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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
38/111

日記18 一休み ②

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

「……はぁ」

「お疲れだねぇ」


 ソーマのため息にドナーがそう言った。


「ジークムントを捕らえる為の結界の維持を四六時中やってる所為で、疲れが眠気で取れない……。無意味って言ってたのに何で俺の魔法まで使わないと……」

「無意味? ルミエールちゃんがそう言ってたの?」

「ん? ああ、そう言ってた。理由は言ってくれなかったが」


 ソーマは腕を伸ばしながら言葉を続けた。


「しっかしあいつも変な作戦立てるよな。自分が出れば確実なのに、どう言う訳かジークムントの前に姿を現さず、挙句の果てにはリーグから刀飛ばしての一撃だけ。あの作戦の立案自体もルミエールだ。"大罪人への恋心"の効力を能力だけに限定する様に言ったのも、俺が行かない様に静止したのも、ルミエールだ」


 ソーマは紅茶を淹れながら、空いている片手の指をくいと挙げた。すると、その手にドナーの前に置かれているティーカップが飛んで来た。


「……いや、あの一撃だけでも充分だったのか? 師団長が大勢行くことを危惧し、戦力を出来る限り出し惜しみした上で最大の混乱を齎す。そうすれば封印は簡単なのか? 七人の聖母の実力が良く分からないんだよな。あいつらあんまり戦わないし。最後に戦ったのは何時だ?」

「確か……一日戦争の時じゃ無い?」

「五百年前か……。個人個人が『固有魔法』を使える程度の実力はあるかもな」

「あ、そう言えば、私が聞いてって頼んだことは?」

「ああ、カルロッタのことだろ? きちんと聞いたさ。俺の大切な女性からの頼みだからな――」


「――あぁ……カルロッタ……」


 フォリアさんが私の首元を優しく手で包みながら、耳元で蠱惑的に囁いていた。吹き掛かる吐息が擽ったい。


 もう片手で私の頬をもちもちと揉んでいる。


「可愛い可愛いカルロッタ……」

「あばばば……あぶぶぶ……」

「ふふ……このままずっと一緒にいましょう? 目覚める時も、お腹を満たす時も、目を擦る時も、花が芽吹く時も青々しい葉が生い茂る時も涼しい風が吹き荒れる時も白い雪が降り積もる時も、ずっと、同じ箱に入るまで、一緒に。ふふふふふ……」

「あの……」

「ねえカルロッタ?」

「何ですか?」

「二人切りになれる時間はある?」

「ありますよ。どうせ今日は暇ですから」


 すると、私のほっぺを揉む力が僅かに強まった。


「本当に?」

「はい。大丈夫です」

「……あぁもう……何で貴方はそんなに可愛いの……」


 最近フォリアさんが隠さなくなって来た気がする。まあ、素直に表現する様になったと言えば、良いことなのだろうか。


 私達は街に出た。とは言っても予定なんて一切無い。


「そう言えばフォリアさん」

「んー? なーにー?」


 猫撫で声に似た声でフォリアさんは答えた。


「何時も私の後ろを着いて来てますよね? 気付いてますよ」


 フォリアさんは分かり易く視線を逸らした。


「……あ、あそこにパニーノ屋が――」

「誤魔化しましたね?」

「……そんなこと、私がする訳無いでしょう? ねえカルロッタ」

「私の魔力探知の距離は相当広いこと知ってますよね?」

「……えーと……。……嫌だった?」

「はい。そんなにコソコソしなくても、傍に居て下さい。寂しいじゃ無いですか」


 すると、先程までのフォリアさんの悲しそうな表情が、恐らくこの人の人生の中でこれ以上の眩しい表情は無いだろうと断言出来る程の、笑顔を浮かべた。


 やっぱり隠さなくなっている。


「じゃあ、ずっと一緒に、いましょう?」

「約束は出来ませんけど」

「ああもう……!」


 フォリアさんは私と腕を組むと、そのまま頬を擦り付けた。


「カルロッタ、ずっと、ずぅっと一緒よ」


 ……愛が重い……。


 だけど、大丈夫。最近は受け止めきれる様になって来た。……だから隠さなくなってるんだ!! ああー納得出来た。


「……あれ」

「どうしたのカルロッタ」

「……珍しい人が魔力探知に引っ掛かりました」

「珍しい?」

「ジーヴルさんです」

「……え、あの子そんなに外に出てないの?」

「はい。基本的に資料室で本を読んでいるか、研修場所で魔法の訓練をしてますよ。だから街に出てるのが珍しいんです」

「……大分あの子を、良く見てるのね。私は貴方しか見てないのに」

「大丈夫ですよ。今はフォリアさんしか見てませんから」

「……んん……」


 もうこの人からは恐怖を感じない。むしろ心が安らぐ温かみさえも感じる。


「……カルロッタは私を誂うのが得意なのね」

「そうですか?」

「そうよ。ほら、ちょっと手を出して」


 フォリアさんに向けて指を広げた。すると、フォリアさんは私の手首を握り、胸元にまで動かされた。


 手を通じて感じるフォリアさんのとくとくとした鼓動は、僅かに早い。


「ほら、こんなに早い」

「何時もは何のくらい何ですか?」

「……確かにそれを知ってないと分からないわね」


 ……小さい鼓動だ。心配になるくらいに、小さくて小さくて、私の手でも簡単に握り潰せそうな程に弱々しい鼓動。


 それにしても、胸がもちもちしている。ヴァレリアさんの胸のふわふわな感触や、シロークさんの胸の筋肉質で少し硬い感触とは大違いだ


「あの、カルロッタ……」


 見ると、フォリアさんの顔が僅かに紅潮していた。


「……大衆の面前で、人の胸をそんなに興味深く撫でるのは、流石にどうかと思うんだけど」

「あ……済みません!」

「……また触りたくなったら言って。何時でも何処でも触らせてあげるから」

「それはそれで問題な気が……」


 流石にそんなことはしない。そんなことをしたら最悪引き返せなくなる。


 そのままジーヴルさんがいるであろう場所に向かった。


 石造りの階段の上にフリットラを頬張っているジーヴルさんがいた。若干の黒い雲が青空を隠している様子を眺めながら、ぼーっとしていた。


「……はぁ」


 深いため息を吐き出していた。


「……げ、狂人」


 フォリアさんを見ながらそう言った。


「……デート?」

「違いますよ」


 隣のフォリアさんが組んでいた腕の力が強まった気がするが、まあ気の所為だろう。


「……で、何でここに?」

「ジーヴルさんの気配がしたので」

「……へぇ。……食べる? フリットラ」

「じゃあ一口だけ」


 ジーヴルさんの食べかけのフリットラを一口齧りながら上目で顔色を見ると、何とも暗い表情だ。まるで今から自殺を企ている程精神を病んでいる人みたいだ。


 紫色の炎が私の横からちらちらと見える気がするが、まあ気の所為だろう。


 それにしても、フリットラの肉の食感は変な感じだ。こりこりしていたりねちょねちょしていたり。


「どうしましたジーヴルさん」

「何が?」

「いえ、暗い顔をしてたので」

「……そんなに? ……まあ、色々あったし」

「色々ですか? 色々あって死にそうな顔をしてるのは相当心配になりますよ」

「……まあ、色々」


 ……もう一歩は踏み込んだ方が良いかな?


 ジーヴルさんの隣に座り込み、この人の色々を引き出してみよう。


「何か悩み事があるのなら、相談して下さい。大切な友人何ですから」

「……大丈夫、大丈夫よカルロッタ」


 ジーヴルさんは俯きながら呟いていた。


 何も大丈夫じゃ無い。ここまで思い詰められているのに、大丈夫と言えることがもうおかしい。


「……ねえ、二人は、さ。何で、生きてるの?」


 おっと、思っていた以上に重たい質問をされてしまった。


 すると、フォリアさんは息を吸えば肺が膨らむくらいに当たり前と言いたげな顔をしながら答えた。


「カルロッタが生きてるから」


 この人もこの人で別の意味で重い……。


「……カルロッタは?」

「私は……」


 ……何の為に生きているのか、なんて哲学的な考えはこの一生で考えたことも無い。


 ……だからこそ、だろうか。シャルルさんのあの問い掛けに、答えることが出来なかったのは。


 一度、しっかりと考えるべきなのだろう。今の私はただここにいるだけだ。ここにいる理由も作らずに、先に行く目標も無く。


「……今の私は、そう言うのを持ってません。死にたく無いだけです」

「……ま、それでも立派な生きる理由だとは思うけど」

「そうですか?」

「生物って言うのは大体それが理由。死が怖いから生きる。生きるのは死が怖いから。それは多分人間も一緒。テッキトーな理由を付けて色々言うけど、結局は死にたく無いから」

「……変じゃ無いですか?」

「何が?」


 ジーヴルさんは僅かに声が低くなり、憤然を必死に隠そうとしている瞳で私を見詰めた。


「いや、だって、それだと他の生物と人間の知能が一緒ってことになりますし」

「……は?」

「人間、まあ亜人も魔人もそうなんですけど、生きる理由を作ることが出来るのはそれ相応の知能の証拠ですし」

「……カルロッタは結局何が言いたいの?」

「えーと、人間亜人魔人とかの高い知能を持つ生物は、それ相応の理由を作って、恐怖以上の決心を作るんです。そうすると、生存に最低限必要な行動よりも、生存に不必要なことさえもそれをやる意味を作れるんです」

「……つまり人が生きる理由を作るのは、生存に不必要なことさえもやる意味を作り出す手段ってこと?」

「そうですそれです! それが言いたかったんです! 別に生存する為なら食べ物を食べるだけで良いんです。後眠ったり。今の、ジーヴルさんは魔法を研究したり、私とこうやって話したり、悩んだりしてます。さあ、これは生存に必要最低限な行動ですか?」

「……違うわね。ええ、全くの無意味」

「まあ、生物の中にはコミュニケーションを交わして群れで行動する生物もいるんですけど」

「議題がずれてる。まずその群れで行動する生物も偶に一匹狼みたいに逸れる奴もいる」

「おー流石」

「……結局、私は、何で生きてるの」

「さあ? まあ、生きてるならそれで良いんですよ。生きたいのなら、必死に生きれば、それで。生きる理由を見付けるのは後で良いんですから」


 ジーヴルさんはくしゃりと笑い始めた。


「何か元気出て来たわ。ありがとカルロッタ」

「結局何でそんなに暗い顔をしてたんですか?」

「……結局死が怖いだけよ。考えれば考える程ね」

「そう言う物何ですか?」

「そう言う物。死が近付いたことが無い貴方には分からないかもだけど」

「一回ありますよ」

「パウス諸島の一件でしょ?」

「はい。死にかけました」

「私が考えてたのとは少し違う。将来死ぬかも知れないって言う漠然とした不安。それが何時来るかも分からない恐怖心。それは考えたことある?」

「……無いです」

「少し考えてみて。怖くなるから」


 ……こんなことを考えている理由が、ただの知的活動で思い立った思考の末なのか、それとも……それを考えざるを得ない理由があるのか。


 ただ一つ分かることは、この人は私に教えることも出来ない隠し事がある。それも、相当辛い何かが。


 卓越した共感能力と言うのは、時偶に辛い過去を持つ人の苦痛さも理解してしまう。それだけが欠点だ。


 ジーヴルさんはそのままふらりと立ち上がり、心配になるくらいのふらふらとした足取りで何処かへ行ってしまった。


「……大丈夫ですかね」

「そんなにあの子が心配?」

「はい。何回か協力してくれた人なので」

「……私はあの子が羨ましいわ」

「何でですか? フォリアさんは私の大切な人ですよ?」

「んん……!」


 フォリアさんは松明の火の様に頬が紅潮していた。耳まで真っ赤で、ほんのりと明るい色が良く見える。


「……狡い」

「ジーヴルさんがですか?」

「カルロッタが」

「……何でですか?」

「……そう言う所が」

「はぁ……そうですか……良く分かりませんけど直します」

「直さないで。絶対に。そのままでいて」

「えぇ……」


 何か悪い所があるなら直そうと思ったのに……。


 その後は、フォリアさんと一緒に色々な場所を周った。


 ちょっとした魔道具が並ぶ屋台の前で、色々物色をしていた。


「どう? 何か良い物があった?」

「……良くも悪くも値段相応です」


 店主の人が若干むっとした表情に変わった。


「あ、でもこれは良さそう」

「それは?」

「えーと、多分簡易的に結界を張る装置です。結構高性能お手軽簡単発動で優秀ですよ。使い捨てですけど」

「……じゃあ買ってあげる」

「良いんですか?」

「ええ、カルロッタなら」

「やった! ありがとうございますフォリアさん!」

「……あ、これちょっと不味いかも……。癖になりそう……」

「何がですか?」

「こっちの話よ」


 フォリアさんがお金を出してくれて、この魔道具が買えた。フォリアさんには感謝しなくては。


 赤く小さな球体に金色に塗装されただけの金属の装飾が付いており、頂点には黒く丸い石が埋め込まれている。


 この黒く丸い石に魔力を流すと、球体が開いて結界が発動する。店主の人からはそう説明を受けた。


 頑張ればヴァレリアさんがこれの複製が出来るかも知れない。こんなに優秀な物を使い捨ての一回切りなんて勿体無い。


 私がこれを買った最大の理由。これはただの結界を張る魔道具では無い。そんなに低性能なら私が簡単に出来る。


 ただ、これで発動する結界は出入りが誰でも可能である代わりに、特定の人物の姿、音、匂い、感触、全てを感知出来なくさせる。


 ただし、何かしらの魔法が張ってあることは熟練の魔法使いなら気付くから注意しなければ。


 熟練の魔法使いがどれくらいの実力者かって? ……フロリアンさんくらいの熟練……?


 もう少し歩いていると、フォリアさんが小走りで何処かへ行ったと思うと、片手にパンツェロッティを持ってまた小走りで戻って来た。


「カルロッタ! カルロッタカルロッタカルロッタ!」

「落ち着いて下さいフォリアさん!」

「小腹空いてない?」

「うわぁ!? 急に落ち着いた!?」

「で、どうなの?」

「……まあ、若干。ジーヴルさんのフリットラを一口貰いましたけど……」

「なら、二人で、ね?」

「ああ、成程」


 フォリアさんの手にあるパンツェロッティに齧り付くと、揚げられているサクッとした生地の割れる陽気な音が聞こえた。


 酸味の強いトマトソースと濃厚なモッツァレラチーズの調和と、バジルの程良いスパイシーな匂いもあり、味覚と嗅覚を同時に満足させた。


「美味しい?」

「んん! んんん!」

「流石、行儀が良い」

「んーん!」

「……じゃあ私も」


 フォリアさんはじっくりと私が齧り付いた部分を瞼を思い切り開いて凝視していた。


 どう言う訳か大分緊張している。口角は上がったままだが、耳先が若干赤みを帯びている。震える手でそーっと私が齧った部分を小さく開けた口に近付けていた。


 そのまま半分近くまで口の中に入れると、打って変わって思い切り齧り付いた。


 ザクザクっと言う音が聞こえると、フォリアさんの表情は一気に恍惚とした物に変わった。ただ……何だろう。美味しいからでは無く、もっと別の理由で喜んでいる様な……?


 そのままフォリアさんはパンツェロッティを口から離すと、チーズとフォリアさんの口が繋がったままだった。


 必死に腕を前に伸ばしても、チーズは伸びて繋がっているままだ。


 フォリアさんの口とパンツェロッティの中が繋がっているチーズの糸の中心が垂れ始めた。


 すぐに垂れているチーズを、ちろりと出した私の舌の上に乗せた。行儀が悪いが、仕方無い。


 舌を動かしチーズを自分の口の中に入れると、そのままフォリアさんが持っているパンツェロッティに齧り付いた。


 危ない危ない。行儀を犠牲にチーズを救った。……犠牲の割に救った物が釣り合わない様な……?


 ちょっと行儀は悪いが、私の口とフォリアさんの口に繋がっているチーズを人差し指で押して千切り、そのまま長く伸びたチーズを指に巻き、しゃぶる様に食べた。


「……ふぅ。まさかあんなにチーズが伸びるなんて。ちょっと楽しそうでしたけど。……あれ? フォリアさーん? フォーリーアーさーんー?」


 フォリアさんは私から顔を背けていた。


「……いや……ちょっと待ってカルロッタ……今は私の顔を見ないで……。本当に……」

「何でですかフォリアさん! 私の顔がそんなにおかしかったですか!?」

「いや……相変わらず丸くて可愛らしい顔よ……」

「じゃあ何でですか!!」

「本当に……今貴方の顔を見ると本当に……色々爆発するから……」


 何とかフォリアさんの視界に入ろうと動いても、フォリアさんは決して顔を合わせてくれない。


「……フォリアさん」

「……どうしたの?」

「顔を合わせてくれなかったら嫌いになりますよ」

「……やっぱりカルロッタは狡い。そんなこと言われた――」


 私はフォリアさんの頬を両手で触れ、顔を無理矢理此方に向かせた。


「寂しいじゃ無いですか。顔を背けられたら」


 フォリアさんの顔は、目に涙を浮かべており口角は釣り上げられぴくぴくと動いていた。


 そして何より、トマトみたいに真っ赤だ。


「……あ……アァ……んんんん……!」


 フォリアさんは顔を隠しながらその場でしゃがみ込んだ。ずっと「んんんん」と呻いている。


「……はぁ……アァァ……」

「だ、大丈夫ですか……?」

「……手、手を出して」

「あ、はい……どうぞ……」


 フォリアさんの前に手を出すと、飛び付いて来た蛇の様に手首を掴まれ、無理矢理胸元にまで動かされた。


 感じる心音は、あの時よりもずっと速くてずっと大きい。風邪の時の様な熱も感じる。


「……どう?」

「速いですね」

「……そうね。そうなのよ。今の私は何時もより感情が溢れ出してるの。貴方の所為で」

「……えーと……何か、済みません?」

「……ああもう……!」

「あ、パンツェロッティ全部食べても良いですか?」

「全部食べちゃって。もうお腹いっぱい」

「やったー!」

「……可愛い」


 パンツェロッティを殆ど一人で食べてしまった……。


「フォリアさんが隣にいるからですかね? 何時もより美味しいです」

「んッ……アァ……!!」

「どうしました?」

「……何でも……」


 そのまま私達は研修の場所に戻った。


 もう夕方だ。日が沈みかけている。


 夕食を食べた後に、私はだらし無くベッドに転がった。


「……何だか今日は疲れた……。……何でだろ。楽しかったのに」


 ……こうやって一人の時間が出来ると、嫌でも色々考えてしまう。


 私は、何で旅を続けようとしてるんだろう。旅を終わらせたく無い。けど旅を続ける理由が無い。


 ああ、シャルルさんの言葉を嫌でも思い出す。あの人が言っていることに、ある程度共感が出来るのだ。きっと私は強者側。だから夢を持たない。


 夢を持つのは頂点以外がすること、言い換えれば弱者の特権だ。相対的弱者でもそれは適用されるはず。


 頂点に近付けば近付く程に、自身の夢が薄れて行く。お師匠様もこんな気持ちだったのだろうか。


 ……いや、お師匠様はあの吸血鬼の人を生き返らせると言う大きな目標がある。


 つまり私は夢を持てないのでは無い。夢を持つことが出来ていないのだ。


 私がやりたいことは……何だろう。……分からない。何で、私は魔法を学んでいたんだろう。


 ……私は、魔法が好きだった。学べば学ぶ程に、世界の真理に一歩近付くあの、魔法が。


 魔法とは手段だ。汎ゆる事象を解決する為の、汎ゆる現象を解明する為の、手段であり、道具である。学べば学ぶ程に、世界が広がる。


 じゃあ、旅は何で続けてるの?


 ……きっと、外に出たかったから。私にとって、あの世界は狭かったんだ。お師匠様から離れたかった訳では無い。出来ればずっとあの人の傍で魔法を研鑽したかった。


 だけど、それ以上に外に出たかった。あの鳥籠の様に狭い世界から飛び出したかった。


 新しい鳥達と出会って、気持ちが良かった。色んな人が私を見てくれて、気分が良かった。


 皆私を知ってくれる。私も皆を知れる。


 ヴァレリアさんは守銭奴だけど色々作れて凄い。


 シロークさんは凄く速くて、凄く力持ちで凄い。


 フォリアさんは色々危ないけど、私にも出来ない魔法の使い方をして凄い。


 ジーヴルさんは頭が回って凄い。


 フロリアンさんは変人だけど、魔法使いとしての才能を持ち合わせていて凄い。


 ファルソさんはあの独自の魔法を作り上げて、すぐに使い熟せる様になって凄い。


 ニコレッタさんはあの中だと魔法使いとしての実力は低いけど、知識量が凄い。それに家族思いだ。


 ドミトリーさんは優しいし、高い実力をあの歳で維持していて凄い。


 マンフレートさんは変態だけど、全員を守ろうとする気概が凄い。


 アレクサンドラさんは落ち着きが無いけど、すぐに私が使った"高貴な魔法石(エーデル・シュタイン)"の真似を出来るのが凄い。


 シャーリーさんはまるでお母さんみたいだ。母親がいるなら、あんな人が良い。背はちっちゃいけど。お菓子もくれるから大好きだ。


 この人達と出会えて良かったと、心の底から言える。だから旅は楽しいのだ。


 ……ああ、そうだ。


 私は、色んな人を知りたい。私は、色んな人に知って貰いたい。


 そして、この旅は楽しかったって、胸を張って言いたい。


 色んな人に覚えられて、皆が私を知って、私がいたって、この世界が失くなるまでずっと、ずっと、知って貰いたい。


 ……流石に、承認欲求が強過ぎたかな?


 ……まあ、こんな自分勝手な目標でも、立派な目標だ。


 少しは、シャルルさんに威張れる様になったかな? ……今度、また出会った時は、絶対に負けない。今度こそ――。


「殺してみせる」


 あの人を殺すのは、私だ。殺せるのも、きっと私だ。


 あの人が敵として立ちはだかる以上、私はあの人を殺す。


 敵として立ちはだかると言うのは、そう言うことなのだと、私は知っている。


「さーて今はそんなこと忘れて、ジーヴルさんに言われた通りに色々考えてみよ」


 まあ、気分転換にするにはあまりに重い話題だとは思うけど……。


 将来死ぬとなれば、私は色んな人を別れることになる。


 特にお師匠様を残して、私は先に逝くことになるだろう。


 悲しませるだろうなぁ。特にあの人は、大切な人を亡くした身だ。今度こそ精神が崩壊する可能性が……。


 ……ヴァレリアさんやシロークさんやフォリアさんも、出会えなくなる。


「……やっぱり考えるの辞めれば良かった……」


 ……死んだら会えなくなるのだろうか。それとも案外見えるのだろうか。


 けど、そんな話は中々聞けない。つまり結局……。


「……ぁぅ……」


 胸の奥にじんわりと熱い何かが広がり始めた。


 何時もより息が吸えない。必死に肺を膨らませても、誰かの所為ですぐに空気が吐き出される。吸った時よりも冷たい空気が吐き出されている気もする。


 何時もの天井がきちんと見えない。歪んでいる。水の底から青空を眺めている景色にも似た視界が広がっている。


「……ぅぅぅ……ぁぁぁ……」


 目が熱い。何でだろう。涙が落ちずに眼球の上に溜まり続ける。


 ……全部、全部吐き出したい。今すぐ、この場で、全部、我慢せずに吐き出したい。


「……ああぁぁぁぁ……ううぅぅぅ……」


 すると、扉がいきなり開かれた。


「カルロッター! お菓子買って来たわよー? 歯磨き? そう言うのはもう一回すれば――」

「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁんんん!!」

「うわぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

「ゔぁゔぇゔぃぁざぁぁんんん!!」

「何がどうなってるのよ!? 何でそんなに泣き叫んでるの!?」


 ヴァレリアさんが入って来た所為で、感情が決壊してしまった。


 間違って針が刺さってしまった時にも、こんな泣き声を出した気がする。喉が痛くなって、もう全てが何も見えなくて、何も考えられなくて。


 ヴァレリアさんの胸元に顔を擦り付けて涙を拭っても、涙が止まらない。


「ひぐっ……ぅぅぅぅ……!!」

「……で、何でこんなことになったのよ」

「……ぅぅぅ……ゔぁれりあさん……」

「はいはい、私はここにいるわよー」

「……あぅぅ……」


 ヴァレリアさんはまるで赤子をあやす様に揺れながら、私の頭を優しく撫でていた。


 私の背も優しくぽんぽんと叩かれている。


「そろそろ話せる?」

「……むり……」

「敬語を使う余裕も無いのね」

「……やぁ……」

「やぁ……? 本当に大丈――いや大丈夫では無いだろうけど。急に泣き出すのは流石にねぇ」

「……だぁ……ぁぁ」

「だぁ……? はいゆーらゆら。はいぽーんぽん」

「……いぅ」

「また新しい語句が……」


 ヴァレリアさんとの距離が更に密着された。


「……ま、泣きたいなら何時でも泣いて。秘密にしておいてあげるから」

「……はい……」

「お、大分落ち着いて来たわね。話せる?」

「……むり……」

「……そっか。まあ、良いわよそれで。泣くと疲れるしねぇ……私もわんわん泣いてた時期があったから良く分かるわよ。両親が自分の為に死んだって気付いた時だったかしらね、そんな時期。丁度不安定な思春期に突入したからそれはそれはもう……ひっどいくらいに、何をしようにもやる気が出ないくらいに泣いて、泣いて……」

「……んん」


 ……何だか身の上話が始まった。……まあ、このまま聞いておこう。ヴァレリアさんの声はとっても落ち着く……。


「泣きたいなら泣きなさい。見せたく無いなら、せめて私の胸で泣きなさい。私は秘密にしてあげる。……理由は、話さなくても良いから。自分で解決するべき問題なら、私が聞いても結局意味が無いし、お金にならないし」

「……はぃ……」

「泣き喚いたら眠くなるでしょ? 目が涙でしょぼしょぼになるでしょ? あれ辛いのよねぇ。ちゃんと洗うのよ? 真っ赤になっちゃうから。白目も真っ赤になったら貴方の眼球が全部真っ赤になっちゃう」

「……ヴァレリアさん」

「どうしたの?」

「……このまま眠って良いですか……」

「良いわよ。どうせフォリアも来るだろうし。ああ、シロークは今日は来れないらしいわ。今夜はグレイブとの散歩も兼ねてギルド長との特訓だって。ちゃんと寝てるのかしら」


 ……あったかい……。


「最近エルナンドに良く口説かれるのよね。取って付けた様な若干のダサさがあるセリフを並べて交際を迫ったり。まあきっぱり断ったけど。相手になりたいならせめて何処かの王族か爵くらいは無いと。ああ、そう言えば……あら? ……寝てるの?」


 カルロッタからの返事が無くなった。


「……寝てそうね。……この様子見られたらフォリアに睨まれそうね……」


 ヴァレリアはカルロッタを抱き締めたまま、部屋のベッドに転がった。


「……冷たッ!? うっわ涙とか鼻水とかでぐじゅぐじゅ……。明日替えないと……」


 再度カルロッタの頭を撫でると、微笑を浮かべながら彼女の耳元で囁いた。


「……明日は、ちゃんと泣いた理由を説明するのよ?」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


カルロッタの無意識的人誑し……! お師匠様直伝の人誑しフェロモン放出……!

やはり百合……! 百合は全てを解決する……! レズはてぇてぇ……!!

今はまだだが、百合は何れ癌にも効く様になるはずです。


……え? 最初の重たそうなジーヴルの話は何だったのかって? ……光には必ず影があるんですよ。影があるから光は輝くんですよ。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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