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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
49/111

日記22 ロレセシリル潜入作戦! ⑤

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 マンフレートの魔法使いに似合わない怪力は、襲い掛かった雑踏を投げ飛ばし、そしてその屈強な肉体の強さを証明した。


「ドミトリー! 奴隷達の解放はまだか!」

「もう少しです! 何せ数が多い様で……!!」

「そろそろこちらも限界だ!」

「戦闘用の攻撃魔法とか持っていないのですか!?」

「最近作ったが……正直使えるかどうかも分からん! 最悪暴走して俺が死ぬ!」

「ならもう快く死んで下さい!」

「辛辣だな!」


 そう言いながらマンフレートはまた一人を掴み上げ、また別の敵に投げ飛ばした。


「良いだろう! 盾だけでは平和に為し得ない! 力による平和を作り出す我が魔法を今――」


 その後の言葉を吹き飛ばす様に、マンフレートは殴り飛ばされた。そのマンフレートの腹部に食い込んだ拳の持ち主は、獅子の様な黄金の長い髪を持つ半人半魔の老人だった。


 だが、その歳からは考えられない程の体躯を維持していた。


 彼の体はそのまま屋敷の壁を突き破り、破壊し、庭にまで吹き飛ばされた。


 地面を滑り庭の薔薇を軒並み倒し、マンフレートはようやく立ち上がった。


「何だ先程の拳は!! 見事だった!!」


 あの強烈な拳の所為で腹部に痛みがまだ広がるが、なあに、まだ動ける。


 見れば、獅子の様な体躯の良い老人がいた。その片角から、悪魔か、魔人の血が混じっていることが分かった。


「……お前、何故ここに忍び込んだ」

「何故だと? この! 筋肉が! 泣いているからだ! 見よこの大胸筋と小胸筋を!! 大きく泣いているのだ!!」

「……ふーむ。成程」


 その老人は腕を曲げ、力を入れると、その見事な筋肉は膨張し服を弾き飛ばした。


「……どうだ」

「な……何だとッ……!?」


 見事な筋肉……!! 一瞬負けを覚悟する程のッ!!


 だが、ここで退けばまた多くの者が憎悪を蓄える。ここで、止めなければならないのだ!


「来い人間族よ! 貴様の筋肉と魔法の強さを見せてみろ!!」


 出来れば断りたい所だが、何故だろうか。むしろ今、自分の力を誇示したいと思ってしまう。ああ、もうそれで良い。


 自分がどれだけ戦えるのか、それを証明したいのだ。


 さあ、自らの魔法をこいつにひけらかそう。そして、自分は英雄になれるのだと、証明しよう。


 互いの拳は打つかり合った。


 鍛冶場で聞こえる金属を叩く音と非情に酷似していた。これは互いの筋肉がそれ程屈強で頑強である証拠なのだ。誇るべきことだ。


 故に、良く実感出来る。目の前にいる敵は、身体的に人間を遥かに凌駕する存在なのだと。


 拳は押し負け、その衝撃を打ち込まれた。体勢が崩れたその胸部に、強烈な一撃が叩き込まれた。


 打撃と言うのは相応の技術を持つ達人が打ち込めば、酷い痛みが襲って来る。今回はそれだ。痛みが叩き込まれた場所だけで無く、手足の末端にもじんわりと広がり痺れる。


 倒れ込んだ自分に頭部に、更に半人半魔の殴打が飛び込んだ。何度も、それは何度も何度も。


 頭の中に衝撃が走る。走り続ける。強烈な衝撃から逃れようとしても、その力は自分よりも遥かに格上だと言うことを嫌でも自覚させる。


 彼は最後に大きく足を掲げ、力強く振り下ろした。


 その足を掴み、力のまま無造作に向こうへ投げ飛ばした。


 ……不味い。気が遠のく。流石に攻撃を受け過ぎた……。


 ……しっかり敵を見ろ。視界が揺れても、真っ直ぐ、相手を見ろ。退けば、後ろにいる彼等はまた……!


 もう、出し惜しみはする理由は無い。ここで死ぬならそれで良い。英雄として死ねるのなら、それでも良い。


「……"力の男(マハト・マン)"」


 そうだ。英雄にならなければ。誰も憎悪を抱かなくて済む世界を齎した英雄となるのだ。


「もう一度だ半魔!! もう一度やるぞ!!」


 すると、その半魔は僅かに微笑んだ。むしろこの状況を楽しんでいる様だ。


「見える、見えるぞ。その拳に巻き上がる魔力を……! その筋肉に似合う上質な魔力が……!」

「悪逆無道の限りを尽くした貴様等に褒められてもなァ!!」


 未だに痺れる拳を力強く握り締め、確かな正義を握り締め、彼を倒せ。


「英雄ならば! 己が正義の為に!!」


 弱者を庇う盾となり、虐げる者に向ける拳であれ。


 目の前の半魔は右腕に力を込めた。良く分かる。彼の右腕に尋常な魔力が流れている。その右腕を地面に叩き付けると、陥没した地面から舞い上がった土塊がその腕に付着した。


 それはより強固に押し固まり、より大きくなった。やがてそれが巨人族の巨大な腕にまで匹敵する頃には、互いに走り出していた。


 無論一撃で決着が付く程彼は弱く無いのだろう。だが、この一撃で押し勝った者が勝者になることは想像に容易い。


 だからこそ、全力で、出し切れ。


 半魔の振り被った巨大な土塊の腕は、自分が力を溜め只管に強く放った拳に激突した。


 その瞬間、もう一つの強烈な衝撃が互いに激突した拳の間に走った。それは土塊の腕に大きな罅を走らせ、自身の腕に酷い傷痕を残した。


 この衝撃こそが、最近作り上げた独自の魔法である"力の男(マハト・マン)"。自身の拳が激突した地点に爆発に似た衝撃を押し付ける単純明快な魔法である。


 だが、今の自分の右腕を見れば分かるだろう。その衝撃は自分自身にもやって来る。魔法術式を少しでも間違えれば、この腕は簡単に吹き飛ばされ、最悪の場合上半身ごと血肉と化す。


 今回は運良く指の骨に罅が入っただけだ。だが、効果は充分。ぶっ付け本番にしては充分な威力!


 そして! 半魔はこの魔法に脅威を覚えた様だ! 見よ! 怖気付き足を下げ土塊の腕で自身の身体を隠しているでは無いか!


「腰抜けめ!! そんなに怖いか!! この拳が!! この魔法が!! この筋肉が!!」


 その土塊の腕に、大きく振るった左の拳を叩き込んだ。先程よりも弱い衝撃だが、罅が走った土の鎧等、粉砕するのに造作も無い!!


 それは大きく音を立て粉砕され、生身の腕を露出させた。


 だが、半魔はその後ろで左の拳を握り、俺の左腕に叩き込んだ。


 そのまま右腕を後ろに下げ、思い切りこちらに突き出した。


「その右腕では反撃も出来まい!! わたしのォ!! 勝ちだァ!!」

「腹ががら空きだぞ半魔ァ!!」


 がら空きの横の腹部に、俺の蹴りが炸裂した。小気味良くも鈍い打撃音は、二度響く。


 "力の男(マハト・マン)"は、無論、蹴りでも発動する。


 先程の打撃よりも更に強力な魔力の打撃は、彼の肉を打ち付け、そして意識を飛ばすのに充分過ぎた。それは肉を破裂させ、それはその奥にある太い骨にさえ罅を走らせたのだ。


 衝撃のまま蹴り飛ばされた彼を一瞥し、俺は自らの強さに感激した。


「ハーッハッハッハ!! やはり正義は必ず勝つのだ!!」


 すると、遥か遠くから何やら騒ぎが聞こえた――。


「――ドミトリーさん! 檻は全部開けました!」


 俺の大声はあの人に聞こえたのか、蒼い炎が老人の杖から発せられた。


 全く、魔法使いと言う奴等は、全員頭が良い。一度簡単な初級魔法でも覚えようと思ったが、説明を聞いても「何言ってんだお前」にしかならなかった。


 俺は頭が悪い。自覚している。だからこんな所にいる訳だ。


 腰に携えた剣を抜き、襲い掛かって来る暴漢を斬り伏せる。やはり嫌な感触だ。人を切るのは。


 ……こいつ等は許しちゃ駄目だ。許すことも出来ない。


 すると、俺と一緒に地下室から出たあの植物使いが人混みから飛び出したかと思えば、真っ直ぐ上へ向かった。


 その後をドミトリーさんが追い掛けた。


 ……ちょっと待て。じゃあ俺一人でこいつ等全員やらなきゃ駄目なのか!? 巫山戯んなよ魔法使い共!? 何の為に複数人で来たかと思ってんだバーカ!!


 その瞬間、檻から解き放たれた亜人の皆さんが警備兵の一人に襲い掛かった。その流れは更に大きくなり、亜人の大人、特に男がその身体能力を遺憾無く発揮し、暴れていた。


 亜人の皆さんは俺を一瞥すると、一度だけ頭を下げてまた戦い始めた。


 予想しなかった手助けだが、やっぱり良いことってするもんだな! じゃあ他の雑魚は亜人の皆さんに任せて……。


「つ、ま、り、強敵一人倒したら大功績ってことだろこれ! 英雄になればモテまくりだぞ!!」


 相変わらず不埒な動機だと思うが、別に良いだろ。男としては結構あり触れた願いだろ。


 さーて一番強そうな奴は……マンフレートさん殴り飛ばしたあいつと、さっきから背中がぞわぞわするあいつ。


 戦うのも嫌になるくらいにドス黒い悪意と殺気と魔力。見るだけで怖気付くが、仕方無い。


 其奴をすぐに見付け出し、首根っこ掴んで外に投げ飛ばした。


 だが、思ったより簡単に投げ飛ばせた。拍子抜けだ。俺の勘が外れたか?


 外に転がっている奴は、男だった。泣きながら大きなボストンバッグを抱き締めていた。


「……何だお前」

「や、辞めて下さい……! 本当に……無理矢理戦わされて……!!」


 ……罠か? ……いやーあれガチ泣きっぽいよな……。


 俺が近付こうとすると、悲鳴を上げながら後退りしてバッグの中に入っている大量の紙を俺に投げ付けた。それはそれはもう、数百枚も。


 一枚一枚は本の一ページにもならないくらいに小さな紙。それがあのバッグいっぱいに入っている様だ。


 まあ、投げ付けたと言っても殆どがその場でひらひらと落ちただけで、きちんと飛んだのは十枚程度。しかも俺の足下にも来ていない。


「こ、来ないで……お願いします……!!」


 そう言って男は頭を何度も地面に擦り付けた。


 ……うーん……気の所為だったか。


「まあ、その……何だ。自首してくれれば、こっちとしても手荒な真似はしないから、な? その場で待機してれば、もう俺も攻撃しないから、な?」


 相変わらず男は頭を地面に擦り付けている。うーん……流石に戦う気が失せる。


「本当に!! 有難う御座います!! 本当に――」


 そう言って男は顔を上げた。この状況に似合わない、下劣な笑みを浮かべて。


「間抜けで、有難う御座いますねぇ」


 男は隠し持っていた杖を俺に向けた。それを大きく振り被ると、周りに散らばった紙が一人出に動き出し、俺の体に張り付いた。


 何だ? 大したこと無い魔法だな。……何だこの紙。何か湿ってるな……。


「……これ油か……? まさ――!?」


 もう一度男の方に視線を向けると、紙が数十枚集まり、細く、連なり、結び付き、まるで導火線の様に俺の体に張り付いた紙から伸びていた。


 その紙の先に、男は杖を向けた。


「"燃えろ""放て"」


 その詠唱と同時に、杖から火が放たれた。それを切っ掛けに紙に火が燃え移り、爆発し、素早く俺の体にまで届いた。


 剥がそうとしたが中々離れない。そのまま俺の体に張り付いている紙に火が燃え移ると、一枚一枚が小さな爆発を起こした。


 小さいと言っても、それが数百枚俺に張り付いている。束になれば充分に人を殺せる威力になる。


 爆発の衝撃は体中に響き、俺の体は地面に伏した。


「あひゃ……!! ハハッ……!! やはり間抜けだったな!! 敵ならば容赦無く殺さなくては!! 冒険者様は余程人が良いと見た!!」


 うるせぇ。こっちは冒険者になりたくてなった訳じゃねぇ。モテたいだけだ。


 ……あー体中熱い……まだ火が付いてるのか……? ……火傷だなこの痛み。


 手、動く。足も動く。剣は手放して無い。まだ戦える。……と言うか、戦わないと駄目だ。……勝てばモテるからとかじゃ無くて、あいつは男として気に食わない。


 立ち上がってみれば、思っていた以上に俺の傷は酷い様だ。さっきから腕に力が入らない。


「んー? まだ生きてたのか。まず普通の人間ならあれで体が吹っ飛ばされるんだがな。余程頑丈と見た」

「……婆ちゃんに何度か扱かれたんでな……。……それと比べたらまあ……ドラゴンのブレス食らった程度だ」

「それは致命傷じゃ無いか? まあ、良い。それにしても、ナンデ貴様達はそんなに家畜の解放に躍起になっているんだ」

「……そこだ。そこだよ俺が気に食わない所が」


 男は心底不思議そうな顔をした。


「そう言う所だ。女性への尊敬が全く無い」

「……なら男なら良いのか」

「そう言うことは言ってないばーか! 勿論男も助けるべきだ。だがそれ以上に俺は女性を尊敬している!」


 どうせこいつの心には響かねぇだろ。だからこそ、ここで全部吐き出してやる。


「俺は女性を尊敬する! 何せ俺達男を産むのは女性だからだ!! 男に出来るか一つの命を産みだすことが!! 女性ってだけで俺達より何倍何十倍も価値があるに決まってんだよ!! なら俺達男の仕事は唯一つ! 女性を命を賭けて守り抜くことだ!」


 男は呆気に取られていた。


「だから! 俺は! お前等を!!」


 地下で見た、あの女性の姿を思い出す。この世界に憎悪を抱いて、見ず知らずの俺達を恨み、自らの赤子を殺すあの女性を。


「騎士としてぶっ殺さなきゃ駄目だ……!! そうしなきゃ……俺は男として産まれた意味が無いんだよ……!!」


 どうだ。全部ぶち撒けてやった。これで良い。言いたいことは全部言えた。決意も漲った。


 全員が全員にこの考えに従って欲しい訳じゃ無い。これはただの、俺の騎士道だ。


 俺は、男として、女性を守る。


 痛みを誤魔化せ。全部を守る為に。


 剣を握れ。全部を守る為に。


 敵を睨め。全部を守る為に。


 剣の柄を力強く握ると同時に、男は杖を大きく振り上げた。風が巻き起こり、傍のバッグにあった紙が大きく空を舞った。


 多くの物体を空中で動かす魔法は、火の属性魔法で推進力を得ているか、風の属性魔法で動かしているか、飛行魔法の応用でその空間ごと動かして相手に当たる寸前に解除して速度をそのままにしているか、そう婆ちゃんが言っていたが、何処までが本当かは分からない。


 見分け方としては、風を感じるなら風魔法。全く別の物体が同時に全く同じ速度で動いていたら飛行魔法の応用で空間ごと動かしているらしい。


 と、なると、これは風魔法で動かしてるだけか。まあ、紙なら簡単に飛ばせるよな。


 それに紙に染み付いてる油。只の油にしては爆発するしその威力は高いしで、明らかに普通の油じゃ無い。そう言う油を生み出す魔法も持ってるのか?


 まあ、考えてても仕方無い。気張って行け。


 すると、男の周りにあった紙が集まり、長く太い一本の縄になった。


 巻き起こる風に揺れ、大きく蛇の様にうねり、そして鞭の様になっている。一度大きくうねったかと思うと、複数に千切れ、互いに独立した動きになった。


 それと同時に風は止んだ。


 ……うん? 風魔法で動いていたはず……。


「驚いただろ」


 男はにやにやと笑いながらそう言った。


「これくらい軽い物質だとな、ちょっと疲れるが別々の動きをさせられる。まあ弱点はある。それぞれが近くに無いと無理だ」

「……何だよ。べらべら弱点喋りやがって。油断してるな?」

「当たり前だ」

「もう絶対許さねぇ!! ぼっこぼこにしてやるから覚悟しろよ!!」


 最初から許す気も無かったけどな! アヒャヒャヒャヒャ!!


 すると、紙の縄の一本に火が付いた。何度か爆発を繰り返し、それは松明か、蝋燭の様に火を灯した。


 俺に少しでも縄で縛ればすぐに着火出来ますよってか。本当に魔法って言うのは何でもありだな……。


 その縄は俺の周りにぐるぐると回ると、様子を伺う獣の風貌を見せた。あーもう焦らすな馬鹿。来るならさっさと来い。こっちは痛い体を無理矢理動かしてるんだぞ。


 ようやく、そして同時に縄が俺を縛ろうと動き出した。


 一本の縄を剣で切ると、別れたそれぞれがまた別の動きを始めた。クッソ……戦いの相性まで悪い……!!


 すると、縄が俺の足に巻き付いた。俺の体は簡単に転げてしまい、その機会を逃す訳も無く多くの縄が俺の体に巻き付いた。


 その縄は、今度こそ俺を殺そうと言う意思を存分にひけらかし首に巻き付いた。


 剥がそうとしても結びが硬い。剣で切っても無意味。


 火が点いている縄が、俺の体に巻き付いている縄に近付いた。


「さっきよりも多くの爆薬付きだ!! 簡単に死ねるぞ!! 良かったなぁ!!」


 何が良いんだ。こっちは最悪な気分何だぞ。


 瞬間、俺の視界は眩しい光に包まれた。熱と音が俺を包み込んだ。


「あひゃ……ハハッ!! ざまぁー無いなぁ!!」


 男性の前には、黒い噴煙だけが写っていた。その中にあるはずの、人間の遺体に思いを馳せ、笑っていた。


 だが、その笑いはすぐに止むことになる。その黒い噴煙の中に、一つの影が立っていた。噴煙が晴れると、その光景を信じるしか無かった。


 彼は、エルナンドはまだ立っていた。服は破け、酷い火傷の痕を残し、左目が潰れていたが、彼はまだ剣を握り男性を睨んでいた。


「何なんだお前は……!!」


 男性の心情にあるのは恐怖だ。ここまでやってもまだ立っている人間に対しての恐怖だ。


「……あぁ……全く……体中痛い……どう責任取ってくれるんだこのヤロー」

「何でまだ話せるんだ……!! 何でまだ軽口を叩ける……!! 何で……まだ生きている……!!」

「勿論、母ちゃんが俺を頑丈に産んでくれたからだ!」


 エルナンドはそう微笑んだ。


 もう彼の体は限界に近かった。本来の人間族ならもう死んでいる。まあ、彼が一般的な人間かと言われれば、カルロッタやシロークと同じ括りに入るだろう。


 シロークの体よりは劣るが、それでも、彼は、剣を構えた。彼は騎士として剣を構えた。


 そして、走り出したのだ。軋む体に鞭を打ち、痛む体を誤魔化し、歯を食いしばって決意を漲らせ。


 その振り下ろした剣に付けられた傷は浅く、そして大した物では無かった。男性の胸に僅かな傷を残しただけで、致命的な外傷にはなり得なかったのだ。


 それでも彼は、力を込めた。振り下ろした剣をもう一度振り上げれば、後退りした男性の股から腰に掛けてを切り付けることは出来た。


 彼は雄叫びを上げた。野獣の様な雄叫びを上げた。


 その剣を、彼は思い切り投げ付けた。それは見事に男性の胸部に突き刺さったが、その男性も少なからず悪魔の血が流れる者。そう簡単に倒れるはずも無いのだ。


 紙の縄を魔法で動かし、そしてエルナンドの右腕に巻き付けた。それにすぐ杖を向け火の初級魔法を放てば、彼の右腕は一瞬で爛れた。


 今度は、自分の胸部に突き刺さったエルナンドの剣を引き抜き、魔法で動かした紙の縄を巻き付け、エルナンドの左腕に振り下ろした。


 食い込んだ刃に、火の付いた縄が近付き、それに着火した。爆発し、剣を粉砕し、左腕を壊した。


「今度こそ死ね人間がァ!!」


 しかし、男性は見た。エルナンドのもう壊れたと思っていたはずの右手が、確かに握られていることを。エルナンドの闘争心は未だに燻ったままだ。


「もう右手使えねぇと思っただろ! 間抜けでありがとうなぁ!!」


 彼の握り拳は、男性の顎下に見事に直撃した。男性はその叩き込まれた衝撃によって倒れ、脳が揺れたことによって気を失った。


 エルナンドはその拳で勝ったのだ。勝利の拳を高く掲げ、もう一度吠えた。


「俺のォォ!! 勝ちだァァ!! しゃー!! 強敵討ち取ったりー!! モテまくり確定!!」


 エルナンドは倒れている男性を見下し、半分にまで割れてしまった自分の剣を拾って呟いた。


「……出来れば、お前は騎士として倒したかったよ。……やっぱり、まだ、弱いなぁ……俺って」


 そのまま彼は地面に倒れてしまった。


「……やべぇ……体が動かねぇ……死ぬ……死んじまう……――」


 ――私は、フロリアンさんの後を追っていました。


 何せ彼が何の迷いも無く駆け抜ける物でしたから、止めなければならないと、そう言う予感を感じていたのです。


「フロリアンさん!」

「黙れ老耄!」


 一蹴されてしまいました……。


 ……方向的に、恐らくヒュトゥノアネー公爵の自室。まさか殺す気では……。


「公爵の殺害は控えるべきです! 彼の悪行を大衆の下に晒すことが最大の復讐に成り得るはずです! ですから――」

「黙れと言っている!」


 ……ああ、きっと、もう、彼を止めることは出来ません。


 私は足を止めました。


 ……彼に一体どんな過去があったのか。それは私には分かりません。しかし、自らの手で殺さなければならないと誓う程に、彼にとってエルフ族との思い出は大きな物なのでしょう。


 ……ええ、分かりました。もう、止めるのは辞めましょう。それが彼にとって最善の行動なら、私はその尻拭いをするだけ。


「先程から、追い掛けている方がいらっしゃる様ですが」


 私は自慢の鼻髭を弄って後ろを振り向きました。


 そこには、影に潜む為の暗い布地の服を着ている男性がいました。立ち振舞で良く分かります。彼は、身の毛も弥立つ強者であると。


「……貴公、名は。その気配の誤魔化し方、相当名の通った魔法使いと見た」

「……ドミトリー、ドミトリー・シー二イ・プラーミャと、申します」

「リーグの宮廷守護魔導衆の筆頭か」

「良く、御存知で」

「……そうは見えんがな」


 男性は私の体を凝視し、鼻で笑いました。


「貴公、怯えているぞ。必死に隠そうとしているが、指先が震えている。これが宮廷守護の筆頭とは片腹痛い」

「……ええ、私は臆病者です」


 杖を取り出し、そして彼に向けた。


「故に、油断も、緩慢も、無いと思っていて下さい」


 優しい笑みを浮かべると、彼はナイフを投げて来ました。それを当たり前の様に躱し、身を低くして私は走り出しました。


 流石の彼も驚愕が勝り、一瞬手が止まりました。


「駄目ですよ。動きを止めては」


 足払いを仕掛ければ簡単に転び、大した受け身も取れていない。だが、これは演技かも知れない。殺すまで安心してはなりません。


 どうやら彼は暗器を扱う様です。ならば、近付くのは愚策でしょう。


 杖を向け、そこから強く蒼い爆光が一瞬発せられた。私は目を瞑っていたからこそ大丈夫でしたが、彼は一瞬遅れたそうです。目を潰され悶えています。


 しかし、やはり達人。すぐに立ち上がり、音で私の位置を探り、そこに的確に暗器を投げる。


 そして私はもう一度、彼に杖を向けました。今度は耳の膜を破る程の爆発音が聞こえました。私は一瞬の内に耳栓をしたから難を逃れましたが、彼は耳を塞ぐのを遅れた様です。


 これは、私の全力の戦い方。達人程目を凝らし、耳を澄ます物です。ならばこそまず目を潰し、耳を頼りに戦う瞬間にその機能さえも著しく低下させる。


「私の声は聞こえますか?」


 返事は無く、彼はその場で武器を振るっている哀れな人形の様になってしまいました。


 それでも念の為、音を消しながら彼の後ろに周り、その首元に私の杖先を上向きに刺しました。


「"蒼焔(シー二イプラーミャ)"」


 蒼い焔は、彼の喉を焼き貫き、その頭の頂点まで貫きました。


 彼は力無く倒れ、哀れにも屍となってしまいました。


「もしかしたら、負けてたかも知れませんね――」


 ――フロリアンは、憎しみを持ってヒュトゥノアネー公爵の自室の扉を蹴り破った。


「ヒュトゥノアネー公爵! 居るのは分かっている!」


 ……返事が無い。寝室か?


 俺がそう思っていると、鼻を劈く異臭が漂っていることに気付いた。これは動物が死に絶えた時の臭いだ。


 あの、机の裏からだ。俺はそこを覗いた。


 ……クソッタレ。公爵は殺されていた。青白い顔をしながら、目を見開いたまま表情が固まっており、首が千切れ掛けていた。今は正しく首の皮一枚で繋がっているだけだ。


「誰がやった……公爵位の人物を倒せる者は……タリアスヨロクにも少ないはずだ」


 無駄な思考が巡り続ける。今は関係無い。殺されているなら話は早い。今すぐ彼等の援護に――。


 瞬間、この部屋の窓が大きく割れた。それと同時に外から誰かが飛び込んで来た。


 それは、女だった。その長い杖を見る限り、魔法使いだろう。


「公爵! 助けに――」


 俺の足下にいるヒュトゥノアネー公爵を凝視して、あの女は目を丸くした。


「あ……あぁ……公爵の仇ー!!」


 ……まあ、それでも良いか。第一発見者は俺だ。最有力候補は俺。あいつからして見れば、憎き主君の仇と言った所か。


 すると、女は杖を大きく掲げた。


 同時に天井が吹き飛ばされた。案外呆気も無い天井だったらしい。こんな女の魔法で吹き飛ばされる程度とは。


 そのまま素早く浮遊魔法で体を浮かし、杖を大きく振り下げた。同時に俺の両肩に重い衝撃が伸し掛かった。


 それは床を壊し、骨組みを壊し、貫き、俺は一階の床に叩き付けられた。


 チィちゃんを屈強に伸ばし、俺と床の間に枝のクッションを作れたお陰で傷は無い。植物はやはり俺を愛してくれている。


 しかし……そうか。浮遊魔法を使いながら自分の魔法も使えるのか。


 想定より少しだけ侮っていた。……だがまあ、彼女(カルロッタ)には及ばない。そう考えると、何だ、雑魚か。


 事前に仕込んでおいた俺の魔法を発動させる。この屋敷の庭園には多くの植物がある。つまり、まあ、そう言うことだ。


 チィちゃんの枝を伸ばし、多くの植物に枝先を向け、チィちゃんの全てを杖の代わりにすれば全ての枝先から魔法が放たれる。


 すると、周りにあった薔薇の低木はより一層大きく華やかに育った。薔薇の花はより多く咲き誇り、茨は伸びる。


 立派な細々とした枝は多くが集まり、絡まり、一つの大樹となった。それは夜空に伸びる美麗な薔薇の大樹となる。


 勿論薔薇以外にもあったが、ここにある植物なら薔薇が一番良いだろう。あの氷の女の真似をするのは些か不愉快だが。


 空に浮かんでいる女はその薔薇の大樹に向けて杖を振り上げた。魔法による衝撃は大樹に襲い掛かったが、もう無意味だ。


 "植物愛好魔法(プラント・ラヴァー)"は既に改良を済ませている。より素早く枝を伸ばし、より屈強に枝を伸ばし、そして多くの種子を増やし、それがまた育つ。


 そして何より、生えて来る葉に防護魔法陣の形を刻んで成長する様に操れる様にもなった。先程の衝撃が意味を為していないのは、防護魔法によって阻まれたからだ。特訓の末何とかなった。


「女、お前は魔法使いだろう」


 多くの葉が集まり、俺はその上に乗った。防護魔法によってより強固になった葉は俺の体重を支えることが出来る。


 チィちゃんを杖代わりにして、全ての葉に浮遊魔法を施せば、俺の体は葉に乗せられ宙に浮く。


「何だその捻りも無い魔法は」

「何だと!? 立派な魔法だろうが!!」

「衝撃を出すだけ。大した魔法術式でも無ければ、纏まりも無く散らばっている魔力。全てが愚かしい程に下劣で貧相だ」


 反吐が出る。カルロッタとは大違いだ。


 あの女はどうやら怒り狂っているらしい。事実を言ったまでなのにおかしな女だ。


 ああ、もう良い。さっさと殺すか。


 薔薇の茨を"植物愛好魔法(プラント・ラヴァー)"で動かし、あの女に向けて振るった。俺も魔法の同時発動に体が慣れて来た所だ。練習相手なら、まあ申し分無いだろう。少し役不足だとは思うが。


 大きく振るった茨を女は飛行魔法で悠々と避けたが、想定内。俺の背後にある薔薇の大樹には無数に薔薇の茨がある。


 数十の茨の鞭は猛威を振るい、女の体を傷付けた。幾許かの鞭はその自慢の魔法で押し退けることが出来た様だが、その程度では無情な程に、茨の鞭は数多くあった。


 女の足下に茨を巻き付け、そのまま勢い良く地面に叩き付けた。浮遊魔法の効力も最早意味が無い程に力強く叩き付けた。


 まだ死なないだろう。悪魔の血が流れているなら、相当頑強な体のはずだ。


「万全を期す」


 薔薇の茨は互いに巻き付き、それは一つの縄の様になった。その先に魔力は集約し、そして圧迫される。


「"植物の(プフランツェ・)咆哮(ツァオバー)"」


 その一言だけで充分だ。放たれた収束された魔力の光線は、夜空に一筋の光を発し、辺り一帯を静寂に包み込んだ。


 魔力の光線は女が倒れたであろう場所に命中し、そして地鳴らしを起こし、戦争を彷彿とさせる魔法兵器と似た効力を発揮した。


 よもや一人でここまでの威力の魔法を放てるとは、自分でも驚きだ。植物の中にある魔力を使っただけで、俺の中にある魔力は一切減っていない。


 "植物の(プフランツェ・)咆哮(ツァオバー)"にも弱点はある。どうやら威力は植物の大きさと数と、内包する魔力量に比例する様だ。威力に関しては理論上上限は無い様な物だが、如何せん不意打ちされた場合ではこれを使っても大した威力は期待出来ないことが問題だ。


 事前準備さえ整えれば、魔法兵器や、カルロッタの様な規格外共と遜色無い威力を発揮出来ると言えば、聞こえは良いか。


「奥義としては申し分無し。改良の余地はまだあるが、操ってみせよう。……カルロッタ、どうだカルロッタ、その強大な魔法の威力は、お前だけが扱える物では無いと証明して見せたぞ……!!」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


ちょっとした解説。


ニコレッタが戦った針を操る魔法使い。あれは典型的な空間ごと動かしているタイプです。針を一斉に操ることしか出来ませんからね。


炎で推進力を得ているのはメグムの戦い方を思い出して貰えれば分かり易いですかね?


マンフレートの力の男や、フロリアンと戦った魔法使いが使っていた衝撃を放つ魔法は、基本的に風魔法の応用です。もしくは火か、水か、もしくは両方使った水蒸気爆発による物か。力の男はそれも含まれています。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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