日記22 ロレセシリル潜入作戦! ③
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
ニコレッタの前には、鋭い針の様な杖を持つ魔法使いがいた。その杖と同じ様にその目は鋭く、そして長髪を垂らしていた。
「……何やってんだあいつ。煙幕を張るとか言っておきながら失敗してるじゃねぇか。しかも他の奴等も襲ってるし……何が起こってやがる」
ニコレッタがその場から逃げようとすると、その魔法使いは彼女に杖を向けた。
「あーそこの少女。いやお嬢さん? まあ良いどうでも良い。さっき部下の伝達が入った。どうやら伯爵を殺したらしいな」
「いやーそれはちょっと……勘違いと言いますか……信じてくれませんよね……」
彼は未だに私に杖を向けている。一体何時からこんなことに……! ただ兄様と一緒に復讐したかっただけなのに……!!
ああ、もう、本当に、何で私はここにいるんだろ。
その杖を一振りしたと思えば、周りにあった亜人を閉じ込めていた檻の金属が形を変え、そして男性の周囲に集まった。それは互いに溶け合い混ざり合い、数多の針へと分裂し、固まった。
彼の頭上に浮かび上がった其れ等は全て私に頭を向け、杖の一振りで一斉に放たれた。まるで銃弾の様だ。大質量の、しかも金属を、しかも多数を操る魔法操作の技量と魔力量。私とは大違いだ。
人間の弱点となる心臓や頭に向かって来ている針は何とか避けられた。まさかこんな所でメグムさんの特訓が役に立つとは思わなかった。あの人のお陰で何とかギリギリ攻撃を避けられる。
針の軌道を目で追ってみれば、私の頬を掠め僅かに傷付けた一本の針はそのまま速度が変わらず石造りの床に突き刺さりった。あれが私の頭に刺されば……あぁ……。
その予感とも言える恐怖は見事に的中してしまい、私の二の腕に二本の針が突き刺さった。一瞬の内に訪れた激痛と苦痛が悲鳴となって喉の奥から込み上げた。それを何とか堪えながら、ぎこちなくなった動きでも何とか、無数に飛び交う針を避けていた。
一本は脚の靭帯に突き刺さり、私の動きを更に鈍くさせた。直後に杖を握る手の甲にも突き刺さった。
痛いと叫びたい。今すぐ逃げ出したい。この場で泣き出して、皆を見捨てて一人だけで逃げてしまおうか。ああ、どうせ彼女達はここ一ヶ月か二ヶ月ちょっとの関係。別れればもう出会うことも無いだろう。そんなどうでも良い存在。
どうでも良い? いいや、そんなことは無い。
私の腹部にも針が突き刺さった。その奥が火傷の様に熱くなる。
右脚を動かす度に痛みが増す。熱い熱い痛みが増す。数百の針が同時に襲い掛かって、それを避ける度に嫌な汗が滲み出す。
彼女達の様になりたい。自分の魔法の可能性を信じて止まない、彼女達の様に。カルロッタさんになりたい。あの人は私の憧れだ。魔法しか取り柄の無い私の、その取り柄さえも簡単に上回ってしまっている。彼女の様になりたい。
……フロリアンさんの様になりたい。彼の様に、自身を強く保ちたい。自分に自信を持ちたい。そして、自分で過去の復讐が出来る行動力と実力も。
「……何もかも足りない。全部、全部」
私は石の床に倒れてしまっていた。両腕には針が真っ直ぐ突き刺さっており、肉と骨を貫通し、床にまで突き刺さっている。そんな針が何本も、何十本も突き刺さっていた。
腕に力を入れるだけで裂ける様な痛みが広がる。もう立ち上がれない。もう無理だ。私には、もう無理だ。もう、ここで終わり。……結局、見付からなかったなぁ。
「せめてそこで眠っててくれ。殺すと身柄確認が面倒臭いんだ」
彼はもう勝ちを確信している。実際そうだ。私は負けた。何も出来ずに負けてしまった。所詮この程度だ。私だと良く行けたはずだ。
……フロリアンさんから聞いた。彼は復讐を果たした。そして、するべきことを見失った。それでも彼は歩みを続けた。魔法だけが、彼に残ったから。
……なら、私は何を目指して歩けば? 魔法ももう無理だ。
……ああ、お酒の所為で忘れていた。あの時の私は酔っ払っていたから、忘れていた。あの時のフロリアンさんは確か、こう言っていたはずだ。
『だがな、人間って言うのは星空を目指す物だ。それがどれだけ無謀でも、見上げるのでは無く対等な場所で星空の顔を真っ直ぐみたいと願う。精一杯やれ。何でも良い。魔法でも、何でも良い。精一杯やって星空に届かないのなら、手を伸ばせ。そして這い上がれ』
「……傷付く体を誤魔化しながら、出て来る悲鳴を抑えながら、星空を目指せ。……ええ、分かってますよ。フロリアンさん」
今まで出したことも無いくらいに大きな声を、魔物みたいな咆哮を腹の奥から吐き出した。咆哮で痛みを誤魔化しながら、右腕を勢い良く振り上げた。左腕も同じ様に振り上げ、腕に刺さっている針を無理矢理手で抜き取った。
「星に並びたい!! 彼女の様に!! 自分を見付けたい!! 彼の様に!! 痛みなんて知るか!! 苦しいのも全部全部全部!! 知るか!! 血も痛みも苦痛も全部全部全部!!」
私は泣きじゃくっていた。どれだけ声で誤魔化しても痛い物は痛い。裂ける様な痛みが腕に突き刺さる。実際針が突き刺さっていたのだ。
それでも、傷付く体を誤魔化しながら、出て来る悲鳴を抑えながら、カルロッタさんの領域まで目指す。その為には、目の前のこいつを――。
「殺すしか無いんだ……!! お前を……!!」
腕から血が流れ体から熱と一緒に力も抜けていく。杖を握ることも難しいが、それでも力強く握る。痛みを抑え、筋肉を強張らせ、相手に向けろ。
「狂ってるのかお前……!!」
男性はそう言って杖を一振りした。同時に、私が先程腕から抜いて投げ飛ばした針が空中に浮かび、また銃弾の様な速さで私の首に突き刺さった。二本突き刺さった所で、脚に力を入れ全力で走った。
もう形振り構うな。首に刺さっていようがその所為で息がし難くても、目の前のあいつを殺せ。そうでもしなければ、私は生涯星を眺め続けるだけだ。
「アァァァァ!!」
何時もより体が熱くなる。何時もより体が速く動く。何時もより、しっかりと、頭が回る。
魔法の解釈を広げろ。土壇場で方程式を書き換えろ。今の私なら、きっと何でも出来る。
何故だろう。先程まで目で追うことも出来なかった針の動きがとても遅く見える。それとも私がより素早く動きを見れる様になったのか。きっと後者だろう。
自然に、私は襲い掛かって来る針の大群に杖を向けた。そして、魔法は発動した。
数百もあった針は、その一瞬で動きを止めた。その全てが、動きを止めた。その場で静止し、僅かな抵抗として揺れているだけで全てが静止していた。
自分で実感出来る。急激な成長曲線が自覚出来る。あんな物量を、小さく無数にある無尽蔵な針を、全て同時に、静止させた。むしろ私がここまで出来たのかと、信じられない心情の部分が多い。
しかも私の魔法は、本来生物にだけ適用される。針は金属で出来た無生物だ。何故止められたのか、冷静では無い頭脳では、もう分からない。
その針の大群の隙間をゆっくりと歩み、杖を両手で握り男性の腹部に向けて薙ぎ払った。
少しの悲鳴と嗚咽が聞こえたかと思えば、その男性はその場で蹲った。ああ、良かった。頭が丁度良く殴り易い場所にある。私は針に使っていた拘束魔法を解除し、その男性の腰辺りに発動した。
ここに使えば、もうこの人は立ち上がることも出来ない。
「や、やめ――」
「ご免なさい」
大きく振り被り、使い慣れた杖で男性の頭部を殴り付けた。何度も何度も、自分の手で捻り潰し絶叫を聞き逃し命乞いさえも踏み躙った。ああ、これで良い。星に追い付くなら、こうでもしなければ。星と同じ場所に行くには、こうするしか無い。
周りにいる全員が、私を強くする。味方も敵も、全てが、皆が、彼が彼女が、私を強くする――。
――アレクサンドラの前には、悪魔特有の角が横に一本だけ生えている魔法使いがいた。
その魔法使いはアレクサンドラを大層見下しており、その格下に見ている視線に気付いたのかアレクサンドラの目付きは自然と険しい物に変わって行った。
「全く、面倒臭いことをしやがって。まあ、実は感謝しているんだ。伯爵の座が空いた。そこでどうだ。この場所を公表しないのなら、まあ逃がしてやる。俺からの心からの感謝だ。どうだ?」
「……とても、良い提案ですわね」
「そうかそうか。それなら良かった。さあ、さっさとここから――」
「ですが」
アレクサンドラはそう切り出した。
「わたくしとしては、まずやってもいない勘違いの恩を受け取る気にもなりませんわ。まあこれは建前ですけれど。本音としてはまあ、貴方も良く御存知でしょう?」
目の前にいる魔法使いは、不敵に微笑んだ。ああ、気持ち悪いですわね。
「貴方は倒さなければいけない程に罪深い人物だと、たった今確信しましたので」
「そうか、そうかそうか。分かった。ならやっぱり死んで貰うしか無いなぁ」
不敵な笑みは更に深まり、正しく悪人の顔立ちになった。持っている腕の長さ程度の金色の杖を振り翳した。その動きに合わせ、金色の風が巻き上がった。
それは一際輝きを発したかと思うと、黄金色の焔を上げた。近付くだけで鉄の檻さえも融かし、そこに閉じ込められている亜人の被害さえも気にせずに、風と共に炎を放った。
「被害を考えなさい半魔」
「被害? ああ、お前の味方か」
「それもありますが、この場にいる亜人達のことですわ」
「ああー聞いたことがある。他国だと亜人と魔人と人間が同じ立場にいるんだってな。何故だ? あいつ等は動物だぞ? 人語を話す動物だ。頭も悪ければ魔法も使えない奴を何故同じだと言う?」
少しだけ、勘違いをしていることが理解出来た。差別主義者と言うのは悪意あって他者を差別する物だとばかり思っていた。だが、目の前にいる差別主義者は、さも自然と、理解が出来ないと言い張っている。つまり悪意無く当たり前のことだと認識している。
「これが知れただけ儲け物ですわね」
「何だ?」
「いえ、此方の話ですので」
黄金の焔は高い天井に吊り下がるシャンデリアにまで届き、不定形のそれは巨人が扱う大剣の様な形になった。彼の杖にそれは纏わり、そして高く掲げた。
黄金の焔の大剣は、振り下ろされた。
懐に忍ばせておいた青色に輝く宝石を二つ程それに投げ付け、宝石で装飾された杖を向けた。
「"ヴァッサー"!!」
その宝石は青く輝き、湖をそのまま持って来たかの様な水量が黄金の焔の剣を一瞬の内に鎮火した。
そのまま落ちて来た多量の水を掻き分けながら、あの男性に向かって全力で駆けた。すぐに床を蹴り上げ、跳躍の勢いのまま体を回し、蹴りを男性の頭部に入れた。
ドレスの所為で若干動き難いですが、まあ問題はありません。むしろこれで終わるとは思っていませんもの。予想通り、男性の体はぴくりとも動いていない。
わたくし程度の身体能力では、半人半魔の強靭な肉体に太刀打ち出来ない。ええ、分かっておりましたとも。つまりここまでは想定内。この後は、ジーヴル様を見習って、頭を回し勘に頼りましょう。
男性はわたくしの足首を掴み、そのまま地面に叩き付けた。幾ら受け身がメグム様との特訓のお陰である程度出来る様になったと言えど、わたくしは元々魔法使い。そんな体術を習っていた訳でも無く、付け焼き刃程度の技術しか無い。
ですが、気絶しなかった。背中がじんわりと痺れ、直後に硬い痛みが襲って来ますが、口は動く。詠唱は出来る。
あの一瞬で男性に投げ付けておいた一つの小さな赤い宝石。男性が杖をわたくしに向け、金色の焔を集めているその溜めの一瞬。素早く宝石に杖を向け、そして"高貴な魔法石"によって倍増した火の属性魔法は放たれる。
「"フォイア"……!!」
小さいながらも、その宝石の魔力によって倍増された熱の炎の爆発は、彼の頭に強い衝撃を与えるには充分でした。
足首を掴んでいた力強い手も自然と離れ、黒い煙に紛れて男性と距離を離した。
「クッソ……足に痣が出来てしまいましたわ。どれだけ強い力で掴んだんですのあの半魔め……」
水に濡れた頭を犬の様に振り、水気を飛ばし、まだ生きているであろう男性の方を凝視した。
黒い煙を腕で払いながら、僅かで軽症な火傷を顔に負っている男性が現れた。そのまま杖を高く掲げると、黄金の風が下から上に巻き上がった。
巻き上がるスカートを抑えていると、天井に広がった黄金の焔は数多の砲弾へと変わった。
「勘違いしていた。やはり人間、魔法と言う観点で言うなら実に厄介だ。貴様を敵として認識し、全力で殺してやろう」
黄金色の砲弾へと変わったそれは、男性の長い杖が指揮棒の様に振り下げられると同時に、頭上から私に降り注いだ。
男性を中心に大きく右に周りながら全力で走り、そこら辺に倒れている方達が着けている宝飾品を奪い取りながら、"高貴な魔法石"でそれに魔法を刻む。
わたくしの魔法、"高貴な魔法石"は宝石に魔法を刻み、それを任意の時に詠唱によって発動出来る。刻まれた魔法は宝石の価値、純度、加工技術、つまり宝石としての価値が高ければ高い程威力と効果は倍増する。
只の初級魔法でも宝石の価値によってはあそこまでの威力を発揮出来ます。自称世界一豪華な魔法ですわ。
「故に! この輝きに相応しい魔法使いに! 最も高貴な魔法使いに!」
現状、この魔法を扱うに最も相応しい高貴さと気品さを持ち合わせているのはカルロッタ様でしょうか。彼女の全てが美しい。無駄の無い技術、振れることの無い魔法、莫大な魔力を隠し通す隠密、そして何よりあの輝き。
つまり、私の目標はカルロッタ様を超えることになりますわ。それはそれは遠く遠く、まるで落ちて来る星を素手で掴み取る程に困難で危険で苦痛が伴う道程でしょう。むしろその目標を掲げ続ければ、過去の自分を呪い、そして挫折し、杖を折ってしまうかも知れませんわ。
「それでも! わたくしは諦めません! わたくしはアレクサンドラ・エーデル・シュタイン! 諦めるなんて性に合いませんわぁー!!」
「さっきから何言ってんだお前!! ちょこまかちょこまかと……!!」
「うるっさいですわねこの半魔! 人が気持ち良く喋っている時に遮るのはマナー違反だと母親に教えられなかったのですか!? ああ、そうでしたわね! 貴方の母親は尻軽で淫売な悪魔でしたわねェ!!」
「黙れ人間風情がァ!!」
「その人間風情に貴方はこれからやられるんですわ!!」
自らの魔法の解釈を更に広げ! 自らの発想の通りに! 魔法は想像を現実へと写し取る方法なのですから!
自らの! "高貴な魔法石"の強さを存分に伸ばし! そして、目の前の敵を倒せ!! わたくしの高貴さを示せ!!
「"我、高貴なり""相応しき屈折する輝き""訪れるは美貌""象徴するは富""永遠に失うことは無く""悠久に途絶えることは無く""聡明な真実こそ慈愛の無垢""秘めた想いは高貴な安らぎ""燃え上がる情熱の輝き""我――」
アレクサンドラが走った軌跡には、ちらちらと輝いていた。半人半魔の男性が凝視して見れば、その全てが宝石であることが分かった。
だがその全ては小石よりも小さい宝石。先程自分の身体を焼いた二つの火を放った宝石よりも小さく見えた。取るに足らない、脅威にもならないと、彼は勝手に思い込んでいた。無論、彼女の成長曲線の前ではそんな思い込みさえも無意味へとなった。
その宝石達が小刻みに震えたかと思えば、全てが唐突に、空中に浮かび上がった。
全ての宝石が銃弾の様に真っ直ぐ、そして誰も追い付けず目に見えない速度で空中を駆けた。それ等は男性が放った黄金色の焔を突き破り、その体に突き刺さった。
その男性に、アレクサンドラは杖を向け、詠唱を終わらせた。
「――それに相応しき女王也"」
突き刺さった数多の小さな宝石は、同時に爆破し、高圧の水が広がり、体を貫通する石の柱が伸び、体を簡単に押し倒す衝撃が打つかった。
床に倒され満身創痍ながらも、未だに敵意と意識を保ち続けながら男性は魔力の放出を続けていた。そして黄金の風を巻き上げるよりも前に、アレクサンドラが口角を釣り上げながら眼光を鋭くし、駆け出した。
その右手にはつい先程奪い取り、自身の魔法の"高貴な魔法石"を使って魔法を刻んだ赤い宝石をいっぱいに持っていた。
そして、体を起こそうとしている男性の頭部にその宝石を握っている右手を押し付けた。
その一瞬の間の表情は、とても善人とは思えない程に恐ろしく、笑っていた。
「"フラメ"!!」
その右手の内側から発せられた強力な熱は光となってこの場を満たした。その直後に、耳の鼓膜を破る爆音が響いた。
アレクサンドラの今の技術では、小さな小さな宝石を何個か飛ばすことが出来るだけ。だが、その宝石から放たれる威力では、頑丈な半人半魔を倒せる程の傷を付けることは出来ない。
そこでアレクサンドラは、自爆紛いの高威力の火の属性魔法を使ったのだ。魔法で飛ばせない大きさの宝石を何個も手に、右腕を犠牲に決して逃げられずに一番威力の減衰が少なくなるであろう方法で爆破した。
黒煙の中から歩いて出て来た彼女の右腕は、酷い火傷の痕で皮膚が黒く爛れてしまっていた。今にも破れ筋肉か骨が見えてしまいそうだった。そんな状態なのにも関わらず、アレクサンドラは異常な笑みを浮かべていた。
「あんまりにも痛いと、逆に感じなくなると言うのは本当ですわね。こんなに酷いのに何も感じませんわ。むしろ心地良い。……混乱してますわねぇ……。あーあ、ドレスが台無しですわ。まあ新しく揃えましょう。えーと、回復用の宝石は何処に仕舞いましたか……」
そう言いながらアレクサンドラはドレスの中を弄って隠し持っている宝石を探していた。そのままドレスの露出した胸元に手を突っ込むと、そこから透明な宝石を取り出した。それを爛れた右腕に押し付けた。
「"ハイレン"」
その詠唱と共に、彼女の火傷は少しずつ癒えていき、元の白い肌にはならなかったが、皮膚の爛れは完全に治り、赤い火傷痕が目立つだけになった。
すると、そんなアレクサンドラにニコレッタが近付いて来た。
「あら、ニコレッタさ――って何ですのその傷!?」
「ああ、大丈夫です大丈夫です。今凄い気分が良いんです。むしろ気持ち良いんです」
「首に針が突き刺さってますわよ!? それに腕も傷だらけですわ!! 眼鏡も割れてますし……」
「大丈夫大丈――」
ニコレッタは声と一緒に口から大量の血を吐いた。その光景に流石のアレクサンドラも焦りが見えた。
「ですわー!? 血ぃ吐き出してますわよ!! そこで止まっていて下さいまし!! 回復しますので!!」
先程使った透明な宝石に杖を向け、"高貴な魔法石"で回復魔法を刻み込んだ。ニコレッタの首に突き刺さっている針を抜き、そこに宝石を押し付け杖を向けた。
「"ハイレン"! "ハイレン""ハイレン"!」
「回復魔法が使えるんですね」
「わたくしの回復魔法は所詮擦り傷を治す程度ですの! それを"高貴な魔法石"で底上げしているだけであって、こんなに酷い傷だと応急処置程度ですわ! 無事に帰ればきちんと治療を受けて下さいまし!」
「……分かりました」
二人の傍に、ジーヴルを引き摺っているシャーリーがやって来た。
「二人共! 動けるならジーヴルを担いでくれ! 煙幕を晴らす時に魔力を使い過ぎてしまった様だ!」
亜人売買の会場は、今や混沌の渦になっていた。彼女達と戦っていた三人の魔法使いはあの中でも指折りの実力者だったのだろう。その全ては何時の間にかシャーリーの傀儡へとなってしまい、包囲網を乱すことに成功していた。
「あの魔法使いの中に金属を針へ変える奴がおっただろう? あれのお陰で檻も手錠も外すことが出来た。つまりだ。亜人も解放されておる。混乱している今が、逃亡する絶好の機会だ」
「……外に、馬車がまだ止まってるはず……」
「今は休めジーヴル」
「頭は回せる……。……亜人が暴れ回って、指揮系統もぐっちゃぐちゃ……多分指折りの実力者も皆シャーリーが操っている……暴れてる亜人も私達に目も呉れず周りの奴等ばっかり狙ってるってことは……私達に助けられたって言うのも理解してる……つまり……! このまま真っ直ぐ逃げられる……!!」
アレクサンドラがジーヴルを背負い、四人はジーヴルの指示の通りに傷付いた体を動かし逃亡を図った。それは案外上手く行った。シャーリーの魔法が上手く働き、数多くの亜人が態度で感謝を示していたからだ。疲弊した体でも上手く逃亡が出来た。
地下と地上を繋げる転移魔法陣は実に粗末な出来だった。もし亜人が脱走したとしても、魔力を外へ排出することが出来ない為、転移魔法を発動出来ない。だが、あくまで転移魔法陣に魔力を流せば良いだけであり、常時魔力を垂れ流す魔石等があれば亜人でも転移魔法を発動させることが出来る。
転移魔法陣の前には、監視の為か二人程屈強な半人半魔がいたが、それは亜人の身体能力によって力で伏せられていた。そして、粗末にも魔石が大量に常備されているのだ。
魔法が扱えない亜人と言えど、知識としてそれを知っている者も多い。次々と転移魔法陣に魔石を押し付け、地上へと転移して行った。
結果、地上さえも混乱と戦乱が訪れた。混乱の内にジーヴル達は酒場の後ろの馬車に乗っている御者を蹴り落とし、そのまま馬に鞭を振るい走らせた。
ようやく一息が付ける。ジーヴルは力を抜き、その場で寝転んでしまった。
「あー大分気分が良くなって来た……。何個か魔石も拝借したし……魔力が切れそうな人は? 私はさっきの備蓄されてた魔石で完全回復してるから」
「ならニコレッタ様に。もう殆ど使い切ってしまっていますわ」
ジーヴルはニコレッタに魔石を投げ渡し、また一息付いた。
「……あー……疲れた。後はググさんと合流すれば……任務完了。亜人達が暴れてるけど……まあ、何れ止まるでしょ。奴隷解放ばんざーい」
ジーヴルはそんなことを呑気に言っていた。
すると突然、御者の代わりをしているシャーリーが声を上げた。
「全員! 飛び出せ!! 諸に喰らうぞ!!」
その怒声とも捉えられる大声に、三人は一瞬萎縮したが、馬車の上に収束する異質な魔力を感じ取り、馬車から飛び降りた。
直後、その馬車は上から岩でも落とされたかの様に大きく音を立てながら押し潰されてしまった。
全員、魔力が収束した上空の暗い夜空を見上げた。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
二人、大きく成長しましたね。え? 成長が地味だって? すぐにカルロッタレベルに成長すればそれはそれで怖いですよ。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……




