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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
35/111

多種族国家リーグ機密映像記録 ジークムント 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長検閲済み】 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 メレダは瞳を銀色に輝かせ、詠唱を始めた。


「"竜の姫""禁忌を冒し罪を被る""罰を身に受け""彼女は鎖に縛られる""鎖を断ち切る者""それは星々を身に宿す者""それは星々を従える者""それは星々を背負う秘密の皇帝""それは高く天の原から降臨せし大王(おおきみ)""我はそれの子を孕む聖母"」


 メレダは一息深く吸うと、覚悟した様なキリッとした目付きで言葉を放った。


「『固有魔法』"()()()()()()()"」


 結界魔法の内側で、その『固有魔法』は発動した。


「"()()()()"、"()()()"、もう少し出力を上げて」


 それに反応したのは腰までの長さの白い長髪を持っている女性と、白い髪が羊毛の様にもっふもっふしている女性だった。


「"()()()"、"()()()"はやり過ぎ。もう少し抑えて」


 それに反応したのは前髪だけが長く伸びている女性と、眼鏡を掛けている白い髪を短く切っている女性だった。


 その結界の内側では、今当に苛烈な戦いが繰り広げられていた。


「何が起こってるのか良く分からねぇが多分ここからの脱出は不可能! もう逃げられねぇぞジークムント!!」


 イノリは結界の内側で、ジークムントの体を殴打しながらそう叫んでいた。


 その海面は、グラソンの力で凍り付いていた。


「結界が破壊が出来ないことは僕も理解しているさ」


 イノリによって殴り飛ばされたジークムントの体は、目隠しをした女性、テミスの蹴りによって地面に踏み伏せられた。


 テミスは踏み付けているジークムントに向けて、剣先を向けた。


「動くなジークムント。出来れば降伏もしろ。貴様も馬鹿では無いだろう?」

「……()()()()()の君なら、必死になるだろうね」

「知っているのか。なら話は早い。早く、私の最愛の人の居場所を言え」

「言うと思っているのかい?」

「当たり前だ。貴様の証言拒絶権は、正義の名の下に存在し得ないのだからな」

「黙秘権は憲法にも記載されているだろう?」

「……そうか。分かった。私から最愛の人を引き離そうとしているのなら、貴様はやはり死ね」


 テミスは剣を勢い良く振り下ろすとすると、ジークムントは突然身を捩りテミスの足から離れた。


 翼を広げ、彼はテミスに手を向けた。その斬撃は、テミスを傷付けるはずだった。


 一度の瞬きの直後に、テミスの姿がその場から消えた。ジークムントはすぐに振り返ると、もう彼女が剣を振り下ろしている姿が見えた。


 その刃は彼の左肩に食い込んだ。


 ジークムントは一度だけ痛みに呻くと、すぐに薄ら笑いを貼り付けた。


「テミス君、周辺にいるのは他の七人の聖母だろう? なら、ルミエール君も来るはずだ。彼女は何処にいるんだい?」

「さあ。私は何も聞いていませんが」

「……本当に何も聞いて無さそうだね」


 ジークムントは彼女に左手を向けた。だが、そのすぐ直後に彼の左手は手首から切断された。


 一瞬の内に切り落とされた。それにしては、テミスの動きが速過ぎるのだ。


「まるで時を止めている様だね」


 テミスの左手には、閉じた銀色の懐中時計があった。それの蓋には白い翼と黒い翼が交差する紋章が刻まれていた。


 そして、左手の薬指に懐中時計と繋がっている鎖を巻き付けていた。


 そこから滲み出る力は、彼は知っていた。その聖浄で不浄な力を、彼は知っていた。その力は、星々を束ねる星の王の輝きを発していた。


「その懐中時計は、リーグの王と君の子供かい?」


 七人の聖母、リーグの宗教的に重要な立ち位置にいる七人の女性のことを指す。


 リーグの宗教は少々特殊だ。他の国家では神は生物では無い。あくまで生物の姿をした上位的な存在であり、決してこの地上には姿を表さずに天から見守っていると考える。


 その為、数多の神々を信仰する地域や、唯一の絶対神を信仰する地域であっても、その考えは変わらない。


 しかし、リーグは特殊だ。最高神を国王とするのだ。


 七人の聖母は、ある理由によって集められた七人の女性のことであり、その神に等しいリーグの王との正式な子を孕む権利を持つ。ただし、当の本人であるリーグの王はそのことを一切知らされていないまま作られた制度である。


 そして、テミスが持つ懐中時計はある意味においては、リーグの王とテミスの子供である。リーグの王とテミスの魔力を混ぜ合わせ作り上げた神器である為、ある意味においては、リーグの王とテミスの子供である。


 テミスは左手を開き、鎖に繋がっている懐中時計をぶらんと垂らした。


 そのまま左腕を振り払い、懐中時計をジークムントの体にぶつけた。衝撃は大したことは無い。所詮は懐中時計が当たっただけだ。


 だが、ジークムントの動きは突然止まった。まるで、彼の時間が止まってしまったかの様に。


 テミスはその隙に、イノリを超える速度で彼の首に刃を刺し込み横に薙ぎ払った。未だに瞬きの一つもしていないジークムントの頭は、鮮血さえも無く切り飛ばされた。


 体の部分をテミスは蹴り飛ばし、切り飛ばしたジークムントの頭部は結界の壁に向けて投げ付けた。


 だが、その直後にテミスの左腕に、浅いながらも無数の切り傷が刻まれた。


「成程」


 投げ飛ばされたジークムントの頭部から声が聞こえた。


「どうやら次に使えるまでの時間が僅かながらにあるみたいだね」


 蹴り飛ばされた彼の体が突然動き出すと、自分の投げ飛ばされた頭に手を向けた。


 すると、彼の頭は糸に引き寄せられる様に彼の手に向けて飛んで来た。自分の頭を抱え、鮮血が吹き出す首の上に頭を置いた。


「酷いじゃ無いか。これでも、痛覚はあるんだ」


 首の肉が繋がり、出血は止まり、肌によって隠された。


 そんな彼に兎の様に跳ね回り向かっている亜人の男性がいた。その男性は黒く長い手入れもされていない髪を靡かせ、金色の瞳をぎらつかせながら走っていた。


 その男性の頭部には黒い兎の耳を立てており、臀部の上辺りに小さな膨らみがあった。


 その男性は白い槍を持ち、その矛先を勢いのままジークムントの体に突き刺した。


 ジークムントが僅かに体を仰け反らせた所為で彼の脇腹に突き刺さった。


 彼の名は"()()()"、多種族国家リーグの陸軍第十二師団の師団長である。


 第十一から第十六師団まではリーグの内陸部に配置され、防衛警備、災害派遣を任務とする他、民生協力及び国際貢献活動をする地域配備師団であり、亜人達が所属する師団である。


「やあイナバ君! 七人の聖母だけで無く親衛隊や師団長が数人来るなんて、ルミエール君は余程僕を捕らえることに必死になっているらしいね!」

「煩えな我! 我がおーけんおらまで動くことになってしまったんだがね!」


 訛が強いその声は、憤怒が滲んでいた。


 イナバは槍を振り回しながら動き回り、槍を何度も彼に突き刺した。だが、それでもジークムントは薄ら笑いを貼り付けたままだった。


 突然、イナバの体は何かに引かれる様にジークムントに寄った。片手で引き寄せられた頭を鷲掴みにし、片手で槍の柄を握り締めた。


 槍の柄から金属が打つかる音が聞こえると同時に、綺麗に切断された。イナバの顔にも僅かな斬撃が刻まれると、その痛みから死が近付いていることに気付いた。イナバは咄嗟に両足を地面から離すと、ジークムントの腹部を蹴る様に押し付けた。


 その亜人特有の身体能力から繰り出された鉄筋さえも砕く脚力に、ジークムントは堪えることが出来なかった。イナバの頭部を鷲掴みにしている手をぱっと離してしまい、そのまま衝撃に従い水面を転がった。


 ジークムントが仰向けになると、すぐにテミスと2m超えの巨体の女性が彼に向けて剣を振り下ろした。だが、その二本の剣はジークムントの眼前で静止した。


 巨体の女性は黒く艷やかな髪の頭から二本の牛の様な立派で巨大な角を生やしており、先程からひしひしと感じ取っていたジークムントの不明瞭さと不可視の強さを銀色の瞳で見詰め、興味津々そうに鼻息を荒くしていた。


 彼女はリーグの五百年の歴史を持つ緩やかなワンピース形式の身頃を合わせて着る独特な服を着ていた。それは長着を身体に掛け、帯を結ぶことによって着付けるらしい。


 だが、帯の上も下も大きく大胆に開いており、そこから見える腕と脚は目に見える筋肉が大きく映えていた。見える胸の谷間には包帯のような晒が僅かに見える。


 足には足を乗せる木板に接地用の突起部を付け、孔を三つ穿って紐状の者を通している物を、足の親指と人差し指の間にその紐状の物を挟んで履いていた。


 彼女の名は、とは言っても元は名の無い鬼であった。よって名乗っているその名前は、リーグの王によって名付けられた物である。


「"禍熊童子(まがぐまどうじ)"君か」


 彼女は、多種族国家リーグの第二師団長であった。


「知ってんのか俺のこと」

「ああ、知ってるさ。君には一度出会ってみたくてね」


 禍熊童子は自らの握り拳十個分の長さがある剣に込める力を更に強めた。


 だが、蝸牛が一秒で動ける距離程刃が進んだだけで、ジークムントを傷付けることは出来なかった。


 ジークムントは腕を横に振るった。それと同時に彼の姿は消えた。彼は未だに残っている水瓶の破片と入れ替わっていた。


 結界の中心に立っていた彼は、ぐるりと結界を一瞥した。


「"大罪人への恋心"……発動はメレダ君を起点とした七人の聖母か。魔法は使える様だね」


 この結界内には、『固有魔法』である"大罪人への恋心"が発動している。とは言っても発動しているのはルミエールでは無く、ルミエールとテミス以外の七人の聖母達。


 現在この結界内では、特定個人の能力だけを使用不可能にしている。対象を絞っている為、魔法まで使用不可能にする為には、その場にいる全員の魔法を使用不可能にすることでしか出来ない。


 そう。ジークムントは優秀な頭脳でそこまで導き出せた。


 だが、不思議なのは、この場にいる彼、彼女は魔法を使わずとも身体能力だけで此方と戦う手段を持ち得ていることだ。特に亜人は元々魔法が使えない。


「どう言うことだいテミス君、ルミエール君がこんな初歩的なミスをするとは思えないんだが」

「……何の話ですか」

「ルミエール君は僕と戦った。つまり僕の能力も、魔法も理解しているはず。僕の能力を危険視するのは分かっているが、魔法を使用可能にさせる理由が見当たらないんだ」


 彼は不思議そうな表情を浮かべながら、手で顎に触りながら言葉を続けた。


「ここは"大罪人への恋心"の中だろう? ……恋心の中と言うと、何だか変な言葉の様に感じるね。まあそれはどうでも良い。つまりこの『固有魔法』の中では、魔法さえも使えないはず。なのに僕は、そして君達は、魔法が使える。僕と戦う為に最低でも師団長を出す。それは理解出来る。だが、元より魔法を使えない亜人の師団長や、イノリ君の様な元々の身体能力が高く魔法に頼らない戦闘を行う者を出せば、この中で僕は為す術無くやられるはずだ」

「ああ、そのことですか。ルミエールは何も言いませんでした。ただそれをするなとしか」

「……どう言うことだ……?」


 ジークムントはこんな状況なのにも関わらず、敵の前で熟考を繰り返していた。


「僕を相手にルミエール君が来ない……だがイノリ君がいると言うことは予見はしていたはず……。……本気で僕を捕まえようとしているのか……?」


 ジークムントの疑問の答えは、メレダも持ち合わせていない。ただルミエールの彼女は間違えないだろうと言う信頼だけでこうしているだけだ。


 すると、意識が自分の脳内に行ってしまったジークムントの頭部に、禍熊童子の巨大な握り拳が叩き込まれた。


「余所見してんじゃねぇぞジークムントォ!! ここはもう戦場だァ!!」


 打撃の衝撃は彼の頭部の全てを粉砕し、血液だけでは無く何か透明な液体さえも飛び散った。


 だが、それさえも、彼は生きているのだ。


 禍熊童子は彼の服に掴み掛かり腕を振り回した。その巨体に恥じぬ怪力で彼の体を投げ飛ばした。凍り付いた海面に叩き付けると、そのまま開いた両手を彼の胸板に押し付けた。


「"紅落葉(くれないらくよう)"」


 その直後に、彼女の腕から木の根の様な物が伸びた。それが彼の体に巻き付くと、彼は腕を横に振った。


 彼は水瓶と入れ替わり、禍熊童子の上に現れた。彼女に腕を向けたが、その体は弾き飛ばされた。


 彼の体は、突然禍熊童子の前に現れた樹木の枝によって弾き飛ばされた。


 それは須臾の内に数百年の時間が経った様な大樹であり、その急激な成長速度で伸ばした枝によって彼の体は弾き飛ばされたのだ。


 その大樹には、火が灯っている様な紅の葉が満遍に付いていた。それは鹿が近付く紅葉の木であり、酒を嗜むならば良い肴になるだろう。


 その紅葉は僅かな風に吹かれ、幻想的に舞い散った。


 そして、禍熊童子は似合わない詠唱を始めた。


「"紅葉の鬼女""戸隠の岩屋に潜み""一天にわかに掻き曇り""雷鳴轟き""烈風吹き荒れ""川瀬激しく荒れ狂う""鬼女の体は火炎を纏い""只子の為に怒り狂わん"!!」


 すると、舞い散った紅葉は一人出に、まるで愛しい我が子を亡くし怒り狂い火炎を纏う母親の様に、自分の体を発火させた。


 吹き飛ばされているジークムントの体に触れると、その勢いは更に増し燃料を焚べた様に燃え上がった。


 だが、彼は火に包まれながらも腕を上に挙げた。それと同時に凍り付いた海面が割れ、海水が巻き上がった。その海水は船を一太刀に出来るであろう巨大な蟹の形になった。


 人を簡単に挟み込む蟹の鋏はジークムントを挟んだ。海水に浸され火は鎮火された。


 すると、周囲の燃えている紅葉の炎を自らの剣に巻き込みながら突撃している女性がいた。それは、第一師団長のメグムだった。


 リーグの王から賜った神器に纏わり付いているのは、溢れ出る凶暴で狂おしい程に盛る烈火の焔だった。それは小さな太陽の様に輝いていた。


 その刃は紅葉に触れる度に熱量を増し、輝きを増し、この場を黄金の輝きに満たした。


 メグムはカルロッタには見せることの無かった表情をジークムントに向けていた。歯を食いしばり、目を尖らせ、怒りの余り手を震わせていた。


 右手で剣を握り、左手を自分の後ろに向けた。その左手からは何度も石壁を破壊する爆発が起こり、彼女の速度を更に加速させていた。


 右腕を勢い良く下げると、目にも止まらぬ速度で跳躍し、海水に包まれているジークムントに向けて剣を一突きした。


 その一突きはたった一つの赤い線の様に見えた。剣の切っ先が海水に触れると同時に、熱風と発光を結界内に充満させた。


 ジークムントの魔法によって作られた水の蟹は一瞬で蒸発し、白い蒸気を昇らせジークムントの心臓を貫いた。


 本来なら、彼の上半身が爆散するはずだった。だが、先程の海水で作られた蟹に熱量が阻まれてしまい彼の肌をこんがりと黒く焼いただけだった。


 メグムは眉間に皺を寄せながら、小さく舌打ちをしていた。


 その熱量と反して、彼に向けられた彼女の銀色の瞳は酷く冷たかった。


 彼は白い蒸気で満たされた結界内で落下し、重力によって凍り付いた海面に叩き付けられた。


 すると、グラソンが露出している長い脚を高く掲げた。その脚の肌の上に爬虫類の様な青い鱗が出来上がり、その爪先が仰々しく凶暴なドラゴンの物に変わった。


 その脚を勢い良く凍り付いた海面に叩き付けると、その場から氷が隆起し薔薇の低木が作り上げられた。


 凍り付いた海面は前へ前へ隆起し、作り上げられた薔薇の低木はジークムントへ向かっていた。


 薔薇の低木が焼き焦げたジークムントの体に包まれると、その絶対的な冷気によって一瞬で彼の体は凍結した。


「絶対零度、もしくは0K(ケルビン)。そこには流石に到達していませんが、それに触れれば有機物無機物問わず凍結します。これでもまだ……無事でしょうね」


 グラソンは最早呆れる様な声で呟いていた。彼にどれだけ攻撃しても大したダメージを与えられないのだ。やる気も次第に失せていってしまう。


 グラソンは凍結したジークムントに向けて右手を向け、青筋が出るくらいに強く握り締めた。


 すると、ジークムントの体に罅が走り、まるで硝子細工の様に粉々に砕け散った。


 その場には白い蒸気と氷の破片が残っていた。そのはずだった。


 凝視すれば、ここにあるとしては不自然な物が浮かんでいた。白と黒が入り混じった親指と同じくらいの大きさそれは、釣り針とも鍵とも言い難い形容し難い形をしていた。


 その物体はゆっくりと宙へ浮き、やがて結界内の頂上で静止した。


 それを中心に肋の白い骨が出来上がり、そこから骨が伸び骨格が出来上がった。内臓が作られ筋肉が膨張し肌が貼り付けられ、彼は再度君臨した。


 瞳を無垢金色に輝かせ、瞳を無垢銀色に輝かせ、白い髪を靡かせ、黒い髪を靡かせた。


 白い翼を羽撃かせ、黒い翼を羽撃かせ、白い茨の様な棘がある輪を頭の輝かせ、黒い十本の角を頭部に生やしていた。


 薄ら笑いを貼り付け、彼は、声を出していた。


「見よ! 二柱は国を産み神を生み出しだのだ!! だが女は子に陰部を焼かれ死してしまった!!」


 彼は一糸纏わぬ裸であったが、それを気にすることが出来ない程に彼の体は芸術的だった。


「見よ! 父は七日で世界を作り上げたのだ!! だが妙な話だ。父は男を最初に作った。女から男が産まれると言うのに! つまり父は母であるのだ!!」


 彼の姿に、変化が起こった。その声は女性的に変わっていった。


「見よ! 天地の前には混沌のみが存在した! 混沌から大地が夜が闇が愛が奈落の底が産まれたのだ!! そして夜と闇から光と昼が産まれたのだ!! 大地は一人で天を産んだ!! だが妙な話だ。皆人の姿をしている! 真に世界を作り出したのなら皆の姿は単細胞のはずだ!!」


 彼の体は変化が急激に進み、男性的な体から女性の様に胸が膨らみ始めた。


 彼は、いや彼女の髪は金色に輝き、彼女の瞳は金色に輝いた。その姿は、何処かメレダと似通っていた。


「赤眼輝く救世主(メシア)。赤髪靡かせる聖霊。救世主(メシア)の父は、星の皇」


 髪は長く伸び、その手には自分の背を超える大剣の柄を掴んでいた。それは自らの髪や瞳の様に神々しく金色に輝いていた。


「我は創られた救世主、我は糸で括られた救世主、我は操り人形の救世主」


 彼女の周りには十二匹の白い蝶が羽撃いていた。蠱惑的で官能的と言う感情を出すことも出来ずに、ただ彼女からは神々しさと禍々しさだけを感じた。


「我は創られた獣、我は糸で括られた獣、我は操り人形の獣」


 そして、彼女は空中で優雅に立ち尽くし、金色の大剣を軽々しく横に振るった。


「君達は自由意志を掲げてくれ。僕達は自由なのだから。そして、この世界を、より良くしよう。あの方がそれを望んでいるのだから」


 彼女は薄ら笑いを貼り付けた。


 彼女は翼を羽撃かせ、凍り付いた海面に降臨した。


「星々は数多に輝き、その一つがこの輝きだ。彼は王だった。正しく皇帝に相応しかった。残念なことにね」


 彼女は、動き出した。


 その直後、彼女の背に、人間よりも背丈が低く長く白い髭を持っている男性がいた。目元さえも白い髪に隠れ分からない。


 だが、見える腕や脚から、小さな体格とは裏腹に屈強な傭兵の様な印象を受けた。


 その男性は()()()()である。広義的には亜人に分類される種族だ。


 そのドワーフは自分の背丈よりも大きい大鎚を振り回し、彼女に向けて振り下ろした。だが、その大鎚さえも彼女の肌に打つかる直前に静止した。


「やあ、"()()()()"君」


 彼の名はギルロス・ガンダールヴル。彼は、多種族国家リーグの第十一師団長である。


 彼は大鎚から手を離し、懐から灰色の古臭い袋を取り出した。袋の口を開くと、そこから多くの火薬と鉄と赤錆の匂いが溢れ出ると同時に、様々な形状の武具が溢れ出た。


 どう考えても、その袋に入る訳が無い量の武具達の中の一つをギルロスは握った。


 それは僅かに青く発光する曲がりくねった両手剣だった。自分の背丈と同じくらいのそれを軽々しく薙ぎ払った。


 その剣はジークムントの剣との力比べに発展した。


「君達にとってはリーグの王は救世主だったのだろう?」


 ジークムントはギルロスに向けそう語った。


「その小さな体格と矮小な魔力、人間からも魔人からも、亜人からも迫害されて来た君達に救いの手を差し伸べた彼は正しく救世主だった」

「……何が言いたい」


 がらがらの声が小さな体格から聞こえた。僅かに冷静で、しかし怒気を塗りたくった声だった。


「君達は、救世主を救えなかった」


 彼女のその言葉と共に、ギルロスの剣は弾き飛ばされた。


 すぐに近くの鉄で出来た弓を握り、ジークムントが振り下ろした金の大剣に足底を乗せ、跳躍した。


 ジークムントの背よりも高い場所で彼は弓の弦を引いた。すると、その弓に白い魔力の矢が番えた。弦をぱっと離せばその白い魔力の矢はジークムントに真っ直ぐ飛んでいった。


 ジークムントは体をぐるりと横に振ると、その魔力の矢を大剣で一刀両断した。


「ここにいる君達全員が! いや、リーグに住まう者達全員が! 王を! 星々を束ねる皇を! あの愚者を! あの大罪人を! あの羊飼いを! あの主を! 救うことが出来なかった! 君達にとっての救世主(メシア)を! 救うことが出来なかった!!」


 彼女は両腕を広げ、啓蒙する様に叫んでいた。


「五百年間! 彼の素性をいざ知らず呑気に過ごしていた君達は何をしていた!」


 ジークムントは腕を横に振ると、ギルロスの背にある水瓶の破片と入れ替わった。


 薄ら笑いを更に強め、彼女は剣を振り下ろした。


 その刃は、白色の大盾に阻まれた。その大盾を持っているのは、白い毛並みを持つ虎が二足歩行で歩いている様な男性だった。


 白い虎の亜人だった。その亜人は金色の瞳でしっかりとジークムントを睨んでいた。


 彼の名は"()()()()"。多種族国家リーグの第十六師団長である。


 ティグレはその大盾の影に隠れながら片手で扱うボウガンを取り出し、ジークムントに向けて引き金を引いた。


 着地すると、ティグレはジークムントに向けて自分の体を隠せる程の盾を前面に突撃した。


 ジークムントはその盾に右手を向けたが、金属同士が打つかる嫌な音が響くだけだった。


「ギルロス君の傑作かい?」


 その問い掛けに彼は答えること無く、亜人特有の優れた身体能力で突撃していた。


 その突撃は、振り下ろした金色の大剣によって阻まれた。ティグレは盾の横から腕を出し、またボウガンを彼女に向け、引き金を引いた。だが、その矢は彼女の全身露出した肌に突き刺さる前に静止した。


 すると、その大盾の影から黒い金属で出来た鎌を両手で構えたギルロスと、剣に炎を纏わせたメグムが現れた。


 ジークムントは左手を剣の柄から離し、思い切り下に振り下ろした。


 すると、その三人の体が突然凍り付いた海面にうつ伏せで倒れた。まるで何時も感じる重力が強まった様だった。


 ティグレは何とか腕を上に挙げようとしたが、指の一つさえも動かせない。山が自分の体を押し付けている様な重量を感じていた。


 右腕で軽々しく振り回す大剣をティグレに向けると、彼女の左横から何かが飛んで来た。それは彼女の左腕に突き刺さると、三人に乗っている重さが消え去った。左腕に突き刺さっていたのは、イナバの刃が切断された槍だった。


「全員! 邪魔だァ!!」


 イノリの絶叫が聞こえた。


 彼の背には黒い液体で作られた偶像があった。その偶像は結界内を一刀出来る程に巨大な剣を掲げていた。その偶像はイノリの動きを合わせ、両腕を振り下げればその偶像も両手に掴んでいる剣を思い切り振り下ろした。


 あまりの重量を抱えたその大剣は、怨嗟の絶叫を発する様に歪んだ色をしていた。それはジークムントに振り下ろされたが、彼女の大剣の刃に打つかった。騒然とした響きと僅かな火花を散らすと共に、大海は揺れ空気が震え上がった。


 まだ、彼女には届かない。


 すると、テミスが何処から取り出したのか、天秤を左手に持っていた。


「"罰則""両腕失調"」


 その言葉がジークムントに向けられた直後、ジークムントの腕は力無くぶらんと垂れた。剣を握る力も無くなったのか、その大剣に凍り付いた海面に落としてしまった。


 だが黒い偶像の大剣は、その場で静止していた。すると、禍熊童子がジークムントの背後に現れ、ジークムントの腰を両手で掴んだ。そのまま禍熊童子は背を後ろに曲げ、ジークムントを後ろに投げ飛ばした。


 すぐに禍熊童子は体を回し走り出し、投げ飛ばされたジークムントの頭部を鷲掴んだ。そのまま頭部を凍り付いた海面に叩き付け、そのまま走り出した。


 最初こそジークムントは無抵抗だったが、やがて動かなかった腕を横に振った。


 すると、彼女の体は禍熊童子の右横の水瓶と入れ替わった。そのまま彼女はすぐに体を横に回しながら跳躍し、禍熊童子の頭部に突き刺す様な蹴りを入れた。


 だが、禍熊童子の体幹は一切振れず、むしろその痛みに喜んでいる様だった。


「良いなァジークムントォ!! てめぇならあいつの代わりになれそうだァ!!」


 禍熊童子はそのまま彼女の足首を掴み、まるで子供が棒を地面に叩き付ける様な無邪気さで彼女を凍り付いた海面に叩き付けた。


 禍熊童子はそのまま丸太の様な右脚を高く挙げ、彼女の拉げた蛙の様に潰れた体に向けて振り下ろした。禍熊童子の踵落としは彼女の肉も骨も砕き散らし、舞い上がった血飛沫と生臭さは禍熊童子の気分を更に高揚させた。


 それでも彼女は薄ら笑いを貼り付け、言葉を吐いた。


「『()()()()』」


 禍熊童子はすぐに彼女から離れた。その直後のことだ。


 彼女は確かに立ち上がった。彼女は確かに唱えたのだ。


「"胎児の夢(スーパーイド)"」


 彼女はその手に青い薔薇を握っていた。


「胎児よ胎児よ何故踊る。母親の心が分かって恐ろしいのかい? それとも、薄いヴェールの向こう側を覗いてしまったのかい?」


 彼女の正体を知ることは不可能だ。彼女は神の祝福によって創られた奇跡の存在だ。


「僕はヴェールを持たぬ者。僕はアイン・ソフ・オウルを見詰める者」


 その場の景色が変わった。


 そこは無限の光に満たされた場所であった。


 そこは決して理解してはならない無意識下の更に奈落の底であった。


 彼女はそこを理解していた。


 彼女はそこを理解されていた。


 彼女はそこを見詰めていた。


 彼女はそこを見詰められていた。


「ここは無意識の世界。超自我も、自我も、存在し得ないイドの世界。より原初の生物が持っていた景色。さあ、何も考えないでくれ。ここでは何も考えずに済む」


 突然のことだった。硝子が割れる音が聞こえた。


 ジークムントは見上げると、無限の光の中に一つの穴が空いていることに気付いた。そこにいたのは、マーカラだった。マーカラは口輪と首輪を着け、ハルバードをその手に持ち、狂気的に笑っていた。


 柄は赤い金属で作られて、刃には豪華な宝石の装飾が施されており、儀式用な印象を受けるそれからは、彼女の力強さと高貴さを示していた。


『固有魔法』を使う場合、ある条件下を除いて自らが作り上げた結界内に自分だけの世界を作り出す。


 そうしなければ、その世界はあっという間に崩壊してしまうのだ。だからこそ結界は頑丈に頑強に作る。


 つまり、その結界に蝿も通れない程に小さい穴が空いていたとしても、その『固有魔法』は崩壊を始める。そして今現在、ジークムントの『固有魔法』の結界は、マーカラの持っている神器によって破壊された。


 彼女の『固有魔法』は崩壊を始めた。


 彼女はマーカラを見詰め、口角を思い切り釣り上げた。


「マーカラ君……!! あぁ……! ようやく出会えたね!!」


 マーカラは着地すると同時にジークムントに向かってハルバードを振り下ろした。


 ジークムントは落とした金色の大剣に腕を向けると、糸で引かれた様にその大剣が彼女の手に寄って来た。そのまま両手で柄を握り締め、マーカラのハルバードの刃に打つけた。


「ねえ貴方。貴方よ貴方」


 マーカラは子供の様に燥ぎながら、ジークムントに向けて陽気そうな声を出していた。


「話と違うけど貴方がジークムントでしょう? 玩具が良いかしら。それとも紅茶が良いかしら。ねえ、どっちが良い?」

「君の玩具は流石に気苦労が多そうだね」

「大切に使うわ。お金もいっぱいあるの。それに貴方はあの人の次くらいには美味しそうな匂いがするわ」

「済まないが、僕は君の食料になる気は無いよ。それに僕はローラでも無いんだ」

「私は別に同性愛者(レズビアン)では無いわ。女の子みたいな人は好きだけど」


 マーカラが一瞬の内にハルバードをもう一度振り上げると、ジークムントも天高く大剣を掲げた。


 瞬間、両者の間に一瞬だけ火花が散らされた。


 両者は目にも映らない速度で相手の大剣を、相手のハルバードを捌いていた。


「やっぱり貴方は凄く良いわ。そうねぇ……大金貨十枚は今すぐ出せるわ」

「僕は自由に生きたいんだ」


 両者はより大きい金属同士が打つかり合う音が響くと同時に、距離を離した。


「貴方が傍にいればあの人が帰って来るまできっと暇にならないわ」

「……その哀しみを、僕は誤魔化すことは出来ないよ」

「何を言って――」

「【検閲済み】」


 その言葉と同時に、マーカラの表情ががらりと変わった。


 先程までの心から楽しんでいた表情は、目を見開き口角を下げる表情に変わった。


 マーカラは突然俯き、小さく呟いた。


「…………な」


 その声は、ジークムントの耳に届かなかった。


「お前が、その名を呼ぶなァ!!」


 マーカラはハルバードを抱えながら走り出し、力強く振り下ろした。


 ジークムントはそれをひらりと交わしていた。


「その子供の様な口調も、その無邪気な性格も、全て過去を誤魔化す為の虚像なのだろう?」

「黙れ黙れ黙れジークムント!」

「知的なのは理解している。吸血鬼だからこそ血を愛す少女だと言うことも理解している」


 ジークムントはマーカラのハルバードの刃を素手で受け止めた。


「ずっと、五百年間それをして、戦いでそれを誤魔化す。最初こそ戦いを楽しい物と捉え続け、強者を遊び相手とする。今はどうだい? その悲哀の気持ちを誤魔化す為の言い訳に使っている」


 マーカラはハルバードに込める力を更に強めた。それでもハルバードはぴくりとも動かない。


「君は悲しそうだ。それは、彼が君の前から消えてしまったからかい? それとも【検閲済み】君が――」


 マーカラはハルバードを手放し、ジークムントに向かって引っ掻くように手を振るった。


 その直前に、ジークムントは彼女の腹部に触れた。


 マーカラの体は一瞬の内に結界の端にまで吹き飛ばされた。


「戦闘において煽動をすると言うのは常套手段だ。冷静にならないとすぐに負けてしまうよ」


 その言葉の直後に、結界内にいる全員が攻撃の意を示した。


 だが、ジークムントの周囲に魔力が渦巻いた。


 火の毛並みを持つ羊が、土塊で出来た牛が、空中で飛び回る双子の子供が、水で出来た蟹が、炎の鬣を持つ獅子が、土で出来た乙女の偶像が、その偶像が持つ天秤が、水中を泳ぐ蠍が、焔で出来た弓矢が、彼女の手の山羊の角笛が、壊された水瓶が、水で出来た魚が、魔力によって作られた。


 それぞれが動き出し、リーグの親衛隊や師団長に襲い掛かった。


 乙女の偶像は動き出し、その手の天秤を掲げた。その天秤が左に傾くと、左側に向けて風が吹き荒れた。


 焔で出来た矢は結界の一番上から無数に降り注ぎ、彼女の手にある山羊の角笛を吹くと、海底の一部が勢い良く迫り上がった。


 そして彼女は、その角笛を捨て、翼を羽撃かせた。


「ここに君達がいるのは君達の自由意志によって齎された結果だ。そして彼の星皇から賜った愛に報いる為でもある」


 ジークムントの周囲に二十二枚のカードが散らばった。彼女はその内の一枚を掴み取った。


 それは、一人の旅人らしき人物と一匹の犬が書かれたカードであった。それを握り潰し、彼女は呟いた。


「『()()()()』」


 マーカラが何故途中から参戦したのか。それは『固有魔法』を使っても無駄だと思わせる為である。


『固有魔法』は魔法使いの最終終着点。それを使われることは本来負けを意味する。ルミエールの"大罪人への恋心"や、ソーマの"我君臨せし大聖堂"がその特徴を顕著に表しているだろう。


 それがマーカラのハルバードで即座に破壊されるのなら、もう二度とジークムントは『固有魔法』と言う大技を無駄に浪費することは無いだろうと言う考えの下だ。


 だが、その予想を裏切り、彼女は『固有魔法』を使った。


「"()()()()()()()=()()()()()()()"」


 彼女は右手で天を指差し、左手で地を指差した。


 彼女はただ、薄ら笑いを貼り付けていた。


 彼女は罪深き羊飼いであった。彼女は慈悲深き獣であった。


 天さえも彼女にとっては最も近く、地さえも彼女にとっては最も遠い。


 彼女はヴェールを持たぬ者。彼女は見詰めてしまった者。彼女は糸で括られた操り人形。だからこそ自由意志を掲げる者。


 その自由意志を持ち、彼女は自らの目的の為に自由に動き、この世界をより良い物へと変える使命を背負った。


「さあ、面白くしよう。楽しくしよう。誰が見ても、誰が読んでも、歓喜の声を上げる様にしよう。そうすればきっと、僕達は皆自由になれる。僕達は自由だ」


 とても穏やかな笑顔で、彼女は微笑んだ。


「さあ、手を取り合おう。その為に殺し合おう。さあ、殺し合おう。その為に手を取り合おう。さあ、狼煙は上げられた。()()()()は再度始まる」


 その直後、彼女の微笑みは崩れることになる。


 その麗しき裸体の胸に、何かが血液と共に突き出した。それは薄っすらと暖かく輝いている白い刀だった。


 それは、ルミエールの刀であった。


「ルミエール君……!? 一体何処――」


 ジークムントの視線が刀から背後に移る直前、彼女の露出した首に五つの剣が突き刺さった。


 その内の四本は銀色に輝き、一つは金色に輝いていた。


 そして、彼女は翼を失い輪を失い角を失った。それと同時にルミエールの刀はジークムントの体から離れた。


 矢によって撃ち落とされた様に落ちた彼女は銀色に輝く樹皮を持つ木で出来た十字架に鎖で縛られた。


 その十字架の木は、何時の間にか結界内に入っている七人の聖母のメレダとテミス以外の四人の臍の部分から生えている銀色の樹皮を持つ枝が巻き付き、作られた物だった。


 首に突き刺さった五本の剣は一人出に抜け、浮き上がった。


 十字架に縛られた彼女の右手に、左手に、右足に、左足に、その剣が突き刺さった。


 金色の輝く剣は魔法によって大きくなり、人の背丈程の大剣になった。


 その大剣を握り締め、足音も無く彼女の十字架に歩みを寄せる女性がいた。それは今のジークムントの様に金髪で、金色の眼を持っていた。


 何処かメレダと似通っているが、メレダは幼い体をしている。この女性は幼さを残している成人した見た目をしており、胸が大きく膨らんでいた。


「……ようやく捕まえた」


 その女性の髪は白く染まり、瞳は銀色に染まった。


 その銀色の瞳で、ジークムントを睨んだ。


「……その姿を見るのは、初めてかな。メレダ君」

「……分かるんだ」

「当たり前さ。君は僕の妹なんだから」

「……やっぱり」


 メレダの眼には、浮雲の様な悲しさがちらりと見えていた。


「ああ、ゲームオーバーか。……だが安心してくれ」


 ジークムントは再度薄ら笑いを貼り付け、メレダに向けて声を出した。


「コインは何枚も用意している」

「……そう」


 メレダはある羊飼いの様に十字架に磔にされたジークムントの胸元に、金色の大剣を突き刺した。


 それと同時に、この場は黄金の光に包まれた。


 結界は収縮を始め、やがてメレダの小さな手で包み込める程の大きさの白い玉に変わった。


 メレダの姿は元に戻っており、この場は波がざわめくが静かな大海へと戻った。


 メレダは小さく息を吐いた。


「……疲れた」


 すると、イノリがメレダに駆け寄った。


「色々説明して貰いたいんだが……まあ、任務達成ってことで良いんだよな?」

「……いや、まだ終わらない。もう少し働いて貰う」

「もう終わっただろ? あの……青い星の輝きを持つ坊主はもう逃げた後だ。これ以上何が来るってんだ」

「ジークムントの奪還にこいつの仲間が来る。多分そいつ等には、()()()()()()()


 すると、メレダは突然青空を見上げた。


 それと同時に、黒い羽根と白い羽根が舞い落ちた。


 一人の女性が舞い降りた。その女性は黒い帽子を深く被っており、全体的に黒を基調とした上着とロングスカートを着ていた。


 白い髪と銀色の瞳を持つその女性はにやにやと笑っており、何処か不気味で、気力が削られる程の威圧感が発せられていた。


 その女性は、背に一対の白い翼を生やしていた。


 一人の男性が舞い降りた。その男性は左腕が鎖に縛られており、鋭利で猟奇性を表す鋭利な牙を見せ付けていた。頭には溶けかけの雪が積もっていた。


 黒い髪と金色に輝く瞳を持つその男性は血腥く、死臭を纏い、禍々しい雰囲気を発していた。


 その男性は、背に一対の黒い翼を生やしていた。


 そして、空には未だに白い翼を羽撃かせている女性がいた。


 その女性は薄い生地の布を着ていた。その右手には白い片刃の直剣を持ち、左手にはマリオネットに使うコントローラーを握っていた。


 白い髪と銀色に輝く瞳を持つその女性は何処か神秘的で、見詰めるだけで癒やされる風を起こしていた。


 すると、白い女性がメレダを見詰めながら手を前に差し出した。


「そこの君。それ渡してくれる?」

「やだ」

「アッハハ! だろうね!」

「……()()()()が何の用?」

「お、何だ。私のこと知ってるんだ。ま、用は一つ。ジークムントの回収。一応実力行使も考えてるけど……どうする?」

「渡すと思う?」


 すると、その女性の隣にいた男性が左腕を突き出した。


「良いから渡せ。俺はお前を傷付けたい訳じゃ無いんだ」


 すると、その男性に向けて禍熊童子が上から殴り付けた。その拳を真っ向から掴み、拮抗した力を見せ付けた。


「大体互角って所か……! てめぇ、名前は?」

「名乗る必要があるとは思えないがな」

「ああ、そうかい」


 すると、また白い羽根と黒い羽根が舞い落ちた。


 その直後に、禍熊童子は誰かに殴り飛ばされた。


 見れば、そこには男性がいた。


 白い髪と黒い髪が入り混じり、片方に金色、片方に銀色の瞳を持つ男性だった。


 その男性には右腕が無かった。


 好青年を思わせるその男性から発せられる威圧感は、この場にいる誰よりも巨大で恐ろしい物だった。


 メレダは焦燥を抱いていた。あの男性こそが、自分達が勝てないと決め付けた原因だからだ。


 その男性はズボンのポケットから一本の煙草を取り出し、口に挟んだ。


 別のポケットからライターを取り出し、煙草の先端に火を点けた。


「……それで、どうする? お前なら分かるだろ? なぁ、【検閲済み】」


 その男性は優しく微笑みながら、メレダを諭す様に口から煙草の煙を吐き出しながら語り掛けていた。


「勝てないことくらい分かってるだろ。抵抗も虚しく散ることも、全員理解しているはずだ。二度は言わない。それを渡せ」

「無理」

「……そうか。分かった」


 隻腕の男性は左手を向けた。そこから、大海を走る衝撃波が走った。


 森を吹き飛ばせる程の衝撃はメレダに向かったが、彼女の防護魔法によって阻まれた。


 その一瞬だ。隻腕の男性はメレダの背に回っていた。彼女の長い後ろ髪を優しく撫でていた。


「良く手入れされているな」

「……口説いてる?」

「まさか。もう充分過ぎるくらいに嫁はいるんだ」


 すると、リーグの親衛隊の数人と師団長の数人が動き出した。


 その時だった。隻腕の男性の隣に、赤髪赤眼の女性が現れた。全てが完璧そうに見えるその女性は、何処か無愛想な表情を浮かべながら隻腕の男性に耳打ちした。


「……マジ?」

「ええ、マジです」

「えー……」

「ですので、早く帰って下さい」

「……まあ、ジークムントなら一人で帰って来るか」


 隻腕の男性は白い女性と男性に歩み、話し掛けた。


「済まない。急用が出来た。俺は帰る」

「ちょ、待って! 君がいないと私達だけだと多分負けるから! ボロ負けする!」

「んなこと知らん。お前等で頑張れ」


 隻腕の男性は背から白と黒の翼を生やした。その翼を大きく広げ、赤髪赤眼の女性を抱き寄せた。


 その女性はうっとりとした表情で男性の胸に頬を擦り付けていた。


 そのまま二人は白と黒の翼に隠れると、白い羽根と黒い羽根を残し姿を消した。


「……どうする?」


 黒い男性は女性に向けてそう言った。


「……どうするって……まあ、ジークムントさんは諦める?」

「まあ、あの人なら勝手に抜け出せそうだな。俺は早く【検閲済み】の血を啜りたいし」

「此方としても研究を進めたいし、見捨てても大丈夫そうだね」


 白い女性は、空にいる女性に向けて叫んだ。


「おーい! 君はどうするー?」


 空にいる女性は翼で姿を隠すと、白い羽根を残してその場から姿を消した。


「連れないなー。別れの挨拶くらい言ってくれても良いのに」

「俺達も帰るか」

「そうしよっか。あーリーグの皆さん! 大変申し訳御座いませんでした! 君達にはもう用が無くなった! じゃあ旅路がまた交わる時に出会おう!」


 白い女性と黒い男性は自分の翼に隠れると、白い羽根と黒い羽根を残して姿を消した。


 メレダは困惑した表情を浮かべていた。


「……あ、え? 助かった?」

「らしいですね」


 何時の間にかメレダの隣に立っていたテミスがそう言った。


「……ねえテミス」

「何でしょうかメレダ様」

「隣に立たないで。私が小さく見える」

「ああ、済みません。元より小さい身長が更に小さく見えてしまいますね。配慮が足りませんでした」

「喧嘩売ってる?」

「ソンナコトナイデスヨー」

「帰ったらお説教」

「……申し訳御座いません」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


何だか変な終わり方でしたね。だけど彼彼女を出すにはこれしか無かったんです……。

七人の聖母はその役目を本当の意味で果たしたことはありません。果たしているなら国王代理はいませんからね。


もう分かっていると思いますが、『固有魔法』はまんま領域展開です。


(……どうでも良い設定出そっかな)

メレダ(成長姿)

身長162cmにまで成長。


色々あって成長した姿。その色々は作中で明かします。

ただ、彼女としてはこっちの姿の方が落ち着くらしいです。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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