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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
42/111

日記20 一人ぼっち

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「……それで、どうだ?」


 祝賀会を終わらせた次の次の日。ソーマは険しい顔でアルフレッドとヴィットーリオの報告を聞いていた。その傍にはペルラルゴとググもいた。


 前々日の祝賀会は、決して祝いを喜べる祝賀会では無かったのだ。


「……カルロッタ・サヴァイアントに渡された飲料ですが、魔法の痕跡が残っていました」


 アルフレッドは冷静に、淡々と言葉を発していた。


「……毒殺か。ま、あの天才ちゃんなら一番確率が高い暗殺の方法か。俺だってそうする。ヴィットーリオが気付かなければ、本気で死んでたな……。カルロッタの様子は?」

「今の所は特に何事も無い様です」

「なら良かった。……この毒を仕込んだ犯人は?」

「残滓から特定出来ています。ギルドに登録されている魔力でしたので」

「……犯人はギルドに所属している魔法使いだと?」


 ソーマの顔色は更に険しい物になった。


「……いえ、此方でも話を聞きましたが……本人に話を聞いた方が早いでしょう」


 そうしてギルド長室に入って来たのは、立派な顎髭を持っている細身の老人だった。


 むしろ豪快さと若々しささえも見えるその老体には絹を編んだ服を着こなしていた。


「久し振りですねぇソーマギルド長」

「挨拶をしている暇は無いんだ。済まないな。単刀直入に聞こう。毒を盛ったのはお前か?」

「……事前に話は聞いておりますよぉ。ですが、胸を張って言えることは一つ。それは誰かを殺す為に当方の魔法を使った訳ではありませぬ」


 ソーマはその老人を力強く睨んだ。老人は萎縮せずに、むしろ余裕そうに立派な顎髭を撫でていた。


「あれはギルドの依頼にあった一つを遂行する為に作り上げた飲料の一つです」


 ソーマはヴィットーリオに目配せした。何も言わず、ヴィットーリオは一度だけ頷いた。


「……誰の依頼だ」

「タリアスヨロクのヒュトゥノアネー公爵です」

「……ヒュトゥノアネーか……」

「ええ。あの方の領地で蜂の魔物が大量に発生しまして。一網打尽にする為に果実の飲料に毒を仕込みました。確かに、今思えばあんなに高価な物を使わずとも良いのではと思いましたが」


 ソーマはペルラルゴに目配せした。若干の動揺もありつつも、ペルラルゴはすぐに答えた。


「あの飲料はタリアスヨロクからの贈与品らしく……正確には誰からの贈与品かは分かりません……申し訳ありません役立たずで……」

「……都合が良いな」


 ソーマはぽつりと呟いた。


 老人が部屋を後にすると、ソーマは口を開いた。


「アルフレッド、カルロッタに飲料を渡した給仕はどうなった」

「……昨日、自殺していました」

「抜かり無いな。……今回の件ではっきり分かった。カルロッタを暗殺しようとする何者か、もしくは団体がいる。理由はさっぱりだが」

「ルミエール様に聞いてみれば? カルロッタ・サヴァイアントの暗殺を予測したのはルミエール様でしょう?」

「あいつは駄目だ。あいつが答えを言う時は、その答えに意味が無くなった時だけだ。今はまだその答えに意味がある時だ」

「……良く従いますね」

「あいつの判断が間違う時は今まで無いからな」


 彼は、ルミエールを信じているのだ。ただ一人の王の為に、五百年前の戦いで共に剣を振るい魔法を扱い英雄となったのだ。


「……ま、予想は出来る。……あの天才ちゃんは、()()()だ」

「星の器……それは、一体。何時か来る、何時か産まれると何度も言っていましたが、結局その星の器とは何なのですか?」


 ヴィットーリオが怪訝そうな顔でそう聞いた。


「言葉の通りさ。星をその身に宿すことが出来る器の持ち主。それが星の器だ」


 先程までの険しい顔とは裏腹に、彼の表情は辛い物で目を瞑り、そのまま苦しそうに瞼を開けることも無いまま、唇を噛み締めながら呟いた。


「……出来れば、産まれて欲しく無かった……」


 その言葉の真意を、この場にいる誰もが聞くことは出来なかった。


「……兎に角、まだカルロッタの護衛は継続することにする。アルフレッド、ヴィットーリオ、変わらず護衛を。ペルラルゴとググは調査を頼んだ」


 命令通りに彼等は動き、そして部屋の中にはソーマ唯一人になった。


 椅子に凭れ掛かり、ソーマは天井を眺めていた。すると、窓を叩く音が響いた。


 朝日が差し込む窓に視線を動かすと、蛙の様にへばり付いているドナーがそこにはいた。その姿に驚き、ソーマは無言で椅子から少しだけ飛び上がった。


 ソーマは冷静を装いながら、窓を開けドナーを中に入れた。


「ふー壁に張り付くのは疲れるよ」

「特殊部隊みたいなことをするな……。……特殊部隊だった……」

「話は聞かせて貰ったぁ!」

「どう思う?」


 ドナーはソーマの腕に抱き着くと、頬を擦り付けながら話を始めた。


「大体ソーマと一緒。ただまあ、少しだけ違うけど」

「違う所は?」

「星の器って所」

「……だが、天才ちゃんには赤く煌々と輝く星の光がある。まだ自覚はしてない様だが……」

「ほら、私前に聞いてって言ったことあるでしょ? カルロッタちゃんがどんな風に思われてるのかってこと」

「ああ、あれか。あれがどうした?」

「基本的に皆私と同じ感覚。親しく優しいが、恐ろしいかな? で、これは私がリーグの王と出会った時と同じ感覚」


 ドナーは片手で髪を弄りながら言葉を続けた。


「あくまで感覚だけどね。彼女は、ただの星の器じゃ無い。数多の、いや、全ての星をその身に受け入れられる『星の王の器』だと睨んでる」

「……んな馬鹿な」

「……そして、もう一つ。これは本当に飛躍し過ぎだと思うんだけどね。多分カルロッタちゃんの母親は――」


 その次に続いた単語は、ソーマを驚愕させるには充分な程に頓珍漢で矛盾だらけの予想だった。


「いやー流石にあり得ないだろ」

「ま、そうだよね!」


 二人は互いに笑いあった。


 それと同時に誰かが扉をノックする音が聞こえた。


 入って来たのは、ドミトリーだった。


「……ああ、ドナー様。ここに居られたのですか。また後にしましょうか?」


 その言葉に反応したのか、ソーマが目にも映らぬ速さでドミトリーとの距離を詰めた。


「俺の妻に何か用か?」

「嫉妬深いですねぇ……」


 そんなソーマを引き離しながらドナーがドミトリーに話し掛けた。


「良いよ別に。ソーマにも話はしてるし」

「……分かりました」


 ドミトリーはそのまま話を続けた。


「まず、主観ではありますが、どうしても我々研修生の中に諜報員がいるとは思えないのです」

「ふんふん。何でそう思ったの?」

「シャルルと名乗る魔法使いの動向から説明しましょう。彼は海上にいる我々を見付け、真っ先にカルロッタを狙う魔法を放った。……あの魔力量を事前に見破り危険度が高いからこそ先に倒そうとしたのなら、納得は出来ますが、もし初めからカルロッタが目的だとすれば……」


 ドミトリーはソーマに目配せをしながら話を続けた。


「そして、祝賀会のアルフレッドとヴィットーリオの不審な動き。カルロッタから付かず離れずの距離感を妙に意識している様にも見えました。……ルミエール親衛隊隊長から、カルロッタを狙う何者かが示唆されたのでしょう?」

「おー流石。大正解」

「カルロッタを殺そうと画策している。つまり、カルロッタのことは少なくとも良くは思っていないはず。しかし……祝賀会の最中、それと無くカルロッタのことを話題に出しましたが、研修生の全員、勿論この私も含め全員がカルロッタのことを親しく思っている様子なのです。とてもあの中に……裏切り者がいるとは……」


 ドミトリーの表情には、事実を述べている冷静で冷血な目付きとは裏腹に、あの戦友とも言える彼等彼女等の中に裏切り者がいるとは信じられないとドナーに訴えていた。


「……そう。分かった。ありがと」


 冷徹にドナーはそう答えた。


「……もう少し、詳しい調査をしてみましょう――」


「――うーん……うーむむむぅ……」

「……何ですかヴァレリアさん」


 ヴァレリアさんが私の額に手で触れながら「うーんうーん」と呻いていた。


「……熱っぽいわね。昨日から体調が悪そうだったけど」

「……そうですか? 言われてみれば調子が悪い様な、頭がくらくらする様な……」

「今日は休んだら? アルフレッドさんには私から言っておくから」

「そんなに調子が悪い訳では無いんですけど……」

「駄目よ。こう言うのは、きちんと安静にならないと」

「でも――」

「でもじゃ無い! ほら早くベッドに行くわよ!」


 そのままヴァレリアさんに引っ張られて私の部屋のベッドに寝かされた。


「一応お粥作って来るから寝てること! 分かったわね!」

「……はい」


 ちょっとだけ怒っている口調でヴァレリアさんは部屋を後にした。


「全く……体調の変化があるならすぐに言ってくれないと……」


 そんなことをぶつぶつと言いながらヴァレリアは歩いていたが、ふとアルフレッドとすれ違った。


「ああ、ヴァレリア・ガスパロット。カルロッタ・サヴァイアントは何処にいる?」

「今? 寝てますよ。ちょっと熱っぽいので」

「……そうか。分かった。今会うのは辞めておこう」

「あ、そうだアルフレッドさん」

「何だ?」

「オリーブオイルとパルミジャーノチーズを買って来てくれませんか?」

「……ああ、お粥か。分かった」

「いやー私は研修生を育てないといけない使命があるので……決して、お金が勿体無い訳では無いですよ? 決して。ええ決して」


 アルフレッドは虫を誤って噛み潰した様な苦い顔をしていたが、自分の懐にある貨幣を睨みながら市場に向かった。


 そしてヴァレリアは何時も通り、研修生に充分な教養を教えていた。


 その最中に、突然ソーマが扉を力強く開けて入って来た。


「済まない。ファルソと……そうだな、フロリアンを借りたい」

「また横暴な……」

「お? 何だ逆らうのか? 良いんだぞーこっちは幾らでも脅す材料があるんだからなー?」

「別に嫌とは言ってませんよオホホホホ」


 そのままソーマはファルソの首根っこを掴み上げ、引き摺りながらフロリアンと共に外に出て行った。


 ギルド長室の前にファルソを放置し、フロリアンと共にその中に入った。


 そして大層偉そうな態度で椅子に座り込み、淹れておいた紅茶を一口飲んだ。


「……さて、実は今日お前には特別に特訓してやろうと思ったんだが――」

「だが? だがとはどう言う意味だ」

「……事情が変わった。お前はまた別の日だ」

「……なら、何故俺を呼んだ。あの子供だけで充分だろう」

「少し色々あってな。後日、研修生の中の特定の人物にだけある指令を下すが、お前には言っておきたいことが一つある」


 フロリアンは不愉快そうな表情をソーマに向けた。だが、それを意にも介さず、むしろふんと鼻を鳴らした。


「俺は強さを願った。それを蔑ろにしてまで優先されるべき指令なのか? 巫山戯るなよ。例え五百年前の英雄とは言え、俺が媚び諂うとでも?」

「安心しろ。別にお前の願いを蔑ろにしたい訳じゃ無い。それに、この指令はお前から懇願するはずだ」

「はん。言ってみろ」

「目上の人には敬語を使え。百年も生きてない若造が」


 ソーマは薄っすらと口角を上げながら余裕そうにそう言った。


「今回の指令は、タリアスヨロクのヒュトゥノアネー公爵の身辺調査だ。恐らくタリアスヨロクの亜人奴隷の売買の中心はそこだと、ギルドは睨んでいる」

「それが何故俺から懇願すると?」

「話を最後まで聞け。その亜人奴隷の中には、()()()族もいる」


 フロリアンの顔色はがらりと変わった。怒りが沸々と湧き出ているのか、目をかっと見開き、拳を握り締めていた。


 エルフ族、広義的には亜人に分類される種族ではあるが、その中で唯一魔法をその身で扱える特殊な種族である。


 だが、亜人差別が隆盛を極めた頃。魔法も扱える彼等さえも差別の対象となり、結果として六百年前の亜人大虐殺がによって激的に数を減らした種族である。大虐殺の被害にあった亜人は凡そ三百万人だとされており、その内の十七万がエルフ族である。これは、当時のエルフ族の九割以上を占める。


 今は純粋なエルフ族の方が少なく、エルフ族と人間族の混血でさえも珍しい。


 故に観賞用としての奴隷としてなら、エルフ族の血を引くことが奴隷商にとって大きな利益に繋がる。


「純粋なエルフ族の女は無理矢理子を孕まされ、その乳飲み子がまた売りに出される。男でもまあ、同じ扱いに近いか」

「黙れ」


 フロリアンはチィちゃんを握り潰してしまいそうな恐ろしさでそう言った。


「それ以上喋るな。不愉快だ」

「……ああ、済まない。失言だったな。……兎に角だ。エルフ族が一度人攫いに会えば人生終了。一生他人の莫大な富の為に――。……どうにも俺はお喋りだな。また同じことを喋ろうとしてしまった」


 ソーマは立ち上がり、フロリアンの顔を見詰めた。


「やってくれるよな? フロリアン・プラント=ラヴァー。いいや、お前はそれをやるしか無い」

「……ああ、勿論だ」


 ソーマは悪どい笑顔を浮かべた。


「お前ならそう言ってくれると思ったさ。ククッ……! 今回の指令は精神的に辛い惨状を見るかも知れない。冷静さを保てよ?」

「善処する」

「そこら辺の警備兵は別に良いが、ヒュトゥノアネー公爵は絶対に殺すなよ? ヒュトゥノアネー公爵は見せしめの為にしっかりとした場で処刑を宣言する」

「罰とは、見せしめの為では無いはずだ。悪を行ったことによる罰なのだからな」

「違う。罰は見せしめだ。あれをしてはいけません。あれをした人はこうしますって言う見せしめだ。神は人々に天罰を下す。それは人々が二度と罪を犯さない様にする見せしめだろう?」

「……余り、受け入れたく無い真実だな」

「そう言う物だ。法は正義では無く禁止事項を連々と書き連ねているだけであり、罪は悪では無く秩序維持の為の見せしめだ。勘違いするな。二元論化出来る事象なんてのは所詮、知能が母親の胎内の中の時から変わっていない低俗な知能の持ち主が頭の中で思い浮かべる単純で分かり易く、善と悪が完璧に別れている世界だけだ」

「その毒舌を習いたい物だ」

「辞めておけ。良い顔はされない」


 ソーマは話を終えると、部屋の外に放っておいたファルソの首根っこを掴み上げ歩き始めた。


「……あの」


 母猫に咥えられた子猫の様に縮こまりながらファルソが聞いた。


「何で、僕がこんなことに」

「お前には才能があるからな」

「……才能がある人を優先的に育てて、他を蔑ろに?」

「ああ。基本的に才能がある奴は全体の一割、そして無能は二割だ。無能は何やっても成長しない。普通の奴は着実に成長して才能がある奴に並ぶ時もあるが、まあやはり成長は遅い。そして、才能がある奴等。成長速度も段違い、自分で魔法を作った挙げ句に改造も何のその。今年の冒険者は全員才能がある一割の中の、更に一割。そしてお前はその中の更に一割だ。潜在能力及び才能はカルロッタに負けず劣らずって所か? いや、明確に負けてはいるが、カルロッタが規格外なだけだ。充分俺に匹敵する可能性のある才能の原石だ」

「だから僕だけを?」

「次いでにカルロッタとフロリアン、それにフォリアも欲しかったが、今は仕方無い。ファルソ・イルセグ、今はお前だけに専念する」


 ソーマは第三試験の会場として扱われた平野に赴き、ファルソをそこで降ろした。


「聞いたぞ? 自分だけの魔法を作ったんだってな」

「見せましょうか?」

「いーや、ある程度知ってる。……さて、俺の特訓は相当荒っぽいからな。大怪我負っても自力で治せ」

「回復魔法使えないんですけど」

「知らん。使える様になれ。適性はある。回復魔法って言うのは聖浄魔法の"治癒の奇跡"の劣化版みたいな物だ。ま、それを魔力で再現しようとなると全属性扱えるのが大前提になる。さて、お前は?」

「……全属性使えます」

「よーしなら大丈夫だ。感覚で覚えろ。理論派なら精一杯頭回せ」


 すると、周りの景色ががらりと変わった。


 ソーマは、質素で簡素な木造建築の前に仁王立ちで佇んでいた。


 その木造建築の建造物は質素ではあるが、凝視して見れば細微な木の装飾があり、何処か仰々しさと神聖さと美しさがあった。その建造物は床が高く瓦や土壁も使っていなかった。


 その建造物の中央の前には、真鍮で作られた大きな鈴が三つあり、それぞれの鈴には三本の麻紐で作られた一つの縄が垂れていた。


 鈴が揺れると、爽快で重厚な響きが空気を揺らした。


 そして、ファルソの前には赤く塗装された門の様な物があった。


 それは二本の柱の上に長い横材が二本あり、その下に貫を入れて柱を固定していた。その貫は柱から外側に出ていた。


 ファルソは、それを超えることが出来なかった。この門を潜ろうと考えるだけで体中から汗が吹き出すのだ。


 何者かに拒まれているとさえ思ってしまう。怖気付いたのか、ファルソは腰を抜かし尻餅をついた。


「おいおいファルソ。そんなに怖がらなくても良いだろ? お前が『固有魔法』を使える様に特訓してやろうとしてるんだからよ。これで怖気付いてるなら、先が思いやられるぞ。杖を持て、ファルソ・イルセグ」


 ファルソは唾を飲み込み、杖を両手で握り、立ち上がった。


 杖先をソーマに向け、決意を固め魔力を滾らせた。


 ソーマはにやりと笑った。


「良いぞ良いぞ。その顔だ。五百年前のあいつと瓜二つだ。ククッ……!」

「……あいつ……ですか」

「ああ、あいつだ。俺達の、リーグの、星皇だ。性格以外は、お前にそっくりだった。……それが手加減する理由にはならねぇがな」

「……お手柔らかにお願いします」


 ソーマの笑みが更に強まった。


「自分自身の身にある二つの星の輝きを自覚するまでやり続けるぞ」


 かくして、ソーマによるファルソの特訓が始まった。


 数時間後。


 ソーマはファルソを一人置いてギルド長室に戻っていた。


 ファルソはその場で倒れていた。


「……頭痛い……ああ、魔力過剰使用だ……」


 ファルソはその黒い瞳で、夕暮れの茜色の空を見詰めていた。


「……何で僕、ここにいるんだっけ。……ああ、そうだった。大魔術師の証を探してるんだった……」

「おーそれはそれはまた難しい目標を立てるねぇ」

「……今の所、それらしい物も見当たらないし」

「それはそうだよ。だって大魔術師の証はカルロッタが持ってるんだから」

「……何でお父さんが持ってるはずの大魔術師の証をカルロッタさんが――……誰?」


 ファルソがその優しく透き通る様な声が聞こえる方に顔を向けると、ルミエールがにこにこの笑顔でファルソの顔を覗き込んでいた。


「久し振り……かな? ファルソ」

「……何でここに?」

「特に理由は無いよ。ただ会いたくなったから会いに来た。それだけ」

「……へぇ」


 その薄っすらと浮かべているルミエールの笑顔に、彼は疲れ切った体が癒されている気さえもした。


 何より、彼女の笑顔には母親の様な輝きさえも感じていたのだ。決して、そんなことはあり得ないと言うのに。


 ルミエールはファルソの横に寝転ぶと、何をするでも無くファルソを優しい目付きで見詰めていた。


「……何ですか?」

「彼にそっくりだなーって」

「……僕の母親は、結局、誰なんですか……」


 ファルソの声は、僅かに震えていた。


「……いや……まず父親さえも、結局分からない。そうだと信じてずっと……三百ちょっとずっと過ごして、あの人と出会った」

「あの人……ああ、カルロッタのこと」

「……あの人が、持ってるんですか? 大魔術師の証を」

「そうだよ。しっかりこの目で確認した」

「……僕は……」


 ファルソが吐き出す言葉の一つ一つは、悲哀の音を混ぜ合わせていた。


 彼は、孤独だった。


「……ずっと一人ぼっち」


 ファルソの目頭が熱くなった。それを抑えることが出来ずに、自然と涙を浮かべた。


 全ての感情を吐き出そうと息を深く吸おうとしても、すぐに吐き出してしまう。言葉を紡ぐことも難しかった。


「僕は誰の子供なんですか……ずっと一人ぼっちで……お父さんもお母さんも分からないまま……ずっと……一人ぼっちで……」


 ルミエールは何も言わずに、笑顔を忘れファルソの悲痛な言葉に耳を傾けていた。


「僕だってお父さんに魔法を教わりたかった……僕だってお母さんに甘えたかった……。……僕は……星の皇の子供何だって皆に信じて貰いたいから……自分でも信じたいから……あれを探したのに……!」


 夕暮れの茜色の光を反射する大きな涙が、彼の目頭から溢れ始めた。声は震え、ずっと一人ぼっちの彼は、その悲痛を全て吐き出そうとした。


「何で……それをカルロッタさんが持ってるの……!! 嫌だ……!! じゃあ僕は一体……誰なの……僕は……誰の息子なんですか……!!」


 その後の言葉は出て来なかった。その代わりに、絶叫と慟哭が彼の口から溢れた。


 リーグの王の子息と彼が名乗った理由は、偏に自分自身の容姿から推測した身勝手な仮説である。その仮説を彼の中で揺るがない物にしたのは、彼が過ごした地域にいた悪魔の言葉である。


 悪魔は言った。お前は星を束ねる皇の息子であると。悪魔は言った。お前は父に見捨てられたのだと。


 そしてもう一つ、悪魔は言った。


 お前は父に認められる為に、大魔術師の証を探さなければならない。それを渡せば、父に会えることが出来る。


 彼はずっと一人ぼっちだった。是が非でもそれを探さなければならなかった。


 最後に悪魔は言った。


 今年の冒険者試験、人間族の魔法使いの場に、それを持つ人物が現れる。その人物から証を奪い、俺に渡せと。


 彼は、一人ぼっちだった。


 魔王により不吉で穢れた物とされた黒髪。リータ教の影響で人を善の道から踏み外そうとする悪の象徴とされた黒目。その全てが、彼を一人ぼっちにさせた。彼の全てが、彼を一人ぼっちにさせた。


 悪魔の言葉が私利私欲に塗れ、自分を都合良く扱い大魔術師の証を奪おうとしていることは簡単に分かった。


 だが、彼は一人ぼっちは嫌だった。虚偽に縋り父をリーグの王だと信じるしか、彼の孤独を癒やす方法は無かった。


 すると、わんわんと泣いているファルソをルミエールがそっと抱き締めた。


 まるで、母親の様に優しく母性に溢れ、柔らかい匂いがファルソを包み込んだ。


「……ごめん、ごめんね。ずっと、一人ぼっちにさせて」


 赤子を宥める様に背中を優しく擦り、頭をぽんぽんと優しく叩きながら、ルミエールは囁いていた。


 後悔を強めた彼女の表情は、自分の子の不幸を嘆いている母親の姿に似通っていた。


 無論、ルミエールは彼の母親では無い。それでも、彼の寂しさはほんの少しだけ満たされた――。


 ――ソーマはギルド長室にて様々な資料に目を通していた。


 外はすっかり夜で、本来なら夜行性の彼等彼女等が目覚める時間で、昼間に動いていた彼等彼女等は眠りに付く時間だ。


「何だこの依頼。ギルドは何でも屋じゃ無いぞ」


 そう言って一枚の紙をぽいっと投げ捨てると、室内に突然ググが現れた。


「ソーマ様、来客です」

「来客? 誰だこんな時間に」

()()()様です」

「……何で七人の聖母様がこんな時間に、しかも俺に用があるんだ」

「それは……分かりませんが、恐らく相当重大な用事かと。正装でしたよ?」

「メイド服じゃ無くてシスター服か……行きたく無いな……あいつ等怒らせると怖いんだ……」


 ソーマは顔を顰めながらも、応接室に向かった。


 応接室に何度かノックしてから扉を開けると、そこには前髪だけが長く伸びている女性がいた。その女性の後ろ髪は短く切られており、長い前髪は目元を隠し、胸元まで伸びており、胸の上に髪を束ねる黒いリボンを巻いていた。


 そして、服装はテミスと同じ様な服装をしていた。


 その女性の名はスティ。七人の聖母の一人である。


「これはこれは、七人の聖母様が俺みたいな男に何の用かな?」

「取って付けた様な敬語はお辞め下さいソーマ魔導指導役兼冒険者ギルド組長」

「……役職名の所為で相当な長さになってるな。まあ良い」


 ソーマはスティの向かいの椅子に座った。


「一応お前達はリーグにとって重要な立ち位置だ。敬語を使わないと後が怖いんだよ」

「五百年間共に、我等が主の居らぬ自国を守り抜いた功績を持つ貴方と(わたくし)は本来同格です」

「……ま、そう言ってくれてありがたい。で、要件は何だ? 手短に終わらせたい」


 スティは長い前髪の隙間からソーマを銀色の瞳で見詰めながら、仰々しく言葉を発した。


「我等七人の聖母は、今後()()()()()()()()を、正式に我等が主との血族関係であることを全面的に認めます」


 ソーマは余程驚いているのか、指先さえも動かさず静止していた。


 その数秒後、驚愕の声が室内に響いた。


「ちょっと待て! ファルソ・イルセグを正式にあいつの息子だと認めるって言ったのか!? そんな訳無いだろあいつに限って!! 他人を孕ませるなんて……!! あいつはそう言う男じゃねぇ!!」


 ソーマの言動には、驚愕よりも怒りが目立っていた。


「あくまで、血族関係。直系の子息であるとはまだ言えません。……姉様は、我等が主の子息だと睨んでいる様ですが」

「そんな訳あるか! あいつの親も兄弟も全員死んだはずだろ!」

「なら、何故彼は魔人族なのですか」

「それ、は……あれだ。ひっそりと生き残っていたんだよ! ああそうだ! 絶対にそうだ!」

「……何故、今更になって認めようとしないのですか。自分でも、可能性はあると言っていたではありませんか」

「ああそうだな! 自分でも驚いてるさ! 自分も同じ予想をしてたってのによ! 自分でもファルソがあいつの血族だってのは予想してた! だが! いざ言われると訳の分からない怒りが湧いて来るんだよ!」


 スティは表情をぴくりとも変えずに、言葉を続けた。


「これはまだ国内にも発表していません。……いえ、我等が主が再度あの玉座に座るまで、公表はしません」

「……これから世界の混乱期に入るからか」

「それもありますが、姉様の指示です」

「……ルミエールめ……何を考えている……」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


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