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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
第二章 ギルド
30/111

日記17 焼き焦がす者 ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 数日前の出来事。


 ジークムントは、現世では無い異界へと足を踏み入れていた。


 ここは言わば、現世とは違うある何者かが作り出した『固有魔法』に近い世界。だからこそ、メレダとルミエールが知り得ない安全地帯になっている。


 ただ、それもメレダ、もしくはルミエールの何方かでもこの異界を一度観測すれば、簡単に認知出来るはずであり、認知されれば侵入することも容易である。


 そんな中を、ジークムントは歩いていた。


 中はとても豪勢だった。大きな硝子の窓から差し込む明るい日光、それを僅かに反射する白い壁。広い廊下。むしろ寂しさまで感じた。


 その奥にある玉座の間。


 そこはより一層綺羅びやかな内装だった。


 金色の装飾が白色の壁と親和しながら光沢が出しゃばっていた。


 そして何より、凝視してみれば、白と黒の羽根が交差している紋章が飾られている。


 数段上の場所にある玉座は垂らされている白い薄布で隠されており、そこに座る王の姿は影でしか見えなかった。


 その玉座の一番近い場所には、青髪の男性が佇んでいた。


「やあ、久し振り」


 ジークムントは気前良く挨拶をした。


 すると、その玉座からしがれた声が返って来た。


「……おお、我が友、ジークムントよ。良くぞ……」

「辞めてくれ。僕はそんなに偉大な人物じゃ無いんだ」

「……他愛の無い話に華を広げたい所だが……早速本題に入るとしよう……もうこの身は長く無い……。事は一刻を争う……」


 隠された身を僅かに下に向け、玉座に座っている誰かは言葉を続けた。


「……先の戦い……教皇国を攻め滅ぼせる等……最初から期待はしていなかったのだ……。だが……ここまで戦力差があるとも……思わなかった」

「遠回しな表現をする暇があるのかい?」


 ジークムントは薄ら笑いを貼り付けながらそう言った。


「……ああ、そうだな……。……単刀直入に聞こう……我が友、ジークムントよ。ルミエールを倒せる者は……その記憶の中にあるか……?」


 ジークムントは僅かばかりの思考の動作を挟んだ後に、ゆっくりと口を開いた。


「可能性の話でも良いなら、君なら倒せるはず。君はそのルミエール君を従わせたリーグの王なのだろう? それなら老いたその体でも、可能性ならあるだろう?」

「……そうだな。だが……我が求めている答えでは無い……」

「そうなのかい。それなら……僕の師匠だ。彼ならルミエール君を確実に倒せる。ただ、前にも言っただろう? 彼は外に出ない、出るとしてもそれは大切な物が傷付けられた時だけ。味方になることも無いだろう。彼は君に対しては無関心だからね」

「……それならば……ルミエールを倒せる才能を持った者は……」


 ジークムントは薄ら笑いを貼り付けたまま、それに答えた。


「カルロッタ君だ。まだ発展途上だが、きっと彼女は()()()()()()()()

「……そのカルロッタと言う者に……勝てる者はこの場にいるか……」


 ジークムントは玉座に最も近い場所に佇んでいる男性を指差した。


「君、名前は?」

「……"()()()()"」

「シャルル君。君なら恐らくね」


 すると、玉座に座っている誰かがしがれた声を出した。


「シャルルなら……そのカルロッタと言う者に……勝てるのか……?」

「負けることは無いだろうね。勝つことも出来ない」

「……そうか……ジークムントよ……。シャルルの実力を……確かめたい……。……シャルルを……その者の場まで……」

「……良いだろう。だが、カルロッタ君を殺せば、僕は一生君達に協力しない。それで良いかい?」


 シャルルは一度だけ頷いた――。


 ――不自然な殺し合いは、苛烈を極めていた。


 互いの魔法は強烈な物であったが、見事に拮抗していた。


 二人は同時に杖を向け、全く同じ瞬間に相手にドラゴンのブレスにも似た魔法の光線を放っていた。


 それさえも拮抗し、やがて溶け合う様に消え去った。


 同時に海に杖を向ければ、海水が二つの巨大な球体となって浮かび上がった。


 一つはカルロッタが、もう一つは青髪のシャルルが操る球体で、両者共それを自分の胸元で拳の大きさ程度まで圧縮させると、それを更に数十個の小さな球体に別けた。


「真似っ子だな」

「貴方が真似してるんですよ」

「いいや、お前が俺の真似をしているんだ」


 二人共、微笑んでいた。その笑顔には最早敵同士だと感じさせない笑顔だった。だが、両者に繰り広げられる苛烈な魔法は更に加速した。


 海水の球体は両者の間にある空間に飛び交った。


 互いが互いの海水の球体に直撃すれば、それは風船が弾けた様に、圧縮された海水が勢い良く元の体積に戻った。


 身体に当たれば、その数百倍にも膨張する爆発に、耐えることは出来ないだろう。だが、両者共、そんな危険な魔法が飛び交う空間に飛行魔法で飛んでいた。


 それと同時に、両者の背後に複数の魔法陣が空中で刻まれた。両者の一つの魔法陣からは火が、一つの魔法陣からは水が、一つの魔法陣からは土が、一つの魔法陣からは風が、一つの魔法陣からは雹が、一つの魔法陣からは雷が、放たれた。


 両者共、全く同じ魔法を全く同じ瞬間に全く同じ方向に放っていた。ある一種の絆を感じる両者は、また同時に転移魔法を使った。


 両者が現れたのは、カルロッタならシャルルの背後だった場所、シャルルならカルロッタの背後だった場所だった。


 それに驚いていれば、放たれていた両者のそれぞれの魔法が激突し、溶け合う様に消え去った。


 カルロッタはある程度の焦燥を未だに抱いていた。


 魔力量もほぼ同じ、技術も大体一緒、実力は拮抗。カルロッタはそんな相手と戦ったことが無かった。それは、奇しくもシャルルと同じだった。


 両者共杖先を相手に向けると、単純な魔力の塊による飽和攻撃を始めた。


 それ等は、今度こそ相手にまで届いた。だが、両者は同時に魔法陣を前方に空中で刻み、土の壁を作り上げた。


 その土の壁に魔力の塊が続々と直撃した。すると、その両者の前方に魔法で作り上げられた土の壁は一瞬の隙に形を大きく変えた。


 まるで巨大な槍の様な棒状に形を変えたと思えば、とても素早くカルロッタに、そしてシャルルに向かって動き出した。


 両者の土塊の槍は真正面から激突し、爆音が発せられたと思えば、それは簡単に崩れ去った。崩れた土塊は突然巻き起こった風に巻き取られ、茶色の竜巻へと姿を変えた。


 両者が同時に右腕を横に薙ぎ払えば、その茶色の竜巻は更に強い風に打ち消された。両者は更に上空に飛ぶと、青空に杖を向けた。小さく杖先で円を描くと、更に上空に黒い雲が立ち込めた。


 杖を思い切り下に向ければ、その黒い雲から二つの雷が両者に落ちて来た。


 だが、両者の頭上には防護魔法の魔法陣が空中に向けて刻まれており、それが壁の役割として身体への落雷を防いだ。


 そのまま両者はより高く飛翔し、互いの魔力の塊での飽和攻撃が再開された。


 数百さえも相対的に矮小な数字になってしまう程に、数多くの塊がその空間に放たれた。


 そして、両者はその場で逆様になって海に向かって自由落下を始めた。いや、むしろ今の両者にとっては青空こそが下にあり、青海こそが上にある空間なのかも知れない。つまり二人は未だに空を飛んでいるのだ。


 海に向かって飛びながら、両者の間にある空間には、最早認識も出来ない程の速度で交わされた魔力の痕跡が輝きとして表されていた。


 そして両者は、水面に頭から落ちた。


 日光が届かない程の深海に潜めば、両者は海底に触れた。


 すると、海底はその上に乗っている多量の海水ごと地震の様に揺れ始めた。縦向きの揺れは更に強まり、収まると同時に両者の足元の海底が地割れの様に裂けた。


 両者は海中で勢い良く杖を上に向けた。すると、その地割れの更に暗闇の底から、両者の足元に鋭く巨大な岩峰が隆起した。両者はそれよりも先に飛行魔法で海中で前に向かって移動していたから巻き込まれずに済んだが、二つの岩峰は海水を巻き込んで勢い良く海面にまで隆起した。


 両者は未だに海中に漂っていた。


 両者共全く同じ瞬間で、背後に聳える魔法で隆起させられた岩峰に杖を向けた。すると、その岩峰に罅が走り、崩壊を始めた。


 巨大な岩石となった欠片は両者の攻撃魔法に組み込まれ、更に棘の形に変わり海中で飛び交った。


 それでも二人の実力は拮抗したままだった。


 二人は相手に杖先を向けた。すると、その杖先には一つの円の中に描かれた幾何学模様の魔法陣が刻まれた。その魔法陣は両者の体を隠せる程に大きく、細かい術式が刻まれていた。


 その魔法陣の前方に、一回り小さい魔法陣が刻まれた。その魔法陣の周辺に更に二回り小さい魔法陣が三つ刻まれ、一回り小さい魔法陣の円周に沿って回っていた。


 両者共同じ魔法陣を刻み、そして全く同じ魔法を放った。


 それは、より不純物が無く、より高純度で、より高密度で、より巨大な魔力の光線だった。人間に向けて放つ魔法の大きさでは無く、一つの山を消し飛ばせる程の光線だった。


 あまりに強大な魔力の高密度の光線だからか、光線の軌跡の空間は歪んで見えた。


 そのあまりの威力は大海を横断させ、両者の魔法が打つかり合えばその衝撃でカルロッタとシャルルの体は浮遊魔法を使っていても簡単に吹き飛ばされ、周辺の海水さえも吹き飛ばした。


 両者共水から出た犬の様に頭を振って水気を飛ばしていた。


 そしてつい先程まで海水であったはずの地面に足を付け、向こうにいる敵を睨んだ。


 海水は流動であり、より低い場所へ大袈裟に移動する。ここも時期に海に沈みまた隠される。それでも両者は、動くことが出来なかった。


 実力は先程から拮抗したまま。両者共このままでは倒し切れないことは理解していた。だからこその、熟考。互いに互いが優秀な魔法使いであることを理解し、認めたからこそ並大抵な戦術では再度拮抗するだけだったからだ。


 だからこそ、カルロッタはシャルルが持っていない、使えない魔法の戦術に切り替えた。


 その場に海水が押し寄せ、地面は再度海に隠された。


 荒れ狂う海面から、両者は飛び出した。


「名前は?」

「シャルルだ。姓名は無い」

「そうですか。私は――」

「カルロッタ・サヴァイアントだろう? 知っている」


 そしてまた、両者は魔法を使い不自然な殺し合いを続けた――。


 ――船はカルロッタとシャルルの戦いの衝撃で大きく揺れていた。


「あの規模の戦いが出来るのは、それこそリーグの師団長以上の立場の人物だけだと思わないかい?」


 この甲板の上の様子は一切変わらず、未だにジークムントが他の魔法使い及び剣士の足止めをしていた。


「僕は思うんだ。この世はどれだけ無情なのかと」


 ジークムントは語り掛ける様に話を始めた。


「弱者は淘汰され、正義は強者であり、その強者さえも弱者に淘汰される。君達は何の為に生きているんだい? 強者になる為かい? しかしその強者さえも死ねばただの屍となり、魂は崩れ落ちる。どれだけ天賦の才能を持ち合わせたとしても、どれだけ血の滲む様な努力を研鑽したとしても、死と言う無情な現象からは逃れられない。結局全ては無へと回帰する」


 ジークムントは立ち上がり、薄ら笑いを貼り付けた。


「生きていることに意味があると思えるかい? 死んでしまうことに意味があると思えるかい? それともその感情さえも本来自然界には不必要な物だと結論付けるかい? もしこの世界が胡蝶の夢ならば、生も死も、最早存在さえも否定されるから、そんなことを考えたく無いのだとしたら? 僕は想うから僕がいると言う結論を出せないよ。僕は生の意味を見出したい。僕は死の意味を見出したい。僕はこの世界に意味を見出したい」


 甲板の上を歩き回りながら、ジークムントは更に話を続けた。


「この世界が例え胡蝶の夢なのだとしても、僕はこの世界を素晴らしい物にしたい。それが僕の役割であり、それが僕の夢でもある。だからこそ、その為に、僕は混沌の名の下に秩序を齎す」


 長々と語ったジークムントは、満足そうな表情で何度も頷いていた。


 瞬間、ジークムントの薄ら笑いが崩れた。理由はとても簡単だ。何か恐ろしい気配が、彼に近付いていた。


 ジークムントはすぐに振り返り、腕を交差させそれを受け止めようとした。


 だが、それさえも無意味に近く、強力な衝撃が両腕に叩き込まれた。それは、黒い服に隠れている剛腕から放たれた拳の一撃だった。


 ジークムントの体はとても簡単に吹き飛ばされ、何とか足で立っていたが、その腕をだらりと垂らしながら痛みに短い呻き声を発していた。


 その両腕は関節を一つ増やされていた。


 即座に反撃に出ようとジークムントは前を向いたが、その景色には、イノリの拳が眼前に迫っていることしか分からなかった。


 その異常な速度に対応出来るはずも無く、ジークムントの顔面に拳が減り込んだ。


 ジークムントの体は紙屑の様に甲板から吹き飛ばされ海面に激突した。


 しかし海中に沈む訳では無く、ジークムントの体に触れる海面だけが青い板が張られているかの様だった。


 海面に張られている板に転がる様に、ジークムントは海面を転がっていた。ようやく勢いが弱まると、ジークムントの体は徐々に治り始めた。


 全快すれば、ジークムントは弱々しく海面の上で立ち上がった。


 海の上に立っているその姿は、ある人が見れば奇跡を信じざるを得ない光景だったのだろう。


 そして、その奇跡を操る救世主を殺そうと目をぎらつかせている悪魔が一人。


 イノリは自らの手首を噛み千切り、そこから吹き出した血を海面に溢した。すると、その赤黒い血は光を全て吸収する真っ黒な液体に変わり、その色が海水に滲んだ。


 その黒色に変わった海水の部分に足を入れると、それ以上イノリの体は沈まなかった。


 先程自分で噛み千切った傷も、光を全て吸収する真っ黒な液体が傷を隠したと思えば、液体が消えた頃には傷が塞がっていた。


「よぉ、ジークムントの坊主。話は聞いてるぜ」

「……初めましてかな……イノリ君……」

「そうだよな? どっかで会った気がするが、まあ気の所為か」

「君のことは噂程度には聞いているよ。リーグ国王陛下直属親衛隊所属らしいね。……済まないが、この場での君には然程興味が無いんだ。むしろ、ここで出しゃばらないでくれと懇願したいくらいにね」

「あぁ? てめぇの事情は知らねぇが、こっちにはてめぇと戦わなきゃならねぇ理由があり過ぎるんだよ」

「へぇ、例えばどんな理由があるんだい?」

 イノリは言葉を詰まらせたが、すぐに声を発した。

「あいつの居場所とかだ!」

「あいつ……ああ、リーグの王の居場所かい? 成程、確かに僕と戦わなければならない大きい理由だ。特に君にとっては、大切な人だっただろうからね」

「……ルミエールの嬢ちゃんの話と全く同じだな」


 イノリはジークムントを不気味がりながらも、言葉を紡いだ。


「まるで心の中を見透かしたみてぇに語り掛けて、相手の中に土足で踏み込んで……正直に言うと、俺はてめぇが嫌いだ。ジークムントの坊主」

「まあ、だろうね。僕もこんなことにならずに君と出会っていれば、きっと君を嫌っていた」


 ジークムントはクスクスと笑いながら、イノリを見詰めた。


 ジークムントとイノリとの殺伐とした談笑を他所に、船の甲板の上にいた者達はジークムントからの捕縛から開放されていた。


 今すぐに甲板から飛び降りようとしているシロークを、ヴァレリアが止めていた。


「離してヴァレリア!」

「今は無理! と言うか貴方でも実力が追い付いてないのよ!」

「それでも! カルロッタが戦っている中で傍から見守るだけなんて出来ないし許さない!!」


 シロークの歩みをヴァレリア程度の筋力で止められるはずも無く、ヴァレリアは進み続けるシロークの足首を掴みながら引き摺られてしまっていた。


 エルナンドさえも彼女の歩みを止めようとしたが、結果はヴァレリアと同じだった。


 ヴァレリアとエルナンドを引き摺りながらも、シロークはまだ歩いていた。そのシロークの前に、剣の光沢が写った。


 良く見ればそれは、ヴィットーリオの剣の剣身がシロークの前に立ち塞がっていた。


「……お嬢様、まずは剣を向けたことに謝罪を。そしてもう一つ、その友を思う心は尊敬に値します。誇りにも思います。しかし、敵は強大であり、彼女はそれと戦える力を持っている。助太刀に入るとしても、確実に役立たずにはならない時だけ。今はまだ、その時ではありません」

「ヴィットーリオ……。……ごめん。……冷静じゃ無かった」

「分かれば宜しいのです」


 ヴィットーリオはその剣を鞘に納めた。


 すると、ジーヴルがカルロッタとシャルルの戦いの規模を眺めながら、弱音にも近い言葉を吐いた。


「……あんな力があれば……」

「何か後悔がある様だな」


 弱音を吐いたジーヴルに、フロリアンは話し掛けた。


「何だ変人。盗み聞き?」

「聞こえる声で呟く方が悪い。しかし……力の渇望か。そう言う点では、俺とお前は共感出来る。互いにあの天才に何もかも狂わされた」


 ジーヴルは何も答えずに、俯いた。


「……何だ。だんまりか」

「……お前みたいに、カルロッタを超えたい訳じゃ無い。私はただ――。……やっぱり、何でも無い」


 フロリアンは確かに捉えていた。その、異常とも言えるジーヴルの体温の低下に。


「……力は、欲しい。最初からあんな力があれば、きっと苦しむことも、悩むことも無かった。そう思っただけ」


 青薔薇を内に宿す彼女は、冷たい体温を持っていた。


 すると、ここにいる魔法使いは瞬時に感じ取った。あらゆる物が凍り付き、生命を等しく緩やかに死に誘う冷気と形容すべき異質な魔力。


 ジーヴルとフロリアンはその異質な魔力に冷や汗をかきながら振り返った。


 ジーヴルの頬に、氷の様に冷たい手が触れた。


「……成程。貴方が今の……」


 それは、白い髪に銀色の瞳を持つ女性だった。


 トップとボトムが上下に分かれたセパレートタイプの水着を着ており、腰に着けているベルトには一本の剣を携えていた。


 その肌からは、冷気が止め処無く発せられ、白い蒸気が発せられている様にも見えた。


「そうか、苦労しているな」


 その女性はにやりとジーヴルに笑い掛けた。


「……まさか……!? ()()()()()()()……!?」

「俺の知名度も高いな。嬉しいことだ。貴方、名前は?」

「え……っと……ジーヴル……」

「そう。ジーヴル。良い名前だ」


 その女性はジーヴルの頬を愛撫していた。


 ジーヴルはその女性の表情を見ずに、その顕になっている豊満な胸の谷間にだけ凝視していた。


「でっか……!! 何食ったらこんなに脂肪付くのよ……!!」

「……何か失礼なことを言われた気がするが……。まあ良い。イノリのバカは何処だ」


 ジーヴルはすぐにイノリの方向を指差した。その方向に女性は顔を向けると、ジーヴルに軽い会釈をした後にその背中から二対の青い鱗を持つドラゴンの翼を生やした。


 翼を羽撃かせながら、彼女は飛翔した――。


 ――カルロッタとシャルルの戦いは、更に華やかに彩られた。


 魔力の塊による飽和攻撃を続けながら、カルロッタは詠唱を始めた。


「"半獣の射手の長弓""自然の豊穣の化身扱う長弓は""火を塗り油を注がれる"」


 カルロッタは杖を投げ捨てると、両手を前に突き出し、掌を合わせた。


「"南の弓は最も輝き""海の印は次点の輝き""南に輝く六つの光""火を放つ半獣の射手の長弓は""今、我の手に""顕現する"」


 右手を弓の弦を引く様に後ろに下げると、左手に赤い炎で形作った弓幹が浮かび上がった。


 右手は炎で形作られた弦を掴んでおり、炎で出来た矢を摘んでいた。


 カルロッタは炎の弦を掴んでいる右手をぱっと離すと、弦が戻る勢いに乗せて炎の矢がシャルルに向けて解き放たれた。


 その矢は良く使われる物を遥かに凌ぎ、青空を全て炎の赤色に染める程の光量を発していた。


 その矢は進めば進む程、より光量を増し、より熱量を増した。


 シャルルは強者であった。故に命の危機に陥ったことはカルロッタと同様無かった。そんな彼でも、走馬灯が過る程の魔力量を感じ取っていた。


 制限していた魔力を無意識的に開放した後に、意識が現実に戻った。


 すぐに魔力の制限を再開させると、自分の周囲に出来る限りの防護魔法を張り巡らせた。


 だが、最早その熱量を、瞬時に作った防護魔法で受け止められるはずも無く、防護魔法に罅が走った。硝子が割れる様な音が耳に刺さったかと思えば、シャルルの体に熱が突き刺さった。


 やがて炎が青空に溶けると、カルロッタはシャルルの姿を捉えた。


 その姿は痛々しく、右腕は火傷で皮膚が爛れており、腹部の右方の辺りも火傷の痕が目立っていた。


 シャルルはその火傷を回復魔法で治していたが、時間が掛かっている様だ。


 つい先程まで丸顔でゆったりとしている優しい目を持つ彼女は可愛らしかった。だが、今の彼女の目はまるで蝿を潰す時の様に殺意さえも発さない。体の奥から凍えてしまう冷酷非情な目で此方を見詰めていた。


 シャルルは痛みに苦しむよりも先に、困惑が勝っていた。


 カルロッタが放った魔法の見当が付かないのだ。あの魔法はシャルルの知識の外に位置する魔法だった。


 だが、シャルルはあの魔法をカルロッタの独自で作った魔法だと結論付けた。


 シャルルは杖を振り、更に攻撃魔法の連撃を発した。その魔法の数々は、カルロッタに直撃するよりも前にシャルルに跳ね返った。


 カルロッタは投げ捨てた杖を魔法で引っ張り、手で掴んだ。


 その跳ね返った魔法に混ざり、紫色の炎がカルロッタの杖から放たれた。


 その紫色の炎さえも、シャルルの記憶には無かった。


 すると、カルロッタはまた詠唱を始めた。


「"大神に見初められた少年の水瓶""天からの恵みの化身扱う水瓶は""空の間に我等と入れ替わる"」


 カルロッタは両手で皿を作ると、そこに水が満たされた。その水は蜜の様な甘さをしている酒であった。


「"最上の幸福は最も輝き""陛下の幸福は次点の輝き""災の兆しの箒の尾""大神の杯を捧げ持つ少年の水瓶は""今、我の手に""顕現する"」


 カルロッタの両手に、空の水瓶が現れた。


 だが、その水瓶はカルロッタの魔法によって破壊された。すると、その水瓶の破片は一瞬の内に消え去り、一つ一つが無造作に、カルロッタとシャルルの周辺の空中で糸に吊るされている様に静止していた。


 カルロッタは左手の人差し指を立てた。すると、その指先に向けて土が集まり、巨岩になった。


 その岩が一瞬の内に人の頭程の大きさにまで圧縮された。その石は更に赤熱を始めた。


 やがてその現象が収まったかと思えば、その石は崩れ、中から小さく透明な宝石が何十個も現れた。


「"高貴な魔法石(エーデル・シュタイン)"」


 何十個もの宝石に魔法が刻まれた。


 カルロッタは左手で数十個の宝石を握り締めると、力の限りシャルルに向けて投擲した。


 シャルルの警戒は未だに変わらない。むしろ強まり始めた。


 その宝石を全て破壊しようとシャルルは単純な魔力の塊を無数に作り出し、宝石に向けて放った。


 だが、その一瞬、カルロッタが杖を一度だけ横に振った。


 その瞬間、投げられたはずの宝石が輝きごと姿を消した。その代わり、そこには先程カルロッタが壊した水瓶の破片が宝石の数あった。


 シャルルは何が起こったのかすぐに理解した。この周辺に無数に散らばって空中で静止している水瓶と宝石の位置が入れ替わったのだ。


 そして、入れ替わった宝石は、シャルルを囲む様に空中で静止していた。


「"エクスプロジィオーン"」


 その言葉と同時に、宝石の光沢が更に強まった。刹那の後には、魔力で起こった爆発が響いた。


 シャルルは最初こそ防護魔法で防いでいた。だが、"高貴な魔法石(エーデル・シュタイン)"は魔法陣を刻むこと無く、宝石その物に魔力を刻み、宝石の質にもよるが従来の魔法よりも効力を数十倍に膨れ上がらせる魔法。


 ただの魔力の爆発ならばシャルルも防ぐことは出来ただろう。


 だが、カルロッタの強大な魔力の爆発の威力が数十倍にも膨れ上がった物が、数十個。当たり前の様に防護魔法は崩壊を始めた。


 シャルルは危機を感じ、転移魔法で上空に転移した。


 シャルルは即座にカルロッタに杖を向けた。大海を割った魔法の魔法陣を再度刻めば、即座に魔力の光線をカルロッタに向けて放った。


 カルロッタは杖を横に振った。


 すると、カルロッタはシャルルの背後に漂っている水瓶の破片と入れ替わった。そしてカルロッタは、シャルルに杖を向けた。


 そこから氷の鋭い刃が作られ、放たれた。


 一瞬の出来事に防護魔法も間に合わず、氷の刃によってシャルルの左腕は切断された。


 その切断された左腕から撒き散らされた血を左手で受け止め、カルロッタはまた杖を横に振った。


 シャルルと最も離れた位置にある水瓶の破片と入れ替わると、カルロッタは右手で杖をシャルルに向けていた。


 血がべったりと付着した左手を、魔法で作り上げた小さく尖った石で傷を付けた。


 そこから僅かに出血すると、その血ごと左手の血を舐めた。


 シャルルは青空を隠す程に巨大な魔法陣を空中に刻んだ。詠唱を口ずさもうとしたその瞬間に、カルロッタが声を出した。


「"動くな"」


 その言葉に服従する様に、シャルルの体は突然動かなくなった。


 カルロッタがそれを逃すはずも無かった。カルロッタの背後に無数の魔法陣が刻まれると、そこから無数の蒼い焔がシャルルに向けて放たれた。


 無数の蒼い焔は螺旋を描き、やがて一つの巨大な炎の柱となった。


 その蒼い焔がシャルルの眼前に迫った瞬間に、その体が自由に動く様になった。


 転移魔法を使い海面に落ちた。だが、間に合わなかったのか、その胸部に火傷の痕を残していた。


 海面の少し上に浮かびながら、シャルルは荒い息と共に詠唱を始めた。


「……はっ……"苛む痛みもやがては和らぎ"……ふっ……はぁぁっ……! ……"流れる赤は流動を続け"……"傷は塞がり"……"神の清浄な力の破片は肉を治療する"……はぁ……」


 不完全な詠唱であっても、終わらせれば、左腕も元に戻り傷も治癒した。


 そして、僅かに冷静になった頭でシャルルは更に混乱していた。


 まず、独自で作った魔法だとしても、ここまで各種系統が異なる魔法を作れるとはあり得ないのだ。


 独自で作られた本人しか本来扱えない魔法は、本人の魔力的特徴に沿って作られる。そして、例え魔術書に記そうとしても、魔力的特徴は理論で表すことは出来ない。その魔力的特徴は本人の感覚でしか理解出来ないからだ。


 だが、カルロッタは他者の魔法を模倣する。


 ルミエールは彼女を理論派だと評した。間違いでは無い。正しくは、彼女は生粋の理論派であり、強い共感能力で他者が感覚として使っている魔力的特徴を感覚で扱う感覚派でもある。


 それは、魔法使いの常識を遥かに逸脱する。存在してはならないと評することも出来るだろう。その異常で異様で異質な才覚を存分に扱い、彼女は齢十八で五百年前の世界大戦を生き延びた英雄達と匹敵する実力を兼ね備えていた。


 確かに、カルロッタとシャルルの実力は互角かも知れない。魔力量も魔力出力も魔力操作も、全て互角かも知れない。


 だが、シャルルは、カルロッタの様な才覚を持ち合わせていなかった。


 すると、カルロッタがシャルルの背後に転移魔法で現れた。


 シャルルは即座に振り返ったが、その腹部に植物の蔦が巻き付いていることに気付けば、視線はそちらに向けられた。


 その蔦はより強靭に巻き付き、より太く急成長した。


 蔦が一人出に動き出したかと思えば、シャルルの体は蔦に持ち上げられ、海面に叩き付けられた。


 すぐに浮遊魔法を使い体を起き上がらせると、カルロッタは距離をとって海面に立ち、その海面に触れていた。


「"青薔薇の(ローズ・ブルー)氷樹(・ジーヴル)"」


 魔法効果領域はジーヴルと比にならない程素早く広がり、あっと言う間に海面が凍りシャルルの足元を凍らせた。


 シャルルの足元から氷で出来た薔薇の茨が芽生えると、シャルルの足首に絡み付いた。強く絡み付けば、シャルルの更に根深い場所にまで凍結が広がり始めた。


 火の属性魔法で次々と氷を溶かしながら体の凍結を避けていたが、シャルルはそればかりに気を取られていた。


 ようやく気付いた頃には、もう遅かった。


 シャルルははっとした顔で振り返ると、そこには紫色の瞳が写った。口ずさんだ言葉は――。


「"二人狂い(フォリ・ア・ドゥ)"」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


シャルルは、ボカロ曲のシャルルじゃ無いですからね。フランス語の男性名です。女性型だとシャルロット……だったはず?


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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