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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
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日記3 旅の同行者三人目!

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 遺跡の台座に置かれている魔導書を捲りながら解読を進めていた。


「……これ……いやうーん……"好きな植物を50倍の大きさにする"魔法ですね」

「そんな魔法がこんなに重要そうな所に?」

「そうですね」

「……何と言うか……拍子抜けと言うか……二千年前に残された魔法にしては……うん」

「しょぼいですね」

「いや……一瞬で大きくなれば質量爆弾には使えるかも……」

「発動には杖で触れてから10分です」

「……使いにくい……」

「最近の魔法の方が優れているのは仕方無いですよ。二千年前よりも今の方が豊かなのと同じ理屈です」


 けれど、これはこれで何かに使えるかも知れない。一応覚えておこう。


 ……二千年前の魔法術式は分かりにくい……。


 お師匠様が言っていた。「人が独自に作る魔法は、その人の独自性と創造性によって作られた妄想を魔法によって表すこととほぼ同義。だからこそ現代に残されている魔導書の多くは分かりやすく書き記されて多くの人が真似しやすい物だけだ」


 魔法使いには共通するイメージがある。そのイメージ通りに使う魔法が基本的に属性魔法と言われる。


 だが、その人が独自で作った魔法はその人のイメージが多分に含まれている。だからこそ、その人以外がその人の独自の魔法をすぐには理解出来ない。何故ならその人は他人だから。本当に心を理解していない他人だから。


 私は魔法術式として理解することは出来るが、それを本当に理解して、それを更に改良することは難しい。それこそ数年考えれば改良出来るかも知れないが。


 ただ、こんな残念な結果でも謝礼は貰えるらしい。元々二千年前と言う確定的な証拠は全く無い文献を頼りにここまで来たらしい。最初から期待もあまりしていなかったのだ。


 ただここで誰も犠牲にならなかった。それが大きい。


 ヴァレリアさんは目を輝かせている。やはり守銭奴だった。


 それに先程のゴーレムの欠片を必死に掻き集めている。私から見ても魔法的な価値は高い金属だからだろう。それにひょっとしたらこのゴーレムの動力源であろう魔石が少しくらいは取れるかも知れない。


 二千年も動いたゴーレムの魔石だ。現代でも中々無い程の魔力を内包している可能性がある。それを転売するのも、もしくは発明品に当てるのも、まあヴァレリアさんに任せても良いだろう。出来れば発明品を作って欲しい。この人が作る物は新鮮で興味がある。


 ヴァレリアさんは鼻歌混じりに拾い集めていた。


「いっしのみやーこにっ! あっふれるすっなーがっ! かーがやくみずのーそこにはざっいほうっ!」

「何ですかその歌?」

「これ? あの村に来る商人が歌ってたのよ。何処で歌われる民謡なのかは知らないわ」


 石の都に、溢れる砂が、輝く水の底には財宝、だろうか。溢れる砂が輝く水の底……外に出てまだ一ヶ月も経っていない私が分かることでは無いだろう。


「あー!!」


 ヴァレリアさんが唐突に叫び始めた。子供のようにはしゃぎ、満点の笑みを浮かべていた。


 見ると、相当量の魔力を内包している魔石があった。


「あったわよあったわよ! リーグでも滅多にこんなの取れないわ! しかもタダ! やったわよやったわよやったわよ!!」


 はしゃいでいるヴァレリアさんはやはり子供のように見える。嬉しそうな姿は私の心が暖かくなる。何故だろう。私はまだ分からない。


 やがて遺跡から出ると、即座に地面に色々な工具を取り出し、私の擬似的四次元袋を奪い取り、そこから更に私の目ではガラクタにしか見えない物を取り出した。


 ヴァレリアさんは目を輝かせ、それでいて慣れて素早く繊細に動く白い手がとても美しいと思いながら私は見惚れていた。


 確かに少しずつ形が作られているその機械は、配線や良く分からない機構や歯車やら色々詰められている。


 挙句の果てには取り出した金槌で金属の板の形を変えていた。


「ふふふ……!! うふふふふ……!! うふふふふふふふふふふふふふふふ……!!」


 ヴァレリアさんの口から変な笑い声が聞こえる。何とも腑抜けた笑い声で、溶けそうになるくらい私の体の中で揺さぶる。


 やはりヴァレリアさんも私の心がぽわぽわする。


 お師匠様も良く言っていた。「カルロッタは恐らく感覚が鋭いんだろうな。目の前にある物を視覚以外で理解しようとしている……と思う! 多分! きっと!」


 思う、多分、きっとと言っているお師匠様の的中率はほぼ100%だ。ならこれも正しい可能性は高い。


 だとすると、心がぽわぽわするのは私が本当に仲良く出来る人にだけなるのだろうか。それとももっと別の何かなのか。それはまだ分からない。分からないが、心がぽわぽわする人と一緒にいると安心するし楽しいことだけは分かる。


「さてさてさてさて、この魔石を移動手段にするのは勿体無いわよねー! ごりっごりの攻撃兵器にしちゃうわよー!!」


 何だか怖ろしいことを言っている。せめて人のために使うなら良いが……。


「あのー……ヴァレリアが全く動く気配が無いんだけど……」


 シロークさんが苦言を呈しているが、ヴァレリアさんはもう自分の想像の世界に入っている。声は顔を見れば分かる通り脳に入ってもいない。むしろ雑音として処理されているのだろう。


 集中力、と言うのだろうか。笑い声を出しながらでも集中と言うのかは少しだけ疑問だが、一度自分の想像に入れば出ることが難しい。自らの想像を現実に作ると表現すれば、ある意味では魔法に必要な才能だ。


 そう言えば、ヴァレリアさんはゴーレムの攻撃を華麗に避けていた。避け方で考えると体が柔らかい気がする。


 それにあの銃みたいな魔力の弾を放つ機械を撃つ速度も私が魔法を放つ速度より速かった。それほどあの機械から放たれる魔力の弾が速いと言うことだ。確かにあの時は威嚇のために杖を構えただけで魔法を撃つ気は無かったと言うこともあるが。


 案外前衛も出来る発明家。戦う発明家さん……語呂が良い気がする。


「何かを作るのは別に良いけど……。仕方無い。無理矢理にでも連れて行くよ。こんな所でやるより物資がある拠点の方が良いからね」

「そうですね」


 そのまま何かを作っているヴァレリアさんを周りの騎士さん達と協力して拠点にまで運んだ。こんな状況でもまだ何かを作っている。もう狂人の域だと思ってしまったのは私だけでは無いはずだ。


「三つの砲身……どデカい一つの砲身……ええいどっちも付けてやれ!」


 ……楽しそう……。


 ここまで熱狂出来るのなら期待は膨らむ。契約魔法で縛られている以上私に頼らない戦力の増強は必須になるはずだ。


 何かを作る音は夜にも響いている。それと一緒に腑抜けた笑い声も微かに聞こえる。


「あれ大丈夫なのかい? ご飯も食べていないようだけど」


 シロークさんの心配そうな言葉がヴァレリアさんでは無く私に言った。


「さあ……?」

「さあって……僕は心配だよ。何故かずっと笑ってるし」

「大丈夫ですよ。……多分」

「まあ何やら凄そうな物は作っているけど……明日には倒れてそうだよ」

「あれがきっと天才ですよ」

「僕には奇人にしか見えないけれど」

「天才と変人は紙一重ってお師匠様も言ってましたよ」

「君の師匠はとても納得出来る言葉を造るね」


 相当時間が経った頃、未だに響くヴァレリアさんの笑い声を子守唄だと割り切って眠ろうとしたが、妙に眠れない。


 ヴァレリアさんの最早恐怖を感じる笑い声は子守唄だ。だから関係無いと割り切るが、それとは明らかに違う理由で眠れない。


 何故か分からない不安の色が私の心を塗り潰す。本当に、突然私の背筋が震え暗闇を見るのが怖いと思ってしまう。


 ……いや、暗闇を怖いと思うのは何時も通りだ。その暗闇に一人でいると思うのが怖いんだ。


 私は目を擦りながらシロークさんの寝ている所に行った。


 ヴァレリアさんは何かを作っている。だからもう一人に心がぽわぽわするシロークさんの下に行った。


「……シロークさーん……起きてますかー?」


 見ると、シロークさんは鎧を磨いていた。丁度終えたのか鎧を傍に置いていた。


「どうしたんだいカルロッタ?」


 その不思議そうな顔がとても安心する。やっぱりだ。


「……一緒に寝て下さい」

「えぇ!?」


 ヴァレリアさんの顔が真っ赤になった。少し面白い。


「けど……。……いや、何か怖いのかい?」

「……はい」

「……そっか……。うーん……まあ良いよ。おいで」


 私はシロークさんに抱き着いて目を瞑った。


 少しだけ硬いシロークさんの体の温かさ。少しだけ熱い気がする。


 ……心がぽわぽわする。何でだろう。今なら非日常が怖く無い……。


 私は眠気に従い朝まで気持ち良く眠った。


 起きたのはヴァレリアさんの大きな高笑いだった。それに飛び起き状況把握のために辺りを見渡すと、シロークさんが逆様に立っていた。そのまま腕を曲げ、伸ばす、それを繰り返しながら数字を呟いていた。


「……134……135……ああ、カルロッタ、起きたんだね。良く眠れたかい? ……136」


 鍛錬だ。これ何か凄い鍛錬だ。


「凄いですねシロークさん! どうやってるんですかそれ!」

「これかい? ……140。腕の筋肉ととにかく体幹が良ければ出来るよ。……141。……142。毎朝これをやってるのさ。……143……144」


 150と言うと、今度は右腕だけで逆様になっていた。何だかもう色々と凄い。


 そしてまた1から始まる。毎日やる鍛錬にしては大変そうだ。


 あ、何だかヴァレリアさんが高笑いしてた。見に行ってみよ。


 寝癖を直しながら外に出てみると、ヴァレリアさんが外の地面で倒れていた。


「ヴァ!? ヴァレリアさん!? 大丈夫ですか!?」


 ヴァレリアさんの下に駆け寄って抱えてみると、幸せそうな顔で眠っていた。


 恐らく徹夜した眠気が今ようやく襲ってきたのだろう。


 傍に置いてある機械を見てみると、思わず圧倒した。


 色々配線やらがごちゃごちゃしているが、とりあえず持ち手は分かる。


 持ち手を掴み、機械を抱えてみると何となく……多分、きっと使い方は分かった。


 前を向いている三つの細い金属の筒とその中央にある太い金属の筒。恐らく魔力の弾が出て来る……と思う。


 魔石があるであろう場所から伸びる配線に、もう良く分からない機械や、全く意味が分からないスイッチが……あーもうこれ技術が私の想像を越えている。


 恐らく引き金らしき物があるが、これを引けば何か嫌な予感がする。辞めておこう。


 ……さて、ヴァレリアさんどうしよう……。


 ここで眠らせるのも色々まずい。それにもう出発するし……あの機械はヴァレリアさんしか使い方知らないし……。


 相当疲れているため起こすのも心苦しい。……物資を運ぶ荷車に乗せて寝させよう。そこに馬代わりの機械も乗せられるなら乗せておこう。


 色々工夫して乗せてみると、案外大きな空間が荷台に出来た。ヴァレリアさんを何とか乗せて、私の膝に頭を乗せてみた。案外重たい。お師匠様の言っていた通り体重の十分の一の重さがあるのは案外正しいらしい。


「……綺麗な顔……」


 頬をつねって伸ばしてみると、少しだけ唸って体をよじってまた私の膝に戻って来た。


 ……可愛い。


 もしかしたら私は女性が好きなのかも知れない。……いや、どうだろうか。人間と出会ったことが少ないから分からない。それこそ親しく会話をしたのがお師匠様と、あの森にいた人と、ヴァレリアさんと、シロークさん。


 女性みたいな男性、男性、女性、どっちにも見える女性。……うーん……。


「うふふふふ……大金貨がいっぱい……うへへへへへ……」

「……寝言かな?」


 意外と分かりやすい寝言を言うらしい。それとも疲労のせいだろうか。


 やがてある町に馬車は止まった。ここで一旦休憩らしい。


「ヴァレリアさん? 起きて下さい」

「……あははー……これ以上儲けたら世界は私の物よー……」

「……全然起きない……」


 仕方無い。ヴァレリアさんをここにおいて私だけで探索しておこう。


 お風呂入りたい! それに魔導書があれば欲しい!


 色々周ってみると、魔導書やら何やら売っているお店を発見した。


 入ってみると何だか薄暗い。それに紫色の煙が漂っている。流石に危険に感じた私は一旦帰った。


「シロークさん、着いて来て下さい」


 流石にあそこに一人で行くのは怖い。ヴァレリアさんは寝ているしシロークさんしか頼れない。


「着いて来てって何かあったのかい? 暇だから良いけど」

「入るのが怖い店があるんですよ! 着いて来て下さい! お願いします! 着いて来てくれなかったらここで泣き喚きます!」

「だから良いって言っただろう!?」

「じゃあ行きますよシロークさん!」


 手を掴んで、無理矢理にでも引いて先程の店に戻った。


「確かに妙な不気味さがあるね。そんなに暗闇が怖いのかい?」

「寂しい思いをするのが暗闇ですから」


 すると、薄い灯りで薄っすらと照らされた老人の顔が奥に見えた。


 白い髭は床に付くまで長く生えている。


 その老人は容器に入っている液体を混ぜている。そこから紫色の煙が出ている。


「けっひっひ……」


 結構そのままの笑い声だ。


「……おや、お客さんかな。すまないねぇ。今毒……では無く薬を作っている最中でねぇ」


 毒って言った! 絶対毒って言った!! 危ないお爺さんだ! 絶対危ないお爺さんだ!!


「それで、何をお探しかな。ああ、言わなくても良い」


 じゃあ何で聞いたのだろうか。


「魔導書だろう。魔法の見聞を更に広め、歪んだ知識で彩られた幻想を現実にする技術を買いに来たのだろう?」

「そうですね。何かありますか?」

「私の父親の友人の妻の叔父が執筆した魔導書がある」


 それはもう他人なのでは無いだろうか。


「値段は……そうだねぇ。大金貨二枚で良いだろう」

「ぼったくりにも程があるよ! カルロッタ! 帰ろう! このお爺さんは詐欺師だ!」


 シロークさんの声が良く響く。不快では無いが少しびっくりした。


「詐欺師呼びは侵害だなぁお嬢さん。もちろん最初から渡すつもりは無いさ。書かれている魔法を扱えるであろう人物に私は渡したいのだからねぇ」

「どうすれば渡してくれますか?」


 私にとって魔法は言わば趣味だ。だからこそ楽しい物であり、だからこそ探求し、私は魔法を更に深く、真髄とも言える領域に手を伸ばしている。


 私の全生は魔法で彩られている。それは今後も変わらないだろう。


「……ふむ、何処までも美しく何処までも綺麗な魔力を持っている。もしかすれば、魔法と言われる前の、それよりも更に前の時代を創り出したより純粋な力へと至るかも知れない。良いだろう。条件は簡単だ。ある華を探して欲しい」


 そう言ってお爺さんはある本を開き、その一つの挿絵を見せた。


「ある特定の場所でしか自生しない植物でねぇ。そこが少し厄介な場所でねぇ。昔は取りに行けたが見れば分かる通り時間とは残酷な物。これを出来れば多く、だが絶滅しないように数はある程度残しておいて持って来てくれ。報酬はもちろん魔導書だ」


 黒く綺麗な花が書かれている。これが探して来る華だろう。紫陽花のようにも見えるが、良く数えれば12本の枝の先に七枚の花弁が咲いている。


 私は見たことが無い華だ。これを何に使うのかは分からないが、まあ詮索はしないでおこう。きっとその方が幸せだ。


 私達は言われた方向へ歩いた。


「……本当に大丈夫かい? 一応剣は持って来てるけど」

「大丈夫ですよ。シロークさんは強いですし」

「それは嬉しいけど……そうじゃ無くて、何か怪しいよあのお爺さん」

「どうせ今日中には出る町ですよ」

「そうだけど……」


 森に入って色々散策していると、魔力を感じる。恐らく魔物。上くらいでは無いが、相当数がいる。


 ああ……厄介ってそう言う……。


 地面を這うのは無数に蔓延る蟻の魔物。最早それだけで黒い地面に見間違う程の数が這っている。


 シロークさんはその蟻の群体を一目見ると、甲高い悲鳴と一緒に逃げ始めた。


「むりぃ!! いやぁー!!」

「シロークさんん!? そっちは逆ですよ!!」


 何とか浮遊魔法でシロークさんを捕まえて空に飛んだ。


「……何であんなにいるんだ……」

「虫が苦手何ですか?」

「虫……と言うよりいっぱいいるのが無理」

「成程……一旦魔物がいない所に着地しますね」

「頼んだよカルロッタ。……ああ、思い出すだけで怖気が……」


 まさかの弱点。虫の群体が苦手だとは思わなかった。


 一旦降りると、流石にもう虫はいない。あのお爺さんが浮遊魔法が使えないならあれを走り抜けたと言うことになる。あんまり凄そうには見えないのに。


 やがて私達は生えていると言われている場所に着いたが、何も無い。前には高くそびえ立つ崖。後ろには先程の森が広がる。


「何処にあるんだい? もう崖しか……。……まさか?」

「そのまさかは多分当たってますよ」

「やっぱりかい?」


 シロークさんは崖を見上げた。私の予想では、この上に咲いている。確かに厄介。あのお爺さんだともう登れないだろう。


 シロークさんは腕を伸ばし、手の平を開いたり閉じたりしていた。


 やがて崖の岩壁を触れ、掴むように指を立てた。


 崖に無理矢理掴める穴を開けながら上へ上へと上がって行った。あんなことしなくても浮遊魔法でどうにかなるのに……。


 それにしても人間離れした握力だ。疲労も見せずに上まで登りきった。私は浮遊魔法で事前に来ていた。


「ふぅ。ちょっと高かったかな」


 ちょっと済まされる高さでは無いと思うが……。


 私の前には黒い花弁が舞っていた。目の前には広がる黒い花畑。ここだけにしか生えない華は凛と咲き誇っていた。


 私達はその華を何輪か抱え、私は浮遊魔法でゆっくり降りて、シロークさんは飛び降りた。


 何だかもう色々凄いシロークさん。何故あの高さで無傷でいられるのだろうか。しかも一輪も潰さずだ。もう別の種族になっているんじゃ無いかと思う。


 そして、私達は腕いっぱいに抱えている黒い華をお爺さんのお店に運んだ。


 少しだけ微笑んでいるようにも見える。


「ありがとう。もう少し簡単なお願いをして良いかな。着いて来て欲しい」


 そのまま森の奥深くまで案内されるがまま着いて行くと、ある石像が見えた。


 目を布で隠されている男性の像だ。鳥のような羽を持ち、山羊のような角を持つ謎の種族だ。


「これが誰か分かるかい?」


 私とシロークさんは首を横に振った。


「まあ、そうだろう。これは、リーグの王を象っているらしい。あくまで200年前だがな。姿も分からぬその姿を文献から何とか表現しようと作った姿がこれだ。私からすれば似てもいない」

「やっぱりお爺さん、人間じゃ無いんですね」

「分かっていたか」


 私達はその石像の周りに華を植えた。姿が似ていなくても、敬うべき物だとこのお爺さんは思っていたのだろう。


 全てを植え終えると、お爺さんは詠唱を始めた。


「"蒼に咲き誇るは華""深くに咲く華は星を愛す""変われ、その美しき植華よ"」


 その詠唱を終えると、植えた華の色が黒から鮮やかな蒼色に変わった。


「この華は黒よりも蒼が似合うと思っていたのだ。これなら、何処かにいるリーグの王も喜ばれるだろう」


 お爺さんは魔導書を私に手渡した。その顔はとても穏やかで、嬉しそうだった。


 シロークさんと帰りながら、疑問に思ったことがある。何故か全員「リーグの王」と表現している。名前では無く、王と表現している。


「リーグの王って名前が分からないんですか?」


 その疑問は隣にいるシロークさんにぶつけた。


「名前か……確かに皆リーグの王と表現するからね。五百年前から生きている、言わばリーグの王がまだ統治をしていた時代に生きていた人達はこう表現する人が多いからね。確か……ああ、そうだそうだ。ウヴアナール・イルセグだよ。僕も忘れかけていたよ」


 どうやら名前は知らない人が多いらしい。シロークさんみたいなリーグと深い関係のある家系に人が思い出すのに時間がかかるのなら相当だ。


 それも仕方無いのかも知れない。五百年前は人間にとっても、魔人にとっても長い時間だ。忘れるのも無理は無い。


 馬車の荷台に戻ると、どうやらヴァレリアさんが起きているようだ。体を起こして眠たそうな目で辺りを見渡して何とか状況を理解しようとしている。


「……ここ……何処……カルロッタは何処……?」

「ここですよヴァレリアさん」

「……ああ、いた。……ここは何処なの?」

「ずっと寝てたんですよヴァレリアさん。報酬を受け取るために行っている最中ですよ」

「ああそうだった。思い出したわ。……私の発明品は!?」

「後ろにありますよ」

「あったわ! ああ良かった……」


 ヴァレリアさんは更に改造を始めていた。私が手伝えることは何も無い。


 先程貰った魔導書を読んでみると、少しだけ面白い魔法だった。"簡単に花を見付ける"魔法らしい。


 咲かせるでは無い。見付ける魔法だ。変な魔法だ。書かれたのは恐らく500年以上前。二千年前の物よりかはまだ分かりやすい。分かりにくいことには変わりないが――。


「――どう? 調べはついた? ルミエール」

「ぜーんぜん。メレダが記憶に無いなら新しく産まれた子供ってことになるけどそんな訳無いし……」

「私の力が機能しない場所にいた。それならまだ分かる」

「確かに。だとすると是非とも勧誘はしたいけど……」

「……ルミエール、用事があるはず。早く行くよ」

「もう少しここにいて良いでしょ。ティータイムはゆったりと過ごさないとね」

「……はあ……分かった」

「アステリオスは遠いし」

「じゃあ尚更早く行かないと」

「……嘘、やっぱりすぐに行ける」


 アステリオス、それはマリアニーニの家系の領地である。それと同時に、リーグの王が失踪した直後の混乱の時、魔人で構成された遊撃隊が攻め込んだ戦争の跡地である。


 その魔人の遊撃隊はその場の騎士である程度は戦えた。だが、その魔人の一人、遊撃隊の隊長の魔人だけは難敵だった。故に当時のアステリオスの領主は自身の命との引き換えの封印の魔法を使った。


 ある理由によりその魔人には魔法は相性が悪かった。だが、偶然にもアステリオスの領主が使った封印魔法のような一定の範囲にいる存在を封印するような魔法は効いた。


 そこから500年、その封印は解けることは無かった。それ程にまで命を犠牲にした魔法は高度な魔法であった。


 だが、その封印は今の時代に解けかけていた――。


 ――一週間後。ノルダ合衆王国、アステリオス。そこの領主の屋敷にてカルロッタとヴァレリアの前には領主の"ジャンカルノ・マリアニーニ"がいた。


「ありがとう二人共。娘も助け、そして部下も守ってくれて、本当にありがとう」

「いえいえ良いんですよ領主様。うふふふふ」


 ヴァレリアさんがとても良い笑顔で話している。お金の話になると目が輝くのはヴァレリアさんらしいが。


「それより大丈夫何ですか? ここに魔人が封印されているらしいですし」

「ああ、心配はいらない。つい先程、君達が来る前にルミエール様とメレダ様がいらっしゃった。だが確かに警戒はするべきだ。何か予想だにしない不測の事態が起こらないとは限らない」


 うーん……この人の発言のせいで嫌な予感をしてしまった。何だか不測の事態が起こりそうな嫌な予感が私の頭をよぎる。


 まあ、気のせいとしておこう。そんな創作物みたいなことはそうそう起こり得ないはずだ。……多分。


 私達はアステリオスを観光に近い感覚で周っていた。とにかくルミエールさんは強いらしいし、不測の事態が起こらない限り大丈夫だろう。


 ここは牧畜や農業に適した環境らしい。それにここを流れる大河は交通の主軸となり、そのおかげもあってとても豊かな街になっている。


 豊かなら当たり前のようにあまり見ない物も売られている。だが、やはり魔導書は珍しいらしい。


「そう言えば……」


 一旦擬似的四次元袋を渡したヴァレリアさんが、中からお師匠様から貰った私のロザリオを取り出した。


「これ、何? アクセサリー?」

「それにしては小さいですよ」


 ロザリオ、と言う表現はあまり適切では無いだろう。私が知っているロザリオと言う物は、ある宗教において祈りの道具として使われる物らしい。その宗教が何なのかは分からないが、私はその宗教の信者では無い。お師匠様もだ。


 それに祈りの目的で作られた物では無いはずだ。だからこそこれはロザリオでは無い。ロザリオに形が似た何かと表現するのが正しい。


 金属光沢が輝く十字架に、様々な宝石で彩られている。その宝石一つ一つに僅かに魔法が刻まれている。


 そこから発せられる妙な魔力は、不思議な魅力がある。


 この豪華さから権力を表す物だと思う。それにしてはロザリオと言う何処かの宗教の祈りに使う物に似せる理由が分からないが。作った人がその宗教の信者なのかも知れない。


「お師匠様がくれた物です。何か理由があるのかは分かりませんが」

「何処かで見たことがあるのよねこれ……。何処だったかしら……。うーん……」


 私はお師匠様がこれを手首に巻いている姿を見たことがある。そう使う物なのかは分からないが。


 すると、そのヴァレリアさんの手に持つロザリオのような何かをじっと凝視する女性がいた。


 白い髪に銀色に輝く瞳。一言で表すのなら可愛らしいだろうか。まるで人形のように可愛らしい。それでいて全体的に真っ白な姿をしているその女性は何処か神秘的で、一瞬天使だと思った。


 だが、それにしては、ロザリオのような何かを見る目がとても怖ろしい。何処か執念とも言える何かがその銀の瞳に隠されている。


 私はロザリオのような何かを手に取り、ヴァレリアさんの背に隠れた。


「……感覚が鋭いのかな。ごめんね。敵意は無いよ」

「どうしたのよカルロッタ。この人が怖いの?」

「……カルロッタ……そっか。その子はカルロッタって言うんだ」


 その瞳は私の姿では無く私の魔力を見ているように感じた。


 その綺麗な女性はロザリオのような何かを持っていない私の手を握った。


「初めまして。私の名前はルミエール。貴方は?」


 その微笑みは、私の心がとても落ち着く。それに、この人からはお師匠様と同じ匂いがする。だけど心がぽわぽわすることは無い。


「……あれ? おーい? 大丈夫?」

「……あっ! はい!! カルロッタ・サヴァイアントです!!」


 思い出した。ルミエールと言えば、リーグの親衛隊隊長だ。そんな凄い人が今、私の目の前にいる。


 私が名乗った直後に、少しだけ手を握る力が強くなった。痛い訳では無いが、少しだけ怖かった。


「……カルロッタ・サヴァイアント……そっか。うん。初めましてカルロッタ。貴方だね? 大陸の端で最上級魔法を使った子は」

「何で知っているんですか!?」

「私の目は少し特別なの。隠してもすぐに分かるよ」

「別に隠してるつもりは無いんですけど……」

「そっか。危ないからだね。けど相当強いね」


 ルミエールさんは私の手を離し、そして優しく微笑んでいた。


「何処から来たのかな?」

「大陸の端です」

「……そっか」


 何かを探るような言動をこの人から感じた。優しいし親しい雰囲気はその微笑みから分かるが、それと同時に襲ってくる異質さは、お師匠様と同じ領域にいることも分かる。


「……少し聞きたいことがあるんだけど、貴方と一緒に暮らしていた人は誰なのかな。出来れば名前を聞きたいんだけど」

「名前は私も知りません。女性みたいな男性です。白と黒の髪で、金色と銀色の瞳です。……まさかリーグの王だと疑ってます?」

「……違うよ。貴方のお師匠様は別人だよ。リーグの王は黒髪黒目だからね」

「黒髪黒目……珍しいですね」

「……そうだね。じゃあもう一つ知りたいんだけど、()()()って分かる?」

「星ですか?」

「そうだね。うん。……聞きたいことはもう無いよ。ありがとうね。何処か向かう所があったのかな、それじゃあ私はこれにて!」


 ルミエールさんはその異質さだけを残して走り去っていった。


「……何だったのあの人……」


 ヴァレリアさんの困惑した声が小さく聞こえた。私も何が何だか分からない。


 すると、何故かルミエールさんが私達へまた走って来た。だが今度は止まること無く更に加速し、そのまますれ違いで更に向こうへ走って行った。


 あの時の顔はお師匠様が偶にする何か危険が迫った時の顔と良く似ている。


 それと同時に、何か異質な魔力を感じた。明らかに敵意を見せている、そんな魔力――。


 ――アステリオスの近く、封印された魔人を囲うようにおよそ500年で築き上げた石造りの要塞のように重々しい建造物の中央。


 今、経った今、封印は破られた。


 常駐している騎士からその状況はすぐにジャンカルノに届いた。その隣にいたシロークにも同じように。


 それと同時に来た連絡は、上くらいの魔物の目撃情報。その数はおよそ2000体。


 その数の魔物が団結して動く状況。それは本来複数の国が動く異常事態。その異常事態に加え封印された魔人の復活。


 幸い上くらいの魔物を止めているのはルミエールと言う情報も届いていた。今ジャンカルノに求められるのは、上くらい魔人を止められるだけの戦力の収集。だがそれも時間が足りない。


 その思考よりも先にシロークは走り出した。最低限の鎧を着け、無くした剣と同じ物を片手にその場所へ走り出した。


 街に行かせる訳にはいかない……!! あそこにはまだカルロッタとヴァレリアがいる……!! せめて人の避難が出来るまで時間稼ぎが出来れば……。


 やがて僕はその魔人が封印されていたはずの場所へ到着した。


 そこには、ただ佇んでいる魔人がいた。


 二対ある腕の先の手には枯れ枝のような細い杖を持っている。

 その犬のような頭には白い角が生えており、何回も枝分かれしている角は横にずっと伸びていた。

 そのすぐ近くには、魔法で貫かれた人の遺体がただそこにあった。


「……おお、また新たな人の子が。封印されてから何年経った?」


 この魔人は僕に敵意すら向けていない。敵意を発するのも不必要な程僕を弱い存在だと認識している。


 熊が兎に対して脅威を感じないように、猫が鼠に対して脅威を感じないように。私を圧倒的な弱者だと思っている。


「……500年だ」

「そうかそうか。そんなに経っていたか」


 僕は、人間の方では強いと思っていた。だが、それはあくまで人間の中での話。それを遥かに超える上くらいの魔人と比べればただの弱者。


 対面すれば本能で分かる。人間の身では決して敵わない、その上くらいの存在。だが、その恐怖とは裏腹に、周りにある無惨な死体を見れば怒りが湧き上がる。


「……何人殺した」

「さあな。一々数える理由も無いだろう。だが……そうだな。これから一人増えることは確かだ」

「……そう」


 敵うはずが無い。止められたとしても精々1分。ルミエールさんがそんなに速く魔物を殲滅出来るとは思えない。


 ……それで良い。1分で良い。その身を犠牲にしてでも人を守るのなら、それを騎士と言うのだと、僕は知っている。僕は分かっている。


 覚悟は決めた。後は地面に這いつくばってもあれに噛み付け。


 魔人は一つの杖を指揮棒のように振った。それと同時に超高速で飛んで来る純粋な魔力の塊。


 僕はそれを斬り、そして更にその魔人との距離を詰めた。


 僕が持つ剣は、"魔断の剣"。理屈は僕には分からないが、魔力を斬り裂く剣だ。対処可能の魔法なら斬り裂ける。


「マリアニーニの子孫か! その忌々しい瞳が未だに輝きおって!」


 放ってくるのは純粋な魔力の塊だけだ。それしか撃てないのか、それとも何か理由が……。


 四つの杖から放たれる私を狙う魔力の塊。その速度は並大抵の魔法では実現は出来ない。人間を遥かに越えた寿命から来る長い時間の研鑽の末辿り着いたその速度は、捌くだけで精一杯。


 腕に疲労が溜まる。焦りが来る。少しでも遅れれば致命的な傷を負うだろう。


 だが、無慈悲にもその速度は更に上がる。最早捌くことは不可能。背を向けて逃げれば一瞬で殺される。その杖の動きを良く見ながら回避をするしか無い。


 その魔人の口が開いた。


「"空高く滑空する三つ首の鷹""鯨は深く暗闇に""蒼い光は闇に呑む""やがて訪れる双子の兄"」


 魔法の詠唱。そんなことは、ありえないはずだ。


 あの魔人は今も尚魔法で僕を殺そうとしている。その魔法を使いながらまた別の魔法の詠唱をしているなんて普通は出来ない。


 圧倒的な魔法の技量。人間で到達するのは難しいはずだ。


「"六連は輝き""天狼は輝きを失う""放たれろ、その身に宿す狂気よ"」


 その詠唱の終わりと同時に僕の胸に強烈な衝撃が訪れた。


 胸当ては粉々に砕け、その衝撃は貫くことは辛うじてしなかったが、体の中から血管が破れる感覚を実感した。


 喉から無理矢理溢れる血は咳と一緒に体の外を出た。風邪の時しか出さなかった音が喉から何度も出る。


「うん? ああ、その鎧か。いや、それ以上に丈夫なのか」


 四肢に力はもう入らない。あの魔人は僕を見下し、それでいて殺人衝動を宿し杖を振った。


 最後に振り絞った力でその魔人の傍にまで飛び、そしてまたそこで倒れた。


 弱々しくもその魔人の足を掴み、僕はある覚悟をした。


「……どうしたマリアニーニの子孫よ。離せばまだ楽に貫いてやろう」

「……やっぱりお前は馬鹿だ。あの時の敗因から何も学ばず僕をここまで近付けた、それでいて死ぬ直前にね……!!」

「まさか貴様……!!」


 僕の先祖がこいつを封印した時の魔法は自身の体の全てを魔力に変換して放った封印魔法。その方法も、術式も、小さい時から何度も見て来た。何度も見て来て、魔法が苦手でも扱える確信が出来る程に読み漁った。


 騎士を目指したその時から、何時かこんな日が来ると覚悟していた。


「僕の命を全て魔力に変換してお前をまた封印する!!」

「それは問題の先延ばしにしか過ぎないぞマリアニーニの子孫よ……!」

「先延ばし!? 違うさ!! 今この場にはルミエールさんがいる!! リーグには封印を解く方法が必ずある!! 僕はあくまでお前によってもたらされる被害を押さえればそれで良い!! 先に地獄で待ってるぞこの大罪人が!!」


 そうだ。これで良い。……ああ、やっぱり嫌だな。最後くらい、カルロッタの笑みが見たかった……。


 魔法発動の直前、大きな音と共にその魔人の体が吹き飛んだ。


 前を見れば、赤い髪と赤い瞳のあの笑みがあった。その笑みはすぐに崩れ、心配そうな顔をしていた。


「大丈夫ですか?」

「……え、何で君が……」

「何で……うーん……危なそうでしたし。それに、その魔法は使ったら駄目ですよ」


 この子は、僕がしようとしている全てを分かっている。


 魔人の魔法がカルロッタに当たる直前に、一部だけ展開された防護魔法がそれを防いだ。


 カルロッタは背にいる魔人を睨み付け、杖を向けた。


「……シロークさん。出来ればですけど、終わったら一緒に旅をしましょう。私と、ヴァレリアさんと一緒に。きっと楽しいですよ」

「駄目だカルロッタ! その魔人に魔法は……!!」

「だーかーら。私を信じて下さい。きっと大丈夫ですよ。……私の大切な人を傷付ける人に、負ける訳がありませんから」


 魔人は高らかに笑い、そしてカルロッタを見た。


「先程の魔法中々の練度であった。それにその防護魔法……ふむふむ、上等な技術だ。本来防護魔法は術者の周りを球体で囲うことを前提とした魔法だ。それを一部分だけ出すのは相当な技術のはずだ」

「魔法についてただ語るのなら良い人なのに、人を蹂躙することを悦びにしてしまっている魔人なら哀れですね」

「……哀れまれる筋合いは無い。魔法とは、一種の戦闘技術だ」

「違いますよ。少なくとも私が習った魔法は、あらゆる行動を豊かにする物でした」

「ならば貴様の教師は余程の世間知らずだ!」


 四つの腕の先の手には短い杖を持っている。


 魔法使いにとって杖とは重要な物だ。魔法とはそれだけだと指向性を持たない。その魔法を杖に流し、指向性を持たせることが重要だ。


 つまり四つの腕に持つ四本の杖は簡単に言うと同時に四つの魔法を放つことが出来る。厄介、だが負ける訳にはいかない。


「"契約一時解除"」


 シロークさんが傍にいる。あまりに強い魔力でシロークさんを殺す訳にはいかない。だからこそ、魔力を無闇矢鱈に出す訳にはいかない。


 四つの腕から繰り出される超高速の魔力の塊は私でも対処は可能だ。私も同じように、魔力の塊をその魔人に撃った。


 だが、それは何故か方向を変え、私に向かった。


 あまり馴染みが無いその現象に一瞬だけ防護魔法が遅れた。


「貴様が魔法使いである以上有効な攻撃手段は魔法であろう? 私の研究の末作り出した魔法は貴様が放つ魔法の指向性を貴様に向ける! 故に魔法使いである以上私に攻撃を加えることは不可能だ!」


 確かに魔法使いとは相性が悪い。全ての魔法が跳ね返されるのなら、確かに勝つことは出来ない。


 向けた攻撃が全て自分に跳ね返り、それでいた超高速の魔力の塊が襲って来る。


 だが、対処方法をさっき思いついた――。


 ――少し遠い過去。恐らく私が5才の頃。


 吹雪が荒れるこの場所で、私の視界に捉えているのはお師匠様の姿。


「魔法で一番速いのは?」

「じゅつしきがないたんじゅんなまりょくのかたまりです!」

「そうだ。その単純な魔法はただ魔力を放つだけだ。だからこそ何よりも速く、それでいてすぐに放てる」


 お師匠様は手を少しだけ動かすと、およそ10発の魔力の塊が私に襲った。


 その超高速の魔力の塊を防護魔法で防いだ。


「そうだ。それで良い――」


 ――最速、それを知ってあの魔人も単純な魔力の塊を放っているのだろう。


 だが、私は負けない。


 カルロッタの中に回り続ける魔力の流れは、より複雑になった。


 その杖の先から放たれるのは複数の魔力の塊。数にしては優に30を超える。それが連続的に持続的に放たれる。しかしその全てはカルロッタに跳ね返り、それを防護魔法で防ぐ。


 それが、およそ3秒続いた。


 魔人は余裕を見せていた。何故なら普通の人間の魔力量ならそろそろ限界が訪れるはずだからだ。だが、その魔人の目はカルロッタを正確に映していなかった。


 カルロッタは杖をその魔人に投げ付けた。その杖は大きく孤を描き、魔人の背に落ちた。


「自暴自棄になったか!!」


 だが、ある違和感があった。杖とは指向性を持たせる物だ。それを手から離せば本来魔法さえも撃てない。


 にも関わらず目の前にいるカルロッタは未だに変わらず魔法を放っている。


「貴様……!! どうやって魔法を放っている!」

「……杖は指向性を持たせるための()()()です。卓越した技術を持ちさえすれば、それを持っていなくても撃てますよ。まさかそれを持てないと魔法を使えないんですか?」


 カルロッタは魔人を嘲笑った。


 本来それを出来る人物は数えることが出来る程珍しい。カルロッタが異端なのである。


 そこから、本来ありえない現象が起きた。カルロッタの周りにとても簡単に作られた魔法陣が複数光っていた。そこから更に魔力の塊が放たれた。


「何だその魔法の使い方は……!!」


 魔法陣による魔法の発動。本来紙や何かを刻んで使う物だが、カルロッタはそれを魔力で空中で形作り、それを発動させる。


 空中で魔法陣を刻むと言う神業と表現するのもまだ足りない技量は明らかに18年で到達する物では無い。


 だが、それは今、目の前で、起こっている。しかも人間が。


 更に数を増す魔力の塊を全て跳ね返している魔人は、少しだけ焦りが見えた。


 絶え間なく続く魔法がぶつかる音は、この戦闘のレベルの高さを物語っている。


 すると、四発同時に放たれた魔力の塊がカルロッタに当たる前に、魔人に跳ね返った。


「……解析完了。真似事くらいなら出来るようになったかな?」


 カルロッタの魔法の一番の才能は魔力量では無い、技術力では無い、それは見た魔法を自力で構築し模倣する、圧倒的な才。


 あくまで自力、自分の想像から作り出した魔法だ。完璧に模倣している訳では無いが、それでも同じように跳ね返すことが出来ている。


 そこから更に魔法陣は増えている。更に魔力の塊は放たれ続ける。


 二人の間に飛び続ける魔力はやがて常人では視線に捉えることも出来ずに、偶に光る謎の空間へとなった。


 ……これだと時間がかかる。この全部を跳ね返しているってことは自動的に跳ね返すのかな。それとも……。


 あ、良いこと思い付いた。


「"冷える風""凍える息吹""永久凍土を創り出す""訪れる氷河の時代""流星は未だ落ちず""流れる水さえも凍りつき""反射するは美しき女神""番の兎は雪に埋もれ""番の妻は雪に眠る"」

「詠唱魔法か! 無意味だ! 全ての魔法を跳ね返してみせよう!!」

「"聳え立つ白き氷山""凍土は未だ溶けず""雪が積もるその大地で""彼女はただ祈りを捧げる""放たれるは氷の魔""放たれるは氷の精""ただ真っ直ぐに放たれろ""我は氷""我は雪""我は凍土""故に放つは数多の凍土""放たれろ、水面に映った女神の息吹よ"」


 魔人は嘲笑っていた。何故なら、それが効かないことは自分自身が一番知っているからだ。"あらゆる魔法を跳ね返す"魔法は、自身が築き上げた完璧な魔法だ。今カルロッタが放とうとしている凍結魔法の最上級魔法さえも必ず跳ね返せる。


 だが、何か違和感があった。カルロッタの手には凍結魔法の兆候である温度の低下が無い。だが、それはすぐに分かった。


 自分の背にある何かが急激に魔力を高めている。振り向けば、カルロッタが投げていた杖が浮いていた。その杖は魔人に向けられており、そこから温度が低下していた。


 そこから放たれた最上級魔法に正面から向き合い、それを跳ね返そうとした。


 だが、背にいるカルロッタから放たれた無数の魔法の塊がその魔人の体を貫いた。


「やっぱり。視界に入れた魔法だけなんですね」

「貴様……!!」


 凍結魔法は確かに空に高く跳ね返された。だが、貫かれた穴は更に増え続けた。


「人間ごときが……! 貴様のような女ごときがぁぁぁぁぁ!!」

「遺言はそれで良いですか?」


 やがて塵も残らない程魔力の塊で粉々に砕けた。


「……ふぅー……疲れた。あ、大丈夫ですかシロークさん! 今回復魔法を使いますね」

「……こ……」

「こ? こって何ですか?」


 シロークさんがこちらを見る顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。


「こわかったよぉかるろったぁー!」


 そのシロークさんの声は何時もの凛々しい声では無かった。もっと幼い、怖がっている子供に近い。


「だって……だって僕……死ぬ気であの魔人と戦って……それこそ最後は僕の先祖みたいに命をかけようと思って……でもやっぱり死ぬのは怖くて……」

「私がいる前でシロークさんは死なせません! 私は強いんですよ! だから、もう泣かないで下さい」

「ほんっとうに……怖かった……死にたくないよ僕……」

「わたしだって死にたくないですよ」


 そんなシロークさんの傷を治しながら慰めながら、私は魔力探知に引っかかっている多くの上くらいの魔物と、私に匹敵する魔力量を誇る人が二人。


 一人はルミエールさんだろう。なら……もう一人は……誰だろうか――。


 ――ある黒いローブを深く被った人間の集団。


 逃げるように走っているその三人の足元は凍らされ、動くことは出来なくなった。


 奥から現れた小さな人影は、金色の髪を持っている幼女だった。片手には無垢金色に輝く短く小さな杖を持っていた。


「何個か聞きたい。あの魔物達は貴方達?」

「そうだと言ったら」

「誰から命令された?」

「教えるわけ――」


 すると、黒いローブを深く被っている人間の右腕に激痛が走った。見れば肉が腐り落ち、骨が露出していた。


「勘違いしてない? 断る理由も、権利も、貴方達には無いでしょ。素直に喋るか、地獄を見るか。それを選ぶ権利しか貴方達は持っていない」

「……喋るか」

「……そう。じゃあもう無理だ。死ね」


 三人は一瞬の内に光に包まれ、やがて塵一つ残さず消え去った。


 メレダは付けている指輪に向けて声を出した。


「ルミエール?」

『はいもしもし。どう? 何か分かった?』


 ルミエールの声はその指輪から聞こえていた。


「喋るとは思えない。相当忠誠心が高い」

『そっか。じゃあ仕方無いよ』

「街の魔人はもうカルロッタが倒したみたい」

『あーだったら急ぎすぎたかな。だってもう……』


 ルミエールの側には、無数の魔物の死骸で作り上げられた丘があった。


「ぜーんぶ倒したからね」


 魔物発生からおよそ3分12秒、ルミエールの活躍によりおよそ2000体の上くらい魔物を殲滅完了。


「じゃあ最後にジャンカルノさんに挨拶して……ごめん。ちょっと援護に来て」

『……そこに誰かいるの?』

「メレダでも感じられない気配をしてる人がね」


 ルミエールの目線の先には、ある男性がいた。


 相当美に力を入れているように見える美青年だった。


 黒目黒髪のその男性は、ただ薄ら笑いを貼り付けていた。


「……君とは初めてかな、ルミエール君」

「……誰? 私は貴方みたいな人、記憶には無いよ」

「そうか、確かにそうだね。初対面だし。そうだね……名乗るなら何方が良いかな……。ああ、そうだ。ジークムント(■□■□■□)・■・□■□■・□■□■・□■□■さ。君なら聞こえるだろう」

「……名前を聞いてる訳じゃ無い。何で来たかってこと。あれは貴方がやったの?」

「……僕が命令したと言えば、確かにそうだね」

「そう。分かった」


 帯刀していた刀を引き抜き、そこから白い刀身が薄っすらと暖かく輝いていた。


「自由にすれば良い。僕達人間は自由なのだから」


 その男性の伸ばしてルミエールに向けた手は即座に切り落とされた。


「はやっ……!?」


 その驚愕の声は短く区切れた。その理由は、ただただ単純だった。


 恐らく蹴りが何発もそのジークムントに当たった。恐らくと表現したのは、この世に残っている生物の内、何処かにいるリーグの王以外に見える存在は無いからだ。


 その衝撃はジークムントの体を簡単に吹き飛ばし、木を薙ぎ倒しながら開けた場所に転がった。


「かはっ……!? 規格外過ぎるよルミエール君……!! 認識も出来ない内に何発蹴られたのか……刀は使わないのかい……!」

「私を誰だと思ってるの? 今貴方の目の前にいるのは多種族国家リーグ国王陛下直属親衛隊隊長ルミエールだよ」

「分かっているさ。油断もしていなかった。だが、それでもここまで力量の差があるとは思わなかったよ……!!」

「さて、何処から来たか教えて貰おうかな」

「もう分かっているだろう?」


 ジークムントの切り落とされた手は何時の間にか治っていた。再度その手を向けられたルミエールは見えない何かを弾くように刀を振った。


 無数に飛び交う何かを切り落とすように振りながら更にジークムントとの距離を詰めた。


 ルミエールはあまりの超高速移動において姿を消し、ジークムントの胸を貫いた。そこから斜めに切り落とし、そのまま地面に突き刺した。


「"狂咲桜(きょうしょうさくら)"」


 それと同時に白い刀身は桜色に変質し、辺りに桜の花弁が舞い散った。何処までも美しく、それでいて儚さを感じる桜がルミエールの背後に大きく現れた。


 舞い散る花弁はジークムントを襲った。その花弁は鋭く皮膚を傷付けた。だがジークムントは一瞬だけ姿を消し、全ての花弁が何かで切り落とされたように落ちた。


「……厄介だね。本当は君と戦う気は無かったんだけど……」

「私だってここに来たのは貴方と戦うためじゃ無い」

「そうかい。けれど戦う理由はある。そうだろう?」


 すると、上空からドラゴンのような白い翼と背中からはやしているメレダが地面に降りた。


「……誰あれ」

「ジークムント。危険人物」

「……了解」


 ジークムントは貼り付けた薄ら笑いを崩さずに、それでいて歓喜を口にした。


「やあメレダ君。君のことは知っているよ。竜人族最後の生き残りにして、リーグの代理国王」

「……気持ち悪い」

「例え僕でも傷付くよ……。ああ、そうだ。親睦の証として、ある情報を君にあげよう」

「有益な情報なら良いけど」

()()()()()()()()()とかどうだい?」


 その言葉はこの場の空気を一変させた。


 メレダは目を見開き、それでいて驚愕と歓喜、それでいてもっと別の感情を持っていた。


「僕なら分かる。何故なら僕の目的にはリーグの王が必要だからね。調べておいたよ」

「早く教えろジークムント。私は気が短い」

「うーん……どうしようかなー?」

「……そう。無理矢理屈服させて聞き出せと言っていることは分かった」

「そうすれば良い。君達は自由だ」


 メレダは怒りをその表情でジークムントに向けた。自分が500年間探し求めた愛しい人の、メレダの長い人生にとって初めて愛した人間の居場所を教えないジークムントは、何処までもメレダを嘲笑っていた。


 その感情を察したのか、ルミエールはメレダの杖を力強く握っている手に触れた。


「落ち着いてメレダ。大丈夫」


 そのルミエールの手は、少しだけ震えていた。


「私はどうすれば良い? メレダに合わせれば良い?」

「好きに動いて。私が合わせる」

「やった」


 ルミエールの背後にある桜の幻影は、やがて優雅に散った。


 辺りに散っていた桜の花弁は全て切り落とされていた。


「綺麗な桜はやがて散り、何処までも儚い物。貴方は何処まで知ってるの? ジークムント」

「……君が知っていることの全て」

「……そう。何者なのかは、ある程度予想は付くんだけどね」

「流石としか言えないねルミエール君」


 ルミエールは地面に突き刺さった刀を引き抜くこともせずに素手でジークムントに向かった。

「え、これ私がやるの?」

「お願いメレダ! メレダでも大丈夫だから!」


 メレダは杖を持っていない手を僅かに動かすと、地面に突き刺さった刀は抜け、僅かに宙に浮いた。


 ルミエールが腰に着けていた鞘も一緒に浮き、やがて桜色の刀身はその鞘に少しずつ収まった。それと同時に散った桜の木の枝に僅かに蕾が咲き始めた。


 そこから更に刀身が鞘に収まると、桜の木は更に成長し、大きくなっていた。蕾は開き桜の花弁を徐々に見せ始めた。だが、花弁は舞い散ることなく枝に付いたままだった。


 その中心にまだ成長して一年程の桜の木が生え始めた。


 辺りに舞い散る桜の花弁は僅かに増え始めた。


 ルミエールは言霊を発した。


「"万年桜花(まんねんおうか)三割咲(さんわりざき)"」


 花弁はルミエールの周りを意志を持っているかのように動き、更にジークムントを襲った。


 だが、ジークムントの周りの花弁は次々と切り落とされた。全く動かずに、立ち竦んでいるジークムントからは余裕の表情が見える。


 だが、その余裕はすぐに焦りに変わる。ルミエールの振りかぶった拳はジークムントの顔面に直撃した。


 対処は出来なかった。出来るはずも無かった。転移魔法を織り交ぜた移動手段は予測不可能だからだ。


 武器も持たない純粋な身体能力による拳の連撃、僅かな刹那の時間に、それは本来であれば致命的な傷になるはずであった。


 決して死なない。むしろ彼は生きてもいないのだろう。そこに存在しているだけの何か。それがジークムントだ。


 ルミエールはジークムントを上へ殴り飛ばし、空中に浮いたその体に桜の花弁が襲いかかった。


 浮いている鞘に、更に刀身が収められた。それと同時にまたルミエールは言霊を発した。


「"万年桜花(まんねんおうか)五割咲(ごわりざき)"」


 桜の木は五割咲になっており、より立派に成長していた。千年の樹齢を優に超えているようにも思えた。


 周りに生えていた桜の木は立派なものになっており、多くの花弁を散らしていた。そして、更に広く地面から桜の木が生え始めた。


 桜の花弁は不自然な動きをしてジークムントを囲った。


 だが、音も衝撃も魔力も無いまま桜の花弁はジークムントの傍から吹き飛んだ。そこから地面に着地したジークムントは右腕を大きく横に薙ぎ払った。


 メレダはルミエールと自分の前に防護魔法を使った。その判断は正しかった。


 ルミエールとメレダの背後にある全てが横一文字に切り裂かれた。


 メレダは杖を大きく振った。無詠唱による魔法の発動はジークムントの傍に爆発が起こった。


 ジークムントの視界は爆炎に包まれ、視界が遮られた。


 視界が晴れた頃、ジークムントの前方には無数の魔法陣が空間に刻まれていた。全てが最上級魔法を象る複雑な魔法陣であった。


 そこから放たれるのは誇大な魔法では無い。人の半身程の大きさの球だった。最上級魔法を極限まで圧縮し、より小さくした高度な技術による物であった。


 それは100を優に越え、視界に入れない方が難しい程辺りを満たした。


 それは辺りを支配し、それは乱雑に、縦横無尽に魔法が高速で動いた。当たれば圧縮された威力が一斉に体を襲う。


 メレダの魔法の技術はあまりにも高度だ。今まさに縦横無尽に走り回っているルミエールに当たらずに、それでいてジークムントに当てると言う困難なことを涼しい顔でやっている。


 ……当たってない。いや、当たってる。当たってるけど……何故か治っている。回復魔法みたいな単純な物じゃない。もっと何か別の……。


「ルミエール、一気に行くよ」

「了解」


 ルミエールは浮いている鞘と刀身を掴み、それを更に収めた。


「"万年桜花(まんねんおうか)八割咲(はちわりざき)"」


 桜の木は満開になっており、より立派に成長していた。


 周りに生えていた桜の木は更に立派なものになっており、樹齢が百年程のように見えた。より多くの花弁を散らしながら更に広く地面から桜の木が生え始めた。


 魔法に包まれ、桜の花弁に包まれる空間。美しいと形容する景色の中で、激闘はまだ続く。


「"万年桜花(まんねんおうか)九割九分九厘(くわりくぶくりん)(ざき)"」


 満開を超え、桜の花弁は咲き誇った。より立派に成長しており、現存している木の最高樹齢を優に超える程の巨大樹になっていた。


 周りに生えていた桜の木は更に立派なものになっており、樹齢が千年程のように育った。それはこの空間の視界の全てに桜の木が生えた。


 桜の花弁に傷付きながら、最上級魔法に当たりながら、それでも死ぬことは無くジークムントは突き進んでいた。


 姿が消えたと思うと、次に現れたのはメレダの背後だった。だが、メレダは杖を振り、そこから発せられた魔法による衝撃はジークムントを吹き飛ばした。


 その一瞬の隙にルミエールが持っている鞘に刀身が収まった。


「"万年桜花(まんねんおうか)満開之時(まんかいのとき)十割(じゅうわり)狂咲(きょうしょう)妖艶桜(ようえんさくら)"」


 蕾は全て咲き誇り、より妖艶に、より美しく、より綺麗に、より多くの花弁を咲かせていた。


 辺りに舞い散る花弁はジークムントを襲ったが、また姿を消した。現れたのはルミエールの前。手を力強く握ろうとしているジークムントは薄ら笑いを貼り付けていた。


 だが、何故か握ることは出来ない。その顔は、どうやらジークムントの予想とは反していたらしい。


 そして、ルミエールは桜の花弁を操り、それでいてジークムントと戦いながら詠唱を始めた。


「"思い出の場""それは血塗られた不幸の場""罪深き獣は天狼を殺す"」


 ジークムントが腕を振る度にルミエールは刀を振り、ルミエールの背後の全てが切られた。


「"見上げた星は牡牛座""見惚れる星は牡牛座"」

「流石にもう……!! 無理かな……!!」


 逃亡の兆しを見せたジークムントに向けてメレダは杖を振った。すると、ジークムントの周囲には魔法陣が空中に刻まれた。その魔法陣から鎖が飛び出し、それはジークムントの体を縛った。


「逃がすと思ってるの?」

「やはり厄介だねメレダ君……!」


 空中に刻んだ魔法陣による発動の利点は、本来魔法は杖から発せられるため遠い場所に向ける場合時間がかかる。だが魔法陣がその近くにあればそこから魔法が発せられるため時間の短縮に貢献する。


 ルミエールは抜刀術の構えのままジークムントの下へ走りながら詠唱をした。


「"未だに恋焦がれている六連の星"『固有魔法』"大罪人への恋心"」


 ジークムントはその鎖を自身の能力で切ろうとした。だがその時にはルミエールの詠唱はもう終わっている。


 ルミエールの『固有魔法』"大罪人への恋心"、半径100mの自分以外のあらゆる存在の魔力、及び能力の使用を禁ずるルミエールだけが扱える『固有魔法』。


 抜刀術により最速の速度に至ったその刀身は、ジークムントの体を斬り裂いた。


 小さな悲鳴と一緒に鎖は切られ、ジークムントはその場で地面に倒れた。


「……はぁっ……はっ……流石だよルミエール君……!」


 すると、ルミエールを襲う巨体の男性が現れた。


 3mを超える身長のその男性は執事のような服を着ており、頭を紙袋で隠していた。


 その男性が持っている大剣をルミエールは当たり前のように弾くと、その男性は大剣をその場に残しジークムントの傍にいた。


「さようならルミエール君、それにメレダ君。君達と戦うのはこれで最後だろう」


 その巨体の男性の服から黒い布が溢れた。それは二人を包み、消えたと思うとジークムントと巨体の男性はその場からいなくなってしまった。


「……逃げられたね」


 メレダは舌打ちを小さくしていた。


「何だったのあのジークムントなんて男。私は知らない」

「私も知らないよ。恐らくただの人間だね」

「……ルミエール。私は500年間貴方と親しくやって来たけど、そればかりは賛同は難しい」

「ただの人間だよ。あれは、本当に。何よりも自由だからね――」


 ――空は暗くなり、そして星空は綺羅びやかに輝いていた。


 ルミエールは、ただ星空を見ていた。


「……何処かで、見てるのかな……」


 ルミエールは悲しそうな顔をしていた。それは未練と、そして未だに誰かに恋をしている。


 彼女はリーグの王を愛していた。そして、リーグの王も彼女を愛していた。それは禁断の恋などでは無かった。リーグの王が王として君臨する前から恋い焦がれ、そして支えてきた彼女の愛を否定する理由は誰も持っていない。


 故に彼女はリーグの王を探している。それでいて彼女は失踪の原因を知っている。それを支えることが出来ずにいた自分を恨んでいる。


 自分を恨んでいる感情、それはリーグの王の傍に仕えた全員が思っていることだ。


 リーグの建国当時からずっと傍にいた彼女は、未だに星の光に恋い焦がれている――。


 ――カルロッタの師匠は吹雪が吹き荒れる永久の氷山の上に立っていた。そこから見える綺羅びやかな夜空を見上げ、牡牛座の星の並びに良く似ていた星座を見詰めていた。


「……ルミエール、そろそろ気付いたか。……結界の強化をしないとな。見付かればきっと、戦闘は逃れられないだろう。……例えリーグの全兵士が俺と敵対したとしても全てを圧倒してやろう」


 カルロッタの師匠は、ルミエール、多種族国家リーグの人物に見付かれば戦闘は免れない立場にいる。


 その理由は、カルロッタでも分からない。まず教えられていない。その秘密を守るためにカルロッタと交わした契約魔法だ。


「……ごめんな、()()()。……あと……もう少しだ。そうすればきっと……」


 カルロッタの師匠の瞳から、僅かに涙が落ちていた。たった一粒の涙はすぐに凍りつき、やがて砕けた。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


意外と早く書けました。さーてさーて、謎がどんどん増えますねー。

□□□って何かって? ……さあ? 何なんでしょうねアハハ。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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