日記14 大海へ! 目指すはパウス諸島! ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
船の中の生活は、案外変わらない。潮の匂いと漣を延々と感じるだけだ。
ただ、嬉しいことではあるのだが、ちょっと言いたいことがある。
……私の右腕と左腕がシロークさんとフォリアさんに拘束されている! 一緒に寝たいって言ったのは私だけど! 起き上がれない!
まだ寝ているシロークさんとフォリアさんを起こさない様に、何とか腕を引き抜き、私は甲板に足を運んだ。
僅かに残った眠気を日差しで解消し、船の揺れで少しだけ湧き上がった吐き気も一緒に背筋を伸ばせば無くなった。
もう一度海を眺める為に甲板を歩いていると、足先に何かが打つかった。不思議に思い下に視線を降ろした。
そこには、甲板の木の板から何故か伸びている木の枝に絡まりながら寝ているフロリアンさんがいた。何故か左腕だけは真っ直ぐ空に向けて立てていた。その左手にはチィちゃんを掴んだままだ。
最初こそ私の頭は理解を拒んだ。少しだけの時間を掛けて、ようやく事態の異常性が分かった。悲鳴にも近い絶叫を発してしまった。
その声に、フロリアンさんは目を覚ました。
「……あ? ああ、カルロッタか。どうした。魔物でもいたか」
「フロリアンさんに驚いたんですよ!?」
変人だとは思っていたが、流石に……。
「一応聞いておきたいんですけど、何をしているんですか……?」
「植物に包まれないと眠れない」
「それで何で左腕を挙げているんですか……?」
「チィちゃんが潰れるだろうが!! チィちゃんの為に日光を浴びせたいだろうが!! 何故こんなに単純で容易で簡単なことさえも分からない!?」
うん。こんな人だ。
板材から伸びている枝は植物愛好魔法を使って伸ばしたのだろう。
この人の魔法は、この海だと使い道があるのだろうか。この人は実質的に魔力が無尽蔵にある理由は周りに存在する植物が必要不可欠だ。
こんなただただ青い海しか無いこんな場所で、この人が操れる植物はこの船とチィちゃんだけだ。
まあ、案外どうとでもなるのかも知れない。この人は魔法に関しては天才の粋だ。だからこそこの人はこんな性格に育ったとも言える。
天才だからこそ、その全ての行動に意味があると思われ矯正されてこなかった。威圧的な態度をとるのもそう言う理由だろう。私は……それはそれはもう、躾けられた。
悪いことをすればおやつ抜きが一番辛かった……私が思春期の反抗期になった頃は……いや、案外何とでも無かった様な? 私があまり変わらなかったのかお師匠様の接し方が百点だったのか。
まあそれは今となっては分からない。
えーと……何の話だったっけ……? ああ、そうだ。フロリアンさんの性格の話だ。
フロリアンさんは元貴族だ。そう言う理由もあるだろう。
まあ、この年齢になってしまえば矯正は難しい。いや、今後の出来事によっては性格が丸くなる可能性もある。
まあ、私が口出し出来る問題では無い。そう言うのはフロリアンさんが気付いて成長しないといけない。
それに、初対面の頃と比べれば目が穏やかになっている。試験を越えて、僅かに成長しているのだろう。何があって成長したのかは分からないけど。
フロリアンさんは生えた木の枝を自分の体から魔法で離し、その場に立ち上がった。
「この寝方をすると俺の体が冷えるのが唯一の問題だな」
他にも色々問題がありそうだけど……。
「まあ、植物が喜ぶならそれで良い」
植物への愛が重い!
もう怖いこの人! 植物の為なら血も捧げそうで怖い!
朝食を食べ、そして暇な時間が流れ始めた。
海をただぼーっと眺めていた。僅かに僅かに丸みを帯びている水平線を見れば、この世界が丸いことを証明出来るのかも知れない。
お師匠様から何度か聞いた話。この世界は球体で、右へ左へ上へ下へずっと同じ方向に進めば何時か出発点に着けるらしい。俄かには信じ難いが、お師匠様の話が間違っていたことは……いや、案外あったかも。
じゃあ違うかも? ……いやーこの光景を見る限り本当な気がする。
少しだけお師匠様の話を思い出した――。
「――お師匠様」
「どうしたカルロッタ。今蟷螂が何処かに逃げてそれを探しているんだが。お、いた」
そう言ってお師匠様は蟷螂を手で捕まえたが、その指先を噛まれてしまった。
「いった!? この昆虫風情が!!」
そのまま蟷螂を虫籠の中に戻し、傷付いた指先に絆創膏を貼った。
「痛い……ああ、それで、どうしたカルロッタ」
「前に世界は丸いって言いましたよね?」
「ああ、確かそうだったな」
お師匠様は虫籠を机の上に置いて、椅子に座った。
「本当なんですか?」
「嘘と思うのか?」
「はい。正直に言うと」
「ま、当たり前か。俺が産まれた所だと常識だったんだが……。嘘か本当かは、海を見れば分かる。とは言ってもこの世界には海が無いからな……」
お師匠様は指先をくるくる回すと、その空中に魔法陣を刻んだ。その魔法陣に手を入れ、出すと、その手にはティーポットとティーカップを握っていた。
「この世界が平らなら、海を真っ直ぐ進む船は小さくはなるがずっと見えるはずだ」
「違うんですか?」
お師匠様はティーカップを傾けると、そこから紅茶が溢れた。それをティーカップに注ぐと、すぐに飲み干した。
「実際の海を真っ直ぐ進む船は、地平線の下に消えていく。最後に見えるのは……船の上だろうな。帆柱とか。それに……そうだな。天象儀室で説明しよう」
お師匠様が指をぱちんと鳴らすと、お師匠様の服装は黒い燕尾服の様な物に変わりその上に黒いケープを着ていた。全身真っ黒だ。
私達はこの世界の夜空を望遠鏡を覗いて見える大きな星の模型が飾られている部屋を通って、その先にある天象儀室へ向かった。
お椀を被せた様な形をした黒い天井のただ暗い部屋だ。お師匠様はその中心に立った。
そして、お師匠様は右手の人差指を立てた。すると、その指先から淡い光が浮かび、やがてそれは一人でに天井まで浮遊した。
その淡い光が天井に触れると同時に、暗い部屋は姿を変えた。
夜に見える星空と全く同じ小さな丸い光が浮かび上がっていた。空が動くのと同じ様に、その光も動いていた。
そしてお師匠様は指をぱちんと鳴らすと、良く見る月の姿が大部分に映された。
「まず、周りにある月も、輝く星々も、丸い。月も丸いな。なら何故この世界だけ球体じゃ無いのかと言う疑問も出るだろ?」
「ああ、確かに」
「ま、その赤い目で見ないと信じられないだろうな」
「はい」
「良い返事だ」
お師匠様は私の頬に触れながら、瞳を覗く様に見詰めていた。その顔は、僅かに憂いを帯びていた。
「星の光に惑わされない様にな。星の光は目を潰し、咎人だと言うのに他者から愛される罪深き光だ」
「星の光?」
「ああ。……ただ、カルロッタが星の光を受け継ぐのなら、その星の光はとても綺麗な物になるかもな――」
――星の光……。
メグムさんが言っていた。「あたしはその星の光に恋い焦がれてしまった」と言う言葉を参考にするのなら、その星の光はリーグの王であるウヴアナール・イルセグを指している。
今振り返ると、お師匠様は良く星の光と言う単語を使う。ただ、必ず「罪人」「咎人」「悪人」と言う単語も必ず付いている。
……「星の光に惑わされない様にな。星の光は目を潰し、咎人だと言うのに他者から愛される罪深き光だ」と言う言葉も……リーグの住人に対しての悪口にも聞こえる。
それにしては、何だか違和感を覚える。
……今は、お師匠様のことは考えない様にしよう。ただ見慣れない青く広い湖を見続けよう。
海を見ている私の隣に、シャーリーさんが飛び跳ねながら何とか海を見ようとしていた。
私はシャーリーさんの脇に手を入れ、その体を持ち上げた。
「おお、ありがとうな」
「いえいえ」
相変わらずちっちゃい体だ。とても軽い。
ファルソさんは明らかに魔人だから生きている時間が違うから私より年上であんな小さな体も理解は出来る。ただ、シャーリーさんは人間だ。こんな体質の人なのだろうか。
まあ、色んな人がいる。仕方の無いことだろう。
それにしても、この人からは相変わらず何処かで嗅いだことのある香水の匂いがする。ハーバルノートのひんやりと冴え渡る匂いがする。
「……先程はどうしたのだ。何か考え事をしておったが」
シャーリーさんは海を眺めながらそう言った。私に向けられた言葉だろうか。
「少しお師匠様のことを」
「ほお、カルロッタの師となると……相当な実力者なのだろうな」
「はい。一度も勝てませんでした」
「ひょっとするのだが……リーグの親衛隊隊長と同格なのでは無いか?」
「さあ? 底知れなさは同じくらいですけど」
実力は私より上。それくらいしか分からない。底が見えずに、頂上も見えない。そんな人。
正体不明と表現するなら、相応しいのはジークムントさんの方だろう。今まで思い出せない理由が未だに分からないし。
「我の師も、我は一度も勝てなかったのだ。何度も戦ったのだがな。絶対に無理だった」
シャーリーさんはずっと海を見詰めている。その視線は動くことは無かった。
シャーリーさんは薄ら笑いを貼り付け、呟いた。
「良い師だった。何時かその血を啜り、操りたいと思う程になぁ。最初は、初恋だったのぉ……」
ゆっくりと、シャーリーさんは語っていた。ずっとずっと、海を見詰めている。
「……薬草に近い爽やかな匂いが……とても綺麗だった……。……あの笑い顔が、とても……とても好きだった」
この人は、自分の師を尊敬していると言うか……何と言うか、愛している。そうだ。これがしっくり来る。純愛みたいな。師と言う関係で終わらせたくないみたいな感情が私の肌に突き刺さる。
「海の話も良くしておった。『海は何処までも広がり、そして全てを受け入れる。全てを受け入れるが、底には全てが溜まる。全てが溜まるが、やがては全てが流れ着く。やがてその全てを人々は内側に溜め込み、そして人々は腐り落ち、全てになる』……と」
「私のお師匠様も同じ様なことを言ってました。『海は案外全てがある。全てが生まれたからこそ全てが流れ着く。良い物も悪い物も全て、地面に埋められた物も空に投げられた物も全て、やがては海の底に沈む』って」
「似通った考え方だのう。もしや……いや、それはありえんか」
シャーリーさんは手足をばたばたと動かした。降ろして欲しいことと分かった。
シャーリーさんを床に降ろすと、爪先をぴんと立てて私の顔を覗いた。
「カルロッタ、お主は可愛らしいのう。子供の様に丸い顔に、子供の様に愛おしい」
ああ、ようやく分かった。この人から感じる優しさは、私が思春期の頃に求めていた母親の愛に近い。育ててくれたお師匠様が愛してくれたのは分かっている。ただ、私を産んでくれた誰かの愛が欲しかった。
育ててくれた他人の愛じゃ無くて、血の繋がりがある愛。
そんな愛に近い。だから私はこの人の声がとても落ち着くんだ。愛を感じるから、親近感が湧くんだ。
「……そう言えば、何でシャーリーさんは冒険者に?」
「師に認めて貰う為。あの後、師は我を見なくなってしまったからの」
……何があったのかは分からないが、まあ、言いたくないことなのだろう。私から踏み込むのは辞めた方が言いだろう。
また、シャーリーさんの魔力の雰囲気が変わった。まるで別人の様だ。
そして、私の視界に変化が起こった。
シャーリーさんから漏れ出る魔力は、変わり始めた。その直後に視界にはシャーリーさんが消え去った。その代わり、とても不思議な視界に包まれた。
白い花畑だった。いや、草原だろうか。とても明るい草原に見える。
……あれ? 何かおかしい。
ある違和感を抱いていると、その視界は元に戻った。
「……カルロッタの目は様々な物が見える様だのう」
シャーリーさんはそのまま船の中に戻ってしまった。
ぽかんとしていると、突然私の後ろに広がっている海から何かが飛び出して来た。
すぐに後ろを振り向くと、見知った金髪と碧い目が見えた。それと同時に魚の生臭い匂いが鼻を通った。
それは、シロークさんだった。前にお師匠様に見せて貰った滝を昇る鯉の姿にも似ていた。
一体何時海へ飛び込んだのか。そして結構大きな船なのに海面から甲板までどうやって飛び上がって来たのか……いや、シロークさんの身体能力なら納得出来るけど……。
シロークさんの服装は胸と股だけを隠している質素な物だった。水を泳ぐなら良いだろうが、女性としては色々危ない気がする。
実際股を隠している布が水を吸収して重くなっている所為か、鼠径部辺りが見えてしまっている。
そしてその片手には、縄で縛っている数十匹程の魚を持っていた。
「ふぅ。ちょっと疲れた」
そんなことを呟いているシロークさんの股を隠すだけの布がずり落ちそうになった物を、即座に持ち上げた。
「危ないですよシロークさん!?」
シロークさんからは塩の匂いが強かった。海水が腹部にまだ流れている所為だろうか。と、言うか――。
「色々えっちなので服着て下さい!!」
胸が私より大きいのに六つに割れた腹筋が、水に濡れているその姿が色々駄目だ。
「大丈夫だよ。僕は騎士だからね」
「何が大丈夫なんですか!? それ以上に女性なんですから!! 男性もいますから!!」
色々危ないこの人! 自分が凄いえっちなことに気付いてない!!
すると、その甲板に水が落ちる音がした。シロークさんでは無い。もう少し遠い。
見てみると、エルナンドさんが甲板で塩水を服に乗せながら息切れをしながら横たわっていた。
「はっ……はぁぁぁっ……!! 死ぬ!! この船を登るだけでも死ぬ!!」
「あー! エルナンド! ズルしたね!」
「いや! 何もしてない! ズルして無いですよシロークさん!」
「いーや! まだ三十分だよ! 僕は一時間って言ったはずだよ!!」
「いや……ほんっとに……勘弁して下さい……!!」
「しかも魚二十匹もまだみたいだし!」
シロークさんはずんずんと横たわっているエルナンドさんに近付き、その体を軽々と持ち上げた。
「いやだー! もういやだー! 死んじゃうー!! あーそこの赤髪の可愛い子ちゃん! 助け――」
そのままエルナンドさんはシロークさんに船の外に投げ飛ばされてしまった。
悲鳴を発しながら、シロークさんに無慈悲にも海に投げ飛ばされてしまったエルナンドさんは、何とか腕を動かして船の速度に追い付いていた。
「ほら! 君には充分な才能があるんだから! それがまだ孵化して無いだけだよ!」
あれは色々大丈夫だろうか。まあ追い付けているから大丈夫だろう。……いややっぱり無理かも?
まず人間の速度にしては色々おかしい。……と、言うか、魚二十匹を捕まえるのも同時に遂行しようとしてる……?
それをシロークさんは息切れもせずにやり終えたと言うことだ。あれ? これシロークさんがおかしいだけ?
ふとシロークさんの方を見ると、豊満な胸を隠す布が僅かにずれ始め、胸の谷間を露わにしてしまった。
私は咄嗟にその布を上に上げた。ああ危ない。乳房まで丸見えする所だった。
そのまま時間は過ぎ去り、この船は一旦無人島に停まった。どうやら今日はここで休憩と物資の補給をするらしい。とは言ってもその物資の補給はヴィットーリオさんの頼みでエルナンドさんの育成の為にヴィットーリオさんとエルナンドさんとシロークさんの三人だけその作業をすることになったらしい。
何故かマンフレートさんも一人でにそれを手伝っていた。
エルナンドさんがとにかく不憫だ。
アルフレッドさんは目の下のくまが酷いが、小さく呟いた。
「……船酔いした……。……あー……君達、この島では、まだ未踏破の迷宮が一つあるらしい。暇なら……まあ、そこを攻略するのも良いだろう。私は寝る。何かあればヴィットーリオに言ってくれ」
アルフレッドさんはすぐに船の中に戻ってしまった。
そう言えば、ヴァレリアさんが見当たらない。船には乗っていたはずなのに。
まあ、良いや。あの人ならここにしか無い物を勝手に採取して勝手に高額で売り払いそうだ。そんなことでもしているのだろう。
それにしても……迷宮。しかも未踏破。何が眠っているのかは、少し気になる。
方向だけ教えて貰い私は迷宮へ向かった。
何故か、当たり前の様にフロリアンさんが着いて来た。私の隣を歩いている。
「カルロッタ。俺はお前を評価している」
「はあ」
「だが、一つ言いたい。お前からは、野心を感じない」
……突然何を言っているのだろうかこの変な人は……。
「野心とは本来何かを成し遂げたい、何かを達成したいと言う理想だ。その野望をお前は持っていない。何故ここにいる。何故ここに来た。何故、旅を続ける」
フロリアンさんの突然の問い掛けに、私は疑問を頭に浮かべることしか出来なかった。
こう言う話題はまず雑談から入るべきでは無いのだろうか。私もそれが出来てないとは思うけど。
フロリアンさんの問い掛けを頭の中で自分が納得出来る答えを出した。
「世界の全てを見たいんです。全て、隈無く、見逃しも無く、この目に写したいんです。私が旅を始めた理由は、そんな単純な物ですよ」
フロリアンさんは納得したのかしていないのかは分からないが、素っ気無く私から顔を背けた。
ようやく迷宮に辿り着いた。石で作られ植物に囲まれてしまった遺跡に見えるそれは、下に続く迷宮の一種なのだろう。こう言う時は最下層に何か眠っているのが基本だ。お師匠様もそう言っていた。
私達は入口から入ると、人程の大きさの何かがぶら下がっていた。
……いや、あれは、人だ。
「……そろそろ頭に血が上ってきたわね……」
ヴァレリアさんだった。ヴァレリアさんが罠にでも掛かっているのか錆びた鉄の鎖が右足に巻き付けられ天井に頭を下にぶら下がっていた。
ヴァレリアさんがスカートだったら危なかった。ハーフパンツだから良かった。
そう言えば、最近ヴァレリアさんの左の太腿には僅かな魔力を感じるガーターリングを着けている。恐らくヴァレリアさんの発明品の一つだ。
「ああカルロッタ。……タスケテ……」
「先に来てたんですかヴァレリアさん」
「すぐに来たらお宝とか独り占め出来るじゃ無い」
相変わらずの人だ。
私はヴァレリアさんの右足に巻き付いている鎖に杖を向けた。そして魔力の塊を放ち、その鎖を破壊した。
そのまま、落下のことを考えていなかった所為でヴァレリアさんは頭から落ちた。
人の体から鳴ってはいけない音が聞こえた気がする。
そのままヴァレリアさんはその場で頭を押さえながら右へ左へごろごろと転がっていた。
「頭が割れるぅ!! 本気で痛いぃ!!」
「ごめんなさいヴァレリアさん!!」
フロリアンさんはその様子を見ながら、ため息を吐いた。
何とか立ち上がり、ヴァレリアさんは私達と一緒に先へ進んだ。
「あー……痛い……」
「欲張り者は痛い目に遭う。童話の基本だな」
「煩いわねフロリアン」
ヴァレリアさんとフロリアンさんは案外相性の良い二人なのかも知れない。
迷宮を進んでいると、やっぱり下に続く石の階段があった。
たまーに魔物が出て来るが、まあそれは簡単に殲滅出来る。
たまーに罠が設置してある。その全てに、ヴァレリアさんは引っ掛かっていた。必ずその罠の場所に宝石とかがあったからだろう。その度にフロリアンさんがため息を吐いていた。
ようやく最下層に着いた。最下層とは言っても、地下三階だ。案外ここは浅かった。
まあ、途中図書室の様な場所があり、そこで私が知らない魔導書が五冊程あったからもう帰っても良いが、ここまで来れば最後まで行きたい。
ただ広い空間だった。前にシロークさんのお父さんの屋敷にお邪魔したが、あの屋敷の大広間の広さに良く似ている。
そして、その中心に人を模した人形が立っていた。まるで舞踏を始める前の様に右腕を斜め上に挙げ、その右腕に左手を添えていた。
その人形の顔は無くのっぺりとした白色が塗られているだけだった。
その人形は肌の露出が多いドレスを着ていた。胸元が大胆に開いていた。それに裾も長い。イブニングドレスだろうか。
その人形は、突然動き出した。お辞儀の様に頭を下げると、また同じ姿勢に戻った。
関節が自然な動きだ。まるで生きている様に体温も見た目から感じる。
その人形が踊る様に足を前に出すと、この広い部屋の床を隠す程に大きな魔法陣が刻まれた。
所々から、白い光が集まっている。その白い光が霧散したと思うと、そこからまた別の人形がそこには立っていた。
二人一組の男女の服装をしている人形が手を取り合い、踊り始めた。
すると、足下に刻まれている魔法陣が淡く輝いた。中心にいる人形が踊り始め、とても優雅に一回転すると同時に、私の足下にもう一つの魔法陣が刻まれた。
即座に足を動かしその魔法陣から離れると、その魔法陣から上に向けて炎の渦が巻き上がった。
「フロリアンさんが苦手な相手ですね!」
「嘗めるなカルロッタ」
そんなやり取りをしている間に、ヴァレリアさんは初めて見る銃を中心で腕を下げている人形に向けた。
何かを図る計量器と、その下に何かを調整するためのダイヤルが銃身に取り付けられていた。ただ、前に見せてくれた物とは違い冷たい魔力を感じる。
ダイヤルを回し、引き金を引くと冷たい魔力の塊が銃口から放たれた。
素早くその魔力の弾丸が人形にまで到達した様に見えた。だが、それよりも速く中心にいる人形は華麗に腕を挙げた。すると、その冷たい魔力の弾丸は上から降り注いだ小さな炎の針に貫かれ燃やし尽くした。
また優雅に一回転すると、私だけでは無くヴァレリアさんもフロリアンさんの足下にも同じ様な魔法陣が刻まれた。
私はまた足を動かし魔法陣から離れ、ヴァレリアさんも同じ様に魔法陣から離れ、フロリアンさんは"植物愛好魔法"を使い右手に構えていた杖をチィちゃんに向けて、大きく急速に育てた。
出来上がった青々しい葉を操り、その葉で力強く素早く体を押して貰って横に飛んだ。
直後に炎の渦が上に向けて巻き上がった。
人形は踊り狂い、生きていないはずなのに狂気を感じる動きをしていた。その度に、様々な形となって炎が襲って来る。
床の魔法陣はこの迷宮の特徴だろうか。まあ空中で魔法陣を刻む行為とはまた違うはずだ。
すると、ヴァレリアさんは柔らかい体を駆使しながら炎を避け続けていると、私が渡しておいた擬似的四次元袋からクロスボウを取り出した。ただ、魔力も感じるし色々見たことの無い機械が取り付けられている。
ヴァレリアさんはそのクロスボウに特殊な形状をした鉄の塊を装填した。その鉄の塊には魔法陣が刻まれていそうだ。
クロスボウを片手に、腰に身に着けていたトンカチを中心にいる人形に向けて投げ付けた。そのトンカチさえも、その炎で溶けてしまい床に落ちた。
それと同時に、ヴァレリアさんのクロスボウから鉄の矢が放たれた。炎を突き破り、人形の右肩に突き刺さった。
「"起爆"!」
その言葉と共に、その鉄の矢が爆発した。
鉄の破片も一緒に撒き散らされ、その人形の右腕と頭の半分が吹き飛んだ。だが、それでも人形は踊りを辞めない。
フロリアンさんがその人形に向けて何かを投げ付けた。小さい種子の様だった。
人形にその種子が打つかると、すぐに人形に右手の杖を向けた。
その直後に人形から、いや、人形に当たった小さな小さな種子が急成長し、人形を巻き込んで大木になった。フロリアンさんの魔法の成長が伺える。
その大木は一切火が燃え移らず、人形も踊りを止めた。
私はその人形に向けて単純な魔力の塊を何十発も放った。あくまで大木を傷付けずに人形に向けて。
簡単に人形を動かす魔石にまで到達し、それを破壊した。
そのまま人形は命を失った。その地面に刻まれた魔法陣も綺麗に消えた。
この人形は一種のゴーレムなのだろう。それにしては中々人間臭い動きをしていたが。
未踏破の理由は、危険度と言うよりかは人があまり来ない所為だろう。案外簡単に終わった。
私達は地上に戻ってみると、ヴァレリアさんがため息を吐いていた。
「お宝が何も無かった……」
この人は相変わらずだ。
私としては、もう魔導書が五冊も手に入って大満足だ。大満足でほっくほくだ。……ほっくほく? 自分で思って訳が分からないほっくほくの使い方だ。
まあ、擬音なんてそんな物だ。桃が川を流れる特定の擬音があるらしいし。ジークムントさんがそんなことを言っていた。
船が停まっている入江に戻ると、シロークさんとエルナンドさんが木剣で模擬戦闘の様なことをしていた。それを熱を持ちながら観戦している人が何人か。
確かに白熱した戦いだ。シロークさんが相変わらずあの服装のままなのはちょっと気になるが。
エルナンドさんが横に振った木剣を、シロークさんは弾き飛ばし、エルナンドさんの首に向けて木剣を突き出した。
その皮膚に当たる直前に、動きを止めた。
「エルナンド、まだ視界に頼ってるね」
「いや……視界に頼る以外どう動けば良いんですか……」
そう言う時は私なら聴覚に頼る。お師匠様から五感の有効的な扱い方を教わったからそれが出来る。
視界以外で景色を見ると言うのは、案外頑張れば出来るはずだ。私でも出来るし。
すると、ヴァレリアさんの小さな笑い声が耳に入った。
「これを使えば……ふふふふふ……」
何だか悪いことを考えていそうだ。
すると、シロークさんはふと視線を横に動かした。その視線の先には、マンフレートさんがいた。相変わらず上裸だ。
「……良い筋肉の付き方だね」
「む、俺か。それを言うなら、マリアニーニの令嬢も中々に無駄の無い綺麗な筋肉では無いか」
何だかシロークさんがうずうずしている。そのまま何処かへ走って行き、帰って来たかた思えば空の樽を持ち上げて来た。
樽を地面に置き、その蓋の上に肘を立てた。マンフレートさんも理解したのか、その樽の上に肘を立てた。
互いに手を組み合い、両者とも笑い掛けた。
すると、ここぞとばかりにヴァレリアさんが二人の間に立った。
「さあさあ! 賭けを始めましょうか! 騎士であり、私と共に未登録のドラゴンを討伐したシローク・マリアニーニか! 魔法は全て筋肉で跳ね返すと意気込むマンフレート・シューヴァーベンか! 銅貨十枚からよ! シローク! 集まるまで始めないでよ!」
ヴァレリアさんはこう言う時だけ生き生きとする。もしくは何かを開発、発明している時だ。
じゃあ、一応シロークさんに賭けておこう。……これ私が賭けても旅の仲間だから結局意味が無い気がする……。
まあ、一応最低金額の銅貨十枚で。
すると、ジーヴルさんが煽る様に語り掛けて来た。
「良いカルロッタ。こう言う時は大胆に賭けるべきなのよ。そんなに少ないお金で……はーやれやれ。分かってない」
何だかムカつく。
「楽しむ為には、大胆に。と言う訳で私は銅貨十一枚」
「色々言ってたのにジーヴルさんも少ないじゃ無いですか!?」
「カルロッタより一枚多いから何も間違っていない!」
そんなことを言っている横で、アレクサンドラさんは大銀貨五枚をマンフレートさんに賭けていた。
「うぉ。お金持ちねアレクサンドラ」
「当たり前ですわ。これでもわたくしは貴族ですのよ? ヴァレリア様」
「そうでしたのね。おほほほほ。……良い商売相手が見付かったわね」
ヴァレリアさんがわっるい顔をしている。
「倍率は両者……そうね。二人共二倍で。さあ、そこのヴィットーリオさんもどうですか!」
「ならお嬢――シローク様に金貨一枚を」
「わおさっすがギルドお抱えの騎士様。持っていますわねおほほほほ」
そして、シロークさんとマンフレートさんの腕相撲が始まった。
両者見事に拮抗している。腕がぷるぷると震えているだけで、まっっっったく倒れていない。
魔法か何かで固定しているのかと思ってしまう程、全く動いていない。
腕力がここまで拮抗しているとは流石に思っても見なかった。
やがて、シロークさんとマンフレートさんは二人共腕を止めた。
その腕を真っ直ぐ伸ばし、握手する様に手を組んだ。
「「良い筋肉だった!!」」
全く同じ言葉を二人は発した。
えーと……これは……?
ヴァレリアさんは上を見上げていた。すると、私達に顔を向けると、また悪そうに口角を釣り上げた。
「と、言う訳で、引き分けなので皆さん残念でした。賭け金没収!」
その直後に、色んな人からの不満の声が出て来た。
「えーい煩い煩い! 引き分けと予想しなかった貴方達が悪いのよ! ヘーッヘッヘッヘ!!」
そのままヴァレリアさんは賭け金を持って逃げる様にこの島の森の中に姿を消した。主にエルナンドさんとフロリアンさんがそのヴァレリアさんを追い掛けた。
何だか色々あったが、もう日が落ちた。夕食を済ませたが、未だにヴァレリアさんが帰って来ない。まああの人なら大丈夫だろう。
シロークさんは、何故か私の膝の上で眠っている。まあ幸せそうなら良さそうだ。
蝋燭で僅かに灯る柔らかな光を頼りに、私は迷宮で手に入れた魔導書を読み進めていた。
……多分これは、千五百年前の物だろうか。書かれている文字に魔法術式の表し方がそれくらいの時代だ。それに千五百年前は魔人族との戦争があった時代だ。汎ゆる魔法が研究され大きく発展した時代の一つだ。
戦争と言うのは、そう言うことが良く起こる。多くを殺す為に開発された魔法が転用されたりもする。
こんなことを言うのも道徳的にはアレだが、戦争と言うのは技術の発展の為には必要な過程なのかも知れない。勿論人が死ぬのはあまり好まれることでは無いと理解しているし、それ以外で技術が発展するならそれで良い。
だが、それでも戦争の時代に技術が大きく発展するのも歴史上においては事実。そう、残念ながら事実なのだ。とても残念だが。
この魔導書に記されている魔法は、"本のカビが失くなる"魔法だ。……中々に有用だ。
二つ目の魔導書に記されている魔法は、"欠伸が一日出なくなる"魔法。……潜伏なら使えるかも知れない。
三つ目の魔導書に記されている魔法は、"精霊が偶に寄る木を作る"魔法。……偶にがどれだけの期間なのか……。まあ、私には必要無い。私の場合魔力を一日放出し続ければそれに寄せられて低級辺りの精霊が勝手にやって来る。フロリアンさんなら欲しいかも知れない。
四つ目の魔導書に記されている魔法は、"お肉が美味しくなる"魔法。おーこれは絶対に使いたい。
五つ目の魔導書に記されている魔法は、"鳥を寄せる"魔法。……何だかおかしな魔法が沢山眠っている。
それとも、お師匠様から世界にある有用な魔導書を粗方読まされたから、新しい魔法はへんてこりんな魔法しか無いのだろうか。
そうだとするとお師匠様が凄いと言うことになる。いや、その魔導書を買い集めたジークムントさんの方だろうか?
すると、私の首に冷たい感触が当たった。
「ちべたいっ!?」
「ちべたいって、可愛らしい表現」
後ろを見れば、ジーヴルさんが意地悪そうに笑っていた。
それにしても、人間の体温にしては、冷た過ぎる。まるで氷の様だった。
「何読んでるの?」
「迷宮で見付けた魔導書です。読みます?」
「じゃあこれを」
ジーヴルさんは私の横に積み重ねていた五冊の本の内、一番下の本を手に取った。
……ん? 五冊? 私は今、一冊持っていて、私の横に積み上げられているのは五冊。そして迷宮から持ち帰ったのは五冊。あれ?
ジーヴルさんは気にせずその本を捲った。すぐに不思議そうな顔を浮かべた。
「カルロッタ、これ魔導書じゃ無いけど」
「やっぱりそうですよね?」
「え? 知らなかったの?」
「いや、私は五冊しか持ち帰っていないので」
白い羽根を背中から生やしている男性が描かれている表紙には、「Ltiruuv Esagena is white feathers」と書かれていた。
「……読んだ感じ、ただの童話。ただ、変な名前。リチルウフ・エサゲナなんて聞いたことが無いし語源もさっぱり。それに――」
すると、突然ジーヴルさんの背後に殺意が見えた。凝視すると、蝋燭の灯りで照らせない暗闇に、フォリアさんの姿が写った。
「随分、カルロッタと仲が良いみたいね。ジーヴル」
その手はゆっくりと、ジーヴルさんの首を優しく包み込んだ。
「さ、話を続けて」
「……もう寝ます……」
「そう? カルロッタと話してても別に良いのに。カルロッタが楽しいのなら」
ジーヴルさんはそそくさと逃げる様に離れていった。
「さて、カルロッタ」
フォリアさんは私の膝で眠っているシロークさんに向けて、若干穏やかな視線を向けていた。
初対面の時から、大分穏やかな目になっている。穏やかと言うか、狂気が抜けたと言うか。何とも言えない。
フォリアさんは私の肩に頭を預けた。
「大丈夫ですか?」
「ええ。もう大丈夫。だから傍にいさせて」
私は家族の様な愛情と、友情の様な愛情しか感じたことは無い。だからこそだろうか。フォリアさんから向けられている愛情の正体が分からない。
いや、分からないと表現するのは間違いだ。検討は付いているが、本当かどうかが分からないのだ。
フォリアさんは、私を愛している。家族愛でも無く友情でも無く、確かに私を。
それを何と表現すれば良いのかは、お師匠様から教わっている。本当にあるのかも分からないそんな感情。
フォリアさんは、私に恋愛感情を向けている。もう、分かっていたことではあるけど。
……私は、どうすれば良いのかが分からない。それはお師匠様から教わっていない。いや、もし、私を好きでいてくれる人がいればどう接するのかは教えてくれたかも。
『もし、カルロッタのことが好きな人が現れたのだとしたら、嫌いじゃ無かったらその感情を受け入れてやってくれ。カルロッタが好きな人が現れたのだとしたら、その人を心から護ることを心に誓ってくれ。その人がカルロッタのことが好きなら、絶対に離れるな。僕は出来なかった』
あの時のお師匠様の顔は寂しそうだった。お師匠様は昔を強く思い出すと一人称を私とか僕に戻る癖がある。
……私は、フォリアさんが大好きだ。だが、それはきっと家族愛に近い物なのだろう。私が知っている愛はそれだけだから。
……旅を続ければ、何時か分かるのだろうか。様々な愛の形を、理解出来る様になるのだろうか。
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
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