表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
48/111

日記22 ロレセシリル潜入作戦! ④

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。


……今回、少々胸糞悪い描写があるかも知れません。まあここまで読んだ人なら多分……大丈夫でしょう。お気を付け下さい。

「……ここが、大馬鹿者の屋敷か」

「こいつやべぇって!! 公爵大馬鹿者呼びは本当にやべぇって! ギルドの魔法使いはおかしな奴しかいねぇのか!」

「黙れ剣士。騒がしくするな」


 ヒュトゥノアネー公爵の屋敷にやって来た彼等は、その豪勢な庭園の藪の中に隠れていた。


「エルナンドさん、お静かに。見付かれば死ぬよりも最悪な目に会いますよ」


 私がそう言うと、彼は一瞬で静かになった。こんな性格なら扱い易い。


 ……それにしても、何か違和感がありますね。


「……おかしいな。警備が少な過ぎる」


 マンフレートさんが私の意見を代弁してくれました。確かにその通りなのです。妙に人の気配を感じない。いや、ちらほらと巡回している魔人の方はいますが、公爵の屋敷の警備にしては少な過ぎる。


「タリアスヨロクの連中が怠惰だと言う可能性は?」

「それはあり得ないだろう。何せこの国は弱肉強食。強い者には従い、隙あらばその首に噛み付く。公爵程の絶対的な強さを持つ者なら、強者と言うだけで大きな忠義を持つ者も多いはずだ」


 フロリアンさんとマンフレートさんの意見も最もでしょう。もしくは、屋敷の中に潜んでいるのか。


「どうするんだよ結局。俺は行きたくないぞ」

「剣士、お前は強い。強さを誇れ。弱さを自慢気に話すな」

「お前等は強いからそんなことが言えるんだ。こっちは只モテそうだったから騎士になったってのに……」

「……それにしては、相当な覚悟がある様だが」

「お前の気の所為だ」

「気の所為? まさか。俺の目がリリム蝶と同じだとでも?」

「そう言ってるんだ」


 ……この自己評価の低さは、考え物ですね。


 この目で見る限り、彼は騎士としての心得は充分にあり、実力もそれに相応しい物になっているとは思うのですが……如何せん、最初に強くなりたいと思った動機である女性にモテたいと言う願望に縛られている様にも……。


「……エルナンドさん」

「何ですか。慰めの言葉はいりませんよ」

「まあ、そう言わず聞いて下さい。それを始めた動機と、続ける動機は必ずとも一緒で無ければならない訳ではありませんよ。良く覚えておいて下さい」

「……ちょっと意味が分からないんですけど……」

「……若いですねぇ」


 例え間違えても時間はたっぷりあるのですから、幾らでも間違えて良いのですよ。ここの人達は皆若い。苦難の経験が少ない故に、それが立ちはだかり、それを超えることが出来れば大きな成長を遂げることが出来る原石。


 ソーマ様が良く彼等彼女等のことを金の卵と表現する理由が良く分かります。まるで白鳥が孵る卵を見ている気分になりますね。


「それで、どうするのだ。守りは任せろ」

「お前は服を着ろ」

「この筋肉の美しさを皆に知らしめるには、こうする他無いのだ」

「……もうこいつは駄目だ。頭まで筋肉になった所為で羞恥心が潰れてしまっている」

「む、羞恥心はあるぞ。下は履いている」


 フロリアンさんは大層苦い顔をマンフレートさんに向けました。


「もう良い。兎に角だ。警備が少ないならそれはそれで好都合。このまま潜入し、奴隷所持の証拠を見付ける」

「具体的にどうやるんだ」


 エルナンドさんがそう聞きました。


「奴隷と言うのは何故いると思う」

「……金持ちアピール」

「そんな訳無いだろう。安価な労働力だ。もしくは安価な性処理道具。もしくは資産」

「資産なら若干合ってるな」

「……お前には呆れる。まあ良い。労働力なら亜人は打って付けだ。何せ身体能力が魔人以上。……まあ、相当な力を持つ魔人の中には、亜人の身体能力を上回る奴もいる様だが……それは珍しい。故に亜人は働き手には困らないだろう。だが、問題はそれを雇う金額だ」

「ああ、引く手数多だから自然と高くなるのか」

「そうだ。最近だと安く人間を働かせることも多くなって来たが……。……人間の数十、種族にもよるが数百倍の労働力を、人間よりも安く働かせられる。これ以上無い程に、都合の良い労働力だ」


 そのマンフレートさんの話し方には、僅かばかりの怨嗟が混じっている様に感じました。それを必死に隠そうとしたが、つい溢れてしまった心情なのでしょう。


「じゃあ資産って言うのは」

「エルフ族だ」

「あー……。馬鹿な俺でも知ってるぞ。もう珍しいから攫われるって話」

「彼等は森が無ければ魔法が使えない。森の精霊と繋がり、魔法を扱うからな。身体能力も亜人にしてはそこまでだ。捕まえ易い」

「……怒ってるのか?」

「……何にだ」

「いや、何と無くそう思っただけだ。エルフ族の話になると声が変わっ――」

「黙れ」

「ハイッ!!」


 ……彼の過去には、エルフ族との何かが多くを占めているのでしょうね。


「それで、結局何処に向かうのだ。潜入するだけではすぐに見付かり厄介なことになる」


 マンフレートさんに似付かわしく無い冷静な意見が飛びました。


「……そうだな。わざわざ隠す為に別の場所へ移すのも手間と金が掛かる。恐らく地下に隠されているだろうな」

「そこへ向かえば良いのだな? それならば急ごう。彼等が冷たい夜に溶けてしまう前に」


 フロリアンさんは少し思考した後に、大きく一度だけ頷きました。


「ドミトリー、人の気配は」

「一切ありません。余程隠密に特化した魔法が無い限り、今なら忍び足で屋敷に近付けるはずです」

「……良し、分かった。行くぞ」


 私達は忍び足で屋敷に近付いた。夜に紛れ、少ない警備の目を掻い潜り、一つの窓に触れた。


「何でこっちから何だ? 普通に玄関から入れば良くないか?」


 エルナンドさんがそう言いましたが、私は気にすること無く窓に触れたまま魔法を発動した。


 割れば騒音で気付かれますが、私の魔法なら熱で溶かして音を極力少なくして穴を開けることが出来ます。そう言う技術を備えて来たのですから。


 溶けた硝子の窓から屋敷の中に潜入し、身を低く屈みながら前進を続けました。ですが、マンフレートさんだけは恵まれた体格の所為か少しだけ目立ってしまっていますね……。


 ……やはり、違和感を持つ。私は今日の昼頃にソーマ様に呼ばれた時のことを思い出していました――。


「――お呼びでしょうか、ソーマ様」

「ああ、良く来てくれた。少し仕事が溜まっていてな。そこで待っていてくれ」


 ソーマ様はそう言いながら、座る様に促した。


 紅茶を嗜み、ある程度の静寂が訪れた。やがてソーマ様は手を止め腕を伸ばすと、腰を上げ私の向かいに座りました。


「さて、今回呼んだ理由だが……話は聞いたよな?」

「ええ、タリアスヨロクの調査だと」

「少々、厄介なことになっていてな。先程伝達されたんだが、どうやら今夜ヒュトゥノアネー公爵の屋敷でバハムヒアス伯爵に食事会をするとか。大変面倒臭いことになった」

「何故この時期に……何かありましたか?」

「……実に厄介な状況だ。この場面でバハムヒアス伯爵が、しかも急遽、特に予定も無かったはずなのにも関わらず、ロレセシリルに来賓する」

「……冒険者ギルドの内情が何処かしらから漏れている、と?」


 ソーマ様は紅茶を一口啜り、剣の鞘に手を置いて何度か指で、実に不機嫌そうに叩いた。


「考え過ぎならそれで良い。偶然にも重なってしまったのなら、それでも良い。だがもしもだ。これがヒュトゥノアネー公爵からの警告ならば、実に厄介だ」

「……別の日にすると?」

「いいや、出来れば屈したくは無い。只、もしヒュトゥノアネー公爵の邸宅に侵入する機会があったなら、金の卵達の避難を優先してくれ」

「私にヒュトゥノアネー公爵とバハムヒアス伯爵を同時に相手取れと?」

「最悪の状況なら、それを頼むことになる」

「……ええ、分かりました。出来るかどうかは、別として」

「ああ、それと――」


 ソーマ様は紅茶をもう一度啜り、呟いた。


「聞いたと思うが、今回の任務の人選は、俺の妻の意見が多分に含まれている」

「……成程――」


 ――ドナー様の意見が多分に含まれている。それは、つまり、ドナー様から見れば、私を除いて今回の七人の中に、ギルドの情報を流した人物がいる可能性が高いと言うことでしょう。


 ……しかし、やはり違和感が拭えません。ヒュトゥノアネー公爵とバハムヒアス伯爵、二人の爵位がこの場にいるとすれば、不自然に人が少な過ぎるのです。外の警備も穴だらけ、挙げ句の果てには……死臭が、する。


 それは全て巧妙に隠され、決して嗅がれない様に、決して見付からない様に、隠されているそれ等。数にして、大凡五十七。


 屋敷の警備だとするなら充分な数でしょう。……全て、殺害された?


「……フロリアンさん。少々別件が出来ました。一分か、二分程すれば戻って来ます」

「……良いだろう。俺達はこのまま進む。すぐに戻れ」

「分かりました」


 静かに、しかし素早く慣れた身の熟しで進めば、すぐに死臭の発生源に辿り着いた。只の一室ですね。


 扉を音を立てずに開け、中を覗くと、只の書斎の様にしか見えません。しかし、一目見て分かるのです。姑息な魔法で、隠されていると。


 似た魔法を知っているからこそ気付けたのでしょう。何せメレダ様から賜った魔法の中に、それに類する物があるのですから。


 杖で僅かながらに死臭がする場所を突き刺し、まるで布を剥ぎ取る様に上へ挙げると、その死臭はより一層色濃くなりました。


 そこに積み上げられていたのは人の山。屍の山。肉の山。原型は辛うじて保ち、皆穏やかに眠っていました。苦しむ暇も無く、一瞬の内に絶命したのが容易に想像出来ました。


 動じることは決してありません。但し、少々の危機感が浮かび上がりました。私はずっと変わらない、臆病者のままなのです。


 杖を振り下ろすると、薄衣の様な物が屍の山を覆い被し、目にも見えなくなり死臭さえも消え失せてしまいました。


 急ぎフロリアンさん達の下へ戻り、そのことを伝えました。


「……逃げたい……!」


 エルナンドさんはそう弱音を吐きました。まあ、気持ちは分かります。私も同じ気持ちですから。


「……つまり、何だ。この場には俺達以外の何者か達が忍び込んでいると?」

「恐らく。しかも相当な手練と見て間違い無いでしょう。厄介な相手となります」

「……一旦戻るか? あの女達が何かしらの証拠を掴んでいると信じて」


 すると、マンフレートさんが立ち上がりました。


「いいや、俺はこのまま進むぞ。見捨てること等、出来ない」

「……変態にしては良いことを言うじゃ無いか」

「む、そうか? ハーッハッハ――」

「静かにしろ」

「む、済まない」


 また私達の足は動きましたが、一人だけ、一切動かない騎士がいました。


「俺は行かないぞ。何でわざわざ強い奴がいるって分かる場所に向かうんだ!」

「それならそれで良い。無理強いはしない」

「……何だよ。無理矢理連れて行かないのかよ」

「わざわざ自分に足枷を付ける馬鹿が何処にいる」

「……おー良いだろう行ってやろうじゃねぇか! 馬鹿にしやがっててめぇ! このエルナンド様の勇姿きっちり見とけよ! 助け呼んでもぜってー助けてやんないかんな!」

「それなら良い。それと、静かにしろ」

「やっべ」


 エルナンドさんは誰よりも身を低く屈み、殆ど匍匐前進の体勢になりました。


「さー行くぞ」


 そのままエルナンドさんは半分以上虫に近い動きで地面を這って進みました。


 ……若いですねぇ。


 地下室があるとするなら、ある程度の屋敷の構造さえ理解出来れば自ずと分かるでしょう。そう、フロリアンさんなら、それも理解が出来るはず。


 ……なら、私は情報を流した何者かを考察しましょうか。


 まず除外するのは、カルロッタ・サヴァイアント、フォリア・ルイジ=サルタマレンダ、ファルソ・イルセグ。彼女達と彼はこの作戦に入っていません。まず知ることも出来ないでしょう。


 容疑者は七人。最も可能性が高いのは……ジーヴルさん、でしょうか? 彼女は何やら大きな物を抱えている様ですし、その何かが彼女の心を苛んでいる様ですが……。


 もしくはシャーリーさん。……ですが……理由が見当たらないのです。特に彼女が大きな窮地に立たされているとも思えませんし……。


 フロリアンさんの可能性もあるでしょう。ですが、やはり理由が見当たらない。それに大きな悩みを抱えている様子も無い。


 ……もし、マンフレートさんの性格が演技だとすれば、私達に好印象を持たせる為に……。


 それならやはりエルナンドさんも怪しく感じます。ですが、それだとまた、訳が分からないですね。


 ……今回は難儀ですね。


 誰も裏切っていないと思いたいですが……それなら汎ゆる事象が不可解な物になってしまいます。何者かが情報を流しているのはほぼ確定でしょう。


 そして、ようやく地下室へ向かう扉を見付けました。少しずつ開けると、僅かながらに生臭い風が吹き込んで来ました。


 不自然な程に静かで、不自然な程に汚れている。


 地下には厨房やメイド等の使いの部屋があるのは知っていますが、それにしては汚れている。ここに立ち入る者は綺麗好きでは無く、衛生管理を疎かにしても良いのでしょう。


 ……この底に誰がいるのか、それが明白でした。


「良し、マンフレート、それとドミトリー。まず行って来い」

「別に問題無いが、二人はどうする」

「……俺は、少し、覚悟の、準備をする。……まだ、直視するのは難しそうだ。エルナンドはまず煩い。どうせ見張りがいるはずだ。こいつは対人戦に関しては素人だからな。一旦安全が確保されてから引き摺って行く」


 ……まあ、納得出来る理由ですね。


 私とマンフレートさんは、共に地下へ向かいました。


「こうやって共に歩くのは、試験依頼だなドミトリーよ」

「ああ、確かにそうですね。まさかこんなに長い関係になるとは思いもしませんでしたが」

「……何か、抱えている様だな。まあ深くは聞かない。皆心に傷を負い、それを隠す。まあ、隠している物が全て傷と言う訳では無いだろうが」

「……見られたく無いからこそ、隠すのですよ。決して傷ではありません。……まあ、傷と成り得る物かも知れませんね」


 ……決して、知られてはならない。決して、聰られてはならない。


 階段を降り切れば、僅かに松明の火で照らされた薄暗い空間があった。


 一本の通路から枝分かれ状に、更に何本かの通路に別れ、その通路を覗いてみると、罪人を入れる檻が一本の通路にそれぞれに二十程ありました。


 枝分かれ状に伸びている通路の数は十本。つまり単純計算で計二百人でしょうか。檻の一つ一つは大変質素で小さく、子供の秘密基地としてなら充分な広さでしょうが、居住空間と言うのなら、これ程劣悪な環境は激しく非難されるでしょう。


「……酷いな、これは」

「……この目で見るのは、初めてですね。ここまで露骨な証拠は」

「む、そうなのか? 確かにリーグでは珍しいかも知れないな。大陸の中部辺りだと、未だにこう言うことが平然と行われている。……いいや、平然、と表現するのは少し違うな。珍しいが、大して栄えてもいない場所だと隈無く探せば見付かる。そう言う場所は軒並み治安が悪いからな。差別意識も根強く残り、人が少ないからこそ見付かり辛い」

「……成程。貴方の魔法はそう言う理由で作られたのですね」


 マンフレートさんは発しようとした笑い声を抑えながら、口角を上げた。


「ああ、そうだ。救う為に鍛え、守る為に研鑽した。結果として、こんな機会が与えられたのだ。ギルド長には感謝しなくては」


 ……彼の根幹にあるのは、弱者救済、でしょうか。


「……一人だけだ。一人だけ、目の前にいながら救えなかった少女がいた。"()()()()"と言う国を知っているか」

「ええ、知っています。確かアレクサンドラさんがそこの貴族だったと」

「俺もそこの出身だ。とは言ってもアレクサンドラとはまた違う地域ではあるが。彼女が貴族になったのは確か十六年前。まだ物心が付いたと言った所だろう。俺は、もう物心が付いた頃だな。四歳か、五歳か、忘れてしまった」


 身の上話をする状況では無いことは理解していました。只、彼の過去を聞けば、彼の無実を証明出来る。そう思い何も言わずに聞いていました。


「丁度その頃に、ビネーダで、亜人で構成された反政府団体が同時多発的に武力行使をした事件があっただろう」

「……ええ、あれは痛ましい事件でした。……その制圧の為に、私も応援としてその戦場にいましたから」

「そうだったのか? 帰ったら感謝の言葉を述べなければな。……俺もそれに巻き込まれた。まだ幼かった所為でな。彼等が何故暴れていたのかの理解に乏しかった。今の惨状を見れば、もう理解出来るが」

「……その時に、少女を?」

「……初恋だった。泣き喚く彼女に手を伸ばしたが、無情にも両親は俺の手を引いた。直後に亜人が破壊した民家の瓦礫に潰された。あの時の、情景が、未だに根強く俺の奥に残っている。傷として、刻まれてしまった」

「……しかし、不思議ですね。亜人の仕業と言うのなら、こんな活動をするとは思えないのですが」


 マンフレートさんは微かに手を握りしめた。


「……恨んでどうなる。もうあの事件は終わった。彼等はそれ相応の罪を背負い、今は檻の中だ。主犯格も首を跳ね飛ばされた。……亜人全てを恨むことは出来ない。彼等は虐げられ、人間全てに敵意を抱いてしまった。だからこそ、伝えなければならない。啓蒙するのだ。君達にも、救いを差し伸べる人間はいるのだと。……俺が亜人全てを恨んでしまえば、何も変わらない」

「……立派だと、思いますよ」

「当たり前のことだ。例えばの話だが、吸血鬼の一人がまだ幼い少年を襲い、殺し、血肉を啜ったとしても、両親が恨むのはその、たった一人の吸血鬼だ。他の吸血鬼は、その食の衝動を抑え込み、多数の人間から別けて貰った極々少量の血で腹を満たしている。それと同じだ」

「少々分かり辛い気もしますが……言いたいことは伝わりましたよ」


 一番奥に、椅子に座り込んだまま頭を後ろに倒して寝息を大きく立てている男性がいた。見張り番のはずですが……どうやら眠ってしまっている様ですね。


 まあ、都合が良いです。


 このまま首をぽきっと。


「多分これで暫くは気絶したままでしょう」

「……殺してはいないのだな?」

「ええ、勿論」


 倒れた男性の服を漁ってみれば、多くの鍵束がありました。恐らくここの檻の鍵でしょう。


 さて、見張りがいるとするならもう一人はいそうですね。


 そう思っていると、何処からか打撃音が聞こえました。そのままマンフレートさんが引き摺って来たのは、もう一人の見張り番でしょう。


「相変わらず警備にやる気を感じないぞ」

「まずする必要も無いのでしょう。幾ら亜人と言えど、魔法が刻まれた檻を身体能力だけで突破するのは不可能に近いのですから」


 マンフレートさんにフロリアンさんとエルナンドさんを呼んで貰っている間に、私は亜人が押し込まれている檻の鍵を開いた。


「言葉は通じますか?」


 鉄檻の向こうの彼は小さく、そして弱々しく頷いた。


「まだ出ないで下さい。鍵は開けておきますので、もし家族や友人がここにいるなら、静かに、歩いて、分かりましたか?」


 彼は何度も頷いた。そこ目頭には涙が浮かんでいた。


 檻の鍵を次々と開けていると、静かに、しかし呼吸がおかしい女性がいました。


 見れば、腹部は大きく膨れ上がり、そこはより一層生臭かったです。そして何より、その檻の中だけ異常に濡れていたのです。


 耳が長い。恐らくエルフ族。この檻だけ妙に広く、布を敷かれただけの寝具では無くしっかりと木で組まれた寝具がありました。


「まさか……破水……!! 出産しているのですか……!!」


 この衛生状態、そして母体の健康状態も頗る悪い。何せここには真艫な出産設備が整っていませんでした。母子共に危険な状態には変わり無く、ここから無闇に動かせばどうなることか。


 そして、私にはその技術は無い。あくまで知識として知っているだけで、出産の手助けも高が知れていました。


 しかし、それでも、やらなければなりません。


 上にはまだ警備の人がいるでしょう。ここで大声を出しフロリアンさん達に伝えることも出来ません。それに加え、ここから動いてこの女性の容体が急変すれば更に不味い。結果的に私はここから動くことは出来ず、フロリアンさん達がここに来るまで何も出来ないのです。


 出来ることは、聞き齧った知識を引き摺り出し、何とか子を取り出すことくらいでしょう。


「言語は通じますね……! 申し訳ありませんが、見せて貰いますよ……!」


 女性は痛みに悶え、最早言葉を発することも出来ない様でした。


 見れば、もう赤子の頭頂部が出ていました。最早時間は無く、それと同時に母親の体調は更に悪化していまいした。


 取り敢えず、水を……ああしかし、私は水属性を持っていない……! フロリアンさんなら……!


 その願いが届いたのか、彼等がこの檻の前を通った。


 すぐに異常と、そこから状況を察知し、檻の中に入った。


「エルフか……!! マンフレート、結界魔法で器を作れるか」

「可能ではあると思うが……! 何を……!」

「さっき言った通りだ。器として使う。血やらを洗い流す湯を入れる、器としてだ! 分かったなら早くやれ! 水は俺が出す!」


 マンフレートさんは若干の苦戦をしていた様ですが、流石の技量で結界魔法で透明な器を作り上げました。それにフロリアンさんは杖を向け、その先から水を出しました。


「ドミトリー! 水を沸かせ! エルナンドは……そこで踊ってろ!」

「何で俺だけそんなに雑なんだよ!」

「お前が手伝った所で役に立たないからだ! 医療知識がお前にはあるか!? 俺には少しばかりだがある!」

「無いッ! 分かったッ!」


 潔いのは評価しますが、この状況だと悪点しかありませんよ……エルナンドさん……。


 女性の容体は更に酷い物になり、意識が朦朧としていることが見て分かりました。


「子宮内の出血が酷過ぎる……!! このままだと何方も死ぬぞ……!!」


 フロリアンさんの動揺は最もでした。何せこの場の誰もが出産の現場に立ち会ったことの無い人物。医者と言う訳でも無ければ、それに準ずる魔法を持っている訳でも無いのです。


「ドミトリー! もう湯を沸かすのは良い! こっちを手伝え! 赤子が出て来るぞ!」

「その後はどうするのですか!」

「臍の緒を切って赤子を洗う! その後は知らん! どうやってもここから医師の下に駆け付けるのは不可能だ! ここから出てギルドに報告するのも時間が足りない! ならこのまま四苦八苦するしか無いだろう!!」


 緊張の余り、私の額に汗が吹き出ていました。それと同時に、若干の恐怖も、ありました。


 こんな薄暗い場所で、こんな不衛生な場所での、素人だけの出産。上手く行くはずも無いと、半ば諦めていました。


 そして、赤子の大きな頭が出ると、その後は先程よりもすんなりと産まれてくれました。


 意外と呆気無く、そして意外にも早く終わった出産は、これで終わったのです。


 エルナンドさんは赤子を受け取ると、沸かしておいた湯で赤子に付いた血と体液を洗っていました。赤子は初めての世界に困惑しているのか、それとも母親の体温から離れ冷たい世界に出されてしまったからなのか、大きく泣き叫んでいました。


 この声で、外の警備にばれてしまうでしょう。もうそんなことも忘れ、私とフロリアンさんは安堵の息を吐いてしまいました。


「こ、こえー……産まれたての赤ちゃんこえー……落としたら死にそうでこえー……!」


 そんなことを言いながらエルナンドさんは赤子を洗っていると、突然出産を終えて疲れ切っているはずの女性が素早く動きました。


 女性はあっという間にエルナンドさんが携えていた剣を抜き取り、大きく振り被りました。


 全員の静止も間に合わず、彼女は、自分が産んだ赤子に向けて剣を振り下ろしました。


 より一層


 大きな


 悲鳴が


 響きました


 女性は疲れの所為で倒れてしまい、そして此方を怨念と怨嗟と憤慨の気を宿しながらぎろりと睨み付けました。


 そして


 たった


 一言


「死ね」


 彼女はそのまま、息絶えてしまいました。


 フロリアンさんは全身を震わせながら、決して離さずにいたはずの聖樹の苗木を床に置き、何個かの蘇生方法を試していましたが、最早それも無意味でした。


「死なせてたまるか……!! 嫌だ……!! 辞めてくれ……!! あぁ……嫌だ……!! あぁぁ……!! アァァァァァァァァァァァァ!! 辞めろ!! 辞めろ辞めろ辞めろォ!! 何故だ!! この女が何をした!! ……あぁ……嫌だ……嫌だ……また……辞めて……ご免なさい……あぁ……」


 フロリアンさんは女性の体に、涙を何粒か落としていました。聖樹の苗木を再度左手に握ると、右手で恨み辛みが溜まった女性の目を、瞼で隠してくれる様にした。


「……フロリアンさん」

「……何だ」

「上から何十の足音がします。恐らく、赤子の鳴き声の所為で、でしょう。……今は、しっかりと」

「……分かっている。……分かっているんだ……」

「……マンフレートさん! 地下室への道をお得意の結界魔法で封鎖! 突破された場合の戦闘要員として私も向かいます! フロリアンさんとエルナンドさんはこの場の檻を全て開けて下さい! 鍵なら持っていますから!」


 そう言い残し、私とマンフレートさんは地下室への唯一つの道へ向かった。


 作戦通り、唯一の道にマンフレートさんの結界魔法を張り、杖を構えて待機していました。


 やはり、と言うか。警護の人が大勢階段を下って来ました。その全員が結界魔法に阻まれ、これ以上の歩みを進めることが出来なくなりました。


 問題は、もうこの結界魔法の弱点に気付いたことでしょう。最悪な状況ですね……。


 前に出しゃばった魔法使いの一人が初級魔法を杖から放つと、とても簡単に壊れてしまった。初級魔法を守るくらいの魔力抵抗はあって欲しいですが、まあ今はそれを言うのは辞めておきましょう。


 やって来た魔法使いに杖を向け、詠唱を極めて短縮し、魔法を放った。


「"蒼焔(シーニイプラーミャ)"」


 それは蒼く、そして只管に真っ直ぐ、空を走る焔。それは容易く人の肌を焼き、肉を焼き、骨を貫く。蒼焔は敵である魔法使いの首を焼き貫きました。


 そのままマンフレートさんが体当たりをすれば、今正に降りようとしている彼等を逆に押し返すことが出来ていました。


「マンフレートさん! まずは亜人の避難を優先しましょう!」

「……ドミトリー……! 今、俺は、怒りでどうにかなりそうだ……!! そこまで冷静な判断が出来る程――」


 マンフレートさんは三人程その剛腕で担ぎ上げ、一斉に襲い掛かった剣士や魔法使いに投げ付けました。それは正に巨岩の如く、多くの物がそれに押し潰されました。


「俺の怒りの焔は小さく無い!! 全員ここで倒す!!」

「……最善を尽くしましょう」


 何時の間にやら、私の背後に回った暗器を持つ男性に向けて、振り向きと同時に僅かに跳躍し、その勢いのまま喉元に蹴りを突き入れました。骨が折れる音が聞こえましたが、まあ大丈夫でしょう。


「今はこの全員を地上へと押し返すことが、優先されるでしょうね」

「ドミトリー……体術も相当な物なのだな……」

「メグム様に相当鍛えられたので。さあ、行きますよ! 私はまだまだ貴方の様な小僧に劣る訳には行かないんですよ!!」

「ハーッハッハッハ!! すぐに追い越してやる!! 貴様が安心して隠居出来る様にな!! ハーッハッハッハ!!」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


ちょっと勇気を出した胸糞悪い描写。最初はもっとエグい内容にするつもりでしたが、流石にR18Gになるので辞めました。


……どんなのかって? ……まあ、はい。とても私の口からは……。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ