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魔法使いちゃんの予定無き旅  作者: ウラエヴスト=ナルギウ
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日記34 魔王 ①

注意※分かりにくい表現、誤字脱字があるかもしれません。そして唐突な戦闘などがあります。「そんな駄作見たくねぇよケッ!」と言う人は見ないでください。


ご了承下さい。

 隻腕の男性、今は隻腕では無いが、彼の姿はやはり大きく変わる。


 その目には四つの瞳を、その髪は白と黒が入り混じり、彼の周囲には宙に浮かぶ三つの両腕がある。


 頭には十の黒い角、それには九つの銀の冠がある。頭の上に浮かぶのは銀の王冠であり、それには九つの黄金の茨によって縛られている。


 彼は奴隷である。それでいて王でもある。


 なればこそ、その相手ならばルミエールは相応しいだろう。


 ルミエールにも最早出し惜しみは無かった。四つの瞳、床に付く程に伸びた白と黒が入り混じった長髪、三枚の左側の白い翼と、三枚の右側の黒い翼の更に内側に、三枚の右側の白い翼と、三枚の左側の黒い翼が伸びていた。


 両手を縛る手枷とそれから伸びる黒い鎖、その首を縛る生物には見えない白い糸、頭から生える十の黒い角とその角に嵌められた銀の王冠、頭の上に浮かぶ銀の王冠に巻き付く九つの黄金の茨。


 宙に浮かぶ六つの女性の腕。


 始まりは、何とも呆気無かった。


 ルミエールと男性の姿がほぼ同時に消えたかと思えば、先程まで両者がいた中間の場所で、ルミエールが刀を、男性が剣の刃を交わしていた。


 しかし体格差が大きく、ルミエールの刃は端から見れば容易く弾かれた。


 そのまま男性は剣を高く掲げると、その剣から千の輝きを集めた様な光が発した。


 その剣を勢い良く振り下げると、その輝きはルミエールへと向かう斬撃へと変わり、万物を断ち切る刃となった。


 しかしルミエールは、右手で拳を握り、その輝きの斬撃を拳で振り払って消し飛ばしてしまった。


 男性は驚愕の心情を冷静に対処し、ただ楽しそうに笑みを浮かべていた。


 男性が一歩足を下げたと思えば、彼の周りに浮いている両腕の一つが懐中時計を握った。


 それとほぼ同時だろうか。男性の九つの冠の全てが、ルミエールのそれとは違う小さな特徴を表した。


 煙が上っていたり、時計の針の様な飾りが付いていたり、氷の様に光を反射して輝いていたり。そんな小さな特徴。


 九つの特徴は、九つの能力を表す。しかし彼の能力では無い。


 彼の能力では無く、彼の妻の能力である。


 そしてその中には、テミスと力の源流を同じくする時間干渉の能力もある。テミスが止めた時の中で、彼は自由に動けたのはこの為である。


 一つの冠は時計の長針と短針を模した飾りが、一つの冠は氷の様に輝き、一つの冠には木の葉を模した飾りが、一つの冠には赤い口紅のキスマークが、一つの冠には煙が立ち上り、一つの冠には影の様な錆が、一つの冠には二本の交差する刀を模した飾りが、一つの冠には祈りの女性の像が、一つの冠には天を掲げる女神の像があった。


 その特徴は徐々に存在を薄れさせ、目立っていたそれ等は何時の間にか見えなくなってしまった。


「あぁ……なぁ、愛の聖女なら、ルミエール、お前にも分かるだろ」


 男性は恍惚とした表情で両腕を広げ、最早他の誰も立ち入らせない禁域を作り上げた。


 彼の周囲に漂う力の奔流は、魔力だけでは無いだろう。そしてその奔流はルミエール以外の何人たりとも立ち入らせない空間へと変えていた。


 近付くだけで、例え星皇の加護を一身に纏うルミエール以外の聖母達であっても、そこへ立ち入ることは困難だろう。


 それが証明しているのは、今この場で、彼とルミエールの領域にまで到達した者がいないと言うことだ。


 しかしそれでも、せめて加勢しようとパンドラが体を霧状に変えようとした。


 だがその黒い霧ごと、黒い刃によって両断された。


 それは黄金の焔によって包まれ、パンドラは感じたことも無い激痛に苛まれ悲鳴を発した。


 その刃の主は、猟奇性を晒す牙を見せ付けながら、黒い片刃の剣に黄金の焔を散らしていた。


 星皇宮にて、襲撃した者の一人。黒い鎖を振り回す黒髪金眼の男性である。


「邪魔させる訳にはいかないな。まあ、邪魔も出来ないだろうがな。だが――」


 突如、他の聖母達の周りが薔薇の茨で囲まれた。


 すぐにテミスが自身の時を加速させ脱出しようとしたが、黒い髪の男性は一瞬の内にテミスとの距離を詰め、左手を翳した。


 汎ゆる干渉を受け付けない始まりの黄金、その焔は、テミスを後ろへ大きく吹き飛ばし、薔薇の茨に絡まらせた。


「お前等聖母は色々厄介だ。あっちに行っててくれ」


 男性の言葉を最後に、聖母達の姿は消えた。


 その場からいなくなった。しかし彼女達は、また別の世界へと引き摺り込まれたのだ。


 そこは、ただ温かな世界。汎ゆる攻撃意思は介在せず、汎ゆる攻撃意思は記憶の彼方へと流れてゆく。


 その花園の中心で、女王は紅茶を飲んでいた。


「やあ、初めまして。……聖母の皆」


 黒い髪の女性が呑気にアフタヌーンティーを楽しんでいた。絹糸で作られた彼女の服は上流階級を主張する丁重さが散りばめられていた。


 しかしその目には、聖母達に向けられた懐かしさと、愛おしさと、哀愁の感情が複雑に混ざり合っていた。


「さて、もう分かっていると思うけど――」


 その瞬間、テミスは剣を抜いて女性に向けて刃を横に薙ぎ払った。


 しかしその刃が女性の首に触れる直前に、刃は凍り付いた様に静止した。


「……やはり無理か」

「そう、その通り。ここで一切の攻撃は意味を失くし、やがて攻撃する意味も意思も失われる。攻撃する自由意志すらも排斥される悪意に満ちた温かな世界。それがここ」


 しかしその直後、メレダが黄金の鱗を持つ竜の翼を背中に大きく広げ、空高く飛び上がった。


 その姿を見詰め、女性は溜息を吐いた。


「そうだね。貴方なら、ここから抜け出せる。ルミエールから聞いてるだろうし……。……出来れば、戦って欲しく、無いのにな」


 ルミエールと男性の戦いの最中、親衛隊はせめて魔王、リーマを倒そうと親衛隊は動いていた。


 しかしそれすらもたった一人で妨害するのが、黒い髪の男性、獣の王である。


 本能が叫ぶ。それは恐らくいてはならない。この世界に拒絶されるはずの異質な存在。それが彼。


 見るだけで、この世界に暮らす者達の目の奥に深く不快な痛みに襲われ、ただそれがじんわりと体中に広がる。


 やがてそれは、焔に焼かれるかの様な激痛へと変わる。


「邪魔なんだよてめぇ!!」


 イノリがそう叫び、黒く穢れに満ちた呪いの液体を傷から吹き出させながら、それを刃に変えて牙を見せる男性に襲い掛かった。


 その瞬間、牙を見せる男性の周囲に、焼け焦がれた皮膚の三つの両腕が宙に浮かんで現れた。


 その一つの両腕には赤い刃の長槍が、一つの両腕には身の丈を超える大鎚を構えていた。


 穢れ多きイノリの刃は、赤い刃の長槍によって阻まれた。


「よぉおっさん。久し振り……って言う程時間は経ってないな」


 イノリの体から吹き出す黒い液体は、彼の背中から盛り上がり、服を破り、二本の黒い液体で形作った腕が見えた。その腕には無数の黒い瞳があり、その全てが牙を見せる男性を睨み付けていた。


 二本の両腕、その真髄。しかし相対しているのはそれ以上。


 四本の両腕、その持ち主。彼の一片は、星皇と祖を同じとする何か。故に敵うはずが無いのだ。


 マーカラは勢い良く牙を見せる男性に突進した。それは人の様な知能溢れるそれでは無く、猪に近い獣の頃の本能のままの体当たり。


 しかし効果は覿面だ。彼はマーカラの怪力の前に大きく吹き飛んだ。


 マーカラは、久しく体験することが無かった、強大な敵との会合に歓喜した。それは狂気的な笑みを浮かべ、その両手の指を交互に交わして握った。


「"第一契約解除""魔力解放"」


 マーカラの第一の封印は解かれた。


 彼女の魔力はより膨れ上がり、自身では制御不可能な程にまで広がった。


 彼女の口枷は今となっては邪魔な物でしか無く、彼女はすぐにそれと取っ払った。


「"第二契約解除""魔法解放"」


 第二の封印は解かれた。彼女の独自の魔法が解放されたのだ。


「"第三契約解除""能力解放"」


 第三の封印は解かれた。


 そして、彼女は口ずさんだ。その口調は、あの狂気的な笑みとは裏腹に、しんみりと、哀愁漂う物であった。


「『姉妹(リトルシスター)』」


 彼女の両腕の脇の下、そこに、もう一つの両腕が伸びた。


 そして彼女は、その両手に豪勢なハルバードを握った。上の両腕には、炎に包まれたレイピアを構えた。


 吸血鬼の王に、代々受け継がれるそれ等は、真の血族者にのみ持つことを許される。それ以外の物は持つことすらも憚られ、握ればその身が焼け爛れることだろう。


 この武具達を握れることが、マーカラが真の王であることの証明である。


「殺してあげる!! そして、飾ってあげる!! 全部!! 全部!! 全部絞り出して!! 殺してあげたい!! 殺したい!! 殺そう!! 殺す!! あはっは!! あはははぁっははぁぁぁあっはは!!」


 マーカラは下の両腕でハルバードを無造作に振るい、上の両腕でレイピアを正確無比に牙を見せる男性に向けて突いた。


 ハルバードは大振りだからかそうそう直撃しない。しかしレイピアの切っ先はほんの少しだけ男性の体に突き刺さる。


 そしてその度に、その剣は血を啜り大きく膨れ上がるのだ。


 その交戦の最中、イノリは足元に黒い液体を広げ、一気に上へ噴出させた。


 男性の体はマーカラと共に吹き飛び、無防備な姿を晒した。


 その隙を逃さず、ソーマは国宝十二星座を使って二人になり、その力を使い更に一人になった。


 一つを二つに、そして二つを一つに。それが彼に与えられた国宝の力。その姿は、白と黒の髪が入り混じり、両腕は二つとなる。


 男性器も確かにある。しかし女性器も確かにある。しかし胸は膨らんでいる。


 その姿は、何処までも曖昧なのだ。生物の原初ですら無い、歪で不可解な姿。


 しかしそれで良い。彼は、彼女は、それで良い。


 ソーマが放った僅かに一閃輝く魔法は男性の胸を正確に撃ち抜いた。その直後には、ソーマは牙を見せる男性の背後に現れ、その首を断ち切ったのだ。


 だが男性の武具を持たない焼け爛れた一つの両腕が、肉と皮膚を縫う針と糸を持った。


 それは瞬時に男性の首を縫い合わせ、それは瞬時に全てを繋いだ。


 その直後には、親衛隊全員の体に黒い鎖が巻き付いた。


 一体何時の間になのか。そんなことを考える意味も、理由も、時間も無い。


 その鎖の中から、黄金の焔が大きく爆ぜた。人、いや、生物の身ならば簡単に吹き飛び、蘇生を一目で諦める程に肉片へと変える爆発。


 牙を見せる男性は、両足で床に立って一息吐いた。


「……参ったな。死んで無いだろうな」


 その言葉の直後、矢守蝦蟇が男性の背後に忍び、その背に吊るしている鞘の先を右手で握りと、柄の先を左手で握り大太刀を引き抜いた。


 その大太刀で、彼女は完全に回復した両腕で振るった。


 その斬撃は水に濡れ、血に混じりぽたりと落ちた。


「"蛇頭哭(じゃとうこく)牙進(がしん)"」


 大太刀によって切り裂かれた男性の背中は、斬撃と共にやって来た水が大きく膨張した。


 それは蛇の頭となり、それは牙を突き立て男性の背中に噛み付き、食い千切り、やがて腹から飛び出した。


 男性はあり得ない速度で振り返り、それと同時に刃を振っていた。


 しかしその黒い刃は、黒い霧が集まって出来た肉の塊によって阻まれた。


 男性が事態を理解しようとしたその一瞬の沈黙の瞬間に、矢守蝦蟇は左手を男性に向け、人差し指を向けてそれを下げた。


 すると、男性の頭上に百年は育ってであろう大木を加工して作られた柱が現れ、それが勢い良く落下した。


 だが男性は自身の身体から黄金の焔を吹き出し、それをあっと言う間に灰へと変えた。


 直後に彼の周囲に黒い霧が覆い、その黒い霧に紛れながら魔物が無造作に現れ、襲い掛かった。


「さっきは良くもやってくれたわね、獣の王」


 パンドラの声が霧の中で響いた。


 しかし男性はそれを物ともせず、一瞬の内に斬り伏せ、霧の中から飛び出した。


 それと同時にマーカラが男性の上から二つの両腕を広げて襲い掛かった。


 既に豪勢なドレスは焼け千切れその役割を果たしていない。しかしもう、そんなことはマーカラにとってはどうでも良い。


 今はただ、この戦いの中に身を投じていることに感謝した。


「殺す殺す殺してあげるッ!!」


 マーカラは体を捻り、その巨大なハルバードを振り降ろした。


 男性は振り下ろされるハルバードをさっと避けた。それは良かった。しかしその直後のレイピアに一突きだけは避けられなかった。


 それは男性の額を貫き、脳を貫通し、後頭部にまで到達した。


 それは血を吸っている。それは血を吸い、刃を育てる魔剣であった。


 それが完璧な長剣となると、マーカラはその剣を引き抜いた。


 その剣は余った血で自身を守り、それでも余った余分な血液を自身の周りに更なる刃として鋭く、長く、空中に流し続けていた。


「獣の王の血は随分と良いわねぇ……! お陰で見たことも無いくらいに強くなったァ!!」


 しかしそれでも、男性の体は止まらない。むしろ、先程よりも加速している。


 目にも止まらぬ速さで、男性はマーカラの首を切断した。何者も、何人であろうと目にすることの出来ない斬撃は、実に美しく、そして呪いに塗れた穢れの刃。


 その傷は黄金の焔によって延々と焼かれ続け、再生は男性が死なない限り不可能だろう。


 しかしマーカラは、落ちた自身の首を掴んで持ち上げた。


「あぁ、酷い、酷いじゃ無い。こんなに、醜い姿にしてくれて」


 肺に繋がっていないはずのマーカラの頭はそう口を動かし、舌を動かしていた。


「不気味なくらいに不死身だな、お前。いや、お前等か」

「あら、それを言うなら貴方こそ。あたし達以上に死にもしないし、生きもしない獣の王め」


 リーグ親衛隊、その実力は、決して高くは無い。第一師団長であるメグムを参考にすると、親衛隊の中では状況次第で負けもするし勝ちもする。そんな拮抗とした実力程度だろう。


 ならば、親衛隊はどうやって選考されるのか。


 親衛隊に求められるのは二つの役割。盾と、矛である。


 万が一の時に、星皇の前で盾となれる不死性。そして何より、特定条件下において星皇と同等の被害を敵戦力に与えることの出来る力。


 この二つが、親衛隊に必要な要素である。故にメグムは決してなれない。大規模な攻撃が不得意な亜人の師団長もなれない。


 幾ら殺しても、決して死なない極めて不死に近い者達。それが、親衛隊である。


「良いだろう。諦めるまで、何度でも殺してやるよ星を見上げた愚者共がァ!!」


 男性の叫びの傍ら、リーマは何処か遠い目で戦いを眺めていた。


 リーマは賢い。戦わなくて良ければ、戦わない。しかし何処か、自分は逃げているのでは無いかと思っていた。


「シャルル……行くぞ……。……戦わないのなら……それに越したことは……無い」


 冷静に、リーマはシャルルにそう言った。


 そう、冷静でいなければならないのだ。彼はもう、一人では無いのだから。


 しかし、フロリアンがリーマに向けて魔法を放った。


 放たれた魔法をリーマは簡単に手で払い、憤慨して魔法を放とうしたシャルルを制しながら視線をフロリアンに向けた。


「……魔法を放つか……人間……」


 フロリアンは鼻を鳴らしながら、杖を構えていた。


「ルミエールは正体不明の強者、聖母は行方不明、親衛隊はまたもや正体不明の強者と戦っている。なら俺達がやるべきことは一つだろう。そうは思わないか? 魔王の弟」


 リーマはその老耄の体を引き摺りながら、囁いた。


「……シャルル……お主は……そうだな……。そこで……見ていてくれ……。……くれぐれも……手を……出すことは……無い様に……」

「分かりましたが……しかしお体の方が心配です」

「……大丈夫だ……そこまで……速く動くことも……無かろう……」


 そう言った直後に、リーマの姿は消えた。


「その苗木……さては聖樹か……? 焼けて朽ちたかと……思ったが……残っていたのか……?」


 リーマはフロリアンの背に立ち、聖樹の苗木(チィちゃん)を覗きながらそう囁いた。


 フロリアンは咄嗟にチィちゃんの枝を伸ばし、その先から魔力の光線をリーマに向けて放った。


 その光線は容易くリーマの体を貫き、そして心臓、頭を撃ち抜いた。


 リーマの体は、その生を終えた。完璧に、完全に。


 フロリアンは余りにも呆気無いと感じたのか、振り返り、リーマの呼吸と鼓動を確認した。


 確かに死んでいる。少なくとも生きているはずが無い。


 倒した。そう、確実に。


「は、はは、何だ」


 エルナンドが抜いている剣を鞘に収め、そう言いながらフロリアンに歩み寄った。


「やっぱりただの爺さんじゃねぇか。やったなフロリアン。お手柄だ。お前すげぇよ」

「……おかしい」

「何がだよ」


 エルナンドの楽観さとは裏腹に、フロリアンは背中に浮かぶ冷や汗の理由を考えていた。


「魔人族だ。二千年、三千年生きた魔人だ。魔法に関しては少なくとも相当な差があるはずだ。防護魔法も迎撃もやらずに、何もせずに殺された。そんな、そんなはずは――」


 フロリアンの疑問とエルナンドの懸念は、これから起こるたった一つの事実によって解消されることになる。


 二人は、倒れていた。


 フロリアンは左の太腿に、エルナンドは右脇腹に、深い切創が刻まれていた。


 血がどくどくと止まらずに流れ続ける。


 やがて、激痛を理解した。これは激しい痛みなのだと、ようやく頭が思い出した。


 見えなかった、そんな簡単な理由では無い。


 死んだ者は動かない。生きているから動くのだ。死者が動き、刻まれるはずの無い傷を負わされ、その魔王が生き返っている。


 エルナンドの目には、確かに生きて、動いているリーマがいる。フロリアンが貫いたはずの体には、一切の傷も、服の乱れも見られない。


 回復魔法にしてもおかしいのだ。それだけでは死者を、それに自身を生き返らせることなんて出来るはずが無い。


 不可解な点はまだある。エルナンドは剣を握っていた。


 鞘に収めていたはずの剣を、彼は握っていた。


 一体何が起こったのか。それすらも分からない。


 当たり前だろう。蚤が、宇宙の広さを知れるはずも無い。


「殺しはしない……まだ……殺すべきでは……無いのだ……」


 咄嗟に、ニコレッタが杖を握ってリーマに殴り掛かった。


 しかしリーマは避けもせずに、何の抵抗も無しに頭を殴られた。


 その老骨の体にとって、その衝撃は致命的な物で、余りにも大きい隙を晒した。


 その隙にシロークは剣を振り下ろし、リーマの首を切り落とした。そしてジーヴルが杖を翻し、リーマの全てを氷の中に閉じ込めた。


 だが、数秒が経つと、氷も一瞬で消え去り、シロークの腹部に強烈な衝撃が走った。


 何か、壊れてはいけない物が中で壊れた。シロークはそれを本能的に感じ取っていた。最早意識を保つこそすら苦痛に感じ、彼女は膝を崩してしまった。


「……そうか……この程度……この程度か……。……まあ……始めから……期待はしていない……。強さは……特に必要では……無いからな……」


 何が、何が起こったのだろうか。


 それを認識することも、人には許されない。


 アレクサンドラは最高峰の宝石を操り、リーマに向けて吹き飛ばした。その宝石達と並走する様にマンフレートが走った。


 満天の宝石が同時に輝いたと同時に、マンフレートは一切足を動かさないリーマに向けて殴り掛かった。


 だが、おかしい。リーマは何の抵抗も無く殴られた。


 その老耄の骨が容易く折れている感触も、マンフレートは確かに感じた。


 にも関わらず、余りの衝撃に首の骨が砕けてしまったリーマの遺体は、次の瞬間には消えていた。


 いや、違う。違うのだ。何か違う。


 マンフレートの、リーマを殴った方の腕をリーマは掴んでいた。


 何かおかしい。マンフレートが立っている場所が、違う。彼はドミトリーよりも前にいた。しかし今は、ドミトリーの背にいる。


 おかしい。おかしいのだ。


「……屈強な腕だ……眠れない夜も……あっただろうに」


 リーマの枯れ木の様な手がほんの少しだけ力が込められると、マンフレートの腕の方が枯れ木の様にぽきりと折れてしまった。


 相手になっていない。相手になれる程の実力を、この場の誰もが持っていないのだ。


 次の数秒後、ドミトリーの眼前にリーマが現れた。


 違和感、違和感だらけだ。


 ドミトリーは臆病だ。臆病故に、致命的なまでの接近は許さないはずなのだ。


 なのに、ここまでの接近を許した。


 見えなかった訳では無い。もっと別の、もっと理解も出来ない理由だ。


「……蒼い、焔……そうか、精霊の……半人半霊か……」


 リーマの体がふわりと舞ったのに、ドミトリーは気付いた。しかしそうなった時には既に遅く、ドミトリーの頭部に強烈な蹴りが直撃した。


 圧倒的、そんな程度では無い。超越的な力量差だ。


 敵うはずが無い。しかし、ならどうすれば良かった。


 指を咥えて敵わない戦いを観察して、次に活かす様に学習しろと。それは、彼等彼女等は許せなかった。


 魔王、リーマ。カルロッタを殺す為にこんな大掛かりなことをやった男性だ。


「……一つ、聞かせて欲しい」


 フォリアはリーマにそう言った。


 前に立つだけで、フォリアですらも体の芯から震え上がる。人を超えた魔王の前に立ちながらも、口を動かし続けた。


「貴方の配下の一人を、ロレセシリルで見た。そして偶然にも、爵位を持つ人物の死体があった。ファルソが言うには、魔人族には他者の力を奪い取る力があるらしい。貴方、バハムヒアスとヒュトゥノアネーの力を吸い取り命すらも奪ったわね?」

「バハムヒアス……ヒュトゥノアネー……。……あぁ、あの、半魔か。……少し、違うな……相当前に……その二人は……余と一つになった」


 リーマは表情を変えずに続けた。


「肉体も……魂も……余の中にある……。……ほんの少し……それを変えれば……我に絶対な……忠誠を誓う兵の出来上がりだ……。……お前があった時には既に……もう、我の一つだろう……。……そう言えば、そうだな。……カルロッタ・サヴァイアント……それを毒殺する為に……動かしたりもしたな……」


 初耳の言葉に、フォリアは困惑を隠せなかった。


「……あのまま死ねば……まあ……こんなややこしい……事態にまではならないか……。……いや、しかし良かったぞ……? カルロッタ・サヴァイアントが……運良く生き残ったことで……まだ余の……役に立つ……」

「リーマ・アン・シュトラウス……!! こんなことにカルロッタを巻き込んでおきながら、お前は、貴様はまだ……!! あぁ……分かった。貴様は今ここで、確実に」


 フォリアは紫色の炎を散らしながら、その杖をリーマに向けた。


「貴方が生きてると、カルロッタは幸せになれない。殺す、殺さないと駄目。貴方は、貴方は! 私の為に、カルロッタの為に生きていたら駄目ッ!!」


 フォリアの戦う為の動機は、たったそれだけで充分なのだ。


「死んでッ!! 私達の為にッ!!」


 フォリアは吸血鬼の片翼と黒い片翼を生やし、片目を銀色に染めて飛び上がった。


「"十二重奏の(デクテットデュオ)狂気(・ラ・フォリア)"!!」


 紫色の炎は、ドラゴンの形となりリーマへ向かった。


 熱量は一気に高まり、鋼すらも溶かす程になっただろう。怒りすらも魔力へ、その血すらも魔力に。


 全てを、全力を、リーマに放った。


 熱は、消え去った。


 始めから、そんな熱なんて、放たれていないと言い張る様に。


 ただ、代わりに、フォリアの翼が両断されていた。


 何かおかしい。そう、何かおかしい。ずっとそうだ。


 もう、考える必要も無いだろう。あれには勝てない。


 その事実だけで、フォリアは絶望に落とされた。その絶望に、涙も流した。


 どうやっても敵わない。戦うことさえ無謀の挑戦。挑戦ですら無い。赤子の戯れだ。


 こいつは殺さないといけない。殺さないとカルロッタがまた危険な戦いに身を投じる。


 もう一度こんなことが起こってしまえば、今度こそ彼女は。


 ここにいる誰もがカルロッタを愛している。愛しているが故に戦っているのだ。


 ヴァレリアが目にした彼女は、見るに耐えない姿であった。十字架に張り付かれ、狂った人達に傷付いた姿を崇められ、それを否定する声すらも出せない。


 ただ、死ぬのを刻一刻と待つあの姿を。


 だからなのか、ヴァレリアは、カルロッタを抱き締めて離さなかった。離したら、今度こそ彼女は――。


「……ヴァレリア、さん」


 カルロッタが、そう呟いた。


 ヴァレリアの頬に優しく撫でながら、カルロッタは優しく微笑み掛けた。


「……私、皆さんが大好き、なんです。私、だから、シャーリーさんも、大好きで……。……だから、けど、難しくて……」

「……急に、どうしたの? カルロッタ。……今はまだ、眠っていて。大丈夫だから」

「……大好きなんです。……だから、だから……。……傷付いて、欲しく無いんです。……私の為に……怒って欲しく無いんです。……私、私……だから、だから……。泣いて、欲しくも無いんです……」


 カルロッタは、涙を流していた。慈悲と慈愛の涙である。


「シャーリー……さんは……ずっと泣いてたんです……。……ずっと泣いて……けど怒って……けど……強がって……。……私……。……ジークムントさんも……何故か……悲しそうな顔ばかり……。……私……けど……」


 ヴァレリアは、そんなカルロッタに優しく微笑んだ。


「……どうすれば良いのか……もう……分からなくて……。……けど……でも、守りたいんです……。……それで誰か、大好きな人が……泣いても……怒っても……守りたいんです……。……でも、分からなくて……傷付いて欲しく……無くて……」


 カルロッタは目を閉じて、手を小さく握った。


「……だから、だから……私、私、私を、知って」


 カルロッタはまだ動きが悪い体を上げ、ヴァレリアと額を合わせた。


「そんな私を……知って下さい。知って欲しいんです。私は……そんな私だって。……意地悪かも……我儘かも……知れないですけど……私……大好きな人の為に……死んでしまえる人だって……」


 ヴァレリアは、カルロッタの頬を優しく撫でながら、また微笑んだ。


「ええ、知ってるわ。もう、知ってる」

「……えへへ……やっぱり……ヴァレリアさん……。……大好きです」


 二人は額を離すと、カルロッタはその両足で立ち上がった。


「シャーリーさんも……助けたいんです……。あの人はきっと……死にたがりだから……」

「ええ、分かったわ、カルロッタ。助けてあげる。彼女も一応私の生徒だしね」


 そんな二人の会話を他所に、リーマの足元が凍り付いた。決して掴んで離さない冬の冷気を纏ったそれは、既にリーマの体の芯まで凍らせた。


「もう何でも良い……!」


 ジーヴルはそう叫んだ。


「お前が何者でもどうだって良い!! お前が生きてるとカルロッタが死ぬなら!! お前をここで殺す!!」


 しかしリーマの足元に、突然向日葵の花が咲いた。そしてその茎が高く高く伸びると、その花はリーマの方を向いた。


 向日葵のそれからは、夏の様な熱が永遠と発しており、冬の冷気を溶かしていった。


 その力を、ジーヴルは本能的に、それでいて知識として理解した。


「あァ……! そうか! お前か!! お前が! 向日葵の女を殺したな!! その力を、その死体を喰らったな、魔王ォ!!」


 リーマは力を求めた。嘗ての兄に匹敵する、いや、それ以上の力を求めた。


 幸いにも、魔人族はそれを喰らうことで力を簡単に増すことが出来る。王ともなればその知識、その力、その能力全てを継承し、その全てを自らの物にすることが出来る。


 向日葵の女を喰らったのは、言ってしまえば偶然であった。しかし確かな、明確な殺意と悪意と向上心を持って、幼き女児を捻り殺した。


 リーマは、言わずとも分かるだろうと言わんばかりに鼻で笑った。


 そしてその直後、ジーヴルの胸部に鋭い痛みが突き刺さった。


 拳、だろうか。リーマの拳だろうか。しかしその一瞬の攻勢も見えなかった。


「今となれば殺す訳には……いかないが……そうだな……その力を……貰い受けるだけなら……問題無いだろう……」


 リーマは衝撃で倒れてしまったジーヴルの髪を鷲掴み、無理矢理頭を上げさせた。


 しかしジーヴルは杖をばっと振り上げると、青い薔薇の茨によって束ねられた複数本の剣が現れ、リーマの体に向かって放たれ、深々と突き刺さった。


 リーマは老耄の体だからか、そのまま大きく後退した。


「油断してんじゃねぇぞバァーカァッ!!」


 突き刺さった茨の剣は、その茨を解き、床に深く突き刺さり、縛り付けた。


 そう、それで良い。ようやく見付けた。


「ようやく動きを止めてくれたな」


 シャーリーは、リーマの背後にいたのだ。


 そして、その杖で指先に傷を付け、血を一滴だけ床に落とした。


「"白い花畑(シィン・スラメク)"」


 白い百合の花畑が、咲き誇った。


 剣が突き刺さったリーマの腹の部分の血が花へと変わり、それは血管を通して全てを百合の花へと変える。


「……色々、間違えてしまった。悔やんでいる。……いや、その資格は、既にもう我には無いかも知れぬが……」


 シャーリーの指先から、白い百合の花弁が落ちていた。決して途絶えること無く。


「こんな物で、罪が晴れる訳では無い。分かっている。だが、もう、良い。……魔王、リーマ・アン・シュトラウス。星に背く者よ。私も、星に背いた。ならば、共に逝こう」


 シャーリーは、俯きながらも確固たる意思を持ち、叫んだ。


「戦争から逃げ、千年以上隠れ潜んだ小心者と、信じて愛してくれた者を殺そうとした裏切者。死ぬにしては充分だ。一緒に死んでくれ、リーマ・アン・シュトラウス」


 だが、その直後、リーマの姿がそこから消えた。それだけでは無い。


 "白い花畑(シィン・スラメク)"すらも消え、ただ、シャーリーの胸に、何の変哲も無い剣が刺さっていた。


 確実に心臓を貫き、確実に命を立つ剣。シャーリーの胸は、それが刺さっていた。


「……あ……?」


 シャーリーは、そんな素頓狂な声しか出せなかった。


「……ジークムントから聞いた話だが……貴様……裏切り者は……死んでも構わないらしい……。……死ぬのは、貴様だけだ……何時かまた……海の底で出会おう……裏切り者よ」


 シャーリーは血を吐き、涙を流していた。


 贖罪の為に魔王を殺す。そんなことすら、彼女には許されていなかった。


 最も尊き者を裏切った罪は、その程度で晴らされるはずが無いのだ。


 それに、シャーリーは涙を零した。たった一滴だけだ。


 それ以上は、罪深き彼女には許されない。何より自分が許せないのだ。


 だから、せめて、目を瞑り、安らかに――。


「嫌です。シャーリーさん」


 魔法が放たれた。


 数千、数万、その魔力の塊は、幾つかリーマの体を貫いた。


 ただ、シャーリーは抱き締められていた。他でも無い、カルロッタに。


 まだ体を万全に動かせないと言うのに、カルロッタは、シャーリーを抱き締めていた。


「……あぁ、辞めてくれ……。……何処まで、何処まで、我を馬鹿にすれば……気が、気が済むのだ……カルロッタ」

「……分かってますよね」


 シャーリーは、カルロッタの目を見ることが出来なかった。


 自分の所為なのだ。自分が、優しいカルロッタを裏切りこんな戦いを始めてしまった。優しさを利用し、カルロッタを裏切り。


 もう、どうすれば良いのか分からなかった。


 逃げたかった。


 しかし、暖かかった。


「……私、大好きなんです……。……シャーリーさんのことが、本当に」

「あぁ……辞めてくれ。嫌だ、嫌だ、嫌だ……もう、辞めてくれ」

「苦しい思いを、させちゃいましたね。ごめんなさい。けど、そうでもしないと……私、どうすれば良いのか、分からなくて……」

「違う……違うのだ……。……我は、私は……私が、間違っていたのだ」


 シャーリーの心の壁は決壊してしまい、涙を溢れさせてしまった。


「恨んでいると言ってくれ……! 憎んでいると言ってくれ……!! 私はもう……消えてしまいたい……」


 カルロッタは、より深くシャーリーを抱き締めた。シャーリーはカルロッタの胸の中で、枯れない涙を落とし続けた。


「こんなに……こんなにも暖かく……こんなにも優しいお主を……裏切った……その優しさにつけ上がり……先生を選んだのだ。先生に愛される方を選んだのだ。先生を裏切らず、お主を裏切ったのだ。辞めてくれ……もう、辞めてくれ……!」

「……でも、また私の為に、戦ってくれた。ここに、いてくれた。それが嬉しいんです」


 シャーリーの命は、激しい戦いを繰り広げながらもルミエールの力によって維持され、カルロッタの莫大な魔力によって死の扉に背にして、戻って来たのだ。


「大好きです。シャーリーさん。だから、守りたいって、思うんです」

「……私を、裏切ってくれ……」

「もう、私のこと、知ってる癖に。そんな意地悪なことばかり言って」

「……許さないでくれ……」

「恨んでいませんよ」

「……もう……殺してくれ」

「寂しいじゃ無いですか。私、まだ、シャーリーさんと話していたいです」


 シャーリーは、震える声で言った。


「許してくれ……済まない……ごめん、ごめんなさい……。……ごめんなさい……。……ごめんなさい……」

「ありがとうございます」


 そしてカルロッタは、鋭い視線をリーマに向けた。


 リーマは貫かれた箇所を、回復魔法で治していた。


 そう、回復魔法で治しているのだ。不可解な方法で傷を治しているのでは無い。確かに、魔法で、自らの身体を治療している。


 それが、一体どう言う意味を持つのか。カルロッタはまだ分からない。


 ただ、分かるのは、自分が愛する者達の敵であることだけ。


 なら、やるべきことは、一つだろう。今までそうして来た。


 戦いしか、無いだろう。

最後まで読んで頂き、有り難う御座います。


ここからは個人的な話になるので、「こんな駄作を書く奴の話なんて聞きたくねぇよケッ!」と言う人は無視して下さい。


シャーリー大好きなんですよ。不憫だから。


曇らせは晴らしてようやく名作になる。私はそう思っています。まあ曇らせたまま破滅に導かれるのも好きではありますが、まだそれが書ける程に実力が無いのが残念です。


あとついでに、リーマ滅茶苦茶強いです。そりゃ魔王の弟ですからね。それ相応に強く無いと。


いいねや評価をお願いします……自己評価がバク上がりするので……何卒……何卒……

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