多種族国家リーグ機密映像記録 ジークムント 【国王陛下代理、国王陛下直属親衛隊隊長検閲済み】 ①
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
イノリはカルロッタとシャルルの戦いを遠目で眺め、前方にいるジークムントに話し掛けた。
「あいつは何だ?」
「あいつ……ああ、シャルル君のことか」
「シャルル……ねぇ。俺が聞きたいのは、あいつの中に煌々と輝く星の光だ。あれは、【検閲済み】が持ってた星の光だ」
「【検閲済み】君……ああ、一日戦争の首謀者の【検閲済み】君か。何を言っているんだい。その光は君達の王に受け継がれたはずだろう?」
イノリは僅かに笑みを浮かべ、何が面白いのか小さく笑い声を発していた。
「あいつがあんな坊主に渡すと思えねぇな」
「それを決めるのは、少なくとも君では無い」
「何言ってんだ。俺は親衛隊だぞ? 一番近くであいつを――」
「少なくとも、十数年だろう?」
ジークムントは嘲笑っていた。
「……まあ良い。取り敢えず、俺はてめぇを倒さねぇといけねぇ。恨んでくれるなよ?」
「ああ、自由にすれば良い。所詮君だけなら――」
爆発音が響いたと思えば、ジークムントの余裕の表情を受かべていた顔面にイノリの拳が叩き付けられた。
ジークムントの体は空を舞った。球を遠投した様な大きな不物線を描き、また海に落下した。
ジークムントは顔面を治しながら、薄ら笑いを貼り付けながら言葉を吐いた。
「身体能力だけならルミエール君以上かも知れないね……!!」
すると、ジークムントの背後から風を切る音がした。
「そんなに褒めんなよ」
ジークムントが振り返ると同時に、背後に周ったイノリの拳が彼の腹部に直撃した。先程よりも鋭く、重く、鉄球でも叩き付けられているのかと思う程に頑丈だった。
そのままイノリはジークムントを足下にある黒い液体の上に叩き付けた。
「照れるだろそんなに褒めたらよぉ」
「君、化け物じみているね」
「てめぇにだけは言われたくねぇなぁ!!」
イノリはそのまま両腕を交互に動かしジークムントに拳の連撃を叩き付けた。
すると、突然赤い景色が広がった。それは、ジークムントの体から吹き出した血でもあるのだろう。だが、それ以上に、イノリの右腕からより多く発せられていた。
イノリの右腕の肘から先が切り飛ばされていた。
「確かに、君はルミエール君以上の身体能力を有している」
イノリはそんな言葉が聞こえると同時に、ジークムントから体を離した。だが、一手遅かった。
イノリの口角から真っ直ぐ切り傷が付けられ、頬が切れた。そして左肩は切断され海面に落ちた。
ジークムントはゆらりと立ち上がり、イノリから付けられた傷を治していた。それは回復魔法等と言う単純な理由で説明が付かないのだ。
「ただ、君は決定的にルミエール君に劣っている物がある。まず一つは魔法。これが足りない。魔力量は立派だが、それを操る技術が無い。そして二つ目、これが僕にとっては大きい」
すると、突然イノリの脳内に言葉が聞こえた。それは確かにジークムントの声だった。
『君は頭が悪い。つまり君の動きは予想しやすいと言うことさ』
「……気持ちわりぃ感触」
「おっと、それは済まない。まあ、頭の中に言葉が響くなんて経験、中々無いだろうからね」
「それもある。だが何よりも、さっきのは俺の外から入り込んだ訳じゃねぇ。もっと奥から俺の中に入り込みやがった。……いや、最初から俺の中に入ってたのか?」
「山勘だけは良いみたいだね。大体それで会っているよ」
イノリは俯くと、豪快に笑い始めた。すると彼の体から溢れ出す血が黒く染まり、その傷の上に黒い液体が被さった。
すると、切り飛ばされた腕の傷の断面から黒い液体が溢れ出すと、まるで蛇の様に蠢いた。それがイノリの傷の断面に張り付くと、ゴムの様に縮み腕が引っ付いた。
ジークムントは目を見開いて、興味深そうにそれを眺めていた。
「君も相当気持ちが悪い」
「そうか? 俺としては、その薄ら笑いが気持ち悪いがな。それにしても、どっかの四本腕のある呪いの王みたいな攻撃して来るんだな」
「呪いの王と言うなら、君の方が相応しそうだ。その君の家系なら」
イノリは僅かに顔を強張らせた。だが、首を横に小さく振り、その表情を緩め微笑した。
「何でてめぇが知ってんだ」
「それは勝者にこそ手向けるべき物だとは思わないかい? 君が勝てば、一挙両得と言う訳さ」
「一石二鳥とかの方が分かり易く無いか? 大体同じだろ?」
「友人が変わっている方が格好良いと言う考えの持ち主でね。その友人の考えを倣って敢えてあまり使わない方を言ったのさ」
「……ま、どうやってお前がリーグの諺を知ったのかはどうでも良いか」
イノリは微笑を強め、深く被った帽子を脱ぎ捨てた。そのまま右手で前髪を掻き上げた。
「多種族国家リーグ国王陛下直属親衛隊所属"イノリ"。てめぇを第二最重要人物として捕らえる」
イノリの頬に黒い百合の花の様な紋が刻まれた。それは徐々に、呪いの様に体中に広がり彼の体を更に強めた。
そしてイノリは黒い液体で染められた海面を力強く蹴った。
ジークムントに殴りかかったその拳は空を切った。ジークムントの体は低くしゃがんでおり、イノリの腹部に右手で触れた。
すると、イノリの体はとても簡単に吹き飛ばされた。
その直後にジークムントの足下に広がっていたイノリの黒い液体が突然盛り上がり、爆発する様に弾け飛んだ。
両者共吹き飛びながら、相手に向けて左手を向けた。
イノリには無数の切り傷が刻まれ、ジークムントには弾丸の様に小さくなって爆発と一緒に吹き飛んだ黒い液体が彼の体を貫いた。
ジークムントの体には無数の穴が開けられたが、その傷さえもすぐに治ってしまった。そしてイノリの切り傷さえも黒い液体に隠されれば、すぐに治ってしまった。
両者不死同士、だが互いに決定打があるのだ。
「よっしゃ狙い通り!」
イノリはジークムントに向けていた左手を力強く握り締めた。
突然、ジークムントの胸部辺りから爆発が起こった様な音と赤い火が飛び出した。
「黒いそれは俺の体みたいなもんだ! そっから魔法も放てるんだよ!!」
イノリは早くも勝利を確信していた。無理も無い。彼は頭が頗る悪いのだ。彼にとってこれが最善の策だとしても、ジークムント程の頭脳の持ち主なら――。
「――残念」
イノリの背後から彼の声が聞こえた。だが、イノリの視界には、弱々しく空中から落下しているジークムントの姿が写っていたらしい。
イノリの背後から放たれた斬撃は、彼の体を簡単に傷付けた。その体は更に前に吹き飛ばされ、何とか海面を黒い液体に染め、彼は着地した。
そこにはジークムントが傷一つ無く立っていた。
「確かに、あれを喰らえば僕でも流石に不味い。もし当たれば、その攻撃は魂にまで届いただろう。君のそれは魂を穢す忌避すべき物だからね。だが、さっきも言っただろう?」
ジークムントは口角を釣り上げた。
「君は頭が悪い。予想は簡単さ」
イノリは聞こえる様に舌打ちをすると、自分の背後にある黒い液体を隆起させた。
それには、無数の怨念が満ち満ちていた。そこからは無数の怨嗟が吐き出され、そこからは苦難の余り菩薩に救いを求めようと手を伸ばしている様にも見える。
一度触れれば魂は穢され、神さえも忌避する力であった。
一度見るだけで精神に異常を来たし、時代が異なれば迫害される力であった。
イノリはジークムントに向かって馬鹿正直に真っ直ぐ海面を走り始めた。その足が海面に触れれば黒い液体が海面を満たし、足が離れれば沸騰した様に隆起を始めた。
そのあり得ない程に集まった力の集合体が、イノリの背後を走り津波の様になった。
すると、ジークムントは詠唱を始めた。
「"大神に見初められた少年の水瓶""天からの恵みの化身扱う水瓶は""空の間に我等と入れ替わる"」
ジークムントは両手で皿を作ると、そこに水が満たされた。その水は蜜の様な甘さをしている酒であった。
「"最上の幸福は最も輝き""陛下の幸福は次点の輝き""災の兆しの箒の尾""大神の杯を捧げ持つ少年の水瓶は""今、我の手に""顕現する"」
ジークムントの両手に、空の水瓶が現れた。
だが、その水瓶はジークムントの斬撃によって破壊された。すると、その水瓶の破片は一瞬の内に消え去り、一つ一つが無造作に、ジークムントとイノリの周辺の空中で糸に吊るされている様に静止していた。
イノリの拳が彼の体に激突する瞬間、ジークムントは腕を横にゆっくりと振った。
瞬間に、彼の姿は消え去った。次に現れたのはイノリのすぐ横だった。
イノリはすぐに腕を横に振るったが、ジークムントはその腕に触れると、その腕が音も無く切断された。
そのままイノリの切断された腕を片手で後ろに投げ飛ばし、もう片手をイノリの頭部に向けた。
だが、その直後に迫っていた黒い液体の津波が彼等を襲った。重々しく、まるで体を何かが掴んで奥へ引っ張ろうとしている様だった。
ジークムントが黒い液体の津波に隠されると、彼の口に黒い液体が入り込んだ。
動き難い腕を動かし、彼は自身の頭に手を向けた。
すると、彼の頭は弾け飛ぶように爆散した。それと同じ様に黒い液体が破裂した。
「おいおい!! 自分から頭ブッ壊すのはどうなんだ!」
イノリは頭を再生させているジークムントの体を蹴り飛ばしながらそう叫んだ。
だが、頭の再生途中であるにも関わらず、ジークムントの腕は一人出に動き出した。そしてあり得ないはずの詠唱が聞こえた。
「"巨体の神の子の不死なる獅子""絞め殺された獅子は""火を塗り油を注がれる"」
良く見れば、彼の喉元は裂け、小さな口が作られていた。きちんと歯も、それを隠す唇も、その奥から生える舌も、その口にはあった。その口で詠唱をしていたのだ。
「"小さな王は最も輝き""獅子の額は次点の輝き""流れる星々の嵐""不死なる獅子のその鬣は""今、我の手に""顕現する"」
彼の両手から、獅子の鬣に類似した炎が集まり、イノリに向けて投げられた。それは辺りの水を蒸発させながら駆ける獅子の姿へと変わり、それは空気さえも燃やす獅子であった。
その獅子はイノリに襲い掛かった。イノリは足下にある黒い液体を隆起させ、その炎を獅子の体を黒い液体で縛り付けた。
黒い液体が振り翳したイノリの拳に纏わり付き、その獅子の体を殴打した。
その炎さえも黒い液体に穢され、やがて炎の体は黒い液体によって食い荒らされた。
しかし、その隙にジークムントの頭部は完全に回復していた。
即座に、そして軽やかにジークムントは宙を舞い、その体を回しイノリの頭部に飛び蹴りを入れた。その衝撃は先程から見せていた身体能力から考えられる威力を超えており、魔法的な技術が介入していることが目に見えていた。
例え頭の悪いイノリでも、それは分かる程に違和感のある蹴りだった。
「良い蹴りだ」
「やはり褒められると良い気分だね!」
ジークムントはそのまま腕を横に振った。ジークムントは姿を消した。その代わり先程までジークムントがいた場所には小さな水瓶の破片が落ちていた。
ジークムントは青空の中で静止していた。
イノリはそれを見上げながら大きく叫んだ。
「おーい! 降りてこーい! こっちは空飛ぶことが出来ねぇんだぞ!!」
「それは良いことを聞いた」
「あ、ヤベ」
「なら、このまま空の上から攻撃するとしよう」
ジークムントはイノリに向けて両手を向けた。すると、イノリの体に無数の斬撃が刻まれると同時に、その下の、その前の、その背後の海面が斬撃によって弾け飛んだ。
その海水を掻き分け、イノリは黒い液体を広げる様に海面を走った。
イノリは何故か笑顔だった。満面の笑顔を浮かべていた。
「……君は本当に、分かり易い」
ジークムントはぼそっと呟いた。
すると、ジークムントの視界からイノリの姿が消えた。
「もう一度言われたいのかい? 君は本当に――」
ジークムントは振り返り、右手を向けた。そこには悔しそうな顔をして拳を受け止められ、ジークムントの魔法で吹き飛ばされたイノリの姿があった。
「――頭が悪い」
「バレてんのかよおい……!!」
「もう一度言おう。君は頭が悪い」
「何度も言うんじゃねぇ!! 馬鹿にしやがって……!」
「何度でも言おう。君は頭が――」
「だからうるせぇぇぇぇ!!」
イノリは落下しながらそんなことを叫んでいた。
そして、ジークムントは両手を突き出し掌を合わせた。
「"半獣の射手の長弓""自然の豊穣の化身扱う長弓は""火を塗り油を注がれる""南の弓は最も輝き""海の印は次点の輝き""南に輝く六つの光""火を放つ半獣の射手の長弓は""今、我の手に""顕現する"」
右手を弓の弦を引く様に後ろに下げると、左手に赤い炎で形作った弓幹が浮かび上がった。
右の手で炎で形作られた弦を掴んでおり、炎で出来た矢を摘んでいた。
ジークムントは炎の弦を掴んでいる右手をぱっと離すと、弦が戻る勢いに乗せて炎の矢が落下しているイノリに向けて解き放たれた。
その矢は良く使われる物を遥かに凌ぎ、青空を全て炎の赤色に染める程の光量を発していた。その矢は進めば進む程、より光量を増し、より熱量を増した。
イノリは海面の黒い液体に足を付けると、向かって来ている炎で出来た矢に両手を向けた。
「"仁""義""礼""智""信""五つ合わせ五常""分かれた家""礼""義""廉""耻""四つ合わせ四維""君臣""父子""夫婦""三つ合わせ三綱""仁""義""礼""智""忠""信""孝""悌""八つ合わせ八徳"」
彼の周囲にある黒い液体が隆起し、その炎の矢に蛇が飛び付く様に勢い良く伸びた。
その炎の矢を飲み込み、その呪いはジークムントの体まで伸びていた。だが、その黒い液体はジークムントの前面にて停止した。まるで透明な壁が彼の前にある様に止まっていた。
突然イノリの足下の黒い液体が爆発する様に隆起すると、その体は上空に吹き飛んだ。
そして、イノリは手を一度叩いた。
「"禱神仏""真は二つ""臆病者"」
イノリはもう一度手を叩いた。
「"禱神仏""真は一つ""我が兄"」
周辺にある黒い液体はイノリの周囲に集まり始めた。
すると、彼とジークムントを囲う様に黒い液体が走った。その黒い液体が更に広がり、青空まで広がる高い壁に囲まれた。
数多の怨嗟の声が聞こえた。それは全てイノリを恨む声で、それは全てイノリを妬む声であった。
これは全てイノリの大罪。これは全てイノリの贖罪。彼はその全てを背負った。
ジークムントの体は黒い液体で出来ている無数の腕に掴まれた。その黒い液体の腕は太い紐の様になり、彼の体を壁に叩き付けた。
そんなジークムントの体に、あまりの身体能力で高く跳躍したイノリの蹴りが食い込んだ。
イノリの足下に黒い液体が入り込むと、イノリはそれを地面として足を付けた。
そのままジークムントに向けて連撃を行った。一発一発がまるで人の頭程度の大きさの砲弾が人体に激突した様な威力と衝撃と轟音がジークムントに叩き付けられた。
だが、それでもジークムントは、未だに生命を維持していた。
イノリの腕に黒い液体で作り上げられた紐が巻き付くと、その紐は一人出に動き壁に叩き付けられているジークムントの体に巻き付いた。
腕を思い切り振り下ろせば、ジークムントの体が黒い液体で満たされた海面に叩き付けられた。
イノリはそのジークムントの体を思い切り踏み付け、また連撃を彼の頭部に行った。
その両腕には黒い液体が纏わり付き、まるで巨人の拳の様になっていた。その重々しく重厚な連撃は、本来であれば人を簡単に殺し数多の兵士を喰らい尽くし国家を虐殺の限りを尽くす強力な物だった。
その姿には最早人では無く、人を喰らう獣の様に見えた。それは人の捕食者であり、それは人の上くらい者である。
だが、そんな拳で感じる血と肉と骨が崩れ行く感触とは裏腹に、イノリは訳も分からない不安感に襲われていた。
その不安感は、すぐに分かった。
「君は本当に分かり易い」
呆れる様な声と共に、彼の体に無数の斬撃が刻まれた。その傷は先程よりもイノリにとって致命的な場所を切り刻み、回復が遅れていた。
背後から蹴られる様な衝撃が走ると、彼の体は黒い液体の上に倒れた。
そこには、やはり薄ら笑いを貼り付けている彼がいた。ハーバルノートの香りを纏っている彼がいた。
だが、イノリはつい先程まで彼を殴り続けていたはずだ。その最中に声が聞こえたのだ。その違和感に、イノリのすっかすかの脳は混乱していた。
「何が起こったのか分からない様だね。いや、悪い訳では無い。それが正常だ」
すると、周りの黒い液体の壁が崩壊を始め、青い青い空が満天に広がった。
「ルミエール君にはこれが使えなくてね。それに他の魔法を使う為の詠唱をしている暇も無い。つまりだ。君はルミエール君よりも弱い。せめてパンドラ君程度の手数があれば何とかなったかも知れないのに」
「……あぁそうかい」
すると、イノリの傷付いた体から多量の黒い液体が溢れ出した。
ジークムントはそれを穢らわしく思っている様に、イノリから離れた。
イノリは傷を黒い液体で隠しながら立ち上がった。あんなに傷だらけだと言うのに、その彼から発せられる威圧感と殺意は、より一層勢いを増していた。
「色々ごちゃごちゃ言ってたが、俺がルミエールの嬢ちゃんよりも弱いことは百も承知だ。情ねぇがな。俺より年下の嬢ちゃんより弱いなんて情ねぇ。……分かってんだよ。全部」
彼の口からは諦めにも近い声だった。
「……それでもなぁ、俺はお前を倒さなきゃならねぇんだ。お前を倒せばあいつの居場所を教えてくれるってんなら、例え勝てなくてもやるしかねぇんだ。てめぇには分からねぇだろ? ジークムントの坊主?」
「……ああ、これっぽっちも。非合理的では無いかとさえ思う」
イノリは乾燥した笑い声を発した。
「非合理的ねぇ。てめぇから見れば、そう見えるんだろうな。だがなぁ、長く生きてると分かるんだよ」
イノリは、先程よりも青々とした笑い声を発した。
「案外必死こいて動けば、大抵のことは何とかなるってな」
ジークムントの薄ら笑いは崩れることは無かった。むしろその言葉に感嘆を受けている様に、彼の言葉の続きさえ待っていた。
イノリは腕を思い切り伸ばしながら、大きく声を出した。
「さぁもっかいだ! 俺がてめぇに殺されるのが先か! てめぇが俺に捕まるのが先か! きっちり戦ってやろうじゃねぇかぁ!!」
彼はその後に大きく豪快に笑った。その笑い声は大気を揺らし、大海を揺らし、そして何より、ジークムントの心を動かした。
「……少し、見縊っていた。いや、勘違いと言うのだろうか。それは定かでは無いが、まあ今はどうでも良い」
ジークムントは確かに、はっきりとした信念を含めた表情でイノリを睨んだ。しかし決して薄ら笑いは剥がさず、むしろ笑みを深めていた。
「あの言葉は、訂正しよう。僕は君に『君には然程興味が無いんだ。むしろ、ここで出しゃばらないでくれと懇願したいくらいにね』と言っただろう?」
「んなこと言ったか?」
「言ったさ。それは訂正、撤回もしよう。君は僕の目標に、理想に、野望に、目的に、必要だ。ここぞとばかりに出しゃばってくれ。今の僕は君に興味が湧いて来たよ」
「ああそうかい! ようやく本腰入れて来るか! 全力で掛かって来い!! 俺も必死こいて全力で向き合ってやるからよぉ!!」
イノリの体から黒い液体が溢れ出した。それは彼の体の中に潜り込み、その身に呪いを溜め込んだ。
彼の体に刻まれていた黒百合を模した紋が更に広がり、そして何より彼の体に変化が起こった。
彼の背中が盛り上がり、服を破り、二本の黒い液体で形作った腕が見えた。その腕には無数の黒い瞳があり、その全てがジークムントを睨み付けていた。
顕になった背中に刻まれているのは、酷い火傷の痕だった。それは未だに彼の体を蝕み続けていたが、これは彼の罪でもあった。
元々の二本の腕に黒い液体が纏わり付いていた。それはまるで鎧の様だった。
面頬の様な物が黒い液体で形作られており、口元を隠していた。それだけでは無く、顎当や喉当にも似た物が黒い液体で形作られていた。
正しく異形の悪魔の様相をしていた彼は、荒い息を吐き出しながらジークムントに飛び掛かろうとした。だが、その足は止まることになる。ジークムントの体に、驚愕してしまったからだ。
彼の姿は大きく変わっていた。背中から翼が一対生えていた。右には白い翼、左には黒い翼、その姿はイノリにとっては許し難い姿だったのだ。
多種族国家リーグにおいて、白い翼と黒い翼はリーグの王を象徴する物。本来リーグの王、そしてその血族、それに加え限られた者しか持つことは許されない。
ジークムントはそれを持っていた。それを持ってしまった。
彼の黒い髪に白い髪が入り混じり、彼の右の眼は金色に輝き、彼の左の眼は銀色に輝いた。
「さぁ、怖気付かないでくれ。さぁ! 臆さないでくれ! さぁ!! 僕をがっかりさせないでくれ!! イノリ君!!!」
「言われなくてもやってやるよ!!」
「それで良い! 君はそれで良い!! むしろ君にはその馬鹿みたいな気概しか良点が無いのだから!!」
「馬鹿にするのも良い加減にしろよてめぇ!!」
イノリは体を傾け腕を海面に入れた。その腕を思い切り振り上げると、黒い液体で満たされた海水が津波の様にジークムントに襲い掛かった。
ジークムントは腕を横に振ると、その津波の上にあった水瓶と場所が入れ替わった。だが、まるでそれを見越していたかの様にイノリがジークムントの更に上で拳を振るっていた。
ジークムントの左手を黒い液体で形作った腕で掴み、決して離さない気概でジークムントを引き寄せた。イノリの拳はジークムントの体に直撃した。
そして、もう一つの黒い液体で形作られてた腕がジークムントの頭部に向いた。そこから黒く迸る魔力の塊が発せられた。
その魔力の塊はジークムントの頭部に当たること無く、彼の顔を隠す白い翼に直撃していた。
ジークムントは腕を横に振ると、海面付近にあった水瓶の破片と入れ替わった。そして、未だに上空にいるイノリに両手を向けた。
すると、その右手の先には一つの円の中に描かれた幾何学模様の魔法陣が刻まれた。その魔法陣は彼の体を隠せる程に大きく、細かい術式が刻まれていた。
その魔法陣の前方に、一回り小さい魔法陣が刻まれた。その魔法陣の周辺に更に二回り小さい魔法陣が三つ刻まれ、一回り小さい魔法陣の円周に沿って回っていた。それと同じ形の魔法陣が左手の先にも刻まれていた。
彼はその二つの魔法陣を重ね合わせる様に両手に合わせると、そこから白色と黒色が入り混じった魔力の光線が放たれた。
それは世界に白く美麗な光を齎し、それは世界に黒く穢れた闇を齎した。それは清浄で、しかし不浄で、星屑の魔力を束ねていた。
すると、イノリの黒い液体で形作られてた二本の腕の先の手が、更に仰々しく変化した。それはまるで狼の様な獣の爪になっていた。肉を切り裂き血に塗れ骨を断ち切るその爪は、彼の内に秘めたる猟奇性と凶暴性を表していた。
その二本の腕を思い切り、向かって来ているその魔力の光線に振り下ろした。
金属が削れる嫌な音が聞こえると、イノリはもう二本の黒い液体が纏わり付いている腕を力の限り振り下ろした。
魔力の光線は軌道を曲げられ、海面に激突した。その衝撃で海面は吹き飛び、海底の土の地面が顕になった。
先程まで優雅に泳いでいた魚達がびちびちと跳ね回る地面で、両者は戦っていた。
イノリの黒い液体で形作られていた腕に無数にある目から黒い液体が紐の様に飛び出した。
イノリは力強く地面を踏むと、亀裂が走り、大きく地面が割れた。その衝撃で割れて出来た巨岩を黒い液体の紐を絡ませ、二本の腕を思い切り振り回し巨岩をジークムントに激突させた。
だが、その巨岩に斬撃が走り、やがて塵になった。
ジークムントは思い切り腕を上に振り上げると、不可視の斬撃が地面を削りながらイノリに向けて進んだ。
それに加え、ジークムントの背後に百を超える魔法陣が刻まれた。そこから白と黒が入り混じった魔力の光線がイノリに向けて放たれた。
それが当たる直前、イノリは四本の腕を交差させた。最初こそ、イノリがジークムントの攻撃から身を守ろうとしたのだと思っていた。だが、イノリは力を溜める様な素振りを見せた後に、四本の腕を思い切り広げた。
すると、黒い魔力の波がイノリを中心に円状に放たれた。それはジークムントの斬撃を掻き消しながら、光線を霧散させた。
僅かに残った斬撃と光線がイノリの体に直撃したが、大した傷にもならずに、むしろその闘気を昂らせていた。
やがて海面が地面を隠し始め、彼等は海に沈んだ。
最初に出て来たのはジークムントだった。
「まさか避けるでも無く防護魔法を使うでも無く魔力を爆発させて威力を減衰させるとは……。頭は悪いが発想力はあるのかい?」
その問い掛けに答える様に、ジークムントの足下が突然爆発した。そこからイノリが飛び出した。その黒い液体で形作られていた二本の腕には、黒い液体で形作られていた長剣が握られていた。
しかしそれは並大抵の金属よりかも固く、そして確かな切れ味を有している呪われた剣であった。
イノリは落下しているジークムントの右腹部と左肩を握り潰す勢いで掴み、そのがら空きの体に二本の剣を突き刺した。
だが、ジークムントは臆すること無くイノリに左手を向けた。
その直後に二本の剣はいとも容易く斬撃によって切断され、イノリの体中に斬撃の傷を付けた。
そのまま両手を向け、そこから衝撃を発した。イノリの体はやはり吹き飛ばされたが、足を付けると同時にジークムントを睨み付けた。
「アッハハ!! 良いよ! その調子だよイノリ君! もっと必死になってくれ!」
すると、ジークムントの頬に冷たい空気が流れ込んだ。すぐに振り返れば、その冷気を発している人物が分かった。
彼女は青い海面の上を歩いていた。いや、彼女が海面に足裏で触れると、その海面が凍り付き足場になっているのだ。
それは、白い髪に銀色の瞳を持つ女性だった。
トップとボトムが上下に分かれたセパレートタイプの水着を着ており、腰に着けているベルトには一本の剣を携えていた。
その肌からは、冷気が止め処無く発せられ、白い蒸気が発せられている様にも見えた。
背から湿っているドラゴンの様な翼を二対広げ、その姿から竜人族であることは容易に想像が付く。
「……あーあっつ……。……何でこんなに世界は暑いんですかね」
その女性は気怠そうに頭を傾けながらそう呟いた。
「……興が冷めてしまったね。まあ良い。君は?」
その女性は白い息を吐き出しながら、剣を抜いた。
「多種族国家リーグ四騎士が一人。東方の防衛の司令官を任されている"グラソン"です」
すると、その姿を見たイノリが叫んだ。
「今はどいてくれグラソンの嬢ちゃん! こいつは俺が――」
「おバカ」
「あぁ!?」
「親衛隊隊長から言われたはずでしょう? 俺達の作戦を」
「そりゃそうだが……あークッソ!!」
すると、ジークムントが若干の困惑と共に声を出した。
「ああ、水と氷の竜騎士か……え? リーグにはこんな痴女みたいな格好をした女性が歩いているのかい?」
「失礼な。コートくらい着ています」
「それはそれで青少年達にとって刺激が強過ぎないかい?」
「ごちゃごちゃと煩いですね」
「会話をするのは嫌いかい?」
「ええ、貴様との会話は嫌いですね」
「それは残念」
グラソンはジークムントに剣先を向けた。すると、その光を反射する鉄の剣は凍り付き、氷で出来た棘が付いた蔓が巻き付いた。
その蔓には青い薔薇の蕾が二つだけ付いていた。その青薔薇は少しずつ花を広げ、やがて咲き誇った。
「俺達の王の為にも、メレダ様の為にも、貴様を捕らえる」
冷ややかな声で、彼女はそう言った。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
【検閲済み】【検閲済み】【検閲済み】
……私の言葉が全て検閲されている!?
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