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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
37/111

日記18 一休み ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

『野望を持たぬことは弱者ならば罪だが、強者なら宿命だ! だがカルロッタ! お前は、夢を持て! 目標を持て! 理想を持て! 野望を持て! 未来を持て! 俺の様に!!』


 そんな声が、何度も反射して脳内に響く。


 息が苦しい。暗い。何で、何で何で何で何で何で何――。


「――あぁぁ! はっ……はぁぁぁ……ぁぁ……」


 言葉にもならない声が、私の口から吐き出された。


 ふと横を見れば、驚いた顔をしているヴァレリアさんがいた。ヴァレリアさんは水で濡れた布巾を持って、目を真ん丸にしていた。


「……おはようございますヴァレリアさん」

「びっくりしたわ……! 急に大声出したから……怖い夢でも見た?」

「……いえ……そう言う訳では、無いんですけど」


 ……あれが怖い夢かと言われれば、うーん?


 辺りを見渡してみれば、ここは船内では無い。ノルダの冒険者研修の私の私室だ。


 右にはシロークさんが、左にはフォリアさんがすやすやと眠っている。だが、私の大声で起きてしまったのか、むくりと体を起き上がらせた。


 シロークさんは私の顔をまじまじと見詰めると、目頭が小さく潤み始めた。


「かるろったぁー!!」


 シロークさんは涙ぐみながら私の胸元に顔を埋めて来た。


「よがっだおぎだー!!」


 そう言って私の体を力強く抱き締めた。嬉しいし、心配させてごめんなさいと言おうとしたが、力が強い……!! 死ぬ……!! 死んじゃう……!!


 すると、私の頭に柔らかく温かい感触に包まれた。


「あぁ……カルロッタ」


 フォリアさんの声が頭の上から聞こえた。どうやらフォリアさんに抱き締められている様だ。静かに、しかし何処か速い心音がとくとくと聞こえる。


「……良かった。元気そうね」

「……あのー」


 すると、シロークさんが私のほっぺを抓り始めた。


「あぶぶぶ……」

「心配したんだよ。いきなり変な姿に変わって、見たことも無い魔法を使い始めて。別の所ではイノリさんとグラソンさんがジークムントと戦ってたと思ったら、突然結界が張られて師団長の人とか七人の聖母の皆さんが出て来たと思ったら今度はまた変な人達が出て来たり」

「あゔぁゔぁゔぁ……」


 私がシャルルさんと戦っている間に、そんなことが……。と言うかジークムントさん? じゃあやっぱりあの鯨も、最初の頃に出会った変な形のドラゴンも、ジークムントさんの所為……と考えても良さそうだ。


 ただ、話を聞いた限りジークムントさんは倒された。そして、聞いたことの無い単語が出て来た。


 七人の聖母。お師匠様が似た様な単語を何処かで言っていた気が……?


 まあ、後で資料室で調べてみよう。記述が多分あるはず。


 すると、個室の扉が開かられる音が聞こえた。フォリアさんが抱き締めている所為で、誰が入ったかは分からないが、魔力から考えるにソーマさんだろう。


「起きたみたいだなカルロッタ」


 フォリアさんはぎろりとソーマさんを睨んだ。


「女の子の部屋にノックもせずに入るのはどうなの?」

「ん? ああ、済まない。確かに配慮が足らなかったな。……そろそろ離してやれ。話したいことがある」


 そして、シロークさんとフォリアさんはベッドから降りた。


「……さて、カルロッタ」


 ソーマさんの顔は、若干の怒りを滲ませていた。


「ルミエールから、あれを使うなと言われていたよな?」

「……はい」

「何で使った」

「……負けると、思って」

「あれは本来生物が到達してはいけない領域だ。フォリアが無事なのはまだこちらで制御が出来るだけであって、今のカルロッタの場合、使えば死ぬ。今何事も無く話せるのが奇跡なだけだ」

「……はい……済みません……」

「……そんなに、強かったのか」

「はい。多分、ソーマさんよりも」

「……そうか。俺より強いとなると、ルミエールが出動する程度の危険度だ。ま、流石に俺を過小評価し過ぎだ。カルロッタが戦える程度なら俺なら勝てる」


 然りげ無く私を煽った様な……。


「それで、結局あれは一体何なのよ」


 ヴァレリアさんが若干怒りながら聞いた。それに答えたのはソーマさんだった。


「あれは言わば、()()()()の向こう側を見詰めてしまった状態だ。意味は知らなくて良い。フォリアはヴェールの向こう側では無くカルロッタを見ていたことと、体に刻まれたメレダの魔法が上手い具合に発動してくれたから無事だったんだろうな」

「あー……そう言えばあの男がフォリアに向けて何処まで見えているとか何とか……」

「俺が言えるのはこれくらいだ。それ以上は言えない」


 分からないでは無くて言えない……。お師匠様もルミエールさんもソーマさんも、あの姿のことを一切説明しない。


 それ程までに危険と言うことなのだろう。理解すれば、それを見ようとする。見ようとすれば、生物から逸脱してしまう。生物から逸脱してしまえば、体が爆散する。……ああ恐ろしい恐ろしい。


「……ま、後で個別に話を聞きたいことがある。それまで自由にしておけ」


 そのままソーマさんは部屋から出てしまった。


 私はベッドの上の枕にまた頭を置いて、色々思い出していた。


「……初めて、ちゃんと負けた」

「そうかい?」


 シロークさんがそう反応した。


「精々引き分けくらいだと思うんだけど」

「真正面から打ち負けましたし、シャルルさんはまだ動けていました。まあ魔力は無くなってましたけど、そこから魔力を回復する方法は色々ありますので。シロークさんがやろうとしていた肉体を魔力に変換するとか」

「ああ、確かに。それなら負けたことになるんだね」

「そうですね」

「……それにしては、何だか嬉しそうだけど」

「そうですか?」


 ……実際、不思議な感覚がする。私はあの人に敵意を向けた。

 けど、今は、心が僅かにぽわぽわする。あの人の顔を思い出すと、何処か懐かしい温かさが思い浮かぶ。敵意なんて、もう奥深くに潜んでしまった。


 それに……私とシャルルさんの魔法が溶け合った。それは、本来……。


「……分からないことが多い人……――」


 ――ソーマはギルド長室で人を待っていた。


 最初にやって来たのは、エルナンドだった。


「こうやって話すのは初めてだなエルナンド・エリザベート・フロレンシオ」


 エルナンドはがちがちに緊張していた。


「は、ははははは……何かやっちまいましたかね、俺……。……足舐めるので勘弁して下さい……!」

「いや、その逆だ。良くやった」

「……それはそれで意味が分からないんですけど」

「パウス諸島の鯨の魔物の討伐に貢献、それと、まあこれは予想外の事態だったが、謎の人物との交戦。実際お前がいたお陰で誰も死ななかったとも言える。と、言う訳で、報酬として俺が叶えられる程度の願いは聞き入れてやろう。ああ、純粋に金でも良いぞ? 何処かの土地でも良いし」


 エルナンドはすぐに満面の笑みになり、その場で頭を下げた。


「あざーっす!!」

「……やっぱりこいつだけ無しにするか」

「冗談ですよギルド長。大変有難う御座いますはい」

「ああ、この報酬は今回の冒険者に全員与えるつもりだから遠慮はするな」


 エルナンドは少しだけ葛藤する様な表情を浮かべると、溜息を一息吐いて口を開いた。


「……あの、赤髪の女の子。何でしたっけ」

「カルロッタか? 何だ洗脳魔法でも欲しいのか? 生憎そう言う魔法は許容出来ない」

「俺をどんな変態野郎だと思ってるんですか。まだ起きてないなら、リーグの超技術で助けて欲しいなぁーって」

「……いや、あいつはもう起きた。大丈夫だ」

「ああ、なら良かった。じゃあそうだなー……ソーマさんは、美人な妻がいますよね」

「妻は渡さんぞ貴様ァ!!」


 ソーマは机に足を置き、右手で白い剣を抜き取り切っ先をエルナンドに向けた。


「違いますって!! そんな美人な妻を手に入れられた手解きをって言おうとしたんですよ!!」

「ああ、何だ。そんなことか。……いやそんなことで良いのか? まあ……分かった。明日には時間を作ろう」

「っしゃー!! 美人妻確定!!」


 エルナンドはスキップ混じりで部屋を後にした。


 次にやって来たのは、シロークだった。


 ソーマは大体同じことをシロークに伝えた。


「……なら、剣を教えて下さい」

「そんなことで良いのか?」

「はい。……実力不足だと感じたので」


 ソーマはそんなシロークを見ながら、微笑を浮かべていた。


「そうか。分かった。俺で良ければな」


 次にやって来たのは、ヴァレリアだった。


 ソーマは大体同じことをヴァレリアに伝えた。


「金! 報酬! 金!」


 ヴァレリアは鬼気迫る表情で叫んだ。


「もしくは高純度な魔石! リーグにはそう言うのが大量にあるでしょ!」

「お、おぉ……分かった。何方も用意しておこう……」


 ソーマはそんなヴァレリアに圧倒されていた。


 次にやって来たのは、フォリアだった。


「……カルロッタを私だけを愛する様にするとか、そんな魔法は?」

「そう言う魔法は、言わば"服従"の魔法だ。亜人差別がまだ根強く残っている時代の産物であり、より起源を辿るなら人間や、捉えた別種族の魔人を屈服させる為に使われる"絶対隷属"の魔法。そんな物は渡せない」

「……そう。じゃあ何もいらない」

「そうはいかない。大した価値も無い物でも良いから言え。そこら辺に転がってる小石でも良いし、このカーペットの切れ端とかでも良い」


 フォリアは熟考すると、ゆっくりと口を開いた。


「なら、五百年前のことを聞いても?」

「そんなことなら幾らでも。さあ何が聞きたい」

「五百年前、リーグの王の失踪前の親衛隊副隊長は誰?」

「メレダだ。記述が幾らでも残ってるだろ?」

「そうだとすれば、矛盾する記述が多い。リーグの王が首都を滅ぼした時も、その間に親衛隊副隊長が攻め込んで来た敵軍の一派を壊滅させた記録が残っている。だけどその時に国王代理はリーグの王と共に敵国の首都へ向かっている。そして、どう言う訳かその記録では『親衛隊副隊長のメレダ』と言う固有名では無く、『親衛隊副隊長』と言う役職で表している。リーグの記録では国王代理のことを『親衛隊副隊長のメレダ』とはっきり表記するのに、そうしない箇所が所々にある」


 フォリアは一息吐くと、言葉を続けた。


「勿論転移魔法を使えば、その矛盾も解決出来る。実際どう言う時系列で進んだのかまでの記述は残ってないし。首都を滅ぼした後敵軍を殲滅したのか、敵軍を殲滅した後に首都を滅ぼしたのか。そして、この出来事がほぼ同時に起こったのか。もう一度聞くけど、リーグの王の失踪前の親衛隊副隊長は誰?」


 ソーマは険しい顔をしながら、フォリアを見詰めていた。決して怒りのまま睨んでいる訳では無い。


 何処か感心した様に、しかし言葉を詰まらせ困惑した様に、フォリアを見詰めていた。


「……当時の親衛隊副隊長は、確かにメレダでは無い。これを答えにしてくれ」


 ソーマは俯きながらそう言った。


「そう。分かったわ。それじゃあ」


 次にやって来たのは、ジーヴルだった。


「あー……。……ソーマさんに頼み事とかは?」

「出来るぞ」


 ジーヴルは俯きながら、決して目の前にいるソーマに気付かれない様に指を僅かに震わせていた。


 それはやがて右手の全てに広がり、左手でそれを隠していた。


 その頬には一筋の水跡が残っており、それは怯えから流れた冷や汗の跡であった。


 だが、その水跡は冬の夜空に晒された水溜りの様に、凍り付いた。


「……なら、一つだけ。絶対に、()()()()()()()()。その時が来れば、絶対に」


 ソーマはぴしゃりと否定の声を出そうとしたのか、口を僅かに開いた。


 しかし、決してその口の奥から言葉を出さなかった。そのまま固く口を閉ざしてしまい、拒否の意を示す為の首を横に振ることもしなかった。


「それを、了承と受け取りますよ」

「……善処する」

「……もう、しましたよ」

「……ある程度の事情は分かっている。だから――」

「私はもう、決めたので。……ずっと悩んでいたことが、馬鹿馬鹿しかっただけですよ」

「……分かった。……善処する。……ああ、そうだ。一つ聞きたいことがある。カルロッタのことはどう思う?」

「カルロッタ? ……まあ、優しい子だとは思うけど、個人的には怖い」

「そうか。分かった」


 次にやって来たのは、フロリアンだった。


「……そうだな。本当に、何でもなのか?」

「ああ、俺に出来ることならな」

「そうか。ならもう決まっている。俺を強くしろ」


 ソーマは一瞬ぎょっとした目をした。直後に大きく笑い始めた。その笑い声を何とか抑えながら、話を続けた。


「ククッ……!! 俺も魔法使いだから分かるぞ。カルロッタが傍にいるからなぁ?」


 すると、フロリアンは先程までの威圧的な態度を潜め、弱々しく話し始めた。


「……カルロッタの、本気を見た。情け無い話だが、勝てる想像が付かなかった。あの感じ取れる魔力が、底知れない魔力が、あの敵意を含めた冷たい瞳に、恐れてしまった」


 彼は、唇を噛み締めた。


 劣等感、彼はそれを忌み嫌っていた。彼はそれを感じずに育って来たのだ。その代わり敵意と他人とは違う優越感を感じ取って生きて来た。


 だからこそ、カルロッタの強さに憧れてしまった。そのどうしようも無いくらいの力量差が存在する彼女を、嫉妬し、羨望の眼差しを向けていた。


「カルロッタと互角に戦う、そして、それよりも強くなる。それが俺の願いだ」

「そうかそうか。いーや分かった。お前はどうやら俺と良く似ているみたいだな。五百年前の俺にそっくりだ」


 ソーマは何とか表情筋を抑え、微笑で表情を固定した。


「良いだろう。こちらで時間は調整する。それと、もう一つ。カルロッタのことはどう思っている?」


 フロリアンは僅かに考える素振りを見せると、はっきりと言った。


「恐ろしい魔法使いだ」


 次にやって来たのは、ファルソだった。


「……じゃあ、少しだけ気になったことを聞きます」

「どいつもこいつも物欲が無いな。どっかの国の領地の領主になりたいって言う奴が一人か二人くらい出ると思ってたんだが」


 ファルソは、何処か悲しげな表情でソーマに聞いた。


「七人の聖母って言うのは、何ですか」

「七人の聖母はリーグの王と正式な子を孕む権利を持つ七人の女性を指す。ルミエールとメレダを含めた七人だ。七人の内五人はリーグの城、まあ宮廷でメイドをやっている。これくらいで良いか?」

「それぞれの名前は分かりますか?」


 ソーマは驚いた表情を一瞬だけ見せ、僅かに息を呑み込むと、何事も無かったかの様に淡々と言葉を溢した。


「上からルミエール、メレダ、テミス、スティ、モシュネ、セレネ、リュノ、だ」

「その中で一度でもリーグの王とまぐわったのは?」

「……何故、そんなことを聞く?」

「知的好奇心です」

「嘘吐きは舌引っこ抜かれるぞ。まあ良い。恐らくルミエールだけだ。テミスは何度か夜這いを企てようとしたが、その度ルミエールに阻止されていた。スティはあいつの前だと全裸癖があるらしいが、お手付きにされたとは聞いていない。……もう一度聞こう。何故、そんなことを聞く?」

「別に」

「母親を探してるんだろ?」


 ファルソは一切表情を変えなかった。


「ああ、それと、カルロッタのことはどう思っている?」

「……カルロッタさんですか。……尊敬に値する人です。とても強くて、とても怖い人です。それに優しい人」


 次にやって来たのは、ニコレッタだった。


「……あの……その……」

「ゆっくりでも良い」

「……私の村を襲った、あの亜人の情報を教えて下さい」

「……一つ言っておこう。その亜人は、もう殺されている」

「えぇ!?」

「正確には、ヴィットーリオがもう倒した」

「兄様が……!? けど、そんなこと一度も……!!」

「当たり前だ。ヴィットーリオはお前が復讐の為に努力しているのを知ってたからな。憎悪に塗れて力を使うことを――おっと、言わないで下さいって言われてたんだった。今の発言は忘れてくれ」


 ニコレッタは最初こそ困惑していたが、徐々にその感情は絶望に変わり果てた。


「そんな……だって、そうだったら、私は、何の為に……!」

「落ち着けニコレッタ・ガリエナ。魔法の意味を履き違えているぞ」

「じゃあ何を生き甲斐に過ごせば良いんですか!」

 気弱な彼女から発せられたとは思えない程の絶叫が響いた。

「ずっと、そうやって生きて来たのに……!!」

「……これは本格的に不味いな。こうなったのは俺の所為だが……。……仕方無い。ヴィットーリオと話す時間を設ける。今は任務中だが呼び戻そう。二人で話してくれ」

「……はい」

「……こんな時に聞くのもあれだが、カルロッタのことはどう思っている?」

「カルロッタさん……? 優しくて、気さくで、甘えん坊で……とても、怖い人です」


 次にやって来たのは、ドミトリーだった。


「ふむ、成程。とは言っても、役職上不足している物は特に無いのですがね」

「それはそうだが、こう、何かあるだろ?」

「老体になるに連れ物欲と言うのが失くなるのです。何か、とは言っても……ああ、なら一つ」

「何だ?」

「ニコレッタに道を示して挙げて下さい。彼女は若さ故に視界が狭まってしまっている様なので」

「……分かっている。俺の失態でもあるからな。責任は取る」

「それなら良かったです」


 ドミトリーは穏やかな笑みを浮かべた。


「ああ、もう一つ。カルロッタのことはどう思っている?」

「カルロッタ……ですか。あくまで私個人の意見ですが、あの方の内側に潜むナニカが、とても恐ろしいのです。あの方と味方になり、友となり、同胞になったと言うのに、とても恐ろしいのです」


 次にやって来たのは、マンフレートだった。


「ハーッハッハッハ! ハーッハッハッハッハ――」

「煩い」

「む、済まない。つい気分が高揚してな」

「……それで、何が願いだ」


 ソーマは呆れながらそう言った。


「ふむ、もう決まっている。皆を守る盾をくれ。全てを守り、決して壊れぬ盾を」

「……結界魔法、と言うよりかは防護魔法か。残念だが、マンフレートの魔法は物理的耐性だけを見るなら、もう最高峰だ。そこから魔法も防ぐ防護魔法は、ほぼ不可能。ただ、考え方を一旦変えた方が良い。凝り固まった価値観を一新させると良い」

「そうか。分かった。それは自らが追い求めよう。ならば、やはり金を貰おう」

「どれくらいが良い?」

「戦争孤児が飢えない程度のな」

「……ま、良いだろう。それならお前に金を渡さなくても良いか」

「良く分かっているなハーッハッハッハッ!!」


 ソーマは耳を抑えていた。


「……一つ聞いて良いか。カルロッタのことはどう思っている?」

「カルロッタか? あの中で最も強く、最も聡明で、最も慈愛に満ち、最も未知だ。そして何より、恐ろしい」


 次にやって来たのは、アレクサンドラだった。


「そうですわね。ならば、アレキサンドライトとパライバトルマリンを」

「うぉっ。一番強欲。だが嫌いじゃ無い。良いだろう。見付かればすぐにお前に渡そう」

「ありがとうございますわ」


 アレクサンドラはそう言って一礼した。


「ああ、それと一つ。カルロッタのことはどう思っている?」

「カルロッタ様ですの? ……こんなことを本人に言えば、傷付けることになりますが、とても怖いですわ。何よりも、誰よりも、あの優しい笑みが恐ろしいのですわ。話していれば、すぐにわたくしの心が絆され、柔らかく、暖かくなって行くのが、何よりも恐ろしい。仲良くやっているのに、おかしな話だとは理解していますわ」

「そうか。分かった」

「何故、そんな話を?」

「いや、少し気になってな。純粋な意見が聞きたかった。ヴァレリアやシローク、それにフォリアはカルロッタとの関係が深い。そんな人物からでは無く、お前達に聞きたかった。特にフォリアはカルロッタに恋慕を抱いているみたいだからな」


 次にやって来たのは、シャーリーだった。


「……ふむ。そうだのう。難しいことを言う。あまり物欲が無いのだ」

「どいつもこいつも贅沢を知らないで……! 謙虚が美徳と思いやがって……!!」

「何をそうかりかりしておるのだ。……ああ、思い付いたぞ。ジーヴルを救ってやってくれ」

「……また妙な願いだな」

「いや何。あの子は、会った時から何処か暗い表情をしておってな。何処か切羽詰まった様な、何かに絶望しておる様な、そんな顔をしておったからな。あまり構うことは出来ずにおったが、あんなに悲しそうな顔をされるとこちらまで気が滅入ってしまう」

「……分かった。善処はしよう」

「……その様子だと、理由は知っておる様だな。あの子は一体何を抱えておる。あの年齢で抱え込むにしては大き過ぎる物だと言うことは、表情で分かるのだがな」

「今はまで言えない。だが、何れ話すことは約束する」


 ソーマは真剣な面持ちで、いや、むしろ睨んでいる様な面立ちでそう言った。


「……ああ、そうだ。シャーリー・パートウィー、カルロッタ・サヴァイアントのことはどう思っている?」


 シャーリーは心底不思議そうな表情を浮かべた。


「また、妙なことを聞くのう。……そうだな。親近感が湧くのだ。まるで愛娘を見ているかの様な、姪子を見ているかの様な、そんな親近感をな。……だがのう、それ以上に、背筋も凍る様な狂気が時偶に顔を覗かせるのだ。不気味で、不可視で、不可解な、未知なる獣と慈悲深き聖人の両方の顔を持っていると言えば、分かり易いかの」

「……そうか。分かった」


 最後にやって来たのは、カルロッタだった。


「うーん……そうですねー……。あ、ニコレッタさんを――」

「それはドミトリーが願った」

「じゃあジーヴルさ――」

「それはシャーリーが願った」

「……ついでにヴァレリアさんとシロークさんとフォリアさんは?」

「金、力、機密事項」

「最後が物騒ですね!?」

「深くは聞かないでくれ。さあ、何が欲しい」

「そうは言っても……うーん」


 カルロッタは頭を捻り、ようやく何かを思い付いたのか僅かに飛び跳ねた。


「じゃあ禁書庫の中の魔導書一冊!」

「可愛い顔して恐ろしいことを言っている……!!」

「駄目ですか?」

「いや……だが……まあ、本当に人道から離れる魔法以外なら、渡しても良い……か? いやだが……」


 ソーマは熟考した後、諦めた様に溜息を吐いた。


「……分かった。ただし、禁書庫に入るのは三十分間のみ、そして、本当に気になった本だけの閲覧を許可する。決して外に持ち運ばないこと、そして口外もしないこと。使用に関しては特に制限は掛けないが、多用は禁ずる。決して"服従"の魔法とか"絶対隷属"の魔法とかそう言う表の世界に流出してはならない魔法は、選ぶな」

「分かりました」


 そしてソーマとカルロッタは資料室へと向かった。


「そう言えば、大丈夫なんですか?」

「何がだ」

「いえ、私が隠された禁書庫に入ると、私が禁書庫の場所を知ることになるので」

「カルロッタが離れたと同時に場所と仕掛けを変える。だから安心しろ」


 そして、ソーマはザガンから本を一冊受け取り浮遊魔法で本棚を凝視していた。


 浮遊魔法を使わなければ決して届かないであろう高さの本棚に仕舞ってある赤い表紙の本を抜き、ザガンから受け取った本をその場所に差し込んだ。


 すると、本棚は静かに前へ出て来た。その上の本棚は何故か浮いたままだった。本棚が前へ抜け切ると、そのまま横へ移動した。


 ソーマはカルロッタに手招きをすると、彼女も浮遊魔法を使いソーマの傍に寄った。


 その視線の先には、何処かへ通じる薄暗い道があった。


「一回侵入されたからな。警備を変えて特殊な結界魔法を張ってるが、俺の隣なら素通り出来る。このまま着いて来い。離れれば、まあ、カルロッタなら片腕なら弾き飛ばされる」

「怖い!! 何でそんな物騒何ですか!!」

「侵入されたからだ」


 二人は、その薄暗い道を進んだ。


 ある程度進むと、資料室よりかは小さいが、それでも多くの蔵書量を誇る部屋へと出た。カルロッタは目を輝かせながら、その罪深き歴史や記録や魔法が残されている本に魅了されていた。


 人は、秘封された物を解き明かそうと手を掻き回す。彼女が魔法を使い世界の秘封を解き明かそうと藻掻く者なら、決して世界に流れてはいけない未知なる記録に心が踊るのも自明の理であるのだ。


「これから三十分間だ。三十分間で一冊を決めて、頭の中に叩き込め」


「はい! 分かりました!」


 カルロッタはうきうきしながら本棚から魔導書を取り出した。


 悩んだ末に一冊の魔導書を広げ、その罪深さに目を輝かせた。


 そして、三十分後、ソーマはカルロッタが読んでいる本を無理矢理閉じた。


「終了だ。……まあ、この本なら大丈夫か」

「はい。相手に外傷を与えること無く"激しい痛覚だけを与える"魔法です」

「……やっぱりそれクルーシ――……いや、まあ、言っても分からないか」


 カルロッタは首を傾げたが、彼はそれ以上のことは決して言わなかった。


 資料室に戻り、カルロッタはソーマに聞いた。


「何でこんな魔法が禁書庫行き何ですか?」

「一度喰らえば、社会復帰が不可能な程の痛覚を与え精神崩壊を齎す。非人道的だとして禁書庫送りだ」

「それを言うんだったら攻撃魔法は全部駄目な気が……」

「……まあ、あれだ。地雷みたいな物だ。非人道的だとか、戦後復興の障害になるとかな」

「それならやっぱり殺せる魔法も禁書庫行きなんじゃ……」

「……人を殺せる魔法が非人道的では無いと言われれば、そんな訳あるかとしか言えないな。細かいことは良いんだ。とにかくそれは流通してはならない魔法。このまま歴史の痕跡にしか存在を確認出来ない魔法にするべきなのさ」


 カルロッタはそう言う物なのだろうと納得した。


「……ああ、伝えるのを忘れていた」


 二人は歩きながら話を続けた。


「明後日、討伐の記念として国王から祝賀会を開くとか何とか言われてな。ドレスの準備と礼儀作法は学んでおけ」

「マンフレートさんが心配ですね」

「あいつはすぐに上裸になるからなぁ……。せめて服装だけでもきちんとしてくれれば、愁眉を開けるんだが……」

「どうでしょう……あの人筋肉を見せ付ける癖があるので」

「もう見世物として連れて行くか」


 ソーマは冗談交じりに笑っていた。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


ちょっとした一休み。日常とゆったりぽわぽわする日常を書きます。

流石にずっと戦闘続きだと、気が滅入っちゃうので。


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