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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
43/111

日記21 またもや辛い特訓……

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「かんっぜんっふっかつ!!」


 風邪を克服してやったぞ! どうだ風邪!


 ……まあ、一応熱でも測っておこ。


 ……うーん。平熱。やっぱり完全復活!


 それにしても、何で風邪になったんだろ。寝てる時にお腹が冷えちゃったのかな?


 まあ、もう治ったから、特に気にしなくても良いだろう。


 何時も通り朝食を食べ、何時も通りの実習研修に向かおうとすると、ソーマさんに呼び止められた。


「よおカルロッタ。体調は大丈夫か?」

「はい! もう完全復活ですよかんっぜんっふっかつ!」

「お、おお……そうか。なら良かった。それなら大丈夫か」

「何がですか?」

「天才ちゃんの今日の研修は俺が担当する。今日だけじゃ無くて明日もな」

「……何でですか?」

「色々あってな。形振り構ってはいられない状況になり始めた」

「そんなにですか?」

「ずっと聞いてくるなお前……。まあ、そうだ。ウヴアナール・イルセグを名乗る人物、それに従っているであろう青星の持ち主、そして何より、ジークムント」


 ……ジークムントさん。あの人だけは本当に良く分からない。シャルルさんは……どうやら何かを探している様な雰囲気だ。


 それに、大き過ぎる忠誠心。


「……ソーマさん」

「何だ」

「私は、あの人に勝てますか」

「あの人って言うのは誰だ。シャルルか?」

「はい」

「勝てる様に鍛え上げる。何せあいつは、青星の持ち主だ。此方としても早急に潰したい」

「……さっきから言ってる青星って言うのは?」


 ソーマさんは口を固く閉ざした。


 これ以降は私と目を合わせずに、私達は外へ出た。


 あの時メグムさんとの特訓の場所に来ると、フォリアさんとファルソさんが互いに魔法を打ち合っている。どうやら拮抗した実力の様だ。


「何やってるんだお前等。今から特訓するってのに魔力を無駄に使うな」

「この狂人が突然襲って来ました」

「フォリア・ルイジ=サルタマレンダ。何をやっている」


 フォリアさんは杖と手を掲げ、飄々とした態度で口を開いた。


「この子の実力を確かめたかっただけ。実際、前戦った時よりも強くなってるし」

「良く言いますね。貴方はもっと強くなってるのに」

「君は周りと比べることを辞めた方が良い。君は、カルロッタになろうとしてるみたいだから」

「……まさか」

「いいや、君が目指しているのはカルロッタ。あの変人は彼女に匹敵する魔法使いを目指して、私は彼女の隣に立つ魔法使いを目指した。君は、そんな風には見えない。前までは、そんな性格じゃ無かったのに、何があったの?」

「……別に」

「別にって、良く使うね」

「……べーつーにー」


 ファルソさんは子供の様に舌を出してフォリアさんを馬鹿にしていた。


 確かに、何だか表情が違う。前のファルソさんよりかも、安らいでいると言うか、私に若干の敵意を向けていると言うか……。


 その若干も、多分ファルソさんも気付いてない程度の小さな小さな妬みと嫉みだ。


 直後、馬が駆ける足音と知っている魔力が私の探知に引っ掛かった。


 すると、何だか久し振りに見た黒い馬が伸び伸びと野原を駆けていたが、その後ろにちらちらと太い紐で繋がれた別の物体が見える。


 よーく見てみれば、紐に繋がれているのはシロークさんだった。シロークさんがクライブに紐で繋がれて引き摺られている。


 クライブも遠慮無く相当な速さで駆け回って、その度にシロークさんの体が大きく跳ねて地面に叩き付けられていた。


「ソーマさん……あれって……」

「ああ、こうしとけって俺が言った」

「何やってるんですか!? 殺す気ですか!?」

「シロークを舐めるな。幼少期と言えど、ジャンカルノとヴィットーリオとルミエールが育てた子だ。充分頑丈に育てたはずだ。ほら、受け身も取れてる」

「いやそう言う問題ですか!?」

「傷付いたとしても擦り傷くらいだろ。大丈夫大丈夫」

「う、うーん……確かにシロークさんなら……」


 ちらりとシロークさんを凝視すると、ずっと私の方に視線を向けている。


「カルロッターァァァァ!! ワァァァァァー!! クライブがやんちゃでーアァァー!!」


 ……まあ、喋れるなら無事……なのかなぁ? 悲鳴の様にも聞こえる。


 ソーマさんはそんなシロークさんから顔を逸らし、フォリアさんとファルソさんと私に顔を向けた。


「さて、話に戻ろうか。あーと、どんな話を始めようとしたんだったか。ああ、そうだそうだ。お前達三人、実はフロリアンも入れたかったが、別任務を課した。今日はお前達三人だ」


 ソーマさんは右へ左へうろうろしながら話を続けた。


「お前達には、『固有魔法』を使える最低条件まで到達して貰う」

「使えるまでじゃ無いんですか」


 ファルソさんが表情をぴくりとも変えずにそう言った。


「それは無理だと俺は思っている。研修中に『固有魔法』を扱えるのは――」


 ソーマさんは視線を動かし、フォリアさんを一瞥した。


「……ある例外を除いて不可能だと思っている。まずまず、最低条件に到達するのも残りの研修期間でギリギリ。俺も、こんな状況になれば防衛の為と言う名目で部屋の中に引き籠もっている訳にもいかなくなった。今からぶっ通しで、寝る間も惜しんでお前達を鍛える。死ぬか死なないかの狭間に何日間もいることになるが、覚悟しろ」


 ソーマさんの表情から本気さが伝わる。


「さて、と言う訳で特別講習の先生達がやって来ています」


 急に余所余所しい態度に成り代わり、慣れていないのかぎこちない敬語で話し始めた。


「ルミエール、アーンド、メレダ国王代理様でーす。はーいどんどんぱふぱふー」


 表情と声から先程までの気迫が風船が萎む様に一気に抜けてしまう程に、腑抜けて軽い口調だった。


「……何だよお前等。ノリ悪いな。ここは拍手喝采でルミエールとメレダを出迎える所だろ」


 ……えーと……取り敢えず、何回か手を叩いてみた。


 こんな広い空間に広がる、馬が駆ける音と木々の葉が擦れる音と、私の間抜けな小さな拍手は、何とも寂しい物だった。


「……まあ、良いか。空気は最悪だが」


 すると、私の肩に後ろから誰かの手が触れた。フォリアさんかとも思ったが、フォリアさんは今私の横にいる。


 その手は薄っすらと輝いていると勘違いする程に、真っ白だった。


「また会ったね。カルロッタ」


 透き通る様な優しい声は、ルミエールさんの声だった。


 魔力を全く感じない。こんなに近くに来るまで、それに私の体に触れているのに、魔力も気配も感じなかった。


「あ、ファルソは昨日振り。……もう泣いてないみたいだね。良かった良かった。フォリアは前の特訓の時以来かな?」


 そのルミエールさんの背後にはメレダさんが隠れていた。


「……ソーマ」


 ルミエールさんの背から顔を出したメレダさんが、無愛想な顔でそう呟いた。


「私は将来的に『固有魔法』が使えるであろう人物を集めてって言った」

「集めたぞ」

「……何でカルロッタが?」


 ……私?


「俺が個人的に育てるつもりだ。文句あるか」

「……無い。……大事に扱って」

「珍しいな。お前がそう言うなんて」

「……その子は特別だから」

「……本当にどうしたお前。そんなこと、あいつの前以外だと言ったこと無いだろ?」

「ソーマが知らないだけ」


 ソーマさんはむっと顔を顰めたが、顔を背け私の体を持ち上げた。


「ほら、お前はこっちだ。シロークと一緒に鍛えてやる」

「うわー! さーらーわーれーるー!!」

「喧しい。ちょっと離れるぞ」


 そのままカルロッタはソーマの肩に担がれ、その場から離れた。


「さて、さてさてさーて。いやー時間が作れて良かったよ。メレダの大体の業務はルシフェルと"()()()()"に任せたからね!」

「あの絶望顔はここ五百年見たことが無かった」

「そして、今回貴方達には、何と! 魔法は一切教えません!」


 その言葉に、二人は僅かに驚きを見せた。


「魔法を教えるんじゃ?」


 ファルソの疑問に答えることは無く、ルミエールは手を合わせた。


「『固有魔法』」


 その直後、景色はがらりと変わった。


 その中では桜の花弁がいっぱいに舞い散り、春の風が吹いていた。


 ルミエールとメレダの背後には一本の樹齢万年を超える巨大な桜の大木が立派に咲き誇っており、満開の華やかな色を立派に見せ付けていた。


 結界に囲まれた『固有魔法』は、ルミエールを中心に半径150mに展開された。


「まあ、説明は一旦後にしようか。百聞は一見に如かず……って、言っても分からないか――」


 ――ソーマは次いでにシロークも肩に担ぎ、ある程度離れた場所で投げ飛ばした。


「ここならルミエールの『固有魔法』に巻き込まれないか。……あいつあれで全力じゃ無いんだよなぁ……どうやればあんなに広げられるんだ……」


 ソーマさんは何度か屈伸をすると、たった一言だけ呟いた。


「『固有魔法』」


 その一言で、景色はがらりと変わった。


 ソーマさんの『固有魔法』は"我君臨せし大聖堂"だ。だが、私の目に映る景色はそれとは全く違う光景。


 立派な木材建築の中だろうか。床には藁か何かを編み込んだ床材が何枚も何十枚も敷き詰められており、特殊な裁ち方で折っている白い紙を麻で結んで下げた木の枝が何本も飾られていた。


 それに加え五色の布も飾られていた。


 ただのリーグ特有の文化的建造物かとも思ったが、それにしてはひしひしと感じる威圧感と質素ながらの見惚れてしまう美しさから、妙な神聖さを感じていた。


「個々の育成ならこれが適している。特にカルロッタとシロークを同時に育てるならな」


 ソーマさんは懐から小さく細い白と黒の糸を束ねた紐を何個か取り出した。


「まずシローク。これを手足と足首に付けろ」


 そう言って手渡された紐をシロークさんは自分の手首と足首に巻き付けた。


「両腕を前に」


 その言葉に従い、シロークさんはソーマさんの前に腕を突き出した。


 結んだ手首の紐に立てた人差し指で触れると、訳の分からない詠唱を始めた。


「"■■■■""■■■■■""■■""■■■■■""■、■■■■■■■■""■■■■■■■""■■■"」


 人差し指で紐を撫でると、突然シロークさんの両腕は鉄球を落とされた様に床に叩き付けられた。


「うわっ!? 重い!?」

「持ち上げられないだろ」


 シロークさんの手首は接着剤でも塗られた様に引っ付いており、引き剥がすことも出来ないらしい。


 何度も持ち上げようと体を上へ動かしていたが、本当に動かないらしい。必死な形相で少しだけ床から持ち上げられると、呻きながら腕を横に広げた。


 安堵の息を吐くと、勢い良く手首の紐が引っ付き、また床を叩き付けた。


 シロークさんは何とかもう一度持ち上げると、呼吸を荒くしながら汗をかいていた。


「な、何ですか……! これ……!」

「ヴィットーリオが手首と足首にリストバンドを着けてるだろ? まあ、あれの更に強力な奴だと思ってくれ。ほら、足首出せ」

「参考程度に……!! どれくらいの重さ何ですかこれ……!!」

「そうだな……」


 ソーマさんは携えている剣の柄を指で叩きながら熟考していた。ようやく口を開いたかと思えば、趣味の悪い笑顔を浮かべていた。


「その紐の重さは大体…………400ランだったはず?」

「よ、400……!?」

「シロークの歳の平均体重が30ランだったからまあ……十三人分だな」

「それにしては重すぎる……様な……!! 200ラン持ち上げたことありますけど……!!」

「だろうな。ちょっと色々細工してる。それに一本400ランだ」

「腕だけで800……!?」

「ほら、足もさっさと出せ」


 ソーマさんはシロークさんの足首の紐にも同じ様にした。


「剣士って言うのは、ある程度成長すると成長曲線が緩やかになる。今まで鍛え抜いたその体で今はまだ戦えるかも知れないが、魔法を扱えないお前だと、これからの戦いだと必ずカルロッタの足手まといになる状況が生まれる。もう実感しただろ?」


 否定の声を強く出そうとすると、喉から口に出る直前にソーマさんがぎろりと私の方を睨み付けた。


「お前が否定したい気持ちも分かる。だが事実だ。お前は俺さえも羨ましく思ってしまう才能を持っている。だが、シローク・マリアニーニは違う。才能溢れる若人と言う部分は同じだが、戦闘能力に大きな乖離がある。それが些細な物なら良かったが、差が大海の様に広い」


 ソーマさんは、立ち上がったシロークさんに微笑みを向けた。


「剣士って言うのは育て易い。ある程度の剣術を教えれば、後は体を鍛えれば勝手に強くなって行く」


 シロークさんは携えていた剣をぎこち無い動きで引き抜くと、笑みを深めた。


「お願いします……ソーマさん……!!」

「それで良い。それの重さは、闘争心を燃やせば更に重くなる。剣を構え続けろ。どれだけ倒れても、どれだけ傷付いても、それだけは握り続けろ。それだけがお前が戦える剣で、それだけが後ろの誰かを守れる盾だ。気を抜くな。闘争心を忘れるなよ」

「気を抜いて少しでも楽になろうなんて思ってませんよ!!」

「……本当に、立派に育ったな。……少し待て。次はカルロッタに話したいことがある」


 そう言ってソーマさんの視線は私に向いた。


「俺はお前に『固有魔法』の最低条件まで到達して貰うと言ったな」

「はい」

「あれは嘘だ」

「えぇぇぇ!?」

「いや、正確には嘘では無いが、あれは嘘だ」

「意味が全く分からないんですけど!?」

「今回の特訓で教えるのは、魔法では無い。魔法の特訓もしない」

「じゃあ何やるんですか!?」

「まあ落ち着け。……座って話すか。シロークは素振り五百回」


 シロークさんが後ろで真剣な眼差しで剣を素早く振り下ろし、ゆっくりと上げることを繰り返している中、私は床に座っていた。


「お前には聖浄魔法を覚えて貰う」

「……結局それは魔法じゃ?」

「だから俺は聖浄魔法って言う名前が嫌いなんだ」


 小さな舌打ちが聞こえた。


「……魔法と言っているが、これは正確には魔法では無い。魔法って言うのは生物がその内に宿している魔力を使う。だが、聖浄魔法は全く違う力だ。天使の体を構成する力だ」

「魔人みたいに魔力で体が構成されてるみたいな?」

「それに近い。より正確に言うなら精霊と同じだ。精霊はその周辺地域の魔力で体を構成しているからな」

「……話を聞く限り、それが人間に扱えるとは思えないんですけど」


 私の問い掛けに、ソーマさんは面倒臭さそうに髪を掻き毟りながら答えた。


「偶に、その力を持っている人間がいる。基本的にそう言う奴等は宗教的に高い立ち位置にいる。教皇も聖浄魔法を扱える」

「天使から貰ったんですか?」

「恐らく。天使に懐かれる人間って言うのがいるんだろうな。俺は精霊に懐かれる。まあ、リーグの王は天使にも精霊にも悪魔にも懐かれていたがな……」


 お師匠様が言うには、私は天使と精霊に懐かれるらしい。こう言うことだったんだ。


「ま、リータ教はその力を神から選ばれた人間しか扱えない奇跡って言ってるがな! そんな訳無いのにな。天使に好かれて別けられた力を使ってるだけだ。宗教って言うのは時として学問の妨げになるってのは俺の持論だが、大体合っているみたいだ」

「話がずれてますよ」

「おっと、またお喋り癖が。まあとにかく。お前にはそれを覚えて貰う」


 ようやく話が本筋に戻って来た。


「けど、それが『固有魔法』とどんな関係が?」

「世界を作る為には、聖浄魔法を扱う時に使う力が必要だ。それを扱う術を持たないといけない」

「成程……そんな条件もあるんですね」

「……まあ、お前は何度か使ったことがあるみたいだがな」

「え? 聖浄魔法なんてお師匠様からも習ったことがありませんよ?」

「……そうか。気付いてないのか。まあ、それならそれで良い。何か質問は?」

「特にありません」


 そう答えると、ソーマさんも座り込んだ。


「そうか。なら始めよう。ああ、伝え忘れていた。お前は自分の『固有魔法』を作り出すことは出来ない」

「分かりました。……え? なんて言いました?」

「あ? 始めるって言ったが」

「その後です」

「ああ、『固有魔法』が作れないって所か」

「この特訓は『固有魔法』を扱える最低条件になることが目的何ですよね?」

「……それも説明するか……あー面倒臭い……」


 ソーマさんはその場で寝転びながら話を続けた。


「『固有魔法』って言うのはそいつだけの『世界』。具現化される景色はそいつの中で一番思い出深い景色だ。俺の"我君臨せし大聖堂"の場合、妻と婚姻を結んだ場所だ」

「それが何で私が作れない理由に?」

「お前は、その『世界』を持っていない。恐らく他人の魔法をすぐに模倣出来るのもそれが原因だろう」


 ソーマさんはそれからも淡々と言葉を並べた。


「自分だけの世界、まあ魔法的特徴とも言える。それが完全に現れなければ『固有魔法』は失敗する。お前はまずその魔法的特徴さえも存在しない。本来他人の魔法的特徴に沿って作られた魔法は他人には扱えない。これは他人の魔法的特徴を模倣出来ないのも原因だが、自分の魔法的特徴と打つかり合って拒否反応が出るからでもある。だが、見た所カルロッタにはそれが現れていない。つまり、お前は魔法的特徴を持たないが故に他人の魔法的特徴を模倣しても拒否反応を示さない。これがお前が他人の魔法を模倣出来る理由だ」


 例えるなら、私は何も入っていない空っぽだから何でも入るってことだろうか。


「魔法的特徴が無いならそれを全て引き出す『固有魔法』も出来ない。分かったか?」


 メレダさんの言っている意味がようやく分かった。あの人は私の魔法的特徴が無いことに気が付いていたのだろう。


 私の心の中に、少しだけ寂しい色が落とされた。


 私は魔法が好きだ。追い求めれば、何かが現れる魔法が大好きだ。だからこそ、その極地とも言える『固有魔法』に憧れていた。


 何時か、お師匠様の様に、なりたかった。


 ……仕方が無いことなのだろう。これは、どうにか出来ることでは無い。受け入れるしか無い。


 若干目頭が熱くなる。……気の所為だろう。


「……どうした。涙目だぞ」

「……いえ……」

「……そうか」


 だが、カルロッタは知らなかった。ソーマはある種の確信を持っていることに。


 カルロッタが自分の『固有魔法』を扱えることは理論上不可能。だが、お前は汎ゆる事象において例外に位置する人物だ。言わば、特異点。


 そんなお前が、理論上不可能と言うだけで使えないはず無いだろ?


 ……まあ、全部俺の勘だ。出来ると信じて必死に練習させるより、理論上出来ないと言っておいてその他のことに精を出させた方が余程効率的だ。


「……さて、始めるか」

「四百九十九! 五百! 終わりましたよソーマさん!」


 シロークさんの叫び声が聞こえた。先程よりも汗だくで、床にぽたぽたと汗が落ちている。


「丁度良いな。カルロッタ、杖を出せ。シローク、剣を向けろ」


 ソーマさんは立ち上がると、手を一度だけ叩いた。乾いた音と共に、僅かばかりの振動が床を伝って体を揺らした。


 すると、ソーマさんの背後に、それよりも巨大な影が動いた。


 そこには、髭も髪も眉毛も繋がっており、手足は熊の手の様に太く筋肉で膨張しており、墨の様な黒い肌の鬼がいた。


 顔には一つの目だけがぎょろぎょろと動き、頭部には二本の角が生えていた。


 だが、生物特有の匂いと言うか、気配と言うのだろうか。それを感じない。まるで人形の様に無機質で薄っぺらく、黒い肌を破れば木の骨組みがあるのでは無いかと思う程に生命の息吹きを感じない。


「鬼!? いや鬼にしては特徴が若干違う!?」


 シロークさんがそう叫んだ。


 鬼と言うのは、魔人に分類される種族だ。魔法を扱えるから亜人の分類に入らないのだ。特徴としては額、もしくは側頭部から牛の様な角が生えており、身体能力が亜人と同程度らしい。その種族的な強さから、三大魔人に匹敵すると良く言われるが、魔力量も身体能力も三大魔人の方が傾向的に強いらしい。


 だが、一つ目と言う特徴は聞いたことが無い。これは、言われる鬼では無い。


 疑問を解消する暇も無く、それは拳を勢い良く握り締め、シロークさんに振り被った。目で、追えなかった。


 突然打撃音が聞こえた様にも感じた。一体何処にその拳は直撃したのかさえも分からない。見れば、シロークさんが殴り飛ばされていた。剣をしっかりと握っているが、先程の鬼の殴打の所為で手先が震えている。

 鬼の拳は、私に向けられた。


 咄嗟に前面にマンフレートさんの防護魔法を展開した。この判断が功を奏した。あの巨大な握り拳は防護魔法に阻まれた。


「カルロッタ!」


 突然ソーマさんの怒号にも似た声が聞こえた。


「魔法の使用は禁止だ!」

「えぇ!? 最悪死にますよ!?」

「言っただろ! 死ぬか死なないかの狭間ってなァ!!」

「本当だ……!! じゃあどうやって戦えば良いんですか!!」

「聖浄魔法! 自分の中の力を自覚しろ!」

「ぶっ付け本番は無理ですって!!」

「知らん! 力さえ自覚すれば後は魔法と同じ感覚で扱えば自然と出来る! と言うかお前何回かそれを使ってるはずだ!」


 使った記憶なんて無い! この人何を言ってるの!!


 憤慨さえも忘れてしまう程の焦燥感が、私の横を通り過ぎた。


 拳が横切った風で吹き飛ばされそうで、その力強さが肌に突き刺さる。


 あの屈強な腕が薙ぎ払われ、私に直撃する直後、シロークさんが私と鬼の間に割って入った。シロークさんは薙ぎ払われた腕を剣で防ぐと、獣の様な咆哮を発しながら汗を振り払い剣を鬼の腕に切り込んだ。


 やらないといけない。シロークさんの為にも。


 ソーマさんは言っていた。自覚すれば魔法と同じ感覚で扱えると。


 自分の中にあるその力。ソーマさん曰く私は使ったことがある。ならもう、外に出す道は体が覚えてるはず。


 思い出せ。それっぽい魔法を無意識的に使ってたはず。ソーマさんの言っていることが予想では無くて本当にそうだったなら、引き出せるはず。


 思い出せ。魔力とは違う場所から湧き出した力の流れを。


「あーキツイ!! ツライ!! 死にそう!!」


 僕は、珍しく弱音を吐き出していた。いや、最近は大して珍しく無いかも。


 カルロッタは、きっと知らない。僕の後悔と、疑念と、渇望と、夢を。


 僕は、騎士になりたかった。誰かを守れる剣を振る父親の姿に憧れて、それになりたい渇きに襲われた。


 そして、彼女と出会った。彼女は強かった。僕とは比べ物にならない程に。分かってる。強さの方向が違う。比べるべきじゃ無い。


 彼女は僕を旅に誘った。……凄く、物凄く、楽しい旅路。


 だからこそ、僕の中には劣等感が積もる。彼女の隣にいることが、偶に辛い物になる。怖かった。僕の心が怖かった。


 彼女は、負けてしまった。少しだけ、嬉しかった。彼女は負けを知らない怪物では無かった。まるで貧困を見たことが無いお姫様でも無かった。


 それが何処までも、僕の心を締め付ける。最低だ。


 だから強くなりたい、なんて彼女に失礼だろうか。もう二度と、彼女の強さに目を潰されない様に。


 彼女を妬ましく思って、彼女を恨んでしまわない様に。


 これ以上彼女に嫉みなんて感情を抱かない様に。


 そんな感情も、そんな葛藤も、彼女は気付いていないのだろう。君の、そんな所が嫌いだ。


 ……ああ、違う。大好きなんだ。そんなカルロッタが。


 辛い。誰も知らない辛さ。喉が締め付けられて死んでしまいそうな苦痛を感じているのも誰も、知らない。


 この妬み嫉みを全て消さないと、僕はきっと、カルロッタの隣にいられない。


 どれだけ切り込んだとしても、鬼の体に刃が一切食い込まない。


 この鬼の体が頑丈なのか、それとも重りの所為なのか。……多分、何方もだろう。


 鬼の動きを見切り、剣で切り付けようとしても、更に体が重くなる。


 もっと、もっと、更に、更に速く。


 鬼は思い切り踏み込み、下から上に拳を突き上げた。その拳に剣を叩き付けると、勢いに押し負け腕が一気に仰け反ってしまった。


 その隙を見逃して貰うはずも無く、鬼のもう片方の腕が力強く前に突き出されているのが見えた。


 不味い。直撃する。


「アァァァァァアア!!」


 体を後ろに仰け反らせ、恐怖も臆することも無く、やって来た拳に思い切り頭突きをした。


 頭の中に衝撃が響く。だけど、痛みはもう感じない。


 振り下げた剣を力の限り突き出した。剣先は鬼の胸に、僅かに突き刺さり筋肉に阻まれた。


 突き刺さらない……!! 駄目だ……!!


 力が、入らない。さっきの頭突きの所為だろう。精神は未だに闘争心を滾らせているのに、体が先に限界を越えてしまった。


 膝が崩れ、腕が落ちた。何とか腕が引っ付かない様に力んでいるが、もうこれしか出来ない。今度こそ、確実にやられる。


 その瞬間、白い光が僕の頭上を通った。同時に響いたのは、肉が弾け飛び散った音だった。


「本当に……君は、何も知らないね……」


 僕は、泣いているのだろうか。


 カルロッタは杖を向けていた。その赤色の髪には、一束の白い髪があった。


「ええ、知りません。だけど、私は、シロークさんが大好きです」

「……ああ、もう、駄目だ。カルロッタは本当に……」


 シロークさんは仰向けで四肢を広げその場で寝転んだ。


「……僕もだよ、カルロッタ」

「なら良かったです」


 すると、ソーマさんが拍手をしながら笑っていた。


「お前はやれば出来るって信じてたぞ」

「シロークさんが死ぬ一歩手前だったんですよ」

「それはそれでこれはこれ。結果オーライ結果オーライ」


 ソーマさんは悪どい笑顔を向けていた。


 そして、シロークさんに視線を向けた。


「シローク、お前も良くやった。最後まで剣を手放さなかったな」

「……それだけで、褒められたくありません」

「それで良い。剣士にとって剣を離さないのは当たり前のことだからな」

「……ソーマさん。僕を、強く出来ますか」

「お前の才能による。まず純粋な身体能力で戦う剣士だと、どうしても女性の方が不利だ。傾向として筋肉よりも脂肪が出来やすいからな。どれだけ筋肉が付くか、それがどれだけお前の体に乗せられるか、これも才能の内に入る。ああ、だが安心しろ。才能は十二分にある」

「……はい」

「もう休憩は終わりだ。立て」

「……もう少し……」

「駄目だ。無理矢理カルロッタに引けを取らない戦力に仕立て上げるんだ。徹底的に痛め付けて僅かな期間で回復させての繰り返させる。それに、これはお前の願いだ」


 シロークさんは何とか膝を震わせながら立ち上がると、また剣を向けた。


「……あぁ膝が泣いてるぅ……!!」

「よーし立ち上がったな。夜にはメグムさんが来るからそれまでちゃんと気を失うなよ?」


 ……メグムさんとソーマさんだと……どっちの方がマシだろ……。


 すると、ソーマさんの背後に鬼がまた現れた。だが、先程の黒い鬼と似た様な白い鬼も出て来た。単純に考えると、シロークさんでも反応が出来ない鬼が二体……。


「さあもう一回行くぞ」


 ソーマさんはにやりと笑った。……もう嫌だ……――。


 ――数時間が過ぎた頃。


 日は落ち、月光と星空だけが輝いている暗い空になってしまった。その空の下に、カルロッタとシロークは俯せで倒れていた。


「……か、体が動かない……」

「……頭が痛い……」

「……カルロッタ……生きてる……?」

「何とか……」

「……休憩の後……今からメグムさんも来るらしいよ……」

「……いーやーだー……」


 その間にソーマは、同じ様に一旦休憩を挟んでいたルミエールと話していた。


「紅茶はどうかな?」

「いらない。まだ仕事が残ってるんだ。仕事が無い時に伸び伸びと飲みたい」

「そう? ……何か聞きたいことがある顔だね」


 ルミエールはクスクスと笑っていた。


「……まあ、色々な。……何故急にファルソをあいつの息子と断定した」


 ルミエールの表情は僅かに影を落とした。だが、すぐに何時も通りの微笑みを浮かべた。


「急にじゃ無いよ。初めて会った時から何と無く分かってた。それに、スティが言ってたでしょ? あくまでその血筋の可能性って」

「その答えに意味はもう無いんだろ?」


 ルミエールはまたクスクスと笑った。


「察しが良いね」

「……もう一つ聞きたい。前から思ってたが、お前、それにメレダもだ。カルロッタを贔屓してるな。あれは何故だ」

「あれ? あれはまあ……簡単な理由だよ」


 ルミエールは薄ら笑いを貼り付けた。


「彼女は救世主(メシア)だからね」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


赤目輝く救世主。赤髪靡かせる精霊。父は、星皇。

私はキリスト教の考えの三位一体はあまり好きではありません。勿論、否定している訳ではありませんが。


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