日記6 魔法使いちゃん研修中!
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
ググは小さい体で走りながら、ある人の為に菓子を持っていた。
やがて応接間にいた黒い髪の女性の前に置いた。
「済みません。今ソーマ様は……」
「研修の教員をやっているのよね? 分かっているわ」
その女性は優しい声でググに向けてそう言った。そのまま小さな頭の上に手を置いた。右に動かし、左に動かし、子供をあやすように優しく撫でていた。
その行為に、ググは怒り狂っていた。
「だーかーら! こんな姿をしてますが私は立派な成人済みの女性なんですよ!」
「あたしからすれば、まだまだ子供よ」
「それはそうですけどー!」
優しい顔をしている女性の瞳は銀色に輝いていた。ソーマと同じような白い軍服を着ており、袖に白と黒の翼が交差した紋章を付けていた。
腰に剣を携えており、その剣の鍔は奇妙な形をしていた。
「それにしても……ソーマ君が呼んだのに、まさか肝心のソーマ君が留守にしてるなんて」
「……あのー。……その体勢辛く無いですか?」
黒髪の女性は椅子の上で、膝を曲げ両足を椅子に付けるような座り方をしていた。
「辛く無いわ。故郷ではこうやって座ってたからか、こうやって座らないとむずむずするの。椅子の上でやるのは行儀は悪いのは分かってるんだけどね……」
「リーグだとそんな座り方が伝統なんですか?」
「セイザって言う座り方だけれど、あくまで私の故郷。リーグはこの世界であたしが帰る場所」
黒髪の女性は何処か遠い所を眺めていた。その銀色に輝いている瞳は哀愁で湿らせていた。
「……あの人にとっては……あの国は帰る場所じゃ無かった。……あたし達がもう少し、不甲斐なければ、きっとあの人も自分を責めることは無かったはずなのに。……ああ、ごめんね。ググちゃんには分からなかったね」
「その人ってリーグの王ですか?」
「……そうよ。……あの星の光は、とても美しかった……」
銀色の瞳から、黒髪の女性は一滴だけ涙を流した。その涙も落ちてしまえば一瞬で蒸発してしまった。
"メグム・シラヌイ"、それが彼女の名である。多種族国家リーグ陸軍第一師団長の役職に座っている人物である――。
――私とフォリアさんは、アルフレッドさんの後を着いていった。転移魔法の魔法陣の上に案内され、そのまま何処か別の場所に転移した。
見渡せば、私の顎元まで生えている緑色の景色だった。
アルフレッドさんは、草を掻き分け、私達の前に立った。
「さて、君達はここで宝探しをして貰おう」
その言葉に私は疑問に思った。
「……どうやら納得してないって様子だな。まあ、理由は簡単だ。君達はもう孵化しているような物だ。金の卵から孵化した英雄。英雄と持て囃されたいなら、後は実績だけだ。戦闘能力は申し分無い。だからこその捜索能力を測らせて貰う」
そう言っているアルフレッドさんの顔はヘラヘラと笑っている。ただ、何か嘘を付いている。
お師匠様から教えて貰った嘘を見破る観察眼は、こんな所でも役に立っている。
「……別に二人組で行動しても良い。むしろ二人組で行動することをお勧めする。出来る限りの宝を見付け、もう良いと思えばここに戻って来い」
そのままアルフレッドさんは大きく欠伸をして、草の上で横になった。
もう始まったと言うことで良いのだろうか。それにしては宝の詳細が不明だ。宝箱にでも入っているのか、それとも宝石のように小さな物が地面に落ちているのか。
「さー。行こうか。カルロッタ」
「そうですねフォリアさん」
私達はそのまま草叢を掻き分け、宝を探していた。
「ね、カルロッタ。ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
「何ですか?」
「何で貴方はそんなに強いの? それが知りたいの」
「お師匠様のおかげですよ」
「……その魔力量のこと。人間が内包するには、あまりにも巨大な、その魔力」
「あ、そっちでしたか。勘違いしてました。とは言っても……私も別に知っている訳じゃ無いんですよね。お師匠様が知ってそうではあったんですけど……」
「……貴方のお師匠様は、何者?」
「さあ? 多分ですけど……ルミエールさんと互角くらいの実力はある……かなぁ? どうなんでしょう?」
「……そう。ありがと。教えてくれて」
そう呟いたフォリアさんの顔は、何処か恐ろしかった。
やはりこの人は慣れない。この人の顔を見ると、私の背筋に恐ろしい何かが貼り付いているような感覚に襲われてしまう。
それに……この人は、何かある。その何かは分からないけど、私の心が妙にざわつく。こんな感覚になる時は、雷が降るくらいに嫌なことが起こる。
「それにしても……草叢が邪魔……。燃やせる?」
「流石にそれをやったら怒られそうですけど」
「そっか。分かった。じゃあ魔力探知で探そうか」
「それならもう何個か変な魔力は感じていますよ」
「なら良かった。こう言う時にも頼りになるね」
「それ程でも……えへへ……」
褒められるのは嫌いじゃ無い。それは例え苦手な人でも。
草を掻き分け、感じた異質な魔力の発生元を漁ると、確かにあった。
赤くきらきらしている綺麗な宝石。ただ小石と言える程に小さい。これだと価値はほぼ無いに等しいはずだ。これが宝と言えるのかと言う疑問は右手で握って遠くへ投げ飛ばしておこう。
少し見るだけで分かる。これソーマさんの魔法が組み込まれている。それが何かは分からないけど……。
触れば分かると思うけど……いや、これを集めるならやはり触れた方が良いのだろう。
「……これね。触るけど、大丈夫?」
「はい。覚悟は出来ました」
フォリアさんはその宝石に触れた。中指の先に触れただけでその宝石は光り輝き、私達は目を萎ませた。次に目を開けば、景色はやはり変わっていた。
まるで私達がその小さな宝石の中に閉じ込められたような赤い天井が見える。
広々としたその空間の奥に佇んでいるのは人の形をしている光を全て吸い尽くす程の漆黒の体をしている巨人だった。
あまりに大きなその体躯から、即座に此方に振る豪腕を防護魔法で受け止めた。
「いけますか?」
「任せて」
フォリアさんは黒い巨人の姿をその視界に写した。瞬きの内に即座に巨人の足首は切断された。
その直後には皮膚が捲れ肉が切り裂かれた。骨が折れる音も聞こえたが、最後には首に刻まれた一線の傷が深く、その生命を絶った。
元々生命と言えるのか分からないが、フォリアさんの二人狂が発動したと言うことは生物ではあるのだろう。
フォリアさんの二人狂は本当に凄い。もうそれはそれはもう、本当に。あの魔法だけはどうしても使えない。
お師匠様から教えて貰った『固有魔法』の一歩手前が独自で作られた魔法だとするのなら、こんな魔法を作ろうと思った精神性が理解出来ない。理解出来ない魔法は当たり前だが使うことは出来ない。魔法陣なら理解出来なくても発動は出来るが。
フォリアさんが魔法法則に則った方式を書き記せば私でも使えるが、フォリアさんは感覚で魔法を使っている気がする。私とは正反対の使い方だ。
……いや、魔法を使う時に感覚を一切使わないと言うことでは無い。魔力を制御するのも、動かすのも、全てその人生で培って来た感覚だ。そう言う意味では、魔法がまだ神秘として君臨していた時代の魔法使いと同じ魔法の扱い方とも言える。
何方が優れているかは私では答えを出せない。感覚で使う以上、厄介で複雑な方式を考えずに魔法を使うと言う言い方をすれば相当楽に思える。
……私が、凝った独自の魔法を作れない理由はそこに起因する。私は魔法を法則と認識している。確かに法則は必要ではあるが、強力な魔法を作るならやはりフォリアさんのような感覚派の方が有利だろう。その代わりその魔法を他の人に教えることはほぼ不可能だが。
魔法法則にだけ則った独自の魔法しか作れない。だから私は本来ある属性魔法の改造した物しか作れない。マンフレートさんも防護魔法を自分なりに改造している為、似たような物だろう。それにニコレッタさんの捕縛魔法も。
まあ、私が言いたいことを簡潔に纏めると、独自の魔法を使える人は尊敬出来る。そこから更にフォリアさんの"二人狂"はもっと歪でもっと異質で私とは違う才能を感じる。
私達は何時の間にかまた草叢に戻っていた。足元にはあの赤い宝石が落ちており、触れてみても何も起こらない。
フォリアさんは納得したように、私に赤い宝石を手渡した。
「そう言うことね。これに触れると宝石の中に閉じ込められて、それを倒すと入手完了」
「それにしては簡単ですけど……」
「……多分、難易度があるとか?」
「ああ、成程」
私達はまた草叢を掻き分けながら歩き始めた。ある程度魔力は感じるおかげですぐに宝石が見付けられる。
次に見付けたのは、青い宝石だった。心做しか赤い宝石よりちょっと大きい。私は指先で触れた。
やはり宝石の中に閉じ込められた。広々とした空間に無数に飛び回っているのは、手の大きさ程の虫があっちこっちにいた。
「私の魔法は無意味ね。お願いカルロッタ」
「はい! 頑張ります!」
私は杖を構えた。ドミトリーさんが使っている"蒼炎"を小さく細く無数に放った。蒼い線が空中に走り、それが虫を貫き燃やし尽くした。
僅かながらの蒼い爆発が辺りを包み込んだ。
「わお。流石カルロッタ」
「えへへ……」
やはり褒められるのは嫌いじゃ無い。
今回はそこまで苦戦しなかった。前回もそこまで苦戦した覚えも無いが、大きさで難易度が変わると言うことでは無いのだろうか。……それともフォリアさんの魔法がただ強すぎた為、人の形をしていない虫を大量に襲って来たから赤い宝石より難しいと言っているのだろうか。
私達は何時の間にかまた草叢に戻っていた。青い宝石を拾い上げ、服に付けてあるポケットに入れた。
「この調子だと全部回収出来るけど」
「けどまだ時間はありますし、何かあったり?」
「……私の腰くらいの大きさの宝石だったり」
「まっさかー! そんなに大きな宝石があったら運べませんよ」
「それが分かるのは全部を見付けた時だけ。さ、まだ魔力には余裕があるでしょ? 次に行こ」
「はい!」
私達はまた草叢を掻き分けた。
フォリアさんは依然微笑みを貼り付けているだけ。それが少しだけ、怖い。
ただ、偶に物欲しそうにこちらを見ることがある。その時も怖いことには怖いが、何だか綺麗な物を見付けた女の子のような眼差しになる。
「どうかしましたか?」
「……カルロッタは、死ってなんだと思う?」
「難しい問題ですね……。……そうですねー……。人生の終わり……とか。それしか持ってません」
「……そう。あたしはね、こう思うの。死ぬって言うのは、この世界で最も美しい物だと思う。この世界が循環する理由は死があってこそだから」
「……それには、賛同出来ません」
「どうして?」
「それだと、誰かを殺すことはその人を美しくするって言う大義名分が出来てしまうからです。集団で生活する人間が目指すのはより多くの人間の幸福ですから、殺人は避けるべき事象のはず」
「……けど、私はそれが美しいと思ってしまった」
「フォリアさんの中にその大義名分があるのだとしたら、フォリアさんの魔法があるなら、目の前にいる私を殺すことは出来るはずです」
私はフォリアさんの顔に手を伸ばした。頬に触れ、顔を近付けた。
「貴方のこの瞳に私の姿を写せば、私の脈はすぐに止まってしまうはずです。それなのに貴方は私の脈を止めようとしない。これは、何でですか?」
「……貴方のことがもっと知りたいから。その人のことを全部知り尽くして知り尽くして、死に恐れて綺麗になる。それが見たいから」
「今のフォリアさんは、何方ですか?」
「……私」
「なら良かった」
「……カルロッタばかりずるいね。貴方の瞳は私の心を見透かしているのに、私の瞳は貴方のお腹の中を見ることしか出来ない」
……この人は、寂しそうだ。
この人は、最後に殺すと言う終着点を定めないと人と関わり合うことが出来ないのだろう。無意味な関わりを持つことが難しく思っている。
きっと何かに縛られているのだろう。それが、恐らく"二人狂"と言う異質で奇妙で歪な魔法を作り上げた要因の一つだろう。
不器用で、愚かな、恐ろしい狂人。
草叢を掻き分けていると、また宝石を見付けた。ただ……フォリアさんの予想通り私の腰くらいの大きさだった。大きな岩に宝石が突き出ている物だった。
「えー……何でこんな宝石が……宝石と言うより大きな原石?」
「強いことは確かね。さて、行こっか」
フォリアさんは臆する事無くその宝石に手を伸ばした。
また同じように宝石の中に閉じ込められた。違いは、私達は崖のような場所の上に立っていた。
そこから見下ろすと、黒い人の形をしている何かと、魔物に近い形をしている黒い何かと、しかも腕が二対ある黒い巨人までいた。
黒い人の形をしている何かは、シロークさんが見れば卒倒する程に跋扈していた。
魔物に近い形をしている黒い何かも同じだ。百なんて数は優に超える。ひょっとしたら千はいるかも知れない。
黒い巨人はその二対の腕の内一対に、その巨人の背の半分程の剣を、もう一対の腕の先の手には炎が燃え盛っている。
「戦闘能力を測っている訳じゃ無いのにこれは多すぎませんか?」
「しかも良く考えてる。私の魔法の効力はあくまで私と視界に写っている相手の二人。視界に他の人が入れば魔法は自動的に解除される。こんなに多いと使えない。あの巨人も四本も腕があるせいで魔法の条件外」
「だとすると……何とか魔物は私が倒しますから。人みたいな存在は全部任せられますか?」
「大丈夫。全部任せて」
「頼りになりますね」
……もう、痛みにも慣れてしまったのだろうか。
フォリアさんはそのまま崖の下に降りてしまった。私の役目は人形以外の存在の抹殺。それくらいなら簡単に出来る。
フォリアさんは人の形をした何かに飛び付いた。顔を、もうその黒以外の景色を見えない程に近付けた。その一瞬でその黒い体は無数に切り刻まれ、そのまま塵となって消えた。
即座に横から襲って来た黒い体の腕を引き寄せ、地面に叩き伏せた。そのまま視界に写るのは一体だけの状況を作り出し、即座に首を切断させた。それも塵となって消えてしまった。
飛びかかった魔物の黒い何かは、私の魔力の塊で体を貫通させた。それも即座に塵となって消えてしまった。
「ありがとカルロッタ。後はこっちで何とかするから」
フォリアさんがそう言うのなら、大量の黒い魔物だけに集中出来る。
私は飛行魔法を使い、魔物の群れが集まる中心点に着地した。そして発動する魔法は、"青薔薇の樹氷"。
「"青く凛と誇る""凍土に咲く薔薇""荒ぶる滝さえも凍る""冬薔薇は白く花を咲かす""冬嶺秀孤松のように""私は冬空に立ち尽くす"」
ジーヴルさんが独自で作った魔法。あの人はこの魔法を使うにはあまりにも少ない魔力のせいで真価を発揮出来ていないが、私の魔力量なら相当出来る。
このまま私の無尽蔵な魔力は簡単に魔法効果領域を無理矢理ではあるが、押し進められる。即座に私の周辺は凍り付いた。それこそ荒ぶる滝が凍る程に。
恐らくこの黒い何かはそこまでの知能が無いのだろう。何処か操られているような違和感を持つ。そのせいかただ私の周りに突撃するしか脳が無いような不自然な動きをしている。
それでもこれだけでは時間が掛かる。私は浮遊魔法で浮かび、魔法効果領域外に位置する魔物に向けて無数の魔力の塊を放った。
ある程度の魔物は殲滅出来たが、一番目立っている巨人がまだいる。
巨人は二対の手を此方に向けて動かし、そこから放たれた上位魔法に匹敵する二つの炎の魔法が私達に向かっていた。
だが、やはり私も外の世界で見聞を広めたおかげか、この対処は容易だった。
その魔法の前に立ち、"魔法を跳ね返す"魔法を使った。
この魔法は簡単に言えば結界の改造だろう。それにしては相当複雑な方式だが。
炎の魔法はいとも簡単に巨人に向けて跳ね返され、直撃と同時に爆発が巻き起こり、巨人の体勢が少しだけ崩れた。
私は杖を下に振り、上に振った。それと同時に巨人の二対の腕は肩から切り落とされた。
「フォリアさん!」
その掛け声と共に、フォリアさんは巨人に向けて走り始めた。
そのフォリアさんに巨人は残っているもう二対の手に握っている剣を振るった。それも、もう無意味なのだろう。
フォリアさんはより一層笑顔を増した。
巨人の残った二対の肩が落とされた。それと同時に眼球は刳り抜かれ、その眼球も針に刺されたような傷が出来た。胸の辺りが燃え上がり、その炎が巨人の上半身を覆った。やがて腰の上から全てを燃やし尽くし、その命の灯火を掻き消した。
「私に華を持たせる為?」
フォリアさんはそう言った。
「特に考えてなかったですよ。あれが一番確実な方法だった。それだけです」
「……そっか。まさか腕を切り落として私の魔法の条件に無理矢理適合させるなんて思わなかったけど、あれはどうやったの?」
「ソーマさんが剣を振るとマンフレートさんの手首を切ったみたいになったじゃないですか。あれをちょっと試してみました」
「流石」
「えへへ……」
私達はまた何時の間にかまた同じ草叢に戻っていた。
「まだ余裕はある?」
「はい。これはどうしますか?」
「どうしようか。浮遊魔法で運べる?」
「大丈夫ですけど……メンドウクサイデス……」
「……ソッカ。デモガンバッテ……」
「ワカリマシタ……ガンバリマス……」
岩を私の浮遊魔法で浮かせて運びながら私達はまた草叢を掻き分けていた。
「……そう言えば」
「どうしたの?」
「フォリアさんは何で冒険者ギルドに?」
「……まあ、特に理由は無いね。理由は無いからこそ受けたって感じ」
あまり詮索をしない方が良いのだろう。それでも気になることではある。
……ファルソさんが言うには、フォリアさんの母親は精神異常、その妄想がフォリアさんに移った。そんなことがあるのだろうか? お師匠様なら何か分かると思うが、まあとにかく相当悲惨な何かがあったのだろう。
何時か、教えてくれたら良いな――。
――フロリアン、ファルソ、ドミトリーの三人組は、最下層に辿り着いていた。
最下層と言っても特に何か目立つ物がある訳では無く、整備された地面の上に白い線で書かれている魔法陣があっただけだ。
ドミトリーがその魔法陣を凝視した。
「恐らく、転移魔法でしょうか」
「何処に転移するか分かりますか?」
ファルソがドミトリーにそう聞いた。
「……いえ、流石にそこまでは」
三人は警戒しながらも、その魔法陣の中心に立った。その魔法陣に魔力を流し、転移をした。
やがて辿り着いたのは、桜が舞い散るある場所だった。その万年の時を咲き誇ったような巨樹の前に、ある女性が座っていた。その女性はパパラチアサファイアが付いている指輪を眺めていた。
「……ルミエール様?」
ドミトリーがそう呟いた。
ルミエールは懐かしさと愛らしさと切なさを含めていた目を辞め、三人に顔を向けた。
「久し振りだね。ドミトリー。それに……フロリアンと、ファルソ……だっけ?」
「何故このような場所に……」
「ここ? ああ、そっか。ドミトリーはまだ知らなかったね。サヴァにある城とは違うリーグの王の別邸があったでしょ? そこの庭だよ」
「ああ……あの独特な様相をしている……。何故そのような場所へ転移したのですか?」
「実は最下層は色々いるはずだったんだけどね。ほら、パンドラの能力で色々やってね。だけど少しだけ、そこにいるファルソと話をしたくてパンドラに頼み込んでね。あ、ソーマには帰ったら私がいたって教えておいて。……さて、ファルソ。こっちに来て」
その安らかな声に現を抜かすこと無く、警戒しながらファルソはルミエールの前に座った。
「……さて、初めましてファルソ・イルセグ。その姓名を名乗ることが、私にとって何を意味するのか。それは十二分に理解しているかな?」
「……僕がリーグの王の子息だと言われて育てられたことを知っているんですか」
「ソーマは隠そうとしてるけどね。きちんと私の耳に入ったよ。……ちょっとごめんね」
ルミエールは座っているファルソの頬に触れた。そのままじっと見詰めていた。
「……うん。分かった。さて、私の用事はもう終わった。それじゃあ元の場所に返してあげるね」
ルミエールはファルソの頬から手を離し、指をぱちんと鳴らした。
やがてまた三人は転移した。
目の前には草叢が広がっており、地面にはアルフレッドが寝転んでいた。
「……あ? ……ああ、来たのか。……カルロッタとフォリアはまだか。案外耐えてるな。……いや、これも予想内か。済まない。もう少しここで待っててくれ。暇ならそこら辺に宝石が転がってる。それに触れば適当な相手と戦える。それじゃあカルロッタとフォリアが帰って来たら起こしてくれ……」
そのままアルフレッドはまた眠ってしまった。
「こいつは本当に何なんだ」
フロリアンは苦言を呈したと同時にため息を出した。
それはそれとして、フロリアンは洞窟を通った経験からかある野心を抱えていた。
「……さて、俺は少し暇を潰すか。お前等はそいつと同じ様に寝ていれば良い」
彼は、カルロッタと言う才能の権化を目にした。彼は、ソーマと言う五百年生き延びた強者を目にした。彼は、竜神族の血を引く竜騎士を目にした。その全ては、彼の失いかけていた向上心を刺激した。
リーグのトップとも言える五百年前の大戦の時代から生き延びた人々の圧倒的な強さを目にした彼の目標は、世界的な強者だった。
その最低目標地点はカルロッタと同じ強者の景色を見ること。
その為に出来ることは全てやり尽くす。その努力を覚悟した。故に宝石を探し求めた。実践で磨かれる己の才能を自覚していたからこそ。
フロリアンは一人で草叢を掻き分けた。
それから相当な時間が経った頃。夕暮れの頃にフロリアンはアルフレッドと同じ様に地面に寝転んでいた。ただそれは疲労が原因と言う違いはあった。
「大丈夫ですか?」
ファルソの問い掛けに、フロリアンは僅かに声を出した。
「……ま、魔力は問題ない……。……ここには植物が多い……。……ただ、疲れた」
「当たり前ですよ。あんな高度な魔法を数時間休み無しで使い続ければ簡単に疲れますよ」
「……頭痛がする……。は……吐き気も……。くっ……ぐぅ……」
「何ですか急に。まあ、恐らく魔法の使い過ぎによる脳の疲労と、放出と吸収を繰り返したせいで魔力の制御が不安定になっているんですよ。経験はありますか?」
「……魔力の放出と吸収のやり過ぎは……良くやった……。俺の魔法は植物から魔力を吸収するからな……」
「対処法は」
「……安静にしておく」
「なら寝ていて下さい」
「……ガキに言われるのは少し癪だ」
「どっちが強いかやってみますか?」
「……また後な……」
すると、草叢を掻き分け、カルロッタとフォリアが帰って来た。
「アルフレッドさん。起きて下さい。帰りましたよー」
カルロッタがアルフレッドの体を揺らしていた。不機嫌そうな顔でアルフレッドは起きたが、すぐに目を見開いた。
カルロッタとフォリアの背後には、自分の予想を遥かに凌ぐ量の宝石、及びそれが付いている岩にも近い巨大な物も浮遊魔法で持って来たからである。
「やっぱり規格外を育てるのは骨が折れる……。……もうこいつらは研修無しに出来ない物か……」
「それでこれはどうすれば良いですか?」
「……自由にしろ。必要が無いのならアレクサンドラ・エーデル・シュタインにでも渡しておけ。もうその宝石には魔法が掛かっていないはずだからな。魔法陣を刻んだ跡さえ削れば相当良い物になるだろ」
アルフレッドはその言葉を放った後に、眠たそうに欠伸をした。
「……眠い……。……さて……帰るぞ。ググに連絡しよう」
アルフレッドさんは服の裏から小さな水晶のような物を取り出した。指先で僅かに触れると、僅かに白く輝いた。
『……おや、終わったんですか? 大分時間が掛かりましたね』
「規格外と狂人が色々な。今すぐ来れるか?」
『了解しました。……あ、でも今は……いえ、見れば分かりますね。少々お待ち下さい』
何だか不穏なことを言っている……。大丈夫だろうか。
少し待っていると、突然フォリアさんが私の後ろから抱き締めた。
そのまま首に腕を回し、頬を引っ張られた。押し付けられた体から感じる僅かな体温と心音が、少しだけ私の心を動転させる。
「カルロッタ、貴方をもっと知りたいの」
「それふぇなんふぇわたひのほーをつねるんでふか……」
「ふふ……可愛い……」
その声は少しだけ高音だった。耳元で囁くその吐息がこそばゆい。
「……カルロッタの頬は柔らかいね。赤色の髪が綺麗で、瞳が綺麗で……」
……怖い! 何だか怖い! 親密になったのは何と無く分かるけどそれ以上に怖い!
「あぶぶぶ……あゔぁゔぁ……」
「綺麗な肌で、華奢な首。例えば――」
私の頬を抓っている手が動き、私の首元を掴んだ。
「ここを締め付ければ、貴方はすぐに死んじゃう。それくらい華奢で、細い首。ふふ……」
……やっぱり、この人は……。……殺されないように気を付けよう……。
やがてググさんがランタンをぶら下げている杖を抱えながらやって来た。そのまま横に杖を振ると、私達はまた別の場所へ転移した。
材木で作られた学校のような場所。研修の為の施設だ。そこの校庭のような場所に私達は転移していた。
ただ、明らかに異常が見える。他の研修生の人達が、軒並み校庭で息を切らして倒れている。マンフレートさんは何とか膝を抑えて立っているが、あまりにも大量の汗をかきながら息を切らしていた。
そして、ソーマさんともう一人、知らない人が立っていた。
ソーマさんと同じような黒い髪、ルミエールさんと同じような銀色の瞳をしている女性だった。腰には奇妙で独特な形をしている鍔をしている剣を鞘に収め、携えていた。
その女性を知っているのか、ドミトリーさんは驚愕の声を短く発した。
「せ、先生⁉」
どうやらドミトリーさんの先生らしい。と、なると、リーグの住人だろうか?
「……何があったんだ」
アルフレッドさんはあまりに奇妙な光景に思わずググさんにそう聞いた。
「あちらにおられるのは、メグム陸将です」
「……メグム、と言えば、リーグの陸軍第一師団長か」
「はい。どうやらソーマ様はメグム陸将を呼んだらしいのですが……そのことをすっかり忘れていたようで、急遽メグム陸将の鍛錬時間が挟まりました……」
「何をやっているんですかソーマ様……」
すると、そのメグムと呼ばれた女性が此方を見た。
「あらあら、ドミトリー。もうすっかりお爺ちゃんになっちゃって」
「……お久しぶりです先生。先生も、二十年前から依然お変わりが無さそうで」
「……こうやって時の流れの違いを自覚してしまう。少し、寂しい物ではあるけれど」
「いえいえ、大丈夫ですよ。私には……」
「ああ、そうだったわね。何時もそれで過ごしていたから忘れていたわ」
ドミトリーさんの顔は、少しだけ懐かしそうで、それでいて若々しかった。何だかメグムさんに恋をしているような瞳だ。
「それで……ああ、そこの赤毛の女の子がカルロッタちゃんね」
「私のことを知っているんですか?」
「ええ。結構有名人よ。だって貴方のせいめ……」
すると、そのメグムさんの言葉を遮るようにソーマさんが声を出した。
「メグムさん。それは言わないでくれ」
「あら、そうだったわね。ごめんなさいソーマ君」
「一応立場上はメグムさんの方が上なんだ。上の立場の人間……いや、人間では無いが、上の立場の人物がそんな調子だと色々……な?」
「その気になればソーマ君も師団長くらいはすぐに昇格出来ると思うんだけど」
「……ま、俺は師団を率いれるくらいの人の上に立てる程高名な人物じゃ無いだけさ。師団長になるよりはこんな風に何かを育てる方が向いているんだ」
「師団長にならないのは"ドナー"ちゃんとの時間が作れないからでしょ?」
「……妻には内緒にしておいてくれ」
「ドナーちゃんには言わないでおくよ」
「……そうしてくれると助かる……」
そう言っているソーマさんは赤面していた。
メグムさんは此方に向き直し、挨拶を始めた。
「さて、初めましての人もいるね。私はメグム・シラヌイ。まあ、知ってる人もいるかも知れないね。多種族国家リーグ陸軍所属第一師団長です。呼び方はご自由に、陸将でも師団長でもさんでも様でも呼び捨てでも特に気にしないよ」
じゃあさん付けで良いや。
「毎日いる訳にはいかないけれど、偶に顔を出す程度かな? その間にソーマ君と一緒に貴方達をビシバシと鍛えることになっています!」
何だか優しい声だ。心が落ち着く。……それに、お師匠様と同じ匂いがする。それこそルミエールさんとソーマさんと同じ。
……今の所お師匠様と同じ匂いがするのはリーグの住人……。……だけどドミトリーさんからはそれを感じない。つまり……えーと?
お師匠様の年齢は良く分からない。あの吸血鬼の女の子を抱えて四百年、最後の研究資料が百年前、つまり五百年は生きている。それにある程度は成長している為……あの容姿から見るに人間で言うと成人しているかしていないかくらいだろうか。
長命な種族だと仮定するならば……参考程度に吸血鬼族は三十年で人間換算で一才程度。これは長命な種族だと大体同じ時間の進みだ。そうだとするとお師匠様は見た目から六百年は生きていることになる。ただ、それだと三才程度の歳の時にあの吸血鬼の女の子を抱えて、しかも『固有魔法』まで作り上げたことになる。
……五百年前、それは、リーグの王が失踪した影響で荒れに荒れた時代。その百年前に生きていることになれば……うーん?
……何か、関係がある気がする。流石にリーグの王とは思えない。三歳程度で国を統治する事はありえないだろう。
そんな人に着いて行くとは思えない。……もう分からない。
……あ、違う! お師匠様は時を止められる! それに最初から長命な種族だと仮定することが違うかも知れない!
今も人間ならある程度納得出来ることが多い。私くらいの年齢の時に吸血鬼の女の子が死んだ。その後数年程度彷徨い、死体を綺麗に戻す魔法と時を止める魔法を作り上げた。それを使ってお師匠様は人間のまま長い時を生きたと仮定すれば、色々納得出来る。
それだと最初の疑問である、何故お師匠様と同じ匂いがルミエールさんとソーマさんとメグムさんから匂うのかは分からないけれど……。
やがてメグムさんは色々喋った後に、手を振って帰って行った。結局周りの人が何で倒れているのかは分からないけれど……。
私達は各々の寝泊まりする為の個室に案内された。
小綺麗に整頓されており、それでいて少しだけ珍しい本が色々置いてある。この本を読み漁りたい欲求があるが、それはそれとして好奇心を解消する為に部屋から出た。
何とか帰る直前のソーマさんを捕まえた。
「ソーマさん!」
「何だ何だ天才ちゃん。俺に何か聞きたいことでもあるのか?」
「その……何と言ったら良いのか……! ルミエールさんとソーマさんとメグムさんの匂いが私のお師匠様と似たような物で、けどリーグの住人にしてはドミトリーさんからはそれを感じないし……!」
「……つまり、どう言うことだ?」
「ルミエールさんとソーマさんとメグムさんの共通点はありますか⁉」
「……共通点か……。参考までに、そのお師匠様の年齢は?」
「大体六百年くらいだと思います」
「……流石に違うか。ルミエールとメグムさんと俺の共通点があるとするならリーグの王にもそれがある。だが六百年か。あいつは千年以上生きた魔人だ。と、なると……似たような匂いってだけだろうな。あまり気にすることじゃ無いだろ」
「そうなんですかね……。……ありがとうございました」
「……明日は少し案内する場所がある。早く寝ろ」
私はそのまま自室へ帰った。
置いてあるベットの上に寝転びながら、私はお師匠様のことを考えていた。
お師匠様が分からない……。……まずあの人は何者なのだろうか。今思えばファルソさんと違い魔人の気配はしなかった。やはり人間なのだろう。
と、なると年齢は五百才で良いだろう。……奇しくも、リーグの王が失踪した時代と同じだ。
ただ、やはりリーグの王とは考えられない。まずルミエールさんの発言からも、リーグの王は黒髪黒目と言う珍しい容姿だ。お師匠様も相当珍しいが。
五百年前の激動の時代。戦争が多発した時代でもある。
吸血鬼の女の子が戦争で死んだ、それはつまり五百年。そう思えば特に不自然では無い。
……そうだとするとお師匠様は僅か数年で『固有魔法』を作り上げた大天才と言うことになるが、あのお師匠様だ。不思議では無い。
……少しだけ眠気に襲われた。
することも無いし、私はベットに潜り込んだ。
……やっぱり寂しい。ヴァレリアさんやシロークさんの体温が恋しい。私は二人に思いを馳せながら目を瞑った――。
「――さて、どうした物か……」
ソーマはメグムと共に純米酒を嗜みながら会話をしていた。
「……カルロッタちゃんのこと?」
「そう、あの天才ちゃん。今日の会話で確信した。あいつの師匠はサヴァイアントだ」
「……やっぱり。けど一体何処に……」
「……恐らくだが、何かしらの隠密に特化した『固有魔法』でも使っているんだろ。そうなると探すのは困難だが……ま、どーせ後もう少しだ。もう……手遅れだろうな。それならせめてルミエールの策が上手く嵌まることを祈るか……」
「……勝てると思う?」
「……さあな。さっき言ったように俺はただ、上手く事が運ぶことを祈るだけさ」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
さて……これから各研修生とカルロッタの関わりと、過去の掘り下げが多発します。それこそ気になっているであろうファルソも。ああ、フロリアンもでしょうか? まあとにかく全員ある程度の掘り下げはします。
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