日記11 ルミエールさんの特訓開始! ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
「さて、久し振りだねカルロッタ。そして、初めましてフォリア・ルイジ=サルタマレンダ。……それ程久し振りって訳でも無いかな? そう言えば一度前に会ったね。うーん……五百年生きていると時間感覚がおかしくなる……」
ルミエールさんは、大きな桜の木の下に座っていた。辺りを見渡すと、建築物の縁の部分に張り出している板敷の通路の様な所で座り込んでいるメレダさんがいた。何だか珍しい様相の建築物だ。私達が寝泊まりしたあの場所に雰囲気は似ている。
「さーてさーてさてさて。三日目に到達する直前……まあ、ギリギリ合格かな。貴方達がここを突破している間に、外で色々起こったんだけど……まあ、それはまた明日。今はここで休んでね」
すると、フォリアさんが手を挙げた。
「しつもーん」
「はいフォリア! どうぞ!」
「カルロッタと同室が良いんだけど」
「それはカルロッタと話し合って!」
「夕食は?」
「……あ、忘れてた」
忘れてた!?
「まあまあ。まあまあまあ。大丈夫大丈夫。まだソーマがいるはずだから」
ソーマさんもここにいるんだ。
「きっと料理人もまだいるはず……うん。ちょっと待っててね!!」
ルミエールさんはそのまま全速力で脚を動かして何処かへ走ってしまった。
……うーん、思っていた以上に抜けている。どうやら完璧超人最強美女と言う訳では無いようだ。超人と最強と美女が正しい。……十分だと思うのは私だけじゃ無いはずだ。
メレダさんはそんなルミエールさんを見ながら、ため息を付いていた。
すると、メレダさんが何かに気付いた様な顔をすると、突然立ち上がった。
「……二人共。夕食が用意出来たらしい。行くよ。着いて来て」
この人の声は抑揚が無い。それに感情も乗っていない。
私達は小さな体でとてとて走っているメレダさんの後を追い掛けた。ちっちゃい金色の長髪の子供にしか見えない。
ただ、一目見れば分かる。この人凄い強い。魔力量だけで私より少ないか、もしくは私と同じくらいだ。そして千年以上生きて来た技術があれば……まあ、凄いことになる。
メレダさんの後を追い掛けると、藁を編み込んだ床が敷かれている大きな部屋に来た。
木で出来た机と、その床の上にある座布団。机の上には、少し大きなお鍋と色々な食材が並べられていた。
その奥の座布団にルミエールさんが座っていた。
「いやー昨日の残り物だけどあって良かった。座って座って」
ルミエールさんに勧められ、私は座布団の上に座った。フォリアさんは少しだけ困惑しながら座っていた。
「あ、箸もある」
「ハシ?」
「はい。この二本の棒のことです。あーそう言えば、お師匠様もこれで食事をする人は珍しいって言ってましたね。使い方を教えましょうか?」
「お願いカルロッタ」
……何だかルミエールさんの隣に座ったメレダさんの目が怖い。気の所為だろうか。気の所為と言うことにしよう。
「細い部分を先にして、持つ所は大体半分よりも上。上の棒は親指と人差指で挟んで、下の棒は中指と薬指の間に入れて固定します」
「こう?」
「そうですそうです。それで、下の棒を動かさず人差指と中指で上の棒を動かします。これで開けたり窄めたりすれば大体の物は掴めます」
「……何でこんな面倒臭い食器を……」
「お師匠様が言うにはある地域の熱い物を食べる際に発展した文化だとか」
私の言葉を返す様な声が聞こえた。
「そのある地域が、多種族国家リーグだ」
何時の間にかソーマさんが向かいに座っていた。その隣にソーマさんの妻も座っていた。本当に何時の間に……。
「お師匠様は相当勉強熱心の様だなカルロッタ。しかし……まさかここで出会うとは思わなかったぞ」
「それは私もですよ。ソーマさんが来れないからルミエールさんに頼んだんじゃ無いんですか?」
「お前達がいない間に色々あったんだ。まあ、食事中にそんな話をしたくない。今は食事を楽しもうじゃ無いか」
「この並びに見覚えがあるんですけど、今からやるのって……」
「ああ。しゃぶしゃぶだ」
まさか外の世界でするとは思わなかったが、私は歓喜の感情を溢れさせた。
「久し振りです!」
「カルロッタの食生活は俺達に近いのか……」
私はとにかく大きな鍋の中に野菜を投入した。野菜をどんどんどんどん入れて入れて入れて入れて。それにしてもお師匠様と二人でしゃぶしゃぶをやってた鍋よりかも二倍くらいは大きい。
確かに六人なら此くらいの大きさは必要なのかも知れない。
「それで、これはどうやって食べるのカルロッタ。生肉は入れないの?」
「えーとですね。まずその生の牛肉をその箸で……あ、その前に取り皿……」
すると、ルミエールさんが取り皿を四つくれた。ちょっと多いと思っていたが、どうやらタレが複数あるらしい。それなら納得だ。
「じゃあ、えーと、何処まで言ったんでしたっけ。ああ、そうそう。箸で生肉を掴んで下さい」
「りょーかい」
「その後に、生肉を鍋にそーいと入れて下さい」
「それで?」
「色が変わるまで待って下さい。色が変わったら取り皿に。ああ、どのタレ使います? と言うかルミエールさん。どんなタレがあるんですか?」
ルミエールさんの方を見てみると、色々なタレを使っていた。
「えーと、ポン酢胡麻ダレ醤油、大根卸に七味もあるから紅葉卸も出来るね。アレンジ自由だよ」
「おー本当に色々ありますね。さあ、フォリアさん。お好きな物を」
私は取り皿の中に色々入れた後に、フォリアさんと私の前に並べた。
「……何と言うか……カルロッタは、リーグの文化を良く知ってるのね」
「私も驚いてますよ。まさかお師匠様がリーグの文化も知ってるとは思いませんでしたし」
「貴方のお師匠様は何者?」
「さあ? ずっと魔人だと思ってましたけど、良く考えると人間の可能性もありますし……もう私でも分かりません」
すると、何度も見たことがある豚の亜人の人が色々な物を持って来た。豚肉、鶏肉、少し意外な蟹もある。
まあ、今は牛肉のしゃぶしゃぶを。
牛肉をポン酢に漬け、大根卸と七味を混ぜて紅葉卸を作りそれをを乗せて一口で食べた。
ポン酢の豊かな風味と、紅葉卸の辛味と円やかな甘みが絡まる牛肉の脂に混ざり癖になる味になる。
まさかここでこんな食事をするとは思わなかった。案外お師匠様は外の世界の文化に詳しいのかも知れない。それともあの人が外の文化をお師匠様に教えているのだろうか。
……あの人……誰だろうか。名前を思い出そうとして、名前を呼んだ時の記憶を振り返っても、その文字が伏せられている様に思い出せない。顔を思い出そうとして、振り向いた時の記憶を振り返っても、その顔が隠されている様に思い出せない。
まるであの人が最初からいなかった様に、私の記憶からはあの人がいたとしか記憶していない。それがどんな人なのかを、私は覚えていない。
何時もこれだ。あの人のことを思い出そうとすると何時もこうなる。
あの人の独自で作った魔法なのか、それとも単純に私が忘れん坊なのか。……私に原因があるとすればもう病気を疑った方が良い。
……まあ、今はしゃぶしゃぶに心を惹かれよう。
少し珍しいと思った蟹。お師匠様でさえあんまり食べさせてくれなかった。と言うかその理由はあの世界には海が存在しないからだ。
偶にあの人が帰って来るとお土産をいっぱい持って来る。その中に海の幸も多くあった。その時に蟹が混ざっている。食べられるのはその時。
他の人の『固有魔法』を見て分かったが、中は案外自由に変えられそうだ。にも関わらず海を創らなかったお師匠様が悪い。と言うかあんなに沢山の生物を創れるんだから蟹くらい創れるはずだ。
鍋に蟹の身を入れて、美味しそうになったら取り皿で取る。これは胡麻ダレで良いや。
胡麻の風味ととろみ、それが蟹も赤い身と一緒に私の口の中に入った。
蟹の身は柔らかく、濃厚な旨味と混ざり合う胡麻の風味。やっぱり蟹は絶品だ。胡麻ダレも絶品だ。
……あー駄目だ。私にはこれを表せる言葉が無い。こんな所で語彙力の無さを悔いるとは……。
その後はお風呂に入って、フォリアさんと同じ部屋で体を休めた。
「……あー……からだがやすまるー……もううごけないー……」
「かるろったのとなりー……ふふふふふー……」
フォリアさんに抱き締められながらほっぺをもちもちされている……。
こう言う時にもやはり、ヴァレリアさんとシロークさんを思い出す。一緒にいるとずっと心がぽわぽわする二人。
フォリアさんからも同じ感覚がたまーにする。心がぽわぽわする感覚。まだ少しだけしかしないけど。それでも確かに。
……このまま眠ってしまおう。良い夢が見れそうだ……――。
――ルミエールとメレダは決して暴かれてはいけない隠された部屋にいた。
ある一つの扉の前に、ソーマは佇んでいた。
「来たか」
「どう? 情報は吐いた?」
「さあな。どうにも俺は拷――おっと、尋問が苦手なんだ。そう言うのはドナーに任せてる」
ソーマはその扉を開いた。ルミエールとメレダとソーマは、その更に奥へ向かった。
そこには、鎖に縛られた女性が椅子に座らされていた。
その女性は、ヴァレリアとシローク、そして近辺の衛兵の一人によって戦闘不能状態にされた人物である。左目に決して外せない眼帯を付け、そしてその指の爪は全て剥がされていた。
その前に佇んでいたのは、ドナーだった。
「あ、ルミエールちゃん」
「どう? 吐いた?」
「ぜーんぜん。男性だったらやりやすかったんだけどね。睾丸があるから」
「ああ……そっか」
ドナー=クレメント・トリイ。あくまでソーマの妻として世間一般に知られており、大した立場には立っていないと公表されている。
ただ、それを公表すれば不味い立場にいる。ドナー=クレメント・トリイ、彼女の所属部隊は多種族国家リーグ国王陛下直属特殊作戦部隊である。
その任務は多岐に渡る。ただ、公表は出来ない。公表すれば多くの批判を生み出すからだ。
特殊作戦部隊の命令権を持っているのは、今現在国王陛下が保有している全権の代役を任せられているメレダ国王代理、そして多種族国家リーグ国王陛下直属親衛隊隊長ルミエールだけである。
命令優先度は国王陛下、国王代理、親衛隊隊長の順である。例え軍事参謀総長官であってもその部隊の命令権を保有していない。国王陛下直属の部隊だからだ。
「……ほお、親衛隊隊長のルミエールですか。と、なると……横の幼女が国王代理……。大層な顔触れだ……」
「喋れるなら良かった」
メレダはその女性の顔をその小さな手で掴んだ。その手から炎が吹き出した。
女性の悲鳴は、メレダの心には響かなかった。冷徹な目は、揺らがなかった。女性がどれだけ痛みに襲われ体を振るわせ鎖を鳴らしても、メレダはあくまで冷徹な心をしていた。
メレダは手を離すと、その女性は悲鳴を止めた。その直後に、女性は高笑いを始めた。
「無駄だ星の光に見惚れた者達よ!! 何故分からない!? 貴様等と我々は同じだろう!? 同じ星の光に見惚れてしまい!! そしてその星の言葉の通りに正義を振り翳した!! 同じでは無いか!? 何が違う!? 答えてみろ国王代理ィ!!」
「彼が教皇国を攻め入る様に命令する理由が無い」
「私は答えろと言ったは――」
その言葉と同時にドナーは女性の顔を思い切り殴り付けた。
「いやーごめんね。まだ立場が理解出来て無いみたいで……」
「もう無駄。こいつは狂信者だから」
「それはそうだけどメレダちゃん。もしかしたらね」
「……分かった。もう一人は? ソーマが倒したあいつ」
「あーそれならあっちに」
ドナーは横を指差した。そこには水の塊が浮いていた。その中には目元の火傷の痕が酷く残っている女性の頭だけが入っていた。
その女性の頭の頬には小さな魔法陣が刻まれていた。
ソーマはその女性の頭に話し掛けた。
「お前も不便だな。こうでもしないと、生きられない体になっちまって」
『……殺せ。生き永らえたく無い。結局私は何も吐かない。どうせ意味も無いのだ』
「それは何だ? お前等が信奉する……ウヴアナール・イルセグだったか。そいつが言ったのか?」
『辱めを受けるくらいなら――』
「少なくとも、俺が知っているリーグの王って言うのは、捕虜にされれば死ねとは言わなかったがな。まあお前等にこれを言っても意味は無いか」
『……私が見詰めた星の光は……本物なのか』
「さあな。少なくとも俺は、偽物だと信じたい――」
――……んみゅ……朝だ……。
フォリアさんが抱き締めながら寝ているから、それを起こさない様にゆーっくりと、起き上がった。
「……かるろった……」
「……まだ起きてない……セーフ」
着替えて、私は少し気になった場所へ向かった。
あの霧を越えて最初に出て来たあの桜の木。とても綺麗だと思い、また見に行こうと小走りで向かった。
その桜の木の下へ行くと、その桜を眺めるルミエールさんがいた。
「……あ、おはようカルロッタ」
「おはようございますルミエールさん。桜を見に?」
「うん。この桜はリーグの王が植えた物なの。だから大体五百年くらいはずっとあるよ」
「けどここってルミエールさんの『固有魔法』の中なんですよね?」
「少し違うけどね。ここはリーグの中にある国王の別邸を模した世界。だからこの桜も私が創り出した偽物」
やっぱり。そうだとするとルミエールさんはお師匠様と同じくらいの魔法操作技術を持っていることになる。
……ふと、ルミエールさんを見詰めてみた。すると、私の視界に変化が起こった。
ルミエールさんから僅かに漏れ出る魔力は、変わり始めた。その直後に視界にはルミエールさんが消え去った。その代わり、とても綺麗な視界に包まれた。
桜色に染まった綺麗な風景。そこにいる白い光。それに……何か不思議な文字が見える。……あれは……?
そして、私の視界は戻った。
「どうしたの?」
「……いえ、私は偶にその人の魔力の特徴が見えるんですけど……」
「感覚が鋭いのかな? ……何が、見えたの?」
「桜と、白い光、それに……文字が」
「……文字……ああ、文字って……。まあ、確かにそうだね」
ルミエールさんはクスクスと笑っていた。
……この人の魔力は巧妙に隠されている。どれくらいの魔力量を誇っているのか、私でさえ分からない。
……いや、違う。おかしな感覚だ。お師匠様の魔力を見てもこんな感覚に陥る。見える魔力はこんなにも矮小なのに。
お師匠様の言葉を思い出した。「見える物に縋り付くな。聞こえる物に耳を貸すな。特に、カルロッタよりも遥かに強い者の前ではな」
恐らくこう言うことだろう。今、私はルミエールさんを私よりもずっと弱い存在だと認識している。それが間違いだと言うことも、私は分かっているのに。
朝食を食べ、私達は藁を編み込んだ床が敷かれている広い場所に訪れた。ちょっと広過ぎる気がしないでも無いが。
向こうの壁が見え辛いくらいには、広い部屋だ。もう部屋と言えるのかすら怪しい。
そこで、ルミエールさんが私とフォリアさんの前に立ち竦んでいた。横にはソーマさんとその妻の女性。それにメレダさんも座って見ている。
「ひとーつ! 相手を良く見て動く! ひとーつ! 魔力の使用は計画的に! ひとーつ! 自分の強みを理解せよー!!」
「……親衛隊隊長ってあんなに明るい人だったの?」
フォリアさんがそう呟いた。
「まあ、とにかく。私がある程度鍛えて上げる。最強の実力を、実感させて上げる」
不思議な緊張感が私の背筋に張り付いた。変わらずルミエールさんは微笑んで、とても優しい声で話していると言うのに。
「さて、まずは二人の細かい実力を判断する為に、全力で来て。ああそっか。カルロッタは契約魔法があったね。……まあ良いや。全力で来て」
私は何時もの長い杖をルミエールさんに向けた。そしてフォリアさんも杖の先を向けた。
ルミエールさんは動かない。そこで綺麗に佇んでいるだけで、腰に降ろしている曲剣も鞘から抜こうとしない。
「武器を取らないの?」
フォリアさんがそう聞いた。
「大丈夫だよ。武器を使ったら実力差があり過ぎるし。それに私はここから一歩も動かない」
「……不思議な感覚。それでもまだ、貴方に届く気がしない」
「今年は純金の卵が多いね。嬉しいことだよ」
ルミエールさんの背後に複数の魔法陣を刻んだ。そこから氷の薔薇の蔓を伸ばしてルミエールさんに襲わせた。
その氷の薔薇の蔓は、ルミエールさんに当たる前に動きを止めた。そのまま氷は溶けてしまった。
ルミエールさんは左手を少しだけ上に挙げると、私とフォリアさんの間に爆発が起こった。
フォリアさんは素早く杖を振り上げて防護魔法を使って無傷だった。私も何とかなっている。
そのままフォリアさんは杖を横に振ると、真っ赤な水が溢れ流れを作った。人を飲み込む程に大量の赤い水が広範囲に拡がった。
少しおかしい。フォリアさんの魔力量は……まあ、魔人程では無いけど結構あるけど、こんなに簡単に多量の水を生み出す魔力量があるとは思えない。
……いや違う!? あの人もしかして自分の体の一部を魔力に変換してる!? えぇ!? ほぼ100%に変換してる!?
いや……確かに出来るんだけど……えー……。お師匠様が言うには体も魔力に変換出来るらしい。血の一滴を100%変換すれば、相当量の魔力になることは可能。ただしそれは出来ても精々40%に行くか行かないか。
この人の場合は、血の一滴で大体90%は変換している。実質的な魔力切れが殆ど存在しない。
ある意味において、天才。むしろフォリアさんがお母さんの魔法を使わなかったのは、この魔力の変換が出来なかったからかも知れない。
それが最近出来る様になった……とか。
赤い水はルミエールさんを襲っていたが、寸前で時が止まった様に動きを止めた。そのまま指先でちょんと触ると、その大量の水は蒸発した。
私はその上にいた。一瞬で単純な魔法陣を数百作り、ルミエールさんにその魔法陣から単純な魔力の塊を放った。
ルミエールさんが右手を横にゆっくりと振ると、全ての魔力の塊は動きを止めた。止まったと思えば、全て私に向かって来た。
防護魔法で半分を防ぎ、もう半分を"魔法を跳ね返す"魔法でもう一度ルミエールさんに向けた。
しかし、その全てはルミエールさんが指をぱちんと鳴らすと、空中で溶ける様に消え去った。
ルミエールさんは左手を胸元に動かすと、それをゆっくりと前に向けた。それと同時に、私の視界にはいっぱいの赤く揺らめく炎に支配された。何処を見ても、炎が絶対視界に入る。
これは、跳ね返せない。"魔法を跳ね返す"魔法の致命的な弱点だ。跳ね返すのはあくまで私に当たる魔法。そして視界に入ることが条件。
広範囲に魔法が進めば、私の視界に入る部分は跳ね返せる。それよりも早く、後ろに回り込んだ魔法が私の背中を襲う。
恐らくこの魔法を使っていた魔人が封印されたのもそう言う理由なのだろう。封印の魔法を発動し、その人の周辺に魔法効果領域が素早く広がった。そのまま跳ね返そうとしても、魔法効果領域が視界外から入り込んだ。
これは、典型的な弱点になる。
「フォリアさん! 息止めてて下さい!」
杖の下で地面を叩き付けた。そこから透明で多量の水が勢い良く吹き出した。
その水はどんどん溢れ続け、私達の背の高さを軽く越えた。そのまま流れ続け、襲って来る炎の壁を鎮火させた。
そのまま水を動かし凝縮させ、人の頭の大きさ程にまで無理矢理圧縮させた。
何時の間にかフォリアさんはルミエールさんの後ろにいた。右腕を頭の上に動かし、その勢いのまま横に振るった。
距離が離れてても、私の髪が吸い込まれる風の動きが起こった。風で吹き荒れる小さな塵の動きを、魔力の動きを見れば、フォリアさんが放った風の属性魔法……と思う。いや、少し違う。
風の塊だ。とても大きく動き、無造作に乱雑に方向も決められていない風で構成された塊。それがルミエールさんを襲った。
その塊が、ルミエールさんの左腕に直撃した。
ルミエールさんは左腕を勢い良く動かし、フォリアさんに左手を向けた。親指と人差指を立たせ、フォリアさんの胸元に人差指の先を向けた。
「バーン」
ルミエールさんの軽快な声と同時に、フォリアさんの体はあまりに強烈な衝撃で吹き飛ばされた。
「あー痛かった。肌が破れそうだったよ」
吹き飛ばされたフォリアさんの体を浮遊魔法で掴み、杖を向けた。
フォリアさんの風の塊を操り、それを二つに別けた。一つの塊の中にそこに作り上げた多くの砂と氷の粒を混ぜ込み、もう一つの塊の中に多くの砂と炎を混ぜ込んだ。
それをルミエールさんに動かした。
すると、ルミエールさんは両方の掌を叩き音を四回鳴らした。
「"狂咲桜"」
その言葉と同時に、ルミエールさんの背後に桜の木が魔力とも違う、もっと別の力で作り出された。
作り出した物質では無い。あれはあくまで力で形を作り上げているだけだ。
桜の花弁が、辺りを舞い散った。それは体を切り裂くだけでは無く、魔力さえも切り裂いていた。
風の塊を切り裂き、それでいて私に桜の花弁の大群が襲って来た。杖を向け、炎を放ってもそれさえも切り裂いてくる。
すると、何時の間にかフォリアさんが何かを呟いていたのが、私の卓越した聴覚で聞き取れた。
「……今なら、きっと出来る……!! "一人の父""二人の母""やがては狂気を抱く母親""狂気は脳裏の更に奥""死屍たる赤子が巣食う脳裏の更に奥""狂気は胎内の羊膜の娘に継がれ""魔法の叡智に何れ触れ""やがて出会うは赤髪の娘""我が狂気は絶え間無く""我が狂気は際限無く""我が狂気は終わりも――"」
その詠唱が終わる前に、フォリアさんは狂気的な微笑みを浮かべながら気を失った。その開けた口は涎を止めることも出来ずに、床に落としていた。
ルミエールさんは指をぱちんと鳴らすと、その桜の幻影が消え去った。
「カルロッタ。一旦終わり。どうやら強くし過ぎたみたいだね」
ルミエールさんは気を失ってしまったフォリアさんの額に触れると、フォリアさんの意識は戻ったのか垂れている唾液を拭った。
「……あ、終わったの?」
フォリアさんは辺りを見渡しながらそう答えた。
「ソーマ! 思った以上に才能の原石達だよ!」
これは、フォリアさんの見ての発言なのだろう。いや私も見ているのだろうが。
さっきフォリアさんが使おうとしていた魔法は……。
「一旦休憩! 頑張ったね二人共!!」
ルミエールさんはその場で座った。ふと横を見ると、ソーマさんは涼しい顔で大抵の魔法なら防げるはずの結界魔法を広げている。しかも妻の人の膝に頭を乗せながらだ。流石だ。
「……そうか。天才ちゃんは独自で作った魔法が無かったんだな。……まあ、良いか。理論派みたいだからな」
「理論的に魔法を使うことは悪いことじゃ無いんだけどね」
「ルミエールもそうだったからな。そして……思った以上に、フォリアが感覚派だった訳だ。それだと言葉で書けないんだよな……。まあどっちもどっちだ」
私も座って休んでいると、その膝にフォリアさんが頭を乗せて来た。
「まだ頭がくらくらするのカルロッタ。このまま貴方の膝で寝かせて?」
「嘘吐きは嫌われますよ」
「何でバレたの?」
「私の目は凄いんですよ!」
「ええ、本当に凄い。ああ……カルロッタ……綺麗な瞳……。綺麗な髪……」
フォリアさんは私の膝で頭を乗せながら私の赤い髪の毛を撫でていた。やっぱりこの人、私が大好きだ。
そんな様子を見ながら、ルミエールさんはクスクスと笑っていた。
「仲が良さそうで良かったよ。特にカルロッタは赤髪だからね」
「赤髪だから? 何でですか?」
「ああ……そっか。……もう大分昔の話だけどね。赤髪は少し差別的に扱われることが多かったから。ある宗教だと偉大な人を裏切った人が赤髪と言われる様になったり。まあ、色々あったの。今はもう珍しいけどね」
そう言えば、お師匠様もそんなことを言っていた様な気がする。えーと……じんじゃー? だったっけ。確かそんな差別用語を言う地域があったとか何とかかんとか。
幸いにも、私は良い時代に生まれたらしい。この人が言う昔がどれくらい昔なのかは分からないけど。五百年くらいだろうか。それはもう昔を越えて大昔だ。本来文献でしか知ることが出来ない大昔だ。
この人達は、その時代を生き延びた英雄だ。生き延びた、では無く生き抜いたと表現した方が正しそうだ。
「確かに、私みたいな赤髪の人はあまり見ないですしね」
「それも理由の一つだからねぇ……。今はもうそう言う差別は見ないから安心して」
うーん……あの世界でずっと住んで来た所為で差別的な知識を殆ど持っていない。精々五百年前には亜人奴隷が多かったくらいしか……。
すると、メレダさんがルミエールさんを連れて一旦この部屋を後にした。
「ルミエール、どうだと思うあの二人」
「どうって……凄いと思うよ」
「そうじゃ無い」
「ああ……危険度的な意味?」
メレダは深刻そうな顔で頷いた。
「フォリアは危険。あいつは狂気だ。人を笑って殺せる」
「彼女はまだ可愛いよ」
ルミエールは刀の鞘を撫でながら、呟いた。
「……私は、カルロッタが怖い。あの子は、冷徹だから」
「……そうは見えないけど」
「それはカルロッタと仲良く出来てる証拠だよ。彼女は味方には愛らしく、それでいて親しく接する。ただ、一度敵と判断すれば、彼女は冷徹で、それでいて残酷になる。そんな雰囲気を、彼女は持っていた」
ルミエールは、懐かしそうに微笑んでいた。
「何だか、彼みたい」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
彼の王ウヴアナール・イルセグ。星の光をその身に宿す者。星の皇である彼の王。なんて悪どい奴何だァッ!!
まあ、冗談は此位にして。
ルミエールがカルロッタを恐れる理由。それが説明されましたが、実は最初からその異常性がありました。ほら、カルロッタはドラゴンの卵を盗んだ数人組を一瞬で殺しました。
そしてシロークを傷付けた魔人を同情も無く殺しました。
彼女は可愛らしいです。ただ、それだけではありません。それが魅力ではありますし、フォリアと仲良くなれた理由です。
いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……