いのですよ」
「同じグループになっている以上、己の合格のために信頼するしか無いのです。どうせ三ヶ月の研修の後別れる関係ですから」
「……その黒い腹で高い役職に付いたのですね」
「良くご存知で」
老人は優しく微笑みかけていた。
話に入れていない上裸の変態は、特に気にすること無くずっと爽やかに笑っていた。その筋骨隆々の上半身の筋肉を動かしている。
すると、その男性は杖を取り出した。
「来たっ! 大物っ!」
そして現れたのは二首の狼の魔物。
何を考えるでも無く、男性は爽やかな笑い声を発しながら体当たりをしていた。
「……あれは魔法ですの?」
「恐らく違います」
「……なら何故杖を?」
「……恐らく結界魔法を体にまとっているのでしょう」
「……え、じゃあ攻撃はあの体でってことですの?」
「恐らく……」
男性は二首の狼の魔物をその筋力で締め付け、骨の首を折った。
そしてまた高笑いをして、自分の筋肉を表現するようなポーズをとった。
「真の攻撃は筋肉!」
"マンフレート・シュヴァーベン"、彼は鍛え上げた体に結界魔法をまとうことにより、最硬……と言う訳では無く、あくまで物理的な攻撃を防ぐ結界魔法のため魔法の攻撃はとても弱い。だがそれは大体筋肉で耐えられると思いこんでいるためその弱点を克服しようとも思っていない。
「……やっぱり変態ですわ。冒険者試験って言うのは変人しか集まらないのですの?」
「変態では無い! 筋肉で全てを守る守護者である!」
「……魔法が防げないのにも関わらず?」
「この筋肉の壁は魔法を通さない!」
「過信が過ぎますわ」
その女性は呆れるようにため息をついた。
やがてそのグループは歩き始めた。
「しかし、このペースだと薄紫色の薔薇の200点に届きませんわ。恐らくもう魔物は少ないでしょうし」
「やはりこの試験は薔薇の争奪戦ですね……。しかし何とか合格は……」
「いけません! 目指すなら一番ですわ! 積極的に狙いますわよ――!」
――第十六グループ。現在101点。
「うむ……面倒臭い。我のグループはもう我だけ。……潜伏のために人を割くのは得策では無いの……」
そう呟いている女性は走っている男性に背負われていた。
だが、その男性の様子は何かおかしい。本来第十六グループでは無いのにも関わらず女性を背負って走っている。
"シャーリー・パートウィー"、彼女の魔法は"服従させ屈服させる"魔法。複雑な条件が必要だが、それさえ出来れば服従させ屈服させることが出来る。
だが、彼女は未だに未熟な存在。シャーリーから遠くに離れれば簡単に魔法を解除することが可能であり、絶対的な強者にかけようとすればそれ相応の魔力が必要、それにまず発動させることも出来ないこともある。
あまりに条件が厳しく、それでいて汎用性の無い魔法だとシャーリーは自覚している。
「……いや、一人くらい倒すことは可能か……。……狙うなら数の利を活かせる相手――」
――最終日。第十七グループ。現在202点。
この日の昼に第三試験を終了する。
カルロッタは花に囲まれた地面で眠っていた。その手は胸に乗せられ、薄紫色の薔薇を握っていた。
まるで棺桶に入れられている遺体のようだ。
その周りの花はフォリアが置いている。
「……ふふ……死んでるみたい。可愛いカルロッタ……」
すると、カルロッタは少しずつ目を開いた――。
「――貴方が注目する人は?」
「そうだな……」
第一試験監督の男性が、向かいで白米を三角に固めた物を食べていたソーマにそう話しかけていた。
「もちろんカルロッタ・サヴァイアント。それに……シャーリー・パートウィーもだな。あいつの魔法は仲間がいることで発揮される。後は……うーん……フロリアン・プラント=ラヴァーとあのガキ。あいつの名前を忘れた」
「……あの子は規格外です」
「第一試験でそれは分かっている。それにあいつも気になっていたしな。……注目、とは違うが、未知数なのはフォリア・ルイジ=サルタマレンダだ。あの魔力は不気味だ。ああ言う奴は極限まで狂っているが優秀な奴が多い。だからこそ未知数」
ソーマは白米を三角に固めた物を一口食べると、突然目を見開いて勢い良く立ち上がった。
「……どうしましたか……」
「……カルロッタか……! ククッ……!! どうやら買い被りでは無さそうだ!」
すると、慌ただしくペルラルゴがこの部屋に入った。自分の前髪を踏み、勝手に転んだ。
「うぅ……。……あぁ! ソーマ様……! ご報告が……!」
「もう分かっているが一応聞いておこう」
「第三試験会場の結界が……破壊されました!!」
第一試験監督はその顔を崩し、驚いていた。
まずありえないのだ。その結界はリーグの魔導指導役であるソーマが作り上げた結界である。
ルミエールに次ぐ魔法の技術を持つソーマの結界を破壊する。それは、それと同格、もしくはそれ以上の技術を有している可能性を持つ人物による破壊でしかありえない。
そして、第一試験監督とペルラルゴは突然強大な魔力を感じた――。
――第六グループ。現在195点。
その三人は突然強大な魔力を感じ取った。
ニコレッタは具合が悪そうにその場で蹲り、そして震えていた。
「何だこの魔力……!」
「……カルロッタ」
少年はぽつりと呟いた。
「ありえない。あいつは魔力が……まさか……!?」
「……ようやく気付きましたか。確かに見れば人間の平均的な魔力量、ですが平均的な魔力なら第一試験、第二試験を突破出来るはずが無い」
「だとしても……! これが人間だと……!?」
「……――」
「――……うん。上手くいった」
カルロッタは果てし無く青い空の上に飛んでいた。心地良く風に吹かれ、何処までも青い空に目を奪われていた。
「……さて、第三試験を終わらせようかな。頑張るぞー! えい! えい!! おー!!」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
……まずい。キャラを増やしすぎて私でも把握が難しくなって来た。しかも全員に色々設定やら過去やらを持たせているから訳が分からなくなって来た。何とか把握をして……書くから……その間に私が死ぬかも知れない……。
次回! 第三試験終結! デュエルスタンバイ!
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