日記34 魔王 ②
注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。
ご了承下さい。
リーマは、その強さに感嘆していた。
まあ、それも当たり前なのだ。何せ相手は、星皇とルミエールの娘。
しかし当の本人は、その事実を知らない。
魔力の激突は、決して優雅な物では無い。むしろ泥臭く、そして醜く殺意に塗れている。
カルロッタは杖を持っていない。そしてリーマもだ。
魔法で戦っているのに、この二人は杖を使わないのだ。最早使う必要も無い程に、その技術は卓越しているのだ。
その戦いの最中、ふとカルロッタは言った。
「ところで……貴方、誰なんですか?」
「……聞いて……いなかったのか……」
「さっきまで気絶してたので……」
二人は床に足を置き、そしてリーマが語った。
「……リーマ・アン・シュトラウス。……千五百年前に……世界大戦を起こした……魔王……マルフォ・ドズ・シュトラウスの実弟……」
「あぁ、魔王の弟。ファルソさんと似た物を感じると思ってたたんですよ」
「ファルソ……? まさか……他にも生き残りが……? いや、そんなはずは……」
その思考の隙に、カルロッタはリーマの頭部に魔力の塊を直撃させ、弾け飛ばした。
しかし次の瞬間には、二歩歩み寄ったリーマの姿があった。その頭部は一瞬の内に綺麗に治り、飛び散っていたはずの血液すらも見当たらない。
「……何ですか、その、魔法……いや、魔法でも無い。エーテルもルテーアも使った痕跡が見当たらない」
「ああ、そうだ……何も、起こらなかった……自身の目を……疑うことはしなくて……良い。……それが……正しい……」
リーマはカルロッタに視線を向けながら、何処か残念そうに息を吐いた。
「……そうか。……カルロッタ・サヴァイアント。自らが……何者であるのか……それを知らないのか……。……もし、余がその立場なら……今すぐにでも……知りたいと思うが……どうだ……?」
カルロッタはそれに、何処か不思議そうな顔で答えた。
「あんまり知りたいと思わないんですよね。私は私、それ以外の証明は必要ありません。必要無いし、するつもりも無いです。誰かが私をカルロッタ・サヴァイアントだと思い、私も、私のことをカルロッタ・サヴァイアントだと思うなら、もう、それ以上知る必要はありません」
カルロッタは、磔にされていた時の、消え行く意識の中で囁かれた魔法術式を組み始めた。
一体誰がささやき、一体誰が構築したのか。カルロッタは知る由しも無く、そして知る必要も無い。
ただ、その通りに詠唱を紡ぐ。
「"夜空を見上げよ""諸々の民よ""我は新たな糸を紡ぐ"」
カルロッタは左手を上に向けると、その掌の上に魔法陣が刻まれた。
「"汎ゆる輝きは等しく下僕""汎ゆる闇は等しく眷属""汎ゆる命は等しく児"」
その掌の上には、六つの輝きが漂っていた。
「"故に神を穿つ""故に魔を穿つ""故に神すらも救い""故に魔すらも救う""なれば血漿は人のそれでは無く""それは人の人では無く""ただ星の糸を紡ごう"」
その輝きは十字架の形となり、それは剣の形へと変わる。
「"遥か高く""遥か遠く""双眸の丘で出会おう""遥か低く""遥か近く""故に""叫べ""故に""答えよ"」
六つの輝きは、その一つ一つが太陽と同等の輝きを発した。
「"なれば私は""その力に誓いましょう""故に""穿て""故に""穿つ""故に""穿てる""故に""穿とう""故に""穿って""故に""穿てば""故に""穿ち""なればこそ""穿て"」
決してその六つの剣は、ただ浮かび飛び交う刃では無い。
その一つがリーマの心臓を穿ったが、途端にリーマは永遠に消えない白銀の焔に包まれた。
それは気高く魂すらも灰燼へと変える焔であり、それは星皇の娘である彼女だからこそ受け継いだ炎なのである。
だが、その魔法はカルロッタでも発動だけで頭の奥がずきんと痛む程の、膨大で巨大な術式であった。
作り出した剣を操ることは空間魔法の応用で何とでもなる。だが、もう一度発動出来る程の余裕が、今のカルロッタには無い。
場合によっては『固有魔法』よりも扱うことが難しい魔法、いや、最早これは魔法の範疇を超えている。
そして、リーマを包む銀色の焔が直後に消えた。
いや、リーマすらもその場から消えていた。
他の者はリーマがいたはずの場所を注視していた。しかしカルロッタだけは、全く違う場所を向いていた。
カルロッタは、自身の首を目掛けて向かって来るリーマの剣を目で追っており、それを防護魔法で阻んだ。
「傷が無い。けどやっぱり治してた瞬間も無い。突然治ってる。ちょっとずつ分かって来ましたよ」
その瞬間に、カルロッタの姿は二人に増えた。"偽者"を発動したのだ。
偽物のカルロッタは白い杖を構え、それをリーマに向け無数の魔力の塊を発した。
リーマはそれを幾らか何の変哲も無い鋼の剣で切り捨てたが、その老いた体にとって全てを切り捨て防御しろと言うのは酷な話であった。
カルロッタの魔力の塊は何発かリーマの体を貫いたが、どれも致命的な箇所では無い。リーマは優先的に、致命的となる一撃を優先して切り捨てていたのだ。
そして、今度の傷は何故か回復魔法を使って一瞬で治している。この違い、この違いが、リーマの力の秘密だろう。
だが、まだ足りない。観察眼に富んだカルロッタでも、魔法ですら無い現象を解明することは出来ない。
そしてカルロッタ一人で、何とか出来る相手でも無いだろう。
だからこそ、ヴァレリアがいるのだ。
ヴァレリアの左腕に着けられた発明品の鎧は、一言で言ってしまえば筋力を上げる効力がある。それ以外にも様々な魔法が組み込まれている。
一人で持ち抱えることも出来なかった回転する丸い鋸を軽々と左腕だけで振り回し、しかし確かに左腕に重心を傾けながらもリーマに向かった。
その回転鋸を思い切り薙ぎ払ったが、その回転する刃はリーマが展開した防護魔法によって阻まれた。
だが回転が止まることは無く、蒸気を発しながら防護魔法を削り取っていった。
リーマは、初めて見たこの武器に感嘆と、一種の尊敬の念を向けていた。
すると、先程まで気を失っていたはずのシロークが立ち上がり、剣を握って思い切り跳躍した。
彼女はリーマの頭上の遥か上で剣を掲げると、それは無垢銀色の輝きに包まれた。落下していく勢いすらも利用し、シロークはその剣を力いっぱいにリーマに目掛けて振り下ろした。
その銀の剣は防護魔法に幅垂れたが、シロークの怪力の前にはその壁すらも崩壊させる程の衝撃を作り出した。
罅割れ、崩壊した防護魔法の隙間を縫ってカルロッタが作り出した六本の剣がリーマに突き刺さり、シロークの剣がリーマの頭を叩き切った。
だが、いや、やはり、死んでしまったリーマの姿が消えている。
それどころか、シロークは剣すらも振り下ろしていない。ヴァレリアの回転鋸をまだ回していない。剣はリーマに刺さってもいない。
しかし、カルロッタとの戦闘だけは未だに続いている。
カルロッタはもう一度"偽者"を発動し、もう一人の自身の偽物を作り出した。
カルロッタの人数は本人含め三人。三人のカルロッタの魔法の猛攻すらも、リーマは軽々と掻い潜っている。
一人の偽物のカルロッタが自身の周囲に土の塊を魔法で作り出すと、それを更に魔法で圧縮して赤熱させた。
そのたったの土塊で、輝かしい宝石が作り上げられた。
「"高価な魔法石"」
カルロッタが覚えている汎ゆる魔法をその宝石に込めると、本物のカルロッタが放ち続けている無数の魔力の塊と共に空中に飛び交わせた。
リーマは飛び交う魔力の塊を躱しているとは言え、何個か体に直撃し、絶命している。
しかし何故かその傷が綺麗さっぱりと消えているだけだ。
それと同じ様に、輝く宝石はリーマの体に直撃する。それと同時にもう一人の偽物のカルロッタが宝石の中に込められた魔法を発動する。
「"蒼焔"」
その宝石は巨大な蒼い焔に変わり、それは大きく爆ぜリーマの上半身を吹き飛ばした。
しかし次の瞬間にはリーマは何事も無かったかの様に佇んでおり、その蒼い爆発は防護魔法によって阻まれていた。
直撃したはずのそれが、何故か防護魔法に阻まれている。何故リーマは無傷なのか。
カルロッタは思考を回していたが、何せ手を緩めることが出来ず、頭の中の殆どの魔法術式の構築に割り当てている為、深い熟考が出来ずにいた。
本物のカルロッタは右手を掲げると、詠唱を始めた。
「"原子核の融合""生み出された力は地を照らし海を照らし色を与える""近付いた者の蝋の羽根を溶かす""九つの光は射抜かれ落ち""残った輝きは唯一つ""岩の後ろに隠れ""宴を開けばまた浮かぶ""光は未だに潰えぬまま""月が食われ""金の輪に成る""白き夜""それは日の全てに現れる""極まる夜""それは日の全てに現れぬ""今こそ顕現するは""天照す女神の化身也"」
そこに作り上げられたのは、黄金の太陽であった。
「『黄金恒星』」
放たれた一撃に、リーマは両手を向けた。
初めて焦りを見せた彼だが、突き出した両手を中心に、その周りに複雑で、奇怪な魔法陣が広がった。
そこに刻まれた魔法陣が表す魔法は、自身の兄である魔王が作り出した魔術。
「『朽ち行く名声の破壊と腐敗』」
その一撃は、目を逸らしたくなる程に穢らわしい物だった。
ただ全てを壊すだけの意思、ただ全てを腐敗させるだけの意思、ただ全てを殺すだけの意思。
その集合体、その集まりは、一見すれば呪いを吐き出す人の声である。それは黄金の輝きすらも破壊し、腐敗させたのだ。
それどころか防御の為に張ったカルロッタの数十の防護魔法を腐らせ、最後の一つによってようやくその呪いと怨嗟の勢いが失われ、吐瀉物の様にカルロッタの前方にある防護魔法の壁に降り掛かった。
その直後、リーマの背後にフォリアの姿が現れた。地に落ち絶望した彼女が、リーマの頭を掴み顔を近付け、"二人狂い"を発動させた。
しかし、その強大な魔力の所為か、リーマの体に大きな異変は一切現れない。何とか起こった僅かな変化も、驚異的な回復魔法によってすぐに治癒する。
ならばと、フォリアは両手から紫色の炎を発した。決して消えることの無い地獄の炎は、確かにリーマを焦がすだろう。
やはり、その意味はすぐに無くなった。
リーマの姿は何度も見て来た様にその場から消え去り、むしろフォリアの頭を後ろから鷲掴み、その枯れ木の様な腕でフォリアの頭を床に叩き付けた。
しかし、それでもフォリアの闘志の籠もった瞳は色褪せることは無く、片方は無垢銀色に輝いた。
「痛いじゃ無いの!!」
そう叫び、フォリアはリーマの胸に右手を押し付け、紫色の炎を爆発させた。
一瞬、彼女の目には、確かに見えた。リーマが表情を崩し、そして自分から手を離し後ろへ下がる姿を。
その影響か大した傷は負っていない。上半身に酷い火傷痕が残っているが、致命的な物では無い。
その驚異的な回復ですぐに治癒する。そう、治癒している。
回復魔法を扱う時と、扱わない時の違いがやはりある。しかしここにいる誰もが、それを考えられる程の余裕が無い。
「それなら、もっと速く……!!」
フォリアは切り裂かれた翼をルテーアで修復し、それを大きく広げた。
「もっと強く……!!」
その翼に紫色の炎が揺らめいたかと思えば、それは大きな炎となって後ろに向かって勢いを増した。
「全てを込めて飛べば良いッ!!」
紫色の炎に包まれた翼が一度だけ羽撃くと、その炎が勢い良く噴出した。
鳥よりも、竜よりも速く飛んだ。その紫色の炎はフォリアを包み込み、しかし身を焦がさない鎧となった。
リーマがまた視界から消えても、その炎の勢いを変えず、誰よりも速くリーマにまで飛んで行き、強烈な蹴りを打ち込んだ。
その足裏に熱が溜まると、そこからリーマの体を粉々に吹き飛ばす爆発を起こした。
残った肉片も一瞬の内に灰へとなり、最早生き返る体すら無い。そしてあの炎はフォリアの意思以外、消えることは無い。
これでリーマが再生するのなら、それこそもっと、人間にとって想像も付かない、魔法学すらも凌駕している未知の手段であることを証明する。
そう、リーマは、証明したのだ。
「……この程度で……殺せると……? この程度で……余が……死ぬと?」
リーマが剣を掲げながら、そう言った。
リーマは何時の間にかフォリアの背後に立っていた。そしてそのフォリアの体には、もう紫色の炎が燃え上がっていなかった。
一度も消える様に、炎に命じていない。そんな余裕も、そんな怠慢も、そんな油断も一切していなかった。
それなのに、フォリアの紫色の炎はその熱を失っている。
「もう良い……飽きた」
リーマが剣を最早超常的とも言える速度で振り下ろした。
しかし、意外にも甲高い音が響いた。
リーマの剣は、一本の銀の剣によって阻まれたのだ。その剣の使い手は、シロークだった。
彼女の雰囲気は、前よりも一層麗しく、そして神聖な物に変わっていた。白く染まった一束の髪に、銀色に染まった両目、体中から滾るのは、エーテルだろう。
「あぁ……何でだろう、何でだろうね。今、さっきからずっと、気分が良い。何でも出来るなんて言わないけど――」
シロークの背中から、片翼の白い翼が伸びた。
「何時までも、剣を振れる気がする」
彼女の四肢に縛っていた黒い紐が、自然と解けた。
その黒い紐は、ソーマがルテーアを主として作り上げた物であり、余りにも膨大なエーテルに浸された時初めて解ける様に細工されている。
始めから、シロークの体から膨大なエーテルが湧き上がることをソーマが予想していたのだ。
先程よりもより洗練された、瞬速の一振りが走った。
それすらもリーマは追い付き、剣で受け止めたが、巨人の一撃と間違う程の巨大な衝撃に鋼の剣が砕け、リーマの体にまで到達した。
だが、それはリーマが作り出した強固な鎧によって阻まれた。上半身を覆うその鎧は、一見鉄の様に見えるが、ただの鉄ならシロークの斬撃に耐えられるはずが無い。
まだ、まだリーマに届かない。
届けるのなら、戦えるのなら、何でもしようと、カルロッタとヴァレリア、そしてシロークとフォリアは決心した。
リーマを包む強固な鎧は赤熱して溶けると、それは新たな剣の形となり固まり、リーマはそれを力強く握った。
しかし、突然リーマが剣を握る腕から力が抜けた。
その困惑の一瞬、フォリアが走り出し、リーマの体に両手を当てた。
「油断!! 禁物!! "十二重奏の狂気"!!」
放たれた竜の炎はリーマに噛み付き、大きく羽撃いた。それはこの玉座の間を大きく一周し、より上へ向かった。
だがリーマが剣を一振すると、その炎は八つ裂きにされ塵となった。
その直後に、カルロッタが放っている数百の魔力の塊がリーマの体を貫き、その後ろに白い杖を持ったカルロッタの偽物が現れた。
彼女は杖の先から火の属性魔法の最上級魔法を放ち、リーマの肉片一つも残さない程の熱を放出した。
しかし、まだ終わらない。リーマはまた、何時の間にか下に降り立ち、悠然としているのだ。
だがリーマの剣を持つ腕、右腕が動かないのは変わらない。剣の柄を左手に握り直し、その理由にリーマは頭を悩ませていた。
ふと、シロークが目に入った。見れば、彼女の右腕が失われている。しかし出血も見られず、むしろ――。
「やっぱり、本って読むべきだよねェ!! ご先祖様の封印魔法がこんなに役立つなんて!!」
シロークがそう叫びながら、左腕に剣を構えてリーマに向かって突進した。
リーマは自身に何が起こったかの前に、向かって来る敵に集中することに決めた。
リーマがシロークの頭に向かって剣を薙ぎ払うと、シロークの体が突然倒れる様に屈んだ。
すると、今までシロークの体に隠れていた鉄の剛腕がリーマを強烈に殴った。
その鉄の剛腕の持ち主は、ヴァレリアであった。彼女の右腕に不相応な程に巨大な鉄の鎧が覆っており、彼女はそれを難無く振るっているのだ。
リーマはその見窄らしい身で巨大な拳を受け止めながら、ヴァレリアのあの細い腕がここまでの剛腕を操ったことに驚愕していた。
一体あの腕の何処に、ここまでの物を持ち上げ、振るう力があるのか。どう考えても納得出来ない。
答えが出ないリーマは、もう一度ヴァレリアの姿を凝視した。
明らかに、異なっている。その髪は、白と黒が入り混じっており、その目は片方が無垢金色に、片方が無垢銀色に輝いていた。
カルロッタですら出来なかったエーテルとルテーアの並列使用、それをヴァレリアが可能にしていたのだ。
それは、到底リーマが受け入れられる現実では無かった。
鉄の剛腕は機械の部品の様にバラバラに小さな部品となって別れると、それは二十本程度の鉄の槍に創り変えられた。
ヴァレリアが右腕を突き出すと、それに従い二十本程度の鉄の槍がリーマに向かって降り注いだ。
しかしリーマは動揺を失くし、一瞬の内にヴァレリアと距離を詰めた。
だが、リーマの体を超高速で飛んで来たフォリアが紫色の炎を纏って蹴り飛ばした。
「おっそいんじゃ無いのぉ魔王さまァッ!!」
フォリアはむしろ似合わない上品な笑い顔でそう力強く叫んだ。
ヴァレリアは右腕を手招く様に曲げると、二十本の槍は部品の様に砕け、彼女の右腕に再度集まった。
部品が組み上がれば、それは数本の砲塔が横に連なる大砲となり、ヴァレリアが僅かに念じるだけで鉄の砲弾を発射した。
高速で向かって来る砲弾を目に、リーマはその剣を一度だけ、たった一度だけ振るった。
すると、発射された全ての砲弾が等しく横に両断され、下半分はそのまま床に転がり、上半分はそのまま上に向かって天井か壁に激突した。
「……何だ……その、力は……?」
しかしそんなことも許さないと言わんばかりに、本物のカルロッタが頭上に現れた。
左手を横に振るうと、リーマの体はその方向へ吹き飛ばされた。
そして間髪入れずに偽物のカルロッタが三人、白い杖を構えてリーマの周りに現れた。
一人はリーマの右上、一人はリーマの左上、一人は下に立ったまま、空中にいるリーマに杖を向けた。
杖の先に全て同一の四つの魔法陣が刻まれた。それはそれぞれの四大属性の魔法の最上級魔法を表し、それは合わさり結ばれ、リーマに向けて放たれた。
だが、次の瞬間にはリーマの姿は消え、偽物のカルロッタ達もまた別の場所にいた。まず魔法も放っていないだろう。魔力量に大きな変化が無いことから、カルロッタはそれを予想した。
それが起こってから消えたのでは無い。そんなことは起こっていない。きっとそれが正しい表現だろうとカルロッタは理解した。
そしてリーマは本物のカルロッタを見定め、一瞬の内に背後を取り、その剣を振り上げた。
しかしその剣は、より速く剣を振るったシロークによって阻まれた。
「おいおいどうしたんだいリーマ・アン・シュトラウス!! もっと右腕も使わないとォ!!」
単純な力の勝負なら、老い耄れたリーマの片腕よりも、若く全盛期に向かっているシロークの片腕の勝利であった。
リーマの剣を弾き、シロークは更に速く剣を振り下ろした。
しかし、転移魔法でも使ったのかリーマは頭上に飛んでいた。
だがそれよりも上にフォリアが現れ、体を大きく回しながら右手をリーマに向けて振り下ろした。
それに着いて行く様に紫色の無数の小火が雨霰の様に降り、リーマの体にぽちゃりと落ちた。
それと同時に小火は大きな爆発に変わり、その衰えた体を床に叩き付けた。
「見下される気分はどうよ! 魔王様!!」
倒れているリーマに、ヴァレリアが左腕に構えている回転鋸を振り下ろした。
だが、やはりそれは防護魔法に阻まれた。どれだけ回転して削り取ろうとしても、前と違ってより強固に張られた防護魔法の壁の前には歯が立たない。
しかしカルロッタが操る六つの剣が全てリーマの防護魔法に深々と突き刺さると、白銀の焔が溶かし、そして爆発で破壊し、ヴァレリアの回転鋸がリーマの体をずたずたに裂いた。
そのまま右手に集まる鉄の部品を組み立て、無数の大きな針が連なる山となり、リーマの死体を貫いた。
だが、すぐにリーマの体はそこから消える。未だにその原理は解明出来ていない。
それでも必死に、見ることしか出来ないフロリアンは頭を回し、こんな立ち入ることも出来ない戦いに苦虫を噛み潰した様な表情を浮かべながら考えていた。
そして、何とか捻り出した方法は、一つだった。
「……ニコレッタ……!」
フロリアンに寄り添っているニコレッタに、目を合わせて言った。
「カルロッタの魔力を、俺達全員に配ってくれ……! せめて、一撃だけでも放てる程の魔力量を……出来るか……?」
「……分かりません。……けど、はい、分かりました。やります。……"全ては勝利の為に"」
発動した"全ては勝利の為に"は、カルロッタの膨大な魔力を回収し、ここにいるギルド研修生達に分け与えられた。
しかし、青薔薇の女王の魔力量を遥かに超える魔力総量を一瞬でも一身に受け止めているニコレッタの負担は桁違いだ。
それでも彼女は、全員に魔力を分け与えた。せめてこれくらいしないと、この戦いでは役に立てないのだ。
カルロッタも、魔力を分け与えられていることに気付き、その意図にも気付いた。
勿論魔力を分け与えられた者達も、ある程度の意図に気付き、何とか立ち上がった。
リーマの行動を見ると、不可解な瞬間の直後に傷を負うと、それを回復魔法で治している。もしくは防護魔法で防いでいる。
つまり、何かしらのからくりがあるのだ。狙うのは、次にリーマが死んだ瞬間。生き返った直後。
意図的に狙うのは難しくとも、傾向は分かる。
そして、それはカルロッタがもう理解している。
リーマがカルロッタとまた距離を詰め、剣を振るうと一閃の雷が迸った。
カルロッタはそれを瞬発的に浮遊魔法で上へ体を飛ばすと、カルロッタの足の下を通って、ヴァレリアの右腕に集まる鉄の部品を組み立て作り上げられた、鉄の矢がリーマの体中に突き刺さった。
そして、ヴァレリアはこんな状況だからなのか、更に成長している。
その矢はリーマの肉の中で茨となり、枝の様に別れ、より深くより広く、リーマの肉を引き裂いた。
リーマは死んだ。そしてカルロッタは叫んだ。
「次です!!」
魔法使いは、杖を構えた。
全員が、全力の魔法を放とうと意気込み、頭を全力で回し魔法術式を構築したのだ。
そして、次の瞬間、片腕を失くしているリーマが現れた。
その瞬間、カルロッタがリーマの体を魔力の塊で貫いた時に出来た、リーマの血痕にシャーリーが触れた。
そして、それを舌で舐めたのだ。
「リーマ・アン・シュトラウス。"動くな"」
例え魔王と言えど、一時的にその魔法の呪縛に掛かった。
しかしその代償は凄まじく、シャーリーの口からあり得ない程の血を吐き出した。
すぐにカルロッタが心配そうにシャーリーに視線を向けたが、シャーリーは険しい目線でリーマだけを見ていた。
「やれ!」
シャーリーは潰れかけの喉で叫んだ。
「カルロッタが我を許すと言うのなら、我はお主に相応しい振る舞いをしよう!! それを、贖罪としよう!! これからも、ずっと、永遠に!!」
シャーリーの言葉に鼓舞されたのか、カルロッタ以外の全員が、各々が持つ最強の魔法を放った。
しかしリーマは、その全ての魔法を受け止めても壊されることも無い防護魔法を全面に何十にと重ねて作り上げた。
だが、全ての魔法は直撃することは無かった。それよりも前に、高貴に輝く宝石に当たったのだ。
「さぁ! お膳立ては充分でしょうカルロッタ様!! わたくし最後の宝石ですわ!! 存分にお使い下さいまし!!」
アレクサンドラは"高貴な魔法石"を発動させ、汎ゆる魔法をその宝石に込めた。
そして、その宝石は、カルロッタの前に集まり、一つとなった。
その直後、シロークと、立ち上がったエルナンドが走り、リーマを覆う防護魔法の殆どを叩き切った。
「これくらいやらないとなァ!! カッコ付けさせてくれよ俺もよォ!!」
二人はすぐにそこから離れた。
カルロッタはその宝石を大事そうに両手で包むと、その両手に偽物の三人のカルロッタが杖を向けた。
「本当は、一人で戦いたかった。誰も、傷付いて欲しく無いから」
構築された魔法陣は、カルロッタ一人では到底届かない程の魔力が込められていた。
「けど……ありがとうございます。この人を倒して、誰かが救われるのなら」
カルロッタは優しく呟いた。
「『星々を統べる気高き煌燦』」
カルロッタ・サヴァイアントが覚えている全ての魔法、それはシャルルと戦った時の比では無い。
この場にいる全員の、最強の一撃をアレクサンドラの"高貴な魔法石"によって更に増幅し、それをカルロッタが更に全く同じと掛け合わせ威力を倍増させた。
その輝きがリーマに向かって来る。片腕を失くし、『朽ち行く名声の破壊と腐敗』は発動出来ない。
なら、リーマは、どうするか。
カルロッタの目は、あり得ない行動を見た。
リーマは、残った数枚の防護魔法を解除したのだ。確かにその程度で『星々を統べる気高き煌燦』受け止めることは断然不可能だが、これはただの自殺行為。
残りの時間で少しでも壁を増やす訳でも無く、より強固に組み替えるでも無く、その全てを意図的に破壊したのだ。
自殺行為、そんな程度では無い。この瞬間のリーマは攻撃を食らえば死ぬと言うことは、これまでの行動で自明の理となっているはず。
回復魔法を使う、防護魔法を使っていると言うことは、つまり死ぬ可能性があるからだ。
なのに、自身の身体が消し飛ぶ魔法を前に防御をかなぐり捨てたのだ。
リーマは、その剣を逆手に持ち、刃先を床に突き刺した。
ただ、声を荒げるでも無く、しかし力強く威厳に溢れた声で言った。
「あぁ……その美しい魔法……余は敬意を払おう……。……少しばかりの……力を見せよう……」
その剣が、無垢金色に輝いた。
無垢金色の輝きは黒く呪いと怨嗟に染まり、ただ穢らわしい力となった。
その黒い剣から、リーマの魔力が放出された。しかしただの魔力の放出には見えず、黒い薄布の様に見えた。
薄いヴェールを模した魔力は、それこそヴェールの様に振る舞い、『星々を統べる気高き煌燦』の輝きを包み込んだ。
シャーリーの魔法で動けないはずのリーマはその体を楽々と動かし、薄いヴェールに包まれた輝きごとそれを剣で斬り伏せた。
そんなこと、出来るはずが無い。少なくともカルロッタはそう確信していた。
何を、どうしたら、自分が出来る最強の一撃を受け止められるのか。
カルロッタの頭の中には更なる困惑と、一種の自信が壊れた音が聞こえた。
「充分に伝わった……その力を……その星の輝きを……」
カルロッタは、赤い景色を見た。
自分から、体温が外に発していくのを感じる。どくどくと、心臓の鼓動が強く感じる。
リーマの剣が、カルロッタの左肩から右腰にまで、真っ直ぐにその柔肌を切り裂いた。
今まで感じたことも無い死の予感、カルロッタは肌で、五臓六腑に染み渡り知った。
いや、一度だけあっただろうか。初めてシャルルと戦いが終わった後は、それを感じていた。
しかしそれ以上に、カルロッタは自身の中の、重要な部分を壊された。
彼女は、特別な自覚があった。それは外の世界を歩いて、より一層膨らんでいった。誰かを見下している訳では無い。誰かを罵っている訳では無い。
ただ、自分は誰よりも強いことを知っていた。賢いが故に、それを自覚していた。
それでも強い人がいるのは仕方が無い。世界とはそう言う物だと、賢いからこそ理解していた。
だが、戦い、そして、目の当たりにした。
自分がどれだけやっても、絶望的な差が、そこにはあった。
強さに自信があった。それを疑うこともしなかった。証拠に、シャルルにも勝てたのだ。
だが、それよりも上がいる。ずっと、ずっと、遥か上。
勝負にすらなっていなかった。
彼女は自分を特別だと思っていた。それは決して間違いでは無い。
だが、リーマと比べれば、自分は凡庸な人間の一人なのだと思い知った。
そして、壊れてしまった。自分は特別だと言う自己認識が、崩れ去った。
カルロッタは、倒れていた。
体を動かそうとも、何故か動かない。
カルロッタは、涙を浮かべて喉を振り絞った。
こんな所で、こんな時に、やるべきことでは無い。だが抑え切れない感情が吹き出してしまった。
子供の様だった。駄々を捏ねる子供の様な、泣き声を発しながらカルロッタは腕で目を隠して歯を食い縛った。
結局無力だった自分に、自分一人では出来なかったそれすらも無力と思い知らされた。
そんなカルロッタを、リーマは見下していた。
「……どうした……? 傷を治せ……回復魔法を……回せ……。……傷が治らずとも……出来るはずだ……。……出来ないのか……? やれ……魔法を撃て……難いのだろう……? 仲間を傷付けた……余が……もう誰も……傷付いて欲しく……無いのだろう……?」
カルロッタは何も言えなかった。もう、何も出来なかった。
「立て……魔王を倒せ……。……新たな勇者となれ……何故立てない……? 何故、立てない? 立て……そうか……もう……終わりか……。……所詮……この程度か……」
残念そうに息を吐くと、リーマは剣を降ろした。
「……そこで見ていろ……。……どうせまた後で……幾らでも……利用価値はある……」
既に、カルロッタに興味は無かった。今戦っているルミエール、不意打ちならば致命的な傷を負わせられるだろうかとリーマが思っていると、突然カルロッタの傍に人影が現れた。
それはカルロッタを抱き寄せ、その傷を撫でると、カルロッタの回復魔法でも治せない傷が徐々に塞がっていった。
その光景に、リーマは僅かな疑問を呟いた。
「……回復阻害の魔術を……組み込んだはずだが……何者だ……?」
カルロッタを抱き寄せているのは、金髪の女性であった。ルミエールよりも少し高い背の彼女の金眼に、何処かリーマは見覚えがある。
記憶を探り、リーマは一つの仮説に辿り着いた。
「竜皇……メレダか……?」
少女の姿では無く、より成長した姿のメレダが、そこにいた。
「……久し振りに……表情を変えられる気がする」
メレダはそう言いながら、カルロッタの頭を優しく撫でた。
そして立ち上がりリーマの前に立つと、彼女は珍しく表情を変えていた。
目を大きく見開き、眉間に皺が寄っていた。決して大きな変化では無いが、メレダにとっては久し振りの表情だった。
「そうか……次は……竜皇か。しかし……何かおかしいな……心臓の気配を……感じない」
「これで充分ってこと。歳を取り過ぎて判断能力が低くなった?」
「……賢い言動では無いな……メレダよ……」
「その力の意味も、理由も、何故私達がそれを否定するのか分かっていない貴方が私に賢さを説くの? 余りにも愚かしいことだと思わない?」
「ならば……力で否定してみせよ……竜皇よ」
「あの小心者が随分生意気な口を吐ける様になった」
突然リーマの胸に銀の剣が突き刺さった。
しかしそこからリーマの姿が消えた。本来ならそれで傷は全て治るはずだが、メレダの銀の剣に付けられた傷はより一層深々と刻まれていた。
「大人しく生きていれば、こんなこともせずに済んだのに」
メレダは純銀の杖をその手に握り、リーマに向けた。
「私の慈悲を蔑ろにした、貴方が悪い。カルロッタを傷付けた、貴方が悪い。お願いだから、ここで死んで」
最後まで読んで頂き、有り難う御座います。
ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。
別に表情変わらない訳じゃ無いと思うんですけどね、メレダは。
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