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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
103/105

日記34 魔王 ③

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 ルミエールは『固有魔法』"大罪人への恋心"を発動した。


 ここはリーマの『固有魔法』の中、つまり汎ゆる魔法を無効化する"大罪人への恋心"が広がれば、彼女の足元には虚無が曝け出される。


 リーマの『固有魔法』の外側、それは有すらも無い真なる虚無である。それは上も下も右も左も無い、ただそこにある虚無である。


 その虚無の中で、地面すら無いそこに佇んでいた。虚無の空間が広がると、それは男性にまで広がり包み込んだ。


 一瞬だけ男性は虚無に飲み込まれたが、すぐに男性は何事も無かったかの様に佇んだ。


 男性が一歩踏み出すと、足元の虚無は水の波紋の様な物を広げた。


 何も無い虚無で、男性は歩いていたのだ。


 そして互いに初撃が届く距離にまで詰めると、何故か二人は微笑んだ。


「お前は何の為に戦ってるんだ? ルミエール。子の為か? 恋の為か? 愛の為か?」

「その全ての為に」

「自分の子を殺そうとしておいて、立派に、都合良く口が回ってるな。何だ、愛の為なら全て許されるってことか? 恋い焦がれる彼の為の行動は全て許されるのか?」


 ルミエールは何も答えない。しかし男性は言葉を続けた。


「お前は自らの子に明確な殺意を抱いた。否定するつもりも無いだろうがな」

「……勿論。私は始めから、きっとそうなるだろうなとは……思ってた」

「自分の子の為に戦ってるなんて、口が裂けても言えねぇだろ。子よりも恋を選んだお前には」


 それでもルミエールは、確かな決意で声を出した。


「分かってる。私にはあの子を愛する資格が無い。私はあの子を選べなかった。どれだけ悩んでも、どれだけ考えても、結局選ぶ物は何時も同じだった。けど、それでも、あの子の為に涙を流せたのはきっと、嘘じゃ無いはずだから」


 ルミエールは、構えた刀の刃を、男性の首筋にぴたりと当てた。


「声を大きくして言うことなんて出来ない。やっぱり、恋の為なのかも知れない。私にも分からない。けど、それでも、私は、あの時、カルロッタの為に泣いてしまったことを、嘘だとは言いたくない。だから私は、全てを守る為に戦う。私が愛した、全てを守る為に。もう二度と、失わない様に」


 ふつりと男性の首が両断された。


 目にも止まらぬ速さでルミエールが刀を振るったのだ。その直後にルミエールは"大罪人への恋心"の範囲を狭め、また一気に広げた。


 ルミエールの次の攻撃が男性に届く前に、男性の『(ゴッド・イスト)(・トット)』が発動した。


「少し腕が鈍ったか? ルミエール」


 男性の切断された頭から、そんな言葉が聞こえた。


 ルミエールの顎下に目掛けて男性の回し蹴りが直撃し、ルミエールの小柄な体は左の方へ吹き飛んだ。


 男性は自身の頭を首の上に置くと、その宙に浮かぶ女性の腕が切断された首を撫でると、その傷はあっと言う間に消え去った。


「ああ、成程。やる気がねぇんだな。そりゃそうだ。勝っても負けても何も関係無い戦いだもんな。だがそれじゃあ俺がつまらない。そうだな……うーん……お、そうだ」


 男性は笑みをより一層深め、まるで悪役を演じる様な声で言った。


「俺を倒さなければ、カルロッタ・サヴァイアントにもう一つの真実を声無き声で伝えよう。どれが良い? 母のことか? 父のことか? 世界か、それとも統一戦争か、はたまた彼女の師匠の――」


 "大罪人への恋心"の範囲が狭まり、また一気に広がった。


 一瞬だけ『(ゴッド・イスト)(・トット)』が無効化され、その一瞬の隙を突いてルミエールの周りに浮かぶ女性の一つの腕が構えた銀の槍が、男性の心臓に突き刺さった。


 しかし次の瞬間には『(ゴッド・イスト)(・トット)』が発動し、男性の右腕に十二の瞳が現れ、ぎょろりと動いた。


 それと同時にその瞳が緑色に輝いた。


「『(グリーン・アイド)(・モンスター)』」


 その一言の後に、ルミエールはその内の一つと目が合った。


 だが次の瞬間には銀の槍が紐の様に別れ、十二の針となった。そして十二の針は正確無比に男性の右腕の瞳に突き刺さり、その眼球を潰した。


「良いねぇその戦い方! そう言うのが良いんだそう言うのが!!」


 ルミエールの周囲に浮かぶ一つの腕が懐中時計を握ると、彼女の時間は数千万倍まで加速した。


 そして男性の左手にも同じ懐中時計が現れると、同じく彼の時間は数千万倍まで加速した。


 最早外から観測することすら不可能な中で、二人は同等の戦いを繰り広げていた。


 男性が虚無を蹴って大きく"大罪人への恋心"から出る程に下がると、男性の右腕に突き刺さっている銀の針が血と共に吹き出した。


 その血は男性の思う通りに動き、針を掴みながらルミエールへ真っ直ぐ発射された。


 それは"大罪人への恋心"の中に入っても、物理的な速度が落ちる訳では無い。


 しかしルミエールは至って冷静で、言葉を紡いだ。


「『固有魔法』"シュレディンガーの恋慕"」


 銀の針と血は、ルミエールの体を貫いたが、決してその体に傷を負わせることは出来ない。


 ルミエールはその直後に"大罪人への恋心"の範囲を、男性を追い掛ける様に広げた。


 男性はそれよりも速く"大罪人への恋心"の外側をぐるりと走りながら、その足元の影を山の様に隆起させた。


 その影がより長く、"大罪人への恋心"の中に入った。それと同時に無効化されたが、一瞬の内にもう一度"大罪人への恋心"の効果を更に無効化し、ルミエールに向かって影が伸びた。


 だが、ルミエールは左腕を払うと、彼女の前に光り輝く球体が幾つも現れた。次の瞬間には、その球体の全てが破裂し、より一層の輝きを発した。


 強烈な輝きは、針の山となって向かって来る影を打ち消し、それどころか距離が離れている男性の肌すらも燃やしていた。


 その一瞬の隙に、ルミエールは刀を納め、"大罪人への恋心"の範囲を狭め自身の周囲2m範囲に限定した。


 そう、一瞬だけで良い。一瞬だけ、何をしようとしているのかを無意識的にでも考えさせる隙があれば、それだけで良い。


 ルミエールの姿がその場から消えた。


 気付けば、男性の眼前にルミエールが抜刀術の構えでそこにいた。


 ルミエールから半径2m、範囲内である。故に男性は、咄嗟に後ろへ飛んだ。


 だが、ルミエールは囁いた。


「"()()"」


 当たり前のことを言うが、距離を離せばルミエールの刃は届かない。それは周知の事実、そんな程度の話では無い。周知どころでは無く、当たり前、それこそ光の速度は汎ゆる状況において一定と言う程に当たり前の話である。


 だが、男性の胸は深く切り裂かれた。その内臓が零れ落ちる程に、深く、深く、切り裂かれた。


 ルミエールの刃が届いているのだ。男性は充分に距離を離していたはずなのに。


 しかし、男性とルミエールの距離は縮まっていた。離れていない。


 男性は、何が起こったのか分からないまま、力無く倒れた。


 時間は元通りに進み始め、ルミエールは刃をまた納めた。


「……流石に、バレバレ過ぎるよ?」

「……おぉ、そうか。そりゃ残念」


 男性は踵を基点として、物理的に奇妙な方法で立った。しかし上半身は未だ力が入っていないのか、両腕をぶらりと垂らしながら後ろに倒れていた。


 だが、その瞬間に、切り裂かれた胸から銀の液体が吹き出した。


 その銀の液体は次第に形を整え、九つの彫像を象った。


 一つは時を祈る聖女の像、一つは氷に祈る聖女の像、一つは風に祈る聖女の像、一つは言葉に祈る聖女の像、一つは煙に祈る聖女の像、一つは影に祈る聖女の像、一つは刃に祈る聖女の像、一つは命に祈る聖女の像、一つは愛に祈る聖女の像であった。


 やがてそれ等が涙を流すと、その彫像は始めから無かったかの様に姿を消し、男性の胸の傷は塞がった。


 男性の両手が何かに引っ張られる様に持ち上がると、その手首に枷が嵌められた。その枷の先には黒い鎖が伸びており、しかしその先は誰も見ることが出来ない。


 しかし男性はその手枷を持ち前の怪力で引き千切った。すると男性の首を縛る白い糸が現れ、その糸を男性の周囲に浮かぶ一対の白い肌の女性の腕が掴み、首と共に上体を上へ引き上げた。


「さぁ、続きだ」


 突然ルミエールの体は途方も無い無力感に苛まれた。そのままルミエールは膝を曲げ、その場にへたり込んでしまった。


 無論、自分が望んだ物では無い。外部からの精神汚染、ルミエールはこれに似た経験をしたことがあった。


 故に、対処は簡単だった。しかし僅かに手間取った。


 次の攻撃、その先の行動、更にその先の行動を組み立てるその僅かな一瞬で、男性の蹴りが腹部に直撃した。


 強烈なのは言わずもがな、それ以上に危険なのが、その一瞬の接触だけで、ルミエールの半身が凍り付いたのだ。


 それは空気に当たるだけで容易く崩れ去る程に脆い物だったが、ルミエールは持ち前の強力な力によってその凍り付いた半身を元通りに直した。


 次の攻撃が来る。そう思った瞬間には、もう防御も間に合わない。


 ルミエールの首が唐突に、刃に切断されたかの様に別れた。男性の方を見れば、彼は右手に刀を握り、それを薙ぎ払っていた。


 だが攻勢は終わらず、男性の周囲に浮かぶ一対の女性の腕がルミエールに向いたかと思えば、その腕から何十にも別れた血液の槍が放たれた。


 その血液の槍はルミエールの胴体に突き刺さり、その直後に男性は自身の右腕を向けた。


「『博愛(ガブリエル)』」


 ルミエールの周囲に浮かんでいる六つの腕が、ルミエールの頭を繋げると同時に、男性はそう言った。


 ルミエールは、信じられない物を見た。


 五百年前、今でも愛し、恋い焦がれた星皇が、眼の前にいる。懐かしいその見目麗しい姿を見て、ルミエールは、一瞬でそれを切り払った。


「分かった。分かってる。貴方はとことん私を苛立たせたいみたいだね」


 ルミエールは心底軽蔑した様な物言いだった。


 彼女の背から伸びる翼が紐の様に解かれ、残ったのは重力に引かれ地面に落ちる羽根だけになった。


 だがその無数の羽根が浮かび上ると、白い羽根は無垢金色の焔に、黒い羽根は無垢銀色の焔に包まれた。


 そして、男性が左腕を払うと、風が巻き上がった。


 決してただの風では無い。それは渦を巻き、竜巻となった。更に男性は右手と左手を合わせると、その竜巻に炎と雷が混じり、竜巻に巻き込まれ更に激しい物になった。


 竜巻は、やはりルミエールに向かって進んだ。しかしルミエールはその竜巻に周囲に浮かぶ六つの女性の腕を向けた。


「『"天頂へと(anbuuka)届く光(jyulasom)"』」


 ただ、消滅の輝きだけが、六つの腕から放たれた。


 それは竜巻の全てを音も無く消し去り、その先の男性すらも輝きによって消失させようと企んだ。


 しかし男性は欠伸をしながら右腕を払うと、その輝きは一瞬の内に消え去った。


 男性は煙草も吸っていないのに、口から白い煙を吐き出した。


「"灰猫""星の入東風(いりこち)""魄斬(はくぎり)"」


 白い煙が猫の様な形に整うと同時に、彼の周囲に氷の破片が現れ、それが突風によって舞い散った。


 同時に男性は突然現れた刀を薙ぎ払うと、唐突にルミエールの左腕が切断された。


 灰で作られた猫は氷の破片と共に吹き荒れる風を連れ、三匹の子猫と一緒に壁を、天井を走った。


 先程から、"大罪人への恋心"の効果が発動していない。恐らく、先程の無力感に襲われたと同時に、もう一つ厄介な力に縛られたのだとルミエールは結論付けた。


 そしてその結論は一寸の間違いも無く、全て正しい。


 灰猫は風と氷と共にルミエールに向かったが、灰猫の前にルミエールの周囲に浮かぶ二つの腕が手を合わせ、綾取りの様に白い糸を互いの指に絡ませ、それを広げた。


 広げれば広げる程に、糸は長く伸び、その灰猫の子供と共に切り裂いた。


 風と氷の破片は、周囲に浮かぶ燃え盛る羽根が無数に飛び散り、それを蹴散らした。


 そしてそれは新たな焔の嵐となり、数千の羽根は男性に襲い掛かった。


 しかしこの羽根の嵐でも、男性が両腕を振り払うと、その全てが地面に落とされた。


 しかしそれぞれの羽根が僅かに床に沿って動くと、やがて羽根同士が互いに繋がる白い糸が紡がれた。


 そしてその糸は、新たな魔法陣として刻まれた。


 ルミエールは男性を宙に浮かびながら見下ろすと、周囲に浮かぶ六つの腕と共に腕を振り下ろした。しかし、未だに左腕は再生出来ない。


「『星燦(せいさん)光彩陸離(こうさいりくり)』」


 魔法陣が輝くと、男性の周囲に光の粒子が飛び散った。その美しい光は飛び跳ね回り、やがてルミエールがその周囲に作り上げた結界で跳ね返りながら男性に襲い掛かった。


 しかし男性の体に直撃する寸前でそれ等は静止し、男性が握っている刀を不器用にも構えながら口ずさんだ。


「"魂斬(こんぎり)"」


 ゆらりと揺れた流麗な刃は、触れもせずに結界を破壊した。


 光の粒子すらも等しく切り刻まれ、この場に平穏と静寂が訪れた。


 男性は、何処か不機嫌そうな、しかし疑問が混じっている表情を浮かべながら口を開いた。


「……拍子抜け、と言うよりは、何か不自然だな。俺とお前は同格のはずだ。にしては、余りに弱い。脆弱だ」


 ルミエールは床に降り立ち、少し荒くなった息を一息で整えた。


「お相手には不足だった?」

「おかしいって話をしてるんだ。俺と星王は同格、そしてお前は星王と同格。なら俺とお前は同格のはずだ」


 男性は煙草を咥え、その先に指先から発した火を点けた。


 煙を一息吸うと、彼はルミエールをじっと見詰めた。


「星王が全ての要素を持つ完璧な矛盾ならば、俺は多くの要素が捻じれた不完全な矛盾。しかし不完全であるにも関わらず、俺は自由になった。それは星王には無かった矛盾を生み出し、俺はあいつと同格になった。それにしても、簡単な等式だろ? A=B、B=C、ならA=Cだ。小学生でも分かる簡単な等式だ。……思えば、何か、足りないな。いや、俺と会った時からか?」

「さあ、どうだろうね。彼なら知ってるかも」

「彼? あぁ、星王のことか」


 男性は煙を吐きながら、ルミエールを嘲笑う様に言った。


「あいつの気持ちも分かる。色々疲れたんだろうな」

「へぇ、まるで全部知ってるみたいな口振りだね」

「まぁな、ジークムントから色々聞いた。誰もが愛を裏切れない。故にお前は最強だった。愛し、愛されるお前は最強だ。誰もが愛を裏切れない。例え星王でもな。結局あいつは王には相応しくなかった。それでも愚かに国を背負い進み続けるのが王だ。それがどれだけ邪な動機でも、最終的に民の為であれば批判される謂れは無い。残念ながら、王にもなれない半端者さ」


 ルミエールはそれに関しては、何も言わなかった。


「……何も言わないんだな。てっきり『彼はそんな人じゃ無い』って乙女の言葉を言いそうだったのに」

「……会ったことがあるんでしょ? 彼と」

「……ああ、そうだな」

「どう思った?」


 男性はルミエールの瞳を見詰めながら、しかし何処か達観した表情で語った。


「……まあ、可哀想な奴だった。救世主になるには呪われていて、悪魔になるには優し過ぎた。故に半端者、だからあいつは星王になれたんだろうな。愛するが故に、それを壊す自らを恨み、愛されるが故に、それを認められない自らを呪った」

「……良く分かるね」

「分かるさ。俺とあいつは、同じ□■□だ。同じくその存在には苦難に見舞われ、同等の希望に満ち溢れている。明日無き者に希望を、昨日を望む者に絶望を。明日無き者に絶望を、昨日を望む者に希望を。俺達は等しく自由を与える。自由の果てにどんな結末が待っているのか……まあ、それは俺には関係の無い話だ」

「やっぱり貴方は、自由を目指しているの?」

「お前なら分かってるだろ、それくらい。何故一々聞いて来る?」


 男性は煙草をその場に捨てると、その吸い殻を足で踏み付け火を消した。


「まあ、それも目的の一つだ。だから今も俺は、ここにいる。全ては自由の為、そうなれば……まあ、少なくとも、俺達はこんなことをせずに済む。こんな無駄な戦いをな。だが、もう一つある」

「……もう一つ、へぇ。意外だね」

「そうでも無いさ。聞けばお前でも納得出来る。俺は、いや、俺達は、あの悪意の根源を救済する為に旅を続けている」


 ルミエールの顔色が僅かに変わった。


「悪意の王、害意の奴隷、あれは等しく絶望を撒き散らし、等しく腐敗を振り撒く。あれにはもう感情なんてのは一欠片しか存在しない。一欠片の感情も悪意、殺意、そんなのばっかりだ。既にもう様々な所が被害にあっている。五百年前、お前だって体験しただろ? 何だったか……統一戦争、だったか」

「……成程、納得出来る。むしろ協力してあげたいくらい。……けど、貴方は、終わりの見えない戦いを、一体何時まで続けるつもり?」


 男性は口角を釣り上げた。


「少なくとも、五百年より短いのは確かだ」


 ルミエールはそれに、笑みで返した。


「さて、もう充分だろ? 時間稼ぎは」


 男性が嘲笑いながら、目を見開きながらルミエールにそう言った。


「何だ、バレてたんだ。ありがとう。お陰で間に合った」


 ルミエールの右手に、銀の鼓動を発する小さな心臓があった。その心臓は銀の粒子となり、ルミエールの胸に集まり、そして消え去った。


 いや、男性には聞こえていた。ルミエールの心音が、二つになっている。同時にルミエールの左腕が再生した。


「そうか、メレダ――いや、□□□□□のか。そりゃ全力を出せない訳だ」

『分かってくれて嬉しいよ、灰被りの王、灰被りの奴隷』


 男性の右腕が赤い鱗に包まれ、それが大きく伸びた。指先が床に付く程に伸びると、その右腕で蠢く十二の目がルミエールに向いた。


「さあ、この戦いの末に、自由の礎を作ろう。あぁ、本当に……忌々しい」


 男性は長い右腕で床を力強く叩くと、彼の影が水面の様に飛沫を立てた。


 ルミエールは"大罪人への恋心"の範囲を狭め、そして再度広げた。


 また狭め、また広げた。それを何度も、高速で繰り返した。結果として『(ゴッド・イスト)(・トット)』が"大罪人への恋心"を無効化した直後に範囲を狭め、また広がり無効化する。


 ルミエールは一秒の間に数万回それを繰り返した。それに男性は心底驚いていた。


「そんな強引な対策の仕方があるかぁ? いや、逆に頭が良いのか……?」


 その直後、ルミエールがそこから姿を消し、男性の眼の前に現れた。


 その刀を薙ぎ払ったが、突然男性は蜃気楼の様に消えた。


「残念、イドにも気を向けた方が良かったな」


 男性の宙に浮かぶ一対の腕が、彼の首を力強く握っていた。しかし男性は苦しそうな気配を見せずに、右腕を大きく下から突き上げた。


 ルミエールの背に直撃した彼の拳は、彼女の体を上へ持ち上げた。


 浮かび上がったルミエールの体を、男性は左足を高く上げて力強く蹴った。


 更に勢い良く上がったルミエールの体の、更に上に男性は突然現れ、その右腕に嘗て無い程に力を込めた。


 それが振り下ろされる直前に、ルミエールから散った白と黒の羽根が男性の体中に突き刺さった。


 燃え盛るその羽根はそれぞれが推進力を持っており、男性の体を横へ吹き飛ばした。


 しかし男性は左腕を振ると、"大罪人への恋心"の隙間の時間でその羽根を凍り付かせた。


 だが、ルミエールの羽根が突然赤く染まると、唐突に熱を帯びて爆発した。


 男性の体の三分の一は爆風によって吹き飛んだが、一瞬の内に再生した。


 ルミエールが着地すると同時に、彼女はその刀を鞘に納めた。


「"万年桜花満開之時・十割狂咲妖艶桜"」


 突然ルミエールの背後に樹齢万年の桜の大木が浮かび上がった。


 舞い散る桜の花弁は触れるだけで体を傷付け、それはルミエールの魔力により、更に新たな力も宿っている。


 更に触れれば、そこは一気に腐敗するだろう。だが、男性は自身の周りに風を纏い、その花弁を自身の周りから吹き飛ばした。


 ルミエールの周囲に銀の大剣が七本現れ、更に銀の茨が剣に巻き付き無垢銀色に輝いた。


 その大剣は空を飛び、一気に加速し男性に向かった。


 男性はむしろその剣を片手で掴み、抵抗が激しい剣を無理矢理怪力で従え、ルミエールに向かって走り出した。


 その大剣を振り下ろすと、ルミエールの体に届く前に静止した。そしてルミエールは一瞬で男性の腹部に触れた。


「『"紐を解く(ursva)(fen)"』」


 男性の腹部は、紐が解ける様に消え去った。


 しかし男性の右手が素早くルミエールの頭を鷲掴みにすると、その掌から爆発が起こった。


 男性は足を後ろに下げつつ、腹部の再生を行っていた。ルミエールも頭部を吹き飛ばされたが、一瞬で再生した。


 その直後の戦いは、決して見られる物では無かった。


 醜いのでは無い。見え難いでも無い。見ることが出来ないのだ。


 二人は、世界から姿を消していた。どれだけ目を凝らしても、どれだけ感覚を研ぎ澄まさせようと、二人の姿を見ることは出来ない。


 ただ、そこにいると言うのを表す攻防によって生じた汎ゆる輝きと汎ゆる音と熱だけが、戦いを証明した。


 そして、刹那の出来事だった。


 突然二人が、世界に姿を表したのだ。


 その瞬間に、ルミエールの胸が鋭く尖った氷柱によって貫かれ、男性の胸に三発の銀の銃弾が撃ち込まれた。


 そして、男性の視界には、ルミエールの左胸が唐突に輝いて見えた。


 ようやくだ、男性はそう思った。


「『希望(アマツミカボシ)』」


 男性は、たった一言そう言った。


 全ての条件はようやく整った。


 ルミエールは未知の力を感じた。自分さえも予測出来ていなかったその力を感じ、二歩後ろへ下がった。


『"星へ伸ばす(mulanngl)(anter)"』


 ルミエールの肌から枝の様な宝石が伸びた。そしてそれは一瞬の内に粉々に砕かれたが、砕かれた一つ一つが独特な輝きを発し、空中を飛んだ。


 魔力抵抗値は物理的に不可能なはずの0%、故にルミエールの魔法がそのまま放たれる。


 正体不明の力に対抗するならば、それが発動する前に畳み掛けるしか無い。ルミエールの考えは実に正しい。


 しかし、ルミエールですら未知の力と言うのは、つまり彼女を上回る術と言うことに他ならない。


 ルミエールが放った魔法は男性に直撃すること無く、男性の姿は蜃気楼の様に消えた。


 それはジークムントと起源を同じくする力、ジークムントではルミエールに決定打を与えることは出来なかったが、彼ならばそれをより活用出来るだろう。


 男性は、ルミエールの死角を縫って間合いに入り込んだ。その長い右腕の拳を握ると、彼から見て輝いているルミエールの左胸に、思い切り拳を叩き込んだ。


 瞬間、その拳を通じて遅れてやって来た衝撃がルミエールの体を走った。


 それはルミエールの柔肌に硝子の様な罅を走らせ、赤黒い痕を残した。


 空気に晒されるだけで激痛を感じ、激痛を感じただけで傷が広がる。そして何より、力を込めれば自分の中の何か、大切な物が崩れ去る予感があった。


 やがてそれはルミエールの脚にまで広がり、脚が土塊の様に崩れ去った。


 ルミエールは、床に倒れていた。少しでも力を使えば、更に深刻なそれになる。そんな予感があった。


 故にルミエールは、動こうとはしなかった。


 そんなルミエールに男性は顔を覗き込みながら、満面の笑みを浮かべた。


「今回は俺の勝ちだな、ルミエール」

「……残念だよ、本当に」


 突然、男性の首に無垢金色の剣が貫いた。


 一体何処から、そんな疑問が男性の頭に浮かぶ前に、ルミエールは言った。


「『固有魔術』"大罪人への恋心"」


 発動したそれは、男性の脊髄を通って小脳、大脳へと効果を拡大し、一瞬で能力発動、魔力操作、大体の身体機能の停止を強制した。


 無論、これを使ったルミエールもタダでは無い。彼女の罅は更に広がり、その可愛らしい顔を半分に別ける罅が走っていた。


「……貴方が、こんなに頭が悪いなんて……」


 ルミエールはわざわざ絞り出した声でそう言った。


 男性は何とか笑いながら、後ろに倒れてしまった。


「予想出来るか……あんなの……クソが……。何だよ……世界自体を書き換えるって……隠してる技あと何万個あるんだよ……。……引き分けか……」


 しかし男性は、悔いが無い様にあっけらかんと笑っていた。


 ようやく終わった戦いの中に、先程まで姿を消していたジークムントが割り込んだ。ジークムントは男性の顔を覗き込むと、薄ら笑いを貼り付けた。


「おや、随分やられたね、■□■君。そろそろ撤収かな」


 ジークムントはルミエールの方に視線を向け、ただ笑っていた。


「最初想定していた策よりも大きく外れてしまった。本当は、初めての時以外僕が戦う必要なんて無いと思っていたのにね」


 ジークムントは、牙を見せる男性と赤髪の女性、それと戦っている親衛隊の方に視線を向けた。


「……さて、あちらもそろそろ終わらせるとするか」


 牙を見せる男性がその黒い剣を振るうと、放たれた一線の黄金の炎がソーマの腰を両断した。


 しかしその隙にイノリが黒い液体で作り出した剣で男性の上から襲い掛かり、その左肩に突き刺した。


 しかし、男性の左腕に巻き付いている鎖が大きくしなり、イノリの体を強烈に殴った。


 そして矢守蝦蟇がその太刀を何も無い空間で振り下ろすと、水の形の巨大な蝦蟇の中に男性が包まれた。


 そのまま矢守蝦蟇が両手を勢い良く叩くと、巨大な水の蝦蟇の左右に大木の柱が現れ、中にいる男性ごと蝦蟇を押し潰した。


 だが、次の瞬間には男性は黄金の焔を爆発させ脱出した。


 彼の体は全身黒い鎧に包まれ、口元はその鎧に隠されていた。


 その様子を見ながら、赤髪の女性は退屈そうに溜息を吐いていた。


「……することが、無い。あの人ひょっとして□■□様と大体同じくらい……。……いや、まあ、いっか。楽だし」


 マーカラは全然致命傷を与えられない、それどころか更にその力を高めていっている男性に段々と苛立ち始め、ハルバードと血を纏う剣を振り被りながら叫んだ。


「もう我慢出来ない!!」


 そして、マーカラの前に国宝十二星座が現れた。しかしその姿が剣から変わる直前に、唐突に現れたジークムントがそれに触れた。


星団の後に続く者(アルデバラン)、これは貰っておこう。ついでに――」


 ジークムントはマーカラの攻撃を避け、また突然ソーマの前に現れた。


 彼そして彼女の双子座(ジェミニ)に触れ、最も輝く星を手に取った。


双子の英雄の弟(ポルックス)も頂こう。■■■君!」


 その声と共に、ジークムントの隣に牙を鎧で隠す男性と赤髪の女性が向かった。


「何だ、もう終わりか」

「もう少ししていたいかい?」

「……いや、無理だな。腹減った」

「ああ、そろそろ撤退としよう」


 ジークムントが二人の体に触れると、赤髪の女性は隻腕に戻った男性の傍に現れ、牙を隠す男性はリーマの傍に現れ、メレダの魔術を剣で切り裂いた。


「リーマ……だったか? そろそろ引くぞ。目的は達した」

「……ジークムントの使いか……。……良いだろう……どうせこの戦いは……何も産まない……」


 瞬間、男性の首筋に金の剣の切っ先が触れた。しかしそれ以上剣は進まない。


 メレダは舌打ちをしながら、男性を睨んだ。


「邪魔」

「そりゃそうだ。邪魔してるんだから」


 突然メレダの体の周りに黒い鎖が浮かび、それによって彼女は縛られた。鎖の先は床と溶け合い繋がり、メレダは身動きの一つも不可能になった。


「大人しくしててくれ。そのまま、そのままだぞ?」


 男性はリーマの肩に触れると、二人の足元に世界の歪みが現れ、それにシャルルと共に落ちていった。


 そして、隻腕の男性を背負った赤髪の女性は、辺りを一瞥し、最後に何か一言言おうと頭を悩ませていた。


「……私達の勝ちですね」


 殆ど煽りの言葉を吐いて、二人はジークムントと共に足元に広がった世界の歪みに落ちていった。


 そしてルミエールは、そんな言葉を噛み締め、僅かな時間だけ表情を崩した。


「……最近負け続けてるなぁ……――」


 ――ジークムントは、隻腕の男性を背負う赤髪の女性と共に、"エピクロスの園"の中を歩いていた。


 やがて一つの小屋の前に辿り着いた。そこでは、カルロッタのお師匠様が勿忘草にじょうろで水を与えていた。


 カルロッタのお師匠様は彼等に気付くと、悪魔の様な笑みを浮かべた。


「またそんなにボロボロになって……どうせ治せって言うんだろ」


 隻腕の男性はそれにこう返した。


「ああ、その通り。また世話になるな」

「全く……俺は便利なお医者さんじゃ無いんだぞ」


 そう言いながらも、お師匠様が手を少しだけ招くと、小屋から何本かの試験管が浮かんでやって来た。


「ああ、そうだ。ジークムント。あいつの様子を見て来てくれ」

「別に良いけど……どうしたんだい」

「……ちょっと、顔を合わせ辛くてな」

「それなら一層君が行くべきだ」


 お師匠様は少しだけ不満そうな表情を浮かべ、また隻腕の男性と向き合った。


 赤髪の女性は隻腕の男性を地面に寝転ばせると、お師匠様はすぐに無垢金色の剣を引き抜いた。


「成程、またルミエールか。『固有魔術』まで使うとはな。相当追い詰めたみたいだな」

「いやぁ……あいつは強かった。本当に強かった」

「当たり前だ。それくらい強く無いと、俺がこんな所で閉じ籠もる訳が無いだろ」


 それを聞いた隻腕の男性は、笑いながら言った。


「お前が閉じ籠もってるのはそれが理由じゃねぇだろ」


 それにお師匠様は、ほんの少しだけ暗い表情を浮かべながら言った。


「……僕は、ただ出会いたく無いだけさ。たったそれだけの理由」

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


ここでお師匠様出しちゃったので、これから結構長い期間、出ることは無いでしょう。


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